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第19話 コユミの心情

 そういえばアレは小学生の時か。


 友達の兄が、アメリカを舞台にした犯罪者主人公のゲームを持っていて、それで「朱音ちゃんやってみる?」って友達に言われてプレイする事になったのだ

 最初はこういう年齢対象高いやつをやっていいのかと戸惑っていたが、意外や意外。すんなりとハマってしまったのだ。


『へぇ、コレ人轢けるんだ! うわっ、血ドバドバ!! すっごい面白いじゃん、このゲーム!!』


『あ、朱音ちゃん……顔が殺人鬼のそれになってるよ……』


『ダハハハハハハ!! すっげぇ面白れぇ!! 癖になるなぁコレ!!』


 友達には恐ろしいものを見るような目を向けられたものの、それ以来私はそういった残虐ゲーが好きになったのだ。

 

 そしてこの《クリワイ》の登場だ。


 リアルなファンタジーを売りにしているので、クリーチャーとの戦闘は文字通り熾烈を極めるものとなっている。

 ダークリザードやアイアタルに無惨にやられたハンターがその証拠だ。


 まさに僥倖(ぎょうこう)


 あくまでゲームの中の世界なので、倫理観なんてお構いなしに戦闘が出来る。 


 ドン引きはされるだろうが、さすがに犯罪者とか狂人とか忌避される事もないだろう。

 現にドン引きされた女の子とは、引っ越しで疎遠になるまで仲良くしていたし。


 大バズするというアクシデントがあったものの、この《クリワイ》は私の理想の世界なのだ!!


「ヒャッハアアアアアア!!」



 バギイイイ!!



 ――ブアアアアアアアアアアアアア!!


 私の振りかぶった拳を喰らって、大きくのけぞるオーク。


 オークが負けじと巨大な腕を振るってくるが、それをかわしつつ奴の牙を掴んで地面に叩き付けた。

 これを何回も繰り返す!!


 ――ブギャアアア!! ブギャアアアア!! ブギャアア!! ブギャアアアアアアア!!


 叩き付けるたびに、土と粉塵と血反吐が巻き上がる。

 良いなぁコレ!!


 そこからボロボロなオークの顔を上げた後、すかさず拳を振り上げる!!

 かなり勢いを入れたおかげか、そのまま喉を貫通して血しぶきを上げさせた。


 ――ブゴアアアアア!!! ガアア……。


 やがて白目を向いて動かなくなるオーク。

 溶けるように消滅していくのを見ながら、私は快感のひと時を味わっていた。


「あー面白かった!! コユミ終わったよ!!」


「え、ええ……確かに()()()()終わりましたが……」


〈切り抜きで見た通りだ……この人、化け物だ……色んな意味で……〉

〈何度も地面に叩き付けるとかやべえな……しかも一方的だったし……喉を貫通させたし……〉

〈初めて見たけどこえええ……そんでもって強くてかっけええ……〉

〈ようこそ新参者よ。これが《紅蓮の狂拳》クオリティだ〉

〈『ヒャッハアアアアアア!!』頂きました! 今週の切り抜きポイントはここですかね!〉

〈てかもうツイックスのトレンドに『ヒャッハアアアアアア!!』載ってるwwwすげぇwww〉

〈惚れました!! 一生ファンになります!!〉

〈ファンじゃねぇ舎弟だ!! あと狂拳先輩にはちゃんと先輩と呼ぶんだぞ、新入り!!〉

〈し、しまった、そうだった!! すいやせん狂拳先輩、失礼な事をしちゃいました!! どうか許して下さい!!〉


 困っているコユミの横で、悪ノリなコメントが流れているのはさておき。


 いやぁコレだよコレ!


 実生活だと色々退屈だが、この世界ならどんな好きな事も出来る。これがまた嬉しい!

 案外、私が異世界転移したらこういった格闘家になっていたかも。


「とりあえず素材を回収して、先に進みましょうか。夜の森は危険だと言うんで」


「ん、了解」

 

 オークが消滅した場所には、もちろん素材がドロップされている。

 大抵は牙や肝臓と言ったありふれた物だが、中にはこんなユニークな物までも。


・《闘猪獣(とうちょじゅう)のロース》

『強靭な肉体を持ったオークのロース。ほどよく乗った脂が非常に美味であり、さらに食べる事で体力増強にもなる』


「こういう食材って味すんのかな?」


VRMMO(こっち)でも味覚は働くみたいですよ。私も食べましたけど、結構美味しかったですし」


「ふーん」


 拠点に着いてから、焼いてみるなり何なりして調理してみようか。

 

 それらを回収した後、私達は再び眷属に乗って走り出す。

 まだ森を抜け出せない様子の中、コユミがこちらへと話しかけてくる。


「にしても、ほんと狂拳さんって凄いですよねぇ。裸でオーク倒したの狂拳さんで初めてですし、しかもノーダメなんて」


「ノーダメでオーク倒せるハンターはいくらでもいるでしょ? さすがに」


「まぁいなくもないですが、そういうのはスキルや装備でガチガチにしているからというのもあります。狂拳さんはスキルとか持っていない中、まるでオークをゴミクズのようになぶり殺したんですから相当ですよ」


「ゴミクズ」


 言い方が酷いが、確かに事実なので反論のしようがない。

 

 にしても、さっきからコユミのテンションが低いのは気のせいだろうか?

 いつもならハキハキと狂拳さん狂拳さんって言ってくるのだが……。


「……狂拳さんを見ていると、私は弱いのかなと思ってきます」 


「コユミ?」


 気のせいではなかったようだ。

 彼女は目に見えて、しょんぼりした表情をしながら顔を伏せている。


「バグがあるとはいえ、間違いなく狂拳さんは戦闘に対するセンスを持っていますし……。そういうのを見ていると、自分がどれだけ武器頼りだったのかって……」


〈コユミちゃん……〉

〈コユミちゃんが弱音を吐くとは……〉


「……あっいえ、これは私の独り言でして! 配信中に何言っているんでしょうねぇ! ハハハハハ!」


「…………」


 そう笑うコユミだが、私には彼女が無理しているのがよく分かった。


 そういえば空手を習っていた時、後輩が「相手に勝てるのだろうか」と不安に陥っていたな。

 そうして後輩が私に相談を持ちかけてきて……ああ懐かしいなぁこういうの。


「……私は上手い事を言えないんだけど、とにかく自分の力を信じるしかないと思うんだ」


「えっ……」


 私はいつしかコユミに対して、そう口にしていた。

 その言葉を聞いて、コユミがこちらへと振り向く。


「己の力を信じて相手に向き合う。今さっき武器頼りとか言っていたけど、それを上手く扱えるんだから十分に強いと思うんだ、私からすれば。だから胸を張っていいと思うんだけど」


 これは相談に乗ってきた後輩に対しての言葉を、コユミ宛にアレンジしたものだ。

 

 もちろんスポーツとしての空手とマジの戦いの《クリワイ》とでは勝手が違うし、気休めにしかならないのかもしれない。


 それでもこうして伝えたのは、ひとえにコユミが私の仲間だから。

 仲間だからこそ、この言葉を届けたかったのだ。


 これで彼女が報われるのなら……。


「……狂拳さん」

 

「ん?」


「服従として靴を舐めてもいいですか?」


「舐めたいの?」


 そして返ったのはこの言葉である。

 何言っているんだろう、この有名配信者は……。


「あっ……! く、靴舐めは言葉の綾ですけど、今の狂拳さんのお言葉にハッとする思いがありました! 確かに自分の力を信じないでどうするって話でして……本当にありがとうございます! ますます尊敬しちゃいます!!」


「あ、ああ……そりゃよかったけど……」


〈今の聞いたか!!?〉

〈聞いた聞いた!! 靴を舐めたいって!!〉

〈キマシタワー!!〉

〈はい切り抜きポイント~!! ごちそうさんでした~!!〉

〈お、俺も狂拳先輩の靴を舐めたいです!!〉

〈俺も!!〉

〈俺も!!!〉

〈↑どうぞどうぞ!!〉

〈それダ〇ョウ俱〇部!!〉

〈いや冗談抜きで狂拳様の靴舐めたいです~♡〉

〈↑ネカマかあるいはマジの女性か〉

〈後者ならキマシタワー!!〉


「いやあああああああ!! そこの切り抜きは勘弁して下さあああああああいいい!! するんなら通常より切り抜き料を高くしますよおおおおおおお!!」


「高くすんのかい」

 

 何このカオス。


 やっぱり私には配信業には向かないな。このテンションには付いて行けん。

 こうして配信に映ってもらっている事自体が奇跡かもしれない。


 ――グルウ……!

 

 私が呆気に取られている時、眷属が急に止まり出す。

 

 またもや前方に障害物が存在するらしい。

 と言っても相手は先ほどと同じくオークで、こちらに気付いていないらしいが。


「お、おっと、またもやオークの登場です! 狂拳さん、ここは私に任せてもいいでしょうか!?」


「別にいいけど」


「ありがとうございます! でしたら眷属から降りてくれませんか!?」


「?」


 一瞬ハテナマークが浮かんだが、言われた通りに眷属から降りる私。


「ではお願いします、眷属さん達!」


 それでコユミがオークを指差した直後、眷属達が吠えながら走っていった。

 

 するとどういう事か、眷属が巨大な氷柱へと変わっていく。

 その氷柱にオークが気付いた時には、両肩にグサリと刺さって地面に張り付けられた。


 ――ブオオオオオオオオオオ!!!


「動けなくなったところで!!」


 もがこうと暴れるオークに対し、コユミがすかさず接近。

 フェンリルケインの刃で首を斬り落とす。


 ――ッ!!


 オークの首が落ちたと同時に、そのどでかい身体がぐらりと力尽きた。


「ふぅ……終わりました! 先に進みましょう!」


「……十分に強いじゃん、コユミも」


〈ワイトもそう思います〉

〈そりゃ、トータルでは狂拳先輩が化け物だけど、コユミちゃんも十分化け物だよなぁ〉

〈コユミちゃん、自信持って! 君はめっちゃ強いよ!!〉


「え~、急に何ですかぁ!? そんなお世辞されても配信しか出ませんよ~!!」


 とりあえずコユミの事は心配しなくて大丈夫みたいだ。

 熟練ハンターは伊達ではないらしい。

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