僕、あぶり出す。
鶸が怪しいと神経を尖らせて探ってみてもシステム上で疑いようが無いほど鶸は鶸だった。そもそも本人に問いただしたところで進化体は概ね命令に従い、嘘はつかない。遠回しに操られているのか、脅されているのか確認しても「そんなことはない」としか解答が無く疑いようが無い。そもそも確信のある証拠でも無い状況で、どう言われてもその言葉の信義は分からずじまいである。
「どうにも配下に対して信用しすぎなのだろうか。」
「本来配下は主を害さないように出来ているので信用して貰っても構わないのですが・・・」
菫は信じて欲しいと抗弁しながらも鈴の方をチラリと見る。鈴がおかしくなっているときは鈴じゃないからねぇ・・・光満教にも鶸にも対策が打てない状態が続く身内会議。
「何かされているのは事実でしょうが。あそこにいるのは鶸であって鶸でないとしか。」
鈴が分かっている事実を口にする。ただ今更そう言いだしていることが気になる。
「鈴の根拠は?」
僕らが鶸がおかしいと思っているのは状況証拠である。表面的なステータスに異変はなく世界のシステムがソレを鶸だと言っている。鈴は無知であるほど馬鹿ではないく、面倒くさがりであるが話す事にはそれなりに根がある。
「鶸は私には返答してくれないからです。鶸は未だに意識を停止しています。」
最初から教えてくれよと思うくらいには爆弾発言だった。
「何故それをもっと早く。」
「聞かれませんでしたし。」
菫が立ち上がって憤るが、鈴はごろごろと寝転がってそれを受け流す。
「それが事実なら見つけた時から鶸は解放されていないということか。」
菫が怒るのも尤もと思いながら現状を考える。鈴が伝達の中心にいるのは確実に指示を届けられるからである。だが鶸には指示が届いても返信がないという状態なのが反乱当初から何も変っていない。時期的に鑑みれば城が落ちた当たりから鶸の意識はないのだろう。
「精神操作か憑依か・・・その辺ならステータス異常に出そうなものだけど。」
「出ないような細工をしている可能性もあります。不可能ではないと思います。」
僕の疑問は桔梗によって覆させられる。
「ただそこまで仕込めばどうしても維持するための魔力が足りないと思うのです。」
桔梗が始めから可能性として外していたのはその点らしい。今の所大きな魔法の維持はされていない。つまりステータス隠蔽と魔力隠蔽を同時に行っている事になる。そうすればとてもじゃないが三日も維持できまいと。
「種族固有能力か・・・」
この世界に生きる生物なら特殊能力も魔力に依存することが多いが、先日戦った精霊などは固有能力を魔力に依存していない。
「あの精霊の配下に乗っ取られている可能性があるのか。」
精霊の配下は何一切見かけていない。攻めてきたのは本人とミーバ兵だけだ。一般兵は国境周辺で止められている。
「当たりを付けたら対策が思いつくかというとそうでもないヤツだな。」
「手当たり次第にするよりは楽になるかと。」
僕の呟きに菫が答えるが、分からない方法については簡単に調べる方法があることは数日前に思い出したことだ。
「鶸を正常化させる方法。」
言葉に発する必要はないがあえて口に出す。
-選定者からの認識出来ていない攻撃については解答できません-
「なんとー。」
「どうでした?」
僕の驚きの声に桔梗がその意外そうだと感じられた方法について尋ねてくる。
「いや、検索できないって。確かに敵選定者について調べられたらぶっ壊れだった。」
桔梗が残念そうにする。前々も似たような事があったような気もするがすっかり頭から抜け落ちていた。頼らないのも問題だが頼りすぎるのも良く無い。結局この場ではこれといった方法は思いつかず。精々問い詰めて自白させるくらいしかない。そしてそれが叶った所で鶸が危なくなるだけという結論になり保留のまま解散となる。正直増え続ける光満教徒をしらみつぶししても仕方が無いのだが、放っておくわけにもいかず対策が進まないまま二日を過ごす。気分転換的なこともあり神谷さん拠点の現状確認に萌黄と共に足を運ぶ。
「何しに来たんですの?」
現場の総指揮であるクロに怪訝そうな顔をされて迎えられる。
「ああ・・・問題は無いと思うけど進歩はどうかなと思ってね。」
「よほど信用がありませんのね。貴方の下さった魔法のおかげで主殿が大はしゃぎで進めておりますよ。予定より二割は早く進んでいるかと。」
クロは嫌みを言いながらも進歩を教えてくれる。ただはしゃぐように魔法を展開している神谷さんを見ては温かい目で見ている。
「邪魔しちゃ悪そうだね。」
僕が帰ろうとすると萌黄がとっさに袖を掴み首を振る。萌黄にしては珍しい行動であるとは思ったが、その必至な表情に何か危機を感じ取ったようだ。
「どうした?萌黄。」
「帰るのは駄目、少なくとも今は駄目。」
僕は萌黄に尋ねると早口でまくし立てる。ぷるぷる震えながら僕を引き留めようとする萌黄を見てどんな危機が訪れるのかと気を引き締める。クロもその様子を見てただならぬ事が起きるのかと警戒し周囲に警戒を呼びかける。しかし萌黄の緊張はすぐに解除され震えは止まり、大きなため息をつく。
「いらっしゃい、遊一郎君。何かあったの?」
クロの緊張から発せられた警報からは思いつかないほど上機嫌な神谷さんが話しかけてくる。
「いや、萌黄がちょっと大きな危機を感じ取ったようでね。もう大丈夫みたいだけど。」
「ふーん。何か落ちてくるのかな。」
「先日みたいな爆撃は勘弁して欲しいね」
「ああSEAのねぇ・・・それはそうだけどあの貰った魔法すごいのねっ。」
まだ緊張状態のままだった僕に和やかに話しかけてくる神谷さんにあっけにとられ、僕は警戒レベルを大きく下げる。よく分からない単語が出てきたがそのまま神谷さんにまくし立てられ有耶無耶になる。ちなみに神谷さんにあげた魔法は元々実験も兼ねて提供する予定だった【広域転送】の魔法である。神谷さんも一度は使ってみたようだがこの魔法の真価はこの魔法そのものではない。神谷さんもこの魔法のおかげですごいと言っているが、この魔法自体もすごいが神谷さんのとってのこの魔法の価値は魔法の効果ではない。
「もうなんていうか魔法使い放題っ。」
杖の特性の中にあった知り得た魔法を使いこなせるという能力の中に、必要消費に満たない場合最低一回使えるまでMPを引き上げるという無茶な仕様に着目し、悪戯に消費だけかさむ魔法を開発し提供したのだ。本当ならもっと早く渡すはずだったのだが色々すれ違いや妨害があり渡せずにいた。彼女の現在のMPは三万四千飛んで二十。僕の十五倍を超える値である。副産物として負荷の回復速度も尋常ならざる値になっていおりスキルの効果を合せると低ランクの魔法なら事実上消費0で展開できる状態である。ここまでになるとは思っておらず正直やり過ぎたとは思っている。敵対前に渡せなかったのは不幸中の幸いと言えるレベルであり、現状一対一で戦って勝てるかどうかは正直怪しい話ですらある。
「そ、それは何より。」
主人が喜ぶ姿を見てクロは複雑な心境でそれを眺めているようだが、視線を僕に集中する神谷さんはクロの扱いをどうするつもりなのだろうとも思う。
「思ったより早く進んでるの。どうかな。」
進歩はクロからある程度聞いているが、神谷さんはそれを嬉々として報告し、意見を求める。僕はその意見を概ね肯定しつつ、その思想に対する別方向からの危機を伝え対策を立てているかを尋ねる。考えているところも有り、思いにもよらぬ所も有りと意見を交わし合いながらより良い物に出来るように設計を詰める。
「お、来てたのか。」
ユウがなにやら袋を抱えてやってくる。袋の中は採掘した土等のようだが恐らく手に持っているだけではあるまい。収納にもかなり入っているのだろうが、なぜ手に持っているかはよく分からない。神谷さんは何やら邪魔をされたと思ったのか鋭い視線でユウを見る。ユウはその視線にぐっと刺されそそくさと倉庫に行きまた戻っていく。
「移動のロスがあるみたいだね。倉庫なんてあって困るのものでもないからある程度深く掘ったら中継地点のように作っとけば良いよ。邪魔だったら作り替えればいいからね。」
「節約ばかり考えてそこまでするのはもったいないかなぁと思っちゃって。」
「多分その時間で資源稼いだ方が良いくらいにはなるとおもうよ。」
神谷さんの考えも尊重してやりたいがある程度効率も考えた方がよいと例を取り上げながら諭していく。
「そっちの方はどうなの?」
相談が一段落したところで神谷さんが尋ねてくる。半分以上現実逃避にこちらに来ていただけに結構心にぐっとくる。
「あまり良く無いみたいね。」
顔に出てしまったのか神谷さんは苦笑している。
「原因が概ねそこだとは分かっているんだけど・・・ぶっちゃけると鶸が何らかの形で敵精霊に支配されていると考えられている。表面上もシステム上も鶸本人には違いないんだけど、たぶん意識的なところですり替わられている感じなのかな。断定は出来ないけどそういうイメージでいる。」
僕は少し誤魔化そうとしたが、正式に共闘関係となった今隠すのもと思い直し正直に現状を吐露する。
「どういう方法でコントロールされているか分からなくて対策が打てないって感じ?」
「魔法で狙うにも相手の原理が分かっていないとね。」
神谷さんがかみ砕いて理解しようとし、それを補足するように僕は話を続ける。
「クロはどう思う?」
「どうもこうも何をそんなに難しくしているのか。」
「だよね。」
神谷さんはクロに尋ね、クロは何を迷っているのか分からないと言うように答えを返す。どうも彼女等には既に答えが見えているようにも感じられる。
「意識が乗っ取られてるならそのままその対象を精神支配なり、精神死させちゃえばいいんだよ。だって鶸ちゃんの意識は今無いことが分かってるんでしょ?」
神谷さんが提示した単純明快な答えだった。鈴の『神託』により鶸本人の意識が無いことは確定している。洗脳もしくは精神支配に類する物なら鶸から返答が出来るからと言う理由でである。鶸の意識を誰かが乗っ取っているならそれを除去する方向で考えすぎていたが、それが鶸本人でないなら支配してから追い出すか、問いただす必要が無いなら殺してしまう方が手間が無い。除去するならその方法を知る必要があったが、その意思を直接攻撃するなら現状のままでも全く問題無かった。あとは自由に入れ替わられて鶸を盾にされるという状況が無ければ。
「あー、鶸を生かすことを前提にしてて攻撃するという考えは無かった・・・確かに意識だけを攻撃できるんだからその方が手っ取り早いのか。」
「理想は一撃死させて鶸と入れ替わったり、防御策と取られないようにすることですね。」
クロは今更ですかとため息をつきながらも助言をしてくれる。
「憑依した霊体を引きずりだすより簡単だと思うよ。憑依の場合は本人の意識が起きてたりするから、どっちか判別してから攻撃しないといけないしね。」
神谷さんは役に立てた事が嬉しいのか豆知識を披露しながらニコニコしている。僕は頭の中で可能な攻撃を思考しながら立ち上がり、桔梗に連絡をとって考察と攻撃種の選定を行わせる。
「よし、ちょっと行ってくる。」
僕は神谷さんに頭を下げ、萌黄に合図をして走り出す。神谷さんは少しだけ寂しそうにいってらっしゃいと手を振る。クロは何か悩ましいような顔しながらため息をついて神谷さんに耳打ちする。それを最後に僕の認識から彼女等は外れる。拠点の外壁を出たところでファイを前方に呼び出し飛び乗る。萌黄が自分の乗騎を取り出すのが億劫なのか便乗して後ろに乗る。技術的にも速度差が出るので問題無いと思い、そのまま全力疾走で拠点を目指した。
「きちゃった♪」
拠点に戻るとなぜか僕らより早く着いている神谷さんがいた。そこそこ消費がかさむ転移を気軽に行っているのはその膨大なMP故か。既視感のある定番ネタに思わず気が抜けてがっくりとくる。
「話は桔梗と神谷様からお聞きしていますが・・・」
菫が神谷さんを見ながら言う。
「攻撃を行うときに鶸であるかどうかの確認はどうしますか。尤も入れ替わっているかも疑問ではありますが。」
確認方法については全く問題無く、度々入れ替わっているようなら鶸から何か行動があるはずなのでそう言った可能性はかなり低いと思われる。
「その確認については鈴が神託を使って確認すれば問題ない。条件発動も含めればタイムラグ無しで敵に攻撃が可能だ。」
僕の言葉に菫が納得し引き下がる。
「方法については・・・」
「罠込みなら【死の印】がいいかなぁ。あ、これだと肉体死になっちゃうか。定番は【精神死】だよね。零か一。抵抗を上回れば一発終了。失敗したら何も起こらない。無難なやつなら【精神過多】。初撃で殺すのは大変だけど着実に精神死に追い込め・・・」
「すとーっぷ。」
方法について検討しようとすると神谷さんが早口にまくし立て始める。菫が悩ましいように頭を振り、桔梗も苦笑して神谷さんの肩を押さえる。もしかしてこのやりとり終わってる?
「あ・・ついね。」
どうにも意気込みが前のめり過ぎてまくし立ててしまったようだ。
「術式が高度すぎると桔梗しかついて行けなくなるけど・・・」
僕はチラリと桔梗を見る。桔梗も一部については無理ですと折り返しメッセージが飛んでくる。
「やっぱ魔法陣化して罠にしたほうがいいか。準備も楽だしね。神谷さんが根底の術を使えるならなんとかなるでしょ。」
「それが無難かと思います。」
桔梗がため息と共に肩を落して答える。
「じゃあ、何がいいかなっ。」
敵とはいえ殺すことに躊躇がなくなっている神谷さんにちょっと引きながら、魔法の選定を始める。会話の途中で気がついたことだが、神谷さんはその精霊を生物と認識しておらず、たとえ生物だったとしても害虫か何かと同じように認識しているようだった。まあ人至上みたいなところがある教義だからなんとも言いがたいけど、どうにも違和感を拭えないでいた。
「では魔法は【精神停止】ということで。」
途中でどの精神死の方法も一長一短で若干不安要素が残るということから、段階を一つ下げ対象の動きを止め、その後確実に葬るという方向になり精神停止という思考停止の上級版の魔法が採択されることになった。最低三秒は有効という保証があり、その間は精神介入ができないが意識を取り戻すまでに防御術式をすべて取り払い、その上で神谷さんの有り余るMPを使って精神死を行うという手順に変更した。鶸の魔法防御がいかに高かろうがさすがに丸裸(無防御状態)では耐えられないだろうという判断である。
「精神停止は桔梗が担当。その後遅延発動から日常で用意している魔法の解呪と精神系に対する解呪を同時に行う。僕がその間に所有者権限で鶸から装備を押収する。その後時間があり魔法がまだ残っていそうならその都度解呪。時間的な都合もあるので魔力頼みでこの世界における標準的な解呪をぶつけて破壊する。精神停止が途切れたら神谷さんが精神死を打ち込んで終了。で、よいかな。」
「はい。」
神谷さんが気合いをいれて返事をし、皆が頷く。今回は魔法オンリーになりそうなので物理よりの仲間は襲いかかってきたときの護衛のみとなる。あとは呼び出しからの場所などを詰め翌々日実行ということで決まった。定期的に城の政治部と話会う予定がありその時を狙う。トーラスにはそれとなく伝えておいたがグラハムを含め城の関係者には伏せたままである。そして会合の日。グラハム、トーラス、僕。その護衛として菫と萌黄。総合管理者として鶸までは通常メンバー。進捗の報告と発案者として神谷さんを強引にねじ込む。その専門性の相談役として桔梗を傍らに置く。鶸は若干面倒くさそうにメンバーを見てから着座する。
『城内に敵です。』
会議室の中にいる恐らく全員に鈴からのメッセージが届く。鈴の神託が届かない条件、名前を知らない者には送れない、を逆手に扉が閉まって二分後に部屋の中の全員にメッセージを送るように指示しておいた。グラハムは反射的に立ち上がり剣に手をかける。トーラスは何事と思いながらも事前に知らされていた事が始まったのだと理解しすっと立ち上がる。僕らも静かに立ち上がる。座っているのはグラハムの動きに驚いてグラハムを見てしまった鶸だけだ。
「ディレイリリース2918。」
桔梗が反応の悪かった鶸に向けて条件発動のコマンドを紡ぐ。事前に準備された精神停止が鶸に向けて放たれる。鶸の周辺で魔力が弾ける。鶸がそれに反応してこちらを見る。
「一体何を・・・」
決してソレは演技でも何にでもなく純粋に本心であろう。薄々気がつかれているであろうと思っていてもこちらに攻撃を仕掛けてくるとは思っていなかった様子でもある。ただそれを信じていたとしても何かしらの攻撃に対する対策はしていた訳だ。
「ディレイリリース3927。」
桔梗はそこに何の感情も見せずに追加の条件発動コマンドを解き放った。同じく精神停止の魔法である。何かしら防御を一つは持っているだろうと三つ準備しますと桔梗は言っていた。鶸はとっさに障壁を張ったようだが、その障壁で守れるのはダメージを伴う魔法や物理的な敵対性のあるものであり味方からの有益であると判定している魔法を防ぐことは出来ない。中身は敵対しているかもしれないがその体はまだ味方なのだから。通常なら敵対行動に他ならないが主人である僕が有益であると判定している。
「なっ。」
魔法の効果を受け意識に強烈な反動をうけて意識が停止する。鶸のからだがゆっくりと後ろに倒れようとする中、合せて半透明の光がにじみ出るように浮き出て共に倒れる軌跡をとる。
「それが本体かっ。」
その謎の物体を鑑定している暇は無いが鶸自体は生きていてステータス異常が昏睡に変る。根拠があるわけでは無いがそれが敵本体であると断定し叫ぶ。菫が動き鶸の確保に走る。萌黄が盾を投げ飛ばし鶸と半透明の光のつなぎ目を狙う。切れるかどうかは置いておいて物理的に遮断しようとしたのだろう。桔梗は僕に視線を移し解呪をどちらにするか判断を仰ぐ。神谷さんもどうするか迷っているようだ。推定光の精霊に魔法がかかっているか判断はできないが鶸の中にいてもあれほど魔法防御に知識がないところを考えると基本職は魔法系では無い気がする。
「基本解呪を精霊に。攻撃は精霊に集中する。」
一拍遅れて僕は指示を出す。鶸が倒れ軽い音がした後、無駄に鈍い音を立てて萌黄の盾が床に突き刺さる。菫が鶸をすくい上げその場所から離す。光の線は・・・着いてきていない。対象が定まったならと僕はそのまま生命漏出をランクいっぱいまで威力拡大し全数放つ。桔梗もそれにならい解呪を放った後に生命吸収を放つ。神谷さんは術式を組み上げ精霊が動き出すのを待つ。数秒の沈黙。緊張が漂い、一秒であったか十秒であったかも分からない。
[|varugakedula!《ごんなごとがぁぁ》]
精霊が目覚めた瞬間によく分からない言葉を叫ぶが雰囲気を察することが出来ても真意までは分からない。
「悔しいのはなんとなく分かるけど・・・こっちも必死なのよっ。落ちろ【精神死】!」
すかさず神谷さんが光り輝く杖を精霊に向けて指し示す。見えない魔力線が恐らく精霊を捕らえた瞬間にギッと苦しげな一声がした後、光のもやは動かなくなり床をわずかに明るくするだけとなった。
「成功した・・・と思うよ。」
若干自信がなさげな神谷さんであるが光のもやが動く様子はない。精霊てしんだら消える物だと思ってしまっていたが死体のようなものが残っていると言うことだろうか。
「恐らく肉体的な死を迎えていないので消えないのでは無いかと思いますが・・・」
桔梗が思考の疑問に答えるように口を開く。菫は鶸を抱えたまま警戒して光を見つめ、萌黄は興味本位からか近づいて槍でつついている。非実体のままなようで穂先はすり抜け、ただ光だけがそこに存在している。
「取りあえずどうなってるんだ?」
グラハムが警戒を解き端から見ると何が起こったかよく分からない戦いの結末を知りたがる。
「事前に聞いてはいましたが、私も状況が見えませんでしたので説明を求めます。」
取りあえず鶸が乗っ取られていたという可能性の元に内部に巣くっている敵を精神死させようとして多分成功したということを戦いの流れと共に話した。
「ええ?鶸は操られていたってことかい?」
グラハムが驚きの声を上げる。表向きは協力していたから分かりづらかったろう。僕はグラハムの驚き方に既視感を感じながらも当面は放っておくことにする。
「鶸の作った書類関係はもう一度洗い直した方が良いかな。おそらくこれで光満教徒はなんとかなるとおもうけど・・・もう少し円満に解決したほうがいいかもね。思った以上に離反者がふえてるし。」
「そこは感じたところではありますが・・・罪不問というわけにもいきませんね・・・」
僕はトーラスとの相談に切り替え譲歩を提案する。トーラスもなんとかしたほうが良いと思いつつも難しいと考えているようだ。
「ん・・もう。助けが遅いですわよ。」
鶸が頭痛がするのか頭を抱えて菫の手の中から降りる。
「お久しゅうございます。ご主人様。助けていただいたこと感謝いたします。ただ状況が悪そうですので近況の解説をお願いいたしますわ。」
調子が悪そうで休めば良いものを自分が支えていた部分が多いからか責任感から状況を把握せずにはいられないようだ。
「トーラスすまないが・・・」
「貴方は話してくれませんの?」
僕はトーラスに説明させようとしたが、鶸の鋭い口調と目線に遮られ断念させられる。
「しょうがないなぁ・・・」
それから二時間ほど周りの補足されながらここ一ヶ月と少しの間の状況を説明してやった。最後に鶸は申し訳そうに謝りながら頭を下げる。
「さて、トーラス。城下と近隣の資源の動きを再チェックしますわよ。」
「わかりました、書類はいつも通りに。」
「よろしくてよ。」
鶸が気を取り直したようにいつもの強気に戻り、トーラスはそれに答えるように処理を始め、周囲に指示を出す。
「失態は働きで取り戻しますわっ。」
鶸は颯爽とした動きで会議場を離れた。
「あれ?なんも決めてなくない?」
グラハムが去って行く二人を眺めて口をこぼす。
「報告の根底の正確性が無くなった時点で、あの二人にはあまり意味がなくなったんじゃない?」
僕はそう説明する。
「予はどうするべきであろうか。」
「仕事しろよ。」
僕らは小話に笑い合い、それぞれの作業に戻るために会議室を後にした。情報の横流しが無くなった光満教徒の動きは目に見えて悪くなり、C型ネットワークが正常化してからは領土に分散していた敵ミーバ兵もほとんど除去したといってもいい状態になった。僕、鶸、トーラスと相談の上、早い段階で光満教に染まって拘束されていた貴族と会合を重ね、彼をリーダーとして限定的に光満教を認めることとなった。信仰するのは構わないが、積極的な改宗を行わないこと、また集団で行動する場合は事前に申し出ること、また国内の教徒が反乱を起こした場合は貴族以下全教徒に責任を負わせる旨を通達し、多少理不尽ながらも国として認められた事と解放されたことにより国内の光満教と和解が成立した。通達がされて一ヶ月の猶予が与えられ、教徒貴族の働きと通達の迅速な展開もあり猶予期間を満了すること無く光満教徒の武力的行動はすべてが無くなることとなった。一方、光満教によってまとめられていた集合国家は我こそが後継と懇意の勇者を抱えて分裂、半途はいくらか変ったもののある意味元の形に戻った。光輝精霊に工場とされていた直接の隣国は指導者も資源を失い、立ちゆかない所を支援を前提に自国に併合した。その他そこに近い地域が合せて恭順し組み込まれることとなる。光満教に便乗してちょっかいを出していたカスイル王国は光満教との和解のあと速やかに制圧されることとなった。カスイル王国が消滅したことにより、更に隣国ユースウェル王国が予定通り正式に降伏の打診をしてきたのを受けて王国府に認定し属国化した。一手間違えれば滅亡の危機に遭った王国は再び政治力を取り戻し、防衛網を再構築し周辺国家に備え始めた。
「だから広げすぎなんですって。」
「こっちも急ぐ事情があるんだから。」
トーラスと僕の応酬は今日も平行線のまま終わらなかった。これもまたいつもの日常であった。
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