2.過去に区切りをつけて
「あ」
声を出してみる。
「あー、あー」
やっぱり日本語よりアリス語のほうが発音はしやすいらしい。
体の構造の違いか、単に一番親しんでいるのはアリスだからか。
「私の名前はセーレ。アリスという国の王女やってます」
セーレとして生まれ変わってから早三年、立派な三歳として成長中。
この三年で気付いたことといえば、私がアリスもとい前世で生きていた国の王女であることぐらいしかないな。
生まれたときから母様や父様の顔にどこか見覚えがあった。
でも思い出せずにもやもやしてて、ある日気付いた。
母様、もしやアメレさん?
そう思って見てみれば確かに面影はしっかりある。
今まで気付かなかったのは何でだろうかというくらいにしっかりアメレさんなんだよなあ。
アメレさんが母ということで父はもう決まったようなもの。
私が生きていたときはまだ王太子だったライオス殿下がまさかの今世の父。
生きていた国で生まれ変われるのは相当運がいいしありがたいので、ここで感謝でもしておこう。
ちなみにアメレさんもとい母様は今私の弟か妹を身籠っている。
ついに私もお姉さんですよ。えへへ。
そこである問題が浮上した。
私は果たしてこのままでいいのか。
いわゆる「病む」という現象なのだろう、私は大分ダークサイドに陥っていた。
冤罪で殺されるという、絶対に経験したくないような出来事を経験し、それから立ち直ろうと、吹っ切ろうとしたときに膨大な苦しい記憶が蘇る。
きつい。
なお、私は日本で過ごした記憶とシラルとしての記憶、そして今という三つの記憶を併せ持っているっぽい。
その三分の二が全く報われない記憶。
…いやだな。
ということで、今世は楽しく生きていきたいんよ。
他人との差に劣等感を感じたりはせず、人を信じすぎて貶められたりもせずに、自分勝手に過ごしたいんよ。
そして、過去にけりをつけて。
今までの二の舞は嫌だ。けど、過去は過去として完結させたい。
だから私は、ユリーナに復讐する。
殺さなくてもいい、ただ、個人的には私が受けた以上の恐怖を味わって欲しい。
厳しすぎる?
当たり前だ、もう私は私ではない。
人に優しすぎる少女じゃない。
人に尽くせば尽くすほどに己はどんどん消耗されていくんだ、なら自分のために生きたほうがよっぽど楽しい。
別に過去に囚われている訳ではないんだ。
過去の私のためじゃない、今の私のためなんだ。
…なんて。
かっこよく言ってみたけど、ようはちょっと頑張ってみようってことなんだよね。
窓の外には鮮やかな緑が広がっている。
爽やかな初夏の風がセーレの金髪を撫で、緩やかに流れていく。
生まれてからずっと苛まれてきた過去に区切りをつけられそうで、今までにないような多幸感を感じた。
窓のそばには、花瓶に飾られた黄色いアイリスの花が元気に顔を出している。
夏はすぐそこに迫っていた。