それぞれの神々と
閑話になります。
「選定者同士の初対決としてはいささか遅くはありましたが、その分満足頂ける戦いであったとは思います。当たった方も外れた方もこの次をまたお楽しみください。別途場の提案がありましたら運営委員までよろしくお願いいたします。」
そう会場の案内をしている従僕のお決まりの台詞を聞いて多くの神々は映像から目を離し個々の歓談に移る。会場にいなくても賭けは出来ることからここに来る者は自分の本来の仕事に飽きて余興に興ずる者ばかりだ。もはや盤面を見ることが仕事だと豪語する者もいる。成熟した世界は神の手を必要とすることは少なく、それでもなお手を入れる者はよほど目指すところがあるか弑逆心のあるくせ者だ。二,三世界ならともかく何十も世界を育てた神にとって世界を増やすことに興味はなくむしろ飽いている者のほうが多い。神の何十倍も世界があり、そしてその世界のいくつかから二,三の神が生まれる。神の数は神の世界においても膨大でありすべてを把握している者はいないだろう。だがすべての神に知られている者は何百人かいる。いく柱の神からも『邪神』と蔑まれそのまま定着したチェイスもその一柱である。目的の為なら他の世界、神の事情など気にも止めず、より簡単に済む手段があってもより悪辣でより広く大きく被害が出ることを好む達がある。それらに警戒すればその警戒をあざ笑うかのようにあっさりと目標をとげるなど、結局は周囲を小馬鹿にしながら自分だけが満足する形に収める。自らが楽しめさえすれば時には目標すらも諦め、自分を自傷することすらいとわない。被害にあった多くの神はチェイスを嫌い秩序と暗黙の了解を盾に糾弾する。策略や暗躍を好むような神々はその手管に感心し欺される方が悪い、そんな決まりは無いとチェイスを持ち上げる。知恵ある生物という被造物と同じように神々もまた様々な正確と目的をもって君臨し必ずしもお互いを助け合うような関係には無い。そんな中でもチェイスという神は良かれ悪かれにしても注目され話の種になるのである。
「かの神の一番駒でしたかな。個人の能力は最低ながらも運営においては群を抜いているという。」
「それを蛇の三番駒が相手という形でしたな。チェイスの持ち駒ゆえ票は思ったより割れましたな。今回は順当といった形でしたが。」
暇を持て余した神々の小話である。総合評価は遊一郎七十二対してペルッフェア二十八。個々の基礎能力はペルッフェア側のほうが高かったが、装備や軍事力そして戦闘に対する姿勢、勝ち抜き戦か総力戦にでもなろうものならペルッフェアに勝ち筋があったがそうはならないだろうという予測により遊一郎に圧倒的評価が加えられていた。しかしこの評価があるにも関わらず掛け率は五十七対四十三とほぼ同率となった。序盤は遊一郎優勢で中盤介入による逆転もありかとペルッフェアに流れ、最終的には遊一郎に掛札が集まりその結果となった。
「さすがにここで介入するのは無粋であろう。それでなくてもすでに介入したという話もありましたしな。アレは場を湧かせるということは分かっているヤツよ。」
「それでもという可能性はあったのでしょうな。まあこの結果ですが。」
勝った者は余裕だ。被造世界の賭け事に比べれば余暇にすぎずやり過ぎても決して破滅など無い。精々丹精込めた世界が無くなるくらいのもので負けた者も悔しさこそあれど切羽詰まる者などいない。少なくともこの会場に来ている者達はそういう者ばかりである。必ずしも余興で自らの世界を失うことを良しとする神ばかりではないのだから。顔見知りの者と戦闘を評しまた次の賭けに挑む。暇を持て余した神々の余興である。
「相変わらずあの空気は嫌いです。」
「嫌いなら見なければ良いだろうに。」
モニターの端で会場すらも監視している律儀な秩序の神を創造の神は軽く笑いながら話を合せる。会場で不可思議な現象に気がつく者がいるかもしれないと言っての監視である。自分で言い出しておいて気に入らないというのも勝手だと創造の神は苦笑する。さすがにチェイスといえどこんなところで映像細工することはあるまいと、したとしても最後の最後だと創造の神は思う。真面目すぎるというよりもチェイス憎しが優先される秩序の神を一瞥しその他の監視業務を続けながら彼と竜の戦いを振り返る。振り返ったところで結果は変わらずそして怪しいところもない。
(怪しいところが無いのがまた何とも引っかかるね。・・・彼が効率よく運用しているにしてもアレはちょっと異常に見えるね。)
シーンを繰り返しながら創造の神は頭を捻る。それを監視対象に追加しながらそれを同僚に知らせること無く業務を続ける。
ペルッフェアの死を受けてフレーレは仕方なしと憤ることもなく呆れることも無く本人にはまだ驕りがあったなとそう諭しただけだった。
「あの人間は一体なんだ。あの年齢、あの大きさでなぜあれほど戦える。」
ペルッフェアは納得いかないのかそれを問いただす。
「それがお前の竜たる驕りだと。駒をただの人間と思うな。確かにアレはイレギュラーな個体ではあるが、それでもなおお前は竜でありすぎる。お前が竜であることを自覚してもそれを脇に置き、そして駒を対等の存在として見ない限りお前はこの盤面上では生きていけぬよ。」
(たかが十年も生きておらぬ竜が人を侮るのも笑い話でしかないがのう。)
フレーレはペルッフェアを見下ろしながら忠告する。竜は年老いてこそ最強とされ、若い竜などそれこそ亜竜はおろかちょっとした魔獣にすら喰われる。幼竜など言わずもがなである。加齢により身体強化されさらに経験と知識を積み上げる。付随する能力の善し悪しあれど多くの竜はそうして恐れられる存在となる。失敗できる存在でありながらなお竜であることが最強であると勘違いしているこの駒はフレーレにとって使いにくいそして弱い駒だった。ペルッフェアは思い悩みそして再び世界に降り立った。
「彼の者が見逃した進化体をどう扱われるかが分かれ目かのう。」
まだ彼はもう一度失敗できる。それまでに理解出来れば少しは目があるかなとフレーレは希望と共にため息をつく。フレーレの駒はその予想以上に成長しておりもう少し時間が取れればかの駒にも匹敵できると考えている。
(アレが目立ってそちらに目が行くならそれもまた良しよ。)
取捨選択し捨てる物は一切気にせず切り捨てられるのはフレーレの特性である。引きが悪かった今回、彼並みに予想外の成果を上げている駒を眺めながら息をひそめて機会を待つ。
勝者たるチェイスはこの序盤の勝利においては何も感慨深くも感じない。勝って当然。むしろ手を加えて演出した方が良かったかとも思っていた。ただ注目される初戦においてあからさまに手を加えては興が冷める者も多かろうと直前に手を加えるのは控えていた。
(手を出していた方はまあいい。だけどあの進化体は少し面倒だな。)
ペルッフェアとの戦いを眺めながらそう呟く。スキルの存在は把握していたがそこまで使いこなす個体はなかなか見ない。文武において情報さえそろえばほぼ無敵では無いかと思わせる。条件さえそろえばこちらからの干渉を読み切られかねないと危惧する。演出やその前準備を逐次潰されるのは面白くない。模型の駒をいじりながら潰すかと悩む。干渉個体から上がってくる情報を加味しながら行動した際の影響度を考える。
「止めておくか。」
個体が管理している幅が広く、潰してしまうと弱体化が激しすぎ予定通り進まなくなる可能性が強くなったことを感じとり、少なくとも今すぐに対応するのは悪手であると予測する。遊一郎の勢力が稼ぎ出している数値の多くに関わっており近くにいるヴィルドの勢力を考えるとそのままやられてしまう可能性すらあった。さすがにこの状態で保険が無い状態にはできまいと結論づける。彼の次の行動は仲間の討伐であった。正直チェイス陣営としてはほぼうまみの無い話であるが、元々時間稼ぎの策である為いつ消費されても構わない。むしろ同士討ちにより観戦者の楽しみは増えるだろう。情報さえ上がってくれば干渉の必要は全く無い。
「ただ急がないと間に合わないかもしれないぞぅ。」
自分の首が絞まろうとも何も困りはしない。この盤面でたとえ負けたとしても得るもののほうが大きくなればそれでよい。そしてそれを出来る要素はまだ多分にある。遊一郎、桐枝、そして話題にも上らなく本当に大した行動をしていないシェリスを眺めてほくそ笑む。強い割に目立たぬ駒が思わぬところで育ってしまいチェイスは含み笑いを隠せない。まだまだやれる遊びは多いと様々な形で入ってくる世界の情報を眺め整理する。
ヴィルドは自分の陣営の動きに悩む。話を聞かない精霊相手は本当に手間の割りに成果がない。土のディーは相変わらず有用には育たず、最後の命となった火のバーノレはようやく耳を傾けてくれてはいるがもう後が無い。光のフィアが唯一の希望と言ってもよいが手管の趣味が合わずどう手を入れるか悩ませる。切実に悩む所だが悩んだところで何一つ解決しない。ため息をつきながら状況を見守るしか無いという希望無い結論だけが残った。
ラゴウは自分の中では順調であった。たとえ他人から与えられたとはいえそれを自己消化し自陣の繁栄に繋げているベゥガは、始め期待していなかったにも関わらず大きな成長をとげ希望がもてる。自らが最も期待していたグラージも反省を生かしより強固な集落へと発展している。そして微妙な動きしかせず育ちが悪い、そして気に入らない動きをするユーキだけが若干苛立ちを募らせる。やっていることは分からなくもないが世界の規模としては影響が小さくそして盤面にも大きな影響も与えない。やりたいことをして次に繋がらない。良駒ではあると思ったがやはり行動を起こさないものは強くならんとラゴウは興味の大半を無くしている。後々それが更にラゴウの頭を悩ます結果となるが今は誰もがそんな結果になるとは思っていなかった。開発者の一端であるチェイスすらも。
次回章変えて本編に




