2.宮廷薬剤師
トントントン――
薬室の扉が開く。
入ってきたのは、黄色い綺麗な髪を二つ結びにしている可愛らしい女の子。
彼女は両手で木の箱を持っている。
「先輩! 頼まれてた物ってこれですよね?」
「うん。セレン草と、クアの実だね。ありがとう、システィー」
「」
彼女の名前はシスティー。
宮廷薬剤師見習いで、研修期間として私の助手を務めている。
とっても元気で真面目な女の子で、私がお願いしたことも文句ひとつ言わずにやってくれるし、進んでいろんな仕事もしてくれる。
勉強も熱心だから将来有望。
きっと彼女も、たくさんの人を笑顔にする存在になると思う。
トントントン――
また、扉をノックする音が聞こえた。
「失礼するよ」
今度の声は男性だった。
上品で、優しそうな声に、システィーがきゅんとなっている気がして。
声の主が誰なのかを考えれば、そういう反応にもなる。
「いらっしゃいませ。アンデル殿下」
「こんにちは、ユリア。突然ですまないね。仕事中だったかい?」
「いえ、殿下ならいつでも歓迎です」
「そう言ってくれると嬉しいよ。システィーも頑張っているかな?」
「は、はい!」
「うん。良い返事だね」
アンデル殿下は優しく微笑みかける。
システィーは恋する乙女のようにうっとりとする。
彼は第一王子で、いずれこの国の王になるお方。
よく私の薬室に顔を出してくれる。
「研究は捗っているかな?」
「はい。殿下のお気遣いのお陰で」
「そうか。君の研究は、いずれこの国の未来を担うことになる。期待しているよ。王子として……そして、一人の男としてもね」
「……? はい。ご期待に沿えるよう頑張ります」
言い回しはよくわからなかったけど、期待してくれていることはわかった。
元々下町育ちで、王城には何の縁もなかった私だけど、数年前に偶然殿下と巡り合えたことは幸運だった。
宮廷付きになれば、より優れた環境で薬学の研究が出来る。
王城へ誘ってくれた殿下には、返しきれない恩を感じる。
私の目標のためにも、願ってもない機会だったから。
「では失礼するよ。また来る」
「はい」
殿下が薬室を後にする。
見送ってから、私は仕事に戻ろうと振り返る。
するとシスティーが、うっとりした顔で手を合わせて言う。
「殿下は今日も格好良いですねぇ」
「ん? そうね。わざわざこんな薬品臭い場所に足を運んでくださるし、とても優しい方だと思う」
「そうですね……殿下に気に入られてる先輩が羨ましいです」
「え? 私が?」
「そうですよ! 先輩の所だけですよ? 殿下が顔を出すのって」
そ、そうだったんだ……知らなかった。
「私の研究に、それだけ期待してくれてるってことかな」
「それだけじゃないですよ! 殿下は間違いなく、先輩に気があると思うんです」
「え、えぇ? そう?」
「そうですよ! さっきだって、一人の男としてっておっしゃいましたし。先輩は仕事が出来るだけじゃなくて、水色の髪と瞳が綺麗だし、まるで伝説の聖女様みたいって噂されてるんですよ?」
伝説の聖女……
千年前の私が、現代ではそう呼ばれているらしい。
多くの命を祈りで救った大聖女。
この国の象徴であり、皆が憧れる存在に、私はなっているようだ。
どういうわけか、あの頃の私と容姿も似ている。
水色の髪は短くしたけど、肌の白さ、瞳の色も同じで、自分でも驚いている。
「殿下もきっと……先輩?」
「何でもない。さぁ、仕事に戻らないと」
「そう、ですね?」
「システィーも手伝って」
「はい!」
私は、今年で十八歳になった。
かつて命を落としたのは二十歳。
残り二年……このままいけば、私は何事もなく二十歳を超えるだろう。
それを嬉しく思うと同時に、かつての自分の人生が本当に正しかったのかと疑問に思ってしまう。
恋愛なんてものも、私には縁遠いものでよくわからない。
救わなくてはならないという気持ちが膨れ上がって、他事なんて考えられなかった前世。
もしかすると今世は、人並みの幸福が得られるかもしれない。
そう思うと、少しだけ気が楽になった。