僕、蹂躙する。
町の中は思っていたほど混乱した様子もなく朝から町が動き出す準備が行われていた。よくよく考えれば包囲しただけで何もしていないので一時危機に陥ったことなど住民は知りもしないか。時折老執事を見てか挨拶をしてい町人を見ながら歩き続ける。
「余計な事とは分かっておりますが・・・貴方様が町に一当てしなかったことに感謝いたします。」
老執事は軽くこちらに顔を向けて礼を言ってくる。
「そこは成り行きですし、どちらに転んでも町を壊すつもりはありませんでしたから。」
いきなり攻撃しなかったことに礼を言っているのかと思ったが、途中で攻撃を仕掛けて町を混乱させなかったことを言っているのだと理解した。老執事はにこやかな顔をして前に向き直り案内を続ける。僕も恥を掘り返す必要は無いと特に何も言わなかった。途中、惣菜屋のおばあちゃんが手を振っているのが見える。取りあえず手を振り替えしたが、性悪そうな顔つきと手振りにて『後で来い』と言われた気がした。
「あの方と繋がっているとは思いませんでしたがね。」
老執事が苦笑と共に言葉を紡ぐ。
「実の所どういう立場の人かは今も知りません。古くからの町の人といった感じでしたが・・・たまたま助けた・・・わけでもないのですけど、縁がありましてね。」
「それが真なら・・・どちらにせよほとんどの方は信じないでしょうな。あの方が後ろ盾になったと言われた方が納得する人は多いでしょう。」
僕が思っているよりは地位が高かった人のようだ。老執事の立場的にも微妙な位置づけと思われる。ゆっくり静かに話している内にグラハム邸に到着し、そのまま応接室に案内される。応接室ではすでにグラハムが待っていた。
「おかえり、同士よ。いや主人と言ったほうがよかったか。すさまじい軍だね。魔物を従えているとは思わなかったよ。」
グラハムは立ち上がって礼をとってくる。菫はちょっといらっとした顔になっている。鶸はすまし顔だが足下に緊張が走った。
「あれは魔物ではなくて魔法生物なんですよ。分かりづらければ生体ゴーレムと思っていただければ。指示に従う従順な生き物です。」
菫達が魔物と思われてることに苛ついているように見えたので説明しておく。鶸からの気配がちょっと弱まったので正解のようだった。グラハムも納得顔で頷いている。実際に理解しているかはわからないが。
「同士、と言っていただけたということは協力していただけるということでしょうかね。」
僕は促されるままソファーに座る。
「町を、そして我が家名を挙げて協力しよう。」
過剰な身振りで同意する。
「ただ町の協力に関してはグラハムさんの一存でなんとかなったんですか?地位が高いとはいえ一部門の長という感じだったと思うのですけど。」
予想はついてはいるけど一応確認しておく。どの程度町が協力的なのかも知っておかないと後になるほど面倒になる。
「貴方の心配も最もな所だ。領主には誠心誠意説明をして利も説いたつもりなのだが・・・納得していただけなかったので降りてもらったよ。と、小難しく言ったけど早い話が反乱したということだよ。元々機関内の人心は私寄りだったからね。さほど難しいことでは無かった。後は貴方があのばあさんをいつの間にか落としていたことが大きかったかな。現在サルードルは私アードラント=グラハムの管理下にある。」
我慢できなくなってきたのか段々楽しそうに態度が砕けてきたグラハムが答える。生死がかかってくるとはいえよくもまぁあっさり反乱を成功させたと思う。
「貴方の疑問も最もなところだけど、元々領主は無難な運営をしていただけで負の面は目立ってもそれほど人気があったわけじゃない。対して私はそれなりに周りに気を配っていたし、左遷されているとは言え家格の面でもあちらよりは高い。古い連中も新しい連中もそれなりの利さえちらつかせれば説得は難しくなかったよ。あとは周辺都市で転んでくれそうな所を説得しているところかな。」
グラハムがこちらの考えを読むように話す。
「その人達は寄り集まって王国に勝てると思ってるの?」
「反乱なんて元々皮算用でするものだよ。それらしい勝ち筋を見せてやれば不満がある連中を動かすのは難しくは無いよ。」
ほとんど詐欺みたいな話だ。
「どちらかというと現時点での交渉はこちらの反乱した時に彼らが襲いかかってくるのを防止するためだよ。あの連中は自分に利があればどちらにでも転べるからな。これ幸いと横を突かれるのは面白くないからね。」
グラハムは仲間に入れるつもりの貴族達を侮蔑するように話す。緊急事態でもなければそれほど付き合いたい人達ではないのだろう。
「力と可能性を見せるためにも貴方には早い段階でここから七日先にある都市リブリオスを落として欲しい。」
グラハムは背景を説明しながらもすぐに次の要求を示した。僕としては無策だったので勝手にお膳立てしてくれたのはありがたいけど、菫と鶸はまた苛立ち始めている。当面我慢しておけと頭で思いながら二人をなだめる。
「その都市が何かあるので?」
全く知らない場所の話なのでグラハムに聞いて話を進めさせようとする。グラハムは小道具で地図を表示させながら説明を始める。
「この地方に対する中央への玄関口である防壁都市。元々はこの地方を攻略するための前線都市だね。人口七万程度。常駐兵は千五百と周辺の安定な事情を思えば破格といえる兵数だ。緊急招集で周辺から集まる民兵の初動は二千五百と推定されている。」
「は?千五百?」
僕はあまりの兵の少なさに拍子抜けしてグラハムの話を遮ってしまう。
「貴方・・・何と戦うつもりだったか知りませんけど隣国もない辺境都市ならそんなものですわよ。ミルグレイス市は最前線だったからでしょうに。」
鶸がさすがに呆れて口を挟む。菫もちょっと苦笑いだ。
「お嬢ちゃんの言うとおり町ごとの領主の私兵なんて三十程度。どんなに多くても百程度。この周辺を睨むにしても千五百は過剰、半分以下でもそれほど問題ないと言うくらいだ。」
グラハムが説明を追加する。
「それを考慮してもなおリブリオスに兵を常駐させているのはこの地方に眠るある脅威と信じられているものを未だに王国が恐れているからだ。最も彼女らからすれば約定により恭順してその気も無いのに未だに冷遇されているのが若干不満のようだがね。」
そうグラハムに言われて頭の中で段々と線が繋がってきた。
「このルーベラント王国に攻め込まれた彼女らは攻め込まれて程なくして国が抱える創薬の技術と国宝とされていた祭具の箱を差し出して王家を含む国民の助命を願い出た。当時の王はその要求を飲まざるを得なかった。なぜなら要求を飲まなければ毒と病で共倒れすると言われたからだ。すでに攻め込んだ軍にはその病の兆候があり、国に戻された兵を介して自国をも蝕んでいると宣言された。我らが滅べば創薬技術無きお前の国も滅ぶと。創薬技術の中に王が望む目的が含まれていたので仕方なくと言った体で要求を受諾し彼女らの国はこの国に併呑された。王としては受け取るものを受け取って再度彼女らを殺せば良いと思っていたのかもしれない。王は彼女らの指導の元創薬技術を得たがそれ自体もまた毒であったと後々知ることになる。彼女らの目的は何かを守る為に生きることであり、一族を守る為に国という体をなしていただけだった。その中心にあるのが祭具の箱だった。その創薬技術には度々箱からもたらされる謎の液体が必要だった。甘露と呼ばれているその液体は時間をかけて箱から染み出てくる大きな魔力と薬効を秘めたまさに秘薬だった。王が求める長寿の秘薬の原料にも当然含まれていた。甘露の量には限度があったがそれでも多くの関係者が長寿の恩恵をうけた。ただ恩恵を受けたことによって弊害をうけた立場の者もいた。」
グラハムが長々と関係ない話をし始めたなと思いつつも興味はあったので止めはしない。グラハムも僕の興味を引いていることを確認して進めているように思う。彼はお茶を口にして話を続けた。
「当時の王の子供であった王太子がその一人だった。王が長寿で健康であるためいつまでも王の座は自分に回ってこなかった。王太子はその状況に業を煮やしその大本を奪うことにした。すなわち祭具の箱を盗んで隠した。王太子は余程うまく事を運んで証拠を残さず箱を王城から出すことに成功した。王城は混乱に包まれた。王の寿命はすでに無く秘薬に依存している状態だったからだ。なんとしてでも生きている内に見つけ出さなければと全兵士を動員して捜索を始めた。内心ほくそ笑んでいた王太子も叫びながら箱を探した。だが箱は意外な結果見つかることになる。箱を隠すために預けた先で興味本位に箱が開けられてしまったのだ。今までどうやっても開けられない箱だったはずなのになぜ箱が開いたかは私も知らない。彼女たちは知っているのだろうけどね。箱に入っていたのは甘露を生み出す元、素材と言ってもよい。当時誰もが見たことが無い未知の魔物だったと聞いている。ようはあの箱は力ある者から力を搾り取る為の呪具の類いだったということだ。知性のないよく分からない魔物は暴れに暴れ周辺に被害をまき散らした。そして兵を連れそれが何か分からぬまま私の祖先がそれを討ち取った。そして事後調査をしているうちに開けられた箱を見つけてそれを王に報告し、献上した。甘露を生み出さない箱をみて王は激怒した。見つけていたときには開いていた状態なので周囲も祖先もさっぱりな話だった。王は彼女らに甘露の生み出し方を尋ねた。その箱は対処しきれない魔物を封印して弱らせるための魔導具であると。甘露はその副産物であり主目的では無いのだと。その魔物は倒した者に取り付き無限の蘇る病のような魔物であると。手遅れになる前にその者を封印するようにと助言した。封印の仕方はさほど難しくない。箱を開けて相手に向けて呪文を唱えれば相手は箱に閉ざされる。『seal you in the box with soul』とね。王は激痛に悩まされる祖先を褒美と賞して呼び出し呪文を唱えた。祖先は箱に封印された。王の魂を使ってね。王は倒れ、祖先は箱に消えた。原因が分からないまま王の死は祖先の責任にされ一族は役職を解かれて没落した。家が潰されなかったのは得をした王太子の隠れた温情だったのかもしれん。だがそれからしばらく我が一族が表に出ることはなかった。しかし箱は甘露を生み厳重に秘匿されたそれに貴族達は群がり王の支配は盤石になったと。そういうことだ。」
グラハムは話しきってから力を抜いてお茶を口にする。
「長寿かー薬を飲み続ける限りずっと生きられる感じなのかな。」
僕は話をかみしめながら疑問を口にする。
「彼女の話ではそうだね。ただ彼女は役目が無いならこんな無駄に生きることは無いといつも言っているよ。甘露に箱が埋もれると封印が出来なくなるようでね。甘露の管理だけは続けなければならないそうだよ。そのためにうまみのある意味をつけているらしい。」
吊したりして箱に留まらないようにすればいいと思ったがそういう単純なものでもないらしい。箱から染み出す甘露は流れること無く箱にへばりついているそうだから。
「それでおばあちゃんは?」
僕は話のオチの確認をする。
「彼女は当事者で旧王家のお姫様だよ。元国王夫妻は別の所に住んでる。そもそも王家と言っても代替わりせずに五人で管理してるだけだったらしいけど。死者が出ると目星をつけていた人を勧誘して管理人にするそうだよ。」
おばあちゃんはまさかのお姫様だった。完全に姫って感じじゃなくなってるけど。
「私も素顔は見たことが無いけど、今あの格好をしているのは彼女の趣味らしいよ。実際には秘薬のせいで二十歳前後で生体年齢は止まっているらしいからね。老化薬とかなんかあるみたいだ。」
何かを想像していた僕にグラハムが苦笑して情報を追加する。永遠の二十歳だった。年齢聞いたら口も聞いてくれなくなりそうだ。
「さて随分脱線したね。何にせよ近隣で一番防備が強くこの先王都に進むためにも避けるべきでは無い都市でもある。勝ち馬にのる貴族を増やすためにも達成して欲しい案件ではある。」
グラハムが今後の展望の最初の一歩として提案してくる。
「そこまで面倒くさいことしなくても直接王都を落としてもいいんですけど。」
僕はさらっと作戦を全否定してみるが。
「遊一郎君、国を滅ぼすにもそれなりの手順がある。トップを倒すのが目的じゃないんだ。ちゃんと最低限の過程を踏まないと余計な混乱が起こる。最も被害を被るのは下にいる民衆だよ。君にしてもそれは本意ではあるまい。」
グラハムが熱弁を振るうようにテーブルを叩いて語る。いや僕は国がほしいわけじゃないし。ただ確かに関係ない人が死ぬのはちょっと避けたいとは思う。
「まあ協力してもらうことですし国取りには賛同しましょう。ただ僕はこの先やることがあるので王はあなたですよ?」
さすがに定点で政治をして時間を潰したくは無い。
「んー、まあ思うところはありますがそういう指示なら承りましょう。」
本気で僕が国を作ると思ってた?どういう方向でこうなったのか。
「楽するなら先々でトップだけすげ替えればのだけど・・・。」
僕はどう進めるか少し悩む。
「途中は構いませんがリブリオスだけは大々的にやっていただきたい。力を知らしめる為にも宣伝行為は必要です。」
グラハムの要求が割と多い。ちらっと鶸を見るとそうしておけと顎で指示される。どちらが主か分かったものじゃ無い。
「わかりました。途中は駆け抜ける勢いで。途中に町が二つあるようなので代官と管理する人を必要なだけ用意してください。準備でき次第出発します。」
「それでは局の者を八人ほど回しますので一時間ほどで用意が出来ます。」
グラハムがそういうので頷き返す。
「では僕らは出発の準備をしますので北門に彼らを送ってください。」
僕は話を切り上げてグラハム邸を出る。
「鶸としてはどう思う?」
僕は少し離れたところで唐突に話し始める。
「どこについてと言いたいところですが・・・グラハムを使う使わないに関わらず制圧自体にはなんの支障もありません。その後の被害がどう増えるかでしかありませんわ。そもそもあの神谷も放っておいてここを離れれば済む話でしたわ。ただそれは恭順した村を捨てることになりますし、そうしたくはないのでしょう?」
鶸が微妙な顔をして言う。そこで僕は唐突に思い出す。
「あー、スレヴィン達どうなったんだ。」
僕の声に鶸がため息をついている。
「グラハムがトップに立ったのなら解放されているはずですわ。ただ越後屋は機能していないでしょうけど。」
僕は駆け足で越後屋に向かう。菫は笑いながら鶸は呆れながら着いてくる。越後屋は商売をしていないようだが人の動きがちらほら見られる。従業員の一人がこちらに気がついて急いで店に入っていく。そしてなだれ込むように僕も入る。
「スレヴィンっ。」
僕の声に反応するようにバタバタと足音がして村の人達が顔を出す。
「遊一郎様、ご無事で何よりです。ありがとうございますありがとうございます。」
スレヴィンが感極まってか両手で握手しながら手をぶんぶん振る。
「ええい、そこらで僕がどうにかなるわけが無いだろう。まあ君らが無事でよかった。」
振られる手を力ずくで切り離し、僕は落ち着いて話しかける。
「もったいないお言葉でございますぅ。」
スレヴィン、君そんなキャラじゃ無いよね。と思いながら落ち着くのを待つ。待っているのもあれなので菫に目配せをしてY型の手配を頼む。
「いやぁ、取り乱して申し訳ありません。すぐ再開できるようにと店と通常倉庫の整理を進めておりました。騎士団に随分荒らされていましたので。」
スレヴィンが体裁を繕いながら現状を報告してくる。押収されたものを整理しなおして倉庫と在庫のチェックなどをしていたようだ。
「無くなった物はどうでもいい。グラハムに請求してもいいけどさほど意味がないしね。とりあえずY型を呼んでもらったから協力して再開してほしい。」
説明している間に菫がY型を三体連れてくる。僕はY型に説明をしてスレヴィンに引き継ぐ。近所のチンピラ相手ならY型でも十分なのだが護衛ということでC型斥候兵とY型重装兵を足す。鶸が呆れたようにため息をついているが気になるんだから仕方が無いだろう。雑多な小話をして遠出するからしばらく頼むと言って越後屋を離れる。離れて北門に向かうと後ろから小石が飛んでくるのを菫がごく自然にキャッチする。菫が後ろを一瞥してから僕の袖を引っ張る。気にも止めていなかった僕は後ろを振り返る。
「終わったらうちに来なって言ったつもりだったんだけどねぇ。」
ごめんなさい、忘れたものに上書きされて忘れてました。惣菜屋のおばあちゃんだった。時間はもう少しあるのだけど集合と再編は鶸に任せて菫とおばあちゃんとで近場の食堂に入る。おばあちゃんが入ると店中の空気に緊張が走る。どれだけやらかしてんだよと思ってしまう。
「キドラスの小僧の孫の息子の店だよ。たまに来てケチつけてるから難癖付けに来たと思ってんのさ。」
おばあちゃんはケケケと笑いながらテーブルに着く。僕も併せて座る。菫が後ろに立とうとするがおばあちゃんが色々理屈をこね回して座らせた。
「出て行く前に言った件とさっき小倅との話の件。聞かせてもらおうか。」
おばあちゃんが静かに凜とした声で言い放った。しわがれた声でもなく年不相応な若い声だった。
「意外かい?アードラント坊やと話したってことは私のこともある程度は知ったんだろう?なんだかんだで切っても切れない関係になったからねぇ。」
おばあちゃんの怪しい顔と若い声がミスマッチでなんとも違和感がひどい。僕は心を落ち着けて向き直る。
「その二件についてはほぼ同じになりました。僕がそのまま王都まで駆け上がるだけです。途中指示された都市を落としていくことになりますが。」
僕はそう答えておく。
「どれだけ大口叩くかと思ってはいたけど・・・まああんな軍隊を持ってたんじゃそうもなるか。」
おばあちゃんは頼みもしないのに持ってこられた飲み物を片手に呆れた声を出す。
「正直途中を無視すれば一週間もしないうちに片がついたのに・・・」
僕は地図を頭に思い浮かべながら不平を漏らす。おばあちゃんはそれを聞いてちょっと吹き出す。
「またどんな行軍速度が出る軍なんだか・・・数だけでもおかしいってのに。」
今度はおばあちゃんが落ち着くのに息を整えている。正直何も言わずに斥候兵だけ送り込んだら三日で片がつくと思っているのは秘密にしておこう。
「そう言えば一枚噛みたいという話でしたよね。何をしたいですか。箱を取り戻したいわけでも無いと思いますが。」
僕はそう言って話を戻す。
「箱ねぇ・・・王家が厳重に管理してくれてるからそれほど不満はないんだがね。こっちの箱もいろいろ管理せにゃならんし、支援は欲しいところだねぇ。その辺の約定の履行を求めたいところだったんだが。」
おばあちゃんが明後日の方向を見てため息をつく。
「アードランドの坊やはすげ替える気満々だったろう。そうすると箱を取り上げるか管理を任さにゃならん。現状この国の維持の要の一つになっているあれを坊やが管理する気があるかだねぇ。あれは一種の呪いだからね・・・」
おばあちゃんは遠い目をして語る。過去話を聞いてもおばあちゃんの一族にとって箱の管理は罰ゲームみたいなものなのだろう。倒せもしない魔物を封印するために延々と箱を管理し続ける仕事。箱を管理するために生き続けているのだ。王はよい面だけを見て彼女たち一族を襲った。彼女からしてみたら嫌がらせのつもりで送り込んだに違いない。いつか投げ出すその時まで見守るつもりだったのだろう。だから気にかけているグラハムにその役目を押しつけるのを少し迷っているようだ。
「グラハム氏に箱を使う気があるか聞いてみればよいでしょうに。餌にするために薬だけ作り続けるという手もあると思うし。」
僕は率直な意見を述べる。
「消費されている内はいいんだけど貯まってくると問題が出てくる。本体のコピーみたいなものが生まれる可能性がでてくるし、そこらにばらまいたとしても魔物を呼び寄せ、強化する一因にもなりうる。」
おばあちゃんは苦笑いして答える。意外と面倒くさい物体のようだ。そもそも箱の本来の用途は中身を保持しつつ霊的に同じものを複製しようとしたりして、稀少なものをよりたくさん使うためものだったらしい。その保持性能である中身を安全に守るという仕様を転用し、後付けで蓋を容易に開かない機能を取り付け対処できない魔物を封印するという魔導具に作り替えたのだという。瞬間的に大量の魔力を得るためと安易な悪用を出来ないようにする為に使用者の魂を使うという方法をとったという。だから封印するための呪文は『魂を持ってお前を箱に封印する』なのだという。当時の彼女らの言葉なのでその他の地方の人達には意味が分からないだろうが、ただの合い言葉なので意味を理解する必要はないらしい。さすがによそ様に使わせるつもりなど無かったのだろう。
「だから箱を開ける方法も伝えていない。箱のことを知っていれば絶対に開けられない仕様だからってのもあるんだけどねぇ。」
おばあちゃんは嘆息して言う。僕はそこにも興味があったので身を乗り出す。おばあちゃんは僕の顔を見てまたため息をつく。
「まぁあんたの立場なら教えてもいいかもしれんが・・・箱のことを知らないヤツが開けるだけだよ。箱の機能、中身を知るヤツには絶対・・・でもないが開けられない。そういう封印なんだよ。」
中身を知って意図的に開けることは出来ないものらしい。当然当人が開け方を知っていれば赤の他人に渡すことで簡単に開けさせることは可能らしい。知っていれば確かに悪用出来そうだ。中身がやばいものじゃ無ければだけど。
「そういう魂を消耗させる関係であんたらみたいな魂を保護されている使徒様じゃあ使うことが出来ないんじゃよ。最も使徒様が他人に使わせることを強要することはできるがね。」
色々悪用方法を考えていたところでおばあちゃんは意地悪い顔で言ってきた。ああそうなんだと思いながら、おばあちゃんは僕が盤面の駒であることを調べられたようだ。
「そっかー。いざとなったら頼もうかと思ってたけど出来ないか。」
僕ならあと一回は使えるかと思っていたが僕を生け贄にすることは出来ないようだ。他人に使わせるつもりはなかったので用途を考えるのはやめた。ただ使徒を封印したらどうなるだろうという疑問は残った。さすがに使徒を封印した歴史はないらしい。
「ま、本来の目的はおじゃんになっちまったんだけど・・・お前さんの言うとおりアードラントの坊やに確認をとらにゃならんね。あれにも思うところはあるだろうし・・・」
そういっておばあちゃんは席を立つ。
「もしお前さんが失敗するならそれをネタに王家をつつかせてもらうとするよ。」
おばあちゃんは乾いた笑いを浮かべながら店を出て行った。僕は菫と顔を見合わせて何がしたかったんだと首をかしげながら席を立ち店を出た。支払いはおばあちゃんがしてくれると信じて。長々と話していたつもりはないけど北門にはすでに皆が集結していた。鶸がつーんとそっぽを向いていたのでありがとうと頭を撫でると、顔を真っ赤にしながらきーきー無意味な反論をしてくるのを笑いながら流した。しばらく和やかに騒いでいると北門からグラハムが役人をつれてやってくる。
「いやいやこれはまた壮観だねぇ・・・あー蟹に乗るんだ。」
ずらっと整列したミーバを見て呆れと恐れ、諦めを感じさせるような声を出す。まあ蟹はちょっと意外性あるよね。
「馬車をつかうことになるから今日明日で町の方をなんとかして翌日にはリブリオスをどうにかする予定なのでそっちの準備もお願いしますね。」
僕は役人の顔を確認しながらグラハムにそう告げる。グラハムは理解出来ないような顔でしばらく思考停止している。
「いやいやいくらなんでも無理がというか早すぎるだろう。ここから七日かかるんだよ??」
グラハムは取り乱して口早に言う。
「そう言われてもそれが僕らの速度だからねぇ・・・グラハ村まで一日で到着できるんだよ?多分戦闘時間より町の説得とか管理時間のほうが長いと思ってるくらいだし。」
グラハムはぽかんと口を開けて説明を聞いている。
「わ、わかった・・・すぐに準備して追いかけられるようにしよう・・・」
グラハムは回りそうに無い頭でスケジュールを組み立て始めているようだ。僕はちょっと笑いながら桔梗に指示して移動管理部のY型を連れてきてもらう。そこから馬車を二つほど取り出してもらう。
「移動にはそれを使ってください。貴族からしたらちょっと質素でしょうがそれはいずれということで。高速移動に耐えられるような設計なのでそちらのファイでしたら問題が起こらない程度に走れると思います。」
強固なサスペンションとゴムのように柔軟性のある車輪を使った乗り心地を優先させた馬車である。いつぞや鶸と乗ったときよりはましなのだが、それでも騎兵に全力で引かせるとかなり飛ぶ。まあ現地のファイならそこまでひどいことにはならないだろうという予想である。突然出てきた馬車にも驚いている。
「あとはグラハム氏にはこちらの装備を。」
さすがに旗頭がいきなり死ぬと困るので重装兵の防具と見栄えのする陽光石の剣を渡す。グラハムが驚きながら防具となにより剣に惹かれている。
「流星鉄なんでかなり重めなんですけど、辛いようでしたら蛇革か天上綿にします。見栄え的には綿のほうがいいかなぁ。」
グラハムからしたら手が出ないほどの品ではないがそれでも高級品に類する素材がポンポン出てくるのでかなり引き気味である。
「旗頭が暗殺されると僕も困るので・・・て量産品なんで気にしなくてもいいですよ。」
僕の感覚とグラハム側の感覚がずれていてこの時は何に驚いているかは全く気がついていなかった。
「いや・・・ありがたくちょうだいしよう。鎧は重めだがなんとかなるだろう。最悪部分的に入れ替えてもよいしな。これが量産品か・・・いったいどれだけの差が・・・」
グラハムは諦めるような口調で装備を見つめる。
「文官さんも馬車でこの装備に着替えておいてくださいね。」
そういって天上綿の装備を一式渡す。使っても良いのか顔を見合わせてグラハムにお伺いを立てている。グラハムも諦めろといった感じで説得し困惑しながら受け取っていた。この時僕は彼らの基準からして高品質すぎるものを与えたのではないかと危惧し始めていた。最も今更考えても仕方が無いのでそれはそれで受け取ってもらう。なにせひょっこり出てきた変質者に殺されても困るのだ。
「では行ってきますね。」
文官を馬車に押し込み。準備が出来たところでファイを出してグラハムに告げる。どこから出てきたかもわからないファイを見てグラハムがまた呆けているがそろそろ慣れてきたのか復活は早い。
「ああ、頼むよ。」
グラハムに見送られて僕は乗騎の足を進める。菫が徒歩で、桔梗と鶸、萌黄と鈴が蟹に乗って追従する。萌黄はいってきますと手を振っているが全軍がカサカサと動き始めグラハムは気が気でない様子だ。僕らと馬車は軍の中に飲み込まれ、それでも僕の動きに合わせて一糸乱れぬ動きで街道を進む。馬車の速度が最大として移動速度が合わされるがそれでもグラハムからしてみたら進軍速度は異常なほどに速い。歩兵も含めて移動時は全員騎乗なのだから事実なのだろうが実際の軍でやろうものなら兵糧の負担が重すぎる。現実的な手段では無い。
「いやはやこれほどか。」
グラハムは高速で動く軍を見つめながらそれこそ呆れて言葉を漏らした。
「こうしてはおれん。我々も準備を進めなければ。騎兵科に連絡して馬車の引き取りと利用時の調査を進めてくれ。こちらもすぐに進軍準備をせねばならん。」
近くの者に指示をしながら町に戻る。通り過ぎるミーバから伝えられたことはこれが最後だった。その後黙々と軍を進めること五時間。隣にあるトランデスの町にたどり着く。途中で随分とすれ違う人を驚かせたがもう気にしても仕方が無い。町にたどり着き門番に降伏勧告文を渡して十分。降伏の意思が伝わらず門を閉ざし始めたので二百体ほど斥候兵を送り込み上層部を瞬殺。今一度降伏勧告を行い部隊長達がそれらを受諾。戦闘開始からわずか七分で決着した。門が開けられ半包囲をされた状態で連れてきた役人を前面に立てて町の管理機構の引き継ぎを行う。護衛としてY型重装兵四体を各自につけ軽装兵十体と斥候兵十体を私兵として使わせる。抵抗しなければなにもしないと住民達にも言い含め恐怖政治さながらの管理にになりかねないがミーバ軍の恐怖を植え付け町を去った。少し進んだ森の付近で一拍。明朝日が昇ってゆっくりしてから進軍開始。すでにトランデスのことは隣町のレンデスに伝わっているだろう。三時間後にレンデスに到着し即時包囲。降伏勧告を行う。降伏は受け入れられ両者無血開城となる。領主と話し合い役人に政治機構を委譲させる。取りあえず安全の保証はするが移動は制限させてもらう。当面は不自由はあるだろうが町中で暮らしてもらう。相手にもならないが逃げて再集結反抗されても面倒だからだ。またそんな無駄に命を散らして欲しいとも思わない。同じようにミーバを残して進軍を始める。後日、両町で甘い蜜を吸っていた連中が小さな反乱を起こしたが発覚から三十分もしないうちに鎮圧された模様。時間がかかったのは期待感からか臨時領主まで報告が上がるのに時間がかかっただけで実際の戦闘時間はやはり五分にも満たなかったという。役人の馬車がいなくなったことで行軍速度を上げた僕らはそのまま夜通し進軍を続け明朝にはリブリオスにたどり着く。リブリオスでは警戒のため火が焚かれ想定される進軍経路である正面に軍の布陣が見られる。よく間に合ったなと思いながら眠い目をこすりながら布陣を見る。常駐兵と思われる騎兵が千。そして歩兵である民兵が千といったところ。
「少ないな。」
僕がぽろっと口にこぼす。
「若干だけ兵を分けて伏せている可能性もありますが・・・保身で都市内にいる可能性が高いですわね。最も伏せていたところで奇襲が成立する前に全滅でしょうが。」
僕的には全軍の数が少ないと感じたつもりだったのだが、鶸的には騎兵の数から敵の意図を感じ取りたいと思ったようだ。表に見える軍が大半であることは間違いないのだが。僕は日が出るまでのちょっとした時間で暇つぶしに目を飛ばして周囲を探る。本隊とは大分離れた所に三百ほどの騎兵がいるのが確認できた。
「南方の林の裏に騎兵が三百ほどいるね。」
「思ったより積極的な策を使う者のようですね。」
僕がどうでもいいと思いながら見つけた伏兵を鶸に告げるとちょっとだけ感心したように呟いた。僕という存在を出さない為に密かに事を進める手もあったが今回は逆に信じられないようなことをして噂として誤魔化されることを期待して行動に出た。正直盤面としての行動としては賭けに近い。この進軍によって選定者がここにいますとと宣伝するに等しいからだ。でも僕は神谷さんや他の選定者の噂を聞かないことから思ったより他の選定者はここまで早く進歩していないのではないかと予想を立て、噂であり得ないと一蹴されるような戦いをしようと軍を進めた。周囲の探索が終わったあと伏兵のことを記載した上で降伏勧告の文書を菫に託しあえて正面部隊の本陣まで届けてもらった。警戒する中突然現れた幼女をどうにも出来ないまま文書を受け取りそして悠々と返事を待つ。文書を読みわなわなと震え断ると激高し菫に攻撃指示をする高官。菫には可能な限り殺さないように指示しているが身の安全を図れないなら許可はしている。だが踏み込んだ本陣には菫の目にとまるような実力者はいなかったようだ。笑いながら挑発するように僕を讃え、踊るように攻撃を躱し、大男の影に隠れ多くの視線から消える。一部の者が指摘してもまたそこから別の影へ。菫はそういった事を繰り返し嘲笑するようにその場から消え失せるように立ち去った。気配を殺し悠々と歩き、そして悪戯をするように民兵の武器を壊しながら僕の元に戻ってきた。にこやかに報告する菫を撫でながら反応を待つ。抗戦するように軍が動き始め陣容を整える。
「まあ騎兵が多いですからそもそも待ちに向かないのですけど・・・一応は突撃するつもりで組んでいるようですわね。」
「その実正面を見せて伏兵で後背をついて混乱したところに、こちらに突撃する案というところかな。」
軍の動きから鶸が推察し僕が感想を告げ、鶸が頷く。種が分かってればそれほど難しい話では無い。今日日漫画を読んでる小学生でも思いつきそうな話である。
「さて・・・無駄な血が減らせると良いけど無理だろうな。」
僕は拡声の魔法を準備しつつ喉の調子を整える。そして。
「民兵、騎兵の諸君。町を守る君たちの姿勢には心を打たれる思いである。これより本隊、伏兵に大規模魔法攻撃を行う。命が大事なら出来れば逃げて欲しい。この一撃で無用な血が流れないことを祈る。」
一方的な警告である。戦闘をするための騎兵ならともかくその他の生活がある民兵まで手にかけるのは心が痛い。鶸もお優しいことでと呆れた声を上げている。相手の陣が整いいざ進軍という状態になっている。民兵に動揺は見られるがやはり上の指示のほうが拘束力が強い。
「仕方ない・・・正面は桔梗、頼むよ。」
「はい、ご主人様。」
陰鬱な僕とは裏腹に頼まれたことを喜ぶように右手を掲げ集中する桔梗。それを見届けて僕も集中する。
『巨岩落石』
『豪雷』
いつか僕たちが受けた巨岩を落とす半攻城魔法を桔梗が、僕が隠れて進む伏兵に向けてそれぞれ魔法を行使する。障壁貫通、防御貫通を乗せた雷は警戒していた伏兵を容易く打ち抜き足止めする。さすがに威力が低下しすぎてて一撃では倒せない。本隊には巨大な岩塊が影を作り本隊に向けて緩やかに落下しているように見える。ただそれは岩が大きすぎる為の錯覚に過ぎない。民兵は恐慌し逃げ出す者もいる。騎兵ですら恐怖するがそこは踏みとどまり防御展開する。
『凍土氷針』
『豪雷』
伏兵に対し芸の無い二度目の豪雷。障壁貫通を弱めに威力を上げ足が鈍ったところに追撃を加える。桔梗は全軍を逃がさないつもりか足場を不自由にし上に注意を向けさせて置いてからの足下からの攻撃。これだけで大半の民兵が倒れる。騎兵の乗騎もかなりの被害を受けている。
『大地震動』
『豪雷』
伏兵の装備が砕けたことを確認し虫の息である伏兵に向けてとどめの一撃。少なからず防御しようとした者もいたが全力の豪雷に防御しきれず伏兵は全滅。一人も動かなくなる。桔梗は広範囲の地震を使ってさらなる混乱と足止めを行い。本隊が恐慌する中巨岩が彼らを打ち抜いた。推定九割以上の軍が岩塊に埋もれ残ったのは隅に配置されていた騎兵と最前列にいた民兵のほんの一部だけである。
「これ以上の抵抗は無意味であると知ってもらった。もう本当に・・・血を流さないために速やかに降伏してくれることを願う。」
僕は今一度拡声による降伏勧告を行う。生き残った外の軍は武器を捨てて投降を申し出た。さすがに当事者はそうだろう。そして十分しないうちに門が開かれ使者が訪れた。領主は降伏を受諾するという旨の文書だった。こうしてリブリオスの戦闘は十五分持たずに集結した。実質の戦闘時間は五分未満と事実上最速で陥落したのだった。
ただただ力押しの初戦です。実際に人数でも十倍、質としても五倍以上の差があるため一方的になるのは仕方が無く。もう少し進軍が続きます。
鈴「暇にゃー。」
萌「暇にゃー。」
菫「使者は鈴に任せてもよかったのでは?」
鶸「鈴に任せるとなにか不安じゃありませんこと?」
鈴「私、信用ないのですかぁ?」
鶸「信用を買おうとする声に聞こえませんが・・・どちらか言うと萌黄以上にちゃんとたどり着くか不安になるのですのよ。」
鈴「使者をした実績がちゃんとあるのにっ。」
鶸「その声、仕草、思想。すべてが不安ですわっ。」
鈴「確かに偉い人に届けろって言われても騎兵に渡して済ますかも。」
桔「全体からみたら偉いほうですよね・・・間違っては無いのですけど・・・」




