僕、遊ばれている。
クロが僕の動きに気がついて軍に隠れるように下がっていく。それと同時に視覚系の魔法が展開されていく。当面動き方がばれても問題ないので放っておく。クロとしてはどういう意味で僕が天使兵と一緒に前進してくるか予測していたかは気になるが、多少手数が増えた所で問題無かろうと戦場の移動を続ける。罠として置いてある魔法を移動で、もしくは魔法に巻き込んで潰していきながら徐々に進んでいく。僕の狙っていることを悟られないように一応注意しながらクロの予測の範囲を超えているとも願いながら進む。指示に追加が出たのか天使兵の動きは若干変わり、僕の移動を制限するように立ちはだかるようになった。ただ移動の方向に対する主導権は僕が持っているため正面に立ち塞がるだけではそうそう移動を邪魔されることは無い。妨害されたところでこれほど単調ならさほど意味はないと言えた。菫と桔梗も僕を置いてはいけないと僕が動いたスペースに兵を詰め二方向に分かれていた戦場を多勢側にまとまりつつある。クロは軍の合流自体は見逃したものの戦端が一方に統一されたことにより少数派の飽いたスペースに軍を入れ側面からの遠距離攻撃を差し込む。多勢側からの攻撃は減ったが逆に防御は増し、別方向からの攻撃が加わった形だ。単調な攻撃でそれほど強力では無いがそちらに防御兵を割くしか無く、かえって自軍を動き辛くしただけのようにも見える。通路からの兵を概ね出し終わって約四万三千が展開されている。相手は五万八千程で被害としては七千と二千で割と一方的に狩られている。ただクロからしても思ったほど狩れなかったのではと僕は思うがその様子を伺うことは出来ない。戦場は自軍が壁を背に扇側のようになり敵接面に重装兵を配置する。敵軍はその接敵面を覆うようにL字気味に展開している。中央がへこんでいるのは元々Y字のような陣形から片方を追っかけるように伸びてしまい、両軍の間にいる僕と天使兵が中央を突っ切ろうとしているからに他ならない。細く長く伸びているその箇所は本来なら寸断され包囲されてしまいそうな形状ではあるが、自軍も僕と天使兵を邪魔でそちらを断ち切ろうにもすぐには動けない状態である。僕が敵軍に進むたび敵陣は中央を伸びた側に動かし隊列を修正しながら僕の動きを誘導しようとしている。このまま進めば僕は開いたワニの口に自ら進む獲物のになってしまうのだろう。動きからするとクロは僕が天使兵と共に自分に突っ込んでくると思ったのかもしれないと感じた。逆に自軍はその口が閉じる前に突撃をすべきと扇形は菱形のようになり突撃陣形のように形を変えていく。敵軍のL字はV字になりその菱形に対応し突撃してこようものならそのまま喰らい尽くすつもりなのだろう。竜の目から得られる軍の動きは大きな陣形としての動きを見ると共に後方魔術師の動きを捉え続ける。僕としては陣形が伸びることで重装兵を始めとする防御兵が最前面に展開されることが目的でクロが期待するような一気に片をつけようとしていることでは無い。敵兵が概ね期待通りに動いたことで僕は桔梗に攻撃の手配をさせる。ついでに菫に弓兵への指示も行わせる。
【豪雷】
天使兵を一度突き放し僕と桔梗ですべての攻撃回数を消費し打ちだす。純粋な範囲魔法ではないが次々に落される雷撃は何も無いところにも落ちるがその多くは密集したミーバ兵達に落ちる。七セットの豪雷の重なりはクロ存在する位置をかすめるような範囲で打ち込まれ少数側の敵軍を焼く予定だった。そこに重なるように大量の矢が放たれ放物線を描く。
「無駄っ。」
クロが主導したか十を越えるキノコの笠を思わせるような半透明の防壁が敵軍の頭上に散らばり雷撃を遮断し矢を受け止める。天使兵が大きな隙を作った僕に襲いかかってくるが盾とマニピュレーターでただ作業のように受け流す。その防御の様子を確認し一安心と落ち着いて次の指示を出す。
「そっちは囮だからね。」
僕らの攻撃はミーバに比べれば同じ魔法でも三倍。更に格上の魔法ともなれば5倍にも8倍にもなる。ただ一度に放てる回数にはそれなりに限度がある。以前のネタの焼き回しだが数は暴力である。一手で倒される可能性のある僕らの攻撃を防ぐ必要は確かにあるだろうが、僕らの後ろにはおよそ五千倍、一万の魔術兵がいるのである。敵軍にも同じかそれ以上の魔術師がいる。しかしその大半はすでに魔法を使い維持し続けている。召喚は負荷が貯まるまで出来ると思っていたが個体で呼べるには限界があり、さらに召喚体を維持するために少ない負荷を支払う必要があるのだとあちらの様子を見て推測した。むしろそういう仕様のゲームを思い出した。今更ながら、その召喚の仕様がそうだと仮確定したとで、僕の中で魔法体系がどのゲームであるか確定したのだ。
「つまりはこっちは守りようがないってことだよ。」
反対側の軍で大爆発が起こる。魔力の収束は確認できただろうがクロには手が出せない。指示は出せただろうが二万発の魔法を推定四千の魔術兵では守り切れまい。反撃で矢を返され二、三千を追加で失うかもしれないがその代わり魔術師五千は確殺させて貰う。予想通り敵軍から自軍後方に向けて集中的に矢が放たれるが概ね予定通りなので問題無い。あちらほど重装兵が前面展開されているわけでもないので被害は少なく抑えられる。
「くぅぅ。」
やれることはやれねばと苦悩と苦渋にまみれたクロの様子を竜の目で観察して僕はほくそ笑む。魔法は負荷が超過しない限り撃つことは出来るが、連続で打ち出そうとすれば1秒前後のインターバルを産む。通常そのインターバルを無視して魔法を使用できるのは瞬間的につかえる攻撃回数的なActを順に回しているからである。最も余程でなければこんなタイムラグは気に止めるほどでもないのだが、一度に限界まで放てば話が変わる。最も魔法を撃ち尽くしたところで回避が取れないわけでも手で殴れない訳でもない。本来はそこまで困る話でもない。今回はクロを狙っていると思われたことに便乗してクロを巻き込んで片翼を吹き飛ばすつもりで攻撃を仕掛けた。ランクの低い魔法ではあるが効果時間、範囲など都合が付きやすく一度や二度ではない攻撃が防具と生命力を的確に破壊する。最も範囲内の特定の誰かを狙うにはすこぶる効率が悪いという話はある。クロはこちらが全力で魔法を多重がけしてきたことで頑丈で広範囲に防御する必要があり、魔術師と連携して全力で守ったことだろう。合せて放った矢は見せかけでもあるおまけみたいなものだ。僕の実際の狙いは反対側にいる召喚中であろう魔術師の一部である。少数のミーバ同士なら僕らと同じく削り合いから始めるところだが、局地的に多対少の環境をつくり一気に殲滅させた。こういった行為に対する対策として『防護』保持者である重装兵を軍の中に散らしておくべきなのである。最悪その一体を犠牲に多くの兵を守る事ができる。戦線が伸びて敵軍の重装兵が不足気味になり非常用の重装兵が激減したことで実現した作戦である。こんな用兵がされなければ途中で方向転換して自分で切り結んできただけなのだが、楽が出来ることに越したことは無い。そしてその結果起こったことが目の前にいる天使兵の大幅な弱体化である。耐性は残ったままかもしれないが先ほどとは打って変わって速度が落ち力の無い剣戟になる。召喚天使兵がいなくなってもまだ維持していたということはこの天使兵を維持も召喚したミーバ兵がしていたということである。カードゲームのように生け贄にされて場からいなくなったという訳でもないようで、かき集めて束にした存在だったのだろう。まさかの演出通りの存在で魔法的な繋がりも残ったままだということだ。能力が半減した天使兵を手早く追い詰め削り撤退される前に打ち倒す。敵の強力な駒は減り、軍勢も四万一千と五万三千まで差を縮める。クロはV字から横陣に展開し直しながら兵配分の再調整を行う。もう一度同じ事をされたらたまらないだろうが同じ手をするつもりもないし、さすがにすぐには引っかからないだろう。後ろが心配しているので僕も自軍に戻る。菱形陣形はそのままに相手の様子を伺う。雑に計算しても魔術師の斉射だけでなんとかなるかなと思うが、重装兵に変なスキルがついてれば耐えられるかもとも思い一気に片をつけずにもう少し相手を減らすことに決める。
『攻めるか。』
菱形の前面に展開していた重装兵を越えてにじみ出るように軽装騎兵が現れ鏃のように突撃する。それに追従するように軽装兵、斥候兵と続き後衛組が更に追従する。
「さすがにチェレンジが過ぎるだろう。なんか当てがあるのか?」
僕に併走しながらユウが口をこぼす。騎兵が加速し速度が乗り始めた頃には相手の横陣は速やかに三つに分かれ先頭の騎兵を包囲する形を取り即座に攻撃が始まる。想像以上に動きの速い陣形展開に舌を巻きユウを見る。
「やっぱ変だと思うよな、アレ。俺も最初にやられた。ぜってぇインチキだと思ったんだけどそういうスキルなんだと。」
カラカラと笑いながら走るユウを見て、もう少し早めに忠告とかなかったのかと思いながら防御魔法を展開させるが最前線までは届かない。それが相手に知られると防御射程が届かない範囲に攻撃を集中され相当数の兵を落される。正直こうやって包囲される前に突撃が成立すると思っていたのが浅はかだったと言うことか。逆にこれに対抗するために手を曲げればその都度対応される可能性も示唆されている。ならば局地的にでも敵が分散したこのまま突っ込むべきだと判断してそのまま進軍を続ける。多分こうなった時点で用兵勝負は終わってしまったのだ。
「おっと逃げないのは悪くないがそのままじゃあ悪手だぜ。必ず突撃は止められる。」
ユウは何度かクロと模擬戦か何かで戦ったことがあるのだろう。自分の経験を交えて話しているようだ。ユウの話を聞いて止められる手段をいくつか考える。手早いのは壁。ただ無理矢理破壊出来なくもない。勢いは弱まるが迂回しながらでも進むことは出来る。罠、魔法で動きを鈍らせる、止める。馬防柵で倒しながら止める。どんな手段でも大軍のすべてを止めるのは難しいように思えた。クロはこちらが進路変更しないのを感じてか重装兵を前面集中し弓兵や魔術師を左右に割り振り直しているようだ。左右からの攻撃が増え前面からは減る。それにしても兵の移動が早い。用兵の判断も恐ろしく速く思い切りが良い。下手をすれば各個撃破されそうな状況においてもそれと確信して運用しているようにも感じる。ヨルのような能力かとも思ったがクロは予想しない手には対応できていない。最初と今の状況の違いを考えて一つの可能性を試す。
『菫は前に出て道を開け。戦争自体はもう負けだ。』
『そんなことを言われなくても・・・まだ巻き返せます。』
『運用で上をいかれて、力押しできずに場を支配されている限りは無理だ。』
菫は食い下がろうとするが、前面に斬り込むことを優先させる。
『だからもう戦争はしないよ。あとは暴れるだけだ。』
僕は自暴自棄になるかのように意味の無い声をあげる。悔しくない訳はない。ただここでやられる理由もない。周りのミーバ兵には悪いと思うが頑張って生き残って欲しいと思う。敵軍の両翼から騎兵が展開されいよいよ包囲網は完成しあとはすりつぶされるだけとなる。
「さすがにここにいるとアブねぇんだけど。まだがんばんのか?」
「さすがにそこまで余裕を持って遊ばれると僕もイラッとしてくるからね。種暴きと高笑いしてそうなクロは泣かしておく。」
僕はユウを笑いながら睨む。ユウは気まずそうにそっぽを向くがそれを確証として僕は魔力を集積する。
『菫は進め。桔梗は僕の防御をサポート。』
僕は術式を組み上げ即座に打ち込む。
『ぁー、あー聞こえるであるかな?お、繋がったであるな。』
紺との通信が回復する。
『紺か。状況は分からないけどここを落すぞ。』
『了解であるよ。』
術式が広がり感知している者達に一瞬の緊張が走る。しかしその術式の単純さはランクの低さを示しそれほどの不安感を与えない。だがクロだけはそれを面倒くさそうに見つめる。通信が回復したということは紺はこの空間にたどり着いたことを意味する。紺なら適当にやらせてもなんとかなるだろう。最も敵を倒すのに適している訳でもないが。
【大地震動】
振動は弱くただ広範囲に効果を広げ効果時間を長くする。負荷の割に広範囲にでき、尚且つ持続するものとして候補に挙がったこの魔法。これだけの微震だとなんか揺れてるかな?くらいの効果しかなく移動の妨害にはならないじ大地を砕くこともない。ただ予想が正しければクロによる兵の高速運用が出来なくなったはず。
「なんかまた微妙な揺れだな。」
ユウが率直な感想を述べる。
「でもクロは困るはずだよ。」
そう言って僕は走る。クロはすぐ収まると思った地震系魔法を軽く思っていたが全く止まらない揺れに僕の意図を理解したようで、中央軍の動きに変化が生まれる。何かの進行を押しとどめるように重装兵が密着し密集防御陣形を取る。しかし菫はそれを気がつかれないうちに飛び越え、僕が通るべき道の重装兵を静かに速やかに打ち倒し穴を開ける。
【石柱】
その穴を押し広げるように石柱で重装兵を押しやり吹き飛ばす。
「クロ。戦争は君の勝ちだ。ここからは個人戦で終わらせることにするよ。」
あのままだらだら戦っても自軍は全滅し、そして僕らが敵軍を全滅させるという展開に推移する。結局兵を使ってどれだけ相手を消耗させられるかにかかっている。神谷さんがなぜこの作戦というか企画を承認したのかはしらないが、お互いのためにこれ以上無駄な消耗は避けることにした。僕らは兵を突破する能力があるがクロにはない。それをすべきユウとベニオがいないからだ。クロは現状の兵力を僕に向けてもいいが、そうすれば僕らの兵が周りの兵を倒し始める。クロには戦争をする選択肢しかないが、それを僕は放棄してそのまま殴り抜けることにしただけだ。
「そうなる気はしていましたが・・・ユウ、どうするのですか。」
クロは鋭い視線を向けながらそう言い放つ。
「俺の試しは終わった。ついでに元々これには反対だったし、お前に従う理由もない。」
ユウは止まった地点から動かないまま流れ弾に対処しつつそう言った。クロがため息をついて肩を落した。
「仕方ありません・・・降伏します。」
菫の刃がクロに迫る頃、クロはあっさりと降伏宣言をした。どうにも変だとは思い始めていたのだがここまで来るとただ腹が立ってくる。
「で、首謀者は誰なんだ・・・」
声のトーンを落して降伏したにも関わらずすねた子供のようにそっぽを向いているクロに問いかける。
「この戦いの首謀者という意味では私です。人員の配置も防御策もすべて私の所業です。貴方が来ないからこうなり、貴方が来ると聞いたから主殿が引きこもってしまわれたのですわっ。来ないなら一生来なければ良かったのにっ。」
クロが僕を指差して大声でまくし立てる。
「おっと、出遅れたであるかな?」
紺が影から出てくるようにすっと姿を現してクロを見る。クロの後ろにはかなりの数の兵が付いてきている。僕はそちらをちらっと見てからあーと微妙な思いに狩られる。これらが先に来ていれば時間がかかったが勝利は出来たろう。ただ偶然とはいえこちらのほうが処理時間としては早かった。勝ちというこだわりさえ気にしなければ結果はいいのだが少しだけ悔しい。
「いや、早々に済んだし紺が来てくれただけでもいいよ。」
はせ参じた紺の頭を撫でながら労う。
「で、当の本人はどこにいるのかな?」
「勝手に探しなさいませっ。」
クロはそっぽを向いて答えようとしない。歩いてくるユウの方をみるが手を広げて知らないとポーズを取る。
「どうすんだろ。この不毛な現状。」
空の見えない天を仰ぐ。紺はクロを見て何か思案げであり、菫と桔梗は僕の前にやってきて見上げながら次の指示を待っている。というよりも褒美待ちの犬かなとも思わせる。両手で雑に撫でておく。
「んじゃ、こっからはオレが案内しますよん。」
気づけばベニオが上から降りてきたのか急に現れる。ユウの警戒度が上がるかのように気配が変わる。
「いやーおいてかれてちょーショックっすわ。あぁ・・・旦那とはいい関係でいたかったんすけどねぇ。」
ベニオは首を振り手を振り上げオーバーリアクションに言う。ベニオは周囲の反応とそして僕の視線を見て察したようだ。
「で、神谷さんはどこにいるんだ?」
僕はベニオに居場所を尋ねる。
「いやー、今はどこだったかなぁ。」
ベニオはわざとらしく煽るように悩むようなポーズを取りながらしゃべる。この苛つくヤツ以外で知っている者がいないかともう一度ユウとクロを見る。ユウはともかくクロもベニオに視線を移したままだ。そしてそのクロの目線が驚くように変化する。
「それは規定外。やりすぎ。」
ベニオが槍を突き出し、それを手のひらで受け止める鈴。振り返るとそんな光景があった。ていうか鈴はどこから出てきた。
「疑問は最も。騎兵の上で寝てた。」
それは気がつかんわ。ベニオが槍を引き鈴が手を下ろす。
「いやいやそいつはやべぇよ。ぜってぇ後で禍根になる。今なら沈められたのになぁ。」
ベニオは槍をさっと収納し明後日を向きながら弁解するかのように軽い口調で言う。
「信用していないつもりでもまだここまではしないと過信してたかな。どういうつもりだ。」
僕はひやひやしながら尋ねる。
「どうもこうも予定外がすぎる。ここでいじめ倒しておいて首輪つけて主殿と一緒においとけばもうちっとマシになるかなと思ってたんすけど・・・」
ベニオが一瞬鋭い目つきで周りを見回す。
「クロもヨルも諦めがはえぇし、ユウは裏切るし。トウに至っては戦う気もねぇ。主殿にしたって乙女みたいにキョドって話になんねぇ。呆れて言葉もねぇっすわ。」
ベニオは呆れましたよーとポーズをとり口を止めない。
「もうこいつ無しのほうがもっと楽しめるんじゃねーかなーと・・・オレっちの判断でHAIJYOしよっかなってね。」
ベニオは手を僕に向けて伸ばし周りに訴えるように高らか言ってに言葉を締めた。
「早計すぎる。しかもまだ視線が多い。ベットも始まっている。力を使いすぎてはいけない。」
鈴が僕の前に立って庇うように動きながらゆったりとしゃべる。そのような行動に出る鈴に疑問に思うが、鈴の言っていることも裏事情過ぎて問題がある。
『音声は検閲されて切り替わってる。でもこれ以上はまずいかも。』
鈴からの談話室への発言で僕ら全員の視線が上がる。
「ばれなきゃ問題ねんすよ。そもそもが・・・連絡役が執行役に楯突いてんじゃねぇよ。」
ベニオが細身の馬上槍を振り上げる。直線であるはずの槍が蛇のように動き歪み独立した不確かな動きをしている。
「あ、切れた。」
感情の乗らない鈴の声が逆に絶望感を含んでいるように聞こえる。怒りにまかせて力強く振り下ろされるその槍はその存在自体が危険であると本能が警告する。鈴は僕を背中に背負うようにしながら後ろに下がろうとする。僕は反応が遅れた為後ろに下がり損ね、若干鈴を受け止める形になる。槍の周りのゆがみは振り下ろす軌跡にそって広がり槍の先端は空間という布を引っかけるように折りたたみながら僕らに迫る。桔梗のとっさに出した壁も意味が無いように空間ごと畳まれ、二次元が三次元を浸食する理解しかねる光景がさらなる絶望感をかき立てる。僕は鈴を抱えるように引っ張りながら後方にステップする。鈴の動きもあってスムーズに行くかと思ったが歪む槍の軌跡は正確な間合いを見誤らせた。鈴は槍に左手を伸ばし受け止めそして投げ捨てるように横に飛ばす。喰われる空間はずれたが歪な世界は光も通さない暗い空間で満たされる。鈴の左手は折れて歪み人の手の形状をしていない。
「鈴、すまん。大丈夫か。」
「大丈夫では無いですが大丈夫です。」
僕の質問に、鈴はどう反応して良いのか困る答えを返す。
「治すだけなら切り落とせば治せますので今はお気になさらず。」
鈴は姿勢を正し立ち上がる。
「『絶断』は使い手の斬りたい、断ちたい、破壊したいと思うすべてのものを無条件にそうするスキルです。通常は世界を断つ行為は無意識的に行わないものですが、我々にはそれがありませんから。」
鈴がさらっととんでもないことを言う。
「システム上で頑丈である私もあのスキルには耐えられません。最も自分だけなら回避余裕ですが。」
鈴はちらっと左手を見てから僕を見る。
「あのような空間の歪みに捉えられると歪むだけですみますが・・・歪む場所によっては死にます。世界にとって正常と見なされないものが斬られればいずれ修復されます。時間は断つ為に振った長さによります。」
そう説明されるうちに空間がいつ直したのかと思うかのように透過し余裕ぶったベニオの顔を見せる。
「概念的なものも切れますが斬るためには必ず武器を振らねばならないし振った範囲に限定されます。」
鈴が説明する中ベニオが何言ってんだと顔を歪ませて武器を構える。
「分かった。後は・・・切ろうと思っていないものは切れないよな?」
「それそのものに切られないなら大丈夫です。」
「よし、桔梗とミーバ兵は下がれ。菫も機会をうかがえ。鈴も無理はするなよ。」
桔梗は不服そうにしながらも下がり菫は側面に離れる。僕の隣にユウが来る。
「ユウはあっちで見てればいいじゃないか。」
「俺の責任もちったぁありそうだし、何より面白いから噛ませろよ。」
「責任もてないんだけどなぁ。」
しょうがないなと取りあえず横には置いておく。クロはどうして良いかわからなさそうだが紺に捕まって後ろに下げられた。
「おめぇも機密って分かってんならそいつにしゃべってんじゃねぇ。」
歪みは弱いが何を切ろうとしているか分からないまま槍が振り下ろされる。空間は壊れないし軌跡もぶれない。黙って切られるいわれもないし何が切られるかわからないので回避する。鈴を狙ったであろうその一撃は空を切り。鈴の姿は少し離れた場所に現れる。あ、サボる気満々だなぁ。鈴が離れたことでベニオのヘイトが僕に移る。獲物を見つけて興奮したような視線を送ってくるベニオの姿に身震いし僕はどうやってこれを止めるか悩み始める。
菫「鈴が・・・働いている?」
桔「心境の変化でもあったのでしょうか。」
鈴「いつも働いてるはずなんですけどね。」
桔「貴方以外を働かせているだけで、貴方は動いていませんよね。」
鈴「指示が仕事ですからっ。」
菫「だから仕事してないって言われるのっ。」




