僕、駒を進める。
穏健派の身の安全を守るために、過激な傾向のある独立派を僕らは討伐した。この辺の慣性も随分ずれてしまったと感じるが、行動を起こされる前に、まさにやられる前にやっておかないと自分も友軍も安心して寝るのも難しい。一通り暴れたせいか周囲の人からはかなり怪しい目で見られたし、何なら途中で警備隊とも顔合わせしてしまった。カースブルツ卿の話をしてなんとか見逃して貰えたが事前に相談ぐらいはして欲しいと小言を言われた。警備隊の中の穏健派にはひっそりと賞賛されたが、権力の強い上層部を除いて一般民衆で派閥に縛られているような人はほとんどおらず、多くの人は迷惑そうに騒ぐなと文句を言ってくることが多かった。性急すぎたと少し反省する。菫などは次はもっと静かにしますねと前向きだが多分そういう話では無いと思う。
夕方過ぎて日が暮れる寸前にカースブルツ家に再来訪する。僕らが遅れたせいで気が気でなかったようだがいきさつを話して落ち着かせる。警備隊にいらぬ飛び火しそうだったのでそこは止めさせておく。彼らは間違っていない。カースブルツ卿からリストと手紙を受け取りリストを紺と鶸に確認してもらう。
「これとこれは微妙な所ですな。ここもどっぷり漬けられていて無理でしょうなぁ。逆にケイロン家とソリン家は引き剥がせると思いますが。」
紺がリストを見ながらぶつぶつと感想を述べている。それを聞いたカースブルツ卿はいやいやと難癖というか意見を述べるが、本人が良くても周りが固められてて無理、そこは奥方に手が回っててだの手厳しい紺のダメ出しがしばらく続いた。カースブルツ卿はちょっとしょんぼりしながら別途手紙を準備するのに一時下がっていった。
「中々手厳しい現状だね。」
僕がお茶をすすりながら紺に尋ねる。
「別にあの男を通さずとも王家の威光と餌、我々の武力を持ってすれば半分寝返らせるのは難しいわけではないのですがね。」
確かに半分という値ならカースブルツ卿が見込んでいる数よりは多い。
「まあグラハム・・・この場合はトーラスの指示なんだろうけど。この場だけの恭順よりも派閥とか縁で解決して欲しい所なんじゃないかな。」
僕は王家の想いを代弁しておく。特にトーラスは僕の力を前提にして話を進めないようにしている節がある。支援は受けてもその支援は安定供給できるものや自分たちで再現できるものに留まろうとしている。最初こそ早急な復旧の為に大きな支援を要求したがその後は僕らで無いと再現しづらいものについては支援を要求していないようだ。信用の問題より使徒という恩恵が一時的であると彼は経験しているのかもしれない。そうやって時間を潰しているとカースブルツ卿が戻ってきて手紙を渡してくる。手紙を受け取ってから今度は鶸が僕に手紙の一部を渡し、残りをカースブルツ卿に返却している。
「そちらは貴方から送った方がよいものと私たちが手を回すまでも無い方々のものです。貴方が責任持って処理なさいな。」
鶸がそう言って手紙をカースブルツ卿に握らせる。カースブルツ卿は若干戸惑っているようで何か怒らせたと思っているのか若干不安になっている模様。
「貴族らしく深く考える必要はなくってよ。それは貴方がやった方が良いということですわ。」
鶸の念を押したような言い方にようやくカースブルツ卿は納得したような顔でそれを受け取り、執事に手渡し配布の指示を出している。僕らも貰うもの貰ったので席を立ち館を出る。
「あの手紙はなんかあったの?」
僕は鶸に尋ねる。鶸は振り返るなり何聞いてるの?と言ったように顔をしかめる。
「ただの適材適所ですわよ。あの男がやった方が良い物があるのは事実ですし。もう一つはあの男に北方連盟のまとめ役として手柄を持たせることですわ。貴方が顔を出してまとめた方が早いですけど、こんな所で世話もしない派閥を持つ気はありませんでしょう?」
鶸の言葉に納得して頷く。ようは将来僕の手間になることを減らすように動いていてくれたということだ。有り難いことで。鶸がぐだぐだ小言を言っているように聞こえるがそれは完全に無視して街から出る。街から出ると新たに監視されているのか菫が周辺をチラチラ見回しながら微妙に面倒くさそうな顔をしている。監視の目が点在していおり一網打尽にするのは難しそうだ。菫は優秀だが菫にも捉えられない斥候がいるかもしれないと思うと、情報を渡さないためにすべてを駆逐するというのも現実的では無い。仕方なくそれらを無視してリストを見ながら手紙を配って説得に回る。長期移動だけなら持久力お化けの僕らの行軍に敵うこともなく監視の多くは置いて行かれる事になる。最も移動先にも少なからず監視がいるので監視がいなくなる訳では無いのだが。
「主殿。紺は一時離れましてヘキセン家を少し足止めして参ります。」
さっと敬礼するように構え蟹と共にすっと草むらの中に消えていく。よろしくと声をかける前に消えていってしまい反応に困る。菫も鶸も頷いているので一応計画通りと言うことなのだろうと納得しておく。移動した貴族の家に手紙を渡し、面通しが敵った相手には直接対話して説得する。もしくは事前に独立派の拠点を襲撃し懸念材料を消すなど交渉準備をしてから説得を行う。余りにもスムーズに進んでいき完全に計画、予想の範囲内なのだと思わせる。二日目こそ軽い襲撃に遭ったものの、三日目は何も無く手紙を書いて貰った貴族にはすべて届け概ね色よい返事を貰えた。残りは力ずくで言うことを聞かせるかそのまま踏み潰すといった方々だけが残っているという。
「鶸のこの後の予定としてはどうなの?」
僕の質問に鶸が眉をひそめて振り返る。
「それを決めるのは貴方の仕事ですのよ?私達はただ貴方をサポートするだけですわ。」
鶸は眉をひそめたままため息をつく。これに関しては菫も同じようで望むなら根絶やしにするけどまずは方向性だけでも決めて貰わないとという感じである。もともと王家に頼まれたことではあったけどそうすると決めたのは僕で段取りをしたのは鶸だけどそうしたのは僕が決めたからだという。僕がいない間はある程度事前の指示と方向性を加味して自由に動いていたが僕がいる間はそうそう勝手には動けない模様。しょうがない流れに乗っていたので全く考えていなかった。参考にするために現地にいる紺に状況確認のメッセージを送る。
-脈無し、S国使者を攪乱中-
返事は何をしているかいまいちである。シュトーレス王国の使者を足止めしているようではあるが。
「よし。もう潰そう。」
菫と桔梗は手放しで賛成で鶸は少し面倒な顔をしている。
「手紙を渡した貴族とカースブルツ卿にはシュトーレス戦の準備をして貰って、その間に僕らは独立派を潰して回ろう。」
「その方が手間が無くてよろしいですわね・・・」
鶸は色々考えていたのかもしれないがそれなりに納得した顔で頷く。
「桔梗は了承して貰った穏健派の方々に戦争の準備をして貰うように連絡してくださいな。集合は連盟の中程にいるウィンザー家にしましょう。鈴は森とリブリオスからミーバ兵を呼んでくださいな。」
桔梗は頷き、蟹の上で器用に丸くなっている鈴は手だけ持ち上げて了承の意を示す。雑な準備のお願いをした後僕らは近場の独立派の領地を目指す。潰して回るとは言ったがほとんどヘキセン家まで一直線のルート予定である。独立派の中心人物とシュトーレス王国からの支援経路さえ潰せば残りは何もしないか降伏するかするだろうという算段である。鶸に尋ねると考えが雑だと釘を刺されるも決起しても合わせて百名程度の戦力で無視してもさほど困らないであろうという予測だけは頂いた。さすがに独立派の領地に入れば妨害があるかとおもったが、監視の気配が増すも夕方には最初の目標にたどり着いた。
「たのもー。」
僕は入口の門番に言葉を投げかける。さすがに僕の顔までは覚えていないのか知らされていないのかいぶかしげな顔をされるだけで面倒くさそうにどっかにいけとジェスチャーされる。
「王家からの通達でお宅の領主様に降伏勧告に来ました。通すか伝えるかしていただけますか?」
僕は門番に王家の紋章をあしらった印章を掲げてそう宣言する。門番は混乱し動揺している。その内僕の容姿と背の低さを見て子供のいたずらに違いないと軽い脅しのように槍を突きつけてさっさと帰れと言い始める。やはり威厳って大事だなと思いながらため息をつくと、案の定たいした危機でもないのに菫が槍を中程から切り落とし剣を突きつける。いつもの神涙滴ではなく金属の剣を使っているので目に見えて門番には危機が感じられるだろう。桔梗も鶸もうんうん頷いているがどこに頷く要素があるのか後で聞いてみたい。門番は驚愕の顔で剣と切られた槍と菫を順番に見る。僕も大概だが怒った菫は多少迫力があるも脅しをするにはやはり役不足感があるのは否めない。ただ相方の危機を感じてか、これを襲撃と感じたかもう一人の門番は手早く笛を吹いて館に危機を知らせる。
「おや、結局強襲になるの?」
僕が少し意外に思いつつ呟く。
「むしろそうするつもりで煽っているのかと思っていたのですけど。」
鶸は少し楽しそうに笑いながら呟きに答える。僕は苦虫をかみつぶしたようにばつが悪いと思いながら軽くため息をつく。
「よーし、みんなやっちゃえー。」
僕は棒読み気味にテンション低くそう宣言した。菫はそのまま門番を突き刺し打ち倒す。萌黄のショットガンが反対側の門番を穴だらけにする。桔梗が大型の石弾を門にぶつけ粉砕する。館の方から五人ほど武器を持って走ってくる人影が見える。騎士なのだろうが鎧を着て走ってくる姿はなんとも滑稽に感じる。獲物を見つけたように菫と萌黄が走る。菫が見えない剣で鎧ごとなます切りにし、萌黄の踊る剣は一度に三人を串刺しにする。合わせるように桔梗が一人を氷漬けにしている。僕は周りを気持ち警戒しながら歩いて館に向かう。恐らく自分の仕事は無いだろうと思いながら桔梗、鶸、鈴を連れて歩みを進める。館の中は二十名ほど詰めていたがその内戦闘員は八名。残りは館の使用人である。使用人もけなげに攻撃に参加したものがいるが、その拙い攻撃は菫達に届くこと無くことごとく返り討ちに遭う。如何にもな偉らそうな部屋で萌黄に武器を突きつけられ地面に打ち倒されている貴族がいた。菫より先に見つけて捕らえたことで萌黄はご満悦である。反面菫は少し悔しそうだ。
「くそ、どこの貴族の差し金かしらんが私の後ろに誰がいるかわか・・・」
「残念だけど僕の目には貴方の後ろには僕の配下しか見えないなぁ。」
僕は短剣を組み伏せられた彼の目の前に投げ刺して黙らせる。貴族はか細い悲鳴を上げて言葉を飲み込む。鶸が何かに気がついたように部屋を出て行く。僕はそれを気配で感じながら目の前の貴族を見る。そして貴族に王家の印章を見せつけながら言う。
「大人しく現王家に従うか、お取り潰しになるか選べ。」
「横暴だ。こんなこと王家が許すわけが無い。」
貴族は悲鳴を上げるように叫ぶ。僕も正直もっともだと思ってしまう。
「まあ少しやり過ぎたかなとは思うけど、今後のことを考えたら些細なことなので。」
僕は少し考えた後笑顔で答える。部屋の外で子供の声がする。大人しくしてれば良かったのにと思いつつも意味不明な言葉を叫ぶ子供を鶸が腕を締め上げながら連れてくる。鶸も正直対応に困っているような顔である。鶸より少し大きな子供ではあるが、鶸の戦闘能力が低いにしろさすがに子供相手に負けるような能力値では無い。その後追いかけてくるかのように女性の叫び声がする辺り頭が痛くなってくるがそちらは桔梗が淡々と魔法で拘束し捕縛してしまう。
「・・・奥方とお子さんですかね。」
知っていて見逃していた相手なのだがこう出てこられると対応に困る。
「家族に手を出すんじゃ無いっ。」
「月並みな台詞をありがとう。一応降りかかってくるものは払っておかないとね。」
貴族の言葉に僕はやるせない気持ちを押し込みながら答える。
「僕も好きで虐殺しているわけでもないし、敵対しないなら助けたいとも思う。ただ話も聞いてくれないのは駄目だね。」
僕は精一杯すごんで貴族を見るが萌黄は楽しそうだし、鶸も口元がヒクヒクしている辺りそんな迫力も無いのだろう。
「あんな辺境貴族の下につけというのか。それこそ末代までの恥だ。」
貴族が正直僕にとってどうでも良いことで憤る。
「まあ確かに彼は運良く王になった。でも今までだって運良く爵位が上がったように見えた連中は他にもいただろうに。それの延長だと思って貰いたいけどねぇ・・・」
貴族をたしなめながら僕はこれ見よがしにチラリと少年に視線を送る。貴族の表情が露骨に曇る。
「従わないならそのように処理するしか無いんだけど。ここは大人しく従ってくれないかなぁ。」
脅しにしか見えない僕の行動を見て貴族も諦めたように力を抜く。
「殺せ。従ったところでもうこの領地では生活は維持できん。直に領内は破綻する。王都方面からの流通は止まり、支援無しでは連盟内でも食糧不足で破綻することは確認が出来ている。だが処刑されるのは私だけにして欲しい。家族と領民に罪は無い。すべては私の意地と手腕の問題だ。」
断られた事も意外だったがそもそも結構な理由もあった。本当?みたいな気持ちで鶸を見ると頷き返してくる。グラハムが気に入らなくて従っていなかったのも事実だけど、それ以外にも王家で行った隔離政策も若干問題だったようだ。トーラスなら気がついてると思うのだけど、その前に根を上げると思っていたのだろうか。タイミング良くシュトーレス王国からの支援があって返って手を出しづらくなってしまったか。トーラスはトーラスで依存しないようにしながらも僕を利用してどうにかする気満々のようだ。少し嵌められた気分でもある。僕は萌黄に目線で合図して拘束を解かせる。
「どういうつもりだ。」
貴族は毅然とした態度で立ち上がる。鶸と桔梗にも目線を送って家族への拘束も解かせる。女性は若干不安な目で周囲を見ていたが子供が走り出して貴族に向かったのを気に自分も駆け寄る。
「僕にも随分誤解と勘違いがあったようなので無理矢理話を進めなくても良いかと思いまして。」
僕は一言謝罪してから話を切り出した。貴族は何の事かさっぱり分からないといった風にこちらを見ている。当然裏でどういう話があったかも僕の思い込みに関しても何も知らないのだから仕方が無い。
「グラハム卿が気に入らないのは仕方が無いですがここは諦めて王家に従ってください。それでいて必要な支援は僕が個人で行います。」
「お前が正式な王家の使者だとして、お前個人が支援を行うなど出来るとも信じられん。」
貴族の発言にもっともだと思い少し考える。手持ちの金貨を山積みしても良いが持ち歩いているものは所詮千枚程度。貴族にとって端金では無いにしろ多い額でも無い。手持ちの品を考えて価値的には金貨の山に近いかもしれないが理解して貰えそうなものとして陽光石の剣を机の上に置いて渡す。菫達が驚き警戒する中貴族は恐る恐るその剣を取る。鞘から少し引き抜いた時、柔らかな光が漏れ暗くなり始めた周囲を照らす。貴族はまさかと顔を固めて一気に剣を引き抜く。周囲を照らす陽光石の光は暗くなり始めた部屋の中では幻想的にも感じられる。機械的な光に慣れていた現代人としてはろうそくやランタンのような光は非日常のような気分に浸らせる。最もこの世界ではまだろうそくやランプが灯りとして使われているし、高級ではあるものの魔法の光もある。その剣の光に貴族がどういう気持ちだったかは分からなかった。ただその貴族は陽光石の光に魅入られるように剣を前に驚きか喜びかよく分からない表情で見つめていた。
「その剣は手付金に差し上げます。その剣を複数、もしくは領軍全員に配ることに苦に無いほどには支援することが出来ます。それが十も二十にもなれば多少は手間ですが。」
僕の言葉に正気を取り戻したかのようにはっとした貴族は剣を鞘に収めて僕の前に出す。
「剣はお返しする。この剣は私の手には余る。とても金に換えようと思える品でも無い。たとえ貴殿に届かないとしても敵対するものにこれほど素晴らしい剣を渡すことに躊躇しない貴殿の行動と言葉を信じよう。」
菫達は警戒を解き僕も思ったより別の展開になってしまったことに多少驚きを覚える。そこはそことうまく話がまとまったので鶸を見る。鶸は視線を送られたことで気持ち首をかしげたが納得いったように一礼して話し始める。
「夜が明けて昼頃には必要な食料をお持ちします。領内の各街や村などに速やかに届くように手配も致します。合わせて金貨五千枚を即時払い出し致します。我々が来訪するに当たって処してしまった者達に対して大銀貨一千枚をお支払いします。以後定期的に食糧支援と後日領内整備の為に大金貨五千枚を投資いたします。」
鶸は余所行きモードでつらつらと支援内容を表明する。まぁそこそこの額かなとは思う。剣千本よりは余程高いだろう。
「そうか、そこまでしていただけるか。貴殿の意向に礼を言わせて貰う。貴殿の為なら王家の下につくのも否と言うまい。」
貴族が膝をついて礼をするが僕的には現金なものだと思わざるを得ない結果となった。領内を支えないといけないとはいえ結局は金かぁと見たくも無い現実を見てしまう。先ほど痛い目に遭わされたのはどこにいったのか緊張感が解けた空気を感じてか子供も拙い声で礼を言ってくる。僕らは惨劇になった館を尻目に貴族に見送られて外に出た。
「北方連盟って思ったよりお金無い?」
館を離れて街を出てから僕はぼそっと尋ねる。
「本拠点の現金で北方連盟が五つくらい買える・・・くらいでしょうか。」
しばらく拠点を管理していた桔梗がどうだったかなと思案しながら答える。
「重要なのは北方連盟の地域の産業が鉱石は織物に偏っているからですわね。風土気候的に食料を大量に育てるにも向かず、畜産も多くなく、狩りではやはり安定しませんからね。王家側から見れば一地方の産地の仕入れが無くなった所で致命的では無く換えが効く。ですが北方連盟は全体で生きて行くにはやはり食料が致命的に足りませんでしたわね。」
鶸が少しとがったような声で話をする。
「グラハム卿が短時間で成り上がったということもありますし、尚且つ貴方がグラハム卿の根回しが終わる前に決着をつけてしまったことが北方連盟の悪夢と言ったところもあるでしょうよ。そこにつけ込んだのがシュトーレスなのでしょうけど。」
鶸はよくある政治ですわと最後にぼそっと付け加える。
「どの領主も英雄が懸念材料だったので協力的になることが難しかったのですけど、ご主人様はアリアを押さえてしまってから即座に王都を押さえてしまいましたからね。」
菫が嬉々として話に加わる。
「そう言えばアリアは何してるんだ?」
僕の言葉に鶸が今更?と言った風に顔をしかめて振り返る。盛大なため息をつき可哀想にと首を振る。
「直接教えを請えなくて残念と言っていましたが、私や菫を通して知識として開山剣は教えていましたわ。今も城で剣を振っているのではなくって?貴方に敗れたと言っても対軍能力が衰えた訳でもなく今でも国の抑止力として励んでいますわよ。」
鶸が投げやりに告げる。僕は興味が無いかのようにそうかとだけ答えておいた。色々試してやりたいことは多いが今はこっちに集中しよう。夜中適当なところで一休みしてから翌朝。加速するように領地を進み独立派を金でしばいて二家を切り崩し、翌朝一家を断絶させてから昼には目的のヘキセン家のお膝元である街にたどり着く。
「これ、そのまま入れるかな。」
入市の列に並びながら僕は菫に尋ねる。
「どうでしょう。すでに独立派で手配書は回っているでしょうし、大立ち回りになる可能性はそこそこあるかと思います。」
菫は小声で答えるもそうなっても問題は無いでしょうというような顔で見つめられる。
「会話する気もないなら桔梗がふわっと処理してくれますわよ。」
鶸もどうしてそうしないのかと言わんばかりに桔梗を親指で指す。桔梗はちょっと気合いをいれて望まれるなら問題無いという構えで僕を見る。なんというか思いのほか血に飢えているようにも見える。さっき散々暴れただろうに。列の横を走り抜けていくファイをちらちら見ながら列が消化されていく。そこに虚空から現れたかのように紺が姿を現す。余りに突然に現れたので僕も驚いて武器を抜きかける。
「も、申し訳ありませぬ。紺でございますぅ。」
僕の危機的な警戒心を受けて紺が涙目に謝罪を始める。僕は深呼吸で大きく息を吐き出してからご苦労様と紺の頭を撫でる。すぐにご機嫌になって尻尾を振りそうな勢いで嬉々を振りまく。その後すぐに正気を取り戻したかのように桔梗を見る。桔梗はうらやましそうな目で紺を見た後、納得したように魔力を集める。
-桔梗の『談話室』より接続を求められています。-
相談事なのか小話で済まなそうな状態である。『談話室』に接続するとすでに全員の意識がつなげられている。みんな処理が早いこと早いこと。
『主殿がお見えになりましたので話を進めさせていただきます。』
紺のログが頭に流れる。紺の話に寄ると予想通りというかシュトーレス王国はヘキセン家を足がかりにここルーベラント王国に侵攻し領土を切り取るつもりでいるようだ。本来ならもう少し食い込んでからという感じだったのだろうが王家側の動き、つまりは僕の派遣を察知して強行しようとしている節が見られるとのこと。二つ離れた都市にすでに二千の騎士が駐留し、三千の民兵が二日で招集される状態のようだ。国境まで行軍速度で三日、国境からここまで二日と五千の軍に抵抗するには通常では短すぎる時間だろうと考えられる。なおヘキセン家の常駐兵力は騎士五百と高めだが領地に散っているのでこの都市には二百、国境に百と抵抗するにはさすがに厳しいと言える数である。
『少なすぎない?』
兵力の常識が壊れている僕としては余りに驚愕する弱さと言える。何せ国境沿いならば最長でも一日弱あれば千の斥候兵を送り込める状態である。翌日には五千も難しくない状況で、騎士二千で何をする気なのかと思ってしまう。
『ここ一年で小競り合いもありませんでしたし、こちらの戦力は現在表に出ていませんので仕方ないかと。』
桔梗が補足する。よくよく考えれば国内のトップの人間しか知らないことを把握するのは難しい話か。
『ヘキセン家を王家に引き込むのはもはや困難でございます。街に入って相対して処理するよりも、桔梗の魔法を使って館ごと処理した方が手間も精神的にも良いかと思っております。』
紺が結論として物騒な話を持ち出す。入市の列は進んでいるが僕らの番はもう少し先だ。
『位置は特定出来ておりますので罪の無い市民を巻き込むこともありません。主殿が独立派をいくつか取り込んだことから館も厳戒態勢が引かれ彼の所業に関わっていない者はおりません。始めから決裂している交渉に臨むよりは良いかと思いますが。如何でしょうか。』
そこまで言われると説得しようという気にもならない。こうして待っていた時間が無駄になるのはもったいない気もするがこれ以上無駄にならないと思えば良しとするか。
『分かった。桔梗に任せよう。』
僕はそう決断して列から離れる。いぶかしげな目で見られながら背丈の小さな集団が離れていくのは奇異の目で見られる。
『領内の管理はどうするかね。』
『聞いたところによると今朝も一つ断絶しておるようですし、王家から人が回されるまで斥候兵達でなんとかいたしましょう。』
紺の意見を聞いて斥候兵が指示して騎士や書記官に伝令して貰えばいいかと納得する。そして頷いて桔梗を見る。桔梗もそれに答えるように頷き杖を振りかざす。それを見ていた人達が驚き、気弱な人は軽く悲鳴すら上げている。
『降炎滅却』
指定した範囲に火、熱、打撃を与える魔法だ。範囲外に多少熱は出るが大きな被害は出ない。多くの範囲の形状である円形ではなく、ある程度自由に変形出来るのが面白い魔法である。範囲内は一気に燃え上がり更に炎の塊が降り注ぎ追い打ちをかけ続ける。最初の一撃でも相当だが範囲内に持続的なダメージを与え続ける強力な魔法である。桔梗が杖を下ろし収納する。
『ダメージ判定が一定になりましたのでつつがなく終了いたしました。』
建造物が残っていればそこにダメージが発生するが一定になったと言うことは地面とそこに密着している石材のみになったということらしい。目視しなくてもそういう判断方法もありか。地下室とかは若干不安だけど。まあ復旧も困難だろうし一時見た目だけでも滅んでれば良いか。後は相手が動くのを待って、その間に自軍を呼び寄せる。・・・しばらく暇だな。都市壁越しに街の中が騒がしくなるのを聞きながら、トーラスに管理官派遣の要請メッセージを送る。
王家の要請もありますが、警戒しながらぼちぼち進めています。
紺「通行止めにして使者を回り道させたり、事故に遭わせたり、時には偽の伝令で行き先を変えたりですな。」
鶸「紺も以外とマメね。」
紺「遅らせすぎて使者がダブって出会ったときはどうしようかと思いましたがな。」
菫「それでですか・・・」
鶸「何をやらかしたの?」
紺「情報が共有されると困るので先行していた側の使者の馬車を木っ端微塵爆破して誤魔化しておきました。」
鶸「まさかの爆破オチ。」
鈴「そして混乱したものの情報共有は妨害出来ていないという。」
萌「失敗は誰にでもあるよっ。」
桔「萌黄、紺が落ち込んでるから追い打ちはやめなさい。」




