5.宛てのない旅へ
呆然と下を向いて動かない私に、陛下は冷たく言い放つ。
「いつまでそうしているつもりだ? 早く出ていけ」
「……」
声は聞こえているし、意味もわかる。
だけど、身体の力が抜けてしまって、動き出そうとしない。
そんな私に呆れたのか、陛下は大きくため息をこぼす。
「はぁ~ 彼女をつまみ出せ」
「はっ!」
命令された騎士二人が、私の両脇に立ち、強引に腕を引っ張り上げる。
「立て!」
「陛下の御前だぞ!」
そのまま腕を掴まれ、引きずられるように連行される。
扉を潜った後は、乱暴に腕を離され、その場に倒れ込んだ。
見上げた視線の先には、私のことを蔑んだような目で見る二人の騎士が映る。
「陛下の前で無礼を働くとは……所詮は庶民だな」
「早々に出ていくんだな。お前のような平民は、下町のほうがお似合いだ。下町生まれなんだろう? 丁度良かったじゃないか」
「ぇ……」
「何だその顔? まさか味方してもらえるとでも思ったのか? 生憎ここにお前の味方なんていない」
二人の騎士は、私のことを笑いながら語る。
下町育ちの私が宮廷付きになったことを、城の人たちは快く思っていなかった。
特に貴族や、由緒正しき家柄の者にとっては、嫉妬の対象だったらしい。
この二人もまた、貴族の生まれだった。
「殿下に気に入られて、良い気になってただろ?」
「そんなこと……」
「まぁ、今となってはどうでもいいけどな。ほら、さっさと行け」
「歩けないなら、特別に介抱してやってもいいぞ?」
一人が、騎士にあるまじき下衆な笑顔を見せる。
介抱という言葉を間違った意味で使っていることは明白で、イヤらしいことを考えているのもわかった。
唐突に理解して、いっそ清々しさすら感じる。
「……結構です」
「はっ! そうかよ。ならさっさと消えろ」
騎士とは国を守護する者。
そこに住む民を守り、人々の模範となる存在であるはず。
少なくとも、私が知っている騎士たちは、あんな下衆な顔はしなかった。
時代が変わったから?
きっと違う。
単に彼らは、最初から騎士の器じゃなかったのだろう。
なんて……考えらえる程度には、冷静さを取り戻していた。
陛下から提示された猶予は一か月。
その間に、この国の領土から出るよう言い渡された。
広い領土を抜けるには十分な期間ではある。
ただ、王城は今日中に出て行かなくてはいけなくて、私は急いで薬室の片づけに取り掛かった。
「これはいる……かな。そんなに持てないし、選ばないと」
薬室には、私が育てていた薬草やハーブ類が並んでいた。
万能薬を作るために、いろんな場所を巡って手に入れて、大事に育ててきたものばかりだ。
まだ試していない調合もあるし、育ちきっていない薬草もある。
置いていくしか出来ない自分が情けない。
せめて後任の薬剤師が来たら育ててくれるように、手紙を書いて残しておこう。
それから夕方になるまで薬室の片づけをして、持っていく物は背負える大きなカバンに詰め込んだ。
本当は全部持っていきたいくらいだけど……
「もう行かなきゃ」
私は自分に言い聞かせて、薬室を出る。
扉を閉めてから、今日までのことを思い返して、頭を下げる。
「お世話になりました」
どうか次に来る薬剤師が、優しい人でありますように。
私が書いた手紙も、ちゃんと読んでくれることを祈って、薬室に背を向ける。
廊下を進んでいくと、騎士たちや同僚だった人たちとすれ違う。
クスクスと笑っていたり、ひそひそ何か話している声も聞こえた。
気になったけど、何を話しているか確かめた所で、何もいいことはないはわかっている。
だから私は、一秒でも早く王城を出ようと思った。
なるべく人が少ない道を選んで、隠れながら出口を目指す。
ふと、その道の途中で聖堂の横を通りかかった。
窓の一つが開いていて、そこからシスティーの顔が見える。
「システィー……」
彼女は困っている人たちに微笑みかけていた。
聖女として、頑張っている姿が目に映る。
あんなことを言われたけど、やっぱり気になってしまう。
いずれ彼女も、私と同じ声を聴くに違いない。
そのとき彼女は……と、考えた所で、もう私には何もできない。
「無理しないでね、システィー」
さようなら、と。
小さな声で伝えて、私は王城を駆け出た。
王都の街はいつも賑わっている。
特に賑わう商店街の人混みを抜けて、静かな通りを選びながら外を目指す。
生まれ育った下町にも通りかかった。
両親は物心ついた頃にはいなくて、育ててくれたお爺さんも昨年天国へ旅立ってしまった。
仲が良かった友達も、今は王都でいる。
景色に懐かしさはあっても、頼れる誰かがいるわけじゃない。
私は立ち止まることなく下町を抜けた。
王都を囲っている外壁。
唯一の出入り口である東西の門前には、荷物から人まで何でも運んでくれる馬車が並んでいる。
御者にお金を渡して、行きたい場所へ連れて行ってもらう。
「お客さん、どこまでいきます?」
「えっと、ここから国外まで出て、一番近い街までお願いできますか?」
「ああ、できますぜ」
「じゃあお願いします」
「あいよ! お客さんもしかして、旅にでも出るんですかい?」
「そう……ですね。はい」
宛てのない旅へ、私は出ることになった。
これからどうなるのか、どうしたいのか。
揺れる馬車の中で、私は考えながら外を見る。
出発の日は、とても綺麗な星空が広がっていた。
ここから新展開です。
モチベが続く限りですが、頑張って更新していきます。