僕、進む。
二日ほど桔梗が来るまでの待機時間もありあれこれ準備を進める。ほとんどが僕の食料になるのだが現地で何か作る必要がある場合に備えて素材もいくつか準備する。菫、桔梗、萌黄、鶸と行動班としてはフルパーティ。加えて斥候兵十体、医療術士十体、銃兵五体と途中の治療行為も前提に多めの布陣。
「ただいま到着いたしました。」
二日後、予定通り到着した桔梗を加えて菫に先行させていた村に向かう。最初の村では特に情報は無く菫からも特になしということで軽く医療行為を行って越後屋名義で名前を売ってから次の村に向かう。類似の行為を続けて翌日、四つ目の村にたどり着いた頃に昏倒した少年出会う。数日前までなんともなかったのにと嘆く母親を桔梗に任せて萌黄と鶸で少年と相対する。昏倒して数日ならたいした仕込みもあるまいと少年のHPを確認しつつ萌黄に針を持たせて寄生虫を駆除する。さすがにそれほど成長していなければ針程度でも駆除できることを確認し、少年に移動経路を確認する。すでに十二歳と僕に迫る年齢ではあるが隣の町まで成果物を売りに行って家に帰って寝た後は記憶が無い状態という。隣町で通った店と経路をできるだけ聞いて村を出発する。半日もし無いうちに隣町に到着し経路を確認する。門裏の菫の置き手紙も『疑いあり』と残されており感染はすでに予想発生源より馬車移動六日の距離まで到達している。すでに感染範囲が広すぎて依頼を放棄したくなるほどである。昏倒していないだけでそれより外に保有者がいる可能性すらあるのだ。感染者は二十三名内一体が成体である。
「これ何年前からの問題なんだ?もう国が滅ぶ寸前だと思うんだけど。」
僕は愚痴をこぼしながら感染者と思われる各所を回りながら駆除に協力してもらう。最後に予定している成体以外の十七体については協力が得られ速やかに駆除できた。鶸の所見では成体になったばかりで子が弱いのが幸いだという。協力が得られなかった五名については夜中に忍び込んで強制的に駆除する。そして眠い目をこすりながら明け方になる前に成体化してしまっている商人の息子と対峙する。
「お前も生きるのに必死かも知れないけど、その行為は僕にも都合が悪い。駆除させてもらうよ。」
「ナめるなガキがぁァ。」
成体化して大きく成長しているのか皮膚を貫いて艶やかなな触手を伸ばしてくる様は見ていて気持ち悪い。触手はミーバで慣れていると思ったのだけど。迫り来るスペクター四十七体を桔梗、萌黄と四、五分で滅ぼして成体に迫る。苦し紛れに伸ばしてくる触手を丁寧に打ち払う。
「謝るのは筋違いだから、弱肉強食ってことで。」
僕と萌黄はショットガンを斉射し人の皮を被ったスペクターワームを寄生元ごと吹き飛ばす。ピクリともしない触手を見て、鑑定的に死亡していることを確認してその場を速やかに離れる。事後処理がされると願いたいが、事情を知らない人から見ればただの殺人である。ワームの欠片が残っているのでそれっぽく判断されると願いたいのだが。グラハムの手腕に期待しながら僕らは早朝に町を出発した。似たような行為を二村一町で行ってカースブルツ領に入り最初の村で菫と合流する。菫はすでにこの村を調査し終えているのか浮かない顔で首を振る。
「感染者四十六名。推定成体が一。他村人二十二名すべてはスペクターの支配下にあり完全に制圧されているものと思われます。」
菫の報告を受けて僕はご苦労様と菫を労って頭を撫でる。菫が満足そうにしているので取りあえず続ける。
「駆除が先か成体が先か。」
僕は不気味な雰囲気を放つ村を見ながら順番を悩む。おとなしく手術をさせてもらえればいいがそんなことはあり得ないので成体を先にする方が僕ら的には楽だ。ただ支配された村人を盾にされると被害ゼロと言うわけにはいかない。さらって手術までして、再感染を防ぐため隔離まで必要なわけである。
「村人の押さえは萌黄に任せる。菫他全員で成体の駆除に当たる。」
僕は指示を出し、全員が頷いたところで村に飛び込む。成体保持者はどこからか感染して定着することが普通なのでこのような村の場合必然的に商人が感染しやすい。この村も成体はその定番を外すこと無く村の雑貨屋店主である。そこそこ育っているせいか固めの防具を身につけちょっとした防御魔法も扱う。本当に面倒くさい寄生虫だと思う。正直殲滅するだけなら難しくは無いのだけど、戻せる村人に関しては直してやりたい。菫と一緒に成体に詰め寄り、桔梗はスペクターを倒し、萌黄は憑依された村人の足を粉砕したりして足止めする。肉片になったかとおもった足が転がった後何も起こっていないのを見るといつ見ても目の錯覚ではないかと思ってしまう。邪魔が入らなければ本体の駆除自体はさほど難しくなく、家の壁が吹っ飛んだくらいで多少の怪我はあれど住民は成体化したもの以外は全員無事である。
「桔梗と鶸は憑依された村人の救助を。萌黄は寄生虫の駆除。僕と菫は補助と護衛で進める。」
寄生虫はかなり大きくなっておりそろそろ成体なのではないかと思わせる。萌黄が六人目に出会った大きな寄生虫に針を刺す。今までの反応と違って皮膚下の寄生虫が暴れ始め、取り付かれた村人も大きく体を揺らす。
「ごめんなさい。やりきれなかったみたい。」
萌黄は素早く針を抜いて大きく飛び退く。
「まあしょうがない。個体が大きくなれば耐久力も大きくなるだろうしね。」
僕と菫はひどく痙攣しているような村人を押さえるべく近づこうとすると、突然黒いもやを吹き出し急激に痩せ衰えていく。背中から細い触手が生み出されこちらに襲いかかってくる。
「一気に吸い取って成体化したか。」
村人が生きているか判断しづらかったが触手を切り払って村人の体を取り押さえる。背中から伸びた触手の根元は力なくうねうねと動いた後活動を停止する。僕は村人の首筋を指でつかんで脈を取る。鼓動を感じられずに首を振って立ち上がる。
「大小にかかわらず一撃死させないと村人が持たない可能性があるな・・・」
助けられなかったことは悔しいがより多くを助ける為に次に生かさなければならない。あまり気分は良くないが背中の触手辺りを切り開いて取り付いている部分を確認しようと努める。
「なんか芋虫とナメクジを足して割ったようなやつなだ。わざわざ足で背骨にひっついてるのか・・・」
寄生体の背中に触手が寄生しているようなやつを引っ張ろうとして足が背骨に引っかかるようにくっついている。針で足の爪を外しながら背骨から引き離す。先端の口っぽいところが更に背骨に食い込んでいる。無理矢理引き抜くと背骨が軽く欠けて細い触手が抜け出てくる。
「きもちわるぅい。」
萌黄が針でつつきながら見たままの真っ当な感想を述べる。寄生虫を切り開いても内部構造などほとんど分からず脳っぽいものがいくつかと魔石だけが確認出来た。十cmくらいのナメクジを思わせるフォルムだが確認出来たもの以外は小さくてつたない知識では予測も立てづらいものだった。
「まあ素人が解体してなんかわかれば世話ないかもしれないけど、真ん中よりちょっと上あたりに脳っぽいのが集中してるからそれを貫くか切り取るかか。」
「んー、あまり自信ないなぁ。」
僕の雑な結論に萌黄は微妙そうな顔で答える。いっそのこと軽戦士か斥候兵に変えてきた方が良かったかも知れない。
「次のは大体この辺って指示はするよ。」
「よろしくおねがいしまーす。」
「私にも『活殺』があればよかったのですが。」
「あんな異常スキルがぽんぽんあっても困るけど・・・無い物ねだりはしょーがない。」
犠牲になった村人に手を合わせて次の寄生者に取りかかる。一、二、三と順調に駆除し十体目に取りかかる。
「成体ぎりぎりの大きい個体だな。この辺から斜めにサクッと。」
僕の指示に萌黄がメスを構えてすっと刃を差し込む。
「ん。」
メスの角度が悪く萌黄が微妙な声を上げる。
「んー、ごめんなさい。」
しょんぼりした萌黄の声が示す通りメスは背骨を切り裂いてしてしまい『活殺』の制御域を超えてしまったようだ。寄生体も村人も一緒に死んでしまった。僕は苦しくなる胸を押さえて萌黄の頭を撫でる。
「次はミスしないようにしような。」
先の村人と同様に背中を切り開き寄生体を取り出す。解体しても前の解体例と差を見いだすことは出来ず、素人目に新しい発見はなさそうだと感じる。
「とりあえずこの辺が急所だと信じて狙うしか無いな。」
僕は手を合わせて次の寄生者に移る。淡々と処置していかないと押しつぶされそうになる。菫も重苦しい顔で僕の側につく。その後五体は針ですむ案件で簡単に駆除が進む。そして三体目の大寄生体を迎える。
「浅すぎても困るけど・・・こっから骨を避けるように刺してみて。」
僕の指示を聞いて萌黄が手をぷるぷるさせながらメスを構える。
「せいっ。」
一息で手の震えを止めて気合い一閃。寄生体は暴れず、村人も通常どおり呼吸を繰り返している。僕らは緊張感から解放されて大きな息を吐く。
「成功か。」
気持ち悪い疲労感にとらわれたままではあるが成功例を出せたことに安堵する。寄生体解体の知識を元に萌黄が背中を開き口を切り除いて寄生体を背中から抜いている。十体越えてくると手慣れてきたものだ。激痛が走っているだろうに村人がうめくが寄生体の昏倒処理が効いたままで目覚めることはない。これも今までの経験則である。
「あと二十二体か?」
「三十ですね。」
僕の数え間違いを菫に冷静に訂正され、遠いなぁと愚痴をこぼす。
「基本的な処理方法は理解出来ましたし、あとは私が引き継ぎます。ご主人様は休んでください。」
菫が困ったような顔で言う。
「いや、もうちょっと頑張るよ。」
僕は強がりを言って無理に自分を動かす。そうでもしないと正直動けそうに無い。それから十体ほど問題なく駆除。そして大寄生体である。この個体は事情を知り得ていたのか、それとも本当に成体間近だったせいか僕らが処置しようと触診している間に成体化し襲いかかってくる。仕方が無いとため息をついて成り立ての成体を瞬時に屠る。ネタが割れてれば若い個体は驚異とも感じない。ただやはり助けられなかったことは残念だった。次の寄生者を探しているところで桔梗達と合流する。
「憑依者の処理は終わりましたわ。」
会うなり鶸が宣言する。よくやったと桔梗と鶸を撫でる。桔梗は素直に撫でられているが鶸は途中から鬱陶しくなったのか振り払う。
「そちらはどうですの?というほど楽では無いでしょうが。」
鶸は返り血を浴びたままの僕の格好を見て怪訝そうな顔で言う。
「まあ・・・確かに楽では無いね。」
強がるほど気力も無く自嘲気味に返す。鶸はちょっと苛ついたような顔をして僕を見た後菫を見る。菫は少し首を振ってそれに答える。
「分かりましたわ。残り十九ですかね。皆でやりますわよ。」
鶸は僕に食いつきかねない勢いでしゃべり先導して次に向かい始める。鶸の参入で狙いや処置の僕への負担は大幅に軽減され、スペクターの処理も桔梗がいた方が随分楽になる。
「これは厳しい位置ですわね。」
鶸が大寄生体を前に思案顔で眺めている。突きたい角度と肋骨が近くかつ心臓が奥にある。余計なダメージを与えては村人も『活殺』で戻ってこれないかも知れない。
「萌黄。ここからこの角度で差し込んで貫通したらすぐ抜くのですよ?」
鶸が木の棒で指し示しながら萌黄に説明している。萌黄も難しそうな顔をしながら頷く。萌黄はメスを手に指示通り構えて刺そうとした瞬間に村人が目を覚ます。
「え?ちょっと。」
萌黄の刺し気は押さえることが出来ず中途半端な力加減で刺してしまう。村人が身をよじって動こうとしてしまったために思いっきり背骨から刺してしまう。処置がしやすいようにと不壊鉛で作ってしまった切れ味抜群のメスは骨を易々と貫通し村人を死に至らしめる。そして沈黙。
「く、じ、事故ですわ。」
鶸が悔しそうに声を絞り出す。一度はやられたことなので予想して対策しておくべきだった。
「次が最後だ。できるだけ頑張ろう。」
僕は声を絞り出して次に向かう。最後の寄生者は大きな個体でもなく簡単な針刺しだけで済み全員の処置が完了したとことと相まってその場に座り込む。
「ご主人様。お疲れ様でした。予定外ではありますが村の宿を借りてここで休んでいきいましょう。」
菫の提案に乗って肩を借りるように村の宿に投げ込まれ、重い疲労感と共に僕は眠りについた。
いつ寝たかいつ起きたかもよく分からないがある程度疲れが取れてきたところだったのかどこからか聞こえる喧噪によって目を覚ます。側には萌黄が着いておりなにやらそわそわ落ち着かない様子である。
「萌黄。何があったんだい?」
僕は重い半身を起こしながら問う。
「あー、うん。何でも無いって菫が・・・」
べったりの菫がここにいなくて、萌黄がそう言わされている時点で何か面倒くさい問題があるのだろう。はめ込み窓の隙間から漏れる光はなくまだ日が昇ってないと思われる。薄暗く見える視界の中で萌黄を伴って部屋をでる。部屋を出ると予想以上に大きな声で事情説明を要求する声と納得できない声が上がっているのが聞こえる。言葉の端々を聞けば大体何を言いたいのかは分かる。村人にとってこれが何ヶ月後のことなのか僕には分からないことだが、彼らにとっては寝て起きたら大惨事が起きていたという状況なのだろう。一階に下りていくと入口ロビーで鶸が説明しても聞いてくれない、信じてくれない状態で頭を悩ませており、菫と桔梗が村人の侵入を防いでいる。
「おめぇが主犯かぁー。」
集団の中から聞こえる怒号で菫達が僕に振り返る。ご主人様と菫のか弱い声が怒号の中でうっすらと聞こえる。
「鶸。状況と結果は説明したんだね?」
のろのろと近寄り確認を行う。鶸は首を縦に振る。
「こちらからこれ以上説明出来ることはないのですが、私たちで勝手に施術して失敗して無くなってしまった方がいるのも事実です。それについては大変申し訳ありません。」
僕は頭を下げて村人に説明する。
「人命については取り戻すことが出来ませんがそれについて保証しろとおっしゃるなら金銭を始め出来るだけのことは致します。」
「金で済まそうってのかぁ、おらぁ。」
僕の話に割り込んで少し収まった怒号がまた復活する。
「私たちも貴族から依頼されて道中の治療と病の根源を叩きに行く途中なのでこれ以上の交渉が出来る立場ではないのです。」
実際に何か問題があったときの対応はグラハム側の仕事なので何一つ決めていない。ましてやカースブルツ領の出来事でグラハムがどこまで干渉できるかも分からない。貴族の存在が出てきたことで村人が若干引くがこちらが子供以下の見た目のせいか無駄に強気に見える。金をよこせだの友人をかえせだの声が大きくなり始める。隣の鶸はまたかと言う顔でげんなりしている。桔梗は我慢しながら障壁で防御し続けているし、菫は入口以外から侵入してこようとしているものに対処している。様子からすると説明しても話が全く進まず対処しようがないといったところか。そう思うと一瞬でめんどくささと疲労感がのしかかる。僕は収納の中にある金貨を五百枚ほどまとめて後方にあったロビーのテーブルに置く。
「皆様が納得できるかは分かりませんが金貨五百枚を用意しました。今すぐに出来る保証はこれだけです。後は領主様の方に確認してもらえませんか?」
村人の声が少し収まり、僕は桔梗に目配せして障壁を解除するように促す。桔梗は不安そうに頷く。そもそも村人ごときに傷つけられるような装備でもないのでそこまで過保護にしなくても良いと思うのだけど。障壁が解除されたことで村人が金貨に向かって殺到しなにやら喧嘩まで始まっている。正面に人がほとんどいなくなったことで僕は頭の中で出発するように強く念じ全員がそれに従って動き出す。
「息子は本当に助からなかったんですか?」
老いた母親らしい女性が追いすがるように腕をつかむ。
「僕らも可能な限り努力しました、としか言いようがありません。対処方が確立されていない寄生虫でしたし、何より僕らも専門家ではないので。」
女性は嗚咽を漏らしながらその場に崩れる。金に殺到して文句を言っていた村人よりもこちらのほうが余程きつい。僕は眉をひそめながら耐える。
「そこらの医者の刃物でも傷つけられないような魔物に取り付かれていたのです。助からなかった不幸も事実ですが、助かったこと自体が幸運ですのよ?」
鶸が貯まった鬱憤を晴らすように口を挟む。
「鶸。煽るな。なんで倒れていたかも多分分からないままなんだ。知り得ない事実では説明されても納得は難しいよ。」
鶸は食い下がろうとするがすぐに申し訳ございませんと引き下がる。少なくなった人の間を縫って僕らはその場を立ち去る。
「くそー、金がたんねーぞ。俺はまだもらってねー。小僧もっとよこしやがれ。」
何か中毒になっているような顔の男が手に数枚の金貨を握って意味不明なことを叫んでいる。さすがに見かねたのか近くの女性がよしなさいと体を押さえて忠告している。男はそれを振り払って僕に向かって走ってくる。それにつられてか取れるものならとあやかろうとしたのか数人の男が追従しようとする。最初の男が話をする気があるのか拳を振り上げ僕に殴りかかる。結果がどうなるか分かってはいる。僕を含めてその動きを全員が認識も出来ていた。菫達が思う衝動を僕は無理矢理抑えつけその流れに身を任せる。僕の後頭部に拳が突き刺さる。が当たった事は認識できても痛くもかゆくも無い。男が拳を振り上げていってぇと叫んでいる。
「こんな見た目でもそこらの凶暴な熊よりはよっぽど強いと自負していますんでね。その拳の件に関しては村にしてしまった所業の事もありますので忘れます。後は領主様にお願いしますね。」
僕はゆっくりと振り返って男を見る。
「あんなクソ領主に言ってもうまいことできるわけねぇだろがぁ。」
男はまた叫びながら拳を振りかぶって襲いかかってくる。ああ、話を聞いてくれない領主なんだなとどうでもいい感想を僕は抱いて男の姿を見る。菫と鶸のハイキックが男の胸に突き刺さり宿の中に放り込まれる。随分飛んだな。
「骨折はサービスですわ。」
鶸が骨折がそうなのか骨折ですませたことがそうなのか物騒なことを言って足を強く踏みならす。菫がそれなら私も壊しとけば良かったと言わんばかりの顔で鶸を見ていた。菫はこんな時でも優しいな。
「ああ、そうだ。必要な物資はグラハム領から購入してくださいね。ここから先に行くとまた感染してしまうかも知れませんので。」
僕は静かになる村人にそう警告を伝えてその場を離れる。追ってくる気配も無くなったので広めの道でファイを取り出し乗り込む。
「次いこうか。」
僕は疲れた顔も隠さずそういってファイを走らせる。皆重苦しい顔でそれに追従する。次に着いた町は規模が相当に大きくどこまでか想像もできなかったが思いのほか制御されていた。昏睡した人達が一カ所に隔離されており、病原そのものがどこか不明といった様子だった。僕らは隔離病院経由で管理者に問い合わせ、グラハム依頼証をちらつかせて領主に会うことが出来た。
「あの妖魔病の原因を知っていて解決できるというのだな。」
「少なくとも昏睡している人の大部分を回復でき原因の提示はできます。」
妖魔病とつけられている辺りすでに昏睡した人が成体化しているのは確認出来ている様子だった。僕らは寄生体の死骸を見せながらどういうものかを説明し、治療の許可と未だ潜伏している成体の駆除の許可を得た。隔離されている寄生者は三十六名内成体化間近なのは四名。寄生者を一名ずつ別室に運び関係者と領主の側近に説明しながら処置を行う。しかしこの治療法に関しては僕らの攻撃力に依存している部分が大きかったようで医者に針を渡して駆除させてみるも小さな寄生虫も一撃で殺すことが出来ずに寄生者に大きなダメージを与えることになった。幸い即死するほどのものではなかったので治癒魔法を行使することで無事駆除自体はできた。
「この針の性能もすごいのでしょうが、そちらの力もすごいのでしょうね。」
「正直小さいとはいえ魔物ということでしょうか。思っているほど耐久力がすごいですね。」
医者が強化術を使えるなら自前でやってもらっても良いが、そうで無いケースも多かろうと針に『先鋭化』付与を施して駆除に当たってもらう。治療ペースは悪くなるが治癒魔法を保険に僕らを解さず駆除するめどがついた。残り四名の大寄生体についてはリスクを説明した上で僕らで対応する。一名ずつ運び運んでいる途中で対処方法にめどをつけておく。治療室に入ったら処置を素早く萌黄に説明し駆除。こうして寄生体に怪しまれて対応される前に処置するのだ。こうして施設の協力を得て無事四名とも寄生体の駆除に成功したのだった。駆除方法が確立していたことや理解が得られていたことで先の村よりはよほど楽に処置できたことに僕も菫達も安堵した。
「あとは見つかっていない大本の成体か・・・」
僕は翌日に隔離者の治療が完了したことを領主に伝え、治療法も伝えたのでこれからしばらく出るであろう初期昏睡者に関しても町だけで対処可能なことを伝えた。領主から随分感謝され金貨三百枚の報奨金ももらった。先の村のことを考えると複雑な思いであったが気持ちを含めてありがたく頂くことにした。隣の村の管轄はこの町では無いようなので一応伝えておくと共に物資の支援はしてやってほしいと伝える。領主は管轄の領主の事を考えているのかなんとかしようという微妙な返事だけもらった。そして残った問題である成体の捜索である。
「この町でもそれなりに探していると思うんだけど、それらしいのがまったく見つからないってどうなんだろう。」
「元が隠れるのがうまいとか。」
「捜索が及ばない地位の人でしょうか。」
「猫さんとか?」
「または捜索側にいるかですわね。」
寄生体は外見から見て取れるが背中に特徴的に現れるので『昏睡』という特徴的な症状が無ければ一般人が身体検査するわけにもいかない。一応領主に捜査権限は借り受けているが無茶するのも難だし、そもそも触れ回ると逃げられる可能性もある。妙に縄張り意識があるようにも感じるので進退窮まってなければ出て行くことも新規の成体が来ることもない気がする。じっくり探すと患者が増える可能性もあるが若い個体なら駆除が確立したので問題がない。昼間は全員と斥候兵で、夜は僕以外が捜索に当たることにする。人口五千ほどの町だしそれほどかかるまい。
と、そう思っていたのだが捜索から三日たっても進展は全くない。気配ぐらいは察知できると思っていたのだがこれほど痕跡がないとは想定外だった。この町だけに時間をかけるわけにもいかず一旦出て行くか少し考える。菫や斥候兵で貴族も領主側の人間もすべて調べている。どこが感染源なのか見当もつかない。感染者を見てもほとんどが町の人間で偏った傾向もない。
「はあ、どうしたもんかな。」
拠点にしている高級宿で背伸びして愚痴る。鶸は記録帳を前に見落としがないか探している。桔梗は給仕をしながら控え、他は捜索に出ている。
「萌黄が言ってた猫が現実を帯びてくる所か?」
「寄生後の生態を考えると人以外に取り付く場合でももう少し知性がないと育ちませんわよ。」
僕のつぶやきに鶸が書類を追っかけながらだるそうに返事を返す。無言が続いて鶸が頭で整理しているのか壊れた操り人形のように椅子にもたれかかって上をぼーっと見ている。地味にホラーだなとカップの甘い紅茶を飲みながら心を癒やす。何か進展があったのか如何にも萌黄らしいばたばたと会談を上がってくる音がする。その音に反応するかのように鶸が目を見開くようにして書類を見始める。
「そうですわ。罹患した貴族が全くと言って良いほどいないんですわ。」
「ご主人様、これ見てこれ見て。」
扉の音と萌黄と鶸の声が重なるようにして紡がれる。鶸の意味不明な途中経過と萌黄が持ってきた手提げ桶。その二つを見てもさっぱりすぎる。取りあえず鶸は置いておいてわかりやすそうな萌黄の持ってきた桶を見る。どこにでもある水にみえるが時折見えるゴミの流れに目を奪われていると突然鑑定結果が現れる。
スペクターワーム HP167/167
驚きすぎて間抜けな声と共に桶をひっくり返しそうになりまた慌てる。
「なんで水の中にこいつが。この水はどこで?」
僕が萌黄に問い合わせる声を聞きつけて鶸も水桶を見に来る。
「下層の井戸水の中に入ってたみたいなの。たまたま水を運んでいた子の桶を見て変だなって感じで確認してみたらこんな感じで・・・」
鶸が水桶を眺めて天を仰ぐ。鶸の中では話が進んだようだ。
「元凶は上流か地下水路ですわね。」
町を探していてもみつからないわけだ。地下か外にいる可能性が高くなってきた。ただ生態を考えるとより町に近い所にいると考えられる。僕らはその足で領主邸に押しかけて町の地下に何かないか確認する。領主は最初随分と渋って随分ともったいつけたが、貴族達の脱出経路の為に秘匿されている地下洞窟があり町からそこまで直通の通路が作られているらしい。元凶がそちらの方にいる可能性が高いと説明しているのにまだ保身を図っている辺りは実に貴族らしいと呆れながらも彼ららしいと感心し入口を紹介してもらって調査することにする。人の流れがある貴族区域にある監視塔。その地下倉庫の奥に隠された扉がありそこが入口らしい。菫が恐縮そうに見つけられなかったことを悔しそうに見ている。くまなく調査するならともかく人を追っかけているなら見つからなくてもしょうがないだろう。そう思うほど荷物の奥にその隠し扉は隠されていた。
「非常時にはここの物資が外に出される訳だから、ある意味危機が訪れたときだけ使えるようにしてるんだろうな。使えば使うほどばれやすいわけだし。」
菫を慰めるように言葉をかけて暗い道を進む。かび臭い湿気った匂い。そこそこの勢いで流れる水の音。ここまでしておいて元凶がいなかったらどうしようかと少し不安になりながら僕は静かに歩みを進めた。作られた通路の先にあったのは天然の洞窟。水の流れで削られたのか谷のような岩の下に水が流れているのが見える。洞窟の所々に苔が見られるが少なくない数の透明な粘性のありそうなものがひっついている。スライムかと思ったが動く気配もなくただただそこにあった。鶸がそれを見て微妙に眉をひそめているのが分かる。
「魚人・・・ですわね。」
人間に対して亜人と呼ばれる部類の二足歩行種でありながら人以外の要素を色濃く残した種族の一つである。最も亜人から見れば人間も猿の要素を多く持った同類と分類されているのかもしれないが。その中の魚人がこういった粘液を防御の為に身に纏ったり、縄張りの主張に使ったりするんだと鶸が解説してくれた。
「魚人なら寄生するに十分ですわね。」
人間のように耕作、建築などで発展しているわけでは無いが文化を持ち、時には交易も生きるための手段として活用する話が通じるタイプの人種ではある模様。
「下流側が出口に近いらしいけど、当たりは上流側かね。」
僕はうっすらと反射光で光る洞窟を見回しながらぼそっとつぶやく。
「お好きなように。外れたら反対側にいくだけですわ。そこも外れたらまた振り出しと言うことですのよ。当たることを祈りますわ。」
鶸がいつより小声で嫌みのように答える。
「当たりが出るように頑張ろうね。」
萌黄がその労力を否定するかのように大声で答える。洞窟の中を声が反響する中、僕、菫、鶸の視線が萌黄に突き刺さる。
「もーえーぎーさーん?」
鶸が萌黄の襟首をつかんで問い詰めるように睨む。
「やっちゃったものはしょーがないじゃーん。」
萌黄は悪いと思っていながらも陽気に答える。侵入者が来たことが伝わったことが吉と出るか凶と出るか。萌黄と鶸のやりとりを苦笑して眺めながら皆で上流側に歩き始めた。
荒事パートと言いながらもあまり多くは無いあげくに、少し気持ち悪い話になって申し訳ありません。
菫「寄生体はどこなのでしょうか。」
鶸「それを探しているんですわよ。」
萌「これにょりょにょろー。」
鶸「それは犬の寄生虫ですわ。事件に関係ないし、そもそもどこから持ってきたんですの?」
萌「ざんねーん。」
桔「これもちがうのですね。」
鶸「それは魚のですわね。桔梗にしては珍しい間違いですわね。」
菫「必死すぎると空回りするのよねぇ。」




