第二話 「4月17日 “天才”と“直撃加速” 前編」
――裏路地、ふたりの男が取引をしている。一方の男がもう一方から何やら袋を受け取ると「にひっ」と笑いながら札束を渡す。どうやらこの十数万円が彼のありったけの金だそうだ。
「おい、それを決して間違ったことに使うんじゃねえぞ」
袋を渡したほうの男が注意するが、彼は「はいはい」と横流しに聞く。耳には入っていないようだ。
「………………もしそのようなことに使ったら、わかってんだろうな」
「へいへい」
その後一言二言放したが、やがて相手が去ったあと、袋を手にする男はにひひと笑うと、大きく見開いた眼でその袋の中身を見つめた。
「これで俺は、最高の死を迎えてやるぜ」
その笑い声は、人のめったに通らない路地裏にしばらく響いた。
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「はーい、今回の授業は“能力の解釈変化”についてですが……」
午前十時ごろ、能力学の先生が僕らに授業をしている中、僕だけが春の温かみのもとで眠気と格闘していた。
ふああ、結局昨日の夜は眠れなかった。お陰で授業がよく聞こえない。まずいぞ、このままでは学年二位に下がってしまうかも……と僕、正義翼は危機感を覚えながらも眠気には勝てず、結局その授業は眠ったまま終わってしまうのであった。
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そして放課後、僕はいつも通り特警第八区支部……ではなく昨日会った女の子、弐重玖保まなるのいる東部第十二区支部に向かうために地下鉄のホームにいる。そう、今日の一番の楽しみ、彼女の「能力名」を名付けるのだ。昨日一晩考え続けた僕渾身のネームをね!
と、だんだん東部に向かう電車がそろそろ着くな。僕はたかなる胸を抑えながら駅メロに耳を傾けていると………………
「オラオラ! 全員ぽっくり逝っちまえよ!」
突如刃物を持った男がホームに降りてきた。だからこの町の治安どうなってんだよ! 僕は“能力粒子”の出力を抑えた剣を生成する。ホームにいる人たちはパニックだ。場所が場所だから“翼”を発動できないし、剣をむやみに振り回せない。そうこうしているうちに、男は近くにいた少女を抱えて前に突き出す。
「へへ……っ、こいつとこいつらどっちを先にやっちまおうかなあ」
「おい、キサマ!」
僕は人の隙間をかいくぐり男の前に出る。こいつ、狂ってる。無駄に刺激すると甚大な被害を及ぼしかねない。僕は剣をしまうと特警の手帳を取り出し説得を試みることにした。
「僕は特別警察委員会の人間だ。これ以上の被害を出したら重罪、ここで降伏したほうが身のためだと思うぞ」
「うるせえ! 俺はなもう人生どん底なんだ! 何なら最後にここにいる幸せそうな人間全員巻き込んで死んじまったほうがましなんだよなあ!」
そこにちょうど電車が到着する。さっき起こったばかりの事を知らない乗客たちはこの状況を目の当たりにし、誰もが恐怖の表情を浮かべていた。男は少女を手放すとすぐに電車の前列、つまり車掌のいる一両に乗り込む。僕も乗り込もうとしたが、なだれ込む人々に押され、結局乗り込むことはできず、男の脅しが効いたようでそのままドアが閉まり、僕らを置いてきぼりにして発車した。まだ数十人の乗客を乗せたまま。
一通り収まった後、僕は通信機を起動。支部へと連絡を始める。向こうから司令の花咲かおりの声が聞こえる。
『どうやら、電車がジャックされたようだねえ。それに猛スピードだしい、このままじゃ大事故もあり得るしい』
「はい、今回は乗客たちも人質ですし、犯人も殺す的なこと言っていたので一刻を争う事態です。それにあのスピードは僕の“翼”も追いつけません」
『おーけーだよお、裁鬼くんはもうすでに出てってくれたしい、それにい彼女も今日はいるからフルメンバーで当たるよう』
「ありがとうございます、応援は」
『近くのいくつかの支部、それに行く先々に要請したけどお、すぐ通り過ぎちゃうしねえ』
でも、今回の作戦は応援が多そうで良かった。それに“天才”もいるし。そしてかおりさんの声から、一人のまた違う高めの女子声に通信が変わる。
『あー、あー。聞こえるなの?』
「聞こえるよ、スノボー」
相手はまた同じ支部の女子生徒。通信中では「スノボー」というニックネームで呼んでいる。向こうからカタカタというキーボードの音が聞こえてくる。その後三秒くらいでエンターキーを押すような音が聞こえると、彼女は言葉を繋げる。
『とりあえず電車の運行システムに介入、次の駅で止まってロックをかけるように設定しておいたの!』
「ありがとう! 助かるよ」
『どもども! なの!』
そう、彼女は“天才”なのだ。ここでいう“天才”というのは「個人が粒子を使わずに、超能力に匹敵する能力を使うこと」。彼女のハッキングをはじめとした“情報操作”能力はまさにそれだ。実際彼女はほかに粒子を使うことで発動する、全く違う能力があるのだが。つまり彼女はある意味“複数能力持ち”なのだ。
「じゃあ、僕は電車を追うよ! ナビよろしく!」
『ハイハイなの!』
僕はホームから飛び降りるとそのまま“翼”を展開し、低空飛行で追っていく。今頃電車は止まっているだろうか…………
「ねえ、スノボー。車内はどんな感じ? 男は………………」
『おけ、待つの……っ、え?』
「どうしたんだ?」
『あの男……っ、うそなの! そんな!』
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オレ、裁鬼重二は今ようやく駅にたどり着いたところだ。ここで翼と合流したかったのだが
「やっぱもう行ったか……そりゃなあ」
なんとなく予想していたが彼はすでに、電車を追っているのかもうホームにはいなかった。まあアイツがひとりで行っちまうこともよくある。それに今回はスノボーもいるし暴走することもないだろう。オレは安どのため息をつくと、別方向から支援するためその場を離れようとした。しかし、着信が急に入り、オレは通信機器を起動した。
『大変! 大変だよお!』
「司令? どうされたのですか?」
『それがあ! スノボちゃんにハッキングで車内のカメラを映してもらえったんだけどねえ! それが、それが……っ!』
「それが⁉」
オレはその時、恐ろしいものを聞いてしまった。
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私、弐重玖保まなるは現在駅のホームにおります。ついさっき私の支部近くのこの駅に暴走電車が止まったと聞いた私はダッシュでここまで来たわけですが………………なんだか不気味です。乗客も、犯人もこれといったアクションを起こしません。しかし犯人は刃物を持っているという情報もありますのでほおっておくのも危険ながら変に刺激するのも悪手です。
「仕方がありません、多少の犠牲も覚悟はするとしましょう」
特に指示はないのですが、独断で決行することにします。作戦はこうです。ドアに向けて、一応持ってきた重い鉄球を投げます。
ドゴオオオ!
はい、私のまだ名のない能力でドアを破壊しました。速やかに突入します。はいビンゴ、入った車両に犯人らしき男がいました。ナイフ持っているので確定ですね。
「あの、降伏してください。さもないと」
ボールを構えます。もちろん能力粒子でできた本気のものを。私はいつもより冷静に冷たく言い放します。
「顔面が陥没しますが」
「ひゃひゃは! まーた特警様ですかい! この乗客たちがどうなってもいいのか⁉」
「…………一番近くの人質に大体5メートル。手が届く前に私の攻撃があなたに終焉をもたらすでしょうね」
「面白いこと言うねえ、でも」
彼は何やら懐から取り出します。その形状を見て私は思わず目を見開いてしまいます。
「それは……っ」
「お? 気付いたようだねえ。そう、きみは自身も人質だという自覚ができたかな?」
彼が持つ物。それは紛れもない
――爆弾でした。
~続く~
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