手札とはったり
仕事で時間が取りづらく短いです。
萌黄は踊るように手を振り上げながら徐々に姿を消す。迫り来る奇妙な剣士に集中していた前衛竜達は気がつかなかったが、氷の砦を上っていた黒玄竜はその奇妙な現象を確認していた。熱、魔力、質量探査を行っても具体的な存在は確認出来ず、ただ萌黄の魔力が辺りに漂っていることだけが理解出来た。剣士が厄介な存在だった場合術者を直接攻撃する手段がなくなり歯がゆく低いうなり声を上げる。竜に致命傷を受けた菫は黒玄竜の初見では生きながらえるのが不可能だと考えていたが、後からきた桔梗の治療により命は助かりそうだと判断する。だが治療の質を見る限りでは戦闘復帰は無理であるとも考えた。しばらくあの二人は参戦できない。それが黒玄竜の見立てである。実際に菫の現状において経過で死亡することは無くなったものの身動き出来ない状況で放っておけばついでにとどめを刺されたり、戦闘中に気を散らされる要素にされかねない。それ故に桔梗は護衛と治療を続ける必要があった。紺は竜が人形剣士に気を取られた隙に姿を消しておりこの場の誰からも位置を認識されていない。横を通っても認識できないその力は不意打ちを受け、そして結界の中にいないと欺かれた黒玄竜としては無視出来ない能力であった。黒玄竜は全体の配置を確認した上で一旦は人形剣士の動きの様子を見ることにする。人形がそれこそ操り人形のように奇妙な動きをしながら剣を振り回し竜に斬りかかる。鋭い一撃であることは明白であるが紅紫竜は己の頑丈さを盾に相打ち上等で噛みつくという己の基本戦術を行う。攻撃を行う頭を殴られれば遅れる。必ず頭部の攻撃は回避しながらも体に当たることはいとわず覚悟を決めてその口を開く。その黒い剣は容赦なく白い竜鱗鎧の左肩口に叩きつけられ、紅紫竜の予想を大きく覆す威力によりそのまま地面に叩きつけられ鎧を切り裂く。鈍い竜のうめき声と重量物を地面に叩きつけた音が響く。剣士の周りに広がる黒いもやが水たまりに叩きつけたかのように竜の周囲に吹き上がる。紅藍竜は驚きながらもその硬直を見逃さず仲間の竜を盾にするかのように剣士の首、左肩めがけて襲いかかる。人形剣士は紅紫竜に叩きつけた剣を返し、紅紫竜ごと押しのけるように紅藍竜に斬りかかろうとする。人形剣士としては竜を切り裂きながら切り上げるつもりだったのかもしれないが、勢いもない剣では竜の体を切り裂く事は出来ず、だがその異常な力を持って竜ごと紅藍竜に叩きつけることになった。さすがに剣速は鈍く先に紅藍竜の奥牙は剣士の左肩に食い込みそのまま首をねじ切る勢いで口を閉じる。人形剣士はそれを気にすることなく剣を振り抜き竜二体を力任せに振り切って投げた。牙の特性と鋭さが災いし人形の肩に引っかかることなく滑るように削り取りながら吹き飛んでいく。
『あれはミーバといえどやりたいとは思いませんね。』
桔梗がその様子を見ながら嘆息する。同じ事を菫達が行うならば腕ごと吹き飛んでいただろう。人形は剣を振り切った勢いを剣の軌道を地面に突き立てて殺し、反動でさらに返して担ぎ上げたまま竜に襲いかかる。左肩の傷はぶくぶくと素材であるミスリル合金を吹き出しながら埋められていく。竜達から見れば再生治療しているように見えるが、原理を知っている桔梗から見ると予備材料で補填されているだけでHP自体の回復は行われていない。素材強度を強化されているにも関わらず容易に貫通した竜の牙は決着がつくまでに人形が持つのか桔梗を不安にさせる。試用運転では誰が破壊できるかと思った物だが莫大なHPだけで耐えられるかは難しいように思えた。守るように手を出せば弱点が露呈するようで桔梗としても手が出しづらい。黒玄竜も相手の性能を測るべく魔法による攻撃を行う。様子見で放たれた氷の槍も塊も人形の表面で砕け散った。防御力が高いが竜の牙から守られないことは理解されることとなった。黒玄竜は攻撃を止めて前衛竜への防御支援へと切り替える。人形が斬りつければ剣をそらすように障壁や壁を立てて妨害を始める。桔梗はその術式を確認し、三度防御された後解呪にてその防御行動を妨害する。黒玄竜は単純な行動処理数で魔法を放ち、桔梗は条件発動を駆使して妨害を試みる。ただ単純な処理数の差が桔梗では妨害しきれなくなっていく。黒玄竜もそれを分かってか余計な事をせずに単純に数を増やして対抗する。桔梗の妨害が間に合わず徐々に人形の攻撃力はそがれていく。ただ前衛竜も無傷といえず相打ち覚悟であるが故に鎧はもはや意味を成さないほど砕けており全身から血を流しギリギリの状態であるかのように思わせる。そして剣士の渾身の一撃が紅紫竜に向かう。黒玄竜はその一撃を氷壁で受け流そうと操作する。剣の軌跡はずらされ竜の口が開く。
『あまり手出ししたくはなかったですがのっ。』
誰もが忘れた頃に紺が突如現れ紅紫竜に向けて体当たりをするように後背撃をぶち当て紅紫竜を押し出す。不意を撃って倒すよりもただ押し出す。それを重視した選択であった。思考の空白が生まれる中位置をずらされた竜の先には同じく軌跡をずらされた人形の剣があり、その剣は吸い込まれるように竜の体に食い込んだ。
『問題は退避出来るかなんですが・・・』
紺は独り言のように呟き、そして硬直した体を無理矢理動かすように飛び上がる。そして紅紫竜の首が傾いた瞬間に『玉砕』の爆発が起こる。その場にいる人形以外の者達が反応して防御行動を行う。桔梗と黒玄竜は障壁を展開し更に次の防御壁を準備する。すぐ側にいた紅藍竜もとっさに身を捻り回避しようとするがそれで間に合うような状況ではなく、爆発の輝きは人形、竜、紺を包み込む。急激に押し出された空気は爆発音を産み轟音と共に周囲を浸食する。そして爆発の奔流が消えないうちに新たな爆発、そしてさらなる爆発。紅藍竜が耐えきれずにそのHPを霧散させ、先の『玉砕』の副次効果による爆発と自らの『玉砕』による爆発を生み出す。桔梗の障壁は無力に砕かれ、障壁の追加を行っても解けるように失い、準備した小さな土壁も飲み込み菫と桔梗を吹きとばした。黒玄竜も障壁を展開しながら砦に降りさらなる防御を展開するもそのすべてを爆発に飲み込まれ光の中に姿を消す。その主が爆発を注視する時間は無く、その音を煩わしく思うだけであった。爆発の中心は五mほどえぐれ直径七百m弱のクレーターと化した。金属板と共に一kmほど吹き飛ばされた紺はパラシュートを広げゆっくり落ちながらそのクレーターを見る。
『皆さん大丈夫ですかね。』
どこに降りるか決めかねながら生存者の確認を行う。
『大丈夫とは言いがたいですし身動きも取れません。私と菫の治療の継続のためしばらく埋もれています。』
爆発に吹き飛ばされ防具が吹き飛び体に深い傷を負ったことで条件発動による防御壁と治療効果が発生し命は拾ったものの吹き飛ばされた大木の中に埋もれ脱出は容易ではない。ただ周囲から発見されづらい環境になったため傷を治すためにそのまま隠れるという判断を行う。
『ちょっと激しく動くのは無理ぃ。』
二度目の爆発で人形が破壊され人形劇の維持が不可能になり萌黄はその姿を露出。そして三度目の爆発に否応なく巻き込まれ吹き飛び木の上に引っかかっている。傷は少ないが負荷がひどく防具は予備があるものの現在の萌黄には負荷を伴わない有効な攻撃手段が無く戦闘行為は不可能と判断。
『撤退が無難なのであろうが・・・主殿にアレを押しつけるのは申し訳ないですなぁ。』
紺はクレーターの端に漂う黒玄竜の魔力を確認しながら思案する。
『しかし犠牲が出ることはご主人様は望みません。無理ならば引きましょう。』
桔梗は現状と遊一郎のことを鑑みて苦々しくも提案する。
『まぁ一対一ならなんとか出来るであろ。足止めのつもりで行ってくる。』
降下しながら防具を一新し十m手前ほどでパラシュートを回収し急降下。枝をクッションにしながら荒々しく黒玄竜の側に現れる。仲間を倒された事にも隠れることで真価を発揮する敵が堂々と目の前に現れた事も竜の気持ちを苛立たせ大きく吠えた。
「苛立つか?お互いまともに動けるのは我らのみ。おぬしが紺に勝つことが出来れば悠々と我の仲間を排除できよう。これは我々で雌雄を決しようという宣告であるよ。」
竜は喉から絞り出すように断続的に喉を鳴らす。
「たかが人間と貴様等を侮っていたのは確か。最初から正道に相対していれば余裕を持って撃破できたであろう慢心。これ以上兵を失ってご主人様に顔向け出来ようか。紺とやら。貴様の提案に乗ってやる。我が全力をもって貴様を排除しご主人様への供物にしてくれよう。我が名は凍える風のナジェスタ。貴様の首をかみ砕く者だ。」
凜と響く声で人間の言葉で黒玄竜は自らのふがいなさを語り、そして紺に向かって対等と認めそして勝利を宣誓する。そして魔力を収束させ吠える。
【先の百年を前借りする】
それは余裕か、または対等と認めたが故の警告か、ただ絶望を与えるための呟きか。その魔法を聞くと共に二mの黒玄竜は十五mほどに巨大化する。鎧は吹き飛んだものの、傷は消え、魔力は充実し、その金属的に黒く輝く鱗を携え紺の前に立つ。
「成長する・・・というより加齢する魔法であるか・・・これは計算外よな。」
紺が動揺を隠せずにその姿を見上げる。
「しかり。自らの時間を犠牲に一時的に加齢する魔法である。知識は得られずとも加齢による前提、強化は得られる。竜としては若年ではあるが、先の幼竜とは比べるも無きと知れっ。」
読んでいただける方には全く関係なくて申し訳ないのですが、時間が足りず比較的きりの良いとこまでの掲載となります。いっそのこと休止でも良かったのですが少しでもと。




