02 レイジとミーナ
目が覚めると今度はただただ白い空間が広がっているなんてことはなかった。
目の前に広がる風景はおそらく田園風景とでも呼ぶようなものなのだろう。
こんな風景を目にしたことがあるのかどうかは記憶がないのでわからないが、田園風景みたいだと思ったから記憶はなくとも知識はあるようだ。
目に映るのは畑と呼んで差し支えないもので、規則的に木々が植えられ樹上には果物が実っていた。
「しかし、料理を教えるったって材料はどうすればいいんだ? いや、目の前の畑から持ってくのがまずいのはさすがにわかるんだが……」
そのあたり神様は適当だったな、現地産でなきゃ意味がないのは分かるんだがそれならそれで一回収穫したものなら取り寄せられる能力とかほしかったな。
「お兄さん、この村の人じゃないですよね? そこは領主様への納税用の畑なので勝手に入ったら村長にボコボコにされますよ」
びっくりした。……いやマジで。
後ろを振り向けば、そこにはおそらく兄妹……だと思われるちびっ子がいた。
おそら兄のほうは赤い髪で青の瞳、妹のほうは青い髪に黒の瞳。
一見すると髪色も目の色も違うからただの仲良しかと思うが、顔の造作が似ているし妹を背中にかばっている兄の図が見るからに兄妹だ。
「やあやあ、はじめまして。俺は流れの料理人のマサトだ。畑の作物ははじめて見る種類だったから気になっただけでもちろん勝手に入るつもりはなかったよ」
「料理人……ってなんですか? まあ畑に入らなければお咎めはないと思いますよ」
そうか、料理人って概念自体がないのか。
しかし今更ながら、明らかに口の動きが違うのに話が通じてるのがなんか変な感じだ。
「料理人っていうのは、野菜や肉なんかを焼いたり煮たりして美味しく食べさせる仕事のことさ。俺は世界中に美味しい料理を届けるのが使命なのさ」
まあ嘘はついてない。神様関連とかの喋ってないことがあまりにも多すぎるだけで。
「へー、そういうのを料理って呼ぶのか。でも、肉はともかく野菜は勝手にとったら怒られるよ」
「まあ、そうだよね。山かなんかに入って食べられそうなものを探すかな。……というか肉は勝手にとっていいの?」
神様が食材を鑑定する能力を与えたって言ってたから食べられる野草と毒のある野草は見分けがつくだろうが、肉は獣を倒せそうにないし諦めていたのだが。
「うん、肉は村人が畑を守るために殺した獣がゴミ捨て場に集められてるし、どうせあとで埋めなきゃいけないから増えるならともかく減るのなら怒られはしないよ」
「ああ、そういう。よし、そこまで案内してもらえないかな?」
「ああいいよ」
そうして先を歩く子供たちを見て、俺はあることを思いついた。
食材を鑑定する能力と神様は言っていたけれど、これで人間を鑑定したらどうなるのか、だ。
人間だって獣からみたら食材だし、もしかしたら鑑定できたりして……なんて。
『個体名:ミーナ 種族:人間 性別:女 年齢:十歳 天職:料理人 食用:可 雑食性のために国臭みがあることが多い。食用可能だが臭み取りに時間と手間がかかる。同種族の食肉は禁忌とされているので推奨はしない』
『個体名:レイジ 種族:人間 性別:男 年齢:十二歳 天職:剣士(二刀流) 食用:可 雑食性のために国臭みがあることが多い。食用可能だが臭み取りに時間と手間がかかる。同種族の食肉は禁忌とされているので推奨はしない』
いや、マジで出来心だったんだ。
っていうかすごい馬鹿な能力にしか見えない。
位置関係的に妹を先に見て、それから兄のほうを見たので妹はミーナ、兄はレイジということだろう。
そして、この説明の下にステータスだの臭み取りの方法だのいろいろ書いてある。
が、ステータスはともかく臭み取りの方法は必要ない。
ちなみにステータスは一桁の数字が並んでいて器用さだけ二桁だった。
「そういえば、君たちの名前を聞いてなかったね。何て名前なんだい?」
とりあえずやることと言ったら名前の確認だ。
神様にもらった能力だから信頼性はあると思うが、何事も疑ってかからねば。
「そういえば、お兄さんの名前は聞いたけど僕たちの名前は教えてなかった。僕はレイジ、でこっちは妹のミーナだよ」
当たってる。
ということは、この能力はある程度確かな情報だってことか。
「そうかレイジにミーナ、これからよろしくね」
レイジはうん、と返事を返してくれたもののミーナは無言でレイジの後ろに隠れてしまった。
まあ、初対面だし、恥ずかしいのだろう。
「ほらお兄さん、ここが肉の廃棄場所だよ」
レイジが指示したところには、おそらくネズミやイノシシらしきものがやまずみにされていた。
いや、俺の知識ではネズミには翼は生えてないし、イノシシに凶悪な二本の角は生えていないんだ。
食材鑑定の結果はフライラットとデビルボアで両方食用可だった。
とりあえずフライラットの死体だけを持ち上げる。
いや、デビルボアは無理だ、なんせ体長が二メートル近い。
まあフライラットも五十センチはあるからネズミとしては破格の大きさなんだけど。
「レイジ、ミーナありがとな。ところで二人の家はどこだ? 親御さんにもあいさつしたいんだが……」
「俺たちの家はすぐそこだよ。親はいないからあいさつなんていらないよ」
レイジが指さす先には確かにあばら家が見える。
「親がいないって、畑に出てるとかか?」
「そうじゃなくて、もう死んじゃってるからさ」
「……あー、それは悪いことを言ったかな」
「別にもう昔のことだから気にしてないよ」
じゃあ、この兄妹は二人だけで暮らしてるってことか。
「お兄さんは泊まる宛とかあるのか? 流れのとか言ってたから野宿か?」
勝手に踏み込んで、勝手に落ち込んでる場合じゃないな。
確か神様が言うには住居にもなる食堂作成の能力があるはずだけど……。
「野宿をするつもりはないけど、レイジたちの家の隣って誰も使ってない土地かな?」
「……まあこんな村はずれの土地なんか誰も使わないけど」
ここは村はずれだったのか、確かにさっきの畑から十数分歩いたけども。
「じゃあ、ちょっと土地をお借りするよ」
食材鑑定は心の中で鑑定したいと思うだけで大丈夫だったけど食堂作成もそうなのか?
なんて、心の中で思ったらレイジたちの家の隣にグリッド線が現れた。
レイジたちの家が二×二マスなら出ているグリッド線は一×二マスだ。
そして、目の前には謎の半透明なパネルが現れ、そこには食堂作成:レベル1の文字と決定、中止の文字が書かれている。
レベル1、ということはレベル2もあるのか?
なんて思うと、レベルの上下に三角と逆三角の文字が浮かび上がる。
三角、つまり上側の文字は黒く、逆三角、つまり下側の文字は灰色になっている。
おそらくレベル1だから2以上にはできてもゼロには変更できないってことだろう。
試しに三角の文字を押してみるとレベルは1から2へと変更される。
そのまま押し続けてみるとレベルは4まであるようだ。
とりあえず、レベル1で決定の文字を押すとレイジたちの家の隣に屋台と思しき物体が現れる。
ご丁寧に、屋台の前には椅子が六個並んでいる。
「え? お兄さん、一体何したんだ?」
「なにこれなにこれ? すごーい」
いきなり出現した屋台に対して、さっきまで喋っていたレイジだけでなくレイジの後ろの隠れていたミーナも声を上げて驚いている。
レイジも年相応にかわいらしい声をしていたが、ミーナは鈴の鳴るようなというか綺麗な声をしている。
まあ、とりあえず屋台じゃ寝泊まりはできないし消してみるか。
消すのは……あ、消えてほしいと心の中で思ったら消えたな。
消えたんなら、次はレベル2を確かめてみるか。
レベル2は二×三マス、レイジたちの家より少し大きい感じになるのか。
「ああ、次は狭い家になるのか」
出てきたのは正面がガラスの引き戸でできている木造の家。
ただし、一階建てでカウンターとテーブル席が二つあるだけだし、よくあるラーメン屋みたいだと俺の知識が囁いている。
この大きさでも寝泊まりは無理だと判断して、次に移る。
で、レベル3で出てきたのは一軒家、二階建て。
グリッドは四×四マスだったのでレイジたちの家が四つ入る感じになる。
「お兄さん、魔法使いだったんですか?」
「冒険者なの?」
「おれはさっき言ったと思うけど、流れの料理人だよ。この力は料理なんて得体のしれないものを世界に広める俺に神様がくれた能力なんだ」
魔法使いやら冒険者やらがいるって認識されているのなら神様からもらったって言っても大丈夫かな。
「神様から、すごいな」
「ミーナ知ってるよ、神様からは天職と加護がもらえるって」
「そうなんだ、神様はそこまでは教えてくれなかったな」
「神様に会ったんですか?」
「普通は教会で神様に祈るともらえることがあるって聞いたけど、お兄さんは神様に会ったの?」
やべえ、てっきり生まれた瞬間に神にもらうのかと思ったら条件付きだったらしい。
「俺は特別辛いことをするから、神様が特別に会ってくれたんだよ」
「へー、お兄さんはすごいんだな」
「加護をもらえる人は国の中でも数える人だってお母さんが言ってたよ」
「でも、レイジとミーナも天職は持ってるだろ?」
レイジには剣士の天職、ミーナには料理人の天職があったはずだ。
というか、天職に料理人があるのに料理が何かわからないってのも変な話だな。
「? 僕たちは教会には行ったことがないので天職はありませんよ」
「こんな田舎の村で天職を持ってる人なんていないよ」
おやおや、どうやら食材鑑定は本人も知らない天職まで暴いてしまうらしい。
こいつは困ったぜ。
「実は神様から鑑定の加護ももらっていてね、それによると二人にも天職があるみたいだよ」
もうこうなったら二人には話せることは全部話す方向にするか。
「ぼくたちにも天職が?」
「ねえねえ、それって農家の天職?」
「いや、違うよ。レイジは剣士でミーナは料理人だね」
「……そっか」
やっちまったか? 目に見えて二人が落ち込んでしまった。
まあ、農業で生計を立てているような場所で農家以外の天職があっても意味がないということか?
「あー、どうだ? 二人も中に入ってみないか? 実は俺も神様から加護をもらったばかりで中に入るのは初めてなんだ」
俺が現れた食堂(レベル3)の扉に手をかけると二人もついてくる。
レベル3の食堂は扉がガラス式の引き戸で中はカウンターとテーブル席が八席あるタイプの食堂だ。
いわゆるちょっと広い飲み屋や食堂といった感じかな。
これは多分テレビとか本の知識なんだろうけど。実際、未成年であるはずの俺が飲み屋の光景を知識だけとはいえ知っていたらおかしいだろう。
「……綺麗ですね」
「すごーい、ひろーい」
確かに食堂の中身は、というか外見もだが、新品そのもので誰も使った痕跡のないそれは綺麗というしかないだろう。
だが、俺の知識ではここはそこそこ広い食堂であって、学食やファミレスなんかと比べればはるかに狭い。
まあ、レイジたちの家がアレだし相対的に広く見えるのかもな。
「おっ、外見た時からわかってはいたが二階があるのか」
カウンターの奥、キッチンの中には階段があり、そこから二階に上がれるようだ。
カウンターの中で客が入っていく場所ではないからおそらく従業員のプライベートスペースだろう。
「二人も上に上がってみるか?」
尋ねると、二人とも興味津々な顔でうなずくので三人で二階に。
ちなみに、フライラットはキッチンの作業台の上に置いてあります。
二階に上がれば扉が四つ。
すべて開いてみれば寝室が二つにトイレとシャワー、ちなみに一階にもトイレはあった。
一階のトイレは男女兼用の大便器がある部屋が二つあり、二階には同じく男女兼用のタイプが設置してあるトイレ室が一つだ。
「部屋が二つ? 一つにまとめたほうが広くなるんじゃ?」
「なんで?」
どうも二人にとっては家の部屋は一つで家族はそこで過ごすようだ。
何度も言うが二人の家はあの狭さだから個人用のスペースを持つような環境ではないのだろう。
「部屋が二つなのはお客さんとかが来た時に便利だからだよ。それよりも二人とも、さっきのフライラットを調理するけど見るかい?」
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