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僕、相手する。

 ベニオの気味が悪い笑いを見て全体的にテンションが下がる。加えて相手は正に何をしてくるか分からない相手だ。

 

『大丈夫。執行役はその力を十全に使えないように頭が悪い。切れたけど。』

 

 鈴の何が大丈夫か全く分からない情報を聞いて更にテンションは下がる。ただその辺に攻略法や弱点が隠されているのかもしれない。相手の動きを見るために受け気味に様子をみるが、ベニオは何を狙っているのか大振りを繰り返して攻撃してくる。ある意味拍子抜けである。菫も少し呆け気味で様子を見ている。そもそもあの馬上槍は振って攻撃する物では無いだろう。|振って切らなければならない《・・・・・・・・・・・・・》ならもう少し短い獲物でも良いだろうにとアドバイスしそうになるのをぐっとこらえる。

 

「え?お前何やってんの?」

 

 推定味方であるユウからの援護射撃を得てベニオの口角が上がる。今現在僕にとって味方であるはずなのだからいちいち情報を与えないで欲しいと思う。しかし同じ戦士として耐えがたい物があったのだろう。むしろきっと裏があるはずだと聞き出したかったのかもしれない。

 

「くくく、オレの攻撃はこんな棍棒のようなものでもアイツを一撃で切り裂けるんだよぅ。」

 

 そして力任せに僕を追いかけるように踏み込み横薙ぎに槍を振る。なるほど『僕』そのものを切ろうとしているのか。確かに当たればなすすべも無く両断されてしまうのだろう。当たれば。槍を槍として使っていないせいか動きそのものは遅くは無いのだが振り自体が前衛から見れば遅く回避するに問題は無い。

 

「アホか。」

 

 僕が回避して空いた空間に割り込むようにユウが突撃。槍を盾でかち上げベニオの体に一突き入れる。ユウの力でも一撃で鎧が壊れるような事は無いが力に押されて体勢を崩して後ろによろよろと下がる。僕としては相手が舐めている内に型に嵌めて一撃で倒したいところだったのだが、ユウの我慢の無さがそれを邪魔する。菫もイライラ感が増している。桔梗もにこやかに負のオーラを放ちながら様子を伺っている。正直身内で済む話ならさっさとかたづけて欲しいとも思うが、神が関わっているとなると少し反抗したくなる。ユウは手数を増やしベニオの懐に飛び込み槍の振りかぶりを体と盾で押さえる。これも一つの解であると思う。様子からすると絶断の効果は武器もしくは攻撃の範囲内であり。攻撃に使っていると認識していない部位には効果が無いように思える。あんな大きな武器を振り回そうとしているなら体勢を崩させたり腕を止めることでそもそも振らせない事が出来るだろう。使い手がバカというのも納得である。鈴の話から察するとそもそもベニオはアドバイスを聞きながら戦うことで戦闘力を最大限に引き出せるように出来ているのだろう。絶断が一人の意思で暴走しないためにも。ただ性格が短期過ぎたためこうなってしまったと。本来の相方は誰なのだろうか。この中で言えばクロなのだろうが、クロは状況を察しているのか後ろに下がって様子を見ている。ベニオが言っていた執行役、連絡役というのも少し気になる。チェイス神はもう少しこそこそやっていると思っていたのだが、思った以上に盤面に不正を盛り込んでいるようだ。わざわざ操りやすい手駒を世界に放っているのだから。この様子だと本当にどれだけの駒を投入しているのやらと少し頭を抱える。ベニオとユウの戦いは終始ユウに有利に進み、ユウの剣はベニオを堅実に追い込む。あくまで堅実だ。この世界における一対一の基本戦法からすれば順当とも言える手順である。そしてユウのその順当すぎる手順がベニオを倒す事において最も悪手を行う。ユウはベニオの振り下ろしを武器で絡め取るように動かし振り上げて武器を吹き飛ばす。相手の攻撃力を無力化しそして畳みかける。お手本のような手順に拍手すら送ってやろうかと冷めた目で見る。ユウはユウの土俵で戦っていたのだろうが、そこは逆境したベニオが立っていただけでベニオ本来の土俵では無い。ユウも分かっていたのだろうが、むしろ分かっていたからこそ土俵に戻る前に片づけたかったのだろう。武器を失ったベニオは一瞬慌てたようだがユウの突きを左腕で受け止めそのまま飛び退くように吹き飛ぶ。ユウも手応えが軽かったのが分かったようで舌打ちをしている。しかし、僕から見るとこうなる結果はほぼ見えていた。

 

「ユウ、やっぱ君邪魔だわ。」

 

「終始押してたのにひどくないか?」

 

「押してるより逆に泥沼になってた方がむしろ評価高かったわ。」

 

「なんでだよっ。」

 

 ユウが噛みついてくる姿にため息をつきながら吹き飛んで転がりそして華麗に飛び上がって着地するベニオを見る。

 

「く、やはりスキル便りは良くないな。・・・オレのすべてを持ってお前等全員消してやぁんぜ。」

 

「ほーら、こうなるぅ。」

 

「俺の所為なの?」

 

「他に何か言うことがありますか?」

 

 僕はその舐めている間に一気に終わらせたかったのだよ。ユウが本当にわからないといった風にこちらを見る。そしてそれを冷え切った目で見ながら菫が前に進み出る。ベニオ第二フェーズはいりまーす。

 

『ご主人様、如何なさいますか?』

 

『形態次第だけど・・・最初は僕かなぁ。菫もやれる範囲で、かな。』

 

 ベニオは収納から斧槍を取り出し振り回す。先ほどの馬上槍に比べれば若干短いが負けないくらい長さがある。

 

「フレースベルグ!」

 

 ベニオの足下から染み出るように出てきた鳥がそのまま翼を広げて空へ上がる。といったものの天井が高めとはいえ五mもない。鳥ではその能力を生かし切れないだろう。しかしその不利を物ともしない速度で突撃してくる。

 

『これなら菫でも対応できるかな。』

 

『そうですね。天井の高さが幸いしました。』

 

『クロも手を出しそうにないし、桔梗は偏向防御の解析を頼む。終わり次第即解呪でいい。』

 

『かしこまりました。』

 

 談話室の会話を終え迎えうつが、相変わらず僕に狙いを定めて斧槍を振りかぶりぶつけようとする。

 

「さすがに雑じゃないかなぁ。」

 

 速度故に対して軌道の変えられないその攻撃を悠々と躱し鳥に一撃を加える。弾かれるほどでは無いが硬い感触を受ける。

 

「死ね。」

 

 菫の剣閃が接触すると同時にベニオの背後から鎧を切り裂く。菫が眉をひそめ難しい顔をしながら鳥を蹴り距離を取る。当然奇襲したと思ったがベニオはとっさに腰を上げて首では無く背中を切られることを選択した。そのまま振り上げていた斧槍を器用に動かし菫が居た位置を斧の刃が空を切る。

 

「怖いねぇ。」

 

 ベニオがその環境を楽しむように口角を上げ首だけ振り返る。飛び抜けた先で羽根を貫通して杭を地面に刺したかのような百八十度の異常な旋回をして再度僕に向かって突撃を行う。なんらかの方法で周囲を知覚している可能性がある。ただそれは菫の隠密を誤魔化すほどではない。菫の希薄化がおかしいと言えなくも無いが。死角が無いとなると菫の攻撃が残念なことになるが、その辺りは菫に頑張って貰おう。正面を飛んでくるベニオに向けて【爆破】を行う。ベニオは高笑いしながら爆発範囲の端を滑るようにすり抜け飛ぶ。正面から少し軸をずらして再度爆破。ベニオは無駄な努力を笑うが、ベニオの回避動作は移動速度まで増えないので経路が長くなった分確実に到着は遅れている。逆にその移動速度が変化しないという事実が魔法に押し出されても速度が上下する物でも無いことが分かる。もう一発軸をずらして撃ってみるがやはり前回と同じように短い経路を通って回避している。これならと軸をずらした反対側に追い込むように爆破を仕込む。回避した先は爆破の壁になるわけだがどうだろう。しかしベニオの軌道は予想を反して最初の爆破から遠い方へ回避運動をとり壁に阻まれること無く前進する。

 

「あーん?」

 

 僕は結果に不満を訴えるように眉をひそめる。ベニオが目の前に迫るがそれをうっとうしいという目で見ながら回避する。ユウが鳥を切り裂き、菫の正確すぎる短剣投げがベニオの表面であらぬ方向に飛んでいく。飛んでいく方向を見ながら爆破と遅延発動を連携させ同時発動を組み込む。

 

「雑実験、爆破っ。」

 

 ちょうどベニオが旋回を行う瞬間にベニオを中心に収めるように四つの爆発がその周囲に巻き起こる。

 

「それはさすがに当たるわ。」

 

 ユウがおっかないと言わんばかりに呟く。

 

「なんだ知ってたのか。」

 

「六点同時発動ができるとは思わなかったしな。」

 

 ユウは僕の呟きにそう答えた。今やったのは四点だが、天井が低いため逃げ場が無くそれだけですんだ。恐らくベニオが空中にいるときにこれをやろうとすると上と下にも必要になるから六点発動が必要なのだろう。確かに手間の割にはといった感じはする。ただ高等魔法にすればかなりのダメージを見込めはする。

 

「かっはぁっ。」

 

 若干だけすすをかぶったような感じで爆発の閃光の中からベニオが現れる。わりと余裕の表情ではある。その様子からすると大きなダメージは受けていないように見える。

 

「爆発を・・・切ったか。」

 

 多少打撃を浴びているように見えるのはベニオの体に圧力がかかるまでに全周囲を切りきれなかったからなのだろう。いやいやあのスキル一つで随分隙が減っているものだと少し感心する。使い手はアレだが。

 

「どうしよう。一番手間な方法しか残らない。」

 

「なんだ、まだ手があんのか。」

 

「ちまちまカウンターするしか。」

 

「なんだいいじゃねぇか。」


 確実に倒すにはその状態に追い込んで畳みかけるのが理想なのだが、ヒットアンドアウェイに対する反撃だけだと決定力に欠ける。ゲームみたいに死ぬまでルーチンワークとか無いでしょうに。

  

「いや、どうにも勝てないと思ったら逃げるでしょ。」

 

「アイツが?逃げる?」

 

 ユウはベニオが逃げる選択をとることを想像できないようだ。

 

「いやあの小物臭がするタイプの生き物は絶望的になったら逃げるね。今までは身内でそこまで追い込まれなかっただけさ。」

 

「軍隊戦でいつもクロにぼこぼこにされてんよ?」

 

「死ぬほど追い込まれてないからだろう。」

 

 小話をしている内に迫ってきたベニオの軌道上に石柱を伸ばす。あわよくば切り捨ててくれると思ったが、相変わらずの異様な機動でそれを回避し斧槍をすくい上げるように振り上げる。

 

「そうはいうけどよぅ。」

 

 ユウもこなれてきたのか体ごと盾で柄を吹き飛ばし無理矢理軌道を変化させる。僕はそのまま下をかいくぐるように鳥を切る。菫も鳥を切り上げながらベニオまで切り裂こうとするが、いつのまにやら取り出した左手の剣により追い払われる。

 

「ほらー、段々冷静になってきてるぅ。」

 

 僕はユウを煽るように呟く。ユウは自分が悪いのかと言わんばかりに僕を睨めつけるが、君が悪いのは事実だ。

 

「・・・変形アラクネ。」

 

 こちらがショートコントをしている間に旋回先で鳥が大型の蜘蛛に変わる。僕が知っているアラクネと違って完全に蜘蛛である。ただのジャイアントスパイダーだ。

 

「げー・・・」

 

 ユウが面倒くさそうな顔をしてベニオの方を見ている。

 

「面倒なのか。」

 

「面倒だな。まぁお前なら問題無かろうが。」

 

 何が問題無いのかさっぱり分からないがカサカサとも音を立てずに器用に脚を動かして迫ってくる。鳥ほど早くはないが走って逃げられないくらいには早い。

 

「隠れてる菫ちゃんにはちとキツいかもな。」

 

 探知能力が高いのかと思ったが視覚的に相性の悪さがすぐに分かる。蜘蛛の尻から大量の糸が吹き出され、それが風に操られるように後方を覆いながら前方に流れてくる。だがこちらに風が強くながれている様子は無く蜘蛛の糸が自立して動いているように感じられる。すでに背後方向から近づこうとしていた菫が数本の糸に張り付かれ手と武器をバタバタしている。しかし暴れれば糸が舞い肘や背中に張り付き、剣も切れること無く絡み取られ振り切ることも出来なさそうだ。

 

「やっちゃってますね。」

 

「ああなると切れないし動きにくいしで辛いんだよな。しかも投げられる。」

 

 菫の愉快な踊りを眺めているとユウがまずいことを口走る。間に合うか。

 

『菫、一端その場を離れろ。桔梗は蜘蛛周辺を菫ごと冷却しろ。』

 

 菫は糸に絡まれながら下がろうとする。桔梗が集中に入る頃、蜘蛛の後ろ脚が糸と共に振り上がりそれに合わせて菫が引きずられる。そのままじゃ間に合わないと僕は振り上げた蜘蛛の脚の下から鉄壁を脚関節まで伸ばし下ろせないようにする。ベニオは舌打ちするように口をゆがめもう一本の足で鉄壁を寸断する。さらに器用に逆側の脚で鉄壁を吹き飛ばす。振り上げた脚が菫に振り下ろされようとするときに桔梗の魔法が完成する。

 

【凍結陣】

 

 指定した範囲を凍結するまで瞬間的に冷却するというランクⅦに相当する無駄に高度な魔法だ。ただし消費拡大出来るとは言え設定温度以下には下がらず、設定温度で凍らない物は凍結しないし、魔力を持つ生物に使えば抵抗もされる。字面はすごい強力な魔法なのに著しく使い勝手が限定されるちょっと期待外れな魔法なのだ。今の目的は蜘蛛の糸を凍結させることなので目的は達成されている。余りに特殊な糸で氷結温度がバカみたいに低いとかなくて良かったが。桔梗の選択により菫が範囲の端に入るよう、そして移動先の蜘蛛の糸で妨害されにくいように中心を決めて範囲が構築されている。そしてこの魔法やっぱ範囲が微妙に狭い。範囲内は一瞬白いもやのような物に包まれそれらが雪のように緩やかに落ちていく。蜘蛛の糸に触れた物がそこに止まりキラキラと輝く。若干幻想的な風景を作り出すが当の菫は糸を破壊し武器を収納してその場を飛びすさる。蜘蛛は菫のいた地面に脚を叩きつける。若干土に穴を開けるが見た目ほどの重量感はない。

 

「やっぱりそれにも乗る(・・)のか。」

 

「よくそう予想できるもんだなぁ。ふつー大丈夫かな、とか思うっしょ。」

 

 ベニオは僕の指示に困ったように眉をひそめて軽口を叩く。

 

「乗騎は騎士の一部と見なされるからな。」

 

「そういうとこも含めてめんどくせぇよ、てめぇはよっ。」

 

 蜘蛛が体を動かしたことで凍結した糸が粉砕される。しかしそれを気にすること無く再び糸が展開され伸びてくる。

 

「口から出ないだけ褒めてやりたいけど、そんなにまとめて出ないんだよっ。」

 

 正面に迫る糸を岩壁で遮ってみる。動いている原理はわからないので迂回するかと思ったが壁の正面にぶつかった糸はそのまま止まり、はみ出た物だけがさらに伸びてくる。思ったより融通が利かないようだ。誘導性がないのかと思い斜め後方に走って逃げるが、そこはなぜか追跡するように着いてくる。回避するより除去したほうが早いかと思っていたら蜘蛛は器用に脚を動かし石壁を引っこ抜く。

 

「おぉ?」

 

 ていうか取れるんかーい、とか思いながら視界に入れていると一周くるっと回してから投げつけてくる。一瞬対処をどうしようか悩んでいると桔梗がタイミング良く氷柱を発生させて壁を吹き飛ばす。吹き飛ばされた壁に蜘蛛の脚が反りそうになるが手早く切り捨て石壁は轟音と共に落下する。

 

「あの糸燃える?」

 

 追従するように着いてきていたユウに取りあえず聞いてみる。

 

「燃える。すっげー燃える。とどめの一撃にしてるくらい燃える。」

 

 ユウはちょっと止めた方がいいと警告するように焦った口調で言う。ただ燃えることは覚えておこう。アラクネは再度糸を展開し自らを覆い、そして僕に向かって伸ばしてくる。元々伸びていた糸は力を失ったかのように地面に落ちる。

 

「操らなくなっただけであれもくっつくからな。」

 

 ユウは盾だけ構えて糸の動きを追っている。

 

「僕に着いてこなけりゃいいのに。ていうか離れている内に燃やした方が良くない?」

 

 軽率とも言えるがどの程度燃えるかも確認しておきたい。無詠唱と言えなくも無いほど集中時間が短くなっているランクⅠの【火矢】を三本糸に投げかける。ユウはそれを見て僕を抱えるように倒れ込み伏せる。

 

「お前のこういう所ほんと嫌いだっ。」

 

 火矢が糸に触れた瞬間、ガソリンの引火シーンを思わせるような炎が爆発的に吹き上がり切れた糸を辺りにまき散らす。ベニオも正気を疑うような目で腕で顔を守りながら情景を見ている。一瞬で火の海である。爆発で煽られた糸は吹き飛ばされる途中で再び爆発的な炎を形成し付近にあった糸をまた爆発的に燃え上がらせ糸を吹き飛ばす。小規模な火山噴火の連続を見るような感じで炎の連鎖は続く。

 

「わーぉぅ。」

 

 巨大な線香花火と言えなくもないが効果自体はえげつないように感じられる。障壁を張ってみたが障壁に張り付いたまま炎上し徐々に浸食する。壁系の魔法でも同じような結果だろう。僕が火に巻き込まれたように見えたか桔梗が慌てて水流を発生させて火を消そうと消しかける。

 

 

「従者もそろって短絡的なぁ。」

 

 ユウは泣きそうになりながら飛び起きて僕の襟を掴んで逃げ出す。火が水に触れると嫌な蒸発音と共に水と炎が飛び散る。流れる水と炎は拡散し吹き飛び辺りは大惨事だ。さすがに笑うしか無い。ベニオも余りな出来事に蜘蛛を叩きながら大笑いしている。

 

「いやー、派手だねぇ。」

 

「現実逃避やめなー。」

 

 ユウは僕の襟首を掴んだまま放り投げ、盾と剣を構える。集中し剣を斜めに振り上げる。

 

「ふんっ。」

 

 気合いと共に振り下ろされた剣の正面を剣閃が伸び炎と水を切り裂く。切り裂かれた炎は動いていた方向を変えそのまま広がるように道を作る。

 

「こういう時の為にあるような大道芸だね。」

 

「その芸に助けられてるんだからなっ。」

 

 ベニオの操っていた糸は燃えながらも動いているがさすがに燃えつきる方が早く、早々にベニオも操作権を放棄し辺りに散らし炎に帰っている。かなり危険な糸であることは身を持ってよく分かった。

 

「ま、やらなきゃ分からないことってあるよねっ。」

 

 不慮の事故を前向きに捉えておく。

 

「聞けば良いことを・・・ひどいことになった。」

 

「聞くと見るとじゃ大違いさ。」

 

「百聞は~かよ。」

 

「よく知ってるね。」

 

「ご主人様がな。」

 

 ユウとどうでも言い声を交わしながら僕は弓を構えベニオに向かって放つ。ベニオは避けようともせずその矢を見るだけだ。予想通り矢の軌道は直前であらぬ方向に飛んでいく。

 

「お前よくそういう無駄と分かってることやるよね。」

 

「意図を持ってやることは必ずしも無駄じゃ無いよ。まだ偏向防御は健在で矢が当たらないことは確認出来たし他にもね。」

 

 僕は弓を収納し再び盾を構える。この糸の火が魔法なのか物理法則に則っているかは分からないが一通り試してもいいかもしれない。ただ試したことは無さそうだが聞いてみるのも手段であるとユウは言っていた。

 

「糸の火を消す方法は?」

 

「糸そのものを消すか、ご主人様が言うには火であることには変わりないみたいね、だそうだ。」

 

 ユウは消す方法は知らなかったが神谷さんは至っていたようだ。こういう物理知識はどうして共有されないのか。INTの仕事ってなんだろうとたまに思う。バカ役はうちの萌黄も含めていつもバカなのだ。

 

「それだけ分かれば上等。」

 

 魔法のリストから該当しそうな物をいくつかピックアップする。火は熱を産むがそもそも燃えるように仕向けなければいい。つまりこの糸が最も苦手とするのは最初に使ったような冷気であると。ベニオ自体に魔法は効かなくても周辺の環境には有効である。冷気となれば桔梗にお任せである。桔梗も納得いったように魔法を行使する。

 

【乱氷雪】

 

 環境を変える魔法の一つで周辺の温度を下げ氷を散らす魔法である。先ほどの氷結陣に比べると即効性は著しく落ちるが範囲と消費が容易である。時間はかかるが低温で凍る物は凍る。基本的には水、氷系の魔法強化効果と加熱、火系の魔法減衰効果が主な目的である。ベニオはよく知らない魔法なのだろうか少し周りの様子を伺っている。冷えてはいるが自分への直接攻撃がないと知るとアラクネを前進させ糸の展開を行う。移動しながら糸の展開が出来ないのだろうか、糸を出さずに動いてしまったことが糸の結界の中に菫を呼び込む結果となった。

 

「おめぇもめんどくせぇな。見えてるっつの。」

 

 菫の小剣を左手の剣で受け、右手で構え直していた長剣で後ろにいるはずの菫に器用に斬りかかる。力が乗らず本来なら全く意味のない攻撃だろうが絶断の発動条件は満たしているのだろう。しかしその動き自体は決して速くないので菫は悠々とその場を離れて蜘蛛の下へ姿を消す。ベニオは舌打ちをしながら僕の方に向き直り糸を繰る。その様子を見ているだけでも蜘蛛の糸の欠陥が見えてくる。恐らくベニオの視界範囲内に対する明確な目標を決める必要がある。菫への対応をしている間、糸の動きは明らかに緩慢になった。アラクネは騎獣であり自分の意思を持って行動しているわけでは無いのだ。あくまでベニオが操っているわけである。

 

「こういう時の乗騎は善し悪しだよね。」

 

 周辺の環境と糸は十分に冷えており僕の簡単な冷却魔法でも簡単に凍り付く。糸の無力化はすでに完了している。今一度正しき手順で秘剣を使う。鉄杭の魔法を二系統蜘蛛の両側に発動させ左右への移動を制限する。合せて桔梗は蜘蛛の後ろに高い氷の壁を立てる。

 

「これを耐え損ねたらお笑いぐさだ。開山剣、一の秘奥山開きっ。」

 

 今一度不格好な剣を構え振り下ろす。ベニオはこれを見ていただろうか。どちらにせよ動きを制限してそれを回避しなかった時点でほぼ詰み。クロは瞬間的に気がついていたがベニオにその判断力は無く一瞬そのおかしな剣を見て笑う。ただその変化に気がつけば笑っている余裕は無くなった。その変化に気がついた時には防御も危ういのではあるが。ベニオは乗騎から逃げるように飛び降りる。伸びる剣撃はアラクネの防御しようとする交差する脚を切り捨て、脳天を斬り、胸部まで真っ二つに切り裂く。

 

「追加爆散。」

 

 剣は塵に返りアラクネを吹き飛ばす。ただ感触がかなり柔らかかった。

 

「途中で降りたな。」

 

 僕は手応えが異様に柔らかくなったことでベニオがアラクネから降りたことを悟った。騎兵が乗騎を捨てるのもどうかと思うが割り切って捨てられるのも生存能力の高さだろう。

 

「変形ヘカーテ。」

 

 切られた蜘蛛はその一部を周囲にばらまいていたが、残った大きな部品が収束変形し大きな蛙の姿を取る。イボカエル、もしくは大きいからウシガエルか。ベニオは剣呑な表情でカエルの頭に立つ。

 

「なんだあれ。」

 

 ユウも見たことが無いようだ。ヘカーテってなんだっけか。とりあえず蛙なことだけしか分からない。ただベニオのいつもの小馬鹿にしたような表情は消え憎しみに燃えたような暗い表情が、彼を本気にさせたのだということだけが分かった。


桔「やってしまった。」

菫「やってしまった。」

萌「良いとこ無いね。私は出番すら無いけど。」

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