1.
子供の頃の微かに残る淡い記憶。
じっちゃん家に遊びに行っていた幼い頃、大雨が続きやっと晴れ間が覗いた日だった。
じっちゃん家の庭の横を流れる沢の岩に引っかかっていた木彫りのお地蔵さん?
僕が見つけてじっちゃんに、拾い上げてもらった。
色々あって、庭の一隅に小さな社を建て、じっちゃんが大切に祀ることになった・・・
思い出したのは、じっちゃんが亡くなったとのしらせを受けた時だった。
じっちゃんは、父や叔父が独立して麓の町に家を構えたあと、ばっちゃんと長く二人暮らしだった。
3年ほど前ばっちゃんが亡くなってからは、ひとりで山の家を守ってきた。
病気一つしたことのない元気なじっちゃんだったが、一昨日叔父が訪ねたとき、布団の中で眠るように大往生してたそうだ。
叔父が訪ねる数時間前に、脳溢血で本当に眠ったまま逝っていたとの事。
叔父の一家、僕の一家、親戚の少ない我が一族で慎ましい葬式をあげ、ドタバタした本当に悲しみに浸る暇の無い一連の行事が終わり、やっと僕はじっちゃんのいない大きな寂寥感を、悲しみを受け止めなければならなかった。
さて、主がいなくなった山の家の管理を誰にするかで話し合いが持たれたのだが、父、叔父ともに仕事があり、山には引きこもりたくないとの意見の一致となり、結局、1番弱者である僕にお鉢が回ってくることになった。
ま、自由業だ、小説家だ言ったところで、日銭を稼ぐために大学出てからほぼアルバイターの生活をしているので、拒否権なんぞあるわけがない。
ただ、父と叔父から管理費としてかなりの援助をもらえることになったので良しとしよう。
築200年以上の古民家。一本道の山道のどん詰まりにじっちゃんの家はある。
周りは全てじっちゃんの山だけど、最近は木材の価格も安いし、山の固定資産価値はご想像の通りなんで、父も叔父も山の家に関する遺産相続に前向きでなく、どちらかというと僕に押し付けて後は任せたにしたいようだ。
従弟達も、我が兄貴も以下同文
いいさ、将来、重要文化財にでも指定されたら自慢してやる、たぶん無いけど、、、
1週間後、大学時代に母から譲り受けた年代物の中古軽自動車で自宅アパートからじっちゃんの家へ向かうことにした。
僅かな家具類は引き取ってもらい、アパートは引き払った。本当に身一つの出発だ。
今まで住んでた所は県庁所在地の中核都市、その郊外だったので、一応生活するうえでの不満はなく満足してたんだけど・・・
さて、今日からは??
じっちゃんの家は、引き払ったアパートから車で3時間、鬱蒼とした山の中だ。
しかし、電気、ガス、電話は完備。
もちろん、ガスはプロパン。台所裏に、20キロボンベ2本が並んで立っている。
そしてニートぎみの僕にとって必須のインターネット環境も大丈夫。
山の中なのに、光がきてるんだよな。偉いぞN●T。
なお、携帯の方はじっちゃんの山のてっぺんに鉄塔を建てている会社があり、文句なしの受信強度で受けることができる。
ライバル社は県道を挟んで反対の尾根に建てているため、うちの山の影になる。だから安定度が少し悪い・・・いや、使えますよ心持ち電波の受信感度が悪いかな? と感じるくらいなんで。
さて、国道をひたすら南下すること2時間、途中の市や町のコンビニで休憩をとりつつ両親の待つ実家に一泊。
じっちゃんの家は、母と叔母が掃除して整理も終わっているので、身一つで行っても大丈夫だと言われている。
いや〜、恐ろしいほどの掃除、整理のスキルだわ。わが家系にはない叔母さんの力だな。
掃除のとき、母は叔母さんの付録でついていっただけだろう。
母さん、胸を張ってもバレてますよ。
翌日、三桁ナンバーの国道を東へ
両面を山に囲まれる谷を真っすぐ走ること30分、国道から分かれて県道に入る。ここも両面山に囲まれる谷道になる。
営林局勤めの我が兄貴は、この山並について四国の山と比べればメチャぬるい低山ばかりとのたまうが、いやいや僕にとっては十分険しい山だよ兄貴。
しばらく走るとじっちゃん家が属する集落が見えて来る、この集落にある地域唯一の雑貨屋前で自動販売機からコーヒーを買い休憩。
雑貨屋のおばさんに挨拶をしてから、店の前の十字路を右に折れて山越えの道に入る。
見上げれば、真後ろの尾根に例のライバル社が建てた鉄塔が見えている。
山道右手の尾根がじっちゃんの山で、谷底の集落を挟んで鉄塔が立っている。
山越えの道は峠を一つ越えたところにある地域の氏神様の神社の横を通り、さらに峠をまた超えて最初に走っていた三桁国道と再合流、その先の県境を越えて他県の町に繋がって行く。
じっちゃん家は、神社の峠の手前から脇道に入りそのどん詰まりになる。
三方を山に囲まれる盆地に位置し、家の横を沢が流れ、前には小さいが田んぼが作られていて、家の裏手には小さな雑木林がありシイタケの原木が立てかけられている。
田んぼの横には、かなりの面積の畑があり、季節の野菜が区画毎に栽培され、そこだけ見ればきれいな田園風景だ。
山越えの道は、一応舗装道路でクネクネ曲がってはいるが走りやすい道だ。
じっちゃんの家へ向かう分かれ道からはじっちゃんの私道になるので、敷地にそってフェンスが建っている。私道入口の扉の鍵を開けて、観音開きの扉を開いて車を入れる。
私道だけど、狭いながらも舗装道路だ。
必要なところには金を惜しまないじっちゃんらしい。
鬱蒼と繁る杉林の下のため、道の脇にも雑草がそれほど生えていないので、狭い道ながら走りやすい。
ほどなく、開けた場所に出る。
じっちゃんの家に到着だ。