僕、進軍す。
翌日、生産区で作業しているとC型が背中を掻いてくる。振り返ると『神谷さん村来た』と看板を掲げている。
「ああ、ありがと。今行くよ。」
僕は作業を中断して村に走る。こういう時は大体菫が来るのに珍しいと思いながら村の出入り口を探しているとなぜか入口付近で仁王立ちして神谷さんと対峙している菫がいる。何があった。村人も仕事の手を止めてなんだかんだと野次馬しているのもいる。菫があんな露骨に嫌悪のオーラを放っているのも珍しいというか・・・そうでもないか。反して後ろのユウとコウはすまし顔なのが更に謎。
「神谷さんいらっしゃい。ついでにこの状況が何か教えてもらえるといいけど。」
菫は気がついていたが、神谷さんは集中しすぎていたのかビクッとしてこちらを見ている。菫は力を抜くようにため息をついて僕に礼をとる。
「いや・・・特に何も無いんですけど・・・」
神谷さんが妙におどおどしている。僕は菫の方を見る。
「特に問題はありません。ご主人様が来る前お迎えをと。」
全然そんな雰囲気じゃ無かったよね。
「と、取りあえず乙女の秘密っていうことでっ。」
神谷さんが口早に慌てながらそう口走る。そう言われると掘り返すのが非常に面倒くさそうな匂いがしてくる。改めて菫を見るが強い視線で問題無いと主張してくる。
「はいはい、わかりました。これ以上は追求しません。あー・・・ニカレイドさんでしたっけ?村長呼んできてもらえますか?」
僕は一番近くで野次馬していたチャラ男みたいな人の名前を思い出しながら伝言を頼んだ。
「あー、もうきとるよ。」
ちょっと離れた物陰から村長ブラヴァが顔をだす。貴方も野次馬かーい。
「おはようございます、遊一郎様。騒ぎが起こり始めたと報告を受けたのでその確認をですな。」
聞かれてもいないのに野次馬しにきた理由を説明してくる。聞かれてもいないことを先んじて話すのは後ろ暗いってことではないのかな?
「それでこちらのかたは?婚約者の方ですか?」
ブラヴァのその発言に刺し殺すような菫とユウ、コウの視線が向けられる。ブラヴァがあまりの恐怖に息を止める。神谷さんがばたばた顔を赤くしている。イレギュラーに弱そうな人だなぁ。
「彼女は・・・神谷桐枝さん。僕と同じ選定者で同じ神様に所属している友軍ということになります。」
僕は場を修めるために話を始めてブラヴァの意識を引き戻す。
「そ、そうでしたか。たたた大変失礼致しました。えー・・・」
ブラヴァは僕と神谷さんを見比べながらどうしようか悩んでいるようだった。何に悩んでいるかは分からなかったが菫が口を開く。
「村長は神谷様をどう呼ぶか迷っておられます。ご主人様との立ち位置の関係で不敬でないかを迷っておられます。世界標準事項として貴族には名前がありしたの者は氏で伺うのが通例です。ですがこの村ではご主人様のことを名で呼ぶことが推奨されております。通常異なる貴族が相対している場合名を呼ぶ相手に対面している際に氏で呼ぶことはそちらのほうが地位が高いことを示し相手を立てる場合があります。村長はそのことを悩んでおられます。ご主人様の世界にはない習慣だと思いますので解説をさせていただきました。」
菫が僕と神谷さんの間に立ち村長の逡巡を説明する。村長は無言で慌てるように首を縦に振っている。菫は僕の習慣に主に従っているようなので普段は『神谷様』と呼んでいるわけか。
「あ、そうでしたか。申し訳ありません。私、紹介に預かりました神谷桐枝と申します。私も遊一郎さんに助けられている立場ですので桐枝とお呼びください。」
神谷さんが村長の方を向いて説明する。ユウがちょっと苛ついた気配を出し始めている。相変わらず我慢の足りない子だ。
「ありがとうございます、桐枝様。私はこの遊一郎様庇護下のグラハ村村長でブラヴァでございます。こちらの世界の習慣には慣れていないようですしお好きなようにお呼びください。」
ブラヴァが居住まいを正して神谷さんに礼を取る。
「ありがとうございます。村長さんもよろしくお願いいたします。」
神谷さんが丁寧に礼をして返礼する。村長がちょっとほっとしたような顔をしている。
「して、急なご来訪のようですがいかな御用事で?」
ブラヴァは僕に確認をしてくる。
「あー、そう言えば連絡するのを忘れていたね。諸事情で国と戦争する話はしたと思うけどほぼ全軍を連れて行くから、守りが固まるまでの間神谷さんに村の方を気にかけてもらおうと思って。それで顔合わせに呼んでいたんだ。」
僕はブラヴァに解説する。神谷さんは改めて礼をしている。
「さようでございましたか。気にかけていただきありがとうございます。それでは案内のほうはいかがしましょうか。」
村長が再び僕に確認をしてくる。
「それじゃあ、僕が・・・」
と言い始めたところで菫と村長の鋭い視線が飛んでくる。あ、はい。駄目なんですね。
「では案内は萌黄に頼もう。なんだかんだで一番安心だろう。」
僕はちょっとため息をついて萌黄に連絡を取って呼んでもらう。萌黄はすぐに土煙を上げながら走り込んでくる。
「はい、到着いたしましたっ。」
萌黄が楽しそうにやってくる。
「村の人に神谷さんを覚えて欲しいから神谷さん達の村の案内をお願いできるかな。」
「はーい。」
僕の指示に萌黄は何の疑問もなく了承を示す。
「まあそうそう危険は無いはずだけど危ないことからは守ってあげてね。」
僕は萌黄にそう続けて、一拍した後萌黄が頷く。
「それじゃあ萌黄に従って村をぶらぶらしてもらえれば。別に隠してることはないから気軽に見てもらえば良いよ。」
僕は神谷さんに軽く手を振り神谷さんは萌黄に案内されて村を歩き始めた。コウは気楽な感じだがユウはぴりぴりしたままだ。もうちょっと力を抜けば良いのにと思いながら見送った。
「さて、僕は作業に戻るかな。」
僕は人伸びしてから生産区に向かって移動を始めた。話が終わったことで野次馬勢も解散して日常に動き始めた。今回の戦争においては前と違って相手の勢力を上回る兵力を確保できている可能性が高く今まで通り個を狙う戦法でもさほど困らないと思うのだけど、今後のことも加味して多数を相手にする装備を作っておきたい。目下検討中なのは爆発物である。地獄土という割と簡単な刺激で大層な爆発、燃焼を起こす物質があるのでどうにか制御出来ないか試している。砲弾としてはすでに現時点での目標を達成達成しているのだが、個で扱う通常兵器としてはまだ完成には遠い。ある程度質量を用意すれば簡単に爆発という結果を生み出せるのだが、弾丸として扱う量だとどうしても燃焼というレベルで収まってしまう。以前作った地獄弾の領域を出ない。コストと威力の関係を考えれば以前のものでも十分なレベルである。爆発という状態に至るためには最低でも砲丸みたいな大きさになる。そして手で投げるにしても重く百m飛ばすにも難しい。
「やっぱり迫撃砲かバズーカになっちゃうかなぁ。」
金属加工所で呟きながら大きさ、量、混合を変化させながら健闘をする。地獄土を使っての兵装では現在の知識、技術の中では小型化、広範囲化は難しいという判断になっている。試作バズーカでは例の偏向防御を越えられないことは確認済みである。次点で外付けグレネードランチャーという手もあるのだが、威力と範囲の関係で地獄土を使う理由は無い。正直そのまま通常弾を連射したほうが手間もない。
「火薬の研究を推し進めた方がいいかな・・・そこまで大量破壊したいわけでもないしなぁ。」
仰向けに転がりながらどこまでという線引きを考える。究極的には質量をエネルギーに変えればいいわけである。恐らく魔法を絡めれば比較的楽にこの世界でも再現できるだろう。ただ自爆覚悟でこの世界ごとゲームを終わらせる気はさらさない。個人的にプレイヤーとして楽しみながら進めたいのである。雑魚掃討は面倒くさいと思いつつもこの世界に準じて個対個を突き詰めるべきである気はする。
「広範囲化、または手数を増やすか。手数を増やすにはまさに手が足りない。触手がちょっとうらやましくなってくるな・・・」
「芋虫が何か戯言を言ってますわよ。」
「ご主人様はいつも立派ですっ。」
ごろごろ這いつくばっているところに桔梗と鶸がやってくる。僕は気恥ずかしくなって勢いよく体を起こす。
「今更取り繕わなくても貴方は貴方ですわよ。桔梗も言ってやりなさい。」
鶸は桔梗をけしかけるつもりだったのだろうが、桔梗は菫と同じく僕全肯定なのでニコニコしてこちらを見ているだけである。鶸がしばらく様子を見ていたがため息をついて停滞した空気を切る。
「で、何かあった?」
一旦収まったところで僕は質問する。
「何か無いと来てはいけませんの?またくだらないことで煮詰まっているのでしょうと様子を見に来ただけですわ。」
鶸が小馬鹿にするような口調で言うが、顔は何やら楽しそうに興味津々と言ったところ。桔梗は純粋に心配だったこともあるのだろうが鶸が引っ張ってきたという感じがする。
「まあ、そうだね。作業が回ってるなら言うことは無いね。一応今後の兵装をどうするかなと言う感じかな。近いうちに銃で遠距離から一方的にとはいかないだろうしね。」
鶸が持ち込んで来た案件ではあるもののミーバ達は僕の決定にはそのまま従う、従い続ける。僕が何か対策を立てておかないといずれ困るのだ。駄目なんじゃないのと助言してくれるだけましと言える。以前鶸からも遠回しに避けるように言われた近代兵器の追加導入は当分見送りという方向で、個の力の増強をという話を始める。強敵相手もそうだけど、有象無象の相手も大変だよねと言うところで君らが来たという事まで話す。桔梗も鶸も恐らく僕が考えていることはある程度分かっていたはず。ただ相談することで考えを整理する機会を与えているのだと思う。ちょっとぐらいベタベタしたいという想いもあるのだろうけど。菫もそうだが段々みんな感情の発露が露骨になって来た気がする。
「それで手数を増やすのにそもそも手を増やそうという話ですか。発想は短絡ですが悪くもないですわよ。」
鶸がボロクソに貶めてくると思いきやそうでもないと。桔梗も分かってるのかどうか一生懸命頷いている。
「あちらと違って魔法を使えば個人の意思の伝達はそれほど難しい訳ではありませんからね。義手という概念もちゃんとありますわよ。最も義手を高度にするより魔法で再生した方が時間も値段も少ないということもありますけどね。」
鶸がこの世界における技術を説明する。
「魔法を使って追加で手を生やすことはできませんが、一時的に手のようなものを付け足す魔法もあります。そもそも攻勢魔術の『念動』や強化術の『遠隔操作』のようなもので四肢と同じようなことも出来ます。」
桔梗が知らない魔法について説明してくれる。『念動』は知っていたが『遠隔操作』はよく分からない。念動は物体そのものを動かすための魔法で力強い動作が出来るし宙に浮かせたりも出来る。生物を押し出したり持ち上げたりも出来るが長い間干渉していると本人の抵抗によって魔法が止まってしまったりそもそも効果が無かったりもする。反面効果範囲が狭かったり、消費も大きく重い物や強く動かすには更に負荷がかかる。遠隔操作は狙った物を動かせる魔法ではあるけど魔法の効果自体は範囲に及んでいる。念動なら一つ一つ動かさなければならないが遠隔操作は範囲内にある物なら同時に操作できたりもする。頭で指示が追いつくなら複雑な動作も一つの魔法で再現できる。大きな特徴として効果範囲内は自身と魔力的に接触していると判断され魔力供給が必要な魔導具の起動に重宝するようだ。ただし力強い動きは困難で重い物を動かすには魔力効率が悪い。生物への干渉は出来なくもないが押しとどめようとしてもトレーニング用の重りをつけているレベルの力で意味はないらしい。
「本来知らなくてもよいことですが、往来でこの魔法が使えますよと言いふらすことは恥ずべき行為とされていますので決してしないようにお願いしますわ。」
鶸が説明の最後に憤りながら付け加える。なんのこっちゃと首をかしげていたが、窃盗の為に鍵や鞄のボタンや紐をほどいたり犯罪行為に悪用するケースが多いという。高級品には干渉を防ぐ魔法がかけられていたりするようだが、多くの場所で白い目で見られるのは間違いないらしい。
「遠隔操作に関しては過去に凄腕の窃盗犯がいたのが問題視されていることは確かですわね。それ以外にもまあ・・・何にせよ一般人には悪用されがちな魔法として知られている物ですわ。一般的には軍用枠に入る魔法ですわね。これで多数の魔導具を使いこなした英雄もいますし、使いこなせれば並行作業に便利ですわね。」
鶸が危機感を煽るようにいらない情報を付与してくる。最後にちょっとだけ良いことを言って締めた。
「手を生やす魔法っていうのは?」
疑問を少し戻して聞いてみる。
「見た目を異様にして威圧するならよいのですが・・・念動の効率化と遠隔操作の登場によって消えていった『多腕』という魔法があります。本人の手を擬似的に体から再現する魔法なのですが、効果範囲が手の届く範囲で可動域も手に準じるものですので今となっては趣味レベルで使われている程度でしょうか。一部の職人には重宝されているようですが、自分の手が再現されることに意味がある場合を除いてほとんど使われていません。」
負荷も少なくなくごく一部のこだわりを除いて新しい魔法に変わられたもののようだ。
「義手は付与術の領域になりますわ。思考伝達用の魔石を使って道具を遠隔操作するようなものですわ。手の形にしているのはイメージ通り使いやすくするだけで形自体は何でもよろしいようですけど。指が十本あったりそれこそ触手みたいなものもあったりするようですわよ。」
鶸が義手について簡単に説明してくる。術式は『本』あるようなのでそちらを見るようにと言われた。確かに口で言われても困る。
「少しは話が進みましたか?」
僕がしばらく悩むように思考をしていると桔梗が明るく声をかけてくる。
「ああ、うん。ありがとう。手数についてはなんとかなりそうだよ。」
桔梗が満面の笑みで喜び、鶸も偉そうにしているが満足そうだ。
「それでは私達は作業に戻りますわよ。」
鶸が突然立ち上がり桔梗を連れて出て行く。桔梗も引っ張られながら出口で礼をして出て行った。嵐のように感じもしたがここ最近話が進んでいなかったことで心配してくれたのだろうと思う。どちらが言い出したことかはわからないけどありがたいと思った。得られた情報を元にただ動くフラワーロックみたいな義手を作ってみたり念動や遠隔操作で道具を動かしてみたりして試験する。
「遊一郎さんがここにいると聞いて・・・」
神谷さんが作業場に入ってくるなりツボに入ったのか口元を押さえて笑いを殺しながら崩れおちる。
「手前ぇなにやって・・・本当になにやってんだ。」
ユウが怒鳴り込む勢いで作業場に入ってこようとして毒気を抜かれている。作業場には太鼓のように木材を叩いているC型とそれに合わせてうねうね動く触手、もとい義手の数々である。どういう動作が出来るかいろいろ変えながら節くれ立った無骨な金属なのだが、淡々としたリズム似合わせてうねうね動いている様はかなり妙な光景であると思う。
「ああ、神谷さんか村はどうでした?って何をしているんですか?」
僕が来訪に気がついて振り向く。
「それはこっちの台詞だっての。なにやってんだよ。」
木魚が、フラワーロックがと苦しそうに震えている。代わりにユウが聞いてくる。
「義手の実験でね。あ、止めて良いよ。」
僕は木材を叩いているC型に指示してリズムを止める。義手はピンとまっすぐに立ち直す。そして魔力の供給を止めると一斉にしなっと床に倒れる。神谷さんがまた苦しそうにうつむいている。なにがツボにはまったのか全くわからん。お互いどうしようもないので神谷さんが復活する一分後まで微妙な時間を過ごす。
「ずびばせん。失礼致しまぢだ。」
ちょっと若い女の子がしていい顔ではない。見かねたコウがタオルを渡す。神谷さんが顔を拭いて落ち着くまでまた少し時間がかかる。
「はい、なんでしたっけ。」
何をしに来たかすっぱり抜けてしまったようだ。聞きたいのはこちらなくらいなのに。
「村はどうでした?」
何をしに来たかは分からないが話している内に整理されることを祈って話を切り出す。
「いい人達でしたね。貴方が支援しているんですってね。彼らも随分助かったって。」
「成り行きだけどね。」
神谷さんが感心するように話し始めた。
「それなのにどうして彼らを守らずに戦争だなんて。」
ただすぐに声に陰を作って疑問を呈した。
「逆かな。今から戦争を仕掛ける相手はここが僕の仲間だと分かっていない。ただすでに推察できそうなことをばらまいちゃってるからね。気がつかれる前に落とす。そのつもりでの全力だよ。」
「それでも戦争なんて。」
神谷さんはどうしても戦争をすべきではないと思っているようだ。
「その問答はもうするつもりもない。僕はそうすると決めたんだ。」
僕は拒否の意思を込めて強く言った。
「神谷さんも一度蹂躙されてみれば良いよ。こちらの都合も考えず一方的な理由。相手の正道なんて無視、自分の都合だけで駒を進めるような相手とね。」
すがりそうな神谷さんの顔を見て、言葉を発する前に突き放す。
「それでも神様は・・・」
「貴方の神様はともかく直上の神様はそれを望んでるんだよ。煽ってすらしてる。僕だってこんなやりとりはゴメンだけども成果を出さないと望みもかなわないかもしれないからね。」
弱気な神谷さんを更に突き放す。しばらく沈黙が訪れる。噛みついてきそうなユウも今回は黙っている。彼らもその神様の創造物なのだから分かっているのだろう。早々に目を覚まさないと彼女がまた潰れてしまうことに。
「君らももう少し事情を教えてやれ。だらだらしてるだけだと巻き返しもできなくなるぞ。」
「教えられるものなら・・・」
僕の忠告にコウが少し苦しそうな声を出す。もしかしたら最初と同じで知識や常識などの情報は小出しにされてて教えられないように制限がかかってるのか。それならそれで仕方が無いけど、そちらの事情はよく分からない。
「取りあえず前報酬にこれを上げるよ。」
ユウの前に大きな箱を出して差し出す。
「なんだよ、これは。」
「前報酬。ちょこっとだけ更新した武器が入ってる。持って行って。」
ユウは黙って箱を収納する。うなだれる神谷さんをコウが支えてゆるゆるとこの場を離れる。本当に何しに来たのか。お互い気まずくなっただけだった。僕はC型に指示をだしてまた実験と試作に戻った。
もやもやしたまま鍛錬所でリフレッシュして食事などをすませてから試作に移る。払拭して忘れようと黙々と作業を続けた。制作物はうまくできたが気分は晴れなかった。たまに誰かが指示を聞きに来てたりしていたが何を指示したかは記憶には残っていなかった。
翌日試作の詰め作業をした後、外に出て準備状況の確認を行う。特に問題無く終わっていることを確認し櫓に上がって鈴を見に行く。
「どう?調子は。」
いつも通り転がっている鈴を見て僕は問いかける。
「んー、とくにぃ。」
だるそうだが特に感情を込めないいつもの鈴だった。
「今回の遠征はどうするか決めてくれたかい?」
以前の問いをもう一度確認してみる。
「私が何か役に立つと思ってますので?」
鈴はだるそうに身を起こして質問してくる。
「実は前回役に立ちそうな場面があってね・・・と鶸みたいなひどいことをするつもりは無いけど、たまにはどうかなと思ってね。」
僕はそう答える。前と違って前向きなのだが鈴はこうだったろうかとふと思う。
「無理に連れて行くことはしないのですかね?」
鈴は挑戦的な瞳でこちらを見る。
「鈴が僕の言うことを完全に聞くわけじゃ無いだろう?どちらにせよ自由意志に任せてるよ。他の子は言わなければ着いてくるから聞かないけど。」
僕は困ったような実際困った話なのだけど再確認をする。
「わかりました。歩く肉塊の私でよろしければついて行きましょう。ちなみに何もしませんよ?」
不安になる棒読みだがいつもの鈴の感じだった。
「じゃあ、よろしく頼むよ。何もして無くても何か出来るでしょ?おいで。」
そう言うと普段の動作から思えないほどの速度で抱きついてくる。それでいて萌黄ほどの衝撃は受けずむしろ元々そこにいたかと思うレベルである。
「どうした急に。」
他の子と同様に急に甘えたくなる感じかと思いとりあえず頭を撫でておく。取り繕ったような感じではあるものの普段感情のない鈴のわずかながらの感情のように思えた。鈴からの力が少しだけ強くなって、僕はしょうがないとため息をついて少しだけ放置した。直に満足したのか何事も無かったように体を離して櫓から飛び降りた。一瞬どきっとしたが何事も無く下に降りていたのを見てほっとした。さすがに僕は飛び降りる勇気はないのではしごで下りる。
「それではしばらく留守にするけど頼むよ。わずかだけど防衛戦力は生まれてくるから森の生物くらいなら大丈夫だと思うけど・・・」
僕はブラヴァに注意とお願いをしておく。
「大丈夫ですよ。遊一郎様が来られる前に比べれば随分防備も増えましたしの。食も医も心配するようなことはなんもありはしません。貴方様こそお気をつけて。わし等の方こそ心配する側ですわ。」
陽気に笑うブラヴァにつられて僕も笑う。
「それじゃあ、いってくる。」
僕はファイを動かし、それに併せて総勢六千の蟹がシャカシャカと歩き始める。蟹一体に三体のミーバ。兵は一万五千、資材輸送Y型二百。街道沿いに広がる異様な光景に村人達は喉を鳴らす。まずは町を目指して。僕らは最速で軍を進める。予定では明け方前には町に着く予定である。僕が馬車で寝ると若干行軍速度が落ちるが問題のないことである。
馬車の中で目覚めると軍は停止しており予定地点に少し早く到着したようだ。まだ外が暗い中もぞもぞと起きて馬車から出る。
「本格的に始まったら装備もつけずにのそのそ外に出るのはやめてくださいましね。」
鶸が暗い中忠告してくる。確かに気が抜けていたなと防具を体に合わせるように呼び出す。
「ごめんな。状況は?」
「予定通りの場所に到着済みです。周囲に問題はありません。町の状況は以前と変わらずですが、壊した門は補修されているようです。」
菫が素早く報告してくる。
「じゃあ、予定通りの布陣で町を包囲開始だ。」
皆が頷いて作業に入る。初めてではあるけど鈴にも作業を割り振っている。日が昇り辺りが明るくなってくるころには町の包囲は完了した。町からの応答がいつあるかはわからないけど昼くらいまで待とうかなと思い椅子を取り出して座る。その間試作品を宙に浮かせちょこまか動かして動作確認をする。冗談みたいな感じでつくった龍眼石製の観測装置である。以前は魔力感知に引っかからないようにとドローンにしたが今回はこの世界らしい魔法だけで構成されたものだ。遠隔操作を解して範囲内の移動、範囲外に出てもゴーレムとして一kmくらいなら映像を取得できる。ゴーレム自体の視界は二百mほどでそれほど広くない。レンズと違って範囲内の映像ははっきり分かるが、逆に範囲を超えると一切見えない。映像以外の探知方法も搭載しないと広域の捜索については効率が悪い。このまま町を見に行ってもいいけど、信じてみようかなと思って自分周辺の試験運行だけを行っている。日が完全に出た頃にすべての門が開放される。各警戒域にいた菫達からも連絡が入るし、側にいるミーバ達も立て看板で報告してくる。こちらから見える南門から使者らしい礼装の男が歩いてくる。結構近くまで近寄ってきたところでグラハム家の老執事カーペンツだと分かる。襲われてもどうにかなるような相手でもないのでY型重装兵とC型斥候兵をつれて近寄る。
「おはようございます。どうですか?」
僕は少し緊張している老執事に話しかける。
「報告ではよく分からない兵でしたが、なるほどこのような魔物なのですね。」
感心、恐れ、興味様々な感情をにじませるように老執事は答えた。
「現在町はグラハム様の指揮下にあります。詳細な話はグラハム様からあると思います。サルードルの町はこの時をもって紺野様の管理下に入ります。」
老執事の言葉がさっと認識できなかったがこの町の名前を覚えていないからだとふと思った。
「降伏を受け入れます。話は中で?」
「貴方様が問題無ければそちらでと思っておりますが。」
僕の質問に老執事が答える。このまま行っても全く問題ないのだけど、後報告にすると非常に面倒なことになるので菫と鶸を呼び出す。菫は十秒後には到着、鶸は蟹に乗って一分位後にやってきた。
「基本想定通りになったのでこれから話し合いになる。包囲は解いて南側に再集結の指示をだしておいて。菫と鶸は一緒に。」
二人は頷いて指示を出した後僕に追従する。
「行きましょうか。」
僕らは老執事に案内されるままサルードルに入った。
ちょっと話し合ってから本格的に進軍します。
萌「ねー、鈴はどうして寝てても蟹から落ちないの?」
鈴「落ちる方向と逆に転がってるからですよ。」
萌「そうかー、それなら落ちないよね。」
菫「無理ですよね。」
鶸「無理ですわね。」
桔「鈴に対する物理法則ってどうなってるのかしら。」




