第三回神々の円卓
計画通り自分の駒の足止めを成立させたチェイスはその様子を無表情を崩さないまま見守る。神託に思考を乗せ一時的にミーバを操ったが遊一郎はそれを覆すこと無く封ぜられてしまう。
「ふむ・・・抵抗なり遅延なり見せてくれると思ったけど、所詮はこの程度か。つまらん。」
自分の予想を超えて遊一郎なら一つくらいは面白いことをしてくると思ったが、その抵抗たるや今までの有象無象と変わらない。別の視点を開き同時期に干渉し思考を奪った桐枝を見る。かつて教えられたことを忠実に行い効率よく物事を進める彼女はその瞬間は彼と同様に強大な力を持つのではないかと期待できる。ただそれは大きすぎてもチェイスが考える盤面の流れとは違う。もっと切磋琢磨し罵り合い、削り合って思っても見ない物語を作り出して欲しいと願う。一方的すぎる戦いは盤面を短くし、そして物語も観戦者もつまらなくする。
「駒に魔法を渡す前で良かった。早々に杖の原理に非常識な魔法を与えようとするとは恐れ入る。」
本は時間を代償に知識や魔法を自由にシステムから呼び出せる。正しそれをうまく使いこなせるかと言えば、本はそれに関しては何も力を与えない。スキルを呼び出せば最低限の技能はつくが、材料や利用の前提条件は与えない。剣技を得ても最高の剣は無く、鍛冶を得ても最高の材料もない。最高材料を呼び出しても設備はない。そして最高の剣を振るうための腕力は与えない。一つの力を極めるにも多くの時間と訓練、発想、情報が必要になる。ただ単純に倒す力を得るだけなら剣や杖が優れている。かつて盤面において友軍が協力関係になるのは多々あるが、報酬の関係からか相手を出し抜くことも多く、味方にですら無償で力を分け与える者は少なかった。分け与えた者のほとんどは途中から騙され置いて行かれるのだ。本は与えられる要素が多いのだが与えた者は概ね損をしている。それを見るのもチェイスや一部の観戦者の楽しみでもあった。ただ遊一郎が桐枝に与えようとした魔法はチェイス神の想定を大きく覆す事になりかねないため早々に干渉する必要に迫られた。チェイスはそう言った意味では遊一郎はやはり楽しませてくれると考えている。妨害はさせてもらうという一言はあるにしても。そしてこの始末をどう決着つけようか悩みながら会議場に入る。
「おや、待たせたかな。」
円卓にはすでにラゴウ、フレーレ、ウィルドが席にすでに着いている。ラゴウは苛つくように世界と席の前のカードを見ている。
「君がぎりぎりではあるが間に合ってはいる。待っていたのは我々の勝手だ。最も君が何かしていなければではあるが。」
ヴィルドはそう言って悩ましい顔を隠さないままチェイスを席に着くように促す。
「さて引き続き私が進行を務めさせていただきます。」
ヴィルドはため息をついて会合の開始を宣言する。
「現行の順位ですが若干の変化がありましたね。」
フレーレ 4780
ラゴウ 1921
チェイス 769
ヴィルド 244
発表された順位にラゴウが難色を示しチェイスも驚く。フレーレは鼻高々に余裕そうだ。ヴィルドがチェイスを見てため息をつく。
「今回の順位は特殊な状況によりこうなっています。数値にかんしては早々に切り上げが入っていますのでご注意を。当人達にはおわかりであるとは思いますが、以後異なる陣営間での物資以外の譲渡を制限します。」
「なんだそりゃ。略奪ができなくなるのか?」
ラゴウが意味が分からないと言ったように確認を取る。
「いえ、従来通り選定者が死んだ場合は関連施設はすべて所有者無しになることは変わりありません。当人間での譲渡に関する制限のみになります。」
ヴィルドが冷ややかな目をラゴウに向けながら答える。
「放置して脅して奪うのが無理になったくらいか。」
「・・・そうですね。」
ラゴウが自己の認識に落とし込んだことをヴィルドは改めて冷めた目で見つめる。
「観戦者の方々と監視委員から厳重な警告があったということだけは伝えておきます。」
察しの悪いラゴウもそこまで言われては何か不正に近いことがあったと周囲に目線を配る。チェイスもフレーレもその視線を笑顔でやり過ごす。
「世界への影響力は七%台に乗りまして場所によっては変化が大きく見られます。先に言った要素以外での不正な介入、要素は見られません。」
ヴィルドは話を止めチェイスを見る。
「ですが行動の設定ミスかどうかは分かりませんが、チェイスの駒の一つが長期の行動制限に陥っています。これに関してどうするかが観戦者からの案件です。」
ヴィルドはデータを呼び出し説明する。鍛錬所の機能を過度な量を使ってしまい四百日間行動が取れないことが明示されている。
「本人の意思とはいえ不測の事態とも取れます。長丁場だからいいものの場合によってはこのまま盤面が終わる可能性も示唆されており観戦者としては面白みが無いとの仰せです。」
映像には遊一郎が鍛錬所に入りそのままロックされてしまう画像が移っている。
「間抜けや怠け者には罰が与えられてしかるべきじゃないのか?」
ラゴウには問題が理解出来ずどうでも良さそうに声を出す。
「指し手は良くても見ている方々が問題だと言っているのです。彼としては非常に短慮な行動であるとの観戦者からの言ですが、他者からの干渉であれそれが娯楽性を落すというならそれを補正せよとのことです。」
ヴィルドもあまり納得して無さそうだが娯楽に飢えた神々の突き上げを一身に受けるわけにもいかず、対処せざるを得ないと考えている。
「まあそうだね。細かい所を見せると逆用されるという思いもあったけど、投入資源量に対する拘束期間を本人に提示するようにしよう。精神操作に対しては使った側の対価もあるわけだし、連続運用期間を最大二十日に設定すればいいんじゃないかな。」
チェイスは開発者側の意見を持ち出し、かつ駒の能力を制限しすぎないようにという配慮をもって提案する。そして天秤を揺らし神々へ承認を求める。天秤がゆらゆらと揺れた後天秤は傾きその意見が了承されたことを伝える。
「長い、短い等の意見はあったようですが、今回はその案で行くようにと。盤面の長さによって運用期間は変更した方がいいだろうという結果になりましたのでそちらは管理委員の案件ということで。」
ヴィルドが決定事項を通達する。
「今回の駒に関してはそのままって事?」
フレーレは不思議そうに尋ねる。
「それはこれからの協議案件ですね。」
ただこれに関してはわざわざ競争相手の行動を解放してやる話もなくそのままと言うことになるであろうとヴィルドは思っている。彼自身もわざわざ解放してやろうとは思わない。軽減くらいなら条件次第ではあるが。そしてそれを理解しているであろうチェイスが提案の許可を求めるようにサインを示す。
「それに関しては私が言うことは何も無い。」
他の三柱はどんな言い訳と条件が来ると思っていたらまさかの発言に驚く。
「むしろもっと何かを与えるべきだと思っているくらいなんだけど。君たちは今あの駒とどれだけの差があるか分かっているのかい?」
そうしてチェイスは遊一郎のカードを指で弾き世界への影響力を示す。3.78%と出されたその数値は他の三柱を再び驚かすに問題のない値であった。最初に示された総合的な影響力の半分を彼一人が起こしているという事である。最もチェイスの他の駒は世界への影響力がほぼ皆無なのだが。チェイスはあえて遊一郎の影響力を示す事で他の神を煽った。
「これは外には聞かせられない話だけど、ああやって引きこもらせたのは私の指示だよ。そうでもしないと盤面が早々に終わってしまいそうだったのでね。」
チェイスは呆れるように心情を吐露する。
「これから三百日間資源量と能力上昇値を二倍・・・いや三倍にしよう。あと進化体の発生条件の緩和、ついでに研究期間の三割削減も実行しよう。」
チェイスはさらに選定者の強化案件を加える。
「それはやり過ぎでは無いですか?むしろ盤面が早く終わることを助長しているように感じますが。」
ヴィルドは先の発言と矛盾すると提案に疑問を呈す。
「これでもぎりぎりだと私は思うけどね。告知が無ければ集中的にやろうと思う者もいないだろうし、今遊一郎君と最下位君とはそのくらい落差があると思って良いよ。選定者を強化することで影響力は過剰化するだろうけど、逆に遊一郎君を止められる者が増えることで盤面自体は延命できるはずだよ。」
ヴィルドは遊一郎が影響を受けにくい期間に強化措置を施す狙いを伝える。
「なんで下位のてめぇから施しを受けなきゃなんねーんだよっ。」
ラゴウが怒りに声を上げて円卓を叩く。
「それは君が馬鹿で真実が見えてないからだ。君がいまその順位にいるのも遊一郎君のおかげだし、そもそも彼一人で全員合わせても足りないポイントを稼ぎ出しているという事実を君は予測出来るのかい?」
チェイスは小馬鹿にしたように笑いながら怒りを受け流す。
「せめてフレーレの駒の動きが気になるくらいにはなってほしいものだね。」
チェイスはさらに煽って鼻で笑う。そこまで言ってからチェイスは再び天秤を揺らす。天秤は長い間ゆらゆらと揺れ最終的には選定者の強化案が決定される。
「それでは強化措置を施すことで申請されました。」
ヴィルドも決定には多少不服があるようで苦しそうに決定されたことを承認する。対してチェイスは満面の笑みでこれを迎える。
「そこから先は手加減なしだ。私も自分の駒を支援し対等に戦うと約束しよう。」
ラゴウは怒りの視線のまま、ヴィルドは困惑し、フレーレも冷ややかな目でチェイスを見る。
「さすがにこのまま受け取っては我も名折れというものよ。」
フレーレがふと思いついたように発言をする。
「その拘束されている遊一郎という者に何かしら情報を与えよう。本の持ち主であるがゆえにそれほど利益はないかもしれんが身動き出来ない時間を有効に活用できるなら拒否もすまい。」
フレーレの発言にチェイスが一瞬だけ鋭い視線を向けるがすぐに砕けて椅子によりかかる。そして周囲に視線を回す。ラゴウなどは少し悩んだようだが施しを受けるのが余程嫌なのか自分の心を満足させて言い訳するかのようにその案を了承した。ヴィルドもさほど悩むこと無く了承した。チェイスは少し譲歩しすぎたかと舌打ちするような思いで仕方ないなぁと言いながら案を了承した。ヴィルドは天秤を揺らし神々に許可を求める。揺れは案外早く傾き了承が得られたことを知らせる。
「ではチェイスの駒である遊一郎に時間を対価に情報を与えることとします。」
「彼は時間と資源を対価に成長が見込まれている。それは不公平に当たるだろう。」
ヴィルドの宣言と共にチェイスが発言をかぶせる。ヴィルドは視線を強めるがその話も最もであると承認する。
「ではその情報量をどうするかですが・・・」
ヴィルドがそう案件をあげようとすると横やりのように白い球体が現れる。
『情報量もさることながら与える者によって差違がでる可能性がある。その案件は監視委員で管理する。』
白い球体がメッセージと共に消える。チェイスは非常に面倒くさそうな顔をし他の三柱は仕方ないとため息をついた。誰がどう助言するにしても偏りが出ることは明白であった。
「監視委員に管理が移ったことにより本件は棄却します。」
ヴィルドが静かにそう宣言する。そして周囲を見回すが全員が首を振る。
「では今回はここまでで。次は一年後ですかね。」
ヴィルドはそう宣言し会合は閉会した。ヴィルドは颯爽と立ち去り、ラゴウも後に続く。フレーレとチェイスは円卓に残ったままだ。
「どうして約束を守ったの?」
フレーレは思い詰めたようにチェイスに尋ねる。
「あぁ?あれはお互いが対価を払ったもの。私は先に物を得た。ならばそれを返すのは当然のことでしょう。」
チェイスは少し憤るように答えた。
「貴方は変なところで律儀よね。」
フレーレが呆れたように言う。
「そりゃ私だって欺しも誤魔化しもしますが、それこそ多少の信用あってのことでしょう。」
チェイスは堂々と偽ることを前提としながらも信用の重要さも語る。
「貴方と話してると自分がおかしいのかと思うことがあるわ。」
フレーレは自嘲気味に笑って席を立つ。
「これからは悪さも厳しそうだしお互いなんとかしていきましょ。」
フレーレは忠告とも言える言葉を残して部屋を出る。
「真面目に予測の範囲内に生きて何が楽しいやら・・・」
チェイスも独り言を呟き席を立つ。
平等性の事情ということから権利を強奪した管理委員であるがその一柱は不満があるようで提案した者に食ってかかっている。
「平等性の建前でしたが明らかに権限を逸脱しかねない行為でしょう。我々は世界を見る側であって手を出して良い立場ではありませんよ。あの場は納得されたようですけどチェイスは明らかに不信に思っていたでしょうに。」
規則に準じ真面目すぎる彼女には例外の文字は少ない。
「規則は大事なのは分かるけど君だって盤面の指し手になったことが無いわけじゃないだろう。規則に収まらない事も多いし、例外は必要だ。何より観戦者を楽しませる側面があることくらいは君にも理解出来るだろう。チェイス憎しでここに来たような君には分かり良いとは言えないだろうけど。」
噛みつきそうな勢いで話しかけてくる彼女をなだめるように説明する。
「今回の彼は特に被害を受けている当事者だ。彼からも情報を得られれば不正の痕跡を見つけられるかもしれない。」
一通り説明しても彼女の無軌道な怒りは収まりそうに無い。自薦とはいえ承認した管理会には文句を言いたいところだと矢面に立たされている一柱は思う。
「では私がその駒と話をしてきましょう。」
彼女は怒りの雰囲気を纏ったまま踵を返して隔離されている遊一郎にアクセスしようとする。
「まてまてまて。君がやったら本当に尋問にしかならなそうだ。」
彼女は足を止めて首をくるりとホラーのように回し彼をにらみ付ける。
「君が僕を不信に思うのは分かる。情報の開示のことが不安なんだろう。ここはもう一人にやってもらうとしよう。」
睨む彼女をなだめつつ折衷案を上げる。
「ログは彼から直接最初に見せてもらいますからね。」
「いいよ。ただ動くのは僕も閲覧した後だ。」
そうして二柱は折り合いをつけた後、世界そのものを監視している神を呼び出す。
「ふむ。まあ良い。一息つくにはちょうど良かろう。」
混沌を望みながらも生真面目で彼女とは別の意味で厳格、その癖場が収まるなら横紙破りも辞さないとある意味自由なそして混沌らしい一柱である。
「一応こういう流れでという案件なので。君の胸先三寸で処理してくれて良いよ。面白い子だけど、見た方が早いと思う。」
創造の神は資料を渡しつつそう解説する。渡された神は資料をさっと見た後それを虚空に消し遊一郎にアクセスを始める。しばらく身動きせずに暗がりの映像を眺めている。創造の神は彼には珍しく集中しているなと感じる。時折何か手を動かしているのは何かを追加で調べているようだ。そしておもむろに立ち上がり向き直る。
「お前知っていたな?」
調査に当たった神は創造の神に向かって言い放つ。創造の神は一瞬何の事か分からず本気で悩む。秩序の神はその様子を見ていたが当面は話し合いの内容が気になるのか対話のログを調べ始める。
「何の事か図りかねるが。」
「例のスキルに外部観測の形跡がある。お前の仕業だろう。」
そう言われて創造の神はそのことかと納得して苦笑いをする。秩序の神もログを確認し終わってまくし立てるように騒ぎ出す。
「確実な不正の証拠が見つかっているじゃないか。すぐさまヤツをつるし上げよう。」
混沌の神は何を言っているんだという顔で彼女を見つめる。蔑まれたような目で見られた秩序の神は若干萎縮する。創造の神はどれどれとログを確認し始める。
「ど、どうしてヤツを糾弾しないのだっ。」
秩序の神は必死の思いで答えを求める。混沌の神は答えを出さず創造の神が確認し終えるのを待つ。創造の神が振り返り思案するように顎を撫でる。
「どうにもヤツしか分からない穴が多いようだな。」
「それも今更な話ではあるがな。」
創造の神の言葉にどうでもよさそうに混沌の神は答える。
「当事者たっての希望もある。この不正は時間と共に風化する物でもあるまい。こちらで記録さえ取っておけば問題は無いと思うが。」
創造の神は考えを秩序の神に示す。
「不正が発覚したのならすぐにでも止めるべきであろう。」
秩序の神の言葉に混沌の神は頭を抱える。
「彼に言ったようにこの案件一つではこの盤面から取り上げ少ない罰で終わりだろ。その罰の重さとて観戦者の裁量があるのだぞ。ヤツの今までの行動からしてもそれほど重くはなるまい。言うほど彼の支持者は少ないわけではないぞ?」
混沌の神は彼女を睨むように見る。言葉に詰まる彼女に対し嗜めるように創造の神が続ける。
「観戦者は寄り楽しむ、より利益になればそれで良いと終わってしまうであろうよ。なればもう少し彼の行動を見守っても良かろう。何も変わらず最後まで行けば行ったでこれらの証拠を持ち出して減点してやれば良い。」
諭されて秩序の神が押し黙る。
「我らに届いた選定者は数少ないと言えど、その中でも鼻を明かされた者は全くいないわけでは無い。その中でも大きな機会を得た彼にもう少しチャンスを与えても良いではないか。」
子供を諭すように笑いかけながら秩序の神の肩を叩く。
「彼が終わるまでだぞ?最悪最後まで持つまいよ。」
秩序の神は不承不承二柱の案に賛同する。
「いやいや混沌の神が気に入る程度には頑張るとは思うぞ。これも掛札にしてもよいかもな。」
創造の神は笑いながら証拠のログと周辺システムを複製して封印を施す。それを更に複製して二柱に配る。
「さてまた監視に戻るとしよう。」
ゆるゆると席に着き世界とシステムを眺める。彼は停滞したが周りは制限が多い中でも活発に動いている。彼以外の選定者も大きく動いている。監視状況を巻き戻してみれば各指し手がギリギリの所で干渉していることが窺える。
「ここまではチェイスの思い描いた通りだな。さてはて彼には大変な状況になったようだが。彼風にいうならベリーハードというやつかな。」
創造の神が笑いながら監視状態を確認していく。秩序の神の不審な目は気づかないふりをしながら完全に無視している。どんなに無言に訴えても聞き届けてもらえないと分かって彼女は彼女の指針に従って監視作業を続ける。世界は更に大きく動き始める。
次回から次章一年後となります。各勢力の動きを簡単に付記して本編に入りたいと思います。




