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四週目と一日

 カッチコッチと時間を刻む針の音が響く。 

 ペンを走らせる音、紙を捲る音、シャーペンの芯をノックする音。

 二人だけの空間なのに、言葉が一切ない。


「……終わった」


 この沈黙の空間に終止符を打ったのは、宿題の最後の一ページが片付いた時だった。

 残るは高橋さんに割り振った数学の問題集だけど、それも丁度終わったみたい。

 高橋さん、終わったと同時に、ばたんと机に倒れ込む。 

 

「マジ疲れた……部活よりキツイ」

「お疲れ様、でも、これでようやく片付いたね」

「うん、ありがと……本当にようやくだよ」


 倒れ込んでた顔を上げる高橋さん。

 両手を絡めて「んー!」って伸びをする。

 

 伸びをすると、どうしても胸を反るから強調されてて。

 見ちゃいけないと思いつつも、ちょっとだけ視線が。


「――、ぷはぁ、あー終わった! もう絶対、宿題は計画通りにやる!」

「そうだね、一日一ページで十分だからね」

「計画は立ててたんだけどね、段々と破綻しちゃってさ」

「それ宿題あるあるだよね。来年は進捗情報を写真付きで送って貰おうかな」

「うふふっ、なにそれ、ジムのトレーナーみたい」


 ようやく宿題から開放された高橋さん、足を延ばしてパタンと横になった。

 色々と見えてるんだよね、昨日に続き今日も短いスカートだし。

 見ないようにしないと……信頼の証かもしれないし。


「……あ、そうそう、そういえば報告があるんだった」

「報告? なになに?」


 寝転んでたのが直ぐに起き上がってきて、瞳キラキラさせてる。


「エナが誰か、判明したよ」

「……え、そ、そうなん、だ?」


 キラキラした瞳が一瞬で曇り泳ぎ始める。

 高橋さん、もしかしてエナが誰だか知ってたのかな?

 いや、それはないか、彼女は当初可能性を示唆してくれてたくらいだし。


「エナの正体……それは、文芸部一年、国見(くにみ)愛野(あの)だ」

「……愛野? それ本当に? だって、愛野からそんな雰囲気全然なかったよ?」

「実はね、バイトの時に偶然、僕と国見さんって顔を合わせてるんだよ」

「……え、そう、なの? 初耳だけど」


 ポニーテールにした髪を前にもってきていじりながら、瞳を泳がせ眉をハの字にする。

 その仕草が何を意味するのか分からないけど、僕は報告を続けた。

 

「ごめん、互いに忙しい時期だったから伝えてなかったかも。でも、その時の喋り方と、花火大会の時の喋り方、それが全然違ったんだ。ほら、あの瞬間って僕はコンタクトレンズ落としちゃってて、地面にしゃがみ込んでたでしょ? だから国見さんは僕がいるって気付かなかったんだと思う。そして、あの喋り方は間違いなくエナだった」

「喋り方……」

「他にも調べたんだ、文芸部は夏休みの初日に部のメンバーでプールにも行ってる。それこそ、三年生と一年の女子数人でね。文芸部の活動は週三回、月火木だから、金曜日の放課後は空いてたんだ」


 ありとあらゆる状況証拠、そのすべてが彼女がエナだって教えてくれている。


「エナの連絡先もバイトの時に交換したから、今すぐ連絡を取ろうと思えば取れるんだけど。でも、どうせなら学校で直接会って話をしようかなって思ってるんだ」

「そう、なんだ……直接会って、何を伝えるつもりなの?」

「渡せなかったプレゼントを、渡そうと思ってる」


 もう、随分と時間が経ってしまったプレゼントは、今も机の引き出しにしまってある。

 もちろん、それとは別に新しいプレゼントも用意した。 

 エナが喜ぶかどうかは、分からないけど。


「高橋さんと会ってる時も、ずっと頭の中にエナがいたんだ」

「……ずっ、と」

「どうしてか分からなかったけど、でも、こうして正体が分かったのなら――」

「そう……なんだ。そう、だよね」

 

 てっきり、一緒になって喜んでくれるかと思ったのに。

 高橋さんは俯いたまま、僕のことを見なくなった。


「高橋さん」

「ううん、元々エナちゃんが始めた会話練習を、私が引き継いでただけの話だし。もう、エナちゃんを前にしても、普通でいられるよね」


 終わった宿題をリュックに詰めながら、高橋さんは独り言のように語る。 


「ごめんね、なんか私、色々と押しかけちゃったりしてさ。宿題とか、やらせちゃったし」

「それは、これまでの事を考えたら、やって当然だと」

「ダメだよ、空渡君はそういう事をしたらダメだと思う。上手くいくといいね、きっと今の空渡君なら……ごめん、私、もう帰るね」

「え、高橋さん、ちょっと、ちょっと待って!」




 ――高橋美恵




 息が苦しい、自転車をこぐことが出来ないくらいに、胸が詰まる。

 長い一本道、コンクリートの上に自転車が倒れちゃったけど、直す気力もない。


 勘違いしてた、もう終わったことだと思ってた。

 エナちゃんなんて存在しなくて、空渡君は私だけを見ていると思っていたのに。


 違ったんだ、空渡君は私を利用してエナちゃんを探してたんだ。

 だからどんなに頑張っても、絶対に一定の距離を保ったまま、全然何もなくて。


 分かってたよ、分かってたけど……怖くて聞けなかったんだよ。

 私は卑怯だから、黙っていれば、時間が過ぎれば勝手に解決すると思ってたんだ。


 だけど、何も変わってなかった。


 どうしてかな、なんでこんなに好きになっちゃったのかな。

 空渡君がエナちゃんを好きだなんて、仲良くなって直ぐに分かってたことなのに。

 

「……着信、凄いいっぱい」


 なんで掛けて来るの? 私はエナちゃんじゃないよ?

 エナちゃんに告白して、ダメだった時のキープにしたいの?


 なんて、そんなの、空渡君がするはずない。

 でも、そんな酷いことでも、今の私なら。

 

「……うっ、……ひっく」


 でもね、私、弱いから。

 怖くて、終わりにしたくないから。 


 出れないんだよ、逃げたいって思っちゃってるんだよ。

 それと同じぐらい、一緒に居たいって思っちゃってるんだよ。


 意味分かんない……私もう、わかんないよ。

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