7.エトラスタ第三王子
天に祈りを捧げることで奇跡は起こる。
千年前、王国を救った大聖女の力。
その聖女の……命を奪った力。
「これは……」
彼のはれ上がった腕は、白く淡い光に包まれる。
優しく、太陽のように温かな熱を帯びて、傷口へ染みわたる。
痛みは一瞬だけ強くなるけど、光が消える頃には、跡も残さず綺麗な肌が顔を出す。
「これでもう大丈夫です」
「今の……光は?」
「……」
聖女の力は、生まれ変わっても残っていた。
それに気づいたのは、物心ついた頃で、今日までずっと使わないようにしていたんだ。
使えば、きっと注目されてしまう。
また同じ結末にたどり着いてしまう。
そう思ったから、この力は隠してきた。
だけど、あの国を追い出され居場所をなくした今、隠しす意味はない。
というより、今までだって隠す必要はなかったのだろう。
本当のことを話したところで、誰も信じてはくれないのだから。
「それじゃ私は――」
「待ってくれ!」
立ち去ろうとした私の手を、彼が力強く掴んできた。
さっきとは立場が逆になる。
私が振り返ると、彼は疑問と期待が入り混じった複雑な表情で、私のことを見ていた。
「今の光……魔法じゃないよな? 何をしたんだ?」
「心配しなくても、ただ治療しただけです」
「そうじゃない! 俺が聞きたいのは……っ」
彼は下唇を噛みしめる。
何か深刻な悩みでも抱えているのだろうか。
少し辛そうな顔をして、彼は私に言う。
「いやすまない。この際、どんな力か何てどうでもいいんだ」
「どうでも?」
「今見せてくれた力は、病にも効果があるのか?」
「え、はい……」
「どんな病でもか? 医者が判断できないような深刻な状態でも、救うことは出来るか?」
私の腕を掴む力が、少しずつ強くなっていく。
言葉の節々から感じ取れる切迫した焦りの感情が、彼の手に力を入れさせている。
私を見つめる瞳は真剣で、まっすぐに逸らさない。
そんな瞳で見つめられたからか、私は嘘をつけず、適当に誤魔化すことも出来なかった。
だから、こう答える。
「出来るよ」
すると、彼の瞳がわずかに、涙で潤んだように見えた。
一瞬のことでハッキリは見えなかったし、すぐに彼は手を離して、心を落ち着かせるように目を閉じてしまう。
次に目を開けた時には、力強い瞳だけがそこにあった。
「自己紹介が遅れてしまった。俺はエトラスタ第三王子、シン・アークライトだ」
「第三……王子?」
「ああ。君の名前は?」
「……ユリアです」
「ユリア、突然引き留めてしまってすまない。だがどうか、俺の話を聞いてほしい」
そう話している彼は、さっきまでとは別人のように凛々しくて、王子らしいと感じた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
人生は、何が起こるかわからない。
多くの人がそう言う。
私も同じように思う。
何もできずに終えた一度目と、聖女として生きた二度目。
そして三度目。
こんなにも違って、劇的な人生も早々ないと思う。
例えば今も、途方にくれていた所で出会った青年が、まさか一国の王子様だなんて思わなかった。
それから――
「お帰りなさいませ、シン殿下」
「ああ、父上の容体は?」
「今朝からは変わらず、起き上がることもままならない状態です」
「そうか……」
彼が話していた兵隊が、私に視線を向ける。
「殿下、そちらの方は?」
「大切な客人だ。今から父上の所に案内する」
「なっ、よろしいのですか?」
「ああ。もしかすると、この国を救ってくれるかもしれない人だ」
私は今、王城の廊下を歩いている。
第三王子である彼に連れられ、国王陛下がいる部屋へ向かっていた。
「この部屋だ」
案内された部屋の前で、私は一度深呼吸をする。
一国を治める王様に会うのは初めてじゃないけど、まったく知らない国で、知らない場所だから緊張はする。
元々私は、あまり人付き合いも得意じゃなくて、初対面の人には必要以上に気を使ってしまう。
そんなこと、今は考えている暇じゃないのだけど。
「失礼します、父上」
「その声……シン」
「はい。ただいま戻りました」
「シンお兄様!」
ベッドに横たわる男性と、その横に座っていた女の子。
女の子のほうは、彼の妹であり、この国の第一王女。
「ありがとうセラ。父上を見ていてくれて」
シンに頭を撫でられて、彼女は嬉しそうにほほ笑む。
王女とは言え、まだ十歳の女の子。
子供らしさが感じられる笑顔だった。
「お兄さま、この人は?」
「彼女はユリア、街で偶然出会って、不思議な力を持っているんだ」
「不思議な……力?」
「ああ、もしかすると、父上の病も治せるかもしれないって」
「ほ、本当ですか!?」
パーッと明るい表情で、セラは私を見る。
シンの聞いてほしい話、それは国王陛下が患っている病のことだった。
「一度、直接見せて頂いてもいいですか?」
「ああ、頼む」
「わかりました」
私は陛下の枕元に近づいた。
陛下はゆっくりと私に顔を向ける。
「君は……」
「初めまして、陛下。私はユリアと言います」
「ユリア……」
「はい。シン殿下から事情は伺っております。失礼ですが、身体に触れさせて頂いてもよろしいですか?」
「……ああ」
弱々しい声で、陛下のお許しを貰った。
私は一礼して、脈と呼吸、それから皮膚の状態を確認する。
服の袖に隠れて、紫色の痣を見つける。
やっぱり同じだ。
この病は……千年前に王国で流行ったものと――
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