これからもふたり
三題噺もどき―さんびゃくななじゅうろく。
冷たい風が、頬を撫でていく。
痛いほどのその風は、すぐに全身から熱を奪っていく。
「……」
さすがにこの時期は寒いなぁ、とぼんやりと思う。
ようやく季節が廻り、気づけば冬になっていた今日この頃。
最近は、ニットや冬物のコートなんかを着ている人を目にするのが当たり前になってきた。
少し前までは半そでのひとや、薄手のシャツの人なんかもいたが、さすがにもう見ない。
「――?」
「ん?」
ふいに名前を呼ばれる。
目の前を歩く少女からだ。
ぼうっとして立ち止まってしまっていたようだ。
少女は少し離れた所から不思議そうにこちらを見ている。
夕日に照らされたその顔は影になっていてよく見えない。
「なんでもない」
「そー?」
返事を聞いて満足したのか、こちらが歩みを進めたのに合わせて、少女も歩き出す。
ときおり水の跳ねる音をさせながら、進んでいく。
ひざ丈ほどのスカートを履いており、さらされた足が酷くなまめかしく見える。
寒くないのかと問うたら、おしゃれは我慢なのだと笑われた。自分ではできそうにないので、尊敬する。
「……」
楽し気に歩く少女の半歩程後ろまで近づく。
いう程離れてはいなかったので、すぐに追いついた。
そのまま、横に並んでみる。
「~♪」
「……」
俯いたまま、足元を見ながら歩く少女の横顔を眺めている。
鼻歌交じりに水音を絡ませながら歩く少女はとても可愛らしかった。
表情は影になってよく見えない。
目元なんて髪でおおわれてしまっている。
「~♪」
「……」
だけどその髪を手で掬おうなんてことは思わない。
楽しそうなその様子を見ているだけで満足だ。
これから起こる何かを心待ちにする幼子のようで、とても可愛らしいと思っているだけで。
―そんなことを言ったら、更に拗ねて幼子のような表情を見せてくれるかもしれないと思うと、言ってみたいと思ってしまうけど。楽しみを奪うのはよしておこう。
「~♪」
「……」
ときおり吹く風が、髪をなびかせ、スカートを膨らませる。
その度、少女の影が揺れ、輪郭がぼやける。
足元に広がる砂浜は、夕日のせいかうっすらと染まっている。
風が吹くたび、砂が流れ、髪が揺れ、形が崩れていく。
「――」
「ん?」
いつの間にか鼻歌がとまり、少女も歩みを止めていた。
視線が足元に行っていたせいで、気づかなかったが。
少女の殻だがこちらを向いていた。
―夕日の染まる海を背に、少女は波打ち際に立っている。
―顔は下を向いたまま。
「ほんとに、いいの?」
「……」
さて、何の事だろうか。
ここに来るまでに、たくさん言ったはずなのに。
どれだけ伝えても、伝えきれない。
これだから、想いとか、言葉とか、どうにも煩わしく思ってしまう。
「……」
「いいよ」
無意識に少女へと手が伸びる。
影になった表情が見えない。
きっとまた、泣きそうな顔をしているのかもしれない。
それとも呆れているんだろうか。
本人ですらない他人の癖に、どうしてこんなにまで、こんな所にまで共に在るのだこの馬鹿はと。
「……ありがと」
「ん」
そういいながら、ゆっくりと顔を上げた。
少女は、泣きそうな、笑いそうな。
嬉しいような、寂しいような。
呆れているような。
いろんな感情がないまぜになったような顔で。
―でも、しっかりと手は握ってくれた。
「……」
握り返された手は、風にさらされて冷え切っていた。
でもその奥にある温もりを手放さぬように。
しっかりと力強く握った。
「れっつごー」
「なにそれ」
似つかわしくないけれど、少女らしい柔らかな言葉で。
2人の旅路の始まりを告げた。
海は少し冷たかったけれど。
少女の掌はいつまでも暖かかった。
お題:夕日・心待ちにする・握り返された手