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僕、実験する。

PVが5000に届き嬉しく思います。長々とだらだらでも読んでいただける方々に感謝します。


※7/18後書き追加(割とどうでもいい

 三m程の距離で対峙し僕とアリアは見つめ合う。アリアはゆっくりと剣を動かして中段に構える。

 

「見たところ小型の砲筒か。大型の物があるとは聞いたことがあるが・・・」

 

 隙を作りたいのか惑わせたいのかアリアが口を開く。

 

「僕が持ち込んだ武器だからこっちにはないかもね。」

 

 腰だめにショットガンを構え狙いもつけずに正面に発射する。両手から発射された弾は即座に散らばりアリアの全身を襲う。

 

-睡蓮-

 

 信頼を置いているのか発生が早いせいかアリアが何かと防御に多用する技である。近接では水流で相手の武器を押し流し防御と共に隙を作り、遠距離では単純な防壁となる。流れる壁が致命傷となる攻撃を防ぐ効果もあるのかもしれない。当てることを目的とした多量の小さな散弾では貫通することも出来ないようだ。ただ全周囲防御ということもあってアリア自体の動きが制限されるという欠点もあるように見える。止まって戦う古い開山剣と動いて戦う今の開山剣のミスマッチの一つであるようにも見える。僕は手持ちのショットガンを宙に放り投げそれを強化魔法『遠隔操作』で捕まえる。それらを一定距離に追従させながら僕はアリアの左側面に走る。両手に追加でショットガンを持ち散弾数を半分にしたシェルに切り替える。そして水流が収まるのを見計らってから四つのショットガンを彼女に向ける。

 

「弾数は威力は二倍弱。守り切れるかな?」

 

 笑う僕に呆れるようにため息をついてアリアは体を向き直しながら、弾の発射と同時に『睡蓮』を再展開する。無数の水を叩く音がして水しぶきを辺りに散らす。だが水の壁のその先を見ることはできなかった。

 

「無駄よ。そんな小石で抜けられるような壁ではないわ。」

 

 水壁の向こうから余裕のある声が聞こえる。

 

-打水-

 

 突如水壁の中から剣が伸びてくるのは確認し、障壁を張り体を逃がしながら貫通してくる剣先をバックラーで受け流す。彼女が剣の特性に気がついているか分からないが、金属製の盾でまともに受け止めるのはリスクが高い。さすがに対策に革の盾などは用意していなかった。僕はさらにショットガンを投げ追加の『遠隔操作』でつかみ取り、両手にさらにショットガンを構える。追加でショットガンの先端にオプションをつけて射出口を絞る。

 

「増やしたところで軽いことにはかわらんぞ。」

 

 それでも動けなくなる睡蓮を盾にして近寄るのは難しいと見て武器を伸ばしたまま斬りかかり僕の体勢を崩そうと横薙ぎに斬りつける。左から迫り来る刃を左手の盾で上方向に弾く。

 

「雨垂れ石を穿つってね。」

 

 浮かせた四つと右手を合わせた五つのショットガンに弾を込めすべてを胸部一点をめがけて放つ。アリアは同じ事をしてくる事に狙いを読み切れずに馬鹿の一つ覚えのように『睡蓮』で身を守る。射出口を絞ったことで散弾の散らばる範囲は大きく減った。カバーする範囲は減るがカバーする範囲の弾の密度は上昇する。集中した弾は水流の水を散らし、新たな水が届く前に次々にくる弾が水流に穴を開ける。三分の一もその穴を通り抜けることはできなかったがそれでも五十近い散弾が彼女の体に突き刺さることになった。衝撃を受けアリアは自ら睡蓮の壁に体を押しつけられる形になる。わずかながら肺の空気を奪われ咳き込む。

 

「予想外か?どんな壁にも欠点はあるよ。」

 

 僕はアリアの胸元の焦げた服を見て満足し更に手持ちのショットガンを投げ『遠隔操作』で掴み両手にショットガンを構える。彼女は防壁を貫通したあげくに更に射出口が増えて危機感を覚えたか呼吸の荒いまま前に詰め寄ってくる。僕は右手のショットガンを神涙滴の剣に持ち替え同じく前に出る。瞬間的な武器の持ち替えに驚いたのか、離れると思ったのが近づいてきて驚いたのかアリアは顔を直せぬまま僕に剣を受け止められる形になる。

 

「見えない剣とはまた小細工を。」

 

「まあ本業は剣士でもないし、名誉も気にしない。一芸じゃなくて多芸で勝つつもりだからね。」

 

 お互いが剣に力を込めて力ずくで相手を押し出す。筋力的には上回れているのか剣術の補正をうけているか判断しかねるがつばぜり合いでは確実に負けている。ただ宣言の通り馬鹿正直に剣で戦うつもりは無い僕は遠隔操作でショットガンを動かしトリガーを引く。浮いている六つのショットガンが取り囲むように移動し散弾を放つ。ショットガンが動いたことで危機に反応したのか競り合いの力が弱まるとそこに力を加えて足止めするように逃がさない。無数の弾がアリアの足を打ち抜き衝撃を与え、表面を焦がす。更に力が抜けたところに剣を下に払いのけ体勢を崩しそのまま胴を切り上げる。抵抗感のある布を剣が滑り衝撃に乗ってアリアの体が後方に泳ぐ。再び銃口が彼女に向き狙いを定める。彼女はとっさに癖のように『睡蓮』を展開するべく魔力を練り上げる。

 

「水は流れに沿い、がく片がなければ花も咲かない。」

 

 睡蓮の展開に合わせるように左手のショットガンをスラッグ弾にして地面に先んじて発生する土のがく片を打ち抜いて周辺を爆発させる。続いて足下から水流が展開するわけだが砕かれたがく片の為その一部の箇所にある水流は上に登り切らず睡蓮に穴が開く。左側に展開している三丁のショットガンが発射されアリアの右側面を打ち抜く。上空から地面に向けて押さえつけるような衝撃で身動きがとれなくなる。水流が消えると同時に倒れるように体を傾けながらアリアがその場から逃げる。左手で右肩を押さえながら力なく右手をぶらつかせているが剣は放していない。離れたら離れたで意味はないのだけど。右手の剣をショットガンに持ち直し、遠隔操作組を順に撃ちこみ、アリアはそれを回避するために動く。先端のオプションを解除し散弾の拡散度を拡大する。密度は減るが完全な回避には大きな移動が必要になる。左手に魔力的な動きが見られるので肩の治療をしているのだろう。今は回避に専念するつもりか。相手の能力解明の為に移動先に『泥沼』の魔法を広範囲に展開しぬかるみを踏ませる。多少なりとも足を取られているのが見られ移動が若干鈍くなる。何の対策もしてないのかと呆れながら効果を確認したところで自分中心にさらに広範囲に『沼地化』の魔法を展開する。僕も含めて膝下まで粘性のある泥に足が埋まる。僕はあまり動く気はないが離れてしまったアリアはそうも行かずステップを踏んで飛ぶように動くようになる。アリアが次々に打たれる散弾を回避する中、僕は手持ちのショットガンの射出口を再度絞り、回避方向を定めて飛んだ瞬間をショットガンで撃ち落とす。あっと驚くような顔をされてもあまりにもワンパターンな回避を繰り返されてはさすがに残念としか言い様がない。宙で二セット分の散弾を体に受けて吹き飛ばされる。大きな水音を立てて沼地に落ちる。両手のショットガンを片付けライフルを取り出し暫定完成とした防御を貫通する衝撃弾を撃ち込みHPを削りにかかる。水と泥を弾き飛ばしながらライフルの弾はアリアを撃ち抜く。衝撃と泥でうまく動けない彼女を無表情で打ち抜き続ける。さすがに位置も変えずに撃ち続けたせいか叩きつけられる衝撃をうまくいなしその力に乗ってその場から飛び上がり沼地に立ち上がる。両手をだらりと下げ肩で息をし泥まみれの彼女は満身創痍とも見える。

 

「貴方の台詞では無いけど・・・降参する気はあるかい?」

 

 僕はライフルで狙いを定めながら尋ねる。

 

「貴方と同じく・・・断りますっ。」

 

 アリアは力強く声を張り上げ剣を大上段に構える。そのまま剣を大きく振り回し沼地を叩き横殴る。斬らずに叩いたといった感じの音を立て沼地の水と泥を壁のように高く巻き上げる。ぼたぼたと落ちてくる泥の中で目くらましの意図を考えながら泥の壁に見えるはずのアリアに弾を撃つ。だがその先に見えるのは沼地では無く霧だった。急速に広がる霧に包まれ一瞬逃走を疑う。アリアの剣士としての想いが決してそれをしないと考え次の意図を考える。鈍い空気を抜くような泥から抜け出す音を聞いて警戒を強める。そして着水するような鈍い音が左手から聞こえ思わずそちらに意識を向ける。ただ向けた瞬間に罠だと思い返す。そうやって騙すと騙そうと攻撃してきたことを思い出した。だがそれでも一瞬は気をとられてしまい、それと同時に反対側から刃がすでに飛んできていた。

 

-七の秘奥 夕霧-

 

 後々彼女から聞いた話である彼女が知っている唯一の秘奥。右の脇腹に強い衝撃が走る。鎧が剣を受け止めるが衝撃と斬撃が貫通して襲いかかってくる。脇から体の中が熱くなるのを感じながら地面を蹴り剣に流されるように体を任せる。アリアがどんな状態かどの距離か分からないが必ずこの剣の先に居る。体が飛ばされるまま上半身を捻りライフルを剣の先に向ける。口上など述べず気を持たせるために歯を食いしばりトリガーを引く。霧を削り取りながら衝撃弾が飛び、剣先の抵抗が薄くなったと彼女が疑問に思った頃に数々の衝撃弾が彼女を撃ち抜き意識を虚無へと追いやった。剣にこもる力が消えて剣はそのまま沼地に落ちる。僕は慣性に従うまま少しだけ宙を舞い着水する。彼女がいる推定方向に多重に障壁を張り治療魔法で体を癒やす。さすがにこの痛みでは集中力が切れて仕方が無い。追い打ちを警戒しながらも治療している内に霧が晴れる。沈んだ剣があると思われる先にアリアが浮いていた。しばらく眺めて鑑定が発動しHPがわずかにマイナスになっていることを確認する。僕は歓喜で吠える。その声が戦闘終了の合図となり菫達がこぞって駆けつける。沼を踏み散らし泥をかぶりながら僕にすがりつく。四つの体当たりに体を翻弄されながらも足を踏みしめ耐える。心配の声が重なりすぎて何を言っているかまったく分からないがその意図だけは伝わってきたので皆の頭を順に撫でて落ち着かせる。比較的早く冷静になった鶸が僕の傷の治療を始める。なにやらきらきらした目で見つめ思ったよりすがりつく時間が短かった萌黄にアリアの拘束をお願いする。長々とすがりつく菫と桔梗をそのままに『拡声』を使って王国軍に呼びかける。

 

『英雄アリアは打ち倒した。命までは取っていない。僕も決して無事では無かったが軍は全くと言って良いほど無傷である。従って君たち王国軍に勝利の目は無く、意図を組んでくれた英雄の為にも速やかに降伏してくれることを願う。』

 

 アリアを縛ってなぜか得意げな萌黄が鼻息荒く勝ち誇っている。英雄を信じてきた民兵は疑いながらも早い段階で武器を捨てたが騎士隊はかなりごねた。多くの者はそれでもアリアの意図をくみ取ってか降伏に応じたが随伴貴族の直轄部隊だけが延々とごねた。苛立ってきて面倒くさいと思い始めた頃に立ち直った菫が無表情のまま戦場を走り抜け貴族を蹴り倒し話をつけてきた。まあいつもの力ずくというヤツだ。命を握られて進退窮まったその貴族は泣きながら降伏を願い出て北の戦いは終結した。勝敗の結果を鈴に伝え返信は期待しない。そもそもこちらの結果は何も影響を与えないからだ。鶸を通して王国軍の解体を進める。騎兵の武器は一旦押収するが、民兵に関しては一財産になりそうなものなのでそのまま持たせ民兵だけで自分たちの住処に戻るように指示した。何もとられず処罰もされず、さらに食料まで持たされて放逐されることに民兵は疑問に思ったようだが、どうしようもない内乱で住民が死傷しても困ると適当な理由で納得させて集団で帰参させた。騎兵はファイは奪わずにそのまま乗せたままにする。縛りもせずそのままついてくることだけを要求する。正直なところ今から王都に向かうから随伴させるだけで別にそのまま逃げてくれても一向に構わないとも告げる。ただ貴族だけは逃がすと面倒くさいので丁重にご案内する。補給品はすべて押収し部隊も解散させて騎乗させる。生命線を握る意味もあるが主な理由は行軍速度の低下を防ぐことである。騎兵をつれてもただでさえ遅れるのにさらにもたもたしたくは無い。最も特に理由がなければグラハム軍が負けることはないとも思っているが。少しだけ不安感を覚えながら部隊と王国軍を整理し王都へ進み始める。

 

 

 夜を徹して休むこと無く進み続けるグラハム軍。強行軍につぐ強行軍。騎兵でありながら馬車に押し込められるという屈辱で士気が下がりきっていた人間達に朗報がもたらされた。別働隊が英雄を倒し、北方王国軍を制圧したという吉報だった。北は足止めだったはずと思っていても何をどうしたのか最後の懸念とも言える英雄が倒されたことは戦う者達にとって大いに喜ばしいことであった。最も軍を言うとおりに動かすだけのつもりであった鈴にとって人間の騎士は戦力に数えられておらずそこらの士気が上下しようと全く考慮の対象では無かった。遊一郎の連絡をグラハムに伝えた時も相手は驚き、大いに喜んだが鈴にとって勝利条件の一つであるだけのこの男の喜びにはなんの興味もわかなかった。馬鹿みたいに喜ばなかったもののやはり驚きと共に喜色の笑みを浮かべていたサレンについても鈴にとってはどうでもいい存在の一つだった。ただ主人が勝ったことを喜ばれたことについてのみ少しだけ評価をしただけである。鈴は遊一郎がこの仕事を任せてくれたことについては喜びを感じていたが、一人で送られることについては不安を感じていた。時折流れ込む自分の力で無い何かが周囲に影響を及ぼし、それは必ず主人に害をなすと認識してしまったからである。抵抗も出来ずただ力だけを垂れ流され意図にそぐわない結果をもたらす。主人に尽くし従うことが喜びとなっているミーバ達にとって存在だけで害を与える存在など我慢できない状態であった。主人は知っていても意に介さない。自分の身よりも鈴の身を案じている状況が余程苦痛であると知られていながらも主人は主義を曲げずそして明らかに不安定要素である鈴を切り捨てないことが鈴の心を一層締め付ける。鈴も解決手段を常に模索し主人の力に頼ってでも解決できるならとデータベースを探すも解決策は見当たらない。むしろ何か解決のためのパーツが確実に欠落しているとすら思い始めている。答えに近づくと迂回させられているような不自然さすら感じ始めている。別件でそのような間隔を受けた時遊一郎もまたその不自然さに気がついたように思える。ただ彼はその事に納得してしまい。解決には至らなかったようだ。そう鈴は考えている。解決の糸口が見えないまま使命を与えられ不安を抱えながら今に至っている。

 

「坊やの部下にしてはえらく感情の少ない者よな。おぬしはこの戦いが不安にみえるか?」

 

 サレンは鈴の感情が乗らない言葉に不信感を見たのかそれとも意気揚々と沸いている雰囲気に耐えられなくなったのか話を始める。鈴としては無視しても良かったのが重苦しくなった心が逆に知らない者と話す事に意味を見いだした。

 

「想いに付いては分からない。頭は色々考えている。でもそれを表にだせない?感情が表情に直結していないと思っている。なお戦い事態に不安はない。現状戦力で負ける要素はない。負けが書いていないサイコロを振るぐらいのお話。」

 

 鈴の無感情な吐露を聞きサレンは逆に神妙な顔で考え始める。

 

「おぬしもよくわからんことになっとるな。戦いについてはよくわかった。だがわしは一つ不安要素がある。箱じゃ。」

 

 サレンは考えをまとめてながらもそう鈴に伝え、自らの想いを鈴の想定の要素に加えるべく話す。

 

「箱の獣。戦闘力は微少。ただ倒した者、もしくは近隣の者に取り付き再生するタイプの不死体。再生過程は成長タイプである為、仲介する何かを対象に感染させ乗っ取る可能性が高い。即座に最大能力が発揮できないのが欠点のタイプ。戦闘力の都合から拘束することが比較的容易であると推察されているので戦線を覆すほどの否定要素はないと考えます。」

 

「あのレベルの戦闘力で微少と判断されるかぁ。」

 

 鈴の淡々とした感想を聞きサレンは苦笑いする。

 

「この国の騎士レベルを考慮して百人程度で押さえ込めるなら現状のミーバ軍なら考慮に値しない。」

 

 鈴の答えを聞きサレンの苦笑いは止まらない。

 

「やはり使徒は恐ろしいのう。」

 

 ひとしきり乾いた笑いをした後サレンはそう呟いた。

 

「そうですか。今回は多人数ですから皆さん大変ですね。」

 

 鈴の見当違いな回答にサレンが大笑いし、さすがに何があったかとグラハムがのぞき込む。サレンは苦笑しながら大事ないと手を振って追い返す仕草をする。

 

「おぬしのそれも治るとよいがな。」

 

「貴方も唐突すぎて分からない人ですね。」

 

 鈴の答えにまたサレンが笑いだす。

 

「そうさな。一つ試したい事が出来たわ。」

 

 無言で見つめる鈴をサレンも見つめ返す。

 

「あの箱の魔獣はな成長速度が速い。もし早い段階で封印できなければおぬし等でも手を焼くかもしれん。そうなれば・・・被害を減らすためにもだれぞ生け贄にするしかあるまい。」

 

 サレンは鈴を見ながらそう語る。

 

「限界がどこにあるか分かりませんが可能性としてはありそうですね。それで?」

 

 鈴はそう感想を漏らす。

 

「それだけじゃ。」

 

 サレンはふっと笑って話を締めた。鈴もそれ以上話す事もなくどこを見ているか分からない視線のまま前を向く。急に静かになって気になったのかグラハムが顔を向けるがサレンは先ほどと同じように追い返した。その夜鈴が立ち上がり何か良く分からない音を出していたのを密かに確認したサレンは今後の心配をしながらも寝たふりをしながらほくそ笑んだ。

 

 翌朝夜も徹して動く強行軍にもう数刻で王都にたどり着くとなった所で騎士達が体力や体調に不安を覚え一度まとまった休憩を取るべきだと声が上がったがグラハムはそれを却下した。グラハム的には休憩をさせてやりたかったが、軍を預かる鈴が戦力として換算していないとバッサリ切り捨てたからだ。グラハムもあまり期待はしていなかったがなんの感情も無く切り捨てたことと事実を覆せないことから騎士達を説得しその場を収めた。

 

「安心しろ。わしの想定通りなら王都戦がすぐに終わることは無い。」

 

 サレンの何かを楽しむような笑いにグラハムは疑問に思いながらもそれを信じて騎士達をなだめた。先行偵察に行っていたミーバ騎兵の報告を聞いてグラハムの表情が変わり鈴は怪しげなポーズで首をかしげる。サレンはやはりかと苦笑いをしている。閉じられた王都はすでに内部で戦闘が始まっている気配がするという。何と戦っているかは不明だが、斥候兵を内部に送り込んでから戻ってきたので直に判明するだろうという報告で締められた。

 

「さて、アードランドの坊や。一旦進軍を止めい。ここからの選択は少々大変ぞ?」

 

 サレンが神妙な顔でグラハムに話しかける。鈴は一瞬だけ思索を巡らして軍を停止させる。

 

「ほぼ確定であるが何かしらの事故で箱が開封されておる。中身は坊やの先祖でもある例の獣じゃ。あわよくば何度か倒されておるかもしれんが二度も倒せていまい。そして箱もかの王の元に無いのは確定じゃ。」

 

 サレンがグラハムに指をつきつけながら話す。グラハムはぐっと息をのむ。

 

「王がこの際どうなっているかは些末なことではあるが、少なくともすぐに騒動を収められる状態では無い。あやつのことじゃと王都を捨ててわし等一族に泣きついてくるかもしれん。」

 

 サレンは姿勢を崩さぬまま説明しため息もつく。

 

「一つ、王都を見捨てて坊やを待つ。一番無難で可能性がある。ただ坊やが勝てなかった場合はすべてを失う。二つ、王都のどこかにあると思われる箱を探し出し獣を封印する。リスクが高くそして可能性も低い。ただ現状なら獣そのものを押さえ込める可能性もありそこが難易度の未知数でもある。」

 

 サレンはちらりと鈴を見て息を吐く。

 

「三つ、王都で救援活動をして獣を強化させない。おそらくじゃが成長には餌がいる。積極的に介入し喰われる数を減らすことで獣の強さを抑える。最も獣と接触する時間が長くリスクも非常に高い。我々が介入することで逆に餌の総量を増やす可能性すらある。どうする?アードランド坊や。」

 

 サレンが嫌な笑いを浮かべながらグラハムに選択を突きつける。グラハムは圧に押され一瞬顔をしかめる。そして大きく息を吐く。迷いは無く毅然とした顔で声を張り上げる。

 

「選択肢など必要ない。すべてだ。すべてを取る。民も救う、脅威を取り除く手段を得る。そして倒しうる者が来るまで耐えきる。民から搾取しつつそれを救えず何が王か。脅威に勝てぬとも最善を尽くさず何が王か。勝てる希望があればそれまで繋ぐのが王の仕事よ。」

 

 グラハムが吠え直轄騎士が敬意を払う中鈴はそれを無表情に見つめる。サレンが音の無い拍手を送る。

 

「よろしい。それでこそこの地を、我らを治めるに相応しい。たとえ今は力なくとも我らがそれを支えよう。」

 

 サレンが力強く宣言する。

 

「私は何もしないからね。」

 

 鈴が無感情にも呆れたように感じる言葉を吐く。

 

「おぬしも当事者のようなものじゃろう。協力してくれればおぬしと坊やに少々ヒントをやろう。今知ったことも、過去の事も。伊達に長生きはしておらんぞ?」

 

 サレンは楽しそうに、そして堕落に誘うように誘う。

 

「わかった。それがご主人様の為になるのならやる。」

 

 珍しく体をすっと起こし鈴はサレンに賛同する。

 

「よし、アードランド坊や。わしも手伝うがおぬしの指揮がたよりじゃ。まずは王都民を助け避難させよ。貴族など後で良いわ。自力でなんとかさせい。むしろ半分くらい居なくなれば後で助かるじゃろうて。」

 

 魔女的な笑いをしながらサレンが生き生きと動き出す。グラハムはそんな姿を見て苦笑いしつつ、表情をただして指示を出す。

 

 

「さぁ騎士達よ。体は辛かろうがここが正念場だ。お前達にしか出来ないことが出来たぞ。民の混乱を治め郊外に脱出させよ。鈴殿は獣の位置の把握と牽制を頼む。」

 

 グラハムは騎士を鼓舞する。

 

「ん、ついでに倒しておく。」

 

 鈴が拳を力強く握るも淡々と言葉を返す。

 

「ん?倒しては駄目では無かったのか?」

 

 グラハムがふと思い出すように首をかしげる。

 

「言葉の綾。倒す、無力化する、問題無い。」

 

 鈴はふっと立ち上がり視線を外に移しふっとその場から消える。次の瞬間には騎兵の蟹の上に立っている。

 

「急がないと仕事なくす。哀れに悔やんでいれば良い。」

 

 鈴は謎のポーズを取りながらグラハムを茶化す。

 

「なんじゃ、以外と表現豊かではないか。」

 

 サレンが少し笑いながら鈴を見る。

 

「表現と言えばそうなのでしょうが、私には人を煽っているようにしか見えませんがね。」

 

 グラハムが微妙な視線で鈴を見てサレンを見る。

 

「まあ、アレの苦労を知らなければそうかもしれんな。アレはアレで意思を伝えたいのじゃよ。」

 

 サレンの言葉にグラハムは首をかしげ悩むが優先度が低くなりその考えを思考の隅に追いやる。

 

「辛かろうが全力で進むぞ。一刻の遅れが民の死に繋がるのだからな。」

 

 グラハムの号令の元騎士達の走りが早くなる。馬車の速度も上がりがたつきがひどくなる。グラハムは倒れ込むように馬車の中に戻る。

 

「さてはてあとは坊やが間に合うかじゃのう。」

 

 サレンの人ごとのような言葉が馬車の音にかき消された。

 

 

 僕らはのんびりと言わずとも人間の騎士を連れているとしてはハイペースに進んでいた。潰れる前に治療を施し無理矢理走らせているのだが。そんな中鈴から王都で異常が起こった報告を受け取る。単語単語で伝えられなんでそんな雰囲気だけ出そうとしてるのか疑問に想いながら語句をつなげて事実を得る。

 

「菫。状況が変わった。最速で王都に行く必要がある。悩ましいが三人の内一人を責任者に残して残りは急速先行する。」

 

 菫がむっと悩ましい顔をして桔梗と鶸を呼び寄せる。なにやら相談した後威勢良くじゃんけんを始める。謎の牽制とあいこが三度続いた後鶸が勝利し抜け出す。そして菫と桔梗の一騎打ちが始まり、三度目の手出しの後桔梗が勝利者となった。

 

「ということで私が残り王都に向かいます。ご無理をなさらないようにお願いいたします。」

 

 菫の強い視線を受けて少したじろきながらも頷く。そして桔梗と萌黄、鶸を呼ぶ。

 

「王都で箱の獣が暴れているらしい。早いとこ行かないと手に負えなくなる可能性があるので早急にということらしい。」

 

 と軽く告げてファイを加速させる。各自蟹を走らせる。

 

「どうしてそんなことになったのでしょう。」

 

 桔梗がふと考えるように呟く。鶸も悩むが情報が少ない状況では鶸は答えを出さないだろう。そしてきっと答えには至らない。至れない。

 

「だれかが悪戯をしかけてるのさ。」

 

 僕がそう告げる。

 

「いたずらにしては事が大きすぎませんか?」

 

 桔梗の疑問も最もだがこればっかりは説明しても理解し得ない。

 

「起こったことは片づけるしか無い。」

 

 僕はそう言って疑問を一蹴した。若干不服そうながらも桔梗はそこで考えを打ち切った。歪。あまりに歪。僕はそう思いながら、そこから脱却する手段があるのかと考えながらファイを走らせるしか無かった。

あっさりな追加英雄戦になりましたが、得意戦法での土俵の違いとそもそも遊一郎のほうがステータス的には高い状態ですので同じように初見要件が重なればこんなものと思っていただければ。英雄がなんたるかの考察については後々の話で。



菫「居残りを一人決めよとご主人様からのお達しです。」

鶸「ほう。」

桔「・・・」

菫「誰が行っても誰が残っても利点欠点はあると思いますので。」

桔「最適性などは考えずに誰がということですね?」

鶸「アレで決めましょう。」

菫「そうですね。」

萌「ねーねーどうするのー?」

三「確定している貴方は黙って(い)なさいっ。」

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