6.出会い
「聖女様! 二日前から身体におかしな模様が……」
「大丈夫です。私に任せてください」
聖堂に訪れる人の大半が、同じ症状を訴えていた。
王城の医者が確認したが、どうやら新種の病らしいことがわかった。
新しいということがわかっただけで、原因や対処法はわからない。
必然的に対応は全て、聖女であるシスティーに回された。
「ウチの子もお願いします!」
「妻が目を覚まさないんです!」
「こっちのほうが症状が重いんですよ? 先に見えてください!」
聖堂は毎日のように騒がしく、悲痛な声ばかりが聞こえていた。
そんな中にいれば、誰だって疲れを感じる。
システィーも、日に日に疲れが溜まっていることを実感していた。
「はぁ……今日も多かったなぁ」
「お疲れ様です聖女様。明日もよろしくお願いします」
「はい」
聖女として振る舞うのも楽ではない。
そう感じながらも、頼られる優越感もあって、悪い気分ではなかった。
ただ、どうしても疲れは残る。
ベッドで横になった時、彼女はふと、ユリアから言われたことを思い出す。
「……まさかね」
それはまだ、単なる疲れでしかなかった。
聖女の力の代償とは無関係に、彼女は疲弊していた。
祈りを求める人たちは増え続け、期待と不安がまじりあって、すべて彼女に向けられている。
重圧は想像以上のもので、彼女は無意識にストレスを感じていた。
だが、いずれ彼女は夢を見るだろう。
真っ白な世界で、天からの警告を聞くだろう。
真実を知った時、彼女はどんな顔をするのか。
それがわかる人は、もうこの国には存在しない。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
国境を超えて、私はずっと北へ歩き続けた。
どこか向かいたい場所があるわけでもなく、ただ道に沿って歩いただけ。
歩き続けた未知の先に、私を迎えてくれる国はあるのだろうか。
そんなことを考えながら、私は一つの国にたどり着いた。
「エトラスタ王国……」
その首都だ。
広大な自然に囲まれた小さな国。
私がいた国と比べたら、領土は半分くらいしかない。
隣国だし、少なからず情報はある。
「確か……自由と平和を愛する国……だっけ」
私が想像していた国は、もっと大きくて時代の最先端を行くような国だったけど。
一目見て違うとわかった。
のどかで、穏やかで、心地良い風が吹く。
そこで暮らしている人たちも、何だか伸び伸びと生きているように見えた。
「居心地は良さそうだなぁ」
感覚的にそう思った私は、一先ずここで暮らすことにした。
国を出てもうすぐ一か月。
そろそろ住む場所を決めないと、体力がもたない所だったから丁度良い。
とは言え、ここまで来るのに、もっていたお金は使ってしまった。
お金になりそうな物も、途中に立ち寄った村や街で売ってしまって、今の私は一文無しに近い。
一応探してはみたけど、タダで泊めてくれる宿屋なんてない。
「どうしよう……」
朝から街を回って、途方にくれる。
こういう経験は初めてだからと言い訳したいけど、そんなことを言った所で助けがくるわけもない。
それこそ、奇跡でも起きない限り――
「ワフッ!」
「え?」
「なっ!」
人通りの少ない道で、曲がり角を曲がろうとした。
曲がった瞬間、目の前には人がいて、勢いよくぶつかってしまう。
私は大きく後ろにしりもちをついた。
ぶつかった彼もよろめいて、後ろにしりもちをつく。
一緒に歩いていた真っ白な毛並みの犬が、倒れた彼に駆け寄った。
「っつ……すまん、いきなりで躱せなかった」
優しくて、若い声だった。
いきなりで顔が見えなかった私は、声の主へ視線を向ける。
彼は私に手を差し伸べて言う。
「立てるか?」
「ぁ――」
太陽のように明るい髪と、海の青さに溶け込めるような瞳。
白い肌は女性のように綺麗で、かけてくれた声にピッタリな優しい表情をしていた。
まるで、少女漫画に出てくる王子様のような人だった。
「ん? どうした? もしかして今ので怪我をして」
「だ、大丈夫です」
一瞬見惚れてしまった。
自分でも驚くくらい、彼の顔から目が離せなくて、伸ばしてくれた手のことを忘れていた。
私は慌てて彼の手を握る。
引っ張り上げられて、立ち上がる。
「本当にすまなかった。急いでいて、ちゃんと確認していたなかったんだ」
「い、いえ私もその……よそ見していたので」
「怪我は?」
「大丈夫です」
「それは良かった」
そう言って彼は微笑んだ。
私は何となく照れくさくなって、視線を下に向ける。
「あ、その手」
「ん? ああ、このくらいどうってことないよ」
彼の右腕が赤く腫れている。
たぶん、さっき倒れた時にぶつけたのだろう。
確かに大きな怪我ではないけど、私とぶつかった所為で負ったものだから。
「じゃあ俺はこれで」
「ま、待ってください!」
立ち去ろうとした彼の手を、思わず握ってしまった。
彼は振り返り、どうしたのかと言いたげな顔を見せる。
咄嗟に引き留めた私だけど、手持ちの薬草は全部売ってしまったし、塗り薬もない。
でも、このくらいの傷なら……
「少しじっとしていてください」
「え?」
久しぶりに、生まれ変わってからは初めて。
私は聖女の力を使った。