ある舞台裏
「行ったであるかな?」
主に進言し見送った紺はその通路を見つめながらそう呟いた。
「あれらを制圧して皆で向かっても良かったと思いますが。」
桔梗はついて行けなかったことにふてくされながら言う。
「まぁ積もる話もあるであろうし、無粋な事であるよ。間違いがあろうなら菫がいるであろ?」
紺はそう笑いながら桔梗をつつく。仲間経由の指示であろうと指示は指示。桔梗はすべてを受け入れる訳では無いがその場は反論しない。紺はふと思い出したかのように斥候兵に指示を出し、通路の奥に押し込んでいたヨルを連れ出す。
「目覚められて追いかけられても困るであるからな。」
近接能力はさほどではないヨルを重装兵二体で押さえつけておく。
「さて・・・と。」
紺は少し遠い目をして終わらない論争を続ける三体を見る。紺は足音を殺すが気配は消しきらずにその集まりに向かって歩き出す。
「時間稼ぎをするのではなかったのですか?」
突然目的を持ったかのように歩き出す紺を追いかけるように桔梗も続いてから問う。
「まあ足止めするのは事実であるが放置するとはいっておらんであるよ。」
熱中しているとはいえ視界の隅や知覚の端に微妙な気配が現れればさすがのユウ達も反応して紺を見る。
「お前は・・あいつの配下の?」
この場にいて知らないヤツはたぶんそうだろうとユウは疑問に感じながらも確認する。
「遊一郎殿を主と崇める諜報専門斥候兵の紺であるよ。」
紺はそう自己紹介をする。
「俺はユウだ・・・ん・・なんだ?」
ユウは自らの感覚とずれた妙な違和感を感じて若干警戒する。
「うさんくせぇ。」
ユウは紺を睨みながら少し腰を落して下がる。
「いやはや菫にも気がつかれていないのに・・・たいした野生であるなぁ。」
感心と諦めといった軽いため息をついて紺は呟く。
「まあ紺が用事があるのはそちらであるからな。」
放たれる威圧感。その場の全員に緊張感が走り体を硬直させる。味方だと思っていた者達も敵と疑っていた者も敵であった者達もその場で等しく紺を敵だと認識した。それほどの存在感と殺気を紺は放ち速やかにベニオの懐に入った。
「【接収】」
紺はベニオに触れてそう宣言した。
「て、てめぇ監査役かっ。」
ベニオが驚きの声を上げる。
「だからって意味はねぇぜどうやったって過半数は超えねぇ。」
「【否決】」
クロが呟く。
「【容認】」
鈴が声を上げる。
「一体・・・」
桔梗は何がおこっているか理解し難かったが、紺が隠された神の手駒であることだけは理解した。
「ほれみろ無意味な・・・」
「【容認】」
ベニオが薄ら笑いを上げたところで鈴から男の声が上がった。
「はぁ?どういう・・・そいつにもう投票権は・・・ねぇ・・」
ベニオから笑いが消え動揺する。その聞いたことがあるような声は鈴では無く、確かに効力を持っていた。
「【執行】」
紺が静かにその言葉を唱えてベニオから手を離す。
「どうしてご主人様が・・・?俺は・・・?」
ベニオが身に受けた事を悩みうろたえる。
「これが・・・答えであるよ。」
紺が手を振り下ろすとベニオの体が寸断される。ベニオを悩みを抱えたまま苦痛を感じること無く魔石を割られ絶命する。体から力が抜け、バランスを崩せば肩口から腰にかけてが切り離され地面に落ち反動からか下半身は反対側に倒れる。理解し難い出来事に再び紺以外の動きが止まる。
「これは確かにうぬぼれそうな力であるなぁ。」
紺は呆れと同情を持って自ら得た力を戒める。
「え・・・ベニオ・・・どう、して?」
クロはどうしてそうなってしまったのか未だ理解出来ずに動揺する。
「どうもこうもやり過ぎであるよ。ご主人様の指示を無視するのはさすがに庇いきれぬであるよ。」
紺はクロの前に音も無く近づきそう解答を与える。
「次は私を・・?」
クロが怯えながらも戦う構えを見せる。
「お主は別に問題はないであるから・・・強いて言えばつじつまを合わさせて貰うであるよ。」
そう言って紺は手を振り抜く。クロは力なく倒れる。
「てめぇ、その気配・・・あいつの眷属かぁぁ。」
ユウが叫び、紺に飛びかかる。
「おっと。さすがに力を振るえば隠しきれんであるか。」
紺はさほど驚いた風も無くユウに相対する。
「が、近づくのは悪手であるなぁ。」
紺が手を振るとユウからは紺の姿が瞬時に消え去る。
「消えた?何を斬った?」
ユウは突撃先を失って動揺し目標を通り過ぎて急停止する。
「視線であるよ。」
紺はユウの後ろからそう言って手を振り抜く。たったそれだけでユウも力なく倒れる。紺に向かって無言で氷塊が投げつけられるが紺はそれを難なく霧散させる。
「桔梗も協力してほしいであるなぁ。悪いようにはせんであるよ。紺も・・・主殿は嫌いではないであるからな。」
紺は困ったような顔をして桔梗に呼びかける。
「今の貴方を見て、それをどう信じろとっ。」
桔梗は今一度魔力を集め攻撃を再開する。紺は距離を詰め手を振り桔梗から消えて見せる。桔梗はすぐさま魔法を切り替え全周囲に向けて氷刃をばらまく。
「良い判断ではあるよ。ただ足止めには弱かったであるな。」
全身氷と傷にまみれながらも紺は桔梗の左後方に現れ手を振り桔梗を倒す。
「ふう・・・」
紺は一息ついて鈴を見る。
「逃げないのであるな。正直鈴をどうにかするのが一番の悩みだったのであるが。」
紺はそう鈴に声をかけた。絶断以外の攻撃は無効。移動速度も移動手段もまっすぐ逃げるなら鈴のほうが完全に上手。鈴に真っ先に逃げられては手の打ちようがないと思っていた。
「ん、それが上の判断ならそれに従う。逃げたら・・・ご主人様には会えなくなるもの。」
鈴は恭順したのか諦めたのかよくわからないように語る。
「つじつまをあわせるのでしょ?それなら甘んじていたほうが身のため。」
「そう思って貰えるなら有り難いであるよ。」
紺は早足で鈴に近づきそのまま手を振り抜く。
「あーーーー。なんてことさせるであるかな。緊張感と重圧で押し潰れそうであるよ。」
紺は誰も聞いていないその場で大声で愚痴をこぼす。
「あとは・・・はぁ。」
紺は周りを見回し両軍のミーバ兵を見つめる。
「しょうがないであるよなぁ。」
【偽計放煙】
紺を中心として煙が渦巻き辺りに広がり台風のように回転する。敵対していないミーバは抵抗すること無く煙に包まれ、攻撃と判断したミーバは不明な攻撃に防御、もしくは解析を試みる。煙は広がり回転しながら周囲にドーナツ状に広がる。煙が移動した後には何一つミーバ兵の痕跡は残されていなかった。
「もったいないであるなぁ。致し方なし。あとはどう斬るかであるな。」
紺は記憶を斬り、ずらし、魔法で組み替える。
「取りあえずこんなものであるかな。もう少し準備させて貰えるならよいのであるが・・・投げっぱなしなのは困るであるなぁ。」
紺は一伸びして疲れてもいない疲れを発散させてから手を振り自分の意識を切り飛ばした。そして広場は沈黙した。
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死したる駒は魂を天上に上げる。戦闘の余韻か神の領域に踏み入れたことか、神谷桐枝は恍惚とした表情で周囲を見回す。訪れたことのあるその白い世界は新たな心で見れば希望と畏敬に満ちていた。立っているのも不敬と考え跪き祈りを捧げる。しかし以前の記憶から考えると神が現れるのに時間がかかっているように感じる。それでもただ祈りを捧げ時を過ごす。どれだけ時の間沈黙で満たされたかは神谷桐枝には分からなかったが、突然現れた神気に一層強い祈りを捧げる。しかしその第一声は聞き覚えのない優しい声であった。
「やはり我が信徒であろう。お主に祈るものが少ないにしろ形式と力種が違う。確かにお主に意識が向いてはいるようだが。」
「形式を合せるのは得るものを合せるためのものでしょう。宗旨替えではよくあることですよ。」
その声に反論する聞き覚えのある声。
「その宗旨替えが正当な手続きであれば委員としても横やりを入れるつもりは無い。」
また聞き覚えの無い凜とした声が聞こえる。
「我が悪魔と横並ぶなどこの娘の前では問題があるのではないか?」
「融通の利かないあなたのご息女か、話の通じない原初の神のほうがよろしかったか?」
優しい声が若干難色を示す中、悪魔と呼ばれた凜とした声は代わりの候補を挙げて自分がそこにいる妥当性を示しているように発言した。優しい声は唸り選択肢の無さを嘆くようにため息をついた。
「そなたが我が子の奇跡と同じようなことをするのがまた皮肉めいてむずがゆいわい。」
「そこは飢えた時代ゆえそのほうが色々都合が・・・とかなり脱線しましたね。娘、顔を上げなさい。」
悪魔が問題であるかのように発言しながらも世間話のような会話が両者がそれほど敵対関係で無いことを伺わせる。神谷桐枝は神々の関係性をなんとなく把握しながら目を開け顔を上げる。白いトーガの老人、翼の生えた雄牛、そして難しい顔をしているフォーマルな姿をした青年がそこに存在した。神谷桐枝はそれらの姿に心を奪われそして涙する。その涙の意味はきっと信ずる神の尊顔を拝したことであろうと心からそう思った。
「ふむ。やはり精神操作の疑いがあるな。」
老人は優しい声でそう言った。
「カウンセリングを精神操作というならそうだろうねぇ。」
「精神を元に戻すことと都合の良いように操舵することは違うであろう。」
青年の弁明を老人は即座に否定する。老人に睨まれ青年は観念したかのように両手を挙げる。
「わーかりましたよ。再臨までの管理権を監視委員の委ねます。」
老人と雄牛は頷き神谷桐枝を見つめる。
「あなたは現状保持についてその精神性以外のことに関して希望があれば伺います。」
雄牛の見た目とは大きなギャップのあるその声に神谷桐枝は少し混乱する。
「え、あの・・・あの管理神とはお話できないのですか?」
神谷桐枝の発言に雄牛は重傷だねと呟く。
「お主はその時代に稀な信仰心をねじ曲げられ自分を見失っておる。本来ならその凶行を諫め消し飛ばす所ではあるがあれは現在強固な法に守られそれも敵わぬ。変った者を元に戻すかは信者自体に任せる案件ではあるのだが、今回は神罰を持って改心を促せぬ故直接的な方法をとっておる。」
老人は神谷桐枝について語っているようだが本人には当然その意識はない。彼女が反論を試みようとするが神々を相手にそれは不敬であるかと一瞬躊躇する。
「お主の思いはもっともであるが、今一度自分自身に問うてみよ。その祈りは自分と誰の為にあったかを。」
老人はそう言ってから一歩引く。
「後は任せるぞ。我が干渉しすぎてはその者の信仰心を大きく歪ませかねん。」
そういって老人は姿を消す。
「さて今後の貴方への処遇についてですが・・・」
雄牛がそう説明しようとするところに神谷桐枝は口を挟む。
「貴方は悪魔と言われていましたが・・・それならば私の知識と心が貴方を許容でき、ません。」
雄牛を直接見れば先ほどの神々とは違う神気が神谷桐枝を浸食し負担をかける。
「ふむ・・・そう思うと言うことはやはり貴方はアレの信徒では無いと言うことでしょうね。どう説明するか悩む所ですが、端的にいうとここでは神も悪魔もさほど意味はありません。そういう種という単位では敵対していないのです。貴方の世界ではかの神との争いはありますがここでは関係のない話です。」
雄牛が首をかしげるように首を捻る動作が少しコミカルで想いの矛先を少し鈍らせる。
「ここは貴方方が神や悪魔と称する貴方の理解の先にいる者達の集まる場所であり、諸処の協定によりここでのもめ事は禁則事項に当たります。もめ事は必ずここより外で解決されます。故に貴方の信条を否定するわけではないのですが、今は一住人と思っていただき指示に従って貰いたい。」
雄牛の語ることにすべて納得できた訳では無いが強制するような威圧感が神谷桐枝を頷かせた。
「こう何でも力ずくで解決しようとするから悪魔と呼ばれても仕方ないのですがね。」
雄牛はさぞ愉快そうに自嘲しながら笑った。その顔がなんともおかしくて神谷桐枝も微笑む。
「貴方の精神性を正常化する作業を徐々に行います。これはすべてを一瞬で白紙にすると元の信仰にも歪みがでるからであります。少しずつ貴方の心を整理させながら最終的に貴方がその心のあり方を決めてください。」
「元に戻すのではないのですか?」
雄牛の説明が先ほどまで話し合われていたことと違うようで神谷桐枝は思わず聞き返した。
「経験したことまで零にするならそれでもよいのですが、それは現状よくないと判断されています。故に意図的に曲げられた部分を少しずつ戻しながら自答して貰い、貴方が良いと思った所で確定してください。」
「それは洗脳と変らないのでは?」
「歪められた部分を減らしながら自答していく内に自分で歪んだ箇所が必ず理解出来ます。」
神谷桐枝は疑問を呈すが雄牛は真面目な瞳で見返しそう答えた。
「それも含めて、この先の利益を鑑みて、貴方が心の落とし所を見つけなければなりません。」
雄牛はそう締めくくった。神谷桐枝には今の心に問題があるとは思えなかったが、信じた神が放棄し、その他の神がその解決を示すように促されたことで一度は考えてみようと決めた。
「よろしい。では今後の説明を・・・」
雄牛は丁寧に作業と方針について説明し、時には質問に答えその場から姿を消した。神谷桐枝は白き空間で一人きりになりその作業を始めた。とはいったものの考え始めた所で信仰心にも心情にも何も疑問は見つからない。最初はそれが当然なので自分のやったことを遡り、そしてまて順に思い出すだけで良いと言われそれを繰り返す。盤面が始まった頃まで戻り、そしてまた始まりから今までを振り返る。時折どうでも良いことを思い出し懐かしみそして悲しみに包まれる。幾度繰り返す内に思い出す項目は増えそして繰り返す時間は長くなる。繰り返される内に感じる違和感と思考の破綻。彼を頼りながら分かれそして戦う。彼への執着も分からず何故力に訴えたかも分からない。そして信じた神に感じる違和感。盤面の始まりに戻った時、何故ここで折り返すのかも分からなかった。遡る期間は指定されていなかったのも関わらず何故か盤面の始まりまでしか思考していない。その場で作られたとはいえ自分の生がそれ以前にも存在すると認識していたにもかかわらずだ。意を決してゆっくりと記憶を遡る。最初の記憶は講義が終わり移動していた事。その講義の事。通学の事。朝食と両親の事。静かに祈りを捧げ朝食を食べる。もう会うことのない両親への想いとその祈りの先を思い出し涙する。
「私は救われたのね・・・・」
自分の心への干渉がすべて露わになり、記憶の整合性、人々への想い、そして信仰心を取り戻す。
「ザガンさん。」
力強く悪魔の名を呼ぶ。
「彼の者への信仰を取り戻しても私を呼びますか。場所が場所なら背信行為ですよ。」
虚空から楽しそな声をあげ雄牛が現れる。
「場所が場所ならでしょう?主は貴方をむげに扱ってはいませんでした。ここでは主は貴方を許し許容しているのでしょう。それに私が角を立てる必要は無いと思います。」
神谷桐枝は強い意志でそう言った。
「そういう意味ではないのですが・・・まあよいでしょう。この結果でよろしいですか?」
雄牛は少しだけ鼻を鳴らし、そして意思確認を行う。神谷桐枝は力強く頷く。
「それではチェイスの代行として盤上へと送ります。・・・草原、海岸、山ですね。」
雄牛は神谷桐枝に選択を促す。彼女はその選択をどうするか考える。
「参考というわけではありませんが彼からの伝言です。『越後屋に行け。』だそうですよ。」
神谷桐枝は少し涙ぐむ。彼を頼り拒絶し、そして罠に嵌め襲いかかったにもかかわらず彼はまだ待ってくれている。
「草原で。」
街に道にでるならそこが良かろうと彼女は選択する。
「それでは送りましょう。」
雄牛の宣言と共に周囲は歪み風吹く草原に彼女は降り立つ。周囲には三体のミーバ。
「さっそく行こうと思ったけど、町がどこかもどのくらいかもわからないのよね。少しくらい開発はいるかしら。」
そう考えて拠点を立てるかと考えていると。
『ご主人様帰還おめでとうございます。』
『ヨル?』
唐突に念話が入り意識をそちらに向ける。きっとその遠い先にヨルはいるのだろう。反応は感じられず明らかに圏外なのは分かる。
『こちらは若干きな臭いですが合流したほうが何かと早いかと思います。遊一郎殿の話では初期の手持ちでも二十日分の食料はあるはずとのことですので直接町を探して欲しいとのことです。』
すでに回収シミュレートまで終わっているようだと神谷桐枝はほっとする。
『町についたら門番に越後屋に連絡して貰ってください。もし話が通じない町だったら町と国の名前を確認してください。それでなんとかするそうです。』
『わかったわ。』
敵わないなぁと思いながら神谷桐枝は空を見る。
「いこっか。」
三体のミーバに出発を促し走る。その日のうちに街道を発見し街道沿いに走る。翌日町を見つけ門番に問い合わせるとすぐに越後屋から迎えが来た。
「連絡は貰っています。特急便で本国の方まで行って頂く手はずになっていますが、よろしいですか?」
「お願いします。」
こうして十七日後、ユースウェル王国にて彼女は一月前に失ったと思った配下達と合流した。
「ただいまっ。」
配下四名にすがり寄られながら彼女は世界に戻ってきた事と戻ってしまったことを実感した。そして彼女の知らぬ所で忌避した戦いはすでに始まっていた。
次回から新章、宗教国家戦にはいります。




