僕、挑まれる。
菫達に任せて森の上を走る。探査魔法を展開し聞いていた拠点であろう場所に二体の反応を見つける。
『今度は様子見など止めてくださいましね。』
鶸がジト目で僕を見る。世界戦力の様子見やすべてを見ておきたいというゲーマー根性からか相手の手管や攻撃を観測したくなる癖がある。初見殺しに対応するために防御よりになりがちなのも事実だけど。
『はいはい、今回はちゃんと安心安全に行きますよ。』
移動しながら術式を組み魔法を構築し条件発動で待機、収納から桔梗に構築させておいた魔法を結晶化した物を更に鋼鉄でコートした球を取り出す。技術的には魔法を大砲で撃ち出せないかというテーマで進められた研究の一部である。そのまま使うと不発弾が多く、火薬を仕込んでも爆発の衝撃で発動場所がずれたりとまだまだ技術不足がある兵器である。
『さて長距離から悪いけど・・・消し飛べやっ。』
射程延長【暴威纏雷】を条件発動からの三連、強化念動で魔法砲弾を対象まで吹き飛ばす。一km弱先にいる相手に超高速で閃光と砲弾が飛ぶ。指定地域で雷光が荒れ狂う。【暴威纏雷】指定範囲内を電撃で埋め尽くす持続系魔法である。相手は熱、冷気耐性がありそうだという見込みでのチョイスだが相手が竜という生物であるなら麻痺も狙えその場に止めながら外装を砕く。そしてその雷光が投げ込まれた砲弾の装甲と内部の結晶を破壊し次の魔法が発動する。【超重縮】。指定範囲内を一点に圧縮しようとする重力魔法、所謂ブラックホールである。こんな理不尽な現象ですら魔法防御で防がれてしまうことに首をかしげていたがシステムなら仕方が無いと納得するしかない。どちらの魔法もその場に拘束しダメージを与え続けるという魔法で逃げ遅れた者を必ず殺す勢いで構成されている。準備無しに受ければ僕もやれることは少ない。というか正直この組み合わせで嵌められるとやれることは転移系で逃げるくらいしかないと想われる。結果を観察している過程で【暴威纏雷】の序盤で反応が一つ消える。そこそこの魔力の大きさだったと思うのだけどそんな序盤で死ぬのもおかしすぎるとログをみると何かを破壊し、片方には無数の小さなダメージが与えられているのみである。
『やらかしたっ。』
魔力が発散したその瞬間を狙われるのか、恐らく何かの罠にかかったと信じた僕は防御用に魔法を準備し始める。
『え?何があったんですの?』
鶸は僕が何に気がついたのか確認をしてくるが恐らく詳細を話している暇はない。そしてそう思ったその瞬間に下部に広がる森から飛び出てくる大きな顎。とっさに僕は障壁を展開し足止めを行おうとする。鶸もそれに乗じて障壁を重ねる。
『それが駄目。』
突然上から鈴が振ってきて僕の頭に寄りかかり僕はバランスを崩して倒れる。そして倒れるべき地面はそこに無く落下を始める。
『鈴、戯れもいいかげ・・』
鈴の言葉が言い切られる前に竜の顎は障壁をシャボン玉を相手にするかのように貫通し僕のいた場所を通り過ぎる。様々な動物の皮をつなぎ合わせて重ねたような奇妙な鎧、というよりもコートとみるべきか、ある意味蛮族のシンボルやトーテムであるかと思わせるような装備。不快な匂いをまき散らしながら僕の居た位置を通り過ぎる。竜は翼を広げ空中で華麗にターンして森の中に消える。
『なん、ですの?今のは。』
鶸がよく分からないという感じで現実を確認しようとしている。
『気配が急に現れたような感じだったね。斥候兵的な隠蔽とはなにか違う。でも転移とは違う。転移なら鈴みたいに上から来ても良かったはずだ。それにしても鈴ありがとう。』
鈴を背中に背負いながら落下し、宙を蹴って森から脱出し空を駆け上がる。
『不安の正体。あの牙はすべての防御を貫通する。私でも容易に怪我できる。』
『それは先に聞いておくべきだったね。』
少し前の鈴の忠告を聞ききれなかったことを少し反省した。
『あっちは大丈夫かな。怪我の不安があるなら鶸を送った方が良かったか。』
僕は周囲を見回し、探査魔法を展開する。しかし拠点から近づいてくる反応以外はこれといって大きな反応は無い。
『鶸を送るのは最悪でしたから、最善ではありませんが問題はないでしょう。』
『それはどういう意味ですのぉ?』
鈴の返答に鶸が鈴の方向に視線を向けて剣呑な気配を向ける。
『鶸の性能ではなく運命の問題。決して無能と言っているわけではない。』
鈴は鶸の言葉をいつものように淡々と受け流す。
『そ、そういうことなら仕方が無いですわね・・・。』
鶸は納得いかないながらも周囲を見回し始める。
『ちなみに最善は?』
『ちなみに私でした。』
それも予想外。さすがに事前に話が無ければそういう選択肢はとらないだろう。なにせ鈴は『戦力』にカウントしていない。そういう反省は後回しとして反応を探す。ただ精査したところで魔法をつかって探査している以上追加の反応は無い。探査に引っかからない以上探査能力以上の隠蔽を行われている限り新たな発見は無い。取りあえず近づいてくる反応の方を先に確認するかと移動しようとするとその反応が急に消える。
「は?」
思わず声が出る。そして開発が始まった頃の噂を思い出し、そして一つの能力を思い出す。
『離れて降りるぞ。仕切り直す。鈴も来い。』
『どういうことですの?』
僕は移動を始め、意味もわからないといった感じで鶸が追従する。
『鶸よりもっと前、朱鷺がいたころの噂話だ。姿を消す魔物が倒されたってね。あとは神谷さんの特典。』
移動しながら反応が消えた辺りに範囲拡大した爆発魔法を撃ち込む。一拍後着弾した魔法は一部をドーム状に区切られた歪な範囲を視認させる。
『あれは?・・・そういうことですか。』
鶸が情報をそろえて早々に結論を出す。
『あの竜・・・バリバリの肉体派の癖に『杖』持ちだよ。システムに守られている以上届かない探査は意味が無い。』
『そういうカラクリなのですか。』
鈴が遅れて納得する。僕は着弾した範囲を頭に入れ相手の位置を概ね推察する。
『合流したら【周囲同調】を使う。』
森の中へ落ちるように入り込み更に周囲に爆発魔法を至る所にばらまき音を誤魔化す。落下地点で鈴は待機しており鶸と共に氷の上に座り込む。そして【周囲同調】を展開する。この魔法は自分たちの気配や魔力を周辺環境にばらまいて平均化する魔法である。範囲内の探知が出来、且つ感覚や魔法探査を誤魔化すことができる。何でもできる便利魔法に見える反面消費が大きくまた探査できる内容も少ない。そしてあくまで平均化なので範囲外の場所とはやはり違う魔力状況になるので生存範囲自体はばれてしまうことがあるという微妙な難点も抱えている。今回は広範囲化でなるべく薄めると共に想定戦場であるこの周辺約一kmをカバーすることで位置ばれを困難にさせている。探査を目的とするのではなく自分たちが動きながら相手から探知されにくくすることを目的としている。ちなみにじっとしていれば遠くから視認されても気のせいで済まされるかも知れないが目視や接触、音などは妨害しないので隠れるだけなら純粋な隠蔽魔法を使った方が当然良い。
『定点仕様ですか・・・この範囲だけで戦うつもりですの?』
『え?・・・いや、さすがになんとかなると思いたいなぁ。』
軍隊同士ならともかく直径二km近い範囲を暴れ回るってそうそう無いと思いますけど。範囲を自分中心にすると範囲が動くことを観察することで行動が読まれる。ただ定点にすると術者が範囲外に出ると魔法が解除される。鶸はその辺りを心配しているのだろう。
『ですが杖の使用者となると・・・現状で最低でも千越えでしてよ?』
鶸がさらっと怖いことを言う。剣と杖の所持者のボーナスである毎日指定攻撃力一あがる仕様である。ステが六百を越えてから伸びが悪いなとは思ってはいたのだけど、真面目に訓練に打ち込まないとステ上げが大変なのだ。盤面が始まって三年と少し、剣と杖を持つ者の物理か魔法攻撃力は千にとどいているということである。五十年もしたら一万五千とか正直考えたくも無い。もしあの竜がまじめに魔法の訓練をしているならこの範囲を一度に攻撃するのも不可能では無いと言うことを示唆されている。
『まぁ魔法なら防御できるし・・・なんとかなるということにしておこう。』
そろそろ技術革新がないと・・・装備の更新がしたい。久しく見てはいないが安定してきていた僕たちを同等以上の攻撃力を保持していると考えて行かなければならない。ただでさえ面倒くさい牙を持っているのに場合によっては遠距離で蹂躙される可能性もある。多くの検証は出来なかったが神谷さんと確認していた杖の仕様を思い出す。当時でも最大三百m内の完全な認識阻害を持っている。最低は二百らしい。逆に二百m以内で戦えば認識阻害は意味を成さなくなる。隠れて待てば一方的にあぶり出される以上近づいてどうにかするしかないと思える。爆発を乱射して位置特定をしても残りの魔力量で倒せるとも思えないし逃げられる可能性もある。気になるのは初回の攻撃をがっつり防御して生き残ったもう一つの反応である。鈴が見たという金鎧の竜だと思うのだがスキル込みとはいえ異常な防具強度だ。あれで防具が破壊できていないとなるとどうやって倒すか悩む。そして十中八九重騎士である。騎士を倒さなければ本体が倒せないということになる。【防護】範囲外に追い出せればいいが。僕はそこまで考えて盛大にため息を吐く。
『相手は警戒しているのか待っていてくれているようですけど・・・どうしますの?』
『どうしようかね。このまま逃げることも考慮してるよ。』
鶸の質問を僕ははぐらかす。鶸がいつものジト目で僕を見る。
『ちょっとした冗談じゃないか。取りあえず現状で倒すなら近接戦しかないね。相手を見失うとかなり厳しくなる。ただ初手の感じからすると相手も一撃離脱戦法を繰り返すかもしれないんだよね。』
正直相手にアドバンテージを取られ続けられるのはかなり辛い。しかも相手の攻撃を防御できないときている。受け止めて足止めするなどという選択肢は取れない。
『罠を張って魔法で縫い止めますか。』
『試す価値はあるね。』
いくつか拘束系の魔法を候補に挙げる。壁でも檻でもかみ砕けば破壊されるということから、状態異常か呪詛かという話になり毒や麻痺は対策が取りやすいということもあり呪詛系である【影拘束】が選ばれる。二次元的な影の手が範囲内の相手を縛るという魔法である。追い込む、踏む、気がつかれていない、影がある、生きている、恐怖するというキーワードを満たすことで効果を向上させられる。見た目とは裏腹に呪詛であるので一度かかれば転移しても効果は下がるが即時解除されるわけでは無いというのも採用された。ただすべてを満たすのはさすがに無理だろうとも考えられ、もって二分という試算である。
『鈴はあの攻撃をどのくらい耐えられそうなの?』
『生け贄なら御免被ります。』
『さすがにそのつもりは無いけど・・・』
鈴は足も速く地形をものともせず転移まであると機敏に見えるが、戦闘における防御手段はもっぱら当たっても弾かれるという表面防御であり、攻撃そのものを回避しているわけでは無い。つまり今回の相手とは地味に相性が悪い。まさか鈴が死ぬかもしれないということを考慮するときが来るとは思わなかった。
『当たらなければいくらでも。』
『でも矢面に立ったら当たるよね。』
『当たらなければ・・・』
『話が終わりませんから当たったらで考えていただけません事?』
不毛な会話になりそうな所で鶸が釘を刺す。
『見立てでは五十。予感では三十くらい。私が倒れたら決着はつく。』
そう言われて思ったより痛くなさそうだなという思いがあったが、最後に不安な言葉も添えられている。
『それは決着がつくと鈴が死ぬってこと?』
『違う、私が倒れなくても決着はつく。でも|私が倒れたら決着がつく《・・・・・・・・・・・》。』
何かしら暗い空気が横切ったような気がしたが、僕はその言葉の意味をなんとなく理解した。僕も好き好んで鈴を失おうとは思わない。
『一旦鈴を前に出して相手を呼び込む。そして拘束してぼこってみよう。』
『最初以外は全部貴方の作業ですけどね。私は見て考えて、必要とあれば治すだけですわ。防御魔法が仕事できないのが歯がゆいですわね。』
鶸が頬を膨らませる。
『まぁ打開策を考えてくれるのも有り難いよ。』
僕は鶸の頬をつついて空気を押し出しながら準備を進める。
『死ぬんじゃありませんことよ。』
『何。もう一回はなんとかなる。君らこそ倒れると困る。』
鶸の悲しげな視線を受け止めながら軽く返す。僕はまだ換えが効く。君らこそ逃げて生きて貰わないと困る。
『じゃあ行こうか。頼むよ鈴。』
『任せさせられた。』
爆弾を片手に鈴がひょこひょこ歩き始める。氷の上を歩きづらいという演技のつもりなのか素なのか判断に困る。そして爆発。その爆発の中でも無傷なのは慣れてしまったものだが理不尽しか感じない。正直鈴が怪我をするなど全く想像ができない。ただその音に釣られて誘われたとはっきり分かっていながらその竜はやってきた。認識阻害の境界線を越えた瞬間に重量物がかけてくる音がしたかと思えば鈴の目の前に口を開けた竜が現れる。音が聞こえたと思ったらもう目の前かなり早い速度で走っている。最初に戦った竜は何なのかと思わせるほどに。
『おう、びっくり。』
鈴の驚きも感じさせない声と共に鈴の姿はその場から消え、二m離れた場所に現れる。
「む、先日の小娘か。如何様な力かしらんがこれなら耐えられまいっ。」
竜は翼を抵抗にさらに軸にして急旋回し多少の減速だけで鈴に再突撃を行う。僕は緩やかにやってくるもう一つの反応に警戒しながらその竜を見る。近くて早いので追うのが大変である。ただ飛び上がりさえしなければと鈴の目の前に魔法を仕込む。鈴が乏しい感情のままきゃーと叫んでいるのがなんともわざとらしい。鈴を知らなければただの大根役者にしか見えないだろう。ただ竜は罠すらも食い破るつもりで鈴に突撃する。そして【影拘束】は発動する。通過するその一瞬で影の手が竜をその場に縫い止める。
「むっ、このような罠か。」
竜がどのような想定をしていたか分からないが一瞬でも動きは止まった。
「初めまして敵対選定者よっ。挨拶で終わってくれるなよっ。」
僕は木の上から飛び出し射線をとる。そして準備していた魔法を解放し叩き込む。先ほど使った【暴威纏雷】を範囲を絞って二重展開。そして追加で【金剛閃】。高硬度の杭を打ち込む物理弾頭を射出する。攻撃属性は異なるが何が有効か確かめるため、そしてこの異様な装備を破壊することを主眼におく。異常なほどの攻撃を重ねてもダメージを受けている様子もない。もう効果範囲内かよ。
『鈴引けっ。』
鈴に指示を出すと共に僕も距離を取る。距離を取りながら最後の【超重縮】砲弾を投げ込む。【防護】スキルは転送ダメージを軽減するとはいえ防御をしているのは受けている本人である。さすがに重騎士よりもダメージを受けそうに思える竜にやれるだけの攻撃を叩き込む。しかし三つの猛攻を受けながら竜が一声あげると、周辺の魔法すべてがかき消える。
『理不尽な解呪きたー。』
遅れて一声吠えながら金色の竜がやってくる。防具には傷一つ無くやってきている。ログには小さいながらもダメージがあったのでさすがに予備の新品に変えたと思いたい。念話系つかってないっぽいから情報収集のために言葉の習得を『本』に作業させる。
-異言語:4627世界竜語を構築します。生物形状の違いにより発音率は八%以下になります。-
よく分からんけどこの世界の竜語ではないのか。でもベゥガとは話が出来た。というかこの竜の話も分かるな。選定者の言葉はわかるのか。あれ、でもツェルナの言葉は分かったよな。法則が全くわからん。
「ふむ。なかなか強力な魔法を使うようだ。人間にしては上々よな。これが選定者ということか。」
竜が少し感心するように、そして値踏みするように僕を見る。
「挨拶ではあったけどあれをさっと消されるとちょっと辛いねぇ。」
僕は少しずつ歩み寄りながら軽口を叩く。瞬間火力ではほぼ最大値といってもいいものをかき消されたのは正直嘘偽り無く辛い。
「まだまだ余裕がありそうに見えるがな。そこらの下らぬ人間よりはよほど出来ておる。世界の違いを感じるわ。」
若い竜に見えるが随分年寄り臭いな。もう悟り入っちゃってるの?異世界の異世界の竜だからなお分からん。しかも僕の世界に竜とかいないし。相手の竜の脇に金の竜が控える。気配的には多少は傷を負ってくれているようだ。やはり【護衛】持ちか。重騎士なのに盾がないな。発動条件をどう満たしてるんだろう。
「余裕・・・か。神様の遊びに巻き込まれたくらいだからね。気軽にやってるって所。」
「神か。一時は腹を立てたが・・・神なりに気を遣われていたという意識はある。借りを返すつもりもないが、我は我の為に道を通す。」
僕と竜はお互い通じ合うかのようになんとなく平和的に会話を進める。もしかしたらベゥガの時のように協力し合えるかもしれない。そう思ったが。
「我が名はペルッフェア。インセシアルの竜を束ねる銀竜の子。最強と称されるお主の敵であり挑む者である。」
あ、これ駄目なヤツだ。修行の為に、名誉の為に、証明の為にただ戦う戦闘狂の類いだ。
「チェイス神所属、紺野遊一郎。元はただの一般人だよ。どこのだれが最強なんて言ったかしらないけど、それなりに努力した結果だよ。」
「無能がたかだか数年でそこまでには至るまい。それが努力というなら並ならぬものであろう。」
効率を努力といっていいか判断に困る。それよりも妨害が多すぎてイライラするくらいにはそっちが困る。
「これ以上の会話は無用であろう。我らは敵。お主がどのようなときに最強かは知らぬが今、この時我のすべてを受け取るがよいっ。」
近寄ったのが馬鹿かと思ったがペルッフェアは大きく息を吸う。直感的にブレスと判断し動きを注視する。そして吐き出される白い輝き。鈴に聞いていた通りの形状と見た目。そのまま円錐ブレスを受け流すように斜めに土壁を立てて一旦やり過ごそうとする。壁にぶつかった勢いで回り込むように白い煙が吹き出してくる。見た目的にブレスの輝きとは違う。むしろただの冷たい空気のように感じられる。土壁は急速に霜がつきピシピシと音を立てる。鶸が気を遣うように影から追加で土壁を立てる。早々に僕の立てた壁が砕け散り鶸の壁をブレスが打ち付ける。一瞬腕に激痛を覚えてさっと身を引く。腕防具の一部が白く霜を張っていて、冷気が貫通するように肌を冷やす。
『凍傷?何に当たった。』
冷気が回り込むのは相変わらずだが壁を越えた場所もいくつか白く霜が張っているのが見える。
『殺虫剤かよっ。』
僕ははっと気がついて嫌な現実に地団駄を踏む。所謂揮発性の高い液体を対象に吹き付けることにより蒸発する際の気化熱の吸熱作用により対象を極低温下させているのである。一部の非毒系殺虫剤に使われている原理である。この世界の冷気ブレスがどのくらい冷えるか分からないがもしかしたらそれよりも冷たいのかも知れない。冷気耐性を付与しているはずが意味を成さないレベルで貫通している。というかそもそも防御作用が効いていないのかもしれない。彼の世界の銀竜はそういう意味でも防御無効に特化しているのかもしれない。原理が分かったところで懐からゴミを取り出し着火。ブレスに投げ込む。ブレスの冷気に煽られゴミは鎮火し風に煽られ粉のようになる。何、怖い。そして可燃物じゃなさそう。発火点を満たさなかった可能性もあるけど。検証が終わったところで反撃してもいいけどそのまま攻撃してもたいした意味はなかろうと円錐ブレスの斜線から外れるように移動する。ただペルッフェアをそれを追いかけるように首を回して追いかける。ハウンドタイプの竜なら後ろまで口は回らないはずと急いで側面に回り込む。ただ範囲外に出たところでペルッフェアはブレスを止めるだけなのだが。
「悪くない判断だ。一瞬で我のブレスの性質を知りうるとは。多少特殊なものらしいのだがな。」
「それはどうも。」
持続性の魔法は解除されてダメージ効率が悪くなる可能性がある。当面はいつも通り相手の防御を下げていく作業から行わねばならない。ただあの金竜のスキルがどうなってるかだな。負荷も半分以上貯まってしまっているし、ここは一旦銃撃に頼るとしよう。ショットガンを三個投げだし【遠隔操作】で捕らえる。妨害はない予定だし在庫限り(正し五千発超)のヘルスラッグ弾を装填して打ち込む。射出は無音。ただ一瞬の恐ろしいほどの風切り音ともにペルッフェアに着弾そして爆発。五月蠅い。威力は申し分ないが近所迷惑極まりない。森だけど。
『熱効果は効果が無いのではなくって?』
鶸が影からこそこそしながら忠告を入れる。
『DOTは期待してない。単純威力でも通常弾より高いからね。お値段も高いけど。』
いまさら兵器の価格効率なんて気にしても仕方が無いし、そもそも気にするような財力でなくなっている。竜の様子をみると側面に大きなへこみと焦げはあれどダメージを受けた様子はない。とりあえず防具は壊せそうだし、防具自体に熱ダメージは通ると一安心する。そういえば青竜の防具も【白炎】で燃やせたな。防具剥ぐだけに使うのもありかな。
「小型の大砲か?大砲すら生ぬるいと思える衝撃であったが。これは悠長に構えていられんな。」
ペルッフェアがゆっくりとこちらに頭を向け金竜は後ろに隠れるように位置する。
「衝撃だけで済んでるのが正直ドン引きだよ。」
更に三つショットガンを取りだし【遠隔操作】で浮かせる。ペルッフェアはそれを見つめて一声吠える。ショットガンは糸が切れたように落下する。
『指向性もあるんかい。』
【遠隔操作】が魔法であることを見極められそうそうに解呪される。そしてショットガンの落下に合せるようにペルッフェアが突撃してくる。それを慌てて回避しついでに横腹を蹴りつけて離れる。
「魔法も体術も使うか。なかなか多芸だな。」
「お互い様だろうに。」
ペルッフェアは楽しくて仕方が無いといわんばかりに振り向きざまに輝く氷球を吐き出す。まさかブレスですか?着地して回避する間がないと判断してとっさに障壁を展開する。氷球は障壁で受け止められ爆発的に広がり辺りを冷やす。ブレスは障壁でも止められると。そして輝く空気の向こう側からペルッフェアの噛みつき突撃がやってくる。格ゲーでもなかなかやらないような飛び道具からの突進攻撃である。牙は障壁を食い破り冷気と共に襲いかかってくる。
「さまそっ。」
背後に倒れるようにしながら竜の下顎を気合いを入れて右足で蹴り上げる。相手の勢いがありすぎるし重量も重い。一回転するつもりで蹴り上げたが口を閉じさせ相手の軌道をそらすのが精一杯だった。僕は氷の上に倒れ込みながらその上をペルッフェアが通り過ぎていくのを見る。転がってうつ伏せになりながら光の槍を十二本打ち込む。竜の体に突き刺さるもそれだけだ。防具は傷つけているがダメージを受けている様子はない。邪魔にならないように控えている金竜をチラリと見てまだ余裕がありそうだとげんなりする。ペルッフェアは着地と共に踵を返して向き直る。突撃ばっかりだけど遠隔攻撃はブレスだけか?
「さすがに突撃だけでは片がつかぬか。楽に慣れるといかんな。」
「もっと逃げるならともかく見える範囲からじゃさすがに素直に当たってやれないね。最も見える範囲から逃がすつもりもないけどねっ。」
両手に銃を構えて散弾をばらまく。珍しくそれらを氷壁で受け止める。
「ならばもっと別の手管でいこうかのぅ。」
氷壁がガラスのように砕け落ちると同時にペルッフェアが素早く踏み込み前足のひっかきから噛みつき尻尾と近接戦闘を行い始める。僕は最初の数発を回避したあとは盾を取り出してひっかきを防御、続いて陽光石の剣を取り出して受け、切り返し反撃を始める。受けて問題があるのは噛みつきだけだ。それさえ注意していれば防御自体に問題はない。足をなぎ払うように飛んできた尻尾の攻撃少し飛んで回避する。それに合せるように遠心力たっぷりの右手の一撃を宙に足場を作りつつしっかり受け止める。
「む、打ち落とすつもりであったが・・・」
ペルッフェアはぼやきながら左手を振り下ろして叩きつける。それを少し踏み込んで受け流す。そのまま覆い被さるように噛みつきが襲いかかる。
「さすがに・・・」
僕は盾と剣を収納し身を縮こまらせながら更に踏み込む。支えが無くなりバランスを崩してたたらを踏みかけたところにアッパーと共に土槍で突き上げる。
「ばればれだってのっ。」
そのまま突き上げきってペルッフェアを半回転させ宙に打ち上げる。
「待機・・・解、放っ!」
殴り合い中に組んでおいた【金剛閃】を地面に打ち付けるように射出する。視界の隅に金色の影が一閃する。金の竜がペルッフェアの前で金剛閃を受け止めそのまま破砕する。額の辺りに金色の盾が浮かんでいる。うなり声をあげ僕を威嚇する。
「この心配性め・・・余計な事を。」
「ミーバはみんなそんなもんだよ。僕もまいってる。」
場が少し止まる。
「最もお前が防御考えなさすぎてそろそろそいつが痛すぎるんじゃないかね。」
僕の言葉にペルッフェアがすこし首をかしげる。そうだといわんばかりに金竜が首を振っているのが少し楽しい。
「竜は一人で戦ってこそ強さを示す。本来ならば部下など不要。」
「本来ならばね。ここは、この戦いはもう僕ら君たちの世界とは違うものだよ。達成したいというなら使えるものは使うべきだ。」
「いや・・・なればこそ我には不要なものよ。」
また少し場が止まる。
「だが介入されたなら仕方あるまい。使ってやるとしよう。」
ペルッフェアは根負けしたと言うように吐露する。金の竜はなんとも嬉しそうに身を振る。んー、自分で面倒くさくした気がする。
『だから貴方は甘いというのです。』
僕の側に鶸が降り立つ。かっこよく構えているが正直攻撃力は皆無である。のろのろとやる気無さそうに鈴も寄ってくる。
「仕切り直していこうかね。」
僕がそう言って収納から閃光弾を取り出して起爆。まぶしい光の中再び戦いが始まった。
本線の序。
菫「腕はなんとかなりますか?」
桔「あそこの残骸を使えばなんとか。それでもしばらくは動きませんよ?」
萌「かちんこちんになってる。」
紺「あわわわ、そんなに乱暴にすると割れるであるよ。」
萌「あっ。」




