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僕、話し合う。

新章にはいって些細な報復戦に入ります。

 町を歩いても特に驚かれること無く僕らを気にする者は誰もいない。越後屋の件でそこそこ名が売れているとは思っていたので拍子抜けでもある。それでも面倒が無いだけ随分ましなのだけど。グラハム邸を目指す過程で死角から近づいてくる人影がある。腰を曲げているのが演技と思うくらいにしっかり歩いてくる漬物屋のおばあちゃんだ。

 

「坊ちゃん大変なことになっとるようだけど大丈夫なのかい?」

 

 とても心配しているようには思えない魔女顔で声をかけられる。

 

「あ、先日はどうも。」

 

 寸前まで気がつかなかったのでちょっとどきどきしている。誰も何も言わなかったところを見ると露骨な敵対はしていないのだろうけど、このおばあちゃんならいきなり襲いかかって来かねないのもちょっとどきどきする。

 

「今からそれの確認を顔見知りにしにいくところですね。」

 

 僕は平静でいますよの体で応対する。

 

「グラハムのとこの小倅か・・・坊ちゃんのコネの中ならまぁ無難かのう。」

 

 おばあちゃんはぶつぶつつぶやき始める。

 

「どうするつもりさね。」

 

 おばあちゃんはまた楽しそうな顔をしながら尋ねてくる。

 

「事情次第ですかね。事情が納得いくかは置いておいて、邪魔するなら倒していくだけです。」

 

 僕はあえて貴族を害することもいとわない答えを返す。

 

「坊ちゃんならこの町程度なら相手にならんかもしれんね。ふむ・・・アードランド坊やは坊ちゃんの擁護派じゃ。あまり無茶はしてやるな。坊ちゃん等の動きは私も多少は知っておったがそれ以上に王都組は詳しく知っておるようじゃ。ちょっとだけ不自然な匂いがするのう。」

 

 おばあちゃんは急に顔を引き締めて真面目な顔になり僕に情報を与える。そもそもおばあちゃん何者よ。鶸が少し警戒レベルを上げているのが立ち方でわかる。

 

「アードランド坊やをどうするかは坊ちゃんには任せるが・・・話ぐらいは聞いてやり。」

 

 おばあちゃんは諭すように声質を変えて話しかけてくる。

 

「あと国に楯突くなら・・・一口噛ませな。ちょっと言うてやりたいこともあるでな。」

 

 おばあちゃんはまた魔女顔になりながら楽しそうに笑う。

 

「カクカダの件はありがとな。中々楽しませてもろうたよ。」

 

 おばあちゃんはきびすを返して滑るような足取りで手を振りながら去って行った。

 

「なんなのかね、あのおばあちゃん。」

 

「元々有力者なのでしょうけど・・・未だに諜報活動をしているのが不気味ですわね。」

 

 僕の発言に鶸はなにやら苦々しい顔でおばあちゃんの背を見送る。

 

「気になるなら調べておきますが。」

 

 菫がひょいと首をだす。

 

「いや、流血沙汰になりそうだからやめとこう。どうせ近いうちにまた話をすることになりそうだし。」

 

 あとで分かりそうな答えを、今危険を冒してまで知る必要がある内容とも思えない。僕らはグラハム邸を目指して歩みを再開した。グラハム邸につくとすでに門の前で老執事が立っている。門から連絡が行ったのだろう。

 

「お待ちしておりました。しかしグラハム様を害するおつもりなら私もここを通すわけにはいきませぬ。」

 

 老執事の決意の眼光を受ける。

 

「一応話を聞きに来ただけです。いきなり殺すつもりはありません。少なくとも私かグラハム氏がこの屋敷から出るまでは何もしないと誓いましょう。」

 

 僕はため息をついて答えるが、こんなことを言われて何を信用しようかと。ただ老執事はその言葉を信じるように警戒を少し解きご案内しますと門を開いた。緊張漂う静かな館を歩き応接間に通される。グラハム氏がソファを立ち上がって迎えてくる。

 

「手を回すと言っておきながらこのていたらくだ。すまない。」

 

 グラハムは顔を合わせるなり謝罪して頭を下げてくる。

 

「謝罪を受ける。それよりもそちらの事情を知りたい。」

 

 僕はどうでもいいと思っている謝罪の話を流し、今回の事情を確認しにいく。

 

「初めに結果だけを言っておくと領主の更に上、王国宰相指令で君の捕縛命令が出ている。一応王国の文官のトップからの命令で領主としては逆らう事が出来ない。私が捕縛命令に署名したのは領主命令ということになる。」

 

 全く関わった覚えのないキャラからいちゃもんがついたことが分かった。

 

「何かの間違いだと弁解をしたのだが領主も王国命には逆らう気もなく、私が頑固に抵抗して反逆罪を適用されてしまうと君の支援も出来なくなってしまうし、最終的に領主権限で封鎖捕縛すればいいだけだしな。一旦このまま君を迎えた方がよかろうと判断した。事態が収束したら君を消そうと思っていたわけでは無いことは信じて欲しい。」

 

 グラハムは命令の流れを説明しながら最終見解を出した。

 

「それにしても行ったことも無い王都から指令が出てるってどういうこと?」

 

 僕はソファに座りながら尋ねる。収納から飲み物を出して一口つける。

 

「こちらも情報を完全に秘匿していた訳では無いのでどこからしか漏れたという可能性は否定できない。ただ私が把握していない情報を持ちすぎているのが気になるところではあった。そのおかげでこちらも罪状を否定しきれなかったのも確かだ。」

 

 グラハムもソファに投げ出すかのように座り鈴を鳴らす。すぐに老執事が飲み物と菓子を持ってきて下がる。僕らの前にも飲み物が置かれるがさすがに飲む気は無い。

 

「通った村はほとんど全滅に近い状態だった。ただ助ける過程で一部の命が助からなかったのも事実です。カースブルツ領に入ってからすぐの町ではそこそこ人目もありましたが概ね良好な関係だったはずです。ただ上げられた証拠の話が切り取られたとはいえ事実であることは間違いないですね。」

 

 僕は途中過程でどうなったかだのを結果報告として話した。

 

「正直領内の駆除を早く進めて欲しくて、こんなことしてる場合じゃないんですけどね。」


 僕は報告してからやってられないという風に言う。

 

「そちらはカースブルツと相談して平行して進めよう。君の捕縛と領内の危機は別件だからな。」

 

「正直宰相が寄生されているんじゃないかと思うくらいだよ。」

 

 僕が一息ついてぼやくとグラハムが否定したい想いで乾いた笑いを浮かべる。その後鶸を交えて寄生虫の駆除方法に関して資料を渡して説明する。

 

「これから君はどうするんだ?大っぴらに庇うわけにはいかないが匿うことぐらいはできる。」

 

 話が一息ついたところでグラハムが話を切り出してくる。

 

「匿う?まさか、そんな時間の無駄はできないですよ。」

 

 僕は何をご冗談をというノリで返す。グラハムは困り顔だ。

 

「ではどうする。越後屋は機能できず、従業員も解放するわけにはいかん。君も町を堂々と歩くことはできないぞ。」

 

 グラハムの問いに僕は盛大なため息を漏らす。菫も鶸も陰のある顔でくすくすと笑っている。

 

「堂々と歩けるようにしますよ。力ずくでもね。」

 

 僕はそう答えて立ち上がる。

 

「王国に剣を向けるつもりか。」

 

 グラハムが驚いてテーブルを叩く。

 

「何か問題でも?逆に僕からのお誘いです。グラハムさんの立場も分かりませんがここを別邸というくらいには左遷されて来ているんでしょう?王家に忠義立てする理由が復権程度のことなら僕の味方になりませんか?」

 

 そのうち国とぶつかることは必至。前の都市戦の国家ならともかく小規模のこの国程度なら懸念材料は英雄一人のみ。欲をいえばもう少し戦力アップを図りたいが最悪カノン砲で滅ぼせると思っている。英雄は対兵能力はともかく国防能力は武力にしかよらない。

 

「貴様どういうことか分かって言っているのかっ。」

 

 グラハムが激高して短剣を抜き突きつける。前に菫が逃さず短剣の刃を切り落とす。お見事。

 

「分かってないのは貴方なんです。僕らは前の失敗もあってなるべく穏便に話を進めようと思っていました。ただ理不尽ではない・・・王国にも正当なり理由があったとしても捕縛されて時間を潰すほど暇でも無いんですよね。」

 

 グラハムは切り落とされた短剣を構えたまま震えて聞いている。

 

「ここに常駐する騎士程度ならここにいる全員にかすり傷も負わせられません。一人でも数日で町を無人にすることすら不可能では無いと思っています。手持ちの兵も騎士相手なら三人相手でも苦労はしないでしょう。」

 

 僕の言葉を聞きながらグラハムは震え、口は何をしゃべろうか迷うようにパクパクしている。

 

「そ、それでも私はこの国の貴族だ。貴族として民を国を守る義務があるっ。勝てないと分かっている敵国が来たとしても臆して逃げるわけにはいかんっ。」

 

 グラハムは絞り出すように叫ぶ。

 

「一万五千。」

 

 鶸がぼそりとつぶやく。僕とグラハムが鶸を見る。

 

「現在私達が保有する兵数ですわ。」

 

「えらい増えたな。」

 

「商業に大半を回しているとはいえあれからどれだけ立ったと思いますの?ここ一月は商会も動いていないようでしたし当然でしょう。」

 

「民兵を国の兵力にカウントしても無駄ですわよ。民兵相手ならこちらの兵は英雄に等しい働きができますわ。」

 

 鶸の言葉にとどめを刺されるようにグラハムは力なく座り込んだ。

 

「それで私を脅してどうするつもりだね。確かに没落貴族と言わないにしても中央に嫌われて飛ばされているのも確かだ。だが王家には逆らえん。あちらには守るべき家・・・家系がある。返り咲きたいと思っていたのも事実だ。それでも君の話に乗っても英雄を倒せる気はしない。あれは人の言葉を理解する化け物と言うべき存在だ。どうして鎖につながれているかも理解できん。」

 

 グラハムはすべてを諦めたようにぶつぶつ語り始める。

 

「化け物みたいに見えても生きなきゃいけませんからね。訓練だけじゃ腹が減るんですよ。」

 

 僕は化け物の正体を明かす。武力だけで国が建つような時代ではないと思う。武力を制御する鎖は武力から知恵に変わらなければ国は大きくならないのだ。

 

「確かに。」

 

 グラハムは少し落ち着いたようにひっそりとつぶやく。

 

「君は私に何を望む。お嬢ちゃんの言うことを鵜呑みにするなら私達の兵力など必要ないだろう。」

 

 グラハムは何かに気づきながらも確認の為に尋ねてくる。

 

「初めは何もしないこと、何もしない仲間を募って僕らへの妨害を減らすこと。不可能ではないけど国として体をなさないほど血みどろにするわけにもいかないしね。」

 

 僕は要求を伝える。グラハムも頷く。

 

「最後に僕らに協力的な国になってくれること。その顔になって欲しい。」

 

 僕は告げる。

 

「反乱に乗って傀儡の王になれと言うか。」

 

 グラハムは驚いて、それでも予想していたかのように喜色の笑みを浮かべて笑う。

 

「傀儡である必要はないかな。僕も自分のことをやりながら国を経営できるとも思っていないので。かといって部下も使いたくない。鶸は堅実な王様になれそうだけどね。ただ僕らのやることにたまに協力してくれるだけでいいよ。」

 

 僕はそう言って鶸を見る。鶸はまっぴらごめんですわとそっぽを向いて否定する。

 

「わかった。決めるにも十日・・・いや五日欲しい。どちらを選ぶにしても説得する時間が欲しい。」

 

 グラハムが覚悟を決めた顔で僕を見る。

 

「分かりました五日後町に全軍で来ます。その時に返事をください。それまで従業員のお世話をお願いしますね。仲間になる気が無いなら逃げておいてくださいね。お世話になった人は出来るだけなら殺したくは無いです。」

 

「最後まで君は甘いな。」

 

「そう思うなら手伝ってくださいよ。」

 

 僕は片手を上げて部屋を出る。扉の裏には老執事が控えており一礼してくる。僕は軽く会釈だけして館を出る。

 

「どういう計画でいくつもりですの?」

 

「今のところノープラン。五日後までに何も無ければ王都まで一直線かな。」

 

「適当すぎませんこと?」

 

「絵図を描いてくれそうな人がいるじゃないか。」

 

「ああ、なるほど。」

 

 歩きながら鶸と話をして漬物屋に来る。漬物屋の前ではひなたぼっこをするようにおばあちゃんが座っている。

 

「こんにちは。」

 

「坊ちゃんかい。」

 

「五日後また来ます。一枚噛みませんか?」

 

「もう決めたのかい。ちと気が早いんじゃないのかい?」

 

「動かしていないだけですでにそろってるので。ちょっとは遠慮してたんですよ。」

 

「そら恐ろしいことで。霧の英雄の対策はすんでるのかね?」

 

「そちらは見てみないと分からないですけど、勝てなくても落とせる準備はあります。」

 

「吹いたね。いいじゃろう。噛ませてもらうとしよう。」

 

 僕とおばあちゃんは笑みを浮かべて別れる。

 

「あの老婆もそうですが、貴方は本当にこういう時は黒いですわね。」

 

 鶸は呆れたようにまたそれが面白いというように笑う。つられるように皆で笑う。町に散っていた斥候兵が集まって着いてくる。門にたどり着く頃には奇天烈な生物を五十を連れた団体が門にたどり着く。

 

「き、貴様等には捕縛命令がで、出ている。おとなしく従え・・・。」

 

 同じ門から出るべきだったか、最短でと思って南門に来てしまって怯えるように命令に従う門番と騎士。

 

「5人か・・・押して・・・参る。」

 

 僕の合図と共に走り出す菫、萌黄、鶸。距離を詰め、迷う武器を躱し、腕を取り投げ、極める。瞬時に四人を無力化し残った門番が槍を持ちながら叫ぶ。

 

「なんかデジャブ。」

 

「前は朱鷺とでしたね。」

 

「ああ、そうか。また町から逃げ出してるのか、僕は。」

 

 僕が取り押さえている騎士を後ろから来た桔梗が魔法で束縛する。

 

「でも、前とは違うでしょう。」

 

 桔梗は取り押さえれている者達を次々と縛り上げ言葉を紡ぐ。

 

「強くはなったけど、立場は変わらない気がするね。」

 

「ご主人様はもう逃げ惑う弱者ではありません。我らを従えて攻めることもできます。」

 

 鶸が怯える門番を怪我が少ないように投げ飛ばし取り押さえる。それを桔梗が拘束する。

 

「そうだね。そうできると思いたい。」

 

 僕はそう言って神涙滴の剣を取り出す。少し目をつむって数ヶ月前の事を思い出す。手段と悲しみを反芻し、そして剣を振り上げて閂を一閃し、扉を全力で蹴り飛ばす。扉の金属部が曲り蝶番を吹き飛ばし木材の破片を飛び散らして扉が飛んでいく。

 

「確かに強くなった。」

 

 以前の一場面を思い出しながら僕は清々しい思いで開けた門を通る。

 

「普通に開ければ良いのに。」

 

 萌黄が不思議がって反対側の扉を意味も無く押し開ける。

 

「これは確認事項ですわ。」

 

 鶸が少し悔しそうな顔で僕を見ている。萌黄がどうでもよさそうに納得した声で応答し僕の隣まで走ってくる。

 

「今度は取り返すっ。」

 

 僕は決意を胸にファイを呼び出しグラハ村に走り出した。皆と特にしゃべることも無く黙々と走り夜更けてから村にたどり着く。

 

「おや、こんな時間にお戻りですか。」

 

 見張りに立っていた男が挨拶してくる。

 

「事情が少し変わってね。」

 

 そして男は僕の返答にそうですかと気にする風でもなく流して見張りに戻る。僕らはそのまま村に入る。村を通り過ぎ生産区に入り、何も言うこと無く僕は鍛錬所に資源を投げ込んでリフレッシュする。言わなくても皆何をするか分かっている。僕的には一瞬だが外では6時間ほどたって夜明けを迎えている。

 

「ミーバと乗騎は集めておきましたが再編はなさいますか?」

 

 菫が扉の前で控えていて報告してくる。

 

「今のままで。多分銃が無効化されたところで残りの兵でも問題無く進められると思う。」

 

 菫はそれを聞いて頭を下げる。

 

「桔梗と鶸にミーバ兵セットの装備品の予備を二百か四百くらい準備するように伝えておいて。配分は鶸に任せる。鶸にはもう一つカノン砲を三セットほど準備と輸送要員の確保を任せる。」

 

「出発が三日ほど遅れると思いますが。」

 

 僕の指示に菫がもっともな質問をする。

 

「四日後までに着けば大丈夫だから問題ないよ。全軍で向こうに行くのに一日もかからないし。」

 

 菫が僕の結論を聞いて頭を下げる。

 

「菫と萌黄はこの後一緒に神谷さんのところまで行くよ。」

 

 菫はこの発言に微妙な反応を示すがかしこまりましたと静かに返してきた。そこまで嫌かね。指示を出した後櫓の上に行って鈴に会いに行く。いつも通りだらだらしている姿に無駄な安心感を覚える。

 

「おー、主様はごきげんうるわしゅー。」

 

 人形のようにごろっと転がりながら僕に向き直る。少しだけ違和感を感じたが様子自体に問題はなさそうなので一旦置いておく。

 

「鈴は相変わらずだな。そのうち苔が生えてくるぞ。」

 

「大丈夫。胞子は全部避けてるから。」

 

 常識外れの答えだがある意味やれそうなのが鈴の性能だ。

 

「この国にちょっとお仕置きすることになった。鈴にはここの防衛を任せてもいいんだけど、今回はくるかい?」

 

 僕は何気なく誘ったつもりだが、珍しく鈴が身を固くしたように見える。驚きか怯えか、何か後ろ暗いことを指摘されたかのようでもある。

 

「どうした、何かあった?」

 

 僕は疑問に思って尋ねるが鈴は身を丸くして閉じこもるようにさらに固まる。

 

「僕は一旦ここを離れるけど、三日後までには戻ってここを出発する。それまでに決めておいて。」

 

 ミーバに自由意志を求めるの必要もないのだけど、鈴はちょっと存在事情が特殊だ。命令しても聞いてもらえるかは分からない。鈴が何を拒否したかは分からないけどこうなっては話も聞けないと予定だけ伝えて去ることにする。櫓を降りるとき風の音か鈴の声か、化細い音が聞こえたが僕はそのまま櫓を降りた。本当に何か問題なら直接伝えてくると信じて。拠点に戻って菫、萌黄と合流しいつもの斥候兵を連れて森を突き抜けて懐かしの領域へ進む。昼過ぎたところで神谷さんの拠点にたどり着く。助言が通じたのか作業効率は向上しているようだけど、鱗状の防壁都市のままであることは変わりない。メッセージで着いたことを伝えると程なくして門が開く。M型が案内してくれるようで歓迎の看板を掲げている。中心拠点にたどり着く頃に声をかけられる。

 

「何しに来たんだ。」

 

 噛みつきかねない勢いでユウが道を塞ぐ。与えた武器は活用しているようで所々に使い込まれたような跡が見られる。

 

「ちょっとした指示・・・提案と予定の報告かな。」

 

「指示ってなんだよっ。主人じゃあるまいに。」

 

 僕がしゃべり終わると同時に、ユウが口早に怒気を強めて抗議してくる。

 

「悪いと思ったから訂正したんだけどね。・・・これ以上は失言になりそうだ。神谷さんはどこかな?」

 

「教えるとおもってんのかよ、このくそぶぇぇ。」

 

 僕の質問にいらだつかのように襲いかかってくるユウを菫が華麗に蹴り飛ばす。

 

「あら、折れませんね。何にせよご主人様に襲いかかるのは許しませんよ。」

 

 菫がさらっと前回の復習をしようとしていた。進化体はどうかしらないけど、ミーバなら骨がないんじゃないかな?騒ぎを聞きつけて神谷さんとコウが拠点から出てくる。

 

「す、すみません。ユウが迷惑をかけたようで。」

 

「猛犬注意くらいの看板が欲しかったかな。」

 

 神谷さんが再開早々に頭を下げてくる。僕は必死そうな神谷さんをなだめるつもりで冗談を挟んでおく。神谷さんの苦笑いがなんとも言えない。普段は良い子なんですけどねとつぶやくも、それは噛みつく相手がいないからだろうと。

 

「長くなるかは選択次第だけど、ちょっと話いいかな。」

 

 ユウの噛みつき具合は今更の話なので脇に置いておいて話を切り出す。


「そいつはご主人様を利用するつもりで来たんだ。追い返してよ。」

 

 盛大に吹き飛ばされたユウが飛び上がるなり叫びながら走り込んでくる。元気なやつだ。

 

「私達が助けられたことを忘れてはいけませんよ。利用云々は置いておいて話くらい聞いても良いでしょう。」

 

 時間もたったので神谷さんも能力の底上げはされたろう。それなりの自信もついてきたと見える。ユウを押さえながら神谷さんに拠点の方へ案内される。ちらっとコウを見るが鋭い目で軽く会釈されただけだった。いつぞやの願い出てきた姿はどこへいったやら、こちらにも警戒されている様子。不快な提案もあるかもしれないけど、突然襲いかかったりはしませんよ。女性らしいといえば差別になるかもしれないが、僕と違うレイアウトと様式が違う拠点は新鮮だ。

 

「こんな風に内装も変えられるんだね。」

 

「ご主人様は実利優先でしたので。資源もつかいますが可能な機能ではあります。」

 

「そうなんですよ。一時期少しはまっちゃって頻繁に変えてました。」

 

 どうやら菫は機能自体は知っていたが必要されないと思ってあえて言っていなかったようだ。確かに聞いたところで使ったとは思えない。そもそもご飯時にしか使ってないしね。対して神谷さんは随分凝り性な感じがあるようだ。しっかり来るかもわからない人のために応接間を作ってる辺りがそういう感じがする。そんな欧州の年代物の家具を思わせるような部屋で話をすることになった。

 

「さて、どこから話そうかな。」

 

 僕の一声にちょっと神谷さんが反応する。座っているのは僕と神谷さんだけで、各配下はそれぞれの後ろに控えている。

 

「大きなお話なのですか?」

 

「規模の大きい話にはなるんだけど、どの順番で話したら一番怒られないかなと。特にユウに。」

 

 神谷さんの疑問に僕がちょっと警戒させるように話すと途端にユウが苛立ち始める。こうやって重そうな話をするんだぞと予想させておいて突然おかしな話を始めても突発的に暴れ出さないようにする対策のつもりだ。

 

「取りあえず僕ら全体の話から。手段は伏せるけど僕らを呼んだ神様からとあるお願いというか事実上の命令を受けているです。一応神谷さんも同じ神に呼び出された友軍ということなのでその後の事も加味して協力して欲しい案件です。」

 

 僕は神様の依頼の件を話し始める。取りあえずユウの気配は少し収まり、神谷さんもふんふんと興味深そうに聞いている。

 

「八百長・・・ほどの話ではないんですが、システムを悪用?というより普通しないよね的なことをしてとある勢力の評価をあげるということをします。」

 

「誰かに無意味にミーバを送りつけたりするんですか?」

 

 神谷さんの疑問を挟みながら話を進める。

 

「そういう手もあるでしょうけど、相手がまだどこにいるか分からないしそもそも大分遠いらしいんですよね。ですので先日やったことをもう一度行うつもりなんですが、これについては神谷さんは知らない話ですね。簡単に言うと今僕が建造している施設のほとんどを一方的に譲渡してしまおうという話なんです。」

 

 場所も分からず遠い相手の順位を一方的に上げる方法。譲渡というシステムを使って指定した相手に一方的に資産を与えて点数を水増ししようということである。

 

「施設とミーバに思い入れのある神谷さんには申し訳ないんですが、ミーバの大半と施設、資産の譲渡に協力してほしいんです。」

 

「わざわざ敵に利することをなんでしなきゃなんねえんだ。それにご主人様を巻き込むたぁどういうことだよ。」

 

 言葉を切ったところで案の定ユウがキレる。まだ話には続きがあるので唸るユウは神谷さんに任せて続ける。

 

「利敵行為に関してはそもそも神様の依頼で天上での話で承認済みの内容なので僕らは出来るか出来ないかだけ。そもそもまだ五十分の一も終わってない時点で僕は順位にこだわるつもりはさらさない。本当・・・は、僕だけで片がつく話なんだけどこの話を神谷さんにもお願いするのは敵に神谷さんの情報が漏れることを防ぐためだ。」

 

 僕が話している途中でユウがまた叫び出しそうだったので途中で語尾を強めてユウを押さえる。

 

「私の情報?」

 

 神谷さんの疑問に僕は頷く。

 

「神谷さんはゲームをあまりしてないのでわからないとは思うけど、この手開発、対戦のゲームは内政だけしても絶対勝てないんだ。」

 

 神谷さんにかいつまんで話そうとしてどういえば気がつくか少し考えて話を止める。

 

「神谷さんは僕以外の対戦相手の場所を知ってる?」

 

 僕の質問に神谷さんは首を振る。

 

「この盤面の勝利条件は五十年立つか他の対戦相手が全員いなくなったときにグループでトップになっていること。手早く終わらせようと思ったらどうすれば良いと思う?」

 

「トップになった後味方以外を全員倒すことですよね。」

 

 僕の続いた質問に神谷さんが答える。

 

「この盤面は広大で開発地には困らないのだけど、僕が施設を譲渡してしまうといずれ神谷さんの開発範囲が施設の索敵範囲に入ってしまうかもしれない。そうすると神谷さんは一方的に狩られてしまうことになる。」

 

 僕の言葉をかみしめるように聞いていた神谷さんがはっとなる。

 

「僕にやられたことと同じだよ。どこから来るか分からない敵を相手に無限の防衛を迫られる。僕は生かして仲間になることが目的だったから助かったけど、譲渡相手は不可思議に思っても明確な敵なんだ。無事でいられるとは限らないよ。最ももう二回は死ねるんだろから目くじら立てるほどではないかもしれないけど・・・死んだら資産は残らないからね。」

 

 厳密には大分遠い相手だから見つかったところで逃げる手段もあるし、そもそも施設を遠巻きに破壊するなど逃げ道はある。あえて言わないことで追い込んでいるだけだ。ただそうしたところで周辺に敵がいると当たりをつけられるのも間違いない。僕はちらりとユウとコウを見て神谷さんを見る。実のところ自分が死んでもミーバだけは資産として残る。復活位置次第では復帰が大変なだけで。鈴はその生き残りなので実証済みでもある。神谷さんは追い詰められているように悩んでいる。ちょっと押してやらないと結論が出ないだろう。

 

「だから譲渡して別の場所で開発をやり直そうっていう話。正直効率よく出来てるとも思えないし、一からやり直すのもありでしょう。何より今ならいるものは選んで持ち出すことが出来るしね。」

 

 僕が反応を待っている間相変わらずユウは噛みつきそうな顔だ。コウは少し考えているが様子からすると反対というわけではなさそうだ。

 

「分かりました。その件については協力します。どのくらいのことなんでしょう。」

 

 神谷さんが重そうに口を開いて協力を申し出てくれた。

 

「ありがとう。時期的にはあと八から十ヶ月後かな。それまでは今まで通り開発してもらえればいいよ。次回のプランでも考えながらね。逆に分からないことがあったら先に試しておくといいよ。」

 

 神谷さんはちょっと気合いを入れるように小さく構えを取る。そこまで気張る話でもないんだけどな。この後が不安になる。

 

「神様の件はここでおしまい。次の話なんだけどこちらは受けても受けなくてもいい。受けない場合はお願いだけ最後にするけど。」

 

 僕は雰囲気を払うように調子を変えてしゃべり次の話を始める。

 

「僕はこれからこの国を相手に戦争することになりました。戦力的には十分なんだけど指揮できる手数が少なくて取れる手が少なそうなんだ。よかったら協力して欲しい。点数稼ぎも出来ると思うしね。」

 

 重くならないように軽く話す。ユウは乗り気気味で悪くないと思っている模様。コウは慎重な感じ。

 

「個人的な戦争のお話ならお断りいたします。人を傷つけたいとは思っていませんので。」

 

 だが神谷さんは即断だった。大体予想通り。神谷さんの性格なら積極的に関わろうとはしないと思っていた。

 

「うん、わかった。ここまで戦火が伸びることはほぼないとおもうけどそういうことがあるということは知っておいて欲しい。」

 

 僕はそう言ってこの話は切ることにした。ユウは少し残念そうだが神谷さんの決定は彼にとっては絶対である。

 

「ちなみに戦争を仕掛ける理由について聞いても良いですか?」

 

 神谷さんが恐る恐るといった感じで聞いてくる。興味があるとは思わなかったので僕はちょっとびっくりした。

 

「根底の理由は邪魔をされたからなんだけど。一応、治療行為のつもりでね。」

 

 と切り出して貴族の依頼で寄生魔物を駆除していた話をした。神谷さん的には善行とみられる話だとは思うけど戦争を仕掛ける理由については完全に時短である。そもそも貴族が絡んだ裁判でまともに相手されるとも思えない。

 

「そうでしたか。貴族の方々の裏事情があるのですね。どうもありがとうございます。」

 

 神谷さんの意思はちょっとだけ僕に加担したけど戦争に踏み込むまでではないようだ。なにせこの国自体そこまで悪政を敷いているわけでも無く、これから行う行為は確実に混乱だけをまき散らすことだからだ。

 

「これはお願いなのだけどここから少し離れた所に庇護した村があるのだけど。」

 

 僕はそう言って幻影でマップ展開をし位置を示す。

 

「戦争がもたついた場合、この村が一方的に害される恐れがある。それを守って欲しい。」

 

 僕は全軍ででる。そして鈴も連れて行く見込みでいる。村の防衛力は著しく下がる。その補填を神谷さんにして欲しかった。戦争に協力してもらうにしても後方支援で村の常駐してもらうつもりでいた。

 

「わかりました気に止めておきます。」

 

 神谷さんは悩んだ後消極的に応じてくれた。

 

「一度面通しだけしておきたいのだけど今日か明日時間があるかな。」

 

「・・・明日その場にお伺いします。」

 

 僕の提案を神谷さんは静かに受けてくれた。

 

「もう少し話をしたかったけどこの件が断られたのでここでおしまいかな。じゃあ、また明日。」

 

 そろそろユウが暴れ出しそうなので逃げるように僕らは退散した。神谷さんは律儀に見送りだけはしてくれた。

 

「強制的に徴発してもよろしかったでしょうに。」

 

 拠点を離れてしばらくして菫がぷんすかという感じに軽い怒りを交えて話してくる。

 

「嫌々協力させて後ろから撃たれるとか勘弁して欲しいよ。彼女は魔法だけみれば僕らにとって驚異なんだから。今回の来訪は気がつかれたときの保険だよ。あること無いこと言われて僕を討ちに来ても困るでしょ。」

 

 僕の返答に納得したように菫はそれ以上追求してこない。萌黄はそもそも気にしてなさそうだ。

 

「あとは開発と訓練かな。あ、そうだ。鈴の様子が変だったから少し気にかけておいてやってくれるかな。菫は怪しんでるとおもうけど。」

 

 僕はそう菫と萌黄にお願いする。

 

「鈴ですか・・・隠す様子も無いですがアレは確実にナニかに操作されているでしょうっ。」

 

 菫は苛立つように声を荒げる。

 

「分かってる。それでも鈴が悪いんじゃ無い。手を入れてる上のヤツが悪いんだ・・・頼むよ。」

 

「申し訳ありません。」

 

 僕の言葉に菫は声を小さくして謝罪する。

 

「みんな仲間だもんね。仲良くしないと。」

 

 萌黄の明るさに救われるように菫もそうですねと小さく答えていた。

 

「鈴をどうするにも情報が足りない。状況が許す限りは仲間として取り扱いたい。そうさせて欲しい。」

 

 僕はそう菫に告げて生産区で作業に入る。

 

「ご主人様が死ぬのはいつもその甘さゆえです。我らなど切り捨ててくればよろしいのに・・・。」

 

 離れてつぶやく菫の声が小さく耳に届く。僕の替えはまだ一つあるんだ。君らを切り捨てるにはまだまだ早いさ。そう心の中で呟いて地獄土(ヘルソイル)を操り始める。こんな国の些事など早々に片づけて安全に次の僕に引き継げる環境を作っておきたいとぼちぼち案を考えながら作業を続けた。

そろそろ高校生であることを忘れそうな遊一郎くんですが、チェイスが関わっている以上そういうものだと思っていただければ幸いです。


桔「はあ・・・戦争ですね。」

鶸「戦争になるかも怪しいですけど。一方的な戦いは殺戮と変わりませんわ。」

桔「以前の事もありますし不安です。」

鶸「秘匿されてる英雄次第ですわね。霧紛れて不意打ちする類いの剣士としか分かりませんからね。」

桔「あんなことがまた起ころうものなら・・・はぁ。」

鶸「私はいませんでしたから記録上だけのことですけど・・・今度はそうはさせませんのよ。」

桔「思わず世界を焼いてしまいそうです。」

鶸「ご主人様にはもう一回チャンスがありますから・・・それはちょっとご遠慮願いたいですわね。」

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