故国は遥か
※今話あたりから残酷な描写がちらほら出てきます。ご注意ください。
ボリューム多めでお届けします。
ヤッファ条約締結から、十年あまりの歳月が流れた。
その間、フリードリヒは「メルフィ憲章」、あるいは「皇帝の書」と呼ばれる国内法を定めて政教分離、法による統治を推し進めたが、教皇との対立は相変わらず続いており、皇帝に反感を抱く北イタリアの諸都市が結んだ同盟・ロンバルディア同盟とも紛争が絶えなかった。
そしてそんな中、彼らに唆された長子・ハインリヒに背かれるなど、決して順風満帆とは言えない日々を送っていた。
なお、フリードリヒと教皇との対立の中で、教皇グレゴリウス九世は、フリードリヒへの対抗策という理由がすべてではないにせよ、かの悪名高い異端審問を教会組織の中で制度化する。そしてこのことは、後の中世ヨーロッパの歴史に落ちる暗い影となる。
ヤッファ条約のもう一方の立役者であるカーミルは、期間満了の前年、1238年3月にこの世を去り、後を継いだのは息子のアル=アーディル二世。
しかし、あまり有能な人物ではなく、彼の異母兄でカーミルがスーダン人奴隷に産ませた庶子のアル=サーリフが反旗を翻す。
2年余りの抗争の末、サーリフが勝利を収め、アイユーブ朝第七代スルタンとなった。
継承の過程には色々あったが、この新たなスルタンも父の路線を引き継ぎ、フリードリヒとは文のやり取りを続けることとなった。
一つには、カーミルの寵臣でありフリードリヒとも馴染みが深いファクルッディーンが、継承戦に際してサーリフの支持に回っており、その伝手があったことも大きい。
こうした状況の下、ヤッファ条約も延長されはしたのだが……。
フリードリヒと教皇が対立を続けていることは、中東のキリスト教勢力にも影響を及ぼし、フリードリヒは次第にエルサレムの統治から疎外されていった。
1243年にはついに、フリードリヒが現地に置いていた代官が追放され、聖地は完全に彼の手の及ばぬものとなる。
そして、悲劇は起きた。
†††††
エジプト、カイロ。悠久なる大河ナイルの中州ローダ島に、その建物はあった。
1241年2月に完成したスルタン・アル=サーリフのマムルーク兵舎である。
マムルークとは、主に中央アジアのテュルク系民族出身者を少年のうちに奴隷として購入し、イスラム神学、法学、軍事知識、戦闘技術など、軍人官僚として必要なすべてを叩き込んだ後に奴隷身分から解放、高い能力と忠誠心を持ったエリート部隊として育成したものだ。
サーリフはスルタンとなってカイロに入城するや、ここローダ島に立派な兵舎を建て、マムルークの育成に取り組んでいた。
彼らは、ナイル川を意味する「バフル」から、バフリ・マムルーク、あるはバフリーヤと呼ばれる。
その日も、マムルークの訓練風景を熱心に視察していたサーリフの元に、一人の男がやって来た。
年の頃は五十歳前後、黒を基調とした服を身にまとい、左の頬には深い刀傷がある。
「陛下。バラカ=ハーン、参上つかまつりました」
跪いて男が言う。
男の名はフサームッディーン=バラカ=ハーン。二十年余り前に滅亡した東方のホラズム=シャー朝の残党の頭目である。
モンゴルの侵攻により、1220年に同王朝の首都サマルカンドが陥落。当時スルタンだったアラーウッディーン=ムハンマドも逃亡先のカスピ海の小島で没したが、その息子ジャラールッディーン=メングベルディーが後継者となり、モンゴル軍の追撃を振り払いながら西へ逃れ各地を転戦する。
――と言えば聞こえは良いし、実際彼は軍事的な才能には恵まれていたのだが、その実情は、行く先々で現地勢力と衝突し、時にはそれを征服するなど、現地の者たちにとっては迷惑極まりない。
そのジャラールッディーンも、1231年に現在のトルコ東部でモンゴルの追手に敗北、隠れていたところを現地住民に捕らえられ、殺されてしまうのだが、その前に彼と袂を分かった一派がアイユーブ朝の領内に流れてきて、傭兵として雇われることとなったのだ。
「ご苦労、バラカ卿。準備が整ったのか?」
「は。すぐにでも兵を動かせます」
「よかろう。派手にやるがいい」
この当時――1243年6月、サーリフはシリア地方の統一を進めていた。元々は彼の叔父ムアッザルの領地だったものを、その死後にカーミルが併合するも、完全に統治下に置いてしまうことはできず、カーミル没後の混乱に乗じて各地の領主が勢力を盛り返し、群雄割拠の状態になってしまったのだ。
目下のところ、統一の最大の障害は、ダマスカスの領主・イスマイル。
ムアッザルの子ナースィルを追い出した後ダマスカスを領有していたアシュラフは1237年に亡くなり、その後釜となったのが、カーミルのもう一人の弟イスマイルであった。つまり、甥と叔父との争いである。
今回、サーリフがホラズム傭兵――アラビア語でいうところのファーリズミーヤに命じたのは、守りの固いダマスカスの直接攻略ではなく、周辺の村々での略奪という汚れ仕事だった。
バラカは、ジャラールッディーンと共に各地を転戦する中で頭角を現し、諸々の事情から主君と袂は分かったものの、元々はホラズム=シャー朝の貴族の子弟である。このような山賊まがいの仕事をさせられることに対し、思うところはあったが、口には出さぬ。
「育成は順調なようですな」
代わりに口にしたのは、今スルタンが見守る前で騎射の訓練を行っているバフリーヤのことだ。
「うむ。卿らの国を滅ぼしたモンゴルとかいう連中、着実に西へ西へと勢力を伸ばしておるようだからな。兵の準備は怠れぬよ」
「左様ですな。もしモンゴルが攻めてまいりましたなら、我らも故国の恥辱を雪ぎとう存じます」
それを聞いて一瞬だけ不快げな表情が浮かびかけたのを押し隠し、サーリフは言った。
「ああ、卿らにも期待しておる。では、行くがいい」
「かしこまりました」
一礼して辞するバラカを見送りながら、スルタンの側に侍っていた偉丈夫が言った。
「あの者どもの忠誠、あまり当てにはなさらぬ方がよろしいかと」
「わかっておる。おぬしらとはわけが違うからな」
親衛隊長の言葉に、サーリフは頷いた。
男の名はアイバク。サーリフがスルタンとなるよりずっと以前から仕えている、最古参のマムルークだ。
現在のところ、サーリフ直属の兵力はまだまだ心許なく、ファーリズミーヤに頼る部分が大きい。だが、その忠誠心には大いに疑問があり、それゆえにこうしてバフリーヤの育成に心血を注いでいるのである。
「モンゴルの追撃を振り払ってここまでやって来た歴戦の強者であることは否定せぬが、行く先々であちらに付いてはこちらを裏切りを繰り返してきた連中だ。当てになど出来ぬ。現に、異母弟との争いの時も一度は余を裏切っておるのだからな」
「仰せの通りにございます」
一時的にアーディル二世側に付いたことに関しては、ファーリズミーヤ側にも言い分はあろうが、少なくともサーリフに絶対的忠誠を誓う存在でなかったことは確かである。
「まあよいわ。道具にはそれぞれ相応しい使い道があるというものよ」
主従のやり取りを聞いて、アイバク配下の若い兵の一人が複雑な表情を浮かべたが、主従はそのことには気付かなかった。
スルタンの元を辞して、カイロの街の一角、ファーリズミーヤたちが与えられた居住区に戻ったバラカ。配下の者たちに出陣の支度を命じた彼のところに、一人の若者がやって来た。先ほど、スルタンたちの側に侍っていた兵の一人である。
「おお、これは若君」
バラカにそう呼ばれて、若者は眉をひそめた。
「その呼び方はよせと言っているだろう。今の俺はアイバク様のマムルークの一人にすぎぬ、と」
若者の名はクトゥズ。ホラズム=シャー朝スルタン・アラーウッディーン=ムハンマドの孫にあたる人物だ。
彼の母親はアラーウッディーンの娘で、西カラハン朝の君主に嫁いでいたのだが、その国がアラーウッディーンにより滅ぼされた後、本国に戻され、貴族の一人と再婚、そして生まれたのが彼であった。
本来の名はマフムード=イブン=マムドゥッド。しかし、ホラズム=シャー朝がモンゴルに滅ぼされた際、生まれて間もない彼は両親に連れられ国を脱出、叔父ジャラールッディーン率いる軍勢に守られながら成長するも、ついにはモンゴルの追手によって全滅の憂き目を見、彼も捕らえられて奴隷に堕とされた。そして、そんな彼を購入しクトゥズという新たな名を与えたのが、スルタン・サーリフの筆頭マムルークであるアイバクだった。
「何を仰います。あなた様は今や王家の血を引くただ一人のお方。それも、誇り高きカンクリ族のお血筋ですからな」
一時は中央アジアの盟主となったホラズム=シャー朝は、主としてテュルク系の騎馬民族たちの寄り合い所帯的な国家だったのだが、その中でも中核を成していたのがカンクリ族。クトゥズの母の母も、クトゥズの父も、そしてバラカもその血脈である。
しかし、ジャラールッディーンの母親はインド出身の女性で、バラカが彼のことを「確かに軍才には恵まれておられたが……」と一定の評価はしつつも隔意を抱き最終的に袂を分かったのは、性格的に反りが合わなかったということもあるが、一つにはこの出身部族による対立も原因であったのだ。
「して、どのようなご用向きで? 様子を探ってこいとのスルタンの御命令ですかな?」
微笑みながらもわずかに皮肉を込めて言うバラカに、クトゥズは渋い表情で、
「ああ、そうだ。スルタンはおぬしらの忠誠心を疑っておられる。と、俺が言うまでもなく百も承知だろうがな」
無言のまま頷くバラカ。
「まあ、報告は適当にしておくが……。それと、キリスト教徒とはくれぐれもことを構えぬよう今一度釘を刺しておけ、との仰せだ」
「……は、心得ております」
バラカの返答にわずかな間があったのは気になったが、クトゥズはそれ以上何も言わず、主の元へ戻っていった。
「ぐわっ!!」
「いやあぁぁぁ!!」
剣戟の音が響き、苦鳴と悲鳴が谺し、流血が乾いた土を染める。
ダマスカス近郊の村を襲撃したファーリズミーヤの部隊は、少数の守備兵を蹴散らし、村の男どもの抵抗も排除し、歓喜の雄叫びとともに略奪に励んでいた。
その有様を、バラカは少し離れた小高い丘陵の上から、騎乗のまま物憂げに見つめていた。
故国を失ってすでに二十余年。一族の中には、もはやふるさとのことを知らぬ若者もすくなくない。
そして、長い放浪の日々は彼らの精神を荒廃させ、このような汚れ仕事にむしろ嬉々として勤しむように成り果てた――。バラカの目には、そのように映った。
「あいつら、夢中になり過ぎて敵が打って出てくるかもしれぬことを忘れてはいないでしょうな?」
バラカの側にいた若者が、眉をひそめて言う。バラカの息子でアリーという名のこの若者は、父親に鍛えられているだけあって油断はしていないが、部隊全体を見渡すと、緊張感を欠いている者たちも少なくない。
ダマスカスに限らず都市近郊の村々は、軍人たちの封土――徴税権を与えられその収入で軍備を整えるための土地だ。そこを荒らされることによる損害は大きい。ゆえに、敵が挑発に乗り打って出てくればそれを迎え撃つ手筈だ。
しかし、一向に打って出てくる気配はない。辛抱強いのか、それとも腰抜けなのか。
「もういいだろう。引き揚げるよう伝令を出せ。退却するところを追撃されぬよう、くれぐれも注意は怠るな」
息子にそう告げて、乗騎の首を巡らせるバラカ。
「父上、どちらに行かれますので?」
「カイマリヤの長に話がある」
そう言い残し、バラカは馬を駈け出させた。
「これはこれはバラカ殿。何用かな?」
バラカを迎えたのは、クルド人の傭兵カイマリヤ族の長・アル=ハサンという初老の男だ。
サラディン自身がクルド人の出だということもあって、彼らカイマリヤもアイユーブ朝成立当初から重要な戦力となってきた。
そんな彼らも、今回の略奪に駆り出され、今はともにカイロに向けて撤収していくところだ。
「他でもない、スルタンが育てておられるバフリーヤという連中のことでござる」
それを聞いてハサンの眉根に皴が刻まれる。スルタンが直属の戦力の育成に心血を注いでいることは無論承知しており、彼も危機感を抱いてはいたのだ。
「ふん、あのような若造ども、恐るるに足りず、と言いたいところだが……」
「左様。今はまだともかく、いずれは十分な戦力となりましょう。さすれば我らは……」
用済み、という言葉は口には出さなかったが、ハサンには意図は通じた。
「だが、だからと言って今、何かできることがあるわけでもなかろうて」
「いえ、スルタンには我らの力を今一度示しておくべきでござる。そして、我らの領地を手に入れる」
「領地、とな?」
「左様。ともにエルサレムを陥としませぬか」