僕、決別する。
「さて、どうしたものか。」
「どうしたものとは?」
さすがにほぼ全裸みたいな格好で放置しておくのも可哀想だったので神谷さんとトウにまとめてシーツをかぶせておく。菫はあからさまに難色を示すがシーツの動きをじっと見て反逆に備える。
「この戦い自体が僕への時間稼ぎとしての横やりなんだと思っているんだけど、あからさまに神谷さんの様子がおかしかったのが気になってね。」
「そうですか。人間なんて一皮むけばこんなものでしょう。」
僕の発言に菫が毒づく。それって僕も含んでいるということですよねー。
「というわけでそろそろ諦めて解答を頂きたいのですが、どうでしょうか。」
僕は倒れている神谷さん達に呼びかける。
「どの辺で気がついたか参考までに。」
シーツの下から彼女たちのものでない声が聞こえる。シーツから顔が出ている神谷さんは口を動かしておらず、トウは隠れているのでかくにんは出来ない。ただこの聞き覚えのある苛つきを覚える声はトウでないことは確実である。
「疑っていたのは最初から。あの日襲われた時から正気じゃなかったとは思うよ。少なくとも入れ知恵はしてたよね。」
「ふむ。」
監視者が気がついてくれればいいけどどうせ妨害しているんだろうなと思いつつ話を小出しに時間を取る。
「クロはともかくベニオは確実に貴方の手駒でしょう。」
「どちらもだけどね。」
余裕があるのか僕の雑談に付き合ってくれる。かの神は楽しそうに声を出す。菫がうずうずして首切ってもいいですかとアピールしているが、目線で止めなさいと釘を刺す。
「どっちも、か。ベニオがペラペラとしゃべってくれたから助かったよ。」
「その辺は様式美だね。」
お互い笑えない笑い声を上げながら冷ややかに会話を進める。
「確証はなかったけど・・・貴方なら一番良いところで見てるんじゃ無いかなと。」
「むむ、これは勇み足だったようだ。もう少し頑張るべきだったか。君を過大評価していたようだ。」
絶対反応できる位置にいるとは思っていたがそれを知るすべはなかった。ただこの様子だと僕の技術範囲内で確証を得る手段があった?
「まあ、あとで確認するか・・・それで君はどうするんだい?」
僕がわずかな間手段について考えていると声が上がる。
「大人しく帰ってくれると有り難いんだけど。」
僕はやる気無さそうにそう言った。ただその性格を考えればタネが割れれば引くと思っていたからでもある。
「今帰るのは構わないけど・・・どうせ来るのも自由だよ。」
狡猾にめくられたカードが致命的であるかのような、それを知って欲しくてたまらなく隠していたものを公開する寸前。優越、愉悦、余裕。そこから発された声はそれを知ってどうするか答えを知りたがっている。僕はその声を確認すべく、その正体を知らなければならないと自らかぶせたシーツを剥ぎ取る。悲痛な表情のトウと上半身を輝く文様で覆われた神谷さんの姿がそこにはあった。
「これが答えだ。今私の声が消えた所で彼女が求めれば私は何度でもここを見ることが出来る。君に失望した彼女が神に求め、私が与えた交信の聖痕だよ。」
声が聞こえるたびにサウンドゲージのように文様が明滅する。
「ご主人様は・・・救いを神に求め・・・そしてアレを自ら刻みました。ただそれはご主人様が望んだ神じゃなかった・・・変った・・・変えられたご主人様が哀れで・・・可哀想で・・・貴方ならきっと・・・なんとか出来ると・・・・。」
トウが悔しそうに地面を握り混む。
「残念だが易々消えるモノじゃ無い。そして消したところで刻み直したら同じ。これはもう僕の玩具だっ。」
文様が自信満々に笑う。正直もう僕のどうにか出来る範囲ではない。さすがに期待しすぎだ。
「なぁトウ・・・僕がどうにかすると言ったら信じるか?」
「どうにかできるんですか!?」
トウは期待感からか動かない体を反射的に持ち上げすぐに倒れる。文様からはどうにかできるものならと高をくくるような声が上がる。
【拘束】
僕は速やかにトウを縛り上げた。トウは突然何が起こったと驚いた目で僕を見る。
「菫、ヤれ。」
暗い僕の声を聞き、菫は無表情に剣を動かした。
「は?仮にも一緒だった仲間だろ?そんな躊躇なくそれを選ぶか?」
神谷さんの首が重力に従って少し転がる。
「へ?あ・・・なんとかするって・・・なんとか・・・って言ったじゃないか。」
トウの錯乱したような声が響き渡る。僕は無言でそれに答えない。神谷さんの命が消え文様の光も弱まっていく。
「く、判断が速すぎる。まあいい。彼女の精神がすぐに回復するわけじゃ無い。同じ道を選ぶ事になるさ。君の行動は全くの無駄だよっ。」
負け惜しみではないだろうが珍しく口早くしゃべる。相手から見えているかは分からないが僕は無表情で文様の光を見つめる。
「ふん、何を考えているか知らないが精々報復に怯えておけば良い。私がそう仕込んでやるよ。ち、これ以上は引きずられるか・・・」
チンピラのような捨て台詞を残して文様の光は消え死体だけが残った。
「アイツに言われるまでも無い。今からお前は敵だっ。」
「ご主人様良かったのですか?」
トウが叫び、菫も若干不安そうに僕を見る。
「良くはないが・・・他に思いつかなかった。」
僕は胸で十字を切り死体を燃やす。トウが何故と言わんばかりに呆けた顔で僕を見る。
「あっちがどうなってるか分からんが広場まで戻るぞ。菫はトウを持ってこい。」
「はっ。」
そして僕は走り始めた。それに菫が続く。後方に控えていたミーバ軍にも戻るように伝える。足並みもそろえず最速でと。そう言った所で僕は斥候兵に抱えられ広場まで最速で連れ去られるのだった。
広場は死屍累々だった。至る所に焦げた跡があり、巨大なひっかき傷。どこからか巨大な生物が暴れ回ったかのような痕跡が至る所に見られた。両軍のミーバはどれ一つ動いていない。
「まじか・・・」
ここに来て対抗手段を潰されたかと思ったが冷静にミニマップを確認すると反応がある。友軍四、中立二。桔梗、鈴、紺であろう反応は見て取れた。友軍四人目て・・・ユウか。残りの中立はクロ、ヨル、ベニオ・・・誰が落ちた?
「なんだこれは・・これもお前の仕業か。」
「わかんないことがあったら僕の仕業にするの止めて欲しいんだけど・・・君らの中で僕はどれだけ万能なんだよ。」
隠れていなければ他に反応はないと言うことになるが警戒しながら鈴の元に走る。状況もかなり気になるがまず連絡を取らねばならない。
「おい、鈴。起きろ。」
厄災とも思える惨状に鈴だけ無傷なのが非常に浮いている。外傷はないのに気絶している。チェイス神の干渉を疑ってしまう。
「んー・・・はっ。竜は?」
寝ぼけ眼から一点周囲を警戒し始める。
「竜?」
僕は周囲を見回すがそれらしい姿は無い。活動体も死体もないということだ。
「突然竜から急襲を受けまして全員で対応・・・しました?」
「そこ疑問形なん?」
鈴が首をかしげ、僕も首をかしげる。
「取りあえず話が長そうなので僕の用件を先に済ませたい。」
「ほいほい、してどちらに?」
僕の声音の強さも無視してマイペースに構えを取りながら鈴は返事をする。
「どうだろう・・・名前だけで届くか分からないな。」
一瞬僕は届け先に躊躇する。同じ名前の人がいたらどうなるのかとか思ってしまったからだ。
「以前も言った。認識と名前が一致していれば届く。ご主人様が言葉を紡げば私が繋げる。」
鈴がそう補足し、僕は頷いた。
「連絡先はザカン。死んだ神谷さんの初期化をお願いしたいと。」
「ザカン?・・・どこの?・・でしょう。ん、繋がったし伝わった。」
若干負担になったのか起き上がった体を再び大地に投げ出す。
「すまなかった。こんなことになっているとは思わなかったから。」
「いいってことよっ。」
僕が詫びると鈴は伏せながら親指だけで意思を返す。僕は立ち上がって周囲を見回す。
「どういう・・ことだ?」
拘束は解けたが抵抗する気も無く菫に抱えられたままのトウが尋ねる。
「詳しくはまだ言えない。ただ、これでなんとかなるはず。」
周囲に隠れた危険もなさそうなので桔梗に駆け寄る。防具は無事だが数値的には怪我をしていることになっている。貫通攻撃だったのかと思案しながら桔梗を治療し起こす。
「ご主人様、お手数をおかけします・・・竜は・・・いないのですね。」
桔梗は僕の顔を見たことと敵がいないことにほっと胸をなで下ろす。
「竜か・・・竜なら惨状も納得な形状だが。そんなに強かったのか?」
最近出会った竜がびみょーな相手だったのでこの世界の竜がどれほどか分からない。
「言い争いを見守っていたら急に現れてベニオをなぎ払い・・・周囲を瞬く間に蹂躙していきました。」
ベニオ、クロと吹き飛ばされ、即座に自分たちに向かってきたが抵抗むなしく一瞬で鎮圧されたので桔梗は詳しい状況を知らなかった。通路に引っ込んでいたはずのヨルも広場に出てきているとなると抵抗に参加したのか仲間を助けようとしたか。クロの姿は見えたがベニオはいない。逃げたのか灰になったのかはまだ分からない。神の影響を色濃く受けているとは言え神谷さんは配下がいなくなるのは悲しむだろうなと思った。桔梗に目線でクロの様子を見に行くようにさせる。僕は駆け足で紺の側に行く。余程粘ったのかかなりズタボロだ。桔梗の防具の傷具合からみると相当細かにやられないとこうはならないだろうと思うくらいにはボロボロだった。装備は予備があるだろうと取りあえずは怪我と異常状態を回復していく。異常が治れば紺は飛び起きてその場で構える。しかし瞬間的に周りの状況を把握すると構えを解く。
「主殿。ありがとうございます。敵は倒されたので?」
紺が頭を下げて礼をする。
「いや、僕が来た時には全員倒れててこの状態だった。」
僕の説明にいまいち納得しきれなかったのか紺はふむと腕を組み考え始める。
「突然緑の火竜が出現しまして、それに対処させられたであるよ。大きさの割にかなり強者でありましたな。ベニオの乗騎かと思いましたが・・・ベニオが真っ先に空を飛びましてなぁ・・・」
確かにベニオの乗騎ならあり得そうな話ではある。ただ恐らくそこまで大きくなれないはずなのだが・・・大きくしすぎれば張りぼてのようになるはずだ。一撃で吹き飛ばすような巨力は得られないだろう。
「お前の話を聞くためにも・・・仲間を治してやってくれないか。」
菫に抱えられたトウがしゃべる。
「それは桔梗が・・・」
そう言ってクロの方を見るとちょうど起きたのか、なにやらヒステリックに叫び声を上げており桔梗がなにやら苦慮している。話が弾んでそうなのでヨルのほうに近寄って怪我を治してやる。桔梗と同じく対した怪我でも無くちょっとした傷と気絶だけが付与されていた。大暴れした割には繊細な攻撃だと思う。何の意図があって・・・もしかすると認知していない他勢力だろうか。ペルッフェアが来るには早すぎる気がするし、こんな戦い方はしないだろう。他の鱗勢力は竜ではなかったと思うし・・・竜が出たという話が突飛すぎる。
「はうあ・・・あぁぁ・・・」
ヨルも目覚めて半身を起こすと突然嘆き始める。状況も聞きたかったがなんとも聞きづらい雰囲気になった。
「ご主人様がいなくなったからですよ。」
「ああ・・・そうか。」
トウが睨むように僕を見ながら言った。理由に納得しながら取りあえず放置してユウの所にいく。ユウも紺ほどでは無いがそこそこ抵抗した感のある傷を負っている。治療してやればすぐに起きる。そして周囲を見回して僕を睨む。
「助けられなかったのか・・・」
「ああ、手遅れだった・・・その件はもう少し時間をくれ。出来ればここで起きたことを知りたい。」
「ちっ。」
ユウも抵抗したが十も斬り合わないうちにやられてしまったようだ。取りあえず移動する必要もあるのでユウとトウにミーバの集合と資源の回収を行って貰う。出口に繋がる道の前で僕はトウ達に見られる重苦しい雰囲気のまま無言で待った。菫と桔梗と紺に周囲の探索とベニオの捜索を行わせている。もしその竜が出られても困るし、両名共逃げた痕跡なども確認しておきたかった。無言のまま時間が過ぎ、そして周囲はミャーミャーと徐々に賑やかになる。
「ご主人様。返信。確保、検査、二十日。すごい。本人。」
感情を出せない鈴が体いっぱいのポーズで表現する姿は、そこまで感じ入るほどの相手なのかと恐れ入ると同時に、対応して貰った事に心から礼を捧げる。そして重苦しい雰囲気を払拭するように力強く立ち上がる。
「さて、状況が確定したのでもう邪魔は出来ないだろうということで結果とこれからの要請をしたいと思う。」
ユウは何やら期待感をトウやクロは不信感、ヨルは若干の怯えを見せる。
「君らには申し訳ないがその場ではどうしようも出来なかったので神谷さんは討たせてもらった。」
ユウはピクッと反応しトウを見る。トウは頷きクロが発狂し、ヨルが嘆く。五月蠅いのが一段落すればいいのだが収まる気配もないので話を進めることにする。
「仮にも僕らの管理神であるチェイスが神谷さんに過剰な干渉をしており神谷さんがそれを受け入れて、受け入れさせられている以上僕としてはその状態を容認することは出来なかった。」
黒の二体の騒音は止まることを知らない。
「受け入れてしまっている以上はどうしようもなかったので僕らにあるある機能を使って元に戻って貰おうと思った。すなわち死によるリセットだ。」
そこで一瞬音が止まる。
「その辺のシステムに関しては君らのほうが詳しいとは思うが死亡時の肉体的リセットを使ってまずは刻印を消去する。」
「肉体の損壊初期化は本人の意思だし、部分選択も可能でしてよ。貴方の目論見は無意味でしてよっ。」
クロがそう叫ぶ。
「洗脳状態の彼女は確かにそれを選ばないかもしれないので、コネをつかって第三者に介入してもらった。」
そこで全員の目が点になる。
「貴方にそんなものがあるとは思えませんわっ。」
「貴様っご主人様を愚弄するかっ。」
クロと菫がにらみ合う。
「まぁコネに関しては信じられないだろうが、特殊な経路とそのコネをつかって神谷さんのリセットには成功した・・・と思っている。返信も来たしね。実はそれに関しては信じて貰うしか無い。」
僕が状況を説明し終わるとユウとトウはそういうことならと納得気味。クロとヨルはいまいち信じられないようだ。
「ただ監視側の事情もあってか神谷さんの復帰は二十日後と若干遅れる。ここからは要請・・・お願いになるが、彼女が帰ってくるまで君らを保護させて欲しい。」
「どんな権利があって貴方などにっ。」
僕が話すとやはりクロは噛みついてくる。一時期のユウを思わせる行動にちょっとほっこりする。
「彼女が正常な形で戻ってくれば協力関係が築けると思うし、そもそも指示を受けられない君らをここに置いていくのも忍びない。近所という程でも無いけど近くに別の敵もいる。最低でも換えが効かない君らを無事に彼女に引き渡したい。」
僕は静かに説明する。クロとヨルは悩む。沈黙の時間が過ぎる。
「働かないですし、何もしませんからねっ。」
クロが叫ぶように告げてそっぽを向く。ツンデレか。
「よ、よろしくお願いします。」
ヨルは恐縮そうに改まってそう言った。
「んじゃ、しばらく世話になるぜっ。」
「よろしくお願いいたします。」
ユウとトウが仲間の後押しをするように言葉を紡ぐ。ベニオが見つかれば良かったのだが周囲の捜索では見つからず。危険と思える痕跡も見当たらなかったので捜索を打ち切り帰路についた。最終的に神谷さんに生存を確認して貰うしかないだろう。七日かけて大移動を行い拠点に戻った。
「ご主人様、小娘退治お疲れですわ。」
「本当に退治になっちゃったのが力不足を感じるねぇ。」
「一度や二度、痛い目に遭っておけばいいのですわ。」
「毒を吐くな。お客様にも睨まれてるだろ。」
「うちのご主人様に泣きついた無能共に見られたところで。」
連れて帰るなり鶸の煽りが全開でヨルは泣きそうだし、クロは威嚇から飛びかかる寸前である。
「ご主人様おかえりー。」
萌黄も相変わらずの体当たりでお出迎えである。
「状況は?」
「概ね平和・・なのですが。いまいち手応えがなさ過ぎるというか・・・」
僕は鶸に近況を尋ねると鶸にしては珍しく言いよどむ。
「例の宗教国家ですが、積極的に交流をしてきているので改宗者はいくらか出ています。ただ貴族に関しては通達もあり相手にしていないようなのですが・・・どうにもそれが不穏というか。」
「確かに。戻ってきて早々に悪いが、紺頼めるか?」
「わかったであるよ。」
紺は小走りで窓から外に消えた。この城を開けていた約一ヶ月の間に勢力図は恐ろしいほどの変っていたことをこの国の中枢は誰一人把握出来ないでいた。敵の刃はすでに喉元近くまで上ってきているにもかかわらず、だ。




