3.聖女の誕生
季節は廻り、寒さが目立つようになってきた頃。
王都では毎年、この時期になると体調を崩す人が増える。
急激な気温の変化に身体が驚いてしまって、風邪をひいてしまうようだ。
「あの時も……寒くなってからだったなぁ」
前世の記憶と、現実の寒さが重なる。
私が命を燃やし尽くして感染を食い止めたのも、同じように寒い時期になって広がった病だった。
当時は原因もわからず、有効な薬もなかったから、聖女の力だけが頼りで。
その果てに、私は命を落としたんだ。
「ごほっ、ぅーん……」
「システィー、大丈夫?」
「うーん、大丈夫じゃないですぅ……なんだか最近、身体がダルくて」
それは見ていて何となく感じていた。
一緒に作業している時間が長いから、彼女の変化には敏感になる。
数日前から、少しずつ元気がなくなっている気はしていた。
「もしかして風邪?」
「熱とかはないんですよ? ダルさだけっていうか、ちゃんと暖かくしてるのに」
「お医者さんに見てはもらったの?」
「はい。異常はないって言われました」
「そう」
宮廷には専属の医者がいる。
優れた知識と技術を持っている信頼できる人の診断だから、間違ってはないと思うけど……
「他には何か変わったことなかった?」
「えっと、変な夢は見るようになりました」
「変な夢?」
「はい。何もない所で一人ぼっちで、誰かの声が聞こえるんです」
聞いたことのある夢に、私は少し動揺した。
彼女は続けて語る。
「何を言っていたのか思い出せないんですけど、身体が妙に熱くなって、ぞわぞわってして目が覚めるんです。お陰で最近は全然寝つき悪くて……悪夢ですよ」
「……」
「先輩?」
「え、あ、そうだね。眠れないのも体調不良の原因かもしれないね」
気のせい……なのかな?
システィーが話してくれた夢を、私も見たことがある。
今の私じゃなくて、前世の私が。
聖女になる前、その夢を何度も見せられて……
ううん、まだ偶然かもしれない。
夢なんて曖昧だし、同じような夢もあるはず。
そう思っていた数日後――
「ぅ、う……」
「システィー?」
薬室での作業中、システィーが胸を押さえて苦しみ始めた。
胸の痛みから発覚する病は多い。
重病かもしれないと、焦る気持ちがどわっと溢れ出そうになって、せき止められた。
彼女の身体から、淡く温かい光が漏れ出ていたから。
「これは……」
もう、疑いようがない。
私はこの現象を知っている。
身をもって体感したことがあるから、誰よりもわかる。
最初は胸の痛みから始まって、体中が燃え上がるように熱くなって。
「先輩……」
「大丈夫。もうすぐ痛みは治まるから」
「へ? ぅ……は、はぁ……」
徐々に痛みは和らぎ、手足の先に仄かな温もりが残る。
そして同時に、自分が手にした力の意味を、天からの声で理解する。
「今……声が……? 夢で聞こえた声が」
「それは……主の声だよ。システィー、貴女は……聖女になったの」
「私が……聖女に?」
信じられないかもしれない。
でも、信じずにはいられない声が語りかけてくるはず。
私のときもそうだった。
この時、私は鮮明に思い出していた。
自分が聖女になって、歩んできた道のりを。
その先に待っていた……後悔の最後を。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「聖女様が誕生された!」
「なんという奇跡だ! 大聖女様以来千年ぶりに、この国に聖女様がお生まれになられたぞ!」
システィーは聖女になった。
その事実は王城だけに留まらず、瞬く間に王都中に広まった。
厳しい寒さが続く時期だったからこそだろう。
国民は聖女の誕生に喜びの声をあげた。
もちろん、殿下も同じだった。
「システィー、君には驚かされたよ。まさか聖女の力を宿していたなんて」
「私も信じられません。でも、これで皆さんの……殿下のお力になれると思うと、とても嬉しいです」
「そうか。そう言ってくれると、僕も嬉しいよ」
殿下から優しい声をかけられて、システィーは幸せそうだった。
それから、国をあげて祭りが開催されたり、隣国の重鎮を招いたパーティーも開催された。
人々も、国も、全てにとって幸福な出来事なのだろう。
皆が笑っていた。
楽しそうに、嬉しそうに笑っていた。
ただ一人、私だけは……笑えなかった。
聖女の力を使うことが、自身の命を削る行為だと知っているから。
祭りやパーティーがひと段落着いた頃から、システィーは聖女として聖堂で祈りを始めた。
寒さが一層厳しくなって、体調を崩す人が増えてきて、国民が彼女に救いを求めてきたからだ。
国としても、聖女の力をアピールする機会。
彼女にとっても、聖女としての役割を果たす場が出来て、二つ返事で引き受けたらしい。
「聖女様! この子を救ってください! どうか!」
「安心してください。未来ある子供を、主は決して見捨てたりしません」
薬室での仕事を続けながら、彼女の様子も気になって、時々聖堂を見に行った。
聖堂には列が出来ていた。
システィーは凄く頑張っている。
それに、どうしてもかつての自分の姿が重なって、他人ごとには思えない。
このままいけば、彼女は命を削り続けてしまう。
私と同じ最後を迎えてしまう。
「そんなの……駄目だよ」
その日の夜、私はシスティーに伝えることにした。