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予感の先

大分遅れまして投稿になります。申し訳なく。

『ご主人様もいらっしゃらないですし・・・速やかにいきますよ。』

 

 菫は一方的なローカル会話の後姿がかき消えるように加速し竜へ踏み込む。紺は遅れるように後ろを追いかけ。萌黄は歩行を制御できないままあらぬ方向へ飛ぶ。後ろに下がっていた竜はその姿を一瞥しただけで前方の菫へ視線を移した。菫の輝く剣が左手の竜の頭部を斬る。竜は見逃したか反応が出来なかったか微動だにせずその斬撃を受ける。木琴のような高音を立てて剣は弾かれるが鎧には切れ込みと分かる傷が残る。竜は攻撃を受けたにも関わらず甲高く吠える。右手の竜は傷をつけられた竜を押しのけるように菫に大きな口を開き突撃をする。菫は左手に陽光石の剣を呼び出し口内に突き出すように手を出す。それと同時に地面の氷より土石の爆発が起こり菫を上空に持ち上げる。そして二匹の竜が土の濁流をかみ砕く。

 

『突撃するにももう少しあるであろうに。』

 

 後追いしてきた紺が愚痴をこぼす。菫の迎撃に対応して殴られた竜が菫の腕に噛みつく所を紺が地面を爆発させて打ち上げたのである。後方の竜はそれを見逃すこと無く氷の槍を空中の菫に投射。菫は逆さまのまま宙を蹴り槍を回避する。ついでのように短剣をその竜に投げるも竜はそれを障壁で受け止める。

 

『やはり後ろは魔術師系ですか。』

 

『少なくとも中距離以降を得意とした型でしょうなぁ。』

 

 紺は二匹の竜の攻撃を危なげなく大きく回避しながら応対する。

 

「よっと。」

 

 萌黄は踊る武器達と共に竜達の陣形のど真ん中に突っ込み、前衛竜の後方から攻撃を仕掛ける。散弾、払い、斬り。竜の鎧を的確に砕く。後ろの竜は息を吸い込み前衛の竜ごと巻き込む勢いで冷気ブレスを放つ。萌黄は態度こそ慌て気味なものの後方に塔盾を配置しブレスを受け流す。そして素早く飛び上がり戦場から離れる。

 

『あの子は遊撃でいいか・・・』

 

『相手にも我々にも分からないという意味では有用な攻撃であろうよ。』

 

 一連の動きを呆れるような目で見ながらも、菫は横合いから竜を斬りつけ、紺と逃げ役を入れ替える。菫はきわどい躱し方で攻撃を見切り確実に反撃していく。後方の竜が吠え、前衛竜は力強く空をかみ砕き大きく跳躍して後方に集合する。この場ではあの竜が指揮官であることは見て明らかであった。菫と紺は視線を合わせて頷く。倒せるなら彼の竜を最初に倒すべきであると。歯ぎしりと風が通るような音と共に魔力が動き竜達を包む。菫と紺はそれに反応するように身構えて竜を見据える。前衛の竜達が打ち出されたような加速で菫に迫る。だがその速度は菫達にとって対応できないわけでもなく認識からみればそこまで早い部類でもない。瞬間的な速さならその前に戦った竜のほうがまだ早い。攻撃力は高そうであるが全般的に速度が遅い。菫達に取っては対応しやすいタイプの相手ではあった。お互いの位置を直線的に入れ替えながら途切れぬように交互に菫を攻撃する。補助魔法のせいか攻撃は早くなったようだがまだ対応可能な範囲である。菫は様子見として回避に専念していたがテンポになれてきたところで入れ替えと同時にやってくる竜を斬りつけながら飛び越える。そこへ見えない攻撃が飛んできて菫は動きを阻まれ体勢を崩されながら竜達の前に押し出される。にらみ付けるような魔術師竜と目線を交換する。

 

『捕まれたような、押されたような。風では無い無形の何かですね。』

 

 菫は受けた攻撃を報告しながら堅い宙を想像しながらそこを蹴り水平に飛ぶ。落ちてくると思っていた所へ落ちてこない菫を二匹の竜は囲むように追いかける。

 

『心得たであるよ。』

 

 二体の竜を使って魔術師竜から視線を切るように隠れ気配を消し前衛の間を埋めるように動いてきた竜の脇から突如紺は姿を現す。竜の驚きをよそに紺は掌底を力強い踏み込みと共に竜の脇腹にねじり混む。衝撃に竜がよろけ苦悶の声を上げる。踏み込んだ足を軸に体を回転させ逆の足をさらに脇腹にねじ込む。

 

(生物ならそうそう動けぬであろうが・・・)

 

 紺は追撃をしようと蹴り足を地面に降ろし回転を止め拳を構えるが、竜が威力に身を任せて少し離れ正対するように見つめられ動きを止める。威力の割に鎧に損傷は無く何をしたと言わんばかりにうなり声と共ににらみ付ける。

 

(予想外、理不尽・・・であったか?良くある貫通攻撃であろうに。)

 

 紺はため息をつくように力を抜いて構えを解く。竜は舐められたかのような態度を見て震えながら大きく叫ぶ。

 

(正面から戦うような型ではないですからのう。)

 

 決して舐めたつもりもないのだが相手の受け取り方次第ではどうしようも無いと思いながらも側面に回るように速度を上げて離れる。足を止めて殴り合うなど間合いの短い紺としては考えたくも無く、戦い方はあくまで一撃離脱。戦う必要なければその場から立ち去る事に特化しているので菫や萌黄に比べると攻撃能力は大きく落ちる。ゆらゆらと動き狙いを絞らせず動きを読ませない。苛つくように視線を動かす竜がさらに大きな声で吠える。鎧の隙間から飛び出す四本の黒い触手。そして宙を舞う十二の銀球。

 

『黒玄型のようです。魔法系であるとは思いますが・・・面妖な物を出されましたな。』

 

 紺は状況を報告しながらどう対応するか思案する。B型のさらにB寄り。ステータス的には腕力、耐久は壊滅だがそれ以外は軒並み高い。器用で処理能力が高くなるタイプである。そして鋭い初速で四つの球が紺に降り注ぐ。直線なら問題無しと大きく移動し回避行動を取る。その移動先に更に四つの球。先んじて投じられた物は紺が元いた位置辺りから急激に曲り再度紺に向かって飛来する。紺は更に離れるように回避するがその先に最後の四つが放たれ。前の四つは通り過ぎ、次の四つが曲がって飛来しと回避場所を制限され始める。時には一つだけが飛んできて、あらぬ所から三つ、二つと気がつけば周囲を十二の球で囲われるように追い立てられる。紺は少数ずつ飛来してくる球を回避しながらため息をつく。囲いはどんどん小さくなっており完全に回避仕切れずに防具で弾くような状態になっている。もう少し包囲網が小さくなれば回避もできなくなるだろう。黒玄竜は更に自らの周辺に氷の槍を多数作り出し、更に大きな魔法も準備している。

 

(一撃必殺・・・怒りの為か竜ゆえか・・・どちらにせよ準備しすぎであるなぁ。)

 

 紺は回避に限界を感じ収納から青白い花びらのようなものを周辺にばらまく。それは紺の周囲に発生した風に巻かれ紺を覆い隠すように包まれる。黒玄竜は監視の目を強め警戒する。竜としては自信のある必殺の布陣であり見えぬ防御により無理に脱出すれば壁に阻まれ転移すらも阻む結界のような構造である。紺はそんな事を知っているわけではないし能力もないので試していないだけではあるのだが、竜の目からは易き相手と見られていた。しかし突然相手を見失うような膜を張られ相手の開始を強化する。花びらの渦の中紺の魔力の影はそのまま存在しており銀球の回避に苦しんでいる様が見て取れる。もう後一陣小さくなれば銀球が相手をその場に止め準備した二十の術式が相手にとどめを刺す。竜は急激な魔力の上昇を検知し銀球の防御膜を強める。確かに内から結界を破壊されれば脱出できるがそうさせない仕掛けもあり容易には出来ないはず。一瞬小さく固まるように集まった花びらは大きな爆発を起こし周囲に散る。銀球の動きを阻害したものの、その竜の自信に裏切らないように爆発は結界を壊すこと無く仕掛けはそのまま維持された。しかし舞い散る花びらの中に紺の姿は無く竜は慌てるように銀球を結界内で回しその存在を探す。地面の氷に傷は無く地面に逃げた気配もない。閉じ込めたはずの敵はかき消すように陣から消え失せたのである。銀球をいかに動かしても竜はその中に敵の存在を感知することが出来なかった。竜は自分のあらゆる手段を使って陣の中を探し始める。

 

(大丈夫なんでしょうね。)

 

 猛攻を躱し受け続け、反撃する菫だったが追い詰められた紺の気配が全く無くなったことまでしか理解できない。さすがに意味も無く自爆したわけではないと信じて目の前の処理に集中する。

 

『追いつきました。支援します。』

 

 菫と竜の間のわずかな隙間に土の壁。そしてそこから伸びる馬防柵のような土槍。下から反り返るように伸びる槍に押され竜はひっくり返るように持ち上げられる。通常の土槍より細めのそれらは下から竜達の鎧の隙間を縫うように傷つける。

 

『反撃が出来ないじゃない。』

 

『紺の事もありますし一度仕切り直しましょう。』

 

 桔梗は森の上空から見下ろすように戦場と菫を見て嗜める。菫も紺は気になっていたので大人しく応じる。宙に浮かされた竜は空中で体を捻り綺麗にに着地し新たに現れた敵に警戒する。

 

『ちょうど良く来たようですし重ねますよ。』

 

 飛び交いながら戻ってきた萌黄が様子を伺っていた前衛竜の背中に飛び込む。竜の背中に乗りながら好き勝手に攻撃を始める。乗られていない竜が萌黄に飛びかかろうとするところを桔梗が光の槍を死角から撃ち込み行動を制限、躊躇させる。萌黄はそれを見て一旦脱出。また飛び跳ね始める。菫は萌黄の落下と同時に黒玄竜に向かいやっきになって紺を探して周りを見ていない事に乗じて忍び寄り胴体の鎧の隙間から陽光石の剣を鋭く差し込む。激痛に驚き周囲を見回すが菫はすでにその場におらず姿を確認出来ない。見れば仲間の竜も何やら攻撃されており自分が集中しすぎてしまっていたことを知る。相手を奇襲攻撃型と認識した竜は全周囲に待機させていた氷の槍をばらまき、更に巨大な氷塊を桔梗に向かって放つ。近くにいた菫は後方に飛び退いて回避しようとするも隙間が無く三発を被弾する。ダメージは無いが鎧は大きく傷つく。事前に魔法の状態を確認していた桔梗は飛来する氷塊を早々に解呪し霧散させる。ちらりと回転する銀球を見てから菫と黒玄竜を見る。

 

『菫、大丈夫ですか。さすがに近づきすぎでしょう。』

 

『隙だらけだったので欲は出ましたね。鎧はあのレベルなら十発は大丈夫でしょう。』

 

『それは余り大丈夫ではないと思いますが、気をつけてくださいね。』

 

 スキルの影響か魔力の問題かは不明だが当たった魔法のランクの割に被害が大きいと桔梗は感じている。

 

『あちらの前衛を少し押さえますので、黒玄竜の方に畳みかけてください。』

 

 桔梗の要請を聞いて菫がすぐに動き出す。桔梗は雷光球で行動を制限しながら光の槍で追い込む。さらに土壁を建て、時には倒し牽制を続ける。

 

(情報を知っていると思いましたが対処が微妙ですね。)

 

 先の戦いの焼き直しのような行動をしているにも関わらず前衛竜は回避に専念し、抜け出して黒玄竜に合流しようとしている。そして壁に対しても迂回するように動き壊す様子が無い。

 

(竜なら破壊も加味すると思いましたが。)

 

 行動に不可思議なものを感じながらも時間稼ぎを続ける。黒玄竜に接敵した菫は動きで翻弄しながら鎧を削り取っていく。結果竜は銀球を呼び戻し菫を囲うように追い込んでいく。それを確認した桔梗は攻撃対象を変更し銀球に向かって土球を飛ばし軌道を制限する。

 

『一度集まりましょう。萌黄も一度落ちて(・・・)来てこちらに戻りなさい。』

 

 銀球の包囲網が破れ菫は程なく脱出する。桔梗も下にステップを踏んで飛び降り菫を迎える。菫と桔梗の攻撃の気配がなくなり集まり始めたことから、竜達も一度集まり逆三角形に配置を終える。萌黄はそっかーと得心を得たように歩行を止めて自由落下。着地寸前に蹴り上げて方向を変えそのまま着氷し滑り回りながら移動。そして菫に足で受け止められる。菫が呆れるながら周りを見回すと紺が桔梗の後ろに隠れるように控えている。

 

『助かりました。気がつかれずに出る方法が無かったもので。』

 

 紺の背中は相当傷ついており結界の中でただ伏せて隠れていたことが窺える。桔梗はそちらを治療しつつ竜を見る。竜も治療を受けているようでこちらを見ながら大人しくしている。

 

『成長方向の問題かもしれませんが、少し攻撃に違和感を感じます。気をつけてください。』

 

 桔梗はそう皆に告げ息を置く。

 

『菫と紺で前衛のものを押さえて出来れば片方を討伐してください。私は黒玄竜を押さえます。萌黄はこの場で銃を使って両方の支援を行ってください。見たところ人とは敵対し交流は無い模様。かの竜の世界に対策が無ければすぐには対処されないでしょう。』

 

 桔梗の案に皆が頷き動き出す。萌黄は少し悩んだ様子で狙撃銃を四つ浮かせた後塔盾を前面に一つ立てる。菫と紺が前衛に接敵し牽制を始める。

 

『萌黄。奥の黒玄竜を少し押さえて貰えますか?』

 

 桔梗の言葉に萌黄が頷き乱射を始める。菫達に攻撃を加えようとしていた黒玄竜は急遽前面に氷壁を立ててそれを防ぐ。仕組みを知らずして防御してしまったか狙撃銃の無数の弾は氷壁を勢いよく砕いていく。萌黄は楽しそうに更に六つの狙撃銃を展開する。

 

「グループ構成『犬』、シンクロアタック。グループ構成『猫』、フォローアタック。ごーっ!」

 

 四つの狙撃銃が同時に火を噴き、四つの銃が順に射撃を始める。残った二つも位置を変えながら黒玄竜を撃つ。竜は別の場所に氷壁を立て直しその場から移動。それと同時に始めの氷壁は砕かれ霧散する。萌黄はそのまま追いかけるように銃口を向け直して氷壁を削る。その間に桔梗は爆発や土槍の魔法で前衛竜を逃げ道を制限するように追い立て竜達を引き離す。そして戦場を区切るように土壁を配置し完全に分断する。桔梗は萌黄に手を上げて銃撃を止めるように指示する。萌黄も一旦射撃体勢を解いて竜を見る。すでに三枚目の氷壁を砕いた所だが四枚目も相当ぼろぼろである。桔梗は壁を蹴上がるように空中をかけて上空に位置する。黒玄竜の様子からそのまま銃撃で押さえ込んでも良かったが、逃げられても手間だし乱戦にされると仕留めるのが難しく分断目的の意味が無くなるので止めておく。上空から光の槍を迂回させて黒玄竜に撃ち込む。竜はそれをギリギリで回避しつつ氷の槍で応戦するようになる。意図に乗られたような感じがするが前衛竜がまだ菫達に負けないと思っているのかと桔梗も思案する。

 

(お互いまだ手札が残っているようですね。)

 

 菫と紺は自在に位置を入れ替え竜を翻弄し両竜を攻撃しながらも元々防具の破損が大きかった竜を優先的に攻撃している。桔梗も光の槍や土槍で時折攻撃を行う。萌黄も指示通り攻撃、牽制と切り替えながら銃撃を行っている。片方の防具は目に見えて大きく破損し追い込んでいるように見えた。それでも分断された竜達はそのままおのおのの役目を全うするように動く。両者がなにか狙うように緊張感を持ったまま攻防を繋げていく。黒玄竜はおもむろに銀球を操作し始め桔梗を追い立て始める。桔梗は逃げることなく障壁で銀球を受け流し小さな土塊で吹き飛ばしたりして包囲を狭めさせない。防御の為に牽制する機会は著しく減った。ただ目的が黒玄竜の足止めという意味では攻守が入れ替わっただけでさほど両者の状況に変わりは無かった。ただしこれをきっかけに周りの状況が動き出す。前衛竜が二本の赤い触手を振り出しその先に小さな刃物を持つ。

 

『紅紫型と紅藍型ですか。』

 

 苛烈になった攻撃に受け身がちになりながら菫が触手を見つめる。攻撃を裁く為菫も触手を構え三剣で対応する。紺はダミーを置いたりなどまだ回避専念である。竜達は露骨に菫に集中するように攻撃を行い始める。

 

『押し切るつもりでしょうか。』

 

 桔梗も意図を読み切れず意見を募る。

 

『対応できなくはないので問題ありませんが。少し集中しすぎですね。』

 

 菫に集中していることで紺の攻撃が頻繁に命中するようになる。攻撃回数は少ないものの防具の影響を受けにくい紺の攻撃は累積すると致命傷になるはずだった。

 

『菫、逃げっ。』

 

 紺が何かに気がついたように警告を発して急に無理な攻撃を始める。小刀の攻撃を体に当てながら容赦なく攻撃を行う。竜達は体勢を崩しながらも紺を追い散らそうとしながら菫に詰め寄る。

 

『これはさすがにっ。』

 

 菫が逃げようと小刀を陽光石の剣で受け流そうとした時剣が不思議な音色を立てて折れ飛ぶ。そして紅紫竜の渾身の咆哮。一瞬の硬直を狙って紅藍竜の小刀の一撃が防具を貫通して足に突き刺さる。菫は驚き思わず足を見る。それほど傷ついていない防具はそんな簡単な攻撃で突き刺さるようなものではなかったはず。そう思って飛び退こうにも触手に引っ張られ離れることも出来ない。紅紫竜の顎が目の前に迫る。とっさに展開された桔梗の障壁を見て菫は力を振り絞り触手を引き抜く。しかしその竜の顎は障壁など無いかのように障壁を打ち砕く。ただ一瞬たりとも時間稼ぎにもならず菫は反射的に身を捻るが竜の顎は菫の右肩に食らいつきそして抵抗など許さぬように食いちぎる。続く紅藍竜の牙が迫り左足に食らいつく。紺はその顎門が閉まりきるわずかな隙間に爆発を発生させて菫を吹き飛ばし強制的に放す。菫の体が氷の上を転がり滑る。左足の肉は大きくえぐれ菫は動くことすら困難な状況になる。

 

『防具が無意味ですね・・・防護貫通でしょうか。スキルというよりも牙のみの種族特性ですか。』

 

 転がり吹き飛ばされた先で菫が自ら受けた攻撃を分析、報告する。桔梗は銀球の包囲を荒く抜け出し菫の元に降り立つ。

 

『大丈夫という状況ではありませんが、持ちますか?』

 

『右腕部位欠損。左足重傷。強制的に出血Ⅷを受けています。残念ながらこのままでは持ちません。』

 

 桔梗の問いに菫は苦々しく答える。桔梗は速やかに治療を始める。通常代謝のないミーバは肉体的な状態異常は受けないことが多いが、魔法的にもたらされた場合は擬似的に同様の効果を受けうる。生物の場合は魔法がそれを再現するが、ミーバの場合は魔法に従ってシステムがそうされているように効果を与える。治療工程は概ね同じになるようにシステムが判断する。

 

『回避出来ていたことが判断の仇になりましたね。障壁も無効となるといざというときは難しいですか。』

 

 桔梗はそう判断し悩む。前衛の竜は紺に畳みかけるように攻撃しているが、攻撃を受けることに問題があると判断している紺は無理なく大きく回避して難を逃れている。速度的には結構な割合で上回っており反撃を考慮しなければさほど苦労していないようだ。ただそれも黒玄竜が妨害しない間だけである。萌黄が黒玄竜を銃撃で押さえているが黒玄竜が大きく吠えると小さな砦のような氷が現れ銃弾を遮断する。さすがに砕くのには時間がかかりそうだ。黒玄竜が魔力を巡らし大きな攻撃の準備を行う。

 

『この後のことを考えすぎましたか。萌黄、不本意ながらある程度条件はそろいました。『劇』を使いましょう。』

 

 負荷が高いため使えばこの後萌黄は純粋に攻撃能力を失う。維持次第では残るかもしれないが、むしろ持たず昏倒する可能性もある。

 

『んー、ご主人様は追いかけられない?』

 

『私達が倒れることも良しとされませんし、敵に合流されて負担になることも許されません。私も菫の治療でそれ以外のことは難しくなります。菫もすぐには動けません。紺は残せるでしょうが攻撃を得手としているわけではありませんし、頼みます。』

 

『了解よ~。』

 

 桔梗の要請を受け萌黄は銃や盾を収納する。萌黄が手を振り上げ踊るように糸を繰る。うずくまる人形が地面から立ち上がる。

 

「友を傷つけられ失い立ち上がる。その行いに正義は無くとも己の心に嘘は無く、その力に義はは無くとも後悔は無し。すべては己の心を満たし救われるために。」

 

 パペットの手に大剣が握られ振り上げる。

 

「されど体は傷つき心は満たず仇を求めて無限を彷徨う。」

 

 大剣を引きずるようにゆっくり歩き始める。周囲が沼のように暗くなりずるずると力なくパペットは竜に向かって歩き始める。

 

「それは(かたき)か。邪魔なら斬り、怪しくとも斬る。呪われた力は永劫に(かたき)を求める。」

 

 パペットは異様な動きのまま速度を上げて竜に迫る。異常な気配に前衛竜がそちらに気を取られ紺はその間に視線を切り身を隠す。

 

「仇は斬ったか斬らずか、目的を探しただ彷徨い敵を斬る。これは敵を見失った呪われた復讐譚。」

 

【条件達成率68%・・・特攻率204%、行動力136%、耐久力680%、外形強度204%、状態異常34%、軽減率34%】

 

「『悲劇、忘れられた男の先無き歩み』開演っ!」

 

 萌黄の宣誓と共にパペットから奇妙な音が響き竜に襲いかかる。

人形劇は物語に沿った状況を用意しはめ込むことで効果を上昇させる大規模スキルになります。今回の場合は菫が敵によって動け無くされたことと敵が残っている状況で、萌黄は配役と武器を用意し物語の始めます。より細かいシチュエーションを用意すれば達成率が向上し配役が強化されていく仕組みになります。基本負荷が高めで軽減率によって維持のしやすさが変わってきます。

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