今からがスタートライン
遊一郎が拘束されてから二ヶ月後、各選定者は様々な手法により情報をもたらされていた。手紙、噂話、出元不明な部下の話。情報元に根拠がないが選定者が知れば妙にしっくりくる話。チェイスを除く指し手の神はただ一人への危機感から違反とされるギリギリを往き来し選定者へ情報をもたらした。いつもなら率先して波に乗るチェイスも今回は事の発端であったが故に黙っていた。
「いつもは咎められる立場なのにこうやって黙って眺めて見てると見苦しいものだね。注意しないと。」
他人の振りを見て反省するばかりであった。反省したところで不正をやめるかといえばそうではないのだが。不正かそうでないかは監視委員が決める事だが明文化された違反でなければ申告でもなければ糾弾されることは少ない。目に余るほどなら別だが今回のようにほぼ全員が絡んでいるとなると状況が明らかすぎて申告しない方がおかしいとされる。つまり申告しなければ見逃した、または受け入れたとされる。委員の一柱からすればイライラして仕方ないところではあるだろうがチェイスには関係ない話ではある。チェイスは今まで見逃された貸しを返すつもりで、そしてこれからより楽しむために申告はしない。この状況だと自分の駒の一つが確実に割を食うが使える駒が二つもあるならさほど問題なかろうと手は打たないことにしている。
ラゴウの駒オーガのグラージは森のゴブリンやエルフ、リザードマンを配下に加え順調に勢力を拡大していく。合わせてミーバ達を活用し食料、武具、兵器の準備も進める。戦いと懐柔を繰り返し急速に拡大していく。しかし強さの上限に達するのも早く、強くなる為には別の知識か莫大な時間が必要な時期に来ていた。
「我々が献上できる武器も技術ももうありませぬ。更に力をお求めになるなら次の土地を目指すべきかと。」
グラージの配下の中でも特に知識や技術に優れたエルフの一族でもこの場所では限界であると悟っていた。稀少素材も新たな知識ももうこの地域には存在しない者ばかりである。しかしグラージは以前の失敗から人の世界に踏み入れることに若干の躊躇があった。十分に力をつけた、だがこれで足りるのかと。思い上がっていたのも確かであるが自分の世界と比べてもこの世界の人々の力は異常とも思えた。村だけならまだ問題無いが町、都市、国と出てくれば以前の二の舞になることは明白であった。滅ぼすなら速やかに。そして迅速に成長しきらねばならない。
「ここは恥を捨ててでも実を取る。」
グラージは森に追い立てられた種族の多い中人への協調策を打ち出した。力で制圧してきたとはいえグラージに従ったのはひとえに人への対抗手段になると思ってのことが大きかった。大きな反対が起こる中それを最も恥と感じているグラージが拳から血を出しながら叫ぶ。
「二年、いや一年でいい。人を探り、人の力、国の動きを知るべきである。恨みだけでは一時はともかく長くは勝てん。」
グラージは自らの軍事の知識やこの世界での敗北を説明しながら人憎しで戦おうとするものを黙らせる。
「知識と力さえ奪えばあとは自由に戦える。この土地以外の者と結託できれば違う選択肢も取れるだろう。今は怯えを見せてでも人に取り入り庇護下に入るのだ。そしてさらなる力を蓄えるのだ。」
グラージは従わない者を再度力でもしくは理詰めで追い詰め賛同させていく。全員とは言わずとも大多数の賛同を不承不承でも得させた後計画は実行に移された。比較的見た目から人間との相性が良いエルフを前面に立てて近くの村から交渉に当たる。森の脅威から身も守る為に自分たちの力を使わせる。森の脅威は野生の動物以外はグラージの配下であり自作自演を演じながら村に取り入った。実績を積み町に行き同じように力仕事、護衛、争いと生業として信用を得る。最初こそエルフを前面に立てたが実績と信用が出来てからはグラージ自ら交渉ごとに乗り出し人の世界に入り込んでいく。結果的にグラージ達は傭兵業として身を立てて行くことになる。魔物を従えているという事実は人々に嫌悪の視線を向けられたがすべてとは言わずとも制御されているその姿は次第に人々に受け入れられた。半年過ぎる頃にはオーストレイル王国の片隅で人間と共生する奇妙な魔物の傭兵団がいると認知されるに至る。ただ人々が歩み寄る中、魔物達は自らの根底にくすぶる人々への恨みを決して忘れてはいなかった。依頼先で魔物を駆逐するもそれを従え、一時的に黙らせる。そして自分たちの目的と状況を伝え仲間を集わせ知識と技術、資源を収集する。稀少資源も手に入りさえすれば比較的容易に量産できるというグラージの生産環境が一部の魔物達の事情とマッチし静かに勢力を広げ力を増やしていく。
「ボス。急な話で信憑性もないんですが神の使徒がえらい強くなっているとか。ボスも一応関係者だと思うんで話だけ。」
「あるはずもないほど資源が増えていて倉庫が足りないんでっさ。」
ミーバ施設周辺で急に降ってわいてくる話。グラージはおかしいと思いつつも調べればその通りであることが分かる。自らの力も伸びやすくなっていることが軽く試しただけでも分かる。
「この国の敵対種族がどれくらいいるか、そして経緯とそいつらに必要な物を調べろ。」
グラージは斥候部隊を編成しそう命じた。運営よりも訓練や実務への比重を増やし自らを鍛え、そして生産拠点を増やし捨てるつもりで資源を増やす。二ヶ月後、国に追い立てられた一族、人間に虐げられた一族、人質や盟約に縛られた一族の情報がもたらされる。グラージは表では傭兵業として人々に歩み寄りを見せ、裏ではそうして人々に苦しめられている一族を支援または懐柔し始める。森の外へ飛び出して一年。約束の日を過ぎて苛立ち始めた一部の魔物達が出始めた頃、グラージは不満を持つ者達、力ある種族を集め計画を伝える。
「準備は整った。すべての力を明らかにしたわけでは無いがすぐにはどうにかならないほどの力と知識を集められたと判断した。そしてこの国をしのぐだけの力も手に入れた。これからこの国は人では無く俺たちの国になる。」
グラージは信用せず不満を口にするだけの者達を再び信用させるだけの力と現状を説明した。こんなに簡単にいくのかと逆に不審がられることもあったが、それを実行してみせると啖呵を切った。そしてその一ヶ月後、オーストレイル王国は発端となる最初の戦いの二十日後、グラージ率いる魔物達に滅ぼされた。
「やはり魔物と人間は相容れぬと言うことか。この畜生共め。生かして使ってやった恩も忘れおって。」
グラージは唾を吐きかける偉そうな貴族がどこの誰かは区別していなかったが悪戯心で返答する。
「そんなことはないさ。人間と魔物共存して生きていこうじゃないか。最も立場は逆になるがね。貴様等が家畜のように働き我らに力を献上し、その力を持って貴様等を守ってやろう。何、貴様等人間と違って不用意に無意味に殺したりはせんよ。大事な国力の一部だからなぁ。」
グラージは笑いながら貴族に話しかける。貴族が悔しそうな目線を向けるもどうにもならないとうなだれ、力を抜く。
「だが貴様のような権力しか無かったゴミなどいらんわ。」
グラージは貴族を蹴り飛ばして壁に叩きつける。貴族は壁に打ち付けられ動かない。
「王族は概ね捕縛しました。一部行方不明な者がおりまして確認を急がせています。」
エルフの将が報告をしに近づいてくる。
「行方不明な者に対しては呪詛を放って反応を確認しろ。そのまま殺しても構わん。逃した方が後々手間になる。種になるなら縁者を使っても構わん。確実に処理しろ。」
グラージは元々決めていたように指示を出す。将も指示を追行すべく走り去る。有象無象の魔物の軍と精鋭の王国軍。王国の中心にいる者は誰もが勝利を疑わなかった。だが有象無象が力を束ね、役目を追行し、無駄なく運用された結果その予測は覆った。グラージの魔物の軍とて舐められている内に中枢にくさびを打ち込めなければやられる可能性は大きかったと考えている。もっと余裕のある戦いであると思ってはいたが秘匿されていた英雄戦力に覆されるところではあった。
「調べることは多いな。先に事後処理か。」
グラージのぼやきが瓦礫の城に吸い込まれる。その日のうちにグラージは王国の制圧を宣言し魔物を上位とする政治体制を確立した。ただその中でも人間は家畜同様に国家の財産であり不要な攻撃は厳罰とされた。ある意味人間は国所有の奴隷として法定された。一部の一族でくすぶりはしたもののやりようによってはいくらでも人間を害せるこの法定は有名無実とはいかなくても抑止力としては大きくは無かった。
「大っぴらに殺害されても外聞が悪い。外はまだ人間の国家だからな。多少ガス抜きさせておけばそこまで大きな問題にはならなかろう。無駄にならなければ良い。」
後にグラージは生真面目なリザードマンの将にそう語った。国を落したグラージ達ではあるが国名を名乗ること無く内部処理に集中したためか周辺国家からは無法地帯と見られ、あわよくばと戦いを仕掛けてくることが増えその都度グラージ達は逆に喰い返していった。ただその恨み辛みの蓄積はグラージとしてもよしとせず。領土返還を条件に国家として認めさせる手を打つ。
「我らは神聖ディモス。使徒が率いる強国と知れ。」
和平の場でそう宣言し、頷かなければ死を与えるほどの威圧を持って調停を行った。その場は飲まざるを得ず調停に従うがいずれ戦いになると言うことはお互いわかりきったことであった。グラージは賭に勝ち名を知られても即座には討ち取られにくい立場を手にした。
同じように目的は違えど周囲の魔物を配下に加えて国家たり得る立場に立った者がいる。フレーレの駒ブレセアールである。森を作り替え森の中に巨大な無人の大都市が築かれる。都市を闊歩するのは魔物。商売も無く流通も無い。ただ形だけがある都市。愛しの人が帰ってこないことを悩みそして思い違い、そして村をまるごとさらった。空の都市に人を住まわせるも魔物を恐れて動かずそして死ぬ。嘆き悩み魔物を統率し管理し、村をさらい、町をもさらった。不満に思う魔物にはミーバの作る食料を与え、表向きは人と魔物が共存するちぐはぐな都市が動き始めた。貨幣も無く物々交換が主ではあったがなぜか人と魔物の間で流通が始まった。こわごわと生活させられた人々も危険が小さくなると活発に動き始めた。都市の外には出られないがうまく動けば元いた生活よりもずっと楽に生きていけることにも気がついた。だからこそ我慢できずに外との商売がしたいブレセアールに直訴した商人がいた。誰もが死ぬと思ったその直訴はあっさりと受け入れられ商人は都市間貿易に乗り出した。都市を不安視していた人達は同じように外に出られるのではないかと期待し帰ってこないつもりで同じように直訴し外に出た。その者達は二度と帰っては来なかったが自由を得られた訳でもなかった。帰ってこない者達は一人の例外もなく高熱にうなされ病死した。あまりに戻ってこない商人が増えたことでブレセアールは都市の人達に宣言した。
「嘘をつくのは構わないけど、それには代償があると心得よ。おぬし達は長くても二ヶ月この都市を離れて生きていくことは出来ぬ。」
ブレセアールはあくびをしながらそういって釘をさした。ブレセアールはその後も周囲の村や町の人達をさらい自らの都市に組み込んだ。当然それを見過ごし続けるほど領主もずぼらでは無く時折出てくる者達の情報を集め討伐に乗り出す。だが領主レベルで討伐できるほど彼女の森は弱くは無くなっていた。領主軍は森に喰われたと言われるほどほとんどの者が帰ってくることは出来なかった。領主が無理なら国家案件となるが周囲の予想をよそに国は動かなかった。日和見、弱腰と言えばそれまでだが、その地域の領主が国家に協力的ではなかった事とそもそも被害が小さかったことが原因だった。国としては非協力領主が二、三弱体化したところでそこまでは困らないと判断を下した。そして以外にも多少の無茶をしつつも交易という形で富を運び人をさらうこと以外は存外友好的だったという事もあった。それならばある程度目をつぶって懐柔すべきであると国の王は判断したのだ。周辺の領主がすべて喰われたところでいざとなれば対応できるレベルの事、そう高をくくって様子見することにした。何よりもリスク少なく森の稀少素材を得られることは国家としても益になることであったからだ。こうして双方の思惑が絡まないまま見逃されブレセアールの都市は力をつけていった。その後は当然のようにあの時倒しておけばというほど手がつけられないことになるのだが。愛しの君の為彼女はせっせと都市を拡充し、密かに森を広げる。最初に出た商人を起点に攫わなくても人は増え始め、深き森の大都市と揶揄される名も無き魔物の国がそこにはあった。
ヴィルドの駒であるフィアは少女を焚きつけ大都市を反乱の気配も無く乗っ取ることに成功した。領主が少女とフィアの説教に負け改宗してしまったからである。都市はそれなりでも国家の貴族としては決して高い地位では無い。フィアは更に試練を得る為に都市をも巻き込んで食指を広げる。改宗した商人は教えの存在を広げ、認知と信徒をわずかながら増やしていく。足がかりが出来れば少女とフィアが出向き同じように都市を侵食していく。領主がおかしいと思う頃にはすでに手遅れであり改宗は進み、そして領主も乗っ取られる。しかしこの方法も噂となり七つの都市を抱き込んだ所で国から危険視され教団は解散を命じられる。しかしここまで大きくなった勢力に一方的に命令を突きつけてもすでにそれは手遅れと言える段階であった。七つの都市は少女カティアの名の元に教団国家を名乗り独立を掲げ反乱した。国はすぐには討伐に乗り出さず都市間の流通を止めその妨害に努めた。多くの都市と人々を囲っている以上流通を止めれば都市機能が麻痺するのは明白だったからだ。加えて都市周辺での食料を妨害してやれば時間はかかるものの被害少なく陥落することは周囲の目から見れば明白であった。しかし都市は閉ざされたままでも都市機能は止まらず内部市民の士気も落ちることはなかった。実際の所フィアの動きを認識し止めることは国には出来ておらず。流通は減るも滞らず、そして生産も各都市で問題無く機能するほど拡充され始めていたからだ。国は予定通りいかないことを不思議がったが仕方なく手近な都市を攻撃することにした。都市に存在すると思われる五倍の七千人の軍を送り込むも三日もしない内に伏兵、周囲からの援軍に阻まれ二千を失い撤退。三ヶ月後、周辺都市への足止めに二千の軍を三つ、そして都市を攻め落とす為の九千の軍を一つ、国として四割超の軍をつぎ込み攻略に当たる。だが教団は都市から各都市から三千、都市防衛に四千と国軍一万五千を越える二万二千の軍を持って当たる。あるはずの無い軍に国軍は驚き、そしてその動揺のまま教団軍に飲まれ三千人を失い潰走する。被害が少なかったのは追撃が無かったこととそもそも逃げ腰だったからでもある。国は外部からの干渉を気にする間もなく残存全軍三万二千と英雄を送り出して攻略に当たる。しかしこの戦いは始まる前に英雄の反逆によって終了した。英雄がすでに教団に調略されていたからである。英雄の慈悲もあり七千の軍を失い国軍は敗北した。国として大きく力をそがれどうしようもなくなり教団と和解するに至る。が
「今後教団の活動を阻害しないこと。教団に武力を向けないこと。和解金として四万に相当する財を収めること。これが守られる限り教団はこの国を外敵から守り共存していく道を選びましょう。」
カティアが示した表向き和解とされる項目は今までの教団の手管を考えれば真綿で首を絞める行為と言えた。遠からずこの国は教団に乗っ取られるのだと使節団も王もそして教団も理解していた。
「すべては光神の導きの元にっ。」
力も知恵も判断力もありながら最初だけ光の精霊フィアに狂わされたカティアの英雄譚が紡がれる。
遊一郎から力の一端を引き継いだベゥガは堅実にその地で防備を固めいずれ来る国家を迎え撃つつもりで準備を進めていた。国家の事情からすでに攻め込まれないのだが情報を知る手段を著しく欠いた状態では手を止める理由にはなり得なかった。要塞を作り上げゴブリン達他森の種族を庇護下に置いてはいるが攻めてくる気配も無く若干気が抜けてきているところに急に生産環境で変化が起こる。あふれ出る資源に困り、追加で防御に回すもそれだけではいい加減限界があるとようやく情報にも目を向け始める。
「蒼玄C型よ。話ぐらいは聞いてあげるよ。」
「頼みたいことはいくらでもあるけど・・・レイズレーとするか。」
「では以後はレイズレーと。で、話は?」
ベゥガは新たなる進化体を生み出す。
「あちら側に国家があってこちらを攻撃してきた経緯がある。その後来る気配がないがそれを探って欲しい。」
ベゥガは以前攻めてきた者達の紋章を見せながら指示をする。
「まあいっか。分かったよ。ちょいちょいっと終わらせてくる。」
軽いノリで小さなコボルトは壁を越え草原を走って行った。それを見て壁の構造を見直すか悩むベゥガであった。
「そもそも一部の能力者には壁なんて関係ない。気にしすぎ。」
ツェルナに諭されベゥガは無駄だったのかと更に落ち込む事になる。ベゥガが勢力として伸び悩んだのは性格の性ともいえるが大きな要因は遊一郎を基準に防御に傾倒しすぎたからと言える。守るべき住民が増え面積が増えた為管理区域が膨大になりそちらに資源を持って行かれたからである。それなりに軍備も増強はしたが銃兵の比率を増やしたことが今後彼の難局を増やすことになる。増産状態になってからは内部開発にも目を向け発展を進めていくが、積極的に知識と戦力を増やし国家を打ち倒したグラージに比べると功績の伸びはかなり悪いと言えた。しかし一人の強者に覆させられる状況を知っているベゥガは単一戦力の強化も怠らず、その後柑渇F型シュニル、紅紺D型ニュイ、黒玄B型ブラウを生み出しその後の展開に備えていく。
そして時が過ぎ四度目の円卓を迎える。
「時間通りだな。お前が最後だ。」
ヴィルドが円卓に座るチェイスを見ながら静かに言う。最初の頃ほど焦燥感や自棄が見られないのは駒の進行が思ったより良くなったかとチェイス他二柱は思う。
「さて今回は誰かなと、言うまでも無く私だよね。」
チェイスはそう笑いながら進行役を受け取る。
ラゴウ 9728
フレーレ 9534
ヴィルド 4675
チェイス 3567
「ラゴウが僅差で逆転したね。それにしてもみんな思ったより余裕だね。その程度の先行で良かったのかな?」
ラゴウは二駒の動きがよく点数を伸ばした。フレーレは一つの伸びがよく、二つがそこそこ。ヴィルドは一つがよく伸び、一つがそこそこ。チェイス的には一つしか伸びない予定だったがもう一つが予想外に健闘、そして遊一郎陣営が思ったより止まらなかったことが要因であった。全体的に施されたと思わせる心情と、普段しないギリギリの支援がどこまで踏み込んでよいか判断がつかず好環境を生かし切れなかったというのが実情であった。
「ま、それならそれで。今期からは問題の彼も動き出すからねどうなるか乞うご期待。世界への影響力は思ったより低めの十三%そして今回も注意すべき不正や介入は無かった。」
チェイスがそう宣言し全体的にほっとした空気が流れる。監視している厳格な神はそうでもないがこの場では関係がない。
「当面の懸案事項もなく。観戦者からの希望も・・・ありませんでした。彼の解放は却下案件だからね?」
チェイスは意味もなく天秤を揺らしながら報告案件を処理する。
「このままでは気が収まらん。強化期間の百日延長を提案する。」
ラゴウがイライラした様子で提案する。
「またまたご冗談を。まだ危機感が薄いと見えるねぇ。」
チェイスが小馬鹿にするように顔をにやけさせながら天秤を弾く。
「微妙だけど観戦者としては反対のようだね。ちょっと世界への影響力の急増と流入エネルギーが不安視されてる。キャパ的には全然大丈夫だと思うけど。ま、個人的には反対かな。」
強化案件は観戦者の掛札の場を乱しやすいことから強力な駒が動き出す時には当然嫌われる。罰則、仲裁に関する決定権は観戦者にあるが盤面の進行そのものについては指し手に権限がある。
「彼にはすでに情報の対価が与えられているはず。私も反対ね。」
フレーレは無情にもその提案を却下する。進行役が反対の時点でこの案件は否決される。ラゴウは少し気に入らない様子だったが通れば良しと思っていただけのようでそれほどこだわらなかった。
「彼への救済という訳では無いけど、世界影響力が高いのは確かだ。五十日間選定者間の干渉を五十分の一にすることを提案する。」
ヴィルドがラゴウをちらっと見て提案をする。フレーレは考えが決まったようだがチェイスは少し悩み始める。選定者単独で世界に干渉することについては影響がないが、選定者同士で会話や物々交換、そしてバタフライエフェクトのようなことが合った場合、システム側で変化が緩和されることになる。ましてや選定者同士で戦闘が起ころうものなら真剣の殴り合いが新聞紙での叩き合いになる。事実上その期間選定者は事故以外では脱落しないということになる。
「観戦者の楽しみを奪いかねない。私は反対する。」
チェイスは悩んだが最初に思いついた通りに反対する。だが他の三柱は賛成を選んだ。
「では第二種干渉軽減措置を五十日間設定する。」
チェイスがつまらなそうに決定を布告する。ラゴウは隠すこともなく喜ぶ。ただチェイスの鼻を明かしてやって面白かっただけなのかもしれない。
「他に提案が無ければここまでで。」
チェイスは仕切り直すように落ち着いてから閉会の意思を問い会議を終わらせる。特に割り込みも無く閉会されチェイスは足早に外に出る。
「珍しく出て行ったな。よほど悔しかったか。」
ラゴウが少し面白そうにつぶやき立ち上がる。
「どうだろうね。彼には思う所があっただろうけどそんなことじゃないと思うよ。」
ヴィルドは呆れたようにラゴウに答える。ラゴウが不思議そうにヴィルドを見る。
「あれは私のためであって彼への牽制でも何でも無いと言うことですよ。」
ヴィルドはラゴウを置いていくように外に出る。ラゴウもぶつくさ言いながら外に出て、フレーレもため息をついて外に出る。影で笑いをこらえながら自室に戻るチェイスはほぼほぼ全員が思い通りに動いたと他の視線が無くなった所で踊るように笑い出す。ヴィルドの提案だけが今のところ読めないが予想される距離範囲では恐らく影響は受けないと考える。むしろ桐枝が遊一郎に真っ先に落されるという事態が回避された分自分にも利益がある。彼への牽制の為に彼女にはもう少しこのまま活動してもらわないと困る。
「目下の不安要素はフレーレの駒か・・・少し粉をかけたいところではあるけど。どうしてやろうかな。」
チェイスは出来ることを夢想しながら面白くなる手を考え始める。各勢力の選定者達の初期活動は終了し歪なスタートラインが形成された状況。スタートの鐘は遅らせられたもののそれは準備期間のわずかな延長に過ぎない。指し手と選定者と世界の住民の思惑が絡み合い、それを見て観戦者は一喜一憂する。作られたこの世界はすなわち神の遊技場であった。
次話から遊一郎の本編に入ります。




