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天使の梯子に沈みながら  作者: れるり
8/9

降胚

ねむたいんですか?


額にすっかり冷めた缶が押し付けられる。

飲み終わったんであげますと、おしるこ缶を渡してきた。後輩だった。

いや、ここで渡されても。電車だし。


いいじゃないですか、どうせあと……ええと。3分くらいで駅でしょう?

どうしたんですか、なんで不服そうなんですか。

……実はそれ飲みさしなので、いいですよ、べつに。


飲まないけど。


暫くの間、無言。そもそも電車の中で喋るのは良くない事だ。

この車両には、自分と後輩と、あと遠くの席に寝てる人しかいないし、良いも悪いもないんだろうけど。

終電だし。こんなものなんだろうか。

なんでこんな夜中に、後輩と電車に揺られているんだろう。


<CantCapric>に届いたメッセージを見返すと、最寄りの駅は次で間違いないようだ。


何見てるんですか?


これは今から行くとこまでの――


――やっぱり、先輩って、『チョモラちゃん』なんですね


メッセージを閉じる。アプリを閉じる。電車が止まる。

そうだ、降りないと。ここで。降りないと。


初めて降りた駅のホームでゴミ箱を探し、おしるこ缶を捨てた。


始めに感じたのは叔父の声だった。

あの人が、初めての相手だった。あの時の火照った身体は、ゆっくりと叔父を受け入れた。

きっとこの先、何年経ったとしても、忘れる事はないだろうと思う。

どうしても求めてしまう。そして、その度にまた、後輩に、逃げるのだと思う。


先月か先々月か、いつか父親と、叔父と、その仕事仲間だろう男たちが家で飲んでいた時がある。

叔父を見た瞬間に、下腹部、膀胱の奥辺り――男性膣(子宮)――が、疼いた。

どうしても欲しくなった。父親も、見知らぬ男達もいる中で、ただ、叔父を求めたかった。

叔父に求められたかった。だからはやく部屋に籠り、寝てしまなければならなかった。

そうすれば、寝て起きれば、朝になれば、この疼きもおさまるだろう。

やがて届いたメッセージは、()()()()()()()


――抱いてあげるからまっていなさい。


だがこれが、()()からの、例えば、明日会いましょうと言うメッセージだったとしたら。

ならば、寝なければならない。なおのこと、後輩の為に、寝なければならない。


叔父に抱かれながら、身体を求めながら、熱に貪られながら、ギラギラとした目を見る。

よく利用するスーパーの店員の自分を見る目は、この目だったなと思った。

キスをねだる。口元を舐められ、唇を吸われ、酔いそうな程に熱い唾液を飲み込んだ。

名前は確か『角原』だったか。見られることも、触れられることも多かったなと思う。

偶然、角原さんが、バイト仲間だろう誰かと話しているのを聞いたことがある。

さいきん、図書館に言ってるんだ。

汗ばんだ叔父を抱き、体液を交わしながら、明日は図書館に行こうと思った。

知らない男が2人部屋にやってきて、彼らの事も受け入れながら、その間は叔父と手を繋いだままで、そして、いつの間にか眠っていた。

目が覚めた時には誰もいなかった。

汗を流してきれいになって、図書館に行こう。()()()、一緒に。

もちろん会えたらいいなくらいにしか思っていなかったが、黒魔術なんて書かれた本を読んでいる彼の姿を見た時は、もう、抑えられそうにもなかった。


いつかの電車では、見知らぬ誰かに声を掛けられたことがある。


――チョモラちゃんだよね。すぐにわかったよ。


ドアの付近に移動させられ、器用にも片手でズボンのチャックを下ろされた。

小さい事がコンプレックスだったが、むしろその事が、男を興奮させていたようだった。

すぐに射精させられ、扉が開くとすぐにトイレに連れ込まれた。

流石に、今日、この時間にはあの人はいないか。

ほんの少しだけ、残念な気持ちになったが、構わない。


()()()()()は、構わない。


また<CantCapric>を起動し、同じメッセージを確認する。

ホテルの場所が載せられたメッセージ。


『チョモちゃんの分も含めてちゃんと予約してるからね』


これまでの自分と、そして、望んで抱かれようとする今の自分に、自嘲気味に笑う。


でも、もしも。

もしも本当に、例えば、会うたびにおしるこ缶を飲んでいるような後輩がいたとしたら。

たまに突拍子もない事を言い出したり、曲がってしまったネクタイを直してくれたり、ネクタイをしていない時に会うと驚かれたり、怒られたりするような、そんな関係の、懐いてくれる可愛い後輩がいたとしたら。


()()は、ならなかったのかもしれない。


到着したよ。メッセージを送った数分後に、つい昼頃に会ったばかりの男が現れた。


「やあチョモちゃん、来てくれて嬉しいよ」


御田の見せる可愛らしい笑顔に、思わずどきりとする。


――いこうか。たっぷり、可愛がってあげるから。


耳元で囁かれる声。艶のある長めの髪からは、ふわりと、心地よい香り。

その全てに、かつて叔父に感じていた以上の期待をしてしまう。


智里は。チョモラは。


これから自分を待つ淫猥に、甘い唾を飲み込んだ。

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