僕、事後処理される。
翌日昼間にもう一日はかかるであろうと思っていた菫と王国騎士が王都にやってくる。菫もなかなか強行軍を強いたようだ。王都がすでに陥落済みであることに騎士達は嘆きを漏らしたが、当面の地位が守られると分かって時に多くの者から安堵が漏れていたのは仕方が無いことか。ほぼすべての者達が捕虜扱いとなりその解放の為に金貨十七万枚相当の身代金が国庫から僕に支払われた。どうでもいいものなので一度は断ったのだが、延々と歴史と理由を語られ受け取ることになった。貴族のメンツは金であるということがよく分かる話だった。その金の一部を使って王都に越後屋支店の為の土地を購入し建築依頼をしておく。菫達全員がそろったところで王都を出たすぐの片隅で小屋を建てて中に入る。何も無いのもやりにくいので椅子とテーブルだけは出して皆で座る。鈴はすでにうつらうつらと睡眠モードである。
「さてみんな作業お疲れ様。とりあえず半分乗っ取りみたいにはなったけど使いやすい権威を手に入れるという目標は達成されました。当面はこの権威を大きくしていきながら他の選定者を調査していく形にしていく予定です。」
僕は軽く挨拶と予定を皆に伝える。そして鈴を見る。皆が頷く中とりあえず手だけあげて反応している。
「聞いている状況からすると面倒なところから監視されていて妨害も入ってきているのですんなり行くかは分からない。」
監視、妨害と聞いて菫と鶸が剣呑な表情で僕を見る。
「今その憶測を君たちに説明しても何の理解も出来そうにないことは明らかなのでそういうものだと知っていてくれればいい。今後妨害が無ければそれに越したことはないけど、今の状況を見るとちょっとばかし妨害を乗り越えすぎた感じはしてるんだ。だからまだ続くはず。ただ、それがどうなるかは分からない。」
「妨害者に当てがあるならそちらを止めるべきですわ。」
僕の発言に鶸が食い気味に進言する。僕は鶸から視線をそらしつつ話を再開する。
「言うことも最もだけど今はそれが出来ないことが前提だと思って欲しい。さすがに殺害してもあまり意味がないことは分かってるとおもうから殺しまではしないと思うけど、それ以外の手段がちょっと思いつかなくてね。とりあえず今から長期的な視野を含めて指示をしておく。桔梗、鶸には新本拠点の選定と構築と拠点間の領地化、連携を進めてもらう。土地の選定はすぐに行うけど構築は二ヶ月後の受け渡しの後で。こちらのタイミングについては鶸に一任する。鶸にはそちらに加えて城と越後屋の取り持ちと越後屋の支援を主にお願いする。越後屋の成長を補助し販売網を広げてもらう。菫と萌黄はリブリオスで提携したダニー一派の支援と取り次ぎを僕からはしばらく要求はないけど組織として大きくなってほしい。資金に関しては先日の金から十万。不足分については越後屋に無理がかからない程度にお願いするよ。調整は鶸にまかせる。」
各人顔をしかめながら頷く。
「桔梗と鶸は王都付近で活動、菫はリブリオスで、萌黄と鈴は僕とグラハ村まで戻る。鈴はそのまましばらく村の生産管理だ。萌黄は護衛かな。」
僕は一旦話を切る。
「まるで遺言ですね。ご主人様がいなくなることが前提のようです。」
菫が不満そうに声を出す。
「正直もう僕をどうにかして動けなくするしか妨害の手段が思いつかなくてね。僕が無事なら無事で問題ないのだけど。とりあえず今の指示は僕が新たに指示を上書きするまでは実行してほしい。」
そうやって僕は不安を隠しながら明るく答える。当面は納得といった風に皆が頷く。
「で、もう一つの面倒ごとである彼女の件だけど。」
そう話を切り出すと萌黄以外の面々の顔が険しくなる。鈴は事実上話し合いに参加していないので数えない。受け渡しの捕虜の中に当然アリアも含まれていたのだが、当人が受け渡されを拒否するというおかしな事態になったのだ。斬岩剣が僕の預かりになっているというのが理由の一つで彼女がもはや英雄たる戦力になれないと国家に戻ることを拒否したのだ。正直なところ扱いに関しては身代金よりも難航した。元々アリアと斬岩剣をセットで返還することについては事前に取り決められていたのに突然当人が国に戻らないと言い出した訳で、僕も説得した覚えも無いのに相手は話が違うとお互い疑心暗鬼で面倒なことになった。国としてはアリアを英雄戦力として認識しており軍事の要に置いておくことは変わらない予定だった。当然僕としても国が弱っても困るのでそのつもりだった。彼女は剣が無ければ戦えない、そして無償で返却される剣についても受け取るつもりは無いと強情に突っぱねた。話し合いという言葉のぶつけ合いが続く内にトーラスもアリアの突発的な行動だと理解しようやく話し合いが進み始めることになる。結果アリアがごねた理由が僕が彼女の知らない開山剣を知っておりそれを習得したいという私的な理由と思いつきであったことが判明する。そして三者の話し合いによる歩み寄らされた結果、僕が彼女に初代開山剣を習得してもらうといことにさせられた。交渉をどうもっていこうが彼女の目的が僕の知識と技術である以上、損をかぶるのは僕しかいないという蓋を開けるまでも無いわかりきった結果がもたらされた。一応だらだらと身の無いことをされても困るので二年で国に戻ってもらうことは了承させてある。そもそも教える内容自体はたいしたことがなく半年と少しあればド素人でも分かる内容のはずなのだ。ただそれだけ猶予をとったのは温情では無く妨害の可能性が高かったからである。
「彼女の力を大っぴらにするわけにもいかないので一旦グラハ村のほうで修練してもらうことにする。あっちならそこそこそろってるのもある。」
ついて行けない三人がため息をつく。概ね予想は出来ていたのだろうけどなぜ自分が離れて、捕虜がついて行けるのだろうと恨みがましい目で見られる。その後は大体事務作業となる。王都に全軍を残し、村で増えた軍をリブリオスに移す。村は兵力の増産を進めつつ各地に再配置していく流れである。兵権に関しては鶸に一任する。
「他に何か希望があれば。」
「はいはいっ、私ご主人様みたいなことやってみたい。」
となにか提案を募ろうとしたところで食い気味に萌黄が手を上げてくる。どういうこと?と首をかしげながら理解が良さそうな菫を見る。菫も額を押さえながら萌黄を大人しくさせる。萌黄も長銃が使えなくなる懸念は感じていたようでかといって能力知的に良好とは言えない状況からこのままやっていけるかは苦悩していたようだ。それで先日見た僕の戦闘法をやってみたいということらしいのだが。
「問題は魔法と銃もしくはそれ以外の近接能力を要求するって・・・そんな便利な職が手持ちにないぞ。」
別に銃でなくてもいいのだけど武器や盾を魔法で操って手数を増やすのが目的で、見た目以上に要求する事が多いのだ。
「無ければ申請して作れば良いですわ。」
鶸がちょっと面倒そうな顔で言う。萌黄もなぜか首を縦にぶんぶん振って頷いている。
「総合能力は落ちる可能性が大きいですがクラスを作ることは出来ますわ。」
どうしたいか方向性を決めたり指定するスキルや性質を決めて元クラスを改編したり新たに創造する機能があるらしい。最初には無かったから後で増えた機能かな。何か起こるとログが流れすぎたり、寝ている間に達成して読まずに見えなくなったネタも多数あるので連絡機能も面倒にもほどがある。
「僕が考えたさいきょうのクラスがひどいことになりそうな機能じゃない?」
僕は笑えない機能に疑問を挟む。
「そこはシステムがバランスを取り限られた割り振りの範囲内になりますので無茶はしない方がよいかと。」
菫が補足を入れてくる。全ステータスを伸ばそうとすれば平凡な成長になり、すべての武器スキルを取ろうとすれば成長が遅くなり、嫌でもステータスが高い、添付スキルも多いとなると今度はクラスランクを上げるためのコストが無尽蔵になるとか要求のしすぎは良くないことが意図的に起こる事が多く新クラスが必ずしも便利になるとは限らないものらしい。多くは特化したり方向性を強めたりとすでに決まっているクラスで改良するのが望ましいようだ。失敗例を教わりながらどうするか思案する。出来ることが大いに越したことはないがそれらを萌黄の頭で処理しきれるかは保証できない。萌黄は頑張るといい、鶸はクラスになればそれなりに知識が与えられるので問題はないだろうと楽観する。
「まあ分かった。何か考えておく。とりあえず萌黄の事だからグラハ村で処理してしまおう。」
その後一通り指示を確認させてから解散し各自仕事に移らせる。僕は菫、萌黄、鈴を連れて一旦王都へ。城で挨拶してからアリアと合流。そしてリブリオスへ移動を開始する。道中長くないもののアリアからの質問が激しく僕も少し面倒くさい。やらないと終わらないのも分かるのだが菫の視線も痛い。リブリオスで菫を下ろしサルードルへ向かう。アリア以外の面倒くさいことは無く到着。グラハム家で顛末を軽く話しグラハムの手紙を渡してグラハ村に移動する。グラハ村でも歓迎で迎えられほとんど省略して出来事を語り、とりあえず国家からどうにかされることは無くなったことを伝える。村人もほっと一息といった感じである。向上心のある者はほとんどサルードルへ出ており、ここに残っているのはごく少数の人達だけである。ただそれでもミーバの護衛もあり危険は少なく、ただ最後まで故郷で過ごしたいという感じの人達だけがいる。かなり静かな村になってしまっている。いずれ不便さが目立ってきて全員がサルードルに行くことにはなるだろう。なんだかんだで全員が助け合って暮らしていたので色々人がいなくなると回らなくなるのだ。そこを僕が後押しすることはなく彼らが望むまでここにいれば良いと思っている。翌日以降は祭り的雰囲気も無くいつも通りの生活にもどっていった。メリハリが効いている人達だ。
「さて、こんなもんか。」
萌黄用のクラスとして魔法は使えなくても複数の武器を同時に操れる能力を持つこと。武器の扱いについては最低限無理なく命中させられることを要求する。元々銃が前提なので攻撃力補正は考えない。防御補正はおまけ程度あれば良いかと思ったけど思い切って削除する。萌黄の基礎能力に期待する。まとまった草案のメモをシステムを稼働させて吸収させる。これは口頭でも思考でもなんでも良いらしいのだが、あとで抜けたとか思い直すくらいならメモが無難だと教えてくれた。そして要求される素材を突っ込む。時間がかかると思ったが結果はすぐにでた。
人形遣い 布150 木100 金属20
【繰り糸、ローブ、棒、板、円盤】【物体操作Ⅰ、消費軽減Ⅰ、並列操作Ⅰ】
HP+10 SPR+10
☆物体操作X:繰り糸を付与した非生物を自在に操作する。ランクmを最大として繰り糸の範囲内まで。ランクまでの物体を同時に操作でき、ランク×3までの物体を保持できる。
☆並列操作X:同時操作するものの中からランクの数だけ別操作権を得る。
面白そうにつきる職だ。これを本当に萌黄が使えるのかという不安も残るが取りあえずチャレンジである。
萌黄 護衛 人形遣いⅡ
STR:444 VIT:450 DEX:537
INT:440 WIZ:441 MND:445 LUK:44
MV:20 ACT:1.5|3 Load:1394 SPR:978
HP:920 MP:881
ATK:712|759 MATK:885 DEF:197+88 MDEF:177+96
スキル:先制、索敵、危機感知、活殺
物体操作Ⅲ、消費軽減Ⅱ、並列操作Ⅱ
貫通撃Ⅱ、障破撃Ⅱ、貫通射撃Ⅱ、障破射撃Ⅱ
装備:龍布防具、真銀盾、真銀剣、真銀槍、冷式ショットガン
銃兵もなにかとステータス恩恵が少なかったせいかステータス差はあまりない。成長補正でスキルがのびているものの貫通系のスキルは一つ下がるといった所。クランランクを上げればスキル系は補正されるだろう。繰り糸がよく分からないので萌黄に試してもらう。事前に結ぶ必要は無く手に持った物体に繰り糸の先端がくっつくといった感じ。現状は三m先まで移動できるが糸が三mなければそれ以上進めない。置いたまま離れると操作限界まできたところで操作を放棄するか追従させるか選ばさせられるらしい。そして糸が切れれば操作権を失う。操り人形みたいになるのかと思えば遠隔操作のように捜査範囲内は自在に動かせる。ただこれは糸がネックで混戦の中ではすぐに切れて駄目そうだ。あまり遠くに持って行くことは考えない方が良いだろう。思ったよりたくさん宙に浮かせることが出来るが同時操作できるのは現在三つまで。一括操作で一点まで移動ならそこまで直線で動き、上に一mみたいな動きをさせると選んだ三つがその場から上に動く。並列操作はそこから選んだ数を別々に命令を与えられる。頭がこんがらがりそうだ。訓練を要するスキルだ。最も萌黄はこういった変な作業は好きそうだからなんとか物にするだろう。伊達に変な改悪手裏剣を作ったり練習したりはしていない。剣の操作に関しては一流という訳にいかず素人に毛が生えたような動きに感じる。物量のコンビネーションでなんとか出来るかが鍵とも言える。銃器も補正はないので狙撃などは難しいだろう。ただショットガンでばらまくにはそれほど問題無いように見える。最悪固有の活殺スキルが仕事をしてくれるだろう。萌黄の頑張りに期待する。
何が来るかと警戒しながら拠点を見直したり、献上用の施設を強化したり、アリアに指導を施すなどして一ヶ月がたってしまう。警戒しすぎだったのかと首を捻る。少し自分でも警戒が緩んできたなと思ってきた所ではあるが思い出したかのように教会へ行く。そして懇意に接して連れ回していたC型の形態変化を試す。光が収束しC型に集まる。輝きが収まったところに暗く濃い青の衣装に身を包んだまさに忍者という装いの子供が立っていた。それはすぐに片膝を突き頭を下げる。
「C型改めまして、蒼玄B型となり貴下に加わります。」
C型ベースにB型配合か。Mが混ざってくると思ってたんだけどどんなものだろう。予想がちがったな。そう感想を抱きながら頭を下げている子を見る。忍者衣装。頭巾をしていても口元を隠さないのは主人には顔を見せるためか。ただなぜか頭巾についている獣耳みたいな装飾が付いているのが無駄に気になる。頭巾と同じ布で出来ているであろうその耳が時折動いているように見えるのもさらに気になる。本物なの?僕が動揺して無言の時間が続いて不安になったのかちらっとこちらを伺ってくるように目線を上げてくる。瞳が見えにくい細めからちょっぴり瞳孔が覗く。小動物っぽくて和むなぁ。僕は落ち着くために深呼吸をして少し気合いを入れる。
「君の名前は紺だ。よろしく頼むよ。」
「承りました。我が生涯をかけて主殿の指命を全う致します。」
桔梗と別の意味で重そうなの来た。B型って忠誠心が重すぎじゃないですかね。
「私萌黄。よろしくね。」
萌黄がばたばたと走り込んできて手を握って振り回しながら挨拶している。人見知りなのかどうして良いものか紺は戸惑っているように見える。
紺 なし 急襲斥候兵Ⅳ
STR:440 VIT:404 DEX:616
INT:542 WIZ:450 MND:420 LUK:21
MV:21 ACT:1.4|4 Load:1334 SPR:1106
HP:888 MP:992
ATK:788|896 MATK:962 DEF:204+126 MDEF:174+114
スキル:先制、発見、潜伏
体術Ⅵ、隠密Ⅵ、捜索Ⅵ、逃走術Ⅵ、詐術Ⅴ、攻勢魔術Ⅳ
貫通撃Ⅴ、貫通射撃Ⅴ、障破撃Ⅴ、障破射撃Ⅴ
装備:龍布防具、重龍鱗鎧
☆潜伏:動かないでいる間、外部からの認識が著しく低下する。
☆発見:視界範囲+100%、隠蔽防御+100%、視界内調査に対する直感を得る。
武器スキルを失った代わりに低いながら攻勢魔術を持っている。しかし貫通術を持っていない。ちぐはぐ感を感じる攻撃要素である。ひとしきり騒いで満足した萌黄に解放されて紺は少しぐったりして僕の前にやってくる。何か言うことがあるかと思えば何もせずに側にいるだけだ。
「紺は相手を倒すことを考えてる?」
僕は意図は置いておいて紺の詳細を確認することにする。
「倒すというのは殺生も含むことなのでしょうが、基本無力化することと戦闘を回避することに特化しております。希望されたことは速やかに情報を回収することで対象を暗殺する等ではなかったゆえ。」
紺がなんか駄目でした?みたいな顔をして答える。目的にはかなってるので問題ないんだけど、他がどうなってるか確認したかっただけなのだ。
「攻撃は体術とそれに含まれる近場への投擲ということになります。攻勢魔術は侵入や逃走の補助が主になりますゆえ、攻撃に使うには少々不適格かと。出来なくもないのですが。」
必死になってアピールを始めるので問題無いよと頭を撫でておく。うつむいて大人しくなったのでそのまま誤魔化しておく。
「逃走術と詐術はどういうスキル?」
撫でるのをやめて確認する。
「と、逃走術はその場から安全に移動するためのスキルでございますっ。必ずしも対象から離れる必要はなく様々な要因を利用して身体へのリスクを下げながら移動することができます。疾走術と違い移動速度への補正が少なく、脱出術のように完全に拘束された状態から抜け出すものでもありません。」
紺は慌てて話し始め口早に解説するが途中で落ち着き始める。
「詐術は対象を騙す、誤魔化す為の汎用スキルになります。特化したものに比べ効果が落ちますが適用範囲が広いのが特徴です。話術を始め、変装、偽造なども自在に可能ですが専門家より時間がかかったり粗が目立ったりということはあります。」
そういって紺は待機状態に戻る。
「わかった、ありがとう。」
解説を聞いて考え事をしながら紺を労う。照れているのかなんかもじもじしている。紺も尻尾が見えるタイプの子か。
「当面はここで手伝いを頼む。ここで手伝うことができなくなったらリブリオスの菫か王都の鶸の手伝いだね。」
僕はそう言って紺に方針を伝える。紺ははっと言って跪く。そしてだるそうにしていた鈴がふっと背を伸ばし手を上に伸ばす。紺はその動きに過敏に反応して僕の前に立つ。
「主殿アレは何者ですか。」
友軍と認識していたものに何か疑問を覚えたのか僕を守るように立つ。僕はちらっと萌黄を見るが特に気にしていない。アレが萌黄の感知外の可能性も若干あるが直感的に問題無いと判断する。鈴は気怠そうにしているが一瞬だけ強い視線で紺を見ていた。
「君もそういうタイプか・・・君も相当に手間だねぇ。」
鈴は紺を見て呟き僕に視線を移す。紺は毛を逆立てるように警戒したままだ。
「貴方程じゃ無いと思うけどね。出来ればどういうつもりなのか説明して欲しいくらいだけど・・・鈴の負担になるから用がないなら戻ってもらえるかな?」
僕は紺の頭を軽く叩きながら鈴に向かって言う。
「覗き見だけのつもりだったんだけどねぇ。その子の反応に気を取られちゃってさ。まっ、また後でね。」
そう言って鈴は手を振りながら崩れ落ちる。紺の手前さっと手は出してやれないので代わりに萌黄に支えてもらう。しばらくまた寝込んでるだろう。僕はため息をつく。
「アレは一体何者ですか?存在自体がおかしすぎます。」
紺は緊張を解いて大きく息を吐く。僕は小動物相手のように紺の喉を撫で回す。
「紺も鈴に違和感を持てるんだね。菫もそうだから一緒に考えてごらん。そうすればもしかしたら理想の結果に至れるかもしれないよ。」
まだ一人で考えてもきっと正解には至れないだろう。違和感を覚える二人ならもしかしたら歪なひずみに気がつくかもしれない。そうしたらみんなで挑めるかもしれない。頑張って欲しいところだ。
「ただ鈴自体は悪くないんだ。それを許している僕も悪いかもしれないけど、横やりをいれているのがいてね・・・」
紺が撫でられてどうしていいのか分からず身を固めているところに僕は少しだけ話をする。鈴を持ち上げている萌黄をそのままにしておくわけにもいかないので紺を解放する。
「鈴は一旦拠点に連れて行こう。」
萌黄にそう促して移動を始める。紺もはっと我に返って追従する。拠点についてから鈴をソファーに寝かせて拠点の整理を始める。ここは生産拠点で構わないので畑などは残しつつ建築制限のある研究施設等は潰しておく。その分畑を広げたり植林したりで資源確保を増産方向で進めさせる。正直やることはそう複雑でもなく少し手間がかかるだけである。後は神谷さんに連絡して状況報告と今後どうするかを確認するだけである。そちらは明日にするとして鍛錬所で時間を飛ばす。
翌日を迎えて萌黄と紺を呼んで神谷さんの拠点に向かう準備をする。準備をしている間に村人から連絡があり神谷さんが来たことを伝えられる。手間が省けたと思いつつも珍しいなと違和感も覚える。用向きはわからないが迎えに行くことにする。門の前には神谷さんとトウとユウがいる。ユウは相変わらず僕に噛みつきそうな視線を向ける。トウは澄ました顔をしているがどこかよそよそしい。隠し事があるのだろうが素直すぎて好感すら持てる。一方神谷さんはいつも通りにこやかな顔で挨拶してくる。喧嘩別れみたいなことの後だったのでここまで友好的なのはまた違和感を感じるが、彼女の中で割り切られたのかあまり気にしないのか判断は付きかねる。僕も不自然さを感じつつ挨拶を返しておく。用向きを確認するのに拠点へ案内する。
「こっちも用事があったから突然とはいえ来てくれたのは嬉しいよ。」
神谷さんを椅子に案内してから僕も座って切り出す。
「それはよかったです。たいした用でもないのですが拡張に行き詰まってしまってこちらを参考にできればと思いまして今一度確認に。」
神谷さんの言葉にへーと相づちを打ちつつ違和感を拭えないまま返事だけ返しておく。以前の感じからしても彼女はそこまで頭がわるくなく、こちらを参考にするにも規模も目的も違いすぎることはわかっているはず。ここに来て何かすることが目的だと考える。目的が見えないまま意味の無い質問や助言が続く。ユウは僕に敵意丸出しなのは変わらず、それに反応して紺がユウに敵意を向けている。萌黄はちょっと手持ち無沙汰そうに辺りをキョロキョロしながら話を聞いている。お互い何かを待つように他愛もない話が続く。仮にも同じ神の陣営である以上そこまでおかしな事をしないであろうと高をくくっていたのが間違いだったかもしれない。突然萌黄があらぬ方向を見つめ警戒態勢をとる。その方向から大きな爆音と共に衝撃が響く。何事かと確認しに外に出る。萌黄が少し不安そうに追従する。僕らレベルでも危険と取れる何かが来ていると察せられる。外に出れば確認するまでもなく危機が何かを理解した森を越え見上げるようなという表現もおこがましいほどの巨人。
「でっか・・・」
僕は首が痛くなるほど上を見上げてぼやいた。巨人は歩く。大きさの割に静かに歩いているのか想像するような音は出ないが、森の木々を踏み潰す音は容赦なく激しく響き渡る。
「どうなさいますか主殿。村人を逃がすにも中々大変ですが。」
紺が僕に確認を取る。
「僕と萌黄は足止めをする。紺は神谷さんと村人の避難を頼む。」
紺は頷いて神谷さんを見るが神谷さんは首を振る。
「足止めなら私も行います。貴方ほどではないですがこれでも大分強くなりました。」
神谷さんはさっと杖を構える。ユウとトウも武器を構える。不安感はあるが足止めの時間は長いにこしたことはなく僕は頷く。
「萌黄はここから狙撃・・・と思ったら今はできないか。」
「使えなくも無いけど狙撃銃は置いて来ちゃったね。」
そう言えば転職しちゃったなと思い直し、自分の狙撃銃を取り出し適当に撃ち込んで巨人の気を引く。巨人の意識がこちらに向いたようで僕に向かって進んでくる。村や拠点を潰されても困るので前進して巨人の移動を遮ろうと進む。
「つかどっからあの巨人が出てきたんだよ。」
僕は走りながらぼやく。萌黄が急に剣と盾を浮かせて僕の横に立つ。
「るっせぇぇぇ。」
ユウが大剣を振って萌黄を吹き飛ばす。
「まさか後ろから撃たれるとかっ。」
さすがにこの状況で神谷さんが強襲してくるとも思わず驚いて振り返る。トウは神谷さんの側におり攻撃的な行動はほぼ無意味と思わせる。
「どういう訳かくらいは聞かせてくれるのかな。」
僕は後ろの巨人が気になりながらも振り返って神谷さんに尋ねる。
「神が・・・貴方が神の意に反する異教のものであると・・・」
神谷さんがにこやかな顔を崩さず鈴のように抑揚の無い声で答える。トウは不安そうに神谷さんをちらっと見ながらもこちらへの警戒は解かない。
「これがお前の一手かぁぁ。」
僕は神谷さんの後方から歩いてくる鈴に向かって叫ぶ。
「君がいるとさぁ・・・話が早すぎるんだよね。だからハンデだよハンデ。」
「まさか自分の勝ちを遠のかせるような事をするとは思わなかったよ。いや、今までもそれなりに遅らせにかかってたか。」
「もうちょっと遠回しに足止めしたかったんだけど・・・仕方なくね・・・ここまで強行にしなきゃいけないと思わせるほどには驚異だったと誇ってもいいよ。」
鈴はそれはもう楽しそうに僕に説明をする。
「あとまぁ、君が勝とうが負けようが、この盤面の勝利者にならなくても、最終的に私が得するようには立ち回っているから大丈夫だよ。私は決して負けない。」
鈴は口元を隠しながらころころと笑う。
「ネフィリムお願い。」
神谷さんが口ずさむと後方の巨人から恐ろしい速度で地面に向かって拳が下ろされる。萌黄が必死に動いているが足止めに徹しているユウを越えられない。職ランクが低いのが災いして手数が少なくユウを押し切れないようだ。僕は拳を素直に回避するが回避させることが目的なのは明白だった。神谷さんが杖を振り、僕の左手方面から強烈な衝撃が発生してそのまま吹き飛ばされる。鍛錬所の扉を吹き飛ばし建物の中に投げ出される。入口の前の鈴が立つ。部屋の暗がりに対して鈴の後方から差す光が後光のようにまぶしい。
「僕の邪魔をするならお前も容赦しないぞ。」
「かつてその言葉を放った者は数いれど僕に到達した者はごくわずか。そして傷をつけられたものは皆無だ。まあ・・・それでも楽しみにしているよ。」
僕の捨て台詞に鈴は笑顔を崩さないまま余裕を持って言い放った。僕は無駄と知りつつ鈴にショットガンを向けた。
「素材はサービスしてあげよう。これ以上邪魔するつもりはないんだけど・・・変わった世界を堪能してくれたまえ。」
「どうせ予定が変わったらまた邪魔するんだろ。」
「んー、まあ確かにそうだ。はははは。」
僕は引き金を引いてスラッグ弾を撃つも鈴はそれを手で軽く押しのけた。
「ではまたね。『システム強制起動・・・鍛錬所』」
鈴の声が響いた後扉は閉まり光が僕に収束する。
「覚えてろよ。」
僕は最後に毒付くしかなかった。
-最上位管理者不在につき、第二種管理権をr+\un『鈴』に移譲しました。-
五章本編はこれで終了となります。それぞれのエピソードを挟んでから六章になります。
紺「新しく貴下に入りました紺と申しますっ。よろしくお願いいたします。」
菫「よろしく。馬鹿正直な子ね。」
桔「よろしくね。まあ私達みたいなのはどうしてもね。」
萌「よろしくねー。百面相な子。」
鶸「よろしくですわ。諜報には便利な子ね。」




