僕、駒を置く。
最下層で小一時間まったりしてしまった後、我に返るように起き上がる。
「いかん。身も心も堕落するところだった。」
「もう少しサボっても罰は当たりませんわよ。」
僕の焦燥感たっぷりの言葉に鶸はさらに怠惰の道へ引き込もうとする。一瞬、神に洗脳されたかと思ってしまうがただ側でゴロゴロしたかっただけのようだ。君たちは一年と少し頑張ったかもしれないけど僕は何もしてないんだ。焦りもする。みんなしょうがないなぁといった感じに起き上がり腕を伸ばしたりしている。
「実はこれ上に上がるの大変だね。」
今までの経路を考えると少し億劫になる。
「出る為だけの最下層から地表への直通経路は造ってあります。」
僕の愚痴を聞いて桔梗が素早く口添えしてくる。
「一応非常用という位置づけではありますが脱出機構を使用しなければ普段使いでも問題ありません。」
「それはそれで気になる機能だけど逆から侵入されると困らないかね。」
僕の懸念は当然の考えであるように、そちらに関しては一方通行になるように隔壁で制御しているらしい。地上まで百を超える隔壁が最下層から通る時だけ開くようにしてあるとのこと。通る時だけ開いていき通過と同時に閉まるので相当な攻撃力で処理されない限り大丈夫だろうと。そもそもその攻撃力があればどこからでも穴が開けられるので考慮していないということらしい。そして脱出機能を使うと物理的に開閉機構を癒着、破壊していくのでどうあっても開かなくなる模様。使うときは最後の最後で、復旧は困難であると認識して欲しいとのこと。エレベーターのような箱に入り持ち上げられながら物騒な通路を通っていく。
「何かの拍子でこのエレベーターが止まったらどうなるんだろう。」
「箱は使い捨てですのでそこまでの防御力は考慮しておりません。止まって地中に取り残されたら地道に掘るか諦めるかですね。」
僕の疑問に桔梗はあっさりと欠点を白状した。そこまで攻められたら抵抗も困難であろうし、逃げられたら儲けものといった思いもあるらしい。なんか使うのが怖くなってきた。今回に限っては問題無く地上につく。山の麓というよりは中途半端な森の中。ここも見つかりにくい所を重視した結果、周辺の森は手をつけず放置したままだという。ただ普段使いで通ってたら嫌でもばれそうだ。やはり真面目に通用路を通って戻るべきか。そもそも拠点の利用を諦めるか。癒やしの為に手間を取るのも少し考え物かと思ってしまうのである。この辺に関してはまた考えるとして今は次の仕事を処理する方向で考える。山森を雑に駆け下り平地に出る。そこからは各自長距離移動手段を取り出しリブリオスを目指す。そこを経由してカースブルツ本邸を目指す。話が通っているのかそれともカースブルツ卿から指示が出ているのか各街や関所のような場所は意外なほどあっさり通過できた。場所によってはお礼を言われながら顔パスである。
「ここはご主人様の威光が知れ渡っており素晴らしい領ですね。」
菫はご満悦だがここまであっさり通されると僕としては逆に怖くなる。だがその懸念も杞憂であるかのように驚くほどあっさりカースブルツ卿との面会は成立した。
「おお再開できて嬉しいぞ。娘の命、そして我が領土を救い、国難を回避できたことに礼を言わせていただく。」
カースブルツ卿は曲げにくそうな腹を優雅に曲げて最上級の礼をとる。
「ぼ・・私としても周辺が荒れるのは困りますし、人助けとしては依頼もあり成功して良かったと思います。」
まさかここまで心酔されているとも思わず動揺して答える。
「鶸殿からある程度話は聞いておりますが貴族ではないので煩わしい事は無しでということで。仲間内ですれば揚げ足を取られかねませんが貴方はそういうことは無いと聞いていましたからな。私としては心底感謝しておるのです。」
カースブルツ卿の話聞いて僕は鶸をちらっと見るがなぜか自慢げに鼻高々だ。一体何を植え付けたのやら。取りあえず当時の状況とその後の話を鶸を交えて聞き問題無く駆除できたのだと安心する。
「こちらに来た本旨としては王国への恭順と反発している貴族との折衝をお願いしたいと思いまして・・・」
雑談が一息ついた所で僕は申し訳なさそうに切り出す。
「他ならぬ貴方の為なら従いましょう。」
カースブルツ卿はあっさりと抵抗感無くそう言った。逆に僕はそれでいいのかと思ってしまう。
「王国の最大権力者であり最大戦力保有者である貴方に頭を下げられては、恩ある私としては断る理由になりますまい。」
カースブルツ卿は小腹を揺らしながら軽快に笑う。というか僕の位置づけに関してもよく調べている物だ。僕は曖昧に頷くしかなかった。
「後は領地の安堵くらいはお願いしたいところでありますが・・・恐らく条件があるのでしょう?」
カースブルツ卿は貴族の余裕をもってして次の話の確認に移る。というか完全にペースに巻き込まれている。
「この後すぐに隣国のシュトーレス王国の攻略に入る。それに参戦してもらうのが条件だ。」
僕は最初の条件を提示する。
「シュトーレスですか・・・本国からの支援はありますのかな?北方連盟だけでは少々どころか大分戦力が足りないと思われますが。」
カースブルツ卿は僕の方をチラリと見ながら難色を示す。なにやら北方連盟なる知らない単語が出てきたが、鶸から反発貴族が自ら名乗っている総称だとメッセージが入ってくる。
「支援はある、とは言っておくけどそれ以前にシュトーレスと繋がっている貴族がいると聞いている。そちらをどうにかしないと詳しい話はしてあげられないね。」
僕はカースブルツ卿を睨むように見上げ言う。
「ヘキセン子爵の一派ですな。連盟としては財政や食料を支えてもらい随分助かってはいましたが・・・」
カースブルツ卿は隣国からの支援の事を隠さずに話し大きくため息をつく。この辺の危機感についてはどういう慣習の齟齬があるか分からないので一概に僕の考えで悪と断じるのは難しい。ただグラハムの話を聞く限りではよろしくないという案件なのも事実。
「ヘキセン子爵をトップに概ね三割ほどが賛同している独立派ですね。シュトーレンの支援と甘言を受けて王国から独立しようと叫んでいる連中です。最もシュトーレンの支援無くして生きていくのが困難な我々がそんなことをすれば数年内にどうなるか分かりそうなものなのですが、うまいこと乗せられているのでしょうな。消極派とも穏健派とも言われますが残りはグラハム王権に不服でただ反発しているだけの駄々っ子ですな。最も私もその一人なわけですが。」
カースブルツ卿は内部事情を話しながら自嘲気味に笑う。この辺に関しては調査で走っていた紺かなと思って見上げると、紺は力強く頷いた。大体合っていると認識すれば良さそうだ。逆に言うと僕が知らないだけで北方連盟の挙動は概ね把握出来ていると言うことだろう。
「じゃあ、ヘキセン子爵をなんとかしようか。」
僕はそう言ってカースブルツ卿を見る。
「それを我々にということですか?」
「それを含めて北方連盟が王国に恭順してもらうように説得してくださいということです。」
僕はそう言って微笑みながら会話を返す。
「ふむ・・・期限はいかほどで?」
カースブルツ卿はソファーに重く寄りかかりながら尋ねてくる。
「早ければ早いほど・・・最大七日くらいでお願いします。」
「七日ですか・・・それほどとなると、こちらから出せる交渉材料をいくつか頂きたいですなぁ。」
僕が期間を提示するとカースブルツ卿も困ったようにしながら譲歩を引き出そうとする。
「分かっているとは思いますが我々も彼らの支援がないと生活が難しくなっているのも事実。それを止めてまで王国に恭順するメリットを提示していただきたい。なにせ王国に恭順しても周りから干されたままでは死も同然ですからねぇ。」
段々本性が出てきたなと思いながら眺めていると後ろで菫が我慢で気なさそうに笑顔を固めているのが見て取れる。僕は盛大にため息をついてから話を切り出す。
「こうやって僕が交渉に来ていること自体がグラハム王の温情であると理解していただきたいのですが。正直僕としては手早く終わるならどちらでもいいんですよ。貴方が言ったとおり僕はこの国で最大戦力を保有していることですし。」
僕は言葉を強めにしてカースブルツ卿に言い放つ。
「私達連盟を力で潰せば他の貴族も瓦解いたしますぞ・・・。」
カースブルツ卿は苦しそうに言い返す。
「すでに敵国と繋がっている連中を切り捨てて潰したところで他の貴族がどう思うかは関係ないと思いますけどね。まあ見せしめには良いんじゃないですか?」
僕はあっさりと返す。カースブルツ卿は突然僕が豹変して武力押しになったことに少し動揺しているようだ。
「国がそれを許すと思っているのですかな・・・」
「残念ながら許されているんですよ。」
カースブルツ卿の言葉にかぶせるように僕は言い放ち席を立つ。
「二日後色よい返事を期待していますよ。」
僕はそのままみんなを連れて外に出る。
「さてどう出るかね。」
僕は門に向かって街並みを歩きながら呟く。
「実際の勢力関係から考えれば我々を潰しにくるかと思いまする。」
紺は元々一番ありそうな状況を伝えてくる。
「今回のK卿への話を加味するとK卿は穏健派をまとめつつ独立派を説得するでしょうな。ただ独立派は納得しますまい。よって同じ事になるかと思いまする。元々独立派の準備はほぼ完了していて次の使者を反乱の一撃にするつもりでしだったようですし。」
紺はなぜかカースブルツ卿への直接表現を避けて結論を語る。
「私も同意見ですわ。街を出る頃にはこの街に常駐している独立派の輩が襲いかかってくるでしょうね。」
鶸はくだらないといった風に面倒くさそうな顔をして意見を述べる。
「僕を強軍と認識しているのに随分と浅はかな考えだね。」
僕は小馬鹿にするようにそれが事実かも信じられずに感想を返す。
「ほとんどの将軍は一人で軍と戦っても勝てませんのよ?そういう程度にしか見られていないと言うことですわ。」
鶸は心底呆れてそう言った。僕もその話に納得しながら菫を見る。
「じゃあ先に処理しまおうか。」
菫は頷いてステップを踏みその場を離れ気配を薄くしながら走り去る。
「場所は・・・分かってるんだよね?」
何も聞かずに走って行った菫を見てふと疑問に思い尋ねる。
「あの過保護が事前に危険も知らずにのこのこ敵陣に来たりはしませんわ。桔梗、少し遠目のあそこは無用な手間がかかるだけですからやっておいてくださいな。」
鶸はそう答え、そしてこれが事前に相談済みの行動であるかのように桔梗に指示する。桔梗も嬉々として片手を振り上げ上空に七つの雷光球を作り上げ投げ飛ばすように発射させる。流星のように流れ落ちていきながらきっとどこかの独立派が倒されてしまうのだろう。一瞬そのためだけに立ち止まりそして何事も無かったかのように歩き出す。
「ただいま戻りました。」
門につく頃に菫が音も無く戻ってきて合流する。門番に挨拶をして外に出る。街の外から少し振り返れば街壁の上に監視しているような人影が見られる。
「アレはいいの?」
僕が生き残りと思われるような監視者に目線を送りながら尋ねる。
「報告してもらう方は必要ですし、いちいち私達が教えてやるのも手間でございましょう?」
鶸がさも楽しそうに語る。僕らがのんびり街を離れても一向に何も起こらず監視者は少し疑問に思っているようだ。
「二日後でもだるい感じだな。サルードルに戻るにもちょっと短いし。あー、森で試し打ちでもするか。」
そう言って近場の森に行って倉庫から持ってきた弓を繰り出し狩りにいそしんだ。その日狩ったのは大小の動物だけである。
翌日森の側でキャンプをしていたところに如何にも盗賊ですよといった風体の男達がぞろぞろとやってくる。
「ひぃふぅみぃ・・・二十くらいか?随分と少ないな。」
僕はたき火の側に夜中の内に持ってこられていた魚を串に刺したものを立てながらちらちらと集団を見ながら小声で言う。
「盗賊の体で現れていますが実際は防具が粗末な騎士といったところでしょうか。」
菫が肉を焼きながら一瞥すらせずに言う。
「少し離れた森の裏の街道まで馬車と一緒に来ているのを確認していまする。御者を含めて総勢三十名。ヘキセン子爵軍第三騎士団の面々でございまする。」
紺が薪でバトン遊びをしながら報告する。
「騎士が鎧を脱ぐとか、脱皮直後のアオガニですか。」
鈴はだるそうに地面に座ったままいつもの口調のままさもつまらなそうに言い放つ。桔梗は食事の準備を進めており完全に無視。萌黄は楽しそうに盗賊を見ているが彼らの立場からすればその反応は面白くあるまい。
「お、おう。楽しそうな所悪いが荷物と女ども置いていきな。」
進み出てきた騎士では無く盗賊が本職のようなひげ面が気持ち困惑するように、そしてそれを振り払おうとするかのように語気を強めて言い放つ。僕はたき火、薪、食材、そして皆を見回してから魚の焼き加減を見る。こんな絵に描いたようなキャンプはしたことがないのでちょっと楽しいのだ。
「おらぁ、なんぞいわんかぁー。」
無言で無視されたと思ったのかひげ面は怒りを前面に声を張り上げる。
「荷物も無い。女もいない。置いていくもの無くないですか?」
僕は楽しみを邪魔されていることにちょっと怒りを感じながら顔をしかめながらひげ面をみて返事をする。
「女がいないとか・・・ちょっとひどくありませんこと?」
鶸が僕の発言に怒りをあらわにする。いや、君たちは彼らの言うような『女』じゃないだろうし。そもそもミーバ性別あったの?とかどうしようもない疑問を浮かべながら鶸を見てごめんごめんと雑に謝る。
「ご主人様が望めば私達は問題ありませんよ?」
菫が少し妖しい顔しながらスカートの端を少し持ち上げる。君らの気持ちも組んでやりたいけどさすがにそこまで踏み込む気も起きない。かわいいとは思ってもロリコンであるつもりは無い。
「これ見よがしにいちゃつきやがってぇー、ガキがふざけてんじゃねーよっ。」
ひげ面がさらに叫び声を上げる。
「副長も顔と口以外はいい人なのにな。」
彼の後から小声でフォローする声が聞こえる。なんか同情したくなるようなほんわか連中だな。
「面白かったし今引き返すならそのまま帰っていいよ。」
僕は串を回して魚の焼き加減を見ながら言う。
「ご主人様、触らずにそのままのほうが。串が不安定になりますし。」
僕が魚を触っていることに桔梗が嗜める。恐ろしい事に桔梗は彼らの存在を心から無視している。
「ここまで小馬鹿にされるのは始めてたぜ・・・てめぇら予定通りやっちめぇ。」
「さーいえっさー。」
頭に聞こえる翻訳がなにやら妙な単語に変換されている気がするが日本語と現地語の齟齬のせいだろうか。面白い奴らだったのにと同情しながらも襲いかかってきたなら仕方が無い。
「萌黄、紺、鈴・・・は無理か。森にかたづけといて。」
僕は収納から張った弓取り出しを即座に放ちひげ面の眉間を撃ち抜く、というか吹き飛ばした。なんか本当に弓なのか疑うような威力である。昨日の狩りもそうだが矢の当たり所如何によっては部位が爆発してしまって可食部が減ってしまう。食べるために狩りをするには竹ひごのような矢を使うことになってしまったくらいである。食事の前に微妙な光景を見てしまったと思っているとひげ面の周りがキラキラと輝きなにやらファンシーなエフェクトをつけて倒れていく。どうも紺の能力らしいのだが、僕の微妙に思っていた感情を読み取ってか惨劇を和らげるような効果を重ねている。うんまあ、そのままよりマシかなと思いつつも惨劇には変わらない。ひげ面が倒れる頃には萌黄と紺は彼を追い越し、前方から雄叫びを上げてやってくる盗賊達を蹴散らし始める。戦いの様子も見てあげたいが魚も気になると交互にちらちらと視線を移しながら中途半端に見る。今斬りかかったと思って、魚を見、振り返ると別の盗賊が斬られている。見ている映像と結果が全く繋がらない。萌黄は剣とハンマーと共に踊るように戦う。紺は獲物に対して直線的に無駄なく処理していく。そもそも体術しか使っていないのでかなり手を抜いているとも言える。対称的とも思える二人の動きは魚の焦げが広がりきる前に終わってしまい。動きが無くなった盗賊達を律儀に森に投げ込んでいる。確かに森にかたづけると指示した。間違ってはいない。状況を概ね確認できたので僕の視線は魚に戻る。
「そろそろよろしいかと思いますよ。」
桔梗が魚の様子を一瞥してそう言った。桔梗は最後まで盗賊達に一欠片も心を動かさなかった。ある意味すごいと思った瞬間でもある。焼けた魚を頬張りつつ用意された食べ物をつまんでいく。僕の胃の容量を読み切るように出された料理を食べ終え至福の思いに包まれる。食べ終わった頃に紺がふと森の一点を見つめる。次に菫がそれに気がついて鋭い視線を向けている。続いて萌黄がそちらを見ているが首をかしげている辺り、二人が見えるはずのものが見えていないのだろう。紺が菫に視線を移したあと僕の方に振り返る。
「主殿。先ほどの騎士団の斥候であろう者がこちらの様子を伺っていますが如何なさいますか?」
「なんか必要な情報あるの?」
先ほど襲ってきた者達の詳細ですら把握しているのに今更どこの手の者かと聞く必要も無く、かといって人質にしても意味が無く、恐らく聞き出すべき隠された情報もない。紺が少し首をかしげてから首を振る。やはり何も必要なものは無いようだ。
「まあ見られてるくらいなら見逃しておけば?そもそも知られて困る行動もしていないし。」
僕は触らない選択肢をとる。その後軽く運動した後森に入ってまた狩りをする。まだ獲物だけに当てるのは難しい。弓スキルの挙動に従い撃ってしまうと矢が木を貫通、えぐり抜いて獲物を破損させる。
「こう木が多いと中々素直に当たらないものだねぇ。銃ならうまくいきそうだけど。」
「予測射撃自体はうまくいっているので後は訓練次第かと。」
僕の愚痴に菫は継続の意思を伝えてくる。今は障害物が木だからぶち抜いてしまうが、これが殺してはいけない人質や貫通できない素材相手という場面では困ることになる。僕は森を走り抜けながら弓を構え動物たちを狙い続けた。なお煩わしい監視はしばらく狩りを続けた後いなくなった。僕らの動きについてこれなくなったのか、目標を達したかまでは分からない。願わくば次に対峙したとき手間無く終わるように伝えてくれると有り難い。
翌日は大型動物以外の襲撃は無く、ゆっくり朝食を取った後カースブルツ家に向かう。少し雰囲気が変わってしまったかと思うほどどんよりとした気配に覆われた屋敷はさすがの僕でも心配になる。応接室に通されお茶菓子などを置かれて待たされる。お茶や菓子に何やら毒物が盛ってあるのはどちらの意思だかとため息をつき、あまり良い返事は貰えなさそうだなと思いつつ紅茶やお菓子を解毒してから食べる。ちなみに毒の内容は何だろうと気にしたところ、消化系の神経毒で一口食べれば概ね三時間は動けなくなるだろうと紺に解説された。本当にどうするつもりだったのか。そうやって暇を潰していると慌てたようにカースブルツ卿が入ってくる。
「ど、どういうことかと、いえ、ご来訪お待ちしておりました。」
予定通りじゃないのか想定外なのか随分慌てている。
「まあ出来れば早くして欲しいですがそこまで切り詰める気もないですから大丈夫ですよ。」
年単位の所業において一分一秒で無駄にしたくないという思いはさすがに無い。
「さて、早々ながら貴方の意思をお聞きしたい。」
僕がそう言うとカースブルツ卿は驚いたように顔を振り上げ何の話かと理解出来ないような表情をして僕を見る。僕が食べる菓子に目線を送りながらゴクリと唾を飲み込む。
「ちなみに仕込んだ毒に関して期待しているなら無毒化して食べているので無駄な算段です。どちらにせよ僕の後ろにいる子達は食べていないのでそもそも僕をどうにか出来ると思っているのは見当違いですよ。」
カースブルツ卿は汗だくになりながら僕を見ている。焦燥感、恐れ、挙動不審な目どれを見ても怪しいと言えるが余りの怖がりっぷりに逆に毒気を抜かれる。どゆこと?と紺に視線を送る。
「主殿が彼を使いたいかどうか次第です。」
紺は何かを隠すように端的に言った。わからんなぁと思考しつつ僕はカースブルツ卿を見る。出会った当時は割と雑な扱いはされたものの殺すほど憎いかと言えばそうでもない。偉ぶった典型的な貴族と言えばそれまでだが、以前領内の街や村を通った時もそれほど問題があるとも思えなかった。少なくとも酷使して自滅するような貴族では無い。そこまで考えてから僕の力をある程度把握している彼が、わざわざ身を危険にさらすとも思えなかった。彼は良くも悪くも保身に走り権力に執着するよくいる貴族ではないかと思うからだ。
「分かった。彼は助けよう。」
僕がそう言うと菫と紺が風のように動き出し扉、窓から外に出る。何がなにやらと思いつつ鶸を見る。鶸は楽しそうに口に人差し指を当てて静かに待つように促す。桔梗が腕を水平に振り何かを正面の壁に向かって放つ。壁に開いた小さな穴と共にうめくような声が聞こえる。続いて手を振り上げると後ろからも似たような声が聞こえる。カースブルツ卿はソファーに頭を抱え込んで座って震えている。しばらく屋敷の中がドタバタとした後扉を開けて菫と紺が入ってくる。なぜか女性三人と男性二人も従えている。カースブルツ卿はその姿を見て感極まったように声をあげ女性の一人を抱きしめる。誰かと思って目を皿のようにして見ていたが、先日ワームに捕らわれていた娘さんだと思い出す。
「そういう話?」
僕は紺の方を見て聞いてみる。
「城のほうでカースブルツ卿を窓口にして交渉に来ることが漏れていたようで彼の家族が独立派の監視下に置かれていました。もっとも彼以外にも上位の戦力を持つ家は独立派に干渉されている者達が多いおりますが。彼は今回の交渉の場で独立派に有利な条件を提示させるか、もしくは使者を捕らえる役目を負わされておりました。」
へーと思いながら紺がいつそんなことを調べていたかのほうが気になってくる。カースブルツ卿が家族になだめられながら気持ちを奮い起こして背筋を伸ばす。
「貴方様には家族を救っていただいたにも関わらず何も出来ずに申し訳ない。この恩返さずして何が貴族であろうか。この身をとして貴方様に従いましょう。」
割とどうでもいい男の忠誠心を得た。僕は微妙な目線をカースブルツ卿に向けながら話を仕切り直す。
「僕が求めることは何も変わりません。北方連盟の恭順は出来るのかどうかです。」
「独立派の面々はシュトーレスの息がかかりすぎて引き返すのは困難でしょう。穏健派においては三割・・・いや半分は可能かと思われます。」
穏健派七割の半分て全体の三割だけか。まとめて助けられそうなのが少なすぎて億劫になってくる。もうここまで時間かけなくてもいいのではないだろうか。
「ではカースブルツ卿のほうから穏健派に向けて王国に恭順するように促す手紙を書いて送ってください。王国から出せる条件はシュトーレス王国戦への参戦とその勝利に対して領土を安堵するということだけ。あとは僕が個人的に出しましょう。手付金で金十万。その後三年領地と同じ収入を保証しましょう。」
鶸が少し面倒くさそうな顔をしているが正直金で解決できることはさっと解決したい。戦力増強に直接反映しづらい財貨はいくら使ってもさほど困らないのだ。カースブルツ卿はそれなら問題ないでしょうと大きく頷く。
「シュトーレス戦のついてですがこちらで出す民兵が主体になりますので皆さんはついてくるだけで大丈夫です。行軍にかかる資材はすべてこちらから出します。最もこちらの条件は恭順した後の話なので手紙に書くと問題があるでしょうが。口頭で伝えるのは構いませんよ。」
僕の言葉にカースブルツ卿が頷く。
「いかほどかき集めるつもりで?」
カースブルツ卿は興味本位に尋ねてくる。探るというより本当に気になるといった所だろう。
「詳しい数は言えませんがかなりとだけは言っておきましょう。」
僕はもったいぶって伝える。
「どこに諜報員がいるか分かりませんからな。失言でした。忘れてくだされ。」
カースブルツ卿も頭を叩きながら軽く笑う。
「すぐに書面の手配をお願いします。あと送付先のリストもお願いします。僕らはそれ以外の所から当たりますので。」
そう言って僕は立ち上がる。
「夕方にまた来ますね。」
そう言って館を出る。見送られ散々頭を下げられお礼を言われた。身分がよく分からない相手にでも頭を下げられる彼は貴族の中でもまだまだマシな方なのだと思わせた。
「この町の独立派の人員は刈り取っておくか。」
僕は街並みを歩きながらそう言う。それと同時に菫と萌黄、紺が各方向に散る。
「私達も少しは仕事しますわよ。」
鶸が先導するように歩き出す。僕、桔梗、鶸、鈴。残り物だが不安を感じることは無い。むしろ余程の規模で無いと過剰戦力でもある。
「僕にも仕事を振ってくれるとは有り難いね。」
僕はそう軽口を叩いて鶸についていく。そこそこ立派な宿を前にして鶸が目線を送る。
「店主から従業員、客のすべてが染まっていますから手加減無用ですわよ。むしろ宿ごと潰しても問題無いくらいですわ。」
鶸が少し楽しそうに行き先を紹介する。それは結構なたまり場だ。
「上意である。神妙に致せぃ。」
僕は調子よく叫び宿の扉を蹴破る。食堂になっている広い場所には五人ほどが昼間から飲んでいるようだ。こちらの姿をみて一瞬何事かと思っていたようだが、知らされていた顔と一致したのか険しい顔をして武器を準備し始める。僕的には準備を待っても良かったのだが桔梗の杖が一閃し五名がそれぞれ氷柱と化す。
「い、いらっしゃいま・・せ。」
混乱する顔でカウンターにいた女性がどうして良いかわからないまま迎えの挨拶を口にする。
「王城からの指示でこの宿を改めさせてもらいますわ。何もしなけりゃ貴方には何もしませんよ。」
僕は悪役のように女性に語りかけそのまま部屋の方に移動する。女性は焦ったようにカウンターの下から手を出そうとして眉間に短剣を突き刺させられた。
「抵抗しようとしなければ見逃したんですけどね。」
僕は短剣を投げきったモーションのままそう言って、力が抜けて倒れる女性と響く金属音を聞きながらその先に歩みを進めた。この日街から独立派の人間の八割が僕らの手にかかって消えた。残ったのは無力な一般人の協力者だけである。
少しやんちゃに憂さ晴らし。
萌「桔梗は盗賊が見えていなかったの?」
桔「久しぶりにご主人様のお世話が出来ますのにそのような些事に構っている暇はありません。」
鈴「鉄の精神・・・」




