8.救えなかった者たち
陛下の容体を確認しながら、シン殿下の話を思い返す。
症状が現れだしたのは、今から一月ほど前だったという。
身体がだるい、疲れがとれない、せき込む。
この辺りは、ただの風邪と同じ症状で、特有の症状も現れなかったそうだ。
宮廷付きの優秀な医者が見てもらい、過労から来る風邪だと診断された。
数日安静にしていればよくなる。
しかし、日が経つにつれ、症状が重くなっていった。
全身を襲う倦怠感が増し、関節の痛みが現れ、常に発熱した状態。
この辺りから、身体の一部に紫色の痣が現れた。
痣は病の進行と共に広がっていく。
最初は小さな黒子程度の大きさだったものが、現在では左半身を覆うように広がっていた。
間違いない。
私は、これと同じ病を知っている。
千年前、聖女として最後を迎えた時も、後悔と一緒に思い浮かべていたから。
長い年月をかけて忘れ去られてしまった脅威。
王国を追い込んだ病が、ここエトラスタ王国で……
「ぅっ、ぐっ……」
「父上!」
「お父様!」
苦しそうな声をあげた陛下に、二人が駆け寄り手を握る。
「すまない……な。心配ばかり……かけて」
「父上……」
「もう……私は長くない。その前に、王位を譲るための……」
「弱気なことを言わないでください! ユリア、父上は」
「……症状はかなり進行しています。今は、気力だけで持ちこたえている状態です」
私が知る限り、痣が半身にまで及んで生きていた人は少ない。
それだけ生命力にあふれていたのか。
あるいは、意地でも生き残ろうとする強い意思か。
二人を見ていれば、どれだけ愛されている人なのかわかる。
きっと、国民からも愛される素晴らしい王様だったのだろうと。
「大丈夫です。まだ助かります」
「本当か?」
「はい。私なら……私が持っている聖女の力なら」
「聖女――」
助けなきゃ。
懐かしい感覚があふれ出す。
義務感や責任感とは違う。
純粋に心から、助けたいという気持ちがこみあげてくる。
国王の身を心から案じ、回復を祈り続ける二人の姿を見て、私の中の聖女が騒いでいる。
「天は決して、正しき魂を見捨てたりしない」
私は祈りを捧げる。
同じ病に苦しんだ人たちの声が、頭の中に響く。
今世は使うことはないと思っていた。
聖女の力で、国王陛下の病を癒していく。
「綺麗……」
「ああ」
陛下を包む光を、二人はじっと見つめていた。
暖かな光は全身を包み、紫色の痣を薄く落としていく。
苦しそうな陛下の表情も、徐々に和らいできて。
光が消えると――
「こ、これは……」
陛下は徐に起き上がって、自身の両手を不思議そうに見つめた。
「お、お父様!」
「父上!」
「シン、セラ」
起き上がった陛下に、王女のセラが泣きながら抱き着いた。
シンもそうしたい素振りはあったけど、妹に譲るように、そっと下がる。
彼の瞳からも、涙が流れ落ちる。
「良かった」
嬉しさから流す涙は綺麗で、私もホッとする。
それからしばらくして、三人が落ち着きを取り戻す。
病み上がりの陛下は、ベッドの端に腰掛け私に頭を下げる。
「君のお陰で助かった。心から感謝する」
「い、いえそんな! 頭をお上げください」
「私は、つい先ほどまで生きることを諦めていた。君が来てくれなければ、子供たちを悲しませていただろう。だから……感謝してもし足りない」
「陛下……」
自分のことより、残される子供のこと心配していた。
その言葉だけでも、この方の優しさがわかる。
「俺もからもお礼を言わせてほしい。本当にありがとう」
「ありがとうございます!」
心からの感謝の言葉は、何度聞いても嬉しいものだ。
「……私も、助けられて良かったです」
よどみない感謝の言葉を貰えただけで、力を使った意味がある。
すると、顔をあげた陛下が難しい顔で私に尋ねる。
「ユリア殿、一つ伺いたいのだが、よろしいか?」
「はい。何でしょう?」
「その力があれば、他の者たちの病も治せるのか?」
「え、他の方? 陛下の他にも」
「……うむ。まだ報告は少ないが、騎士団の中に数名、宮廷で働く者たちの中にも、同様の症状が出ている」
「王城だけじゃない。街でも父上と同じ病に罹った人がいた。話を聞く限り、他にもいるらしい」
シンが続けて話してくれた。
彼が街を回っていたのは、陛下と同様の症状の人たちがどれだけいるのか。
対処法はないのかを探すためだったそうだ。
「それで急いで」
「ああ。俺の見立てだと、病は街中に広まってる。まだ症状が出ていないだけで」
「そんな……」
おそらく、彼の見立ては正しい。
千年前も同じように、気づいた時には国中で蔓延していた。
最初は少ない人が症状を訴えて、次々に増えていったんだ。
「ユリア殿、重ねて伺いたい。君の力なら、この国に広まってしまった病を止めれるか?」
「それは……」
出来る、と。
簡単には答えられない。
出来ることには出来る。
千年前と同じように、街の人全員を見ればいい。
だけどそれじゃ、あの時と同じになる。
命を使い果たして……
「申し訳ありません。私の力でも、街の方々全員を助けることはできません」
「そうか……」
「ですが、この病についてなら知っています。原因と、その治療法も」
だから今世は、聖女としてではなく、薬剤師として挑もうと思う。
かつては救えなかった人たちも、今度こそ。
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