僕、目の敵にされる。
パステール王に突然白旗を揚げられて理解に苦しむ僕を外務であるコーズ伯爵がため息をついた後説明してくれる。ソルダート伯爵もどちらか言うと国王派のようでニヤニヤしながらこちらを見ている。
「突然降伏すると言われても困るのは分かります。どういった経緯でそうなったかを説明させて頂きます。」
コーズ伯爵がそう切り出した。元々国自体はそれほど強くはないが情報や流通、弱みなどを駆使しながら細々と生き残ってきたらしい。その辺の話は歴史的にも情報的にも知っている。こちらが送り込んだ諜報員など気がついたり捉えたりはしていたが一時から探られている節はあるものの全く追えなくなってしまった。国の人間諜報員が捕まって、ミーバ斥候兵主体に切り替えた頃だろう。斥候兵は秘密を暴き出すことには長けているが、生活や心情などのことになると割と数値に寄りがちになる。貧乏だからと言って必ずしも不幸では無い、そういった人間的に満たされた等の情報は聞いた後こちらで判断するのが普通で、流言、扇動するなどとなると感情を持った人間のほうがやりやすい。といった傾向はある。能力で追いつけない斥候兵が前面に出たことで防諜が出来なくなったのだろう。王を始め側近の政治の頂点にいるものはかなり悩んだらしい。不正を働いている者が自滅しているのは歓迎だが自滅しすぎて国土管理に問題が出始めた。問題が露見すれば罰するしか無く、程良く濁った水は清らかになりすぎ国としての柔軟性に欠け始めた。運営がぎりぎりになり始め王は決断する。価値のある内に敵わない敵に売り込んではどうだろうかと。当然反対しかでないのだが、王は理詰めで利を説き、そして最後には国民を人質に国防の可否を問うた。感情ではいくらでも否定できるがいくら延命したところで十年以内にはルーベラント王国に滅ぼされるのは目に見えていた。連合を組んで対抗する案もあったが微妙な政治事情と位置関係で生き残ってきた自分たちに席はあるだろうか。結局大部分が折れどう条件をつけるかという前向きだか後ろ向きだかよく分からない検討を始めることになった。そう議論になったところで王の思惑通りで早々に王は議論をまとめ上げ国家主導の売国計画が始まった。なにか秘密の計画をしているという報告の正体がこれかと僕は納得しつつも呆れる。
「それを僕に言ってどうにかなると思ってるわけですか。」
話を聞いたところで至極真っ当な話をする。特使としてきているが僕に政治的権限はない。本来は。
「王国の主力の長たる貴殿が仲介してくれればグラハム王は納得するしかあるまい。トーラス宰相とてそれは例外ではあるまい。」
王は自信満々にそういう。ここに来たのが僕で無ければきっとこの話はなかっただろう。計画がほぼほぼまとまったところで僕が来たのはまさに渡りに船だったのだ。そして王たちは僕の貴族として政治家としての弱さが分かってしまっている。国ごと併合したのは前例があるのでそれほど問題があるわけでもなさそうだがユースウェル王国がどんな条件をつけてくるか。相手は白旗を揚げているが正直政治上の戦いではかなりの劣勢ともいえる。
「ご主人様。ここは悩んでも仕方ありませんのでトーラスに確認しておくべきかと。」
桔梗がそう口を開く。国の頂点に位置する者を呼び捨てしているところに王達は一瞬顔を変える。また一つカードが表になってしまったわけだ。菫達にとっては僕が頂点で、実際に国家運営上でも頂点であると思っている節がある。実際に通らない意見はほとんどないのだけど切り離して見てはくれないのだ。
「ちょっと魔法を使ってもよいですか?」
一応断りを入れておくのが礼儀であると思い確認を取る。王は少し驚いたようなそぶりを見せてどうぞと促された。メッセージだと仲介の魔術師が入って手間がかかるので負荷が手間だが『念話』でトーラスと繋げる。
『トーラス。緊急だ。ユースウェル王国が降伏して恭順したいと言ってきた。』
『はぁ・・・切り替えの早い、思い切ったことで。して条件は?』
僕の話にトーラスは面倒くさそうに言葉を返す。
『まだ聞いてない。というかどこまで許容できるかの確認だね。』
『そこは先に聞いておいても良かったのですが・・・はぁ。そうですね外交、軍事権は最低限。最もいずれ周辺が我が国になるのでしょうから外交権など塵みたいなものですが。運営管理、監視にこちらから最低五名。研究、開発の制限もしくは共同管理員の派遣。というか言い出したら切りがありませんね。』
『そだね。』
『いっそのこと許可無く国から出たら抹殺でもいいですよ。貴方ならできるでしょう。』
トーラスが投げた。
『出来なくもないけど僕がいなくなったら困るだろう。』
『やる気があるのも引きますが、いなくなるまでにはどうにかしますよ。』
『分かった。』
『そもそもその場半日で決めるようなことでもないので絶対に譲れないものだけ確認しておいてください。』
僕が打ち切る前にトーラスが補足をいれてから念話は終了した。
「結論から言うと国からでたら死ねって感じですね。」
「ははは、それは怖いが安いな。」
王は乾いた笑いを浮かべる。コーズ伯爵も少し悩んでいるようだ。だがソルダート伯爵はわかりやすくていいなと一人笑っていた。
「まぁ半分冗談ですが条件が面倒になったらそうします。定番ですが外交権、軍事権については剥奪になると思います。あとは絶対にこれだけは保持したいものを言って頂ければ。」
僕は簡単に相談した内容をそのまま話す。政治家としては二流だろうがそもそも駆け引きをする気はあまりない。相手も恐らくそれが分かっており、そして駆け引きが意味の無い相手であることも理解している。そうでなければ条件を良くするために降伏しようなんて話にはならないはずなのだから。戦えば絶対に勝てない。そのこの国にとってその壁は意味不明なほど高く厚いのだ。
「その辺はこちらでも問題無いものだな。通常は残さないだろう。譲れない物となるとそうだな。無血である以上こちらも無血でお願いしたい。地位の安堵は難しいだろうが最低でも現世代での貴族達の保証は願いたいな。」
王はこちらとコーズ伯爵をちらほら見比べながら話を進める。
「まぁその辺なら問題無いのでは?あとはトーラスに協力してあげてください。僕は降伏を受け入れます。」
僕はそう言って条件に関する話を切った。そもそも話を続けてもぼろしか出ない。
「それは国としては分からないと言うことかな?」
王は鋭く言って話を戻す。
「僕は原則政治には関わらないようにしています。ただ軍事面については相当な量を依存されていますので僕が降伏を受け入れると言うことは少なくとも戦争の対象にはならないと言うことです。」
僕はそう語気を強めて返した。王とコーズ伯爵その言葉で息をのんで思考を止めたが、逆にソルダート伯爵の琴線にふれた。
「その将軍様がこんなところで相対してて命が失われたらこの国はどうなんだよっ。」
「やれるならやればいい。そうすればなにも払うこと無く生き残れるかもしれないよ。」
僕も煽り耐性低く舐められたならやり返す。ただそこでソルダート伯爵が動く前に何かに気がついて矛を収めた。
「いや、申し訳ない。少なくとも私がどうにか出来る相手ではなかった。謝罪する。」
王達はほっと胸をなで下ろす。ソルダート伯爵が席に座り直した後に菫の薄まった気配が元に戻る。僕は伯爵が何に気がついたか察して菫を見る。菫は話の途中で気配を消しただけだ。ソルダート伯爵は突然相手の数が減ったことに気がつき、相手を見失った時点で自分は生殺与奪を失ったことを悟ったのだろう。
「納得して頂いたところで、通行については正式な許可を頂きたい。降伏と併合の時期についてはトーラスと相談してください。隣のゴミを掃除した後になるとは思いますが、その間に他にちょっかいを出されると損しますしね。」
僕はそう言って話を終わらせた。少し国内の自慢話を聞いた後見た目は円満に城をでた。
「紺、一応調べておいてくれる。」
「承知であるよ。ただ事実はさほど変わらんと思うであるよ?」
「裏取りってそういう仕事だし。」
「それもそうであるな。」
僕の指示を受けすっと紺が姿を消す。続いてカスイル王国越後屋滞在の魔術師からカスイル王国との契約がなされたと連絡が入る。
「もうちょっとごねるかと思ったけど早かったな。」
「行軍の件ですか?」
特に秘密にするようなことでもないのだが桔梗はしがみつくように近寄ってぼそっと確認をとってくる。
「そうだね。事実上両国とも承諾が得られたし、行軍を始めようか。」
桔梗は頷いて側を離れて鶸に連絡をとる。次の交渉が長引いても最悪国境前で待機でもよし。むしろ聖女絡みの話を考えると概ね決裂するようにも思える。実質国を支配している自分で言うのもなんだけど取り込まれてなければいいなとは思う。今ならなんとかなるかもしれないけど世界的に敵認定されるとさすがに動き辛くてしょうがない。あくまで国を隠れ蓑にやっていきたい。翌日越後屋の現地従業員と雑談をしながら聖女と隣国グライラスト王国の話を聞いてみる。聖女に関してはほとんど知らずこぼれ話ですら少ない。そういうこともあるかと霞のような話だ。隣国については特に動きもなく流通も問題ない。不自然な値上がりもなく、品物や人の動きも通年と大差ないという。取り込まれていれば対策などしているかとおもったがここ半年ですら大きな動きはないようだ。神谷さんが滞在している平原は国土とされているものの商人的には旨味も無く外部の人間が立ち寄るようなところではないようだ。人口が散発的で遊牧民も多く、大量に品物を動かす商人では稼ぐのが難しいというのが実情のようだ。そこに今現在も何も無いと思わせるほど話が伝わってこないのがおかしいと思えて仕方が無い。そんな疑問を抱きながら再び城へと向かう。ちょっとした手続きだけで場内に通されコーズ伯爵と面会。そして許可証を得る。コーズ伯爵は特に話を膨らませること無く、併合の件はお願いしますと念を押されるだけでなんとなく怪しさだけが匂ってきた。その後の紺の調査も恭順の件は納得いかないものが少数いるが大多数は賛成、同意。反対派はわずかなものらしい。
「根っこから調べたいと思ったらもう少し時間が必要であるな。ただ見えない斥候兵がいると分かっている時点でもう当分は尻尾をださないであろな。」
紺もなんとなく怪しいとは感じているようだが時間が足りないと感じているようだ。
「今回の作戦で影響があるかまでは断言できないであるが、少なくともばれるまで時間稼ぎ必要というくらいでこちらを足止める気は無いと言ったところであるかな。」
紺はそう今回の調査を見立てた。菫は反対もせずいざとなれば腕力でどうとでもなると考えている。桔梗も怪しいと思いつつも今の神谷さんを優先するか今後の国関係を優先するかというくらいで概ね問題は無いだろうという判断だった。調査もしたいが時間もない。今の所は問題無いということで予定通りグライラスト王国へ移動を始めることにする。予定は一ヶ月だったが話がスムーズに進みすぎてかなり時間が余っている。早いに越したことは無かったが、こうなると逆に早すぎることが不安になってくる。五日の工程を経てグライラスト王国にはいり王都を目指す。平原とは若干反対側になるが王都から攻めいるわけでもないので問題はない。二日をかけて王都へ移動。王都に入ってしばらくすると散らばっていた斥候兵達が戦闘状態に突入。別所属の斥候兵と戦闘が始まる。まずいとは思ったが裏の見えない所で行われている以上手の出しようがなかった。神谷さんも王都に配置しているということを考えなかったのが悪かった。僕であることを特定出来たかは置いておいて確実に選定者が近くに来たことはばれてしまった。最終的に十体全員返り討ちにしたもののこちらも四体やられるなど被害も軽く見ていいものではない。神谷さんと違って補充が効きづらいのだ。減れば減っただけ不利になる。
「どうしますか?」
菫が確認をとってくる。
「紺は王都の調査と平行して残存兵がどのくらいいるか確認。菫も残存兵を優先して捜索して欲しい。」
ばれていることは大前提だが監視されて情報を固められるのも困る。奇襲されても困るし、王都の残存勢力は排除しなければならない。こちらの斥候兵と同等以下くらいなら僕と桔梗はそれほど危険では無い。条件魔法の常駐が少し増えるだけだ。全員が納得したところで菫と紺は移動する。落ち込んでいる暇もなく城にいって面会の手続きを取る。当然保留にされたので越後屋に戻り引きこもる。
「油断したなー、失敗したなー。」
与えられた個室で少し悶える。完全に慢心していたと言える。
「起きてしまったことは仕方が無いですし、反省して切り替えていきませんと。」
桔梗に慰められたのか叱咤されたかは置いておいて取りあえず落ち着く。王都内の調査に斥候兵二十を割き、残りの二十五体を外からの調査に回して敵の確定と追加投入の監視、除去を行う。ただあちらも斥候兵となると確実に見つかるわけでもないが。その夜までの間に追加で二十四体の斥候兵を撃破する。まだまだ出てきそうだ。翌日は城から返答もなくうろつくわけにもいかず引きこもる。場内の監視網には引っかかるが場外からはなし。追加がないことを前提に更に七体を撃破。紺には調査を優先させ菫と斥候兵で索敵を行う。翌日も返答なし。場内の敵も不明。さらに翌日も翌々日も返答なし。さすがに動きぐらいは確認したいと訪問して状況確認。問い合わせするといっても返答はなし。菫と斥候兵三体で内部調査に当たらせる。翌朝の調査結果では協議はしているが会うか会わないかだけの内容で堂々巡りになっており、会議自体に意味はなさそうという感じであったという。このままでは当分結論はでそうにないと。なんか時間だけかかっていて相手にばれているのは確定だろうと再確認のつもりで依頼内容をしたためて翌朝に提出し反応を見る。議論は激化し許可するか排除するか二極する。排除が優勢ということで許可を得るのは無理そうだと一時王都を離れる決意をする。
「スレウィンはどうする?」
「そうですね。戻っても良いですがもうしばらく指導と商売に明け暮れようかと。こちらで出来ることもあるでしょう。」
「さすがにミーバ兵も置いていけないから気をつけて。」
若干危険かもしれないがスレウィンも知っている事ではあるしと納得して王都を出る。全員調査から引き上げさせて外に出て小一時間国境に向かって移動する。商隊と一緒ではないので全力で行けば半日もかからないという予定だったが、上空で輝く光を確認し一時停止し警戒を促す。光が拡散し五十七体の天使兵が現れる。
「監視されていたようですね。」
「王都から離れるのを待ってたわけだ。どれほどの性能かねぇっ。」
こちらに動き出すのを確認して、待機させておいた『光の槍』と『超重縮』を開放し初手から削りにかかる。超重縮により着弾点から近い者は吸い寄せられ圧壊し始める。ただそこに追い打ちで放っている光の槍は天使周辺であらぬ方向に折り曲がってコントロールを失う。桔梗は初手の様子を確認し終えてから『暴氷嵐』で広範囲の天使を巻き込んでいく。合間に『氷弾』を打ち込むがそれらもあらぬ方向に飛んでいく。
「単体で向かってくる攻撃に対する偏向防御でしょうか・・・銃撃対策のつもりで実弾系の魔法にまで対応させましたかね。」
桔梗が悩ましい顔をしながら推論を述べる。二つの広範囲魔法で半数は消失し残りのそれなりにダメージを負っている。決して強くはないが、再び光り輝き五十七体の天使兵が現れる。
「近寄られると範囲魔法での対処が難しくなります。どこまで召喚できるかわかりませんが我々は良くてもご主人様が持たないかもしれませんね。」
桔梗は追加で『暴氷嵐』を二射放ち既存の天使兵を消滅させ、追加分にもダメージを与える。そしてさらに五十七体増える。確認の意味を込めて狙撃銃を撃つが当然あらぬ方向に飛んでいく。
「対策しないといけないのは理解するけど、追加効果も地味に厳しいね。」
近寄ってきた天使兵からは散発的ながらも『光の槍』が放たれ始め威力的に当分耐えられるとはいえ当たり続けて良い物でもない。
「ここで対処してもこっちに利がほとんどないし逃げよう。」
僕はそう決断し周りの皆を見る。
「それでは紺の出番でありますな。」
僕の視線を受けた紺は素早く術式を組み立てる。
「一芸『幻想火遁』」
僕と桔梗が光の槍を軽く防いでいる間に紺は一声あげる。周囲のかなりの範囲が煙を上げて軽い音と共に爆発。そして高く炎上する。この炎の揺らめきに紛れ僕らは天使兵から姿をくらます。天使兵は水系の魔法を放ち火を消そうと試みる。火は徐々に高さを下げその内消失するが、その大地には焦げた跡もなく何も残されていなかった。天使兵は周囲を飛び回り僕らを探すが見つけられず、いくつか斥候兵が表に出てくるも僕らの姿も痕跡も発見できない。小一時間の捜索の末、天使兵達はこの場では発見できないと判断し姿を消し斥候兵も移動するであろう場所へ移動し僕らの所在を確認するべく走り始めた。そしてされに一時間経った後、僕らは土の中からエレベーターのように現れる。
「火遁と言いつつ土遁とか笑う。」
僕は声を殺して腹を押さえる。
「逃げられれば大正義であるよ。欺いて逃げるのが本質でありますからな。」
逃げのプロである紺がそう言って周囲を伺う。火遁と称して術を広げ目をくらませている間に土の中に部屋を作りそこに移動。手持ちスキルの潜伏を術として土の部屋に拡張しつつほとぼりが過ぎるのを待つ。そうやってその場から逃げたように誤魔化したのだ。
「残党に注意しながら予定位置まで戻ろう。」
僕はそう言って逃走を再開した。
遁術って本来は逃走用ですよね。
菫「あの国は早々に滅ぼすべきですね。」
桔「いずれ問題になるのは明白ですね。」
紺「この程度で粛正していたら時間がかかりすぎるであるよ。」
菫「しかし、この程度の国あっても無くてもよろしいでしょう。」
紺「我々以外の手間を増やすと結果主殿の手が止まってしまうであるよ。」
桔「それは分かっていますが・・・悩ましいですね。」
紺「なんでこのお二人、主殿のことになると短絡的になるであるかな。」




