9.紫の毒花
「君は……知っているのか?」
「はい」
信じられないという顔をする陛下。
陛下が患っていた病については、きっと多くの方々が調べているに違いない。
優秀な医者や研究者、私のような薬剤師とか。
あの時もそうだった。
そして、長い時間をかけてようやく原因にたどり着いた。
突然現れた私が、その原因を知っていると言っても、信じられないかもしれない。
すると彼が、陛下に呼びかける。
「父上」
「シン」
「彼女の言っていることに嘘はありません」
「……そうか。わかった。では任せてもよいか?」
「え、あ、はい!」
一瞬、不自然さに戸惑ってしまった。
間違いなく初めは信じられない様子だったのに、彼が一言告げただけで、陛下はあっさりと信じたように見える。
嘘は言っていない、と彼は言った。
まるで、私の心でも読んでいるように。
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病の原因は、とある花だった。
紫色の綺麗な花弁が特徴的で、当時から珍しい種類でもあった。
その花の名前は「紫炎華」という。
紫色の燃えるような模様が花弁についていることから名づけられたそうだ。
「その花が原因って、毒素でも持っていたのか?」
「はい。一般的にいう毒素とは違いますけど、人体には影響があります」
「人体には……つまり、他は平気なのか?」
私とシン殿下は街の北にある山道を歩いていた。
その道中、原因について話しながら進む。
「はい。作物にとっては良い栄養になります。ただ、それを吸って育った食べ物にも毒素が残るんです。少ないですが、長く摂取し続けると症状が出ます」
「なるほど。最近は特に、作物の実りが良いと聞く。理由はそこにあったのか」
「私はそう思います。あの、今さらですが殿下、どうして同行を? しかもお一人で」
今は私と殿下しかいない。
「何を言っているんだ? アルカも一緒だろう?」
「い、いえそうですけど……」
アルカというのは、街でも一緒に歩いていた白い狼のこと。
私が言いたかったのは、護衛の騎士でも連れてきた方が良かったのでは、ということだった。
彼には上手く伝わらなかったので、そのままハッキリ聞いてみることに。
「殿下に何かあったらどうするんです? せめて護衛くらい」
「必要ないよ。俺はこう見えて、騎士たちよりも強いんだ。それに、今無暗に騎士たちを動かして、全員で発症してしまった困る」
「殿下がそうなるほうが良くないです」
「大丈夫、君も一緒にいるわけだし、いざとなったら君の力を頼るよ」
「それは……」
聖女の力であれば、病に罹っても完治させられる。
実際に陛下の前で見せたことで、彼も安心しているかもしれない。
頼られるのは良い。
私も、もし彼が倒れるようなことがあれば、迷わず力を使うと思う。
ただどうしても、かつての後悔が過る。
「どうかしたか?」
「いえ……」
「気になっていたんだが、聖女の力に何かリスクがあるのか?」
「え?」
どうしてそれを?
と、心の中で疑問を浮かべる。
「聖女の力なら病を完治させられる。だが君は、父上の問いにいいえと答えた。普通に考えたら、何かあると思うだろう?」
「……」
「あるんだね?」
「……はい」
「教えてくれないか?」
殿下は立ち止まり、真剣なまなざしを私に向ける。
力強い眼だ。
私のことを疑っているのではなく、心配してくれているように見える。
だから私は、彼に話すことにした。
話し終えた後、彼は血相を変えて嘆く。
「どうしてそれを先に言ってくれなかったんだ……」
「言えば、余計な心配をされると」
「するに決まっているだろ! いやそもそも、君の命を削ってまで頼んだりしなかった。俺はなんてことを……」
殿下は、心の底から嘆いてた。
ついさっき会ったばかりなのに、深く傷ついているように見えた。
この人はとても優しい。
他人に対して真摯に向き合い、寄り添える人だ。
「助けてよかった」
「え?」
「いえ、力のことは気にしないでください。一人に使った程度なら、あまり影響はありませんから」
「それでも君の命だ。君のための時間だろ?」
「はい。それでも助けられる命は、助けたいと思います」
「君は……強いな」
私は首を横に振る。
「強くなんてありません。私はずっと、後悔ばかりです」
そう、今も昔も。
後悔ばかりしかしていない。
だから、今度は失わないようにと心に決めた。
助けられる命は助けたい。
そこには、自分の命も含まれているのだと、今世は知っている。
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紫炎草はとても希少な花だ。
それの理由は、育つ環境が極めて限定的であることに。
一日のうち二時間だけしか、日光に当たれない。
二時間を超えてしまうと、花は開かず育たない。
仮に二時間に満たない日が続いても、他の花たち同様に枯れてしまうだけ。
この条件でしか育たない花は、自然の中で育つには厳しすぎる。
故に私が聖女だった頃も、幻の花とさえ呼ばれていた。
希少だからこそ、知られていないことも多い。
含まれる毒素について知ったのも、私が命を落とす直前だった。
最初に気が付いたのは一人の研究者だった。
彼が知り、他の研究者に託して死んだ。
命を繋いで、紡いで、原因がハッキリする頃にはもう遅かったけど。
どうして現代にそれが知られていないのか。
最初は疑問だったけど、調べていくうちにわかった。
あの病が広まったのは当時の王国だけだった。
弱っている所を他国に知られたくない。
そして、自分たちだけが原因を知っているという状況を好機と考えたのだろう。
結果、国内のごく一部のみで情報は限られ、広まらなかった。
「助け合わなかったから、今も続いている。それは間違ってる」
そう呟き、私たちはたどり着く。
一面に咲く、紫色の花畑へ。
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