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天使の梯子に沈みながら  作者: れるり
9/9

薄明

単純に、気持ち悪いと思っていました。

よくもまあ、飽きもせず、同じ様なことを言えるなと。

飲んでいると言えば居酒屋を貸切って乱交をしているだの、少しばかり配信をすれば、女装しろだの、メスイキ声だの。

彼らと私は、確かに男性同士でしたが……いえ、それは、女性からもだったかな。

男の私が言うのも変に思われるかも知れませんが、セクハラですよね。それも、悪質な。

知人との会話に割り込んでまで、そういった言葉を向けられることもよくあって。勘弁してくれ、と。


他に……ですか。

なんだったかな、確か、その妄言を、彼らは小説のような形に纏めて――

揺らぐ視界の中で、男が叫んでいる。

満足に呼吸も出来なくなる程の快楽に身を委ね、その心地良さに、目を閉じた。


冷たい太陽の光を浴びながら、あの人結局、最後までなんて言ってるか分からなかったなと思った。

言葉に似た何かを発する度に弛んだ頬が揺れ、分厚い唇が震え、唾が飛ぶ。

毛むくじゃらの肥えた腹に付いている大きなホクロを、指で何度も掻き毟っていた。

気が触れたように大声で喘ぎ、呻き、叫び、体毛の濃い脂ぎった身体を密着させて来る。

腕を掴まれ、息をする余裕も無い程に、生ゴミのような臭いのキスを交わし続けた。

汚いタイプの男だったが、ただ、乱暴なところは、嫌いではなかったかも知れない。

別れ際に何かを言っていたような気がする。

またよろしく、だったか。うん、気が向いたらね。


――とっても激しいエッチをありがとう。また誘ってくださいね。


形だけのメッセージを送って、()の時間を思い出す。

あ~あ、もうちょっと早く切り上げたかったんだけど。

お家に帰って、お風呂に入って身体を綺麗に洗って、ゆっくり休んで。

そして、美味しいご飯を食べて、気持ちの良いまま、次に向かうはずだったのに。

せっかくの予定を壊してくれたあの男には、今後気が向くことはなさそうだ。

だが、あの男ですら、きちんとした職に就いている。

どれ程醜い身体をして居ても、言葉を発するのが不自由そうであっても、こちらの事などお構いなしに、暴力にも似た行為で体液を散らすのだとしても。


これ以上堕ちる事の無い自分からすれば、過ぎた相手だった。

帰ろう。昨夜から続く今日は、まだまだ長くなる。


もう何年前になるだろうか。どこかのホテルで、誰かと過ごしたことがある。

初めて会った男――もう名前は忘れてしまった――に誘われるがまま、()()の過ごすホテルに向かい、そして、ただお互いに乱れ、延々と貪られる夜。

あの日の帰りも、きっと、こんな時間だった。

そして、あの夜に、タガが外れてしまったのだと、今にして思う。

()()まで堕ちてしまう、きっかけはあった。積み重ねもあった。

あるいは初めから、踏み外していて、ずっと堕ち続けていただけなのかもしれない。

() ()である自分に気付かないように、必死に見て見ぬふりをしていただけで、初めから、()()に、いたのかもしれない。

タガが外れたのでも堕ちたのでもなく、ただ、ようやく自覚しただけなのかも知れない。

それでも、やはり、転機となったのがあの夜だった事は、間違いない。


名も忘れた男が言っていた言葉が、その時に見た景色が、微睡の中で思い出される。


俺はセックスって、気持ちの悪い、最低な行為だと思うんだ。

排泄の方がまだ綺麗だと思うんだよね。

ああ。……もう、朝だね。だからさ。ほら、外、見て見なよ。

空を埋め尽くす灰色の雲の切れ間から、太陽の光が、柱みたいに、梯子みたいに落ちてるでしょ。

薄明光線とかヤコブの梯子だとか、色んな言い方があるみたいだけど。

俺はね。この景色に、現象に、一番相応しい言葉は。


天使の梯子(エンジェルラダー)――だと、思うんだ。


ねぇ、――――


綺麗なものを感じながら、最低な、汚い行為で射精する。

これって、すっごく、興奮するんだよ。


()()()()()が、耳をくすぐった。

意識が白濁に塗り潰されそうになる。仰向けになり、男の見つめる窓の外を眺めた。

天使の梯子と言った、あの光線に沈んでいけば、もっと綺麗な光景を見る事が出来るのだろうか。


そうすれば、綺麗になれるのだろうか。


帰りの電車を待ちながら、本当に久しぶりに、おしるこ缶を飲んだ。

ひとくち飲んで、不味い、と感じた。飲めたものではない。

記憶の中の味とはかけ離れている。

もうひとくち飲んで、結局、ゴミ箱に捨てた。


おしるこ缶の味を吐き出す様にため息をついて。

ふと、悪い事をしたように感じたが、なぜそう感じたのかは、分からなかった。

――その下らない小説モドキが、今も残っているかは分かりませんけど。

仮に残っていたとしても、今の私には、何の関係ありませんし、

それに書いた本人たちも、書いた事を自体を、忘れているんじゃないかなと思います。

何にせよ結局のところ、それはありもしない、彼らの妄言でしかないのですから。


ただ、今にして思えば。


()()()()()』としての(メス)は。


あの時から確かに、自分の中に宿っていたんだと思います。

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