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その想い報われぬとも

 

 その言葉が開戦の合図であるかのように黒玄竜は尾を振り回し紺に叩きつける。紺は素早く後方に一飛びし回避する。それを追跡するように七つの銀球が飛来する。紺はさらに横に飛び回避するがそこに重ねるように黒玄竜の体が飛び込む。

 

(早いっ。)

 

 紺が宙で身を固めた途端に竜の体当たりが体にぶち当たり紺の小さな体を吹き飛ばし一本目の木を折りながら地面に転がされる。

 

「そこで噛みつかぬとはまだ手加減かな?」

 

 転がりながら飛来してくる銀球を回避し腕の力で体を跳ね上げ、強がるように相手に言葉を投げかける。

 

「ご主人様の特性でありますあの竜の牙は一部のものにしか引き継がれません。残念ながら魔法を常とする私には無いものなのですよ。」

 

 答える意味もないはずなのだが黒玄竜は少し悲しげに自らの特性を語る。

 

「ですが代わりにもう一つの特性は受け継いでいますのでね。」

 

 黒玄竜が大きく息を吸い、その自信と共に吐き出す。白い光をちらつかせながら紺に迫る。紺は宙で体勢を立て直しながら収納から鉄板を取り出し前面に打ち立てる。ブレスは鉄板に辺りピシピシと静かな音を立てる。白い煙は回り込み異常な冷気を紺に伝える。風が回り込み小さな光が紺に触れたとき異常な激痛を伝える。革の鎧は白く凍り付き鉄板もいつしか白い霜で覆われる。

 

(何事?)

 

 このまま鉄板の裏にいることが正解とも思えず、だとしても周囲はブレスの光に囲まれブレスの正体を知らずして飛び込むのも無謀に思えた。しかしそのままじっとしていても時折飛び込む光に当たれば鎧は冷え固まり、その余りの低温故に肌に激痛を与え凍傷となる。このまま滞在してもじり貧であると感じ、仕方なく鉄板の在庫を出し冷気の穴を作り出して範囲外に逃れる。鉄板の数もそれほどなく回収できなけれ長続きはしない。ブレスの範囲からは必ず逃げなければならないと紺は思う。紺が範囲から逃れたことで黒玄竜はブレスを止め、銀球を飛ばしさらに三十の氷の槍を打ち出し紺を追い立てる。紺は荷物の中の在庫を確認しながらまずは脱出と目くらましの煙玉で視界を遮る。黒玄竜はそれを察知するや素早く翼を広げ仰ぎ風を起こして煙を吹き飛ばす。煙の中から姿を現した紺に向けて銀球で追い立てる。紺は逃げまわりながらも『爆発』を多用し銀球そのものを吹き飛ばし結界が形成されないように大きく散らす。そして回避して飛び出てきた所に再び竜の突撃が行われる。

 

「浮いてれば回避出来ないと思っていましたかな?先ほどまで空を歩いていたというのに。」

 

 ようやく誘いに乗ってきたと思った紺はつい言葉をこぼしながら宙を蹴り更に上へと駆け上がる。竜の突撃をやり過ごしそのまま竜の背中に降り立つ。そして体を回転させながら向きを変え力強く足を踏み込む。

 

「まずは一本っ。」

 

 気合いを込めてかがみ込むように首の付け根に掌底をたたき込む。衝撃に竜の体が揺れるも紺は姿勢を保ちながら振り落とされないように耐える。

 

「なかなかの曲芸をっ。さっさと降りなさいっ。」

 

 竜は体を回転させ振り落とそうとするが紺はそのつど回転の中心付近に足を運び耐える。両側から翼が閉じれば身を伏して回避。触手が迫ればそれを打ち落とす。それならばと竜は魔力を収束させて魔法で吹き飛ばすことを試みる。紺は集まった魔力に向けて自らの魔力を軽くぶつける。魔力は霧散し魔法は発動しない。

 

「く、何をした。」

 

「種も仕掛けもあるただの手品であるよっと。」

 

 本来自分が作る術式に他の魔力が混ざろうが違うと認識している限り干渉することは無い。紺は自らの魔法と詐術を併用し相手に術式が作られたと誤認させることで魔法が発動しないように妨害した。相手が二、三m範囲内で構築に若干時間がかかる魔法を使い、かつ自らが魔法を認識し魔法を構築中でない等いくらか制限が多い妨害方法ではあるが、物理も魔法も扱うタイプには特に有用で原理が分からねば対策が難しい。術式の霧散による驚きに乗じるように紺は前転、倒立から流れるように首の根元に向けてかかとを落す。最初ほどではないが再び大きな衝撃が起こる。

 

「私の首を落すつもりか。」

 

「今から紺が貴方の体力を削りきるなど夢物語のようですからの。」

 

 紺の狙いを察知してそれならばと竜は体を回し紺の動きを制限。そこから上空に向けて息を吸い吐き出す。小さな四つの白い光が放物線を描くように竜の周りに落ちてくる。それがブレスであり危険であることは紺も察知できたが直接被弾するコースでも無くその場から退避するか悩む。そして四つの光が地面に着弾する頃に意図に気がつきその場から飛び退く。着弾した光は渦巻くように光をまき散らしながら爆発するように範囲を広げ竜を包み込む。竜の体が輝くように煌めき霜に包まれていることが分かる。そのまま背中にいれば手ひどいダメージと体を硬直させられていたであろうことが右足にまとわりつく冷気と痛みが証明する。竜は紺が逃げることも前提に置いており、宙に飛んだ紺に銀球を向かわせ追い立てる。紺は空中で軌道を変えて回避しそれをまた銀球と氷の槍で追い立て引き離す。

 

(しょうがないですのう。)

 

 紺は収納から三枚ほど厚手の布を取り出し広がるように念動で回転させる。正方形の布は回転しながら紺の周りを衛星のように周回する。明らかに目線を遮る物であると感じた竜は即座にその障害を除去すべく氷の礫を大量に並び立て紺の周囲を覆って布ごと撃ち抜く。布が撃ち抜かれ破れ散り残った礫が紺を貫通する。布も紺もひらひらと落ち葉のように落下し始める。竜がはっとしたときには紺は竜の背後から忍び寄り掌底を一撃加える。

 

「答えは最初に回転して見えなくなった瞬間であるよ。」

 

 紺の言葉に応えるように竜は尻尾を振り回す。紺は尻尾を飛び上がって回避しつつ竜の背中に更に一撃を加える。首元から魔法を放ち紺を背中から追い出そうと試みる。その放たれた魔法を障壁で受け流し踏み込んで更に一撃を加える。紺はHPを削りきるのは無謀のように言っていたが、簡単に竜の鱗の強度を超えてくる攻撃は竜にとって必ずしも不可能ではないと思わせる。打撲ダメージを鑑みても五分も失っていない状況を確認してでもなんとも言えない不安に包まれる。もう一度同じような攻防を行った後、続く魔法攻撃を紺は受け止めずにあっさりと背中から逃げた。紺は黒い球体を取り出し竜に向かって投げる。竜は得体の知れない物を最も簡単な障壁で防ごうと試みる。単純な爆発。威力は決して低い訳では無いが高くも無い。竜が見る限りなんの変哲も無い爆発であり、これで鱗を貫通するとも思えない。紺は足止めをするか位置取りをするかのように移動しながら爆発物を竜に向かって投げる。視線の邪魔にならないように頭部への爆発は回避しつつ、竜は思い切って爆発物を無視して前に出る。紺はさも驚いたような顔をして爆発物を投げながら竜の突撃を避ける。そして追い打ちの尻尾も高飛びのようにギリギリで回避しつつ器用に爆弾を投げる。煙と火薬の匂いが充満する中不可解に思う竜と、悩んでいる顔をしている紺。

 

「おっと次はどうしようか悩んでいましてな。適当に手持ちの物を投げていただけなのですよ。」

 

 紺は悩ましげに警戒している竜に向かって飄々と言葉をかける。竜も警戒されている銀球は無駄では無いにしろとどめにはならずと考え、思ったより防御能力の高い紺をどう仕留めるか考え睨む。

 

「まぁまぁお互いだらだらと考えましょうや。」

 

 紺はそう言って散発的に爆弾を投げる。竜の体に当たっても大きな効果は無く、竜も下手に守るより後で治した方が手間が無いと思う程度の攻撃である。竜は紺の言葉から自らを主の元に行かせない為の足止めのつもりなのだと理解する。元の形態ならあわよくば倒す事も考えたのだろうが、さすがにこの能力差では勝てないと踏んでいるのだと。ならば小出しに相手の手札を探るよりも一気に押し込んだ方が良いと思うようになった。竜は銀球で紺を追い立てその内に魔力を集中し能力を強化し、魔法を仕込み、力を蓄える。その様子を見て紺は懸命に爆弾や投擲物で牽制しているがおよそ妨害行為になっていない。竜は吠え畳みかけるべく後ろ足に力を込める。紺は懲りずに爆弾を投げるのを止めない。

 

「いやいや馬鹿正直ですのぅ。」

 

 竜の正面にある無視すべき爆弾が突然輝く閃光を放つ。竜は驚きと勢いで思わずそのまま前方に突撃をし紺のいたであろう位置に前足を力強く叩き込む。何かよく分からない柔らかい物を潰した感触しかなく、紺の存在を確認するために周囲に魔力探査を行う。周囲から迫る紺らしき魔力を八つ確認し対抗すべく魔法で迎撃しようとするも発動せずに霧散する。はっとなり回復し始めた視力で反射的に周囲を見回す。そして背中から力強い衝撃と共に首元へ強烈な一撃が加えられる。その今までに無い衝撃で首を大きく振られ体勢を立て直す間もなく更に蹴りの一撃で首を大きく動かされる。

 

「いやいや頑丈であるな。」

 

 紺の感心するような声が聞こえ、振り回される触手をかいくぐって紺の気配が再び消える。竜は一旦退避することを決め大きく垂直に飛び上がり翼を広げ滞空する。回復した視界を広げ地面を精査し、魔力探査も行う。

 

「実は逃げてない。」

 

 紺の宣言と共に首にかかと落としを受け、衝撃により浮力を失い地面に落ちる。強烈な音と共に地面に打ち落とされ、体を起き上がらせる前に追撃で巨大な岩が竜に襲いかかりその身を打ち付ける。

 

「虎の子ではあるが単独で使うにはいまいちであるな。」

 

 紺はぼやきながら成果を確認する。魔法を結晶化し簡単に魔法が発動できる使い捨てアイテムであるが、紺が外部からダメージを与えることが少ないため外装の耐久が残ったままになりがちで、単発で使うには効果を得られづらい。竜は紺を見上げるように起き上がり巨石自体のダメージはほとんど無く瓦礫を増やしただけとも言える。竜は治療に幾ばくか魔力を傾けダメージの回復を始める。

 

「苦労が台無しであるな。」

 

 紺は気怠そうにその様子を見る。竜は邪魔をしに来ると思って迎撃の準備をしていたが紺が来ないのを見て治療を進める。紺とて治療されると困りはするのだが一度にすべて済むとは考えていないので治癒されること自体は許容する。紺としては治療行為は計算された過程であり、まだ想定している事からはみ出してはいないと竜を見る。竜としては紺が攻めあぐねいていると見る面もあるが、主達の戦いを邪魔されない為に時間稼ぎをしているとも見ている。紺としては最悪足止め、時間稼ぎが出来ればよいと考えていると想定している。前衛竜が倒されてしまったこの状態で無理矢理援軍にいけば、この奇妙な攻撃をする紺も主人の戦闘に参加してしまうとも考える。戦力的に劣っているとは思わないが煩わしく、かつ何をしてくるか分からない所に意識を割かれるのも良くないと考える。そう言った意味では両者共にこの場で足止めする、され続けるという思惑は一致しているとも言える。成長化に時間制限があるとは言え今すぐにどうにかなるものでもなく、時間切れを待っている訳でもないと、もしくは期待しているかもしれないがそこに終点を置いていないのも朧気に理解する。竜はこの場で戦うことを良しとしているが、紺が時間稼ぎを主に据えているがどこを終着点に置いているか竜には分からずにいた。即死を狙っているかと思えば全体を削りもする。やると見せてやらず、そしてまた狙いを戻す。計画しているのか行き当たりばったりなのか、またそうやって狙いを絞らせないようにしているのか紺の次の手を竜は見えずにいた。そういった意味でも非常に戦いにくいと感じている。紺と竜の視線合わせが静かに続く。

 

「お互いの主の為にここで手打ちにしませんかね。主が倒れても我々はまだ追いかけるチャンスがありますし。」

 

 紺は悲しげな表情を浮かべながら突如提案をした。竜は相手が何を言っているのか一瞬理解ができなかった。ただその言葉の意味を理解した時には猛烈な怒りを呼び起こした。

 

「ふざけるなっ。一方的にダメージは受けはしたものの我を倒すには十度繰り返すにも足らぬ。たとえ主が倒れようとも次なる戦いの戦力を失わせることが当然であろう。貴様の提案に乗る理由など微塵もないわっ。」

 

 竜は怒気を強め言い放った。

 

「紺もそうは思うのですがの、うちの主殿はまず帰ってこいと言いなさるのでね。そちらもどうかと思いまして。」

 

 紺は若干呆れながら怒気を受け流し返答する。竜はそれを真面目に言っていることに気がつき少し落ち着く。

 

「お前の主は馬鹿の類いか。そんなこと・・・この盤面において出来るわけもない。」

 

「まあ、馬鹿であり理想なんであろうな。言われているには悪くはありませんがの。」

 

 竜と紺の緊張がわずかに緩む。

 

「我々は駒だ。主もそう思っている。我々がどう主を想っても、主にとっては手段の一つに過ぎぬ。」

 

「それを知るためにも、居続けることが大事ではないかの。」

 

 静かな時間がわずかに訪れる。そして紺は気配の動きを察知しすっと地面に降りる。

 

「それでも私は主の命の為にお前を倒すっ。成すも成らぬも主にとっては砂漠の水がごとし。もうこの想いは変わらぬっ。」

 

 竜は言い放ってから大きく息を吸い込む。

 

「やはり頑として聞きませんの。同じとはいえこれだからB型は面倒に・・重いっ。」

 

 前面に円錐ブレスを展開され紺は到達する前に範囲から退避する。竜は一瞬でブレスを切りそして紺に向き直りさらに吹く。鋭い礫のようなブレスが次々に生み出され紺に向かう。紺が射線をずらすと礫は追いかけるように向きを変え紺に向く。紺は鉄板を礫の前に投げ出し打ち立てる。礫が次々に鉄板にぶつかり白く霜を張りそして砕く。紺は素早く斜め前方に切り上がるように速度を上げて走る。礫は紺を追いかけるがその誘導曲線は大きく紺の動きに追いつけずに地面へと突き刺さり穴を作って霧散する。いくつかかすった礫は紺の左手を幾ばくか白くする。竜は前方に走られた時点でブレスをまた切り紺の前方に大きな球を吹き付ける。紺は棒を打ち立てて無理矢理進行方向を変え、足下に爆発の魔法を使い無理矢理後方に退避する。白い球は着弾爆発し白い輝きをまき散らしながら周囲を冷却する。紺は逃げ切れずに下半身に手ひどい凍傷を受けるが転がり隠れて、魔法薬でいくらか治療する。ブレスは途切れるも竜は魔力を集中し次なる攻撃に魔法を構築し始める。

 

「潮時である・・かな。」

 

 紺は呟きそしてダミーバルーンをばらまく。竜はそれを見て前回の事象に納得する。

 

「お互い悔い無き戦いを、すべては主の為に・・・」

 

 紺は花吹雪を散らしすべてを覆い隠す。竜は紺を見失うことを覚悟し、またそれに対応するべく術を組み立てていく。花吹雪は過ぎ去りその場に現れる十四体の紺の姿。

 

「曲芸偽計分身『輪廻』。参る。」

 

 十四体の紺が走り始めルートを変えながら竜に迫る。

 

『コオレルジュヒョウノニワ』

 

 竜の周りを氷が覆い始め急速に広がる。氷を走り抜ける紺、宙に舞う紺、飛び越そうとする紺。各自が氷を何かしらの形で走り抜けようとする。

 

『オイシゲルジュヒョウ』

 

 氷から無数のとげが生え紺達を貫く。ある者は貫かれ霧散、ある者は貫かれて破裂音を立てて小さな爆発を起こす。その姿が消えたかと思えば再び紺の形を取り何食わぬ顔で走り出す。氷のとげを回避した者はとげをかいくぐり、もしくはとげを踏み場にして更に進む。何度かとげを追加で生やすもやられては復活し数を減らさず走りも止めない。竜はどれが本物か、もしくはすべてが偽物か思案する。一度に範囲攻撃を加えれば姿は見えずとも実体はあるので感知もしくは迎撃できると踏んでいたが再生する非実体で攪乱されるとは思っていなかった。迎撃が不可と判断し切り替える。

 

『トドメルコオリノオリ』

 

 走る紺の姿を氷が覆う。紺が周囲の気配を察し退避するが氷結した塊に足を取られると紺の姿が崩れる。そして再び形を取り走り始める。竜はそれが幻影であると知り別の個体にターゲットを定め氷結を試みる。ある個体は逃げ、閉じ込めた者は別の場所でさらに形を作り再び疾走を始める。竜は手当たり次第に行っては特定できないと周囲に霧をばらまいて形のないものの判別を試みる。実体が五、幻影が九と霧の様子を見て実体に狙いを定めて飽和攻撃を行う。

 

『カガヤクヒョウジン』

 

 二つの紺が攻撃を回避し、三つの紺が爆散し再び紺が姿を取る。だが幻影が偽物確定であるなら本体は残りかそれ以外か。実体のある二つが竜の体に迫る。正面に来た紺を竜は爪を繰り出し、噛みつき、氷の刃で貫く。そして爆発。最後の紺の一体が竜の体に触れた瞬間、鱗から数々の鋭い氷針が伸び紺の体を貫く。そして小さな爆発。竜はすべての実体を破壊したことを再確認し最後であろう攻撃に備える。左側面から来る影に反応して竜の尻尾が紺の姿を打ち付けるが素通りする。そして背中に降り立った重量物に反応し残りの仕込みをすべてつぎ込み拘束しそのまま刃で貫く。その感じられる反応は確実に紺を貫き行動不能に陥れたと竜は確信したが、一瞬の後その質量と姿が揺らぎ消え失せる。

 

「まさか最初から本体がいないなどとっ。」

 

 竜が広域の探査を行おうとした時に再び左側面から強い衝撃を受ける。四カ所を撃ちつけた音が後から響いてくる。

 

「すべてが実であり虚。移ろう我が身はどこにもなくすべてにある。目は先んじ音は遅れ香りは無くとも触はそこにある。武魔芸複合技術である『輪廻』は必ず相手に一撃を加えるためにある技であるよ。」

 

 紺の両手と二本の触手が竜の体を小さく正方形を描くように触れている。各手から放たれた衝撃は表皮を越え竜の体を直線的に駆け抜ける。それらの衝撃は微妙に角度を変えただ一点を交差するように仕向けられている。

 

「最初からこれを狙っていたのですか?」

 

 竜の体が震え力なく膝が落ちる。

 

「選択肢にはありましたがどれが当たっても良かったであるよ。首でも根比べでも敗走でも。」

 

 紺の攻撃は的確に相手の魔石を撃ち抜き機能不全に陥らせた。

 

「体を撃ち抜きついでに体内を精査して発見した時、この形も選択肢に入ったであるな。」

 

 紺がゆっくりと体を動かし構えを解く。

 

「お見事・・・」

 

 竜の体が崩れ落ち衝撃と音を周囲に伝える。竜の体はしぼむように小さくなっていく。

 

「主の知識の差が能力差以上に我らの大きな差でしたな。・・・システムの揺らぎで安らかに。」

 

 紺の言葉が冷たく乾いた森に小さく響いた。

配下戦終了となります。

本来攻撃力の低い紺が異常に強く見えるかもしれませんが、手を変え品を変え翻弄しながらしのぎ粘るのが本領です。またその本領を発揮するには一対一に限定され他の観測者がいないことが大前提にもなります。多くの視線から一度に見えづらくなる菫と違って、紺はすべての敵から視線を切らなければならないところ、そして味方からも消えると誤射に巻き込まれやすく安易に姿を消して連携するのが困難なスタイルになっています。隠身諜報が本分と言うこともあり一人で作業を行うことが前提となりがちです。

 

『輪廻』は指定した数の幻影を操る範囲指定アーツになります。カテゴリ的には武芸になりますが、魔法、スキル要素を含んでいます。視線、音、匂い、感触など範囲内に見える幻影の影響をいくらか操作できます。ダミーバルーンを出したのは質量検知を欺すと勘違いさせるためで必須要素ではありません。幻影と本体の位置を範囲内に限り自在に変更できるのが本旨としての効果になり、最初に隠れ幻影を突撃させ状況を見て攻撃時だけ入れ替えるというのが今回の使い方でした。

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