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鈴、頑張る。

 王国軍が東門に展開を始めたことに気がつき急遽グラハム軍も隊列を整え始めた。が指揮系統に乱れなく疲れもしないミーバ兵の整列は驚くほど素早く終わり、王国軍は未だ東門から騎士が出続け隊列を整えている段階であった。

 

「んー・・・どうすべきか。」

 

 グラハムはあっさり終わってしまったミーバの列を見て苦笑いをする。直轄の騎士達のほとんどは民衆の整理と保護、支援に追われており戦場には護衛と称した三十名しかいない。結局の所隊列に組み込まずに本陣の指揮下に入ることになっている。活躍できそうな所に申し訳程度に送るだけだと鈴は言う。出発前の編成段階からして鈴はグラハムの兵を戦力に組み込んでいないからだ。グラハムはこのまま突撃して王国軍を蹴散らすかとも考えていたのだが、その話をすると鈴はそれを否定した。

 

「どちらにせよ勝つのが難しくなることは無い。ならば相手が文句を言えない状態で勝ってやるべき。悔いの無いように終わらせてやるべきだと私は考える。」

 

 グラハムにとって何を考えているかわからない鈴であったが、その考えには一定の共感を持ち相手を待つことにした。だが次から次へと出てくる騎士達の隊列を長々見ているのはどうにも退屈でもあった。

 

「本陣はだれぞ。」

 

 一時間もしたところで騎士の流れは止まり隊列を整えつつある王国軍を見ながらサレンがぼやく。

 

「近衛第二隊のキリークス隊長のようですね。」

 

 グラハムの答えにサレンは知らんと一蹴した。内乱の平定、演習ではかなりの能力を発揮している将ではあるのだがサレンの興味の対象では無かったようだ。

 

「粘り強い戦い方をする将で、苛烈に攻めるより守りながら削る戦いをする傾向にあったかと。」

 

 グラハムは戦績を思い浮かべながら追加情報を加える。サレンはすでに興味なしといった風で鈴は一応聞いているように顔を向けているがグラハムからはどういうつもりで聞いているかは判断できず話が宙に浮いてしまったようになんとも言えない空気が流れる。

 

「兵力が同じなら難しいかもしれないけど、そもそも敵じゃ無い。」

 

 鈴がそもそもの能力差により策の意味のなさを指摘し、王国軍が歯牙にもかけられていない事実にグラハムが若干落ち込む。最初から提示されていたことではあるが王国の個々の戦力においては圧倒的に劣っていると鈴は考えているということだからだ。

 

「ん、動いた。・・・ふーん。」

 

 王国軍の陣容は重装歩兵二千、騎兵五千、弓兵二千、魔術師千の約一万。鈴が王国軍と相対するために集結させたミーバ兵は重装兵千、軽装騎兵千、銃兵二千、魔術師五百の四千五百である。残りの二千五百弱は各所で魔獣の警戒など民衆の保護と呪われた兵士の監視に配置されている。数だけ見ればグラハムは冷や汗をかくしか無い。王国軍は本陣に重装兵千と本陣部隊思われる二百を残し騎兵、重装兵、弓兵、魔術師を前面に展開する。騎兵を斜めに並ばせ後方は横列に並ばせる。だがその陣形は左右に伸ばさず正面の陣容を厚くしただけの大規模な戦争では見られないような極端な布陣と言えた。相手の兵数が少ないことが分かってか両脇兵を配置せず大きく回り込まれることを考慮していない。

 

「思ったより挑戦的。」

 

 鈴はブツブツと感想を述べる。鈴は騎兵を二隊に分けそれぞれに突撃陣形を組ませる。その後ろは重装兵、銃兵と魔術師が混成で控える。百体の重装兵は要人の保護に使う為に本陣に配置する。鈴達を信頼しているとはいえグラハムは動きを見ているだけで卒倒したくなるような布陣である。王国軍は相手の正面突撃に対して受け流し、消耗させて騎兵でそのまま本陣を落すつもりだろう。ただ前王都戦での銃撃に対する対応策が突撃と盾だけではなかろうとも思い、見えない何かがまだあるはずだった。対して鈴は相手の布陣の意図にそのまま乗って騎兵突撃を持って相手をぶち抜くつもりである。地力の差が大きすぎて対策無用と言わんばかりである。しかも少ない騎兵を分けて二系統の突撃隊を作っている。そこまで相手の意図に乗っているなら時間をかけて回り込むようなことはすまい。

 

「んー・・・斥候兵はつかわんのかえ?」

 

 サレンも動きの意図を概ね察したが、そもそも集結していない斥候兵に疑問を感じとる。

 

「斥候兵はこちらの都合で連絡の授受がしやすい。各所の監視と警戒に使用している。」

 

 鈴は素っ気なく答え相手の動きを見る。

 

「森は平穏そのもの。民衆も当面は暴れるようすもない。敵も回り込んできていない。一番の問題である獣も動いていない。」

 

 監視状況をつらつらと告げる鈴は獣を第一と捉えこの戦争自体の優先度はそれほど高くみていないようだ。

 

「ま、あやつらも小細工無しに力押しで攻めきるつもりじゃろうな。お手並み拝見といこうではないか、鈴よ。ただ我らが管理を認めているかの王もそれほど阿呆ではないぞ?」

 

 サレンはそう話を締めて、小あくびをしながらだらけて戦場の動きを見守る。独特の緊張感が漂い周辺の雰囲気が重くなる。

 

「第一から第四騎兵突撃せよ。」

 

 鈴は王国軍の準備が完了したとみるやいなや騎兵を動かした。わざわざ声に出したのはグラハム達への配慮なのであろう。

 

「第一から第六混成隊は予定位置まで前進。」

 

 鈴はさらに指示をだす。本陣の陣容はいよいよ寂しくなる。側に居て動きがなかった魔術師がグラハム達の側に移動し幻影で戦場図を展開する。騎兵二グループが高速移動し、混成隊が駆け足速度で移動しているのが分かる。対応するように王国の騎兵が動き始め動きが加速する。王国軍の後衛部隊も徐々に前進している。

 

「面白いと言えば面白いが・・・机上でもよいことを魔法でやっているのは贅沢なものだな。」

 

 グラハムは動く幻影を見ながら感心するように眺める。

 

「そもそもこれを雑に動かしていないと思える情報収集能力のほうが恐ろしいと思うがの・・・」

 

 ある程度魔法の動きを追っているサレンはこの魔法自体がただの幻影の魔法であることが分かっており、戦場の出来事を転写しているわけではないことが理解出来ている。つまりこの魔術師自体がどこからか情報をうけとっておりそれを幻影に映し出しているということ自体がサレンにとっては恐ろしいと思える。監視は斥候兵が行っており、情報伝達はミーバネットワークと『談話室』を駆使して鈴に集められた情報の結果を鈴が側の魔術師に伝えている。それがグラハム達に見せている幻影の結果である。比較的広くない戦場だからこそ成立している力業なのだが、逐一説明するのが面倒くさいと思った鈴がそうやって無言で戦況を伝えているだけなのである。

 

「混成部隊はひな壇を構築。配置に。」

 

 魔術師が大規模に『隆起操作』の魔法を使い土を変形させ五m程度の土台を作成。その前に三mほどの土台を形成する。最上部には銃兵と魔術師、少数の重装兵が混ざり、下の段に重装兵が詰める。そして騎兵と騎兵がぶつかり合う前に王国軍にとっての悪夢が再現される時がきた。

 

「銃兵、放て。」

 

 鈴の号令の元銃兵からの全力射撃が行われる。小高い段差の上から放たれる銃弾はミーバ騎兵の上を駆けて王国軍騎兵の斜行の先端にまで届く。王国軍前面に展開する騎兵は丘の中腹にいる銃兵が視界に入っておらず多くの兵が鎧を砕かれ傷を負い落馬する。鈴は結果を確認しつつ追撃を続ける。そのまま蹂躙し続けると思っていた鈴だが、銃撃が始まったことで最前面にいる騎士達が大盾を展開し始める。その大盾に受け止められそうになった銃弾は突然軌道を極端に上空に変え空に消える。

 

「偏向防御?」

 

 鈴が対応された行動に対する結果を見た目の行動ほども驚いていないような抑揚の無い声で呟く。

 

「ほれみい。わしですら何かは思い出せ何だが昔そんなことがなかったかと思ったくらいぞ?前線に身を置いていたあの男がたどり着かないわけがなかろう。」

 

 サレンは結果を予想しつつも楽しむように笑う。

 

「壁を形成するには移動速度が速すぎてあちらがもたない。盾に付随する効果と判断する。最大効果は望めなくとも抑制効果はあると判断。」

 

 鈴は結果を見て仮説を立てそれを実行する。王国軍の銃撃対策は確かに王の指示による偏向防御を貼り付けた盾であった。突撃する騎士達は盾を上方気味に構え視界が悪くなる中若干だけ速度を落して突撃する。自分の盾で我が身だけでは無く、隣の仲間を守るように展開しそれは騎兵が構えるファランクスのように動き出す。

 

「斜角を下げて足を狙うように、銃弾を地獄弾に変更。」

 

 乱射すればそれこそ数分しか持たない数しかないが爆発効果によって大地を荒れさせ突撃速度を落す目的も持って牽制を行う。

 

「第五、六混成隊の銃兵は先端の右と左を分けて狙え。」

 

 騎士の大盾は大きいとはいえ全身を覆える程では無い。隣の騎兵がさらに隣の騎兵を守れても最も端にいる騎兵は自分以外からは守られないということでもある。騎士本体を狙えば盾が動き、その動きで隣を守る盾は失われる。次はそこを狙うかして動きが悪くなったところから脱落させていく。鈴はそれを狙い少しでも頭数を減らす方法をとった。サレンはその対応を笑いながら見て、酒の肴にするかのように杯を仰いだ。グラハムは自らも考えながら悩むように戦場の幻影を見る。鈴の狙いは悪くなく盾の動きが間に合わなくなった者から被弾し落馬していく。しかし銃弾の数からみれば脱落する騎士の数は十分の一程度だろう。だた銃弾で足下を狙う射撃は確実に効いておりダメージは蓄積され速度は落ちていった。だが騎兵同士がぶつかる頃に減らせた王国軍騎兵は鈴の試算で六割減になったであろう所を二割も減らない状況であった。

 

「対策が的確だった。でも問題無い。」

 

 予定が狂って数が多く残ったところで勝利は揺るがないと鈴は考えている。騎兵同士のぶつかり合いはミーバに軍配が上がった。装備の質、能力差、速度と体格差以外はすべてが勝っている状態ではそもそも負ける要素が無い。王国軍の騎士は宙を舞い、ファイは倒れ隊列を乱し割っていく。ぶつかり速度を落したミーバは後ろが入れ替わるようにすり抜け更に突撃を成立させていく。騎士の列に深く侵攻し加速し直したミーバ騎士が更に突撃を繰り返していく。

 

「これはまた恐ろしい突撃よな。」

 

 サレンは騎兵の波に穴を掘るように進むミーバ騎兵の動きを見て嘆息する。通常騎兵の後に騎兵を重ねすぎると味方がつっかえて意味を成さない。後列は味方の脱落や突撃後の穴埋めを行うように敵を続けて踏み潰す。騎兵で厚みをとればその次の騎兵にはある程度の隙間を要求する。対してミーバの突撃は穴埋めも行うが、そもそも前方の味方を乗り越えていくように行われる。乗騎である蟹の高さの無さがそれを可能にし、乗り越えられたものは再び加速を開始し減速した者を乗り越えるように突撃を繰り返すのである。大多数の突撃に大きな幅を必要とせず、狭い幅の中で恐ろしいほどの突破力を持つ。

 

「だがこれでは王国軍の騎兵はほとんど減らんよな。どうするのじゃ?」

 

 サレンが微妙な顔で鈴に尋ねる。

 

「迎え撃つ。最悪勝利はできなくても私は生き残る。」

 

 鈴の発言にグラハムは青ざめた顔で手を振る。勝利条件は王国軍が動かなくなった時にグラハムが生存していることである。今後何をするにも彼が居ないと意味が無いことは鈴も承知している。

 

「きっとご主人様ならどうにでもなる。」

 

 鈴が思考の間をすっとばして呟く言葉にグラハムは不安感しか覚えない。

 

「先に騎兵だけ本陣に来てもたいしたことは出来ない。最悪本陣だけでも押さえ込める。」

 

 そんなグラハムを落ち着かせるように鈴は呟く。グラハムは策があるのかと気持ち安心するが知らされない以上は不安は残ったままである。騎兵同士の突撃により王国軍の騎兵は四千三百から三千九百にミーバ騎兵は千から九百七十になった。

 

「む、思ったより減った。」

 

 被害比からすれば大成功ともいってよい結果のはずだが試算からかなりずれたことが鈴の気を引く。脱落したミーバはすべて生きているのだがすれ違い様に蟹から落されてた者が予想していた数よりかなり多かったことが確認出来る。

 

「黙って抜けられるほど阿呆では無いと言うことかの。」

 

 サレンは立ち上がって体を伸ばす。通り過ぎた後ではお互いの落馬騎兵が交戦しておりミーバ騎兵の復帰はかなり難しそうに思える。騎士から離れた乗騎はお互いそれほど丈夫では無く。突撃の過程でほとんどが死亡しており交戦後も復帰出来る数は多くはないだろう。ぶつかりすれ違った騎兵の動きには大きく違いが出た。ミーバ騎兵はそもそも本陣までの突撃を前提としており密集陣形から横陣に変化しつつ突撃を継続。王国騎兵は前方の三千がそのまま突撃し、残りは二部隊に分かれて大きく迂回しながら自陣に戻っている。形的には敵騎兵を追撃するとも見える。

 

「このまま挟撃、包囲かのう。」

 

 サレンは他人事のように呟く。

 

「速度が違う。追いつかれない。」

 

「それをどうにかするのが他の者の仕事じゃろう。」

 

 鈴が断言してもサレンがにやにやしながら補足する。王国軍から騎兵に矢が射かけられ正面の地形が沼地に変わる。世界における典型的な足止め戦術である。ミーバは矢を盾で防ぎながら突撃を続ける。足並みはほとんど乱れること無く騎兵は沼地に入るがその足は多くの者が思うほど鈍らなかった。

 

「あれは多くの騎獣と違って地形に影響されにくい。」

 

 鈴のつぶやきに沼地を難なく踏破する蟹の姿を見てサレンは納得する。ミーバ騎兵の隊列は横に長く縦に薄くなっているので王国騎兵が追いつこうとするには逆に沼地が邪魔になるだろう。実際にはもっと移動速度が鈍って追撃が間に合う頃に沼地を消去するのだろうが王国側の予想に反してミーバ騎兵は沼地を速やかに進んでいく。王国軍の後衛が緩やかに後退を始める。それは撤退するというよりも時間を稼ぐという意味合いが強そうで慌てること無く粛々と行われる。そして沼地を渡るミーバ騎兵に新たに矢が放たれる。少しでも侵攻速度を遅らせるためかと思われたが盾で防いでいるはずの騎兵の動きは大きく鈍った。

 

「もう加重矢を撃ってきたのか。しかも足止めに。」

 

 グラハムが驚きを吐露するように戦場の動きを見る。サレンが興味ありそうな視線をグラハムに送る。

 

「元の矢もかなり重いのですが着弾時に重さが数百倍になり反動を殺しながら鎧を貫く対重装兵の必殺武装です。射程が短くなるのが難ですが。作るにも資金と時間がかかりますからおいそれとは使えないものなのですよ。それは倒す為ではなく足止め目的で使ってきたということです。普段こんなことをすれば上や製造部門から大目玉ですよ。」

 

 グラハムが足止めのために遠距離の切り札を切ったことの意外さを説明した。最もサレンは矢の効果を聞いた後の話はほとんど聞いておらず戦場に視線を向けた。矢の衝撃が非常に大きく単発はともかく複数同時に受け止めた騎兵は足を滑らせたりして全体的な速度は遅れ動きも大きく乱れた。ミーバは動きの遅くなった先頭と後列を入れ替えながら可能な限り速度を下げないように進軍を続ける。そして王国騎兵が沼地の端に近づく頃沼地の魔法が解除されいよいよ挟撃という体勢が整う。王国魔術師からも爆発を伴う魔法が飛び込みミーバ騎兵の動きはさらに鈍り確実に王国騎兵の射程圏に収まった。しかし鈴は指示を変えること無くそのまま騎兵を突撃させる。サレンはその極端な動きに難色を示す。鈴はさらに正面からやってくる騎兵三千への対応を行う。

 

「魔術師は土槍と石礫で騎兵を迎撃。銃兵は爆薬投擲。その後は換装。」

 

 突撃してくる王国騎兵に上下から魔法攻撃が加えられる。加えて土槍により障害が発生し騎兵の足並みは乱れ、続けざまに起こる魔法攻撃に各所で落馬、死傷が見られ一割強が脱落する。銃兵は袋状の何かを投擲する。技術もなく力任せに投げただけで狙ったように投げたと言うよりは頑張って前に投げたという印象が見て取れる。何か起こると思っていたグラハムだったがその時は何も起こらなかった。銃兵は各自二、三投擲した後ショットガンに持ち替えた。騎兵達の前には不自然な小袋が所狭しと五千ほどばらまかれている。王国騎兵はこれを罠と見るか牽制と見るか判断に困っているように見えた。騎兵達は何かしらの判断により正面を走る二千と迂回する一千五百に分かれて突撃を続ける。鈴はそれも予定通りと言わんばかりに騎兵の動きを見守る。袋を踏んでも何も起らず相変わらず土槍や土礫の攻撃が散発的に続く中騎士達の速度はどんどん上がっていく。騎士達も罠と感じながらも指示通り踏み込んでいく。

 

「ま、それほど大変なことにはならないよ。銃兵は中央周辺に撃て。」

 

 鈴はそう盛り上がらないと思われるような口ぶりで銃兵に射撃を促す。事前の指示通り地獄弾で構成された散弾は騎士達の体や盾に辺り矢花や爆発を起こす。その衝撃に騎士達は盾や魔法を駆使して防御する。しかし散弾のすべてが騎士に当たるわけでも無く少なからず散弾は地面に辺り火を放つ。騎兵の中心で爆発が起きた。その爆発はさらなる爆発を呼び周囲に衝撃を起こし地面や騎士を吹き飛ばした。

 

「えげつないのう。」

 

 サレンはかなりの爆音に耳を塞ぎながら戦場を見る。本陣に聞こえる爆発は雷程度のものなのだがサレンには十分うるさかったようだ。宙を舞う騎士の姿にグラハムも呆然としている。

 

「回り込んだ騎士に散弾を。」

 

 鈴は続けて指示をだす。中央で爆発した爆薬は相当量を消費したが衝撃により吹き飛ばされ消費されていない小袋は更に周囲に飛び散った。それらは中央軍ほどの密度はないが多くが迂回した騎兵にも土と共に飛来している。中央の惨状に驚いている騎兵達が飛んでくる土塊と隠れるように飛んでくる小袋を見て次は自分たちの番だと確信した。散開するように動き始める騎士達に先んじるように散弾がばらまかれる。気がついて慌てて盾を構える者、爆発を防ぐか散弾を防ぐか迷って散弾の犠牲になる者。気がつくのが遅れてそのまま散弾を受ける者。どうなろうと多くの者にとって結果は変わらなかった。大爆発が起きて更に騎士達が宙を舞う。およそ八割の騎兵が散弾と爆発により負傷、落馬し騎兵として無力化された。うめき声が蔓延する中傷の浅かった騎兵達はこのまま押し込んでも成果は得られないと判断し迂回して撤退していく。

 

「医療術士は王国騎兵の治療を行え。第一、二混成隊の重装兵は護衛に当たれ。」

 

 グラハムは目を丸くして鈴を見る。終わっていない戦場で敵を治療するとは何事かと。

 

「王国兵は敵じゃ無い。」

 

 鈴は端的にそう言った。苛烈に攻めているようで、攻撃の結果死亡することはあれど終始無力化することに努めていた。とどめは刺さず、短期的にでも動けなくなればよいと。

 

「でもあちらはもう少し倒れてもらわないと戦いが終わらない。」

 

 鈴は形的にでも戦争が終われる被害を与える必要があると考えている。前線に突撃したミーバ騎兵は背後から突撃してくる騎兵を無視するように前方へ進み王国後衛に突撃を試みる。被害を無視するような行動にグラハムもサレンも首をかしげる。

 

「私達は入れ替わることを前提に作られる。情報はグループごとに共有され一つでも生き残れば次に生かされる。」

 

 鈴は達観したように呟く。ミーバ騎兵は王国騎兵に突かれ傷ついてもそれを恐れず進み、また失速しすぎた者は王国兵の牽制に集中し始める。だれが見ても無謀な突撃であった。策も無く自暴自棄とも取れる。ただ鈴達にとって近づくことだけが目的だったからだ。突如戦場の中央で爆発が起こる。視線が最前線に向いていたグラハムはその映像の変化だけに気を取られた。サレンも突然の変化に驚いたがすぐに視線を最前線にもどした。ミーバ騎兵達は重装歩兵に受け止められ思うように前進出来ていない。むしろ一部を除いて前進する気配を見せない。騎兵達も進めていないミーバ騎兵を追撃する。

 

「貴様、兵をなんと心得る。退かせろっ。」

 

 サレンが気がついたように怒りをあらわにして鈴に怒鳴る。

 

「資源として限界のある人と同じにしてもらっては困る。倒れる内に二人倒せれば勝ち、一人倒せれば良し。最悪二人で一人でも良い。黒で切り開き、青で導き、黄で守り、赤で砕く。これが人造兵器たる我らの真骨頂。最後にご主人様が立っていれば問題無い。」

 

 鈴は両手を広げそれらしくポーズをとり、これを荒げること無く静かに答える。グラハムは怒りに震えるサレンを押さえながら違和感を覚えつつも結論にたどり着けない。だがそれはすぐに訪れた。

 

「じゃが、坊やは・・・それを望んでおらんじゃろう・・・。」

 

 サレンが力を抜いて呟くと同時に王国騎兵に貫かれたミーバ騎兵が爆発した。多くの王国兵とミーバ騎兵を巻き込んだその爆発はさらにミーバ騎兵を爆発させる。一つの爆発が二つ、三つと爆発を産みそれらの爆発がさらなる爆発を呼ぶ。爆発は横に広がったミーバ達に順に広がり、王国軍後衛約五千と戻ってきた騎兵九百を消し炭にした。王国軍は本陣を残し壊滅した。

 

「思ったより殺してしまった。・・・もう少し残したかったのに。突撃隊を減らすべきだった。」

 

 鈴はこの場の沈黙を破るように、戦場の流れと読みを反省するように呟く。鈴は何が起こったか理解出来ないような中央で戦っている騎士達に銃弾の雨を撃ち込む。ただし騎士の周辺にばらまくだけで決して当てない。程なくして王国軍本陣から白旗があがり反乱軍に停戦文書、事実上の降伏文書が届けられた。グラハムは微妙な気持ちでその文書を受け取りサレンと鈴、自らの騎兵を伴って王都に入場した。こうして一時間弱の攻防を経て戦争は終結した。それは鈴が思い描いた通りの茶番であり、王国に恐怖の影を落した。王国軍死者五千七百人負傷者二百人。突撃した騎兵が汚れの割に傷一つ無く帰ってきたことに一部の貴族はまだ戦えると声を上げたが、当事者の騎兵は二度と戦いたくないと考えていた。確実に自分たちは弄ばれていたとほとんどの騎士達が同僚や上司に戦いの様子を聞かれた時に答えた。相手の策が良かったわけでは無い、我々は終始気遣われて戦わされていたのだと。きっと殲滅するだけならまだいくらでも手段があったのだとも。現場を見ない貴族達は当然そんなことを信じることはなかった。ただ哀れむような目で見るキリークス子爵とグラハムの視線に射られて小さくなって黙り込んだ。王とグラハムの間で何か協議が行われたが、鈴はそちらには興味はなさそうにあくびをしながらうつらうつらと遠いどこかを見つめていた。

遊一郎を待たずして戦争終結です。

来週は思わぬ事故により仕事の休みが無くなったので次回8/7の更新はお休みの予定です。申し訳ありません。



鈴「もう少し前に出てくると思ってた、少し反省している。」

X「結果的に早く終わったし問題無い。主殿の役にもたった。」

鈴「でも次は止められる。」

X「これで兵の本質を認識したであろうよ。必要ならやれる人だ。」

鈴「それはご主人様の身を切る。私達が勝手にすべき。」

X「それならそこまでの男ということだが。まだまだ楽しませてもらうよ。」

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