僕、ぶつかる。
対した対策も練らないまま黙々と自己強化に励み静かに十日が過ぎた。国軍は撤退した後さらに貴族から兵を集め八千二百に膨れ上がる。北の英雄アリアは一旦王都前まで退いた後貴族正規兵一千と民兵三千を要して北を再制圧に動いている。最も軍が来る頃にはミーバ達は引き上げており、元々反乱軍に協力的でもなく国の英雄が来たとあれば喜んで傘下に戻った。
「ご主人様いかがですか?」
黙々と追加装備の改良に励んでいる僕に菫が茶菓子と一緒に声をかけてくる。
「ああ、もらうよ。」
作業の手を止めて菓子をつまむ。柔らかすぎるクッキーというか頼りない食感のお菓子だ。
「鶸はのらりくらりと躱しているようですがそろそろグラハムの焦燥がひどいことになっていますが。」
もう一つの『いかがですか?』的な案件である。
「どうもこうも勝つだけならもう勝ってるからねぇ。心配する必要は全くないのだけど。」
北の軍は民兵を抱えてしまっていて行軍速度が遅い。正直順当に攻め上がってきてもリブリオス手前までくるには一ヶ月以上かかる。加えて英雄アリア単騎で見ても現在の進軍地域から王都に戻るまで七日以上かかるだろう。手柄を優先している兵を出した貴族が次々支配地域を開放している為突出しすぎているのだ。僕らはこのまま王都にミーバ軍を最速で進めるだけで勝てる状況になってしまっている。なおグラハムの健康状態は考慮されていない。僕らと戦えるのが英雄だけである以上英雄は王の側に配置する以外に無かったはずなのに。よくわからない采配のせいで僕も若干悩んでいる位なのだ。実は王が英雄クラスだったらどうしようという不安もあるがそういう話は聞いていない。
「まあそうですね。」
菫もおぼろげに勝ち筋が見えていたのでそう納得した。
「ただご主人様はそうなさらないのでしょう?」
菫は困りましたねと苦笑しながら尋ねてくる。
「一応保険に進軍はするけど、やっぱ勝てそうにないやつを攻略してなんぼでしょう。」
僕は笑いながらそう答える。菫も半笑いである。
「予定では明後日僕らで三千率いて北の足止めに出る。一日おいてグラハムと七千で王都攻略かな。北の状況に関係なくそれでけりが付くはず。」
僕はお茶を飲み干して作業に戻る。
「それがあれば生き残れそうですか?」
菫に三つ目の『いかがですか?』を聞かれて僕は悩む。
「手段が増えるだけで確実とはいえないね。その辺は仕方が無い。」
僕の答えに菫が難色を示すがそれ以上は問わずに引き下がり部屋を出た。
「相手も見てないのに確実とは言えないなぁ。確認と検証はいるよねぇ。」
僕はぼそっと呟いて作業に戻った。北の英雄軍はさりげなく見張らせているのだが、そもそも戦いにならずアリアが動くような事にはならない。そもそもちょっとした相手なら普通の剣技で片付けてしまうので菫と戦った時のようなことを見ることが出来ない。詳細は菫に聞いてはいるけど不可解な要素が多すぎて判断に困る。
「青い剣に水使いか・・・それっぽいねぇ。」
たまたま遭遇した魔物相手に落ち着いて一振りで倒す姿は敵とはいえなかなか格好いい。水の魔法を駆使し敵を分断し連携を殺し、時には味方も守りつつ安定感抜群の戦い方だ。
「この辺でつけ込めたら良いけど・・・どうかなぁ。」
思い出していると作業の手が止まりはっとなって装備の構築作業に戻る。菫の言うとおり剣技に関してはなんとなく拙い感じはある。剣と魔法の連携を重視しているのかわざと隙を見せているのか。これもまた判断が難しい。そしてなんとなく感じる違和感、既視感。喉まで来そうで来ないこの感覚・・・何が引っかかってるんだろう。一旦アリアへの検証は打ち切り作業に集中する。皆に心配されない程度には強化しておかなければと。
翌々日。前日に目処がついた装備を抱えて鶸に指示させていたとおりに準備が完了している。
「そちらはまかせたぞ。」
グラハムは僕を見てそう言う。グラハムには北を足止めしている内に本軍で王都を落としてもらうように言っている。あくまで北は足止めであると。最も僕は倒す気満々なわけだけど。
「それにしてもこの子は大丈夫なのか?」
グラハムは足下のにいる蟹に寝転ぶ鈴を見て懐疑的に尋ねてくる。
「正直言うと誰も倒せないという意味では最強だよ。僕も鈴を倒しきる自信が無いくらいには。最も攻撃力も皆無だからやられることもないけどね。軍を動かすことはできるから安心して欲しい。軍も国も世界が滅んでも鈴だけは多分生き残ってると思えるくらいには安心感がある。」
僕は太鼓判を押してやるがグラハムは逆に心配になってきているようだ。
「ご主人様の言うとおり。地獄の箱船に乗ったつもりで安心してください~。」
僕らは苦笑いしていたが、グラハムは当然のように安心はできなかったようだ。
「どちらにせよ、連絡の取り合いと軍の運用上鈴を連れていく以外に選択肢はないのでよろしくお願いしますっ。」
僕はてへぺろ感覚でグラハムに一方的に通達した。グラハムは深く沈み込んだが言うほど弱い存在じゃ無いから安心して欲しいと思う。
「さて、僕らは行こうかね。」
僕はファイに菫は随伴、他の子は蟹に乗る。
「坊や持っておゆき。」
サレンがなにやら袋を渡してくる。サレン曰く傷薬らしい。
「大抵の傷ならすぐに直る。飲ませても傷にかけてもいい。寿命が縮むかもしれない副作用があるけど死ぬよりはよかろうて。」
なかなか物騒な薬だった。適当に皆で分配して持たせ、菫と萌黄には多めに持たせる。
「それじゃいってくるよ。そっちもがんばってね。」
僕は英雄軍に相対する為にファイを走らせる。一糸乱れぬ動きで全体が追従する。グラハムとサレンが心配そうに見送る中僕らは全速力で街道を進んだ。途中で街道を外れ道なき道を進み、森を越え崖を越え一日でタウントラ付近までやってくる。そこから少し走っている内に鈴から進軍を開始したとの連絡が入る。問題無く出発したことを受け、僕らはそのまま予定通り突き進み二日後には後半日で英雄軍と対面出来る所までやってくる。ここで待っていても英雄軍がたどり着くにはまだ二日以上かかる。僕のためだけに半日休憩。その後無理しない程度に進軍し明後日の朝には会敵出来る予定である。グラハム軍はその間に強行軍に次ぐ強行軍で王都まで残り二日といった位置につける。アリアが僕らの倍の速度で移動できたとしても追いつけない距離になる。会敵した時にアリアの存在を確認できたらそれを連絡してグラハムは王都攻略を始める。最も何かしら瞬間移動が出来ないことが前提ではあるのだが、過去そういう話は聞いたことがないということなので前提として除外されている。なにせ個人で長距離瞬間移動するなら技術的には可能なのだから。使う魔法の系統的に恐らくアリアは出来ないだろうという希望的予測なのも事実なのだが。もしそんなことが起こったら大人しく撤退してやり直しましょうねとは決めてある。きっと問題無いはず。そう言い聞かせて休んだ。
一眠りした後、軍を動かし監視ミーバの報告を元に予定位置に進軍する。せっかく作った砦も使わずじまいだったなぁとどうでも良いことを考えながら英雄軍と対峙した。民兵を前面に展開して行軍中であったところ、こちらも行軍速度以外は隠さずに進んだのでもっか陣形の構築中である。さすがに民兵なのですっきりと動ける訳でもなく前面に民兵が並んだだけも横陣である。その後ろに騎兵らしい姿もあり本陣を作っている模様。初動よりも民兵は随分増えており五千くらいになっているようだ。
「あのガヤガヤ感がなんか学校の全校集会みたいだな。」
皆がなんとなくイメージがついて軽く吹き出す。鶸が少し苦笑いをしている。
「まぁそれでもお遊びではありませんわよ。英雄サマはいらっしゃるので?」
鶸が苦笑しながら尋ねる。菫は対峙していたし見えていそうなものだけど。
「それほど背の高い者ではなかったので大軍に埋もれて見えませんね。」
菫はそう言いながらもまだ探しているようだ。元々確認はドローンを使う予定だったのですでに敵軍上空に移動している。最も監視兵の報告ではそれっぽい離脱した兵はいないのでいるはずなのだ。
「んー、この子かな?」
画面を見ながら望遠機能で拡大しつつ下降して距離を詰める。監視兵に聞いたような容姿の者が軍の指揮官っぽい貴族の横で微妙な顔で立っている。映像だけで分からないがにやついた貴族の発言が何やら気に入らないようだ。
「たぶんそうですね。」
菫の大雑把な確認も聞けたので英雄は北に健在と交戦を開始する旨を鈴に伝える。それで向こうはなんとかなるだろう。
「さて・・・始めますか。」
ゆっくりと腰を上げてわくわく感を胸に立ち上がる。拡声の魔法を展開し宣言する。
『こちらはグラハム軍である。こちらは全軍が騎士相当であり民兵の存在はまったくの無駄である。無駄な命を失わない為にも民兵の撤退を求める。』
あちらに伝わるように音源を民兵上空にしそこそこの大きさで伝える。民兵には若干同様が見られるが英雄に率いられて士気が高く瓦解するようなことは当然無い。あちらの貴族も憤っている様子が見られる。
『下賎な反乱軍共に告ぐ。速やかに愚かな行為を止め武器を捨てて王国に従えぃ。』
調子に乗ってますと言わんばかりのテンションでノリノリに返答が返される。小物臭がする声に笑いがこみ上げてきそうだ。
「まあこう言われて『はい下がります』じゃ戦争は起こりませんよね。桔梗。」
事前の打ち合わせ通り僕と桔梗は魔法を行使する。魔力を隠す事無く敵本陣の上に始点を設定。条件発動の準備が整ったところでドローンを貴族の上から落下させる。ドローンには証拠隠滅機能の一環として地獄土が組み込まれている。自由落下したドローンは貴族の前でか弱い音を立てて崩れる。それをトリガーに衝撃波を起こす魔法が発動し、その衝撃を受けて地獄土が大爆発を起こす。そしてその爆発音を条件に条件発動で待機していた『豪雷』の魔法が本陣中心に発動する。範囲を絞っているので多くの敵は巻き込まないがその分発生する落雷の量が増やしてある。そして戦闘の準備の為視覚系と身体強化魔法を展開。騒ぎになっている英雄軍を見守る。
『不意打ちとは卑怯者。王国に徒なす獣め、森の魔女の名の元に罰を与えようぞっ。』
先ほどとは違う声で拡声による声が響く。森の魔女って何だとふと思ったがおばあちゃんの一族のことだろうか。もしそうだとしたら楯突いてるのはそちらなのだが。そんなところで問答しても仕方が無いので考えるのをやめる。
『お互い被害が少なくなればよかろうなのだ。退かぬならこれより戦闘を開始する。立ちはだかる者はすべて敵と見なす。』
僕はそう返信して騎兵を前に出す。いきなり銃兵を使うと逃げる間も無さそうと思って少しだけ仏心がでた。そして鋒矢を組ませて一気に押し出す。アリアまで届けば被害がでるが仕方が無いと割り切って敵軍を追い散らすつもりだ。
『まて。』
騎兵が加速し始めた所で凜とした女性の声が響いた。
『民兵を退かせよう。わずかながら時間を頂きたい。』
急な申し出に少し慌てながら騎兵に指示を出し左右に別れ迂回させて自陣に戻す。正直信用するのもどうかと思ったが不意打ちを受けてもさほど問題無いし民兵がいなくなれば儲けものといった思いでもあった。ただ民兵の撤収は速やかに行われた。騎兵もほとんどが残っていない。わずか三十程度。民兵と一緒にほとんどが撤退したようだ。
『慈悲深き反乱軍よ。覚悟してくるがいい。これより我が刃が貴様等すべてを切り捨てる。アリア=レイスが貴様等の相手だ。』
吹き上がる魔力。周辺温度がぐっと下がり身震いすらする。
『民兵の撤退に感謝する。我らも英雄を止める為に来た者。切られる前に貴方を倒してご覧に入れよう。』
これから起こることが楽しみでしょうがない。今の力で英雄をかつての壁を越えられるか。壁は違うが高いと思われる壁には違いない。今度こそ越えてやるとほくそ笑む。英雄が力を解放したかのような突風。魔力の乗った風。砂利を巻き上げ霧を運ぶ。
「土臭い風だな。」
手で口を隠してぼそっと呟く。
「取りあえず貴方は絶対・・・に死ぬんじゃありませんよっ。」
鶸の叫び声が霧に飲まれる。近場の声も聞こえづらくなるのか。展開していた魔力視覚は霧の魔力ばかりが目立ち判別が出来ない。超音波視覚も霧の何かにはじかれ反響して正確な位置は把握出来ない。温度視覚は周辺温度が下がっていることが分かるがその先の個体の温度まで見通さない。霧が徹底的に視覚を排除していることが窺える。ミニマップを見てみるがこの手の妨害には反応できないらしく自分の光点しか確認出来ない。
「徹底してるなあ。」
付近で足を踏みしめる音。それに反応して音の方に防壁を四重に張る。お手並み拝見。盾と剣を持って動きを待つ。障壁にぶつかるような反応がありそちらをすぐに切る。若干の手応えと共にアリアと思われる個体は霧の中に消える。手応えはあったが防具にはじかれているといった所。鎧らしい鎧には見えなかったけど布革系の防具かなと想定する。豪雷の影響を受けたか見られるようにしておくべきだったか。後先考えずネタに走ったのを若干だけ後悔しながらすり足で意味も無く動く。菫達には指示が届く範囲にいるように指示している。お互いの位置はわかりにくいが幸いなことにミーバが僕の位置を知る機能は妨げられていないことが分かっているので全員が僕を中心に位置関係を知っているという形になっている。現在はチャットルーム的なメッセージ魔法の別魔法により皆と意思疎通が出来るようにしている。僕は魔法のオーナーとしての感覚により大体の位置を把握し皆はその思考を受け取り位置関係を把握する。霧の阻害原理はわからないが音や視覚を制限し、魔法による感知効果を一切遮断していると推理する。この世界以外の機能であるシステムによる感知までは影響がないと推察する。ミニマップに関しては恐らく現地民との平等性?の観念からか阻害効果の影響を受けるようになっていると思われる。確かにこういう制限戦法をミニマップ一つで攻略されたらなんか可哀想だとは思う。実際に攻撃を受けている見としては迷惑極まりないのだが、僕としては攻略する楽しみが増えたと思ってゆっくり検証を進める。
(取りあえず力が入りすぎているのか大きく動くときに音がしますわね。)
鶸も数度攻撃を受けているようで、そんな調子で情報が入る。
「そうですねー。」
僕は大声でメッセージに対する返答をする。
(一体何なんですの?)
鶸の怪訝そうな声。
(ご主人様声がちいさーい。あ、こっちかな。)
萌黄が面白がって返事をしている間に超感覚でショットガンを使って反撃している。かすかに散弾が跳ねる音、地面にめり込むような音が聞こえる。
(あぁそういうことでしたか。)
鶸が納得したようにメッセージを入れる。菫と桔梗からも納得のメッセージが入る。萌黄は・・・気がつかなくてもどうにでもなる。霧の効果で近場の音すら省音されているのに踏み込む音だけ露骨に聞こえるのが怪しすぎるのだ。恐らくわざと仕込んでいると考えられる。僕は菫の話と霧がかかった時の鶸の声で勘で答えにたどり着いたが、鶸は可能なかぎり確証にしてから判断する傾向があるので情報を与えるために大声でしゃべったのだ。アリアからすれば突然何かと思っただろうけど。僕らがアリアの動き方を観察しながらあたかも相手が察知できていないように振る舞う。アリアのちょっかいは散発的に続き僕以外は大体平等に襲われている。皆が僕を囲んで守るように動いているので僕の所へは若干来辛いのだろう。そう相手しているうちに萌黄への牽制は露骨に減り、桔梗へも若干減る。萌黄は危険感知の関係で欺瞞にだまされにくく僕らの中では最も的確に反撃している。桔梗は僕と同じで『音』に反応して障壁を張って攻撃を遮断。即座に中範囲に簡単な反撃を行っているのでやりづらいのだろう。そして鶸へは障壁で止められるが反撃が弱く、菫は剣戟になっていることから他者より与しやすいと思われている模様。僕は桔梗と同じようなことをしているので無理に攻め込まれてはいないように感じる。
(雷の騎士に比べると結構地味だな。)
(見た目も派手なら動きも即効性がありますしね。)
アリアは標的を絞って仕込みをしている最中なのだろうが、僕が若干飽きてきた。先の戦いを知識的に知っている菫が暇つぶしの相手として相づちを打つ。アリアが仕込んでいる間も僕らは彼女の動きを分析、相談しこの守りの一角を切り取るためにまずどこを狙うか予想がついていた。というより彼女が確実に落とせそうな相手が菫しかいないという結論に達してしまった。この妨害濃霧の解析も徐々に進んでおり彼女を守るベールが剥がれるのも時間の問題である。魔法であるなら広範囲に【魔術解体】すればという話も出てきたが魔法自体が小規模の霧が重なり合った集合体になっており一つを解除しても他が補完しあって効果が無いように見せかけられている。懲りずに何度も解除すれば無くなるかもしれないが規模が分からない以上現実的では無いと結論づけられている。こういった魔法が魔法構造を生み出す魔法は根本の制御している魔法を解除しないといたちごっこになりやすいと言う。結果魔法を解析して術の中心がどこかを見つけ出そうとしているのである。相手もそれが分かっているようで解析する側から見て術の中心が分かりにくいように作っているらしい。ただただ解析に時間がかかるタイプだと担当の鶸は愚痴をこぼしている。桔梗からサインが送られてきて攻撃を受けたことが分かる。パターン化しないようにしているのだろうけどこの後攻撃されるのはだいたい菫か萌黄。萌黄への攻撃はほとんど形式化しており、その萌黄から何の反応もないので次は菫だと山を張る。
(三時です。)
菫から音がした方向の報告が入る。ちなみに方角は僕から各員への直線方向が零時と決めている。すかさずその反対方向の八時から十時方面に桔梗が『踏み込んだら【氷牢】』と条件発動を組み込む。もう三度目くらいの試行ではあるがアリアからの反応が無い所を見ると彼女も魔力視覚の阻害を受けているのではないかと考えている。過去にこういう手合いとは戦ったことがないかと思うくらいには迂闊だと思うのだけど。霧を飲み込みながら甲高い木琴のような音が鳴る。氷牢が構築される音である。
(おお、本当にかかった。)
(かからないと思っていたんですの?最も牢に人が入っているとは限りませんが。)
これだけフリのようにやっていたらそれすらも罠かと思ってしまうのが罪深いゲーマーである。対人なぞやっていると引っかけたつもりが引っかけられていたなんてよくあることである。
(氷牢内に人の反応はあります。このまま氷結してしまいますか?)
鶸のこぼれ話に反してあっさりかかってしまったらしい。鶸からはなんとも言えない期待外れ感のする感情が流れる。
(話ぐらい聞いておきたいけど・・・危険物だしそのまま氷結してしまおう。)
報告を聞いて僕は少し惜しみながらも安全には変えられないと指示を出す。ただその指示は大分遅かったようで指示を出し終わる頃には甲高い音と共に重量物が落ちるような音がする。
(砕かれたみたいですわね。)
鶸が呆れたようにメッセージを入れる。僕でも準備無しに氷牢に入ったらこの短時間で壊すのはちょっと難しい。どんな馬鹿力かと思ってしまう。段取りが狂ってしまって振り出しに戻るどころか、音の欺瞞がばれていることが伝わってしまったためより防御も手間になり追い込むルートが制限されてしまう。
(しょうがない。時間稼ぎに少し能動的に行きますか。)
そう言って十字陣形を変更し、萌黄を僕の側に前方に菫後方に鶸と桔梗を配置する逆Y字に動かす。といっても菫は遊撃に前方区域を自由に動くのでY字より三角形のほうが正しいかもしれない。条件発動を「ミーバ以外が踏んだら」と変更し拘束系の罠魔法をばらまく。間違えて僕が踏んでも発動するが効果自体は些細なものなので問題無い。菫が僕の位置を目印に索敵しながら走り回る。不意打ちならともかくまともにぶつかったら難しい相手である菫をアリアが好んで相手するわけもなく、当然移動が鈍い僕らの方に狙いをつけてくるわけだけど。残り全員がほぼ萌黄の警戒範囲内に収まっている為真っ先に反応した萌黄に合わせて僕も追従して撃ち込む。土にぶつかる音以外にも水にぶつかったり金属音がしているところを見ると手を焼かせていると予想する。ただ動きその物は衰えていないのでダメージにはなっていないと思われる。
(不毛だ・・・)
正直ここまで決定打が無ければアリアは撤退するかと思ったのだけどまだ自信があるのか食い下がろうとしてくる。誇りがあるのか忠誠心かはてまた意地なのか。そんな意思を確かめようと僕は悪戯のつもりで萌黄反応した方向へ連続して【魔術解体】を試みる。一瞬トンネルのように霧が晴れ水壁で散弾を防御しているアリアを確認できる。どうやって僕らの警戒網が構築されているのか探っているのか、それが分からず次の手を悩んでいるのか、苦悶の表情で戦う女性の姿を見る。彼女は霧のトンネルが出来て視認されたことに少し焦り、それでも僕の存在を見つけると力を込めて飛びかかってくる。上段に青い剣を振りかざし飛び込んでくるその姿を見て僕はある既視感を覚える。
「開山剣?」
思わず呟いた言葉に彼女の顔から力が抜ける。無表情というか拍子抜けしたというかたぶん驚いたのだろう。そうして振り下ろされた剣を僕は盾ではじき流す。その音に我に返った彼女は体制を崩しながらも一歩飛び退く。すかさず萌黄の反撃。そして我慢できなかったかのような桔梗の魔法。
-雪崩断ち-
アリアが下手から剣で地面を擦って振り上げた。その剣閃に沿って瓦礫の壁が形成され散弾と魔法を防ぐ。ただ防ぎきれずにすぐに砕けるがその先にアリアはいない。霧が霧を産み霧のトンネルは消える。ちょっと危険なぐらい僕も呆けてしまったが答えが見えたような気がしてちょっと笑いがこらえきれなくなってきた。怪訝そうに萌黄が僕を見る。そうしている内に過去のゲームとじいちゃんとの会話が繋がり、もうどうしようも無く馬鹿らしくなって結局笑い声を上げる。笑い声は霧に飲まれるが決して消えるわけでは無い。突然の奇行に鶸も菫も心配するようなメッセージが送られる。ひとしきり笑って落ち着いてから収納から鼻紙を取り出して鼻をかむ。鼻紙を火の魔法で塵に変えて霧にばらまく。
「からくりは分かった。もう霧は僕らだけの不利じゃない。」
僕は菫を呼び寄せ皆を側に置く。アリアもどうしていいか悩んでいるのだろう。邪魔をしてくるようなことは無かった。
(何を目標にしているか分からないけどたぶんそれなりに珍しい物なんだと思う。)
(意味がわかりませんわ。)
(説明もしてないのに分かってたまりますか。桔梗は周辺の地面を風で吹き飛ばして欲しい。ゴミを飛ばすだけでいいよ。僕はみんなの掃除をするから。)
桔梗が首をかしげるように頷き魔法で風を起こし周辺の地面を吹きさらう。僕は単純にみんなに【洗浄】の魔法を使って身ぎれいにするだけだ。
(戦場で身ぎれいにするとか正気を疑われそうな所業ですわね。)
鶸が答えが分からなくて難癖をつけるように不満を漏らす。
(さあ大きく移動しよう。さすがにアリアも焦ったろうからね。)
そう言って鶸を小脇に抱えて走り出す。皆の視線が鶸に集中する中僕はむやみにまっすぐ走った。走った先をまた風で吹き飛ばす。また位置を変えて同じ事をする。そして曲がって風で吹き飛ばした区域に戻る。
(はぁー、ちょっと一息。)
たいして疲れたわけでも無いけどわざとらしく息をついて鶸を下ろす。鶸が不満そうに僕を見上げた後怒ったようにそっぽを向く。空気が強く動き出したのを感じて障壁を大きく張り飛んでくる風をながす。そしてまた風を使って周囲を吹き飛ばす。また同じように風が吹く。それを障壁で防ぎ、また風で吹き飛ばす。
「もうそのからくりは解明した。まだ他の手があるなら無駄なことはやめなさーい。」
僕は拡声を使って告知する。しばらくすると観念したかのように霧が晴れ平野が現れ視線の先に疲れたような顔を見せるアリアがいた。
「仕掛けが暴かれたのは初めてよ。」
アリアが少しずつ近寄りながら話を始める。
「その剣・・・斬岩剣を見たからかな。」
僕は種明かしを楽しみながら答える。
「そうね。私の流派も知っていたみたいだし・・・でも剣については秘匿されているはずだわ。」
アリアは少しずつ前に出ながら話を続ける。
「確かに剣技?の都合上一子相伝というか一剣相伝だもんね。」
僕はなつかしさに身を委ね楽しみ話す。
「そこまで知っているのね。逃げた門下生にしても知りすぎている気がするわ。」
アリアは歩みを止めず、僕の楽観を危険視してか菫達が警戒を強める。
「鉱物の位置を知る斬岩剣の地味機能。それをこう使ってくるアイデアは恐れ入ったよ。最初の風で相手に何かの粉を振りかけてるんだよね。」
それを聞いてアリアは歩みを止める。他者が知らないはずのことを聞かされて戸惑いが見られる。どうしてとかすれたような声が聞こえる。
「『山ありて剣を振る。剣にて恵みを得、恵みにて力を得る。』」
僕は彼が後付けたお題目をそらんじる。アリアはそれを聴いて少し呆けているが首をかしげるようにしている。
「んー、さすがにこんな所まで同じじゃないかな。でも、じいちゃんも言ってたと思うんだけどな。」
僕は彼女の反応に残念に思ってため息をつく。
「それが何だというのだ。」
アリアも混乱し始め声を荒げる。僕が突然訳分からないことをし始めるのは菫達も知ってか、理解することは投げて守りに集中している。
「開山剣創始者ロックヴォルトの掲げたお題目だよ。創始者は伝わってる?」
僕の言葉にアリアがまた少し動揺する。創始者は伝わってるのか。岩爺よかったな。継承者は立派な剣士になってしまったよ。
「ちなみに今何代目くらいなの?」
僕は興味本位に尋ねる。
「じ、十七代目開山剣伝承者アリア=レイス・・・だ。」
立派につないでるなぁ。ただ。
「ただ、その水芸が気に入らないな。なんでそんな芸をくっつけてしまったのか。」
僕は盛大にため息をついて吐露してしまう。正直失言だと思う。
「我らが繋いで来た技を愚弄するかっ。」
案の定アリアが激昂する。鶸がため息をつき菫も桔梗もさすがにと首を振る。
「繋がってないからそんな芸が付いたんだろうに。」
アリアの激昂に反応して僕も少し腹が立ってくる。
「岩爺の剣はなぁ。人を斬る剣じゃないんだ。開山剣だってその剣に釣られてやってきた剣士の為の剣技だ。それを平地で剣を振り回して開山剣なんてよく言えたもんだな。」
僕は怒りに任せて語り始める。
「木を切り、岩を砕き、山を潰す。それなら人も切れるのが開山剣だろうが。開山剣が率先して人を斬ってどうすんだよっ。」
大声を上げてちょっと喉が痛い。なんだかみんなが呆けている。素になられるとちょっと恥ずかしいんですが。
「ならばその力が人に求められ、国に求められるのは仕方があるまい。生きるために剣も我らも変化しなければならん。」
アリアは覚悟を決めそして悟ったかのように剣を構える。
「分かった。なら僕も開山剣として相手しよう。変わらなくても生きていけたはずの岩爺の剣でな。」
僕はメッセージで皆を下げさせる。菫が難色を示したが怒りに身を任せて睨むような視線を向けて後ろに下げさせる。アリアは侮辱されたかと思うように歯を食いしばるように力が入る。開山剣を馬鹿にされたことか、人を下げさせたことかについてはもうどうでもいい。
「最も斬岩剣はないしいろいろやりくりしてなんちゃって開山剣になるのは勘弁して欲しいけどね。」
僕は魔法に反応性の良い陽光石の剣を取り出して二振りする。そして開山剣の代表となる大上段の構えをとる。
「岩爺の友の孫として、そして全国百万人の開山剣二代目としてお前を倒すっ。」
対英雄奮闘編。終盤遊一郎の記憶だけで語られている一面がありますが次話で少し補完します。
鶸「ご主人様は何を作っているんですの?」
菫「あまり詳しくは。マニピュレーターと浮き砲台のようですが。ロマンがどうとか。」
桔「魔法についてもいくつか聞かれましたね。」
萌「萌黄もパチンコ玉飛ばす機械で遊んでもらったよっ。」
鶸「男の子ですわねぇ・・・」




