僕、決める。
獣の応対と進軍が合わさってもう少しかかると思っていた戦いも鈴の自爆的戦術によりあっさり決着する。僕は随分無茶をすると思っていたのだけど以外にも萌黄や鶸の反応はさも当然のような態度をとっていた。桔梗だけは少し抵抗感があったようだがそれでもご主人様が安全であるならとらない選択肢ではないと否定的ではなかった。
(あくまでユニットとして使えってことなのかねぇ。)
僕はみんなの反応を見た後ぼそっと感想を思い進路を速めた。残る懸念材料は獣のみとなった。呪われた兵士は厳重に隔離済みで兆候が見られると鈴からは連絡が入っている。鈴の怠惰のせいか王国の情報はあまり入ってこず、そちらもどうなっているか気になるところでもある。強行軍を続けて後半日後にはたどり着くといった所まで来た夜、鈴から兵士が獣化したことの連絡が入る。当面は土檻に閉じ込めているから問題ないという話だったが、一時間後獣は檻と大地を喰って外に飛び出す。ただ逃げ出したところで周囲は圧倒的なステータス差のあるミーバに囲まれていた為、早々に拘束魔法でお縄にされてしまう。ただこの程度で動きを止められるならサレンの一族も封印の箱に獣を入れようとは思わなかったろうと考えていた。鈴に油断しないようにと指示はしたものの、また一時間後に拘束魔法を喰われ脱出されたという。手加減が厳しくなってきたのはここからだった。比較的魔力の高い魔術師による拘束魔法だった為か拘束魔法を喰らってからの動きが一段と激しくなる。斥候兵はまだ追いつけるが重装兵や魔術師は完全に置いてけぼり状態になってしまったらしい。そもそも手足から口まですべて縛っていたのにどうやって喰ったのかと鈴は疑問を感じているようだった。僕の中ではよくある話と言えばそうなのだが、恐らく見た目の口から食べるのは効率がいいか好みで食べているだけで実際には全身で対象を捕食できるのだろう。見た目は名状しがたい獣のような姿でも実際にはスライムみたいなものなのだろう。ただ現場の人間からすればじゃあどうするの?だろう。半物質化した魔力も食べ、えり好みしなければ大地すらも食べる。正直拘束するという方法は思いつかない。結局取られた手段は斥候兵で逃げないように追い立てながら適度に魔法という餌を与えて成長しすぎないようにコントロールしながらその場に止めることであった。人間なら交代要員が大変だろうが疲れ知らずのミーバならではの手段である。到着予定の六時間後まで維持できるかは微妙ではあるが。時間稼ぎをしてもらいつつ道を急ぐことにする。そしてもう少しで到着という頃鈴からなんとも判断しかねる連絡が届く。
『なんか大人しくなった。』
狼のような形態をとり眠るように丸くなったのだという。ただサレンが妙に焦っていると言うことだけついでのように伝えられ面倒くさい事態になりかねない事と判断する。現場に到着すると黒い山のようにも見える獣らしいものを視認することが出来る。
「おもったより早かったの。」
こちらの姿を見てサレンが駆け寄ってくる。
「そりゃ、かなり急いだからね。結構眠いよ。で、これに心当たりがあるの?」
僕はサレンに尋ねる。
「いや、ない。嫌な予感がするだけじゃ。魔力の動きが整理されるようになっておるのが見受けられる。さながら食った餌を消化しておるようにな。」
サレンの返答に半ば期待外れなものを覚えながら状況を確認する為に桔梗にも解析を頼む。僕も解析しながら受け取った情報を鶸に渡す。確かに継ぎ接ぎのように貯まっている魔力を流動させ整理しているように見える。
「さなぎみたいなものでしょうか。」
桔梗が小さな魔力弾を獣に投げ、それが抵抗もなく獣に埋もれていくのをじっと見ている。
「E=mc^2か・・・魔力はどこにかかるのかね。」
「なんじゃそれは。」
僕のつぶやきにサレンが反応する。
「エネルギー?って通じるか分からないけど、熱量とか運動量が物質になりますよって難しい話。」
サレンはそれで?みたいな顔をしている。
「魔力を使って魔法を解して火や土がだせるけど、それは魔力の形が変わってるだけなのかとか。」
僕もどう説明して良いかかみ砕いておらずサレンは首をかしげる。
「あの獣は食べたものを魔力に変えてさらに体に変えているのか。それとも魔力だけで出来てるのかなぁと。」
実際の所思いついたことに何の意味も無く、魔力はエネルギーなのか物質なのか少し気になっただけなのだ。魔法によって魔力を物質に変えているのか、魔力が別の物質に変わっているだけなのか。ふと思ったただの疑問だったのだ。
「魔力基礎理論の話じゃな。おぬしの言うことに当てはめるなら魔力はエネルギーというのが一般論じゃな。魔法という手順を用いて魔力を別の何かに変更するとになるの。あの獣は一応姿形がある故魔力で体を作っておるのじゃろうな。魔力体は魔力体でもっと霊体みたいなヤツがおるでな。精霊などがそれに近いかの。」
サレンが急に講師のように語り出す。とりあえずふーんと頷いておく。恐ろしい話である。魔法で石を一kgつくるのはさほど難しい話では無い。だがエネルギーから石一kgを作るには途方もない量が必要である。必然的に魔力自体が途方もないエネルギーを内包していることになる。などと暇つぶしのように獣の状態をぼーっと見ていたのだが桔梗が反応し、そして僕も気がつく。魔力の流れが速くなり体を巡りどんどん加速していっている。そしてそれは山から噴火するように獣の寝姿の頂点から吹き出る。不自然に黒く長く、のたうつ蛇のように天に伸び上がり、ほどけない糸玉のように絡み合い重量感を伴って地面に落ちる。元の獣の体は抜け殻のようになっているかと思えば無駄なく蛇のような体に変わっている。
「シュレードブラス・・・」
シリーズ物のゲームに出てきたただただ倒すのが面倒くさく逃げることが推奨されている魔物である。倒させる気の感じない再生力、鈍重な移動力の割にやたら早い攻撃、そして拘束攻撃。所謂お邪魔モンスター的な魔物であり、実際の所シリーズ一作目のHPは解析の結果ただFが並んでいただけだという。
「知っておるのか?坊や。」
サレンが相手の異様な気配に飲まれそうになりながらも僕に尋ねてくる。
「いやー、知ってるかどうか分からないけど・・・似たようなのを見たことがあるなーと・・・。」
そして両者の沈黙が続き動きのない時間が続く。シュレードブラスの表面は不自然な黒さで遠近感に誤解を招く。時折波打つように光が動くことだけが生物のような気配を見せる。ただアレの特性がそのままなら今両者共に動かないのはある意味正しい。やり始めるなら対策を立ててから戦う必要がある。
「とりあえず側で動くと問題があるのでしばらくそのままで・・・」
そう言った端からそこにゲームでは無い自然界ならではの現象が起こる。鳥が飛んできたのである。僕は内心運の無さに呆れる。鳥を放置しても詰み、僕が鳥を落しても詰み。今すぐに自然生物に対応できそうな者はすべてシュレードブラスの感知圏内である。そして鳥が上空を通り過ぎようとし始めるとき黒い触腕が表面から突然伸びて鳥を捕らえる。さすがに鳥の耐久力はそれほどでもなく捕まれた途端に命を絶ち、そのまま逆再生されるようにシュレードブラスに取り込まれる。
「動き出すぞっ。重装兵が前に出るまで後ろに下がるなっ。」
僕は指示を叫び一番近かったであろう僕とサレンに飛んでくる触腕を盾で弾く。触腕は思ったより速くなく僕でも比較的楽に弾くことが出来たが、どんどん増えて数を増やす触腕に辟易する。鶸や桔梗が駆けつけようとするが思考でそれを制止する。後ろに下がりにくくすることは勘弁して欲しい。
「下がった方がええじゃろう・・・坊やが頑張ることは無い。」
サレンも多少は棒を使って触腕をやり過ごしているがぶつかるごとに切り取られているので長くは持たない。
「残念。一番最初に後ろには下がれないんですよね。こいつは鬼ごっこが大好きなんですよ。」
移動速度は早くないが触腕の範囲はかなり広い。そして逃げるとヘイトが極端に上昇し逃げるキャラから攻撃する数奇なヤツなのだ。そう言った情報をぼそっと伝える。桔梗や鶸が知れば気を引いてしまいそうな案件だがその後の作業が破綻するので絶対に逃げないように指示している。相手の手数が増えてきて手が足りないので、盾を収納から取り出し『遠隔操作』で防御を行う。
「器用じゃのう・・・」
「分かってるなら集中したいんで黙っててほしいなぁ。」
サレンがやり始めた作業に気が抜けるような声で呆れ、僕はそれを制止する。そして金属をするような音をさせながら重装兵十体が前線に到着した。
「済まないがしばらく攻撃を引き受けてくれ。」
重装兵達はミャーとかけ声を上げてシュレードブラスからヘイトを奪い触腕を引き受け始める。完全に気が移ったところで僕は重装兵との間に土壁を作り一歩後ろに下がる。反応が変わらないのを確認した後壁で視線を遮りながら後ろに下がる。
「相変わらず無茶しかしませんわねっ。」
鶸の小声の罵声で迎えられる。
「基本逃げの一手だけど戦うとなったら面倒なんだよ。」
僕は鶸の声に抵抗のつもりで反論する。なにせ逃げるというよりわずかに距離が離れるだけで気を向けてくるようなやつなので、戦闘中でも正確に動かないと簡単にターゲットがぶれる。ランダム攻撃があると言われたゆえんでもあるのだが、動き方に注意しないとヘイト管理する方も大変なのだ。
「さて重装兵が足止めしてくれている間に倒し方を説明しようかね。」
僕は落ち着いて説明を始めようとする。サレンが何こいつと言わんばかりの顔をしている。
「別に重装兵を犠牲にしたわけじゃないだろう。あいつは有機物にはめっぽう強いけど無機物にはそこまでじゃない。重装兵なら守るだけでなんとでもなるよ。」
サレンが手に持った棒を眺めてちょっと納得したような顔をしている。
「まず離れようとすると優先的に攻撃してくるので受け止めるか左右の回避でなんとかすること。再生力がおかしいやつなのでまず回復阻害がいるのだけど・・・桔梗がいけそうなのでそこは任せる。」
恒久的となると呪いの領域なのだが傷を治りにくくする、治らないようにする弱体化に類する魔法は難易度が高いがある。桔梗が力強く頷く。
「その上でやたらHPが高いのでみんなでたこ殴りにしないといけない。だけど相手が攻撃をやめたら一旦何を置いても逃げて欲しい。」
「逃げるなと言ったり逃げろと言ったりずいぶんなことじゃのぅ。」
「あなたさっきから五月蠅いですわよっ。」
説明に口を挟むサレンに鶸が噛みつくように吠える。子犬か。僕は無視して話を続ける。
「逃げ遅れると地面の下からがっつり範囲内全員が喰われるので頑張るように。喰われたら喰われただけ面倒くさくなるからね。」
所謂半減トリガーと言われるような特殊攻撃行動である。この行動で回復されたり再生されてまた半減するとまたトリガーが発動するので手間でしょうがないのだ。この世界だと地面の下にいる小動物とかを消化して少し回復するかもしれないがさすがにがっつりは回復しないと思いたい。サレンは怖い怖いと嘯きながら腕をさすっている。どっちが怖いのかは聞かないでおこう。
「逃げたときのヘイトもきちんと管理してるので重装兵には長めに逃げてもらうけど、それについて行ったりしないようにね。最後はどうなるかわからないけど、攻撃が止まったら逃げる。膨らんだ箇所の前には立たない。噴火みたいことになったら上を見て避ける・・・くらいかな。」
瀕死トリガーもあるのだけど世代ごとにやることが変わるのでどうなるか分からない。
「以外と簡単そうじゃの。」
「まあ種が分かればそれほどでもないね。ただ対策してないと絶対勝てないタイプでもある。」
逃げモブを倒せるようにしたのは制作者のただの遊び心なのだろう。当時は色々意見交換されたものだ。と感傷に浸っていても重装兵が可哀想なのでまずは攻撃再開といく。斥候兵は戦う距離の都合で外す。投石は許可するけど。軽装兵は弓、銃兵は狙撃銃を使い基本は遠距離対応である。観察と指示もあるので僕らは前にでて戦う。
「じゃあ、行こうか。」
僕は軽くかけ声を上げて土壁を取り払う。触腕の数が多くなっていて重装兵達もなかなか大変そうだ。まずは桔梗に目配せして回復阻害を行わせる。対象が大きいせいか性質なのかかなりの負荷を強いられている。
「戦闘開始っ。」
気合い入れの為に声を上げショットガンを浮かせる。ただただ倒す為だけのスラッグ弾を装填し放つ。萌黄も楽しそうにとっかえひっかえで乱射する。的は大きいし当たればなんでもいいのだが、そのうち使えなくなりそうなスラッグ弾の在庫処分でもある。重装兵は槍を駆使し、後方と側面から銃撃が飛ぶ。至る所からかわいいと思えるような投石が飛び、少なくない矢が飛来する。シュレードブラスの身をすごい勢いでそぎ落とし始める。シュレードブラスも攻撃に反応するように触腕を振り上げ暴れ重装兵を苛烈に責める。時折矢を喰ってはわずかに回復をしているようだが阻害が効いていないかと桔梗を見る。
『回復、再生というより直接体を増やしているようです。』
元通りになるのは防ぐけど新たに増えるのは防げないと言うことだ。ますます喰われるわけにはいかない。だが重装兵の懸命な守りもあって彼らが身を喰われることは多くなく回復の機会は限定的で与えるダメージが大きく上回っていると言える。そして触腕が引っ込み体を堅くするように縮こまる。
「よし、一旦逃げて。」
結構な堅さになっておりダメージ効率も悪そうだ。わずかに打撃を与えてから一時退避の指示を出す。銃撃はともかく投石と矢はやめさせる。攻撃範囲は感知範囲の半分くらいだったはずだけど少し遠目に逃げる。チキンレースをしてリスクを取るいわれは無い。それでも少し近いと思わせるほど地面から勢いよく黒い壁が伸び上がりつぼみを閉じるように中心に収束する。壁は中心でほどかれ元の体に絡み合うように這っていく。
「よし重装兵、走れ。」
『移動速度増加』の魔法で支援して重装兵を真っ先に取り付かせる。保険で少し重装兵に作業をさせる。
「攻撃再開。」
号令の元、皆が近づき攻撃を始める。攻略が分かっている魔物など大体作業である。あとは最後の行動を見守るだけ。そしてその機会を見ること無く中央に小さく集まっていきしぼんでしまう。
「おや、様子が。」
そろそろと身構えていた僕は拍子抜けといった感じでシュレードブラスの跡を見る。シュレードブラスの大きさからすれば小さく小さくまとまり固まっていく。近寄って食べられてもたまらないので遠巻きに様子を伺う。そして穴の空いた水風船のように突然黒い何かが吹き出し大きな犬といった形をとる。
「また獣に戻るか。」
サレンが面倒くさそうに呟く。獣が成長しシュレードブラスになり、そしてまた獣になる。獣は倒せず乗っ取られるから永久ループ。確かに面倒だ。だけど積極的にやりたいとは思わないけど対策も想定しているので騎兵を一体呼び出す。
「悪いけど頼むよ。」
僕は申し訳なさそうに赤い騎兵を見送る。ミャーと軽いかけ声を上げて防具を収納した騎兵は獣に突っ込む。僕たちの目から見れば手ぬるいといえる戦い。明らかに加減された攻撃と相手の攻撃も防御する気のない行動。
「坊やはもうちょっと甘いと思っていたがね。」
サレンがその行動を見て寂しそうに言う。
「好きでやってるわけじゃないですけどね。ただそれしか方法が無いなら今はそうしますよ。」
僕はその行動を見守りながら答える。
「倒した相手に回避不能の呪いがかかるなら、倒した相手がすでに倒れていた場合どうしくまれてるのかね。」
相打ちは想定しているだろうけど概ね相手は瀕死でも死ぬ間際でも生きているから呪いはかかるだろう。呪いがかかれば死体であろうと組み替えが終われば獣は再誕する。ただ自爆のような相手が先に死んでいる場合は想定しているかどうか。概ねは単独で倒せるようなことを想定していないだろうから傷をつけた順に呪いの対象が繰り下がるのではないかと予想しているのだけど、今回のように単独で自爆される案件はどうだろう。不可避の呪いを成立させるにはそれなりの条件が必要になると聞いている。永久機関を目的とした呪いが可能性に賭けて暴走するかどうかだけど、実の所プログラムのように融通が利かないのでは無かろうか。M型には悪いが可能性の高い実験の一つということになる。そして考えの無い獣の一撃が騎兵に食い込み騎兵の命を奪う。
「障壁用意。」
『玉砕』は単純爆発であり、敵味方の区別がないので巻き込まれたくなければ守る必要がある。一撃は大きいが障壁二、三枚でどうにかなる範囲ではある。獣は騎兵に追い詰められていたこともあり爆発に巻き込まれて死亡するだろう。問題はその後だ。爆発が収まった後爆心地を確認する。黒い霧のような濃密な魔力の塊が視認出来る。桔梗は爆発直後から解析を行っていたようで僕が確認し始めた頃には目配せで完了してきたことを伝えてくる。サレンも懸命に確認しているが少し時間がかかりそうなので桔梗に説明を促す。
「現状は目標を失って停滞していますが接触した有機体に憑依する準備をしているようです。内包魔力を消費するまで維持されるかと。」
桔梗は静かに効果を説明する。
「外部から補填しようとしないだけましかね。この量だとだいたい三年くらい?」
詳細にはわからないが魔力視覚で確認できる魔力量と数値的に見える僕らの魔力量と比較して推定MP一千三百くらい。維持だけなら一日二弱くらいかなと見る。
「呪いの発動に消費があることを見越すと二年と少しでしょうか。」
桔梗が自分の見解を解説する。
「どちらにせよ放っておいてよいものではないのう。」
サレンが自分の途中経過と解説が一致したことで満足したようで思案を始める。
「まあ最悪自主的に対象を探したり、誘引する可能性もありましたしね。動かないなら時間は取りやすいですよ。」
桔梗は効果解析が終わってもまだ魔法を見続けている。動いたり他の対処に終われると対象の魔法自体が変動して解析が手間になる場合があるので動かないというのはかかる時間がわかりやすい。もちろん変動してくれた方が解析しやすい場合もある。サレンが不服そうなのでこの場で行うことの説明をして時間を潰す。
「ご主人様、終わりました。いつでもいけます。」
桔梗が作業の終わりを報告する。
「ありがとう。でも足りるのかい?」
僕は労うと共に推定足りないであろうMPの心配をする。ぱっと見でもかなり巨大な術式で無駄に燃料タンクも持っている。解呪するにしても結構な負荷がかかるはずだ。
「一応許可を頂ければ・・・」
桔梗が妙にもじもじしながらなぜ恥じらうのかよく分からない反応を示す。解呪は確定事項なのに許可を求めると言うことは禁止事項ということだがと考えて負荷を補填できるスキル『血操魔』を思い出す。呪いの解呪を急ぐ必要があるかと考え、この後戦闘が起こる可能性もないと判断する。
「わかった一時的に許可する。」
僕はため息をついて許可する。桔梗はお辞儀をして術式を準備する。
「なんぞあったか?」
サレンが興味深そうに寄ってくる。なんていうか好奇心の塊だ。
「桔梗のスキルに負荷をHPに変換するものがあるんだ。ただでさえ虚弱なのにHPを削るのも問題だから使わないように指示してたんだよ。」
僕は寄ってくるサレンをうざったく押しのけながら説明してやる。サレンは納得して事態を見守る。直に桔梗の手から魔力が動きくすぶっている呪いの霧に干渉し始める。事前に解析し、手順が組み込まれた術式は黒い霧に抵抗らしい気配も見せないまま霧散した。
(この相殺した魔力も一体どこにいってるやら。やっぱりシステムの支援ありきのエネルギーっぽい感じがするな。)
「普通にはまねできん気もするがこんな方法もあるか。獣の本体が分かったのもこちらとしては嬉しい情報だな。坊やに任せれば里の箱が五、六減らせる気がするわ。」
サレンが期待のまなざしでこちらを見てくる。
「暇で気が向いたらな。そもそも封印された箱だってそっち資源の一つだろうに。」
「液が欲しいなら討伐できる比較的無害なものでも事足りるわ。危険物が減るならそれに越したことはないわい。」
僕は勘弁して欲しいという感じに答えてもサレンは期待感でいっぱいだ。そのうち一、二箱持ってきそうだ。
「さて、これで全部の懸念事項は終わったかな。グラハムに終了報告して今後の相談かな。」
僕は背伸びして予定を考え始める。
「なん。坊やも政治を噛むのか?」
サレンが不思議そうに聞いてくる。言葉的には少し疑問がでるが表現的にはなんとなくわかる。
「政治にがっつり介入するつもりはないよ。ちょっぴり僕の要求を通してもらうだけさ。」
「少しはやる気なのかえ?」
「内容次第では国が動くことになって結果的に政治がってくらいだよ。僕自体は直接関わるつもりは無い。」
「つまらんのう。」
僕の返答にサレンが何を期待していたのか分からないが至極つまらなそうに口をとがらせる。何をさせたかったのやら。とりあえず周辺に何か問題があるものがないか捜索した後僕らは城へ向かった。城を制圧した後ミーバ兵は認知されているものの住民にはまだ恐怖の対象のようでにょろにょろ動いているのを見られると恐怖の視線で見られる。まあ普通そう思うよね。自分もそうだったし慣れて欲しいところである。雑に城に行ってどうかとおもったが鈴から伝わっているのか特に咎められること無く入場できてしまう。むしろミーバが連れていたら無条件といったところか。そのまま鈴と連絡を取りながら応接室に入る。ノックして部屋に入るとグラハムと知らない男、そして護衛が四人ほど配されている。
「我々はこの少年に負けたということか。」
知らない男が呆れるとも驚くともなんとも言えないような表情と声をしている。
「まあそういうことです。正直彼一人でも王都なら攻略できたかもしれません。」
グラハムがやっぱり呆れるように口添えした。口調からすると前王なのだろうが。しかし僕一人で王都とかさすがにやる気無いからそんな持ち上げないで欲しい。
「ひさしいなトーラス。八十年ぶりくらいか?」
サレンがニヤニヤしながら気軽に挨拶する。
「そんなものですかね。不定期報告にたまたま貴方が来たとき以来ですからね。随分若返ってますが。」
トーラスと呼ばれた知らない男が少し思案を巡らせるように考えて真面目に答えている。
「今回は動くつもりじゃったからな。さすがにアレでは筋力がたらんわ。それは置いといてなかなか面白い坊やじゃろ。」
サレンは僕の背中を叩きながら言う。
「正直驚きましたね。動きを見ている限りではむしろ貴方方が足手まといだったのでしょう?」
トーラスはそう答えながらも僕の方もちらっと見る。
「その後を考えずに滅ぼすだけならこんな長くはかからなかったね。」
僕はため息をついて答えた。
「でも協力者としての国が欲しいのであって滅ぼすのが目的じゃなかったからね。そういう意味ではこんなものかな。もう少し把握してから準備すれば良かったかなとも思う。」
「そうだな。そちらが使徒と分かっていればまた対応も変わってきたが、それでも落されるまでの時間が変わるだけでしかなかったか。」
僕の答えにトーラスが感想を述べる。
「さて、私が確認するべき立場でもないのだが現状政治機構を把握しているのが私であるので可能かどうかを判断することになっている。勝者としての君の望みはなんだね。」
トーラスは卑屈になるでもなく折れたわけでもなく、かといって尊大でもなくただ協力者としてそれを聞きたいと思っているように感じた。簒奪した過去はあれど国を思って行動しているのは確かであるように感じる。
「そちらの主権を脅かすつもりはさらさないのですが、まず希望の場所に拠点としての土地を頂きたいこと。第二にこちらで運営している越後屋の後ろ盾になって欲しいこと。第三に国家として大きくなっていただくことです。こちらから金銭、装備の支援はします。必要であればミーバ兵も出します。お互い必要あれば交渉次第ですね。」
僕は淡々と希望を伝える。
「そんなもの君が国を滅ぼして傀儡にすれば済むことではないか。なぜわざわざ手間を取ってまで対等同盟のようにあろうとするのだっ。」
トーラスは要求を聞いてから吠えた。もっと複雑で大きな事を頼まれるのかと思ったのかもしれない。
「まず僕にはこの世界の政治能力はありません。傀儡にしたところでただ駒を動かす侵略国家になるだけです。僕はあくまで選定者として勝利するために動きたいだけなのでそこまで細かい所まで管理したくはないのです。ミーバを出せば最終的には見つかるでしょうが基本的には国家を隠れ蓑にしたいんですよ。それでいて国を大きくしてその範囲を広げていただきたい。大きなメリットを享受しているように見えるかもしれませんが、僕ら選定者の戦いに巻き込まれるというリスクはかなり大きいと思っていただければ。」
僕は個人的に考えている事とリスクを説明する。
「言い分は分からんでも無いな。ただ国を大きくするからには侵略国家にならざるを得ないと思うがな。」
トーラスは僕の言い分を審議しながら問い直す。
「相手の言い分も聞かず武力衝突するのと、政治的思惑が加わるのでは大きな違いが出てくるとは思います。そこを貴方方にまかせたい。」
僕はそう言ってトーラスを見る。
「だそうだがグラハム。私としてはメリットしか見えん。使徒達とぶつかるにしても国が大きくなった後だろうしな。その頃には保証も含めてなんとかなろう。」
トーラスは呆れたようにグラハムに話を振る。
「正直私には決定権が無いと思いますがね。貴方が問題ないとするなら承認しましょう。」
グラハムは苦笑いしながら答える。国のトップになったはずなのにこの権力の無さはなんだろうと思ってしまう。責任を取るための生け贄か。
「それでは紺野様。我らを使い存分にお進みください。我が国が滅ぶまで貴方に従います。」
トーラスは口調を正し最大の礼を持って言葉を紡ぐ。グラハムもそれに追従して礼を行う。
「早々に滅ばないように僕も努力するよ。協力に感謝する。」
相手が完全に僕を持ち上げてきたので、雰囲気を察して上に立つ。正直いない間にどういう相談をしてたのやら。
「土地の選定に関しては希望をいただければこちらで情報をだせるかもしれません。越後屋に関しては近日中にふれを出しておきましょう。こちらでも便宜を図っておきます。兵力に関しては王都直属兵の募集と再編成、訓練を進めさせていただきます。つきましては提供兵装に関してご相談を致したく。」
挨拶が終われば矢継ぎ早にトーラスから報告が成される。ついこないだまで王様だったのに急に秘書みたいなってるし。
「こやつはどちらかというと動く方が好きじゃからな。やむにやまれぬ事情で上に立ってしもうたが、中間に置いておいた方が役に立つ男よ。」
サレンが楽しそうに笑いながら語る。
「私は決済機ですね。」
グラハムは不満は無さそうだが手を上げておどけるように話す。
「自分のことだけに無視できないし。話に関してはそのまま進めてくれればいい。兵装に関しては規格を作るならそれで越後屋に発注してくれればいい。無駄に高級な装備じゃなければすぐに用意できる。急ぐなら鶸に頼むかだな。」
鶸は急に話を振られて不満そうな顔をする。予測と予定管理なら鶸が一番だろうに。思考を読み取ったのか仕方ありませんわねと髪をいじり倒している。
「土地に関しては深い森とか秘境みたいな盆地でもあれば。出やすさよりも見つかりにくさを重視したい。」
土地に関して伝えるとトーラスが静かに承認の礼をする。
「僕は一旦村の方に戻る。魔術師を一体置いておくから緊急の場合はそちらから頼む。こちらから遠隔で要求がある場合もそっちに伝える。」
僕はそう言って立ち上がる。グラハムとトーラスが礼をする。僕らはそのままその場を去った。
「苦労の割にぬるい話だったわね。」
鶸は不満そうに言う。
「もうちょっと楽な予定ではあったね。」
僕はどうでも良い感じに答えておく。
「終わった話より先の話だ。菫が到着次第また話すよ。それまでに桔梗には土地の選定をお願いする。村の事業を大きくして拠点を構築できるようにするのと、国の中で管理路の敷設を進めて欲しい。」
桔梗も鶸も離れ作業で不満を漏らす。
「そう言わずに頼むよ。村で話終わらせたら戻ってくるからさ。」
僕はそういって頭を撫でて誤魔化す。強行軍だったためその日はそのまま眠りにつき泥のように眠った。
章終わる予定でしたがぐだったのでもう一話。事後処理して、各エピソードをまとめて次章の見込みです。
萌「ご主人様って変なこと知ってるよね。」
桔「博識でらっしゃいますからっ。」
鶸「ほとんどは『本』のおかげよね。」
萌「でもみんな知らないことを知ってたりするよね。それは『本』じゃ無理だよね。」
鶸「確かにそうですわね。選定者だからということでしょうか。」
桔「やっぱり博識なのですわっ。」
萌「桔梗はちょっと考え無さすぎぃ。」
桔「萌黄に言われるとなにげに傷つきますわ。」




