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僕、走る。

 僕は桔梗、萌黄、鶸を連れて先に走る。菫の名残惜しそうな顔がなんとも気になるが暫定捕虜をそのまま投げ出すわけにも行かない。なにせ武器は無くともアリアを先頭に本拠点になっているリブリオスを落されれば本末転倒になってしまう。すぐに菫達の姿は見えなくなるが今すぐにでも肩を掴まれそうで何か怖い。桔梗は先ほどのことをまだ反芻しているようだがきっと結論には至らないだろう。僕が言っても解決しない話だしここは突破口があるかもとも期待して考えさせておく。このまま夜を徹して走っても到着は三日はかかるだろう。それまでにグラハム軍が持ってくれればいいのだが。異常があれば鈴から連絡があると信じて当面は進み続ける。

 

 一方王都では混乱する貴族と民衆で溢れていた。獣が解放された王城に近く運良く生き残った貴族は指揮を放棄し我先にと逃げ出した。身一つで逃げた者は混乱に阻まれること無く逃げ切れたが、欲深い者ほど混乱抜け出すことが出来ずに王都から外に出られずにいた。貴族が我先にと逃げ始めたのを見て何かを察した商人ギルドや鍛冶ギルドの者達は先んじて逃げ始める。情報として外から反乱軍が来ることが知られていたにもかかわらず逃げるという選択を取らざるを得なかった貴族達の行動が戦争情報に敏感なものほど理由も分からず脱出を始めようとする。そしてその隠すこと無く我先にと逃げ出す様が民衆にさらなる混乱を撒いた。多くの者は西門から逃れようとしたが人数が多いこと、そして馬車で逃げようとする者が道を塞ぎ、あまりの人の多さに退去手続きが進まず、列の進まなさから民衆が暴れ始めそれを鎮圧するために人手を取られ更に手続きが進まないという悪循環に陥った。北と南もさほど変わらず少し抜け出した人数が多いだけで同じような混乱に包まれた。東門に至っては防衛の為閉ざされていたため門が開くことなく押し寄せた民衆のため先頭の者は戻ることも出来ず、ただただあふれかえるだけであった。

 

「く、責任もはたさず逃げ出すとはなんと愚かな。」

 

 王は怒りと共に落胆の息を吐いた。

 

「元々楽な勝ち戦と思って来た者達が多かったですからね。兵ならともかく自分の命の危機となれば・・・」

 

 決して慌てること無く情報がまとめらた書類を読みながら専属騎士の男がぼやく。王も分かっていたことと思いながらも予想外の所からやってきた脅威に心を苛立たせる。

 

「まず箱の捜索状況はどうなっている。」

 

 王は責任の所在よりもまず脅威をどうにかする必要があると判断し、そのための手段として真っ先に箱の捜索を命じていた。

 

「箱が収められていた場所から徐々に範囲を広げておりますがまだ報告は受けておりません。」

 

「獣の第一報があった付近は変わらずか。」

 

「まだ獣の感知範囲のようで下手に入り込むとまた捜索圏内に戻ってくるため迂闊に動けない状態でもあり、遅々として進んでおりません。」

 

 王の苛立ちを受け流すように専属騎士は淡々と報告する。

 

「時折わずかな時間居なくなるようですが、巣と思っているのか補充される餌場と認識されているのか分かりませんがまめに戻ってきますからね。」

 

 専属騎士は面倒くさそうに感想を述べる。

  

「やはり一度散らすべきか・・・」

 

 捜索で犠牲を費やすよりも討伐のために人を動かしたほうが犠牲が納得できるかと王は選択に悩む。しかし討伐すれば犠牲が繰り返されるというジレンマもある。

 

「軍の再編はある程度進めていますが、あまりまとめると獣の餌にされてしまうようで大軍を運用するのは難しいと思われます。二十人以下の小隊で各所に分散して配置し、その数を増やしております。」

 

 専属騎士の報告に王は更に悩みを深める。指揮する立場である貴族が大幅に減ったことで残った兵士を王命として再編しているが、集まると獣に荒らされ、集合した兵士の相性の悪い領地で揉めたりと順調とは言いがたい。直に反乱軍すら来るというのその対応すら現在では難しいと思われた。

 

「よもや内から外から喰われることになるとはな。うまくいかんものだ。」

 

 王は手詰まり感を感じて愚痴る。

 

「討伐するにも今少し兵力がいる。このまま再編を進めると同時に箱の捜索も続けよ。」

 

 気を取り直して指示を出し、専属騎士は礼をして一旦下がる。しかし指示は獣が動き始めてからさほど変わっていない。解決には全くと言って良いほど前進していないのである。王はしばらく悩み、最終手段となる手札を切るかと決めかねていたところでばたばたと騒がしい音がその考えを止める。ノックらしいノックも無く勢いよく開けられた扉の先には近衛騎士が息を荒げて駆け込み、思い出したかのように敬礼する。王は何事かと面倒くさそうな顔をしながら騎士に仕草で報告せよと促す。

 

「失礼致しました。報告致します。反乱軍が王都前に布陣したのを確認しました。ただこちらを攻める様子は無く民衆の救助と誘導を優先しているとのこと。また反乱軍の主力の魔物が東門を破壊し、そこからも民衆もあふれ出しております。」

 

 近衛騎士の報告を聞き王は聞き間違いかと思ったが、少し考えた後この状況を支援する、むしろ介入せずに任せて自分たちは獣に集中すべきと判断した。

 

「外から見れば内乱であるからな、お互い国の民を守ると言うことであろう。現状は手を出さずとも良い。貴族街より先の兵士は呼び戻し獣攻略の軍にあてよ。場内再編小隊二十から百五十隊を使って獣を一旦討伐するぞ。指揮官にはヘーゼルス侯爵を宛てよ。」

 

 報告に来た近衛騎士はきびすを返して指示を出しに走る。

 

「人選が微妙・・・とは思いますが。」

 

 専属騎士がいぶかしんで上奏する。

 

「使えるかもしれない者を宛てただけだ。腕は悪いが実直で逆らわん。勝ってもよし負けてもよし。」

 

 王としてもさほど期待していないと口ずさむ。

 

「何が起こるかわからんと言う状況において、あやつは唯一判断力だけは悪くない。勘が良い・・・いや運が良い、かな。無能なりに生き抜いてきたという手腕に期待しよう。」

 

 王として兵士の命を天秤にのせるには分の悪い賭けではあるが、周りが動き出してしまった以上確実性が期待できないなら意外性に可能性を求めた。再編部隊は速やかに動き始め広間から中庭へそして獣の巣とされている庭園へ進軍する。獣は集まった兵士の数を感知し迎えるかのように隊列整う先頭へと襲いかかった。爆発的な瞬発力で狼のような口を広げ四人を一度にかみ砕く。恐慌する兵士を押さえるかのようにヘーゼルス侯爵は後方の弓兵に矢を浴びせかけさせ獣をひるませる。

 

「先陣兵士は速やかに突撃前進し獣をすり抜けよ。」

 

 矢が飛んでくる中を飛び込むなど自殺行為とも思われたが、前に出なければ結局獣に喰われるしか無く自らの命を助ける為にも兵士は心を奮い立たせて前に出た。百にも及ぶ矢を受けた獣は刺さった矢をも体に取り込み、怒りをぶつけるかのごとく大きな声で咆哮をあげ兵士をまたひるませる。足が止まったり遅くなった者達を再び乱暴に食い散らかす。人の命を軽んじる策とも思われるが失敗すれば死ぬのは侯爵も同じである。侯爵は部不相応な命令を受け最後の一兵になっても確実に獣を倒さなければならないと使命感にかられている。兵士にとっては厳しい話ではあるが乗り越えられれば大きな報償も期待できると鼓舞されての出陣である。士気の上下は激しく思う通りに包囲は進まなかった。何度目かの斉射を行い獣と兵士の鬼ごっことも言える動きが続いた後、どうにか形だけ包囲ということになった頃には兵士の数は約半数ともなる百四十人にまで減っていた。

 

「半円後方の者は一斉に攻撃せよ。前方の者は喰われぬように徹底した防御を行え。」

 

 槍を使い包囲しながら攻撃されないように相手を削り取る。昔使用され獣を瀕死に追い込んだ作戦の一つである。獣は策に嵌まったようにうまく動けない状態が続いた。そろそろとどめと言うときに獣はふと立ち止まりその場から大きく跳躍した。その場にいる者達があっけにとられた。獣は目の前の餌をむさぼるよりも逃げることを選択した。獣は不死であることを認識しており、通常このような逃避行動は取らないと古い資料では語られていた。当然そういう修正であることはヘーゼルス侯爵にも伝えられていたのだが、侯爵もその話が前提であったため逃げに対する対策は全く考えていなかった。

 

「お・・・追え・・・」

 

 侯爵がかろうじて声を絞り出して無意味な指示を出そうとしたとき、突如獣の上から岩の塊が落ちてきて獣を庭園にたたき落とした。獣が突然落ちてきたことで数十人が下敷きになったが瀕死の獣が落ちてきたことで侯爵以下兵士達は再び混乱することになった。

 

「やっぱり弱い。」

 

 庭園の壁の上で斥候兵二十体を並べ魔術師二体を小脇に抱えて鈴が呟いた。獣がうめいて起き上がる頃、侯爵が慌てて攻撃の指示を出す。

 

「そして指揮官は馬鹿。でも観察はできる。」

 

 鈴はだるそうなポーズをとって呟く。魔術師に獣を視る(・・)ように指示しその場に立つ。兵士の槍は獣に突き刺さり獣が寄生のような声を上げる。

 

「術式を検知・・・呪詛系統・・・魔力の委譲を確認・・・」

 

 鈴は魔術師から受け取る情報をぶつぶつと復唱しながら様子を見守る。獣は力なく倒れ兵士は勝ちどきを上げる。侯爵も不可能と思っていた討伐の成功に喜びの声を上げる。ただ一部の兵士は塀の上にいる不審者が気になってしょうがなかった。

 

「解析は無理かな。桔梗がいれば判断できたかもだけど。よしよし、お前はがんばった。」

 

 鈴は術式の解明は無理と判断し、しょぼくれる魔術師に慰労の声をかける。

 

「貴様等何者だ。」

 

 我慢できなくなった兵士の一人が塀の上を指し示し大声を上げる。奇しくもその兵士こそが獣に呪われた者なのだ。

 

「ん、集団に紛れて逃げるつもりかな。意識を自分に向けさせない無意識の防衛本能か。」

 

 鈴は兵士を見ながらぶつぶつと感想を呟く。

 

「ふ・・・何者かと問われれば・・・・反乱軍だっ!」

 

 鈴は棒読みしながら両手に魔術師を持ち上げ鳥のポーズで高らかに宣言する。その無意味なポーズと宣言に兵士達は固まる。反乱軍が場内に来ている。そもそも反乱軍が圧倒的な敵数を前に名乗りを上げていることも理解ができない。

 

「愚かなる王国軍よ。そのような雑魚を相手に苦労しているようでは我らの相手ではない。速やかに武器を捨てて・・・抵抗しろっ!そうすれば命くらいは助けてやらう。」

 

 鈴はポーズを変え詠い、そして魔術師を兵の上に置いて瞬間的に兵の側に降りる。ゆっくりとした動きに逆に動けなくなる兵士達。反乱軍を呼称するこの不審人物が敵なのかどうか判断出来ずにいた。鈴はゆっくりと歩き続け呪われた兵士の前に立つ。

 

「この人、もらっていくけどいいかな?」

 

 鈴はそういって呪われた兵士の腕を掴む。その言葉を聞いたヘ-ゼルス侯爵が叫ぶ。

 

「その者を殺せぇぇっ。」

 

 その奇声のような声を聞いた兵士達は呪縛が解けたように槍を構え鈴に敵対する。

 

「んー、困ったなぁ。」

 

 鈴はさほど困っていないような口ぶりで兵士の腕をとり一歩踏み出す。無造作に動いた鈴に反応し槍が繰り出される。鈴はそれが計算の内であるかのように更に一歩踏み出し軽く腰を捻って槍を回避する。鈴はさらっと槍の柄を撫でて一歩踏み出す。一斉に四本の槍が繰り出される鈴は一歩二歩とそれらを回避し一本を自らの服に引っかけるように滑らせ傷を負うこと無く回避してみせる。呪われた兵士その動きに魅入られるようには手を引っ張られ流されるように動かされてしまう。周りの兵士達は明らかにおかしいと思うような動きに恐怖を覚え槍を繰り出す。鈴は一つ一つ丁寧に捻り、下がり、飛び服に傷を作りながら回避し続ける。もはや兵士は混乱に包まれ恐慌するように叫びながら槍を突き続ける。そんな中呪われた兵士が我に返るかのように手に力を込めて鈴を止める。

 

「わ、私は行かないぞ。お前こそそこで大人しくしろっ。」

 

「ほえ。」

 

 あらがう力も無く、さほど重い装備もしていない鈴は兵士の手に引かれてあっさりとその体を引き戻される。繰り出される槍は雀がけ手まっすぐ進む。誰もが串刺しにされる未来を想像した。だが槍は鈴の体を貫くこと無く何か柔らかい物を突き刺すような弾力を保ちながら何一切鈴を傷つけることは無かった。

 

「あ、ばれちゃった。ごめんねー。私、貴方方のゴミみたいな装備じゃ傷もつかないの。」

 

 つらつらと語り、恥ずかしそうなポーズを取りながらくねくねもじもじしてみせる鈴。あっけにとられて槍を引く兵士達。

 

「そんな馬鹿なことがあるかぁぁぁ。」

 

 腕を捕まれた呪われた兵士は叫びながら剣を抜き鈴に斬りかかる。鈴は何も考えずに体を入れ替え背中をぶつけるように兵士を押し出す。タイミング悪く鈴が動いたことで反射的に攻撃してしまった兵士の槍に呪われた兵士の胸が貫かれる。

 

「あ。」

 

 鈴と数人の兵士の声が重なる。鈴は即座に塀の上にの魔術師と思念を交わす。

 

「呪詛確認、魔力委譲、・・・情報?不明な術式の移動を確認。」

 

 鈴は魔術師の情報を受け取り元呪われた兵士の腕を放し、新たに呪われた兵士の腕を掴む。

 

「お願いだからついてきてほしいなぁ。」

 

 誘惑するにも全く感情の想起を感じさせない声は逆に兵士の恐怖を煽る。鈴は斥候兵に指示を出す。気合い十分に声を上げ指令を受け取った斥候兵四体がロープを持って呪われた兵士をぐるぐると回り縛り上げる。鈴はその周りを無意味に動いて近寄る兵士を牽制する。怪しげなポーズと動きに惑わされ思うように動けない兵士をよそに呪われた兵士の拘束が終わると鈴は斥候兵に兵士を担ぎ上げさせる。

 

「それでは皆さん次に会うときはお白洲ですかね。」

 

 鈴は兵士に通じない言葉を残し斥候兵を塀の上に移動させ、自らも瞬時に塀の上に移動する。

 

「さらだば。無能者のしょくん。」

 

 あっけにとられる兵士達をよそに鈴は快調に走り出し屋根を飛び王都の外へ向かった。混乱、恐怖の中理解不能な対象がいなくなったことでヘーゼルス侯爵は徐々に判断力を取り戻した。夢の中にいるような感覚にとらわれたまま何事かと思ってはいたが、状況を頭の中で整理しまずは報告と兵士達をまとめ上げ一旦戻ることにした。

 

「獣の討伐はなったと。そして獣にとどめを刺したであろう者を反乱軍を呼称する者が連れ去ったと言うことだな。」

 

 王は自らも本当にそうなったと疑問を感じているヘーゼルス侯爵の話をざっくりとまとめて侯爵に確認を求めた。

 

「さ、さようでございます。」

 

 威圧感を感じている侯爵はただただ恐縮していた。王は問題自体が片づいたことを褒め連れ去られたことについては言及はしなかった。すでに生き残った兵士達に関してはグループ分けして監視状態に置き獣への変異がないかを確認させている。だが話が真実なら彼らが変異することはないであろう。さらに反乱軍(仮)にはとどめを刺した者を見分ける能力があるとも考えられる。だがそれを素直に反乱軍に聞いているほど余裕はない。現状負債が反乱軍に引き取ったのならこちらは混乱を立て直し、再編を進めて反乱軍に抵抗することが優先と考えた。

 

「獣は一時消えたと判断する。急いで大規模な再編を進め反乱軍に抵抗できるよう準備せよ。第三近衛隊に獣発生地点の箱捜索をさせよ。」

 

 専従騎士は指示を聞き動かせる指揮官を考えながら指示書を走り書きし行動に移す。ヘーゼルス侯爵も慌てて立ち上がり礼をとって自軍の再編をすべく走って退出する。王国軍の準備は速やかに進み始める。

 

 グラハム軍は王都に急行し混乱する都市門を見ながら歯がゆく感じていた。本来なら到着即攻略の流れが不測の事態でうやむやとなってしまった。もはや不意打ち有利という段階ではない。勝つにしろ負けるにしろ自国民を救済するのが先であった。事前に指示していたとおり三百人の騎士隊は八グループに分かれ都市門付近の整理とその外への避難誘導と保護する役に分かれ民衆の避難を優先する。

 

「東門は開放されておらんな。どうする?」

 

 サレンが王都の見える丘にある本陣から眺めながら呟く。

 

「壊すには時間がかかりそうだが・・・」

 

 グラハムは悩む。

 

「鈴に頼んでみるかの。」

 

 サレンはそう言って側の魔術師ミーバの頭をぽんと叩く。ミーバは『伝えた』と勢いよく看板を掲げる。数秒後『了解された』とまた看板を掲げる。グラハムはその様子をおっかなびっくりで見ている。サレンは元々奇怪な魔獣と戦ったり封印する立場であった為、温厚な魔獣には理解があったのでそのようなことはなく使える物は使うといった姿勢であった。

 

「ならばなんとかなろう。」

 

 サレンは軽く笑いながら事態を見守る。東門担当の騎士隊が到着してしばらくすると門が勢いよく開かれた。事前に少しの間だけ見えた斥候兵が閂を切り裂いていた。

 

「門の閉じ方も考慮が必要よな・・・いやはや味方で良かったと常々思うわ。」

 

 その様子を遠目で見ていたサレンは苦笑しながらぼやく。不思議そうなグラハムに説明するとグラハムも困った顔をする。およそ達人から上、英雄でもないと出来ないことを量産と思われる一般兵でやってのけられる。正直現世界での攻城防御を根本から見直さなければならない案件である。

 

「これ以上の引き出しあれば、もう坊やに勝てる者はそれほど多くなかろうなぁ。」

 

 無限に増える軍を相手に消耗戦を強いられ、勝つためには先に相手の本陣により強い英雄を出す必要がある。初手様子見で慌ててカードを切れば今のこの国のように異常な速度の進軍により落されてしまうのである。そして英雄すらも下したという事実はグラハムの中で逆らいようの無い盟友が反論できない悪夢に思えてしょうがない。本当にこのまま手を組んでよいものかと。不安を感じながらも今この時点で乗った時点で最後までは乗り切らねば自らの命がそもそも危ないので降りることもできない。グラハムはどうしようもない事実にただため息をつくだけであった。

 

「ま、とりあえず今、だな。」

 

 グラハムは疲れた様子で王都の様子を見守りながら報告を待つ。騎士隊は民衆の救出。鈴は少数の手勢を伴って王城にいるであろう獣の抑制。その他多くのミーバ兵は周辺の安全を確保するために危険な動物や魔物を狩ったり、先んじて避難所を作ったりしている。五千のミーバが無言で周辺での作業をしている。残り二千は本陣で控えている。稀に交代しては何かをしているようだがグラハム達からすれば何をしているかまったくわからない。担当ミーバが入れ替わったり材料を受け渡しているのだが外から見る分には妙なじゃれ合いをしているようにしか見えない。見る者によっては嫌悪感を覚えるだろう。グラハムはなるべくそちらを見ないようにやり過ごしていた。いくらか避難が進み、定期的に報告が入るようになった頃に鈴とその引率ミーバ達が本陣に戻ってくる。

 

「ただいま、帰着。」

 

 鈴がビシッと現代軍式で敬礼をするがよくわからないこの世界の人間にはまるで通用しない。グラハムはそれをみて取りあえずは作戦が一段落ついたのだと察して帰還を労う。

 

「それでその兵士はなんだ?」

 

 グラハムはどうしても縄で拘束された兵士が気になって仕方なく確認を取る。

 

「推定獣になる男。この男を処分しても処分した者が次の獣。これはあちらで確認したので確定。ただいつ獣になるかならないかは不明。」

 

 鈴は時折ポーズを変えながら話す。グラハムはそのポーズになにか意味があるのかと考えていたがあまりのパターンの多さに考えるのをやめた。サレンはその男に近づき様子をみるがグラハムの視線に首を振って答える。

 

「原理は呪詛の伝染。ため込んだ魔力は次世代に委譲。その他不明な情報が伝わっているのを確認。推定魔法的呪詛そのものが生きているような魔法生命体。生命体を触媒とした感染兵器とも考えられる。これを敵国に放てば対策が立つまで無制限に敵を弱せらせる。」

 

 鈴は淡々と自らの考えをポーズを変えながら説明する。グラハムはポーズが目に行き過ぎて一部の情報を整理しきれない。サレンは話を大きく伝えたい鈴の行動を組みながらその対策について考える。

 

「あとどのくらいで魔獣化するかわかるか?」

 

 サレンは猶予を確認する。

 

「分からない。魔獣になるまでの一例を見ていない。ただ保有魔力量は対峙した獣よりも若干低いだけであり、規定量だけを満たして復活するならすぐにでも。何かしら手順が必要なら半日から一日と思われる。」

 

 鈴は淡々と答える。サレンはまた悩む。体をくねらせて暴れたり、じっとして体力回復を図る兵士をじっと見ながら。

 

「当面は隔離、観察じゃな。空いてる箱の手配だけはしておくべきじゃったな。」

 

 サレンは自らの準備の悪さを嘆く。

 

「貴方幸運ですねっ。なんと今なら名前が分かるだけで簡単に気になる人に伝言が伝えられるっ。」

 

 鈴がサレンに自らの能力の一つを開示する。サレンはそれならと乗り気で第一位であるロアルドの名前を伝える。鈴は名前を聞き伝えたいことを尋ねる。サレンは国に預けた獣の解放と箱の手配の連絡を伝えて欲しいと願う。鈴はむにゃむにゃと意味の無い言葉を呟き空を仰ぐ。

 

「該当者十七名・・・方角はあっちっ・・・該当者確認。れっつおらくる。」

 

 鈴はびしっとナクラーレンの森の方角を指差し淡々とつぶやく。

 

「貴方も彼らも信じるかは置いておくとしてちゃんと伝えた。」

 

 サレンは一抹の不安を覚えながらもその話を信じるしか無かった。話を聞く限りでは一方通行で、森からこの距離にメッセージを伝えられる者に心当たりも無かったからだ。

 

「それはそれとして後はしばらく待ちじゃな。」

 

 ミーバ達が黙々と作り上げたよく分からない金属の檻に呪われた兵士が投げ込まれ、サレンはそれと王都を眺めながら力を抜いて椅子に座りだらける。グラハムは報告をまとめながら追加で指示をし、避難所を増やし、食料を配布する。そして鈴が何かに注意するような仕草を取りながら猫のように手で宙を掻いている。

 

「何をしておる。」

 

 疲れたサレンは何をまた疲れさせようとしているのかと鈴を見て尋ねる。

 

「ご主人様が助言をくれる。」

 

 動く招き猫のように意味なく手を動かし何かを求めている。サレンも遊一郎からの話ならと邪魔をせずにだらけ始める。そして鈴がすっと立ち上がり何すること無くそのままの姿勢で遠い目をする。

 

「終わったのか?」

 

 全く動かない鈴を逆に不安に思いしばらく眺めてからサレンは問いかける。

 

「覚えがあるかわからない。委譲が術式で行われるなら討伐タイミングで解除のチャンスがあるかも、または感染者改編作業中の術式を妨害できるかも。なんにせよ主体であろう術式の解析が必要。よって私が今できることは無い。」

 

 鈴はサレンの問いに答える。

 

「そのままあやつを解除では駄目なのかえ?」

 

「私達の解呪、この世界の魔法と少し意味が違う。この世界の解呪は相殺か上書き、破壊になる。私達は術式の一部を切る、そして壊す。呪詛の相殺、上書きは魔法そのものがないから難しい。破壊はこの場では魔力が足りない。切る場合は術式によらず一定の負荷と手順で効果が期待できる。ただその術式そのものを知らないと行為自体が困難。一長一短。破壊が無理なら、相殺、上書き、切断。どれも結局解析がいる。それなら切断が一番早くて安い。」

 

 鈴はサレンの疑問につらつらと答える。サレンは取りあえず納得したようにまた椅子でだらだらし始める。ただその顔の一部には力が入りひたすら何かを考え始めていた。そして何も起こらないまま夜になり夜が明ける。王は軍を整え、グラハムは避難した民衆の保護に努めていた。王国軍が東門に展開し始め、グラハムも急遽鈴を通して隊列を整える。ただ必至に危機感をもっているのはグラハムだけで鈴は王国軍などどうにも心配の対象では無いと気怠そうにミーバ兵を展開する。何かに突き動かされるように状況が動き出し、多くの神々が見つめる戦場の二日目が始まった。

王都攻略編です。動きもなく見所は少なかったですが次はもう少し派手に出来ればと思います。


萌「鶸はずるっこいことしてない?」

鶸「心外なことですが私は正々堂々やっていますわ。」

萌「ほんとうにぃ?」

鶸「言葉巧みに誘導することはしても不正はしていないと断言しますわ。」

萌「ほんとうにぃ?」

鶸「ふ、不正は気がつかれなければ不正になりませんのよ。」

桔「鶸、今の話詳しく。」

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