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僕、出張する。

 たまたまみえみえの餌にかかったオールランドは置いておいて通常営業に戻る。販売量を気持ち増やしたが売れ行きよく昼過ぎには捌けてしまったの商会に戻る。手紙と言づてが残されておりそういえばと思っていたら案の定グラハムからの手紙である。手紙にはどうでもいい前置きと必要な要点『例の件の話を進めたい。』の後にいらない追記がされており庶民相手に貴族癖が抜けてないなと思いつつ菫達を連れてグラハム邸へ行く。

 

「立ち上げ早々頑張っているようだね。局は苦情でいっぱいだよ。」

 

 グラハムが爽やかな笑いを浮かべて出迎える。

 

「一応まっとうな商売をしているつもりですがね。」

 

 僕は適当に流しておく。

 

「個人的にもどこから調達しているのか興味があるところだがそこまでは聞くまい。安定している経済活動をかき乱してなんてことをと思う反面、田舎の停滞した一強構造をかき回してくれるのがありがたいともいえる。」

 

 グラハムは楽しそうにこちらを見ている。

 

「まあ商人としてはペーペーなのでやりたいようにやってますよ。」

 

「まあ、あまりにもひどいようなら釘を刺させてもらうがね。一応中央の人間としては公平平等(・・・・)に見させてもらうよ。」

 

「そこは助けてくれないんですね。はくじょーだなぁ。」

 

 二人して笑いながら言葉を投げ合う。

 

「まあ私にも立場も派閥もしがらみもある。彼らの貢献も支援もなくてはこの町は成り立たないからね。」

 

 出会い頭から掛け合いをしてテンションが上がったのかグラハムは机のグラスを一気に飲み干す。体裁を気にする割にたまに作法が抜けたりする。どちらかいうとこちらの方が本性なのだろう。

 

「あとは君の商会の動き次第ではあるが、本件もうまくいけばそれを後押しするに値するわけだ。」

 

 僕的には商会は一つの手段なので成功が必須なわけではないが、うまくいくに越したことは無い。お偉いさんの協力がいただけるあら願ったり叶ったりだ。

 

「時間はかかったが先方は最後のチャンス・・・という感じに君たちの受け入れを承諾してくれた。私が君らを落ち合う場所に連れて行くのでそこで原因の駆除に当たって欲しい。」

 

 グラハムが神妙な顔で言う。

 

「先日もいいましたけど原因はアレで確定というわけでは無いのですのよ?」

 

 鶸がそう言って話を止める。

 

「君らには伝えてはいないが例の種でないにしろ寄生種であることは確定させた。こちらでその判断をした後検査のためにとある行動を行い攻撃的寄生種である反応を得た。何らかの寄生種であることは間違いない。そして寄生種であるなら種を問わず例の方法で駆除できると私は判断した。」

 

 グラハムが鶸に答える形で判断を下した根拠を明示した。

 

「寄生種によっては進行を早める悪手ですわよ。まあ本体がそれなりに丈夫なら問題ないでしょうが。」

 

 鶸がリスクの面を強調する。

 

「万全の体制にはしたいとは先方も言っていたが・・・どうするつもりなのかはわからん。治癒士くらいは用意するだろうが。」

 

 グラハムが言うが防御だけ上げられると面倒くさくてかなわないんだよね。いくらか素材を持って行った方が良さそうだ。正直萌黄のムラッ気だけが不安材料と言える。

 

「取りあえずそのお嬢さんの治療については承りました。都合のよいときに招集して頂ければ赴きますので。」

 

 僕はグラハムに了承を伝える。

 

「元々それは予定に組まれていることなので明日から移動で頼む。」

 

 グラハム的に断られる案件とは思っていなかったらしい。この辺は貴族らしいと言うべきか。僕の感情を読み取ってか菫がピクッと動くが怒りはすぐに引っ込めたようだ。いずれあるであろう王族の前に出して良いのか悩ましいところだ。

 

「いつ頃にしますか?」

 

「明日の昼前までには頼む。」

 

「かしこまりました。」

 

 僕は時間の確認をして退出した。外に出ても菫がちょっぴりお怒りモードだ。道中菫をなだめつつ商会に戻る。スレウィン達に明日からの予定を指示ししばらくは供給を据え置きのまま商売をするように伝えた。それでも商品の取り出し管理の為に誰かを残す必要があり悩んだ末に鶸を町に残すことに決める。菫も結構な判断能力はあるし町では攻撃能力は必要ないという形ではあったが菫かどちらかと言われればどっちを選んでも不安は残る。

 

「まあ貴方が決めたなら私がとやかく言うことでは無いですわ。」

 

「何か予見できてるなら教えて欲しいのだけどね。」

 

「あちらの治療の方は情報が無くて予見は出来ませんわ。ただ町の方は私が残ればその懸念は無くせますので問題ありませんわよ。」

 

 鶸は自信満々に言う。予想できる問題が潰せるという意味では町に鶸を残すのはある意味正解と言えるだろう。反面治療に行く際の未知への対応能力は減少すると言うことでもあるが、命の危機に関しては萌黄でも回避努力ができるので良しとしよう。仕事がうまくいくとはかぎらないわけだけど。スレウィン達は多少なりとも不安がっているがいずれ僕が触れなくなるのだから慣れて欲しいとは思う。もう少し先にはなるけど品だし担当も作らないとだめなんだろうな。今後の課題を感じながら商会の業務と軽い訓練を行う。

 

 翌日朝早く品出しをしてからグラハム邸に行く。案の定大分はやいので客室でまったりしつつ準備を待つ。

 

「それではこちらでご案内します。」

 

 さすがにグラハムはついていけないので別の代表者という形で老執事が案内役としてついてくる。それにしてももう少し馬車が速くならないのかねと思わずにはいられない。せっかちな菫と鶸が気持ちイライラしている。予定通りのまったり行軍で宿場町に宿を取り、翌朝出発し昼を過ぎた頃に避暑地のような森の側にある別荘にたどり着く。

 

「こちらカースブルツ子爵家の別邸の一つでございます。一応先方は治療者が礼儀を知らない者と分かっておりますが可能な限り礼をお願いいたします。」

 

 老執事が馬車を下りる前に助言をしてくれる。僕は一応目線で菫と萌黄に分かったね?と意思を伝えたが萌黄に関してはどうしようもないなとは思っている。執事に誘導されながら屋敷に入るとシックな服装を着た女性方に迎えられる。屋敷の使用人なのだろうか。

 

「カーペンツ様一行でございますね。ご案内いたします。」

 

 立っているだけで絵になりそうな年配のしっかりとした女性が進み出て二階の一室に案内される。

 

「こちらでカースブルツ子爵様とご息女がお待ちです。」

 

 丁寧に案内してくれるが時折見せるこちらへの視線がきつい。その視線を見なかったことにしながら案内されるままに室内に入る。

 

「ようこそおいでなされた。グラハム子爵の使者よ。カーペンツもそろそろあいつを見限ってうちにこんか?」

 

「お声がけはありがたいと思いますが、私も老齢の身。貴方様に仕え続けるのが困難故グラハム様の元で骨を埋めまする。」

 

「定型句とはいえ仕方ないの。して我が娘を治療できるかもしれぬと言う輩がその小汚い連中か?」

 

 完全武装で来ているためある意味失礼、そして小汚いと言われるのも仕方ないが。菫もその殺気を押さえるように。

 

「やはり平民はすぐに感情をあらわにして面倒くさいのう。もう少し落ち着きを持たなくては。」

 

 カースブルツ卿は嫌みったらしい顔でこちらを見つつ余裕を持って言葉を続ける。

 

「高貴なるカースブルグ卿の前でこのような姿で大変申し訳なく。ただ、我々も小さくとも魔物退治に来ておりますつもり故ご容赦願います。」

 

 僕はそれっぽく丁寧に言葉をつないでご機嫌を取ろうと試みる。

 

「ふむ、そこの下女に比べれば主人は多少出来ていると見える。」

 

 カースブルグ卿の言葉に今度は僕が過剰反応しそうになるが、そこは必死に押さえて平静を取り繕う。

 

「まあその無礼も我が娘が直ればすべて許そう。それについてはグラハム子爵においても同じぞ?」

 

 カースブルグ卿は鋭い視線で老執事を見る。執事も分かっているように礼をする。

 

「グラハム子爵より今回の施術は激痛を伴う物と聞いておるが・・・多少のことは我慢するが娘に傷をつけることなど無いようにな。」

 

 カースブルツ卿はやることが分かっているのか本来ならかなり無茶なことを言っている。僕は了承の意を伝えるべく礼を行い令嬢の眠っているベッドの側に移動する。親の目の前で娘を診察するのも異常な圧力を感じるのだが寄生種の位置を特定するのにもそれなりに作業が必要だ。一応スペクターワームと当たりはつけているので最初に調べるのは首の裏なのだが。

 

「一応予定通りみたいだ。」

 

 僕は令嬢の体を起こすまでもなく首筋の裏に蛇が巻き付いているような微妙な違和感を感じることが出来た。金持ちともなると【病治癒】とかに任せっきりで触診とか行わないのかね。素人の触診でも分かるような違和感が感じられる。菫と協力して令嬢をうつ伏せにする。

 

「どうしたら切りやすいかね。」

 

 僕はぼそっと菫と萌黄に相談する。成長しているせいか思ったより長い。令嬢の中にいるせいか寄生種を鑑定判別してHPを見ることも出来ない。

 

「大きいと言いましても寄生種程度ですしなます切りにしても良いのでは?」

 

「あまり切り刻みたくはないのだけど。相当痛いと思うよ?」

 

「命には代えられないでしょう。」

 

 僕と菫が物騒な会話をしている中、萌黄が少しそわそわしている。思い出すかのように僕は魔力探知を張り巡らせる。

 

「菫、敵。数は十三。いや中からもう一体。」

 

 屋根から床からそして令嬢の体から染み出すように現れる幽体。その一体を視線に収めながら戦闘態勢に移る。カースブルグ卿が短い悲鳴を上げているがもしかして戦闘力0の人か?

 

「屋敷はできるだけ傷つけないように。」

 

 菫は神涙滴の剣を抜き、萌黄も不承不承ナックルを構える。近接自衛用に与えた陽光石のナックルである。鑑定の結果『嘆きの亡霊(グリフゴースト)』HP768と見えるそれは一般人なら随分困りそうな相手であるが当たりさえすれば僕らなら一、二撃レベルである。魔法のある環境下で霊体に触る手段はそれほど少ないわけでも無く当然いると思って対策していた僕らの前にあえなく撃沈していった。敵を僕らと認識していた為かカースブルツ卿の方に向かわなかったのは正直助かった。軽い戦闘が終わって一息ついたところで確認の為カースブルツ卿のほうを見ると腰を抜かしているので彼の名誉の為にも見なかったことにして令嬢に視線を移す。老執事が側に控えていたので多分なんとかなるだろう。そう思わせるたたずまいだった。

 

「どうしよう、針みたいなヤツがいいかな。」

 

 僕は首筋からわずかに浮き上がる線をみながらどう対処するか考える。

 

「もう、すぱっとやっちゃえばいいんじゃないの?」

 

 当の萌黄はすでに面倒くさそう。

 

「お嬢さんにも被害は少ないですが、しっかり弱点をつかないと何度か刺すことになりそうですね。」

 

 判断の基準である菫の発言を聞いて一旦保留する。

 

「お、おまえら早くせんか。」

 

 震える声でカースブルツ卿が言ってくるが、正直震えてるくらいなら引っ込んでいて欲しい。ワームも頻繁に召喚できるものではないのか次が来ないところを見ると召喚する余力も控えももういないのだろう。強引にできるかご令嬢のHPを確認しないといけないな。

 

 システィナ=カースブルツ HP86

 

 よし却下だな。というか余程うまいことやらないとご令嬢が耐えられないレベルですらある。

 

「取りあえずご令嬢の耐久力は吹いて飛ぶレベルしか無い。萌黄が大雑把に中枢を貫通しよう物なら生き残るのは難しいと思う。」

 

 僕は菫と萌黄を集めてぼそぼそ相談を始める。こんなことならもう少し活殺の検証をしておけばよかったな。即死圏を割合で越えたら範囲外なのか単純にダメージ量なのかがわからないのでご令嬢相手に無茶はできない。最もほっといても死亡は確定なので説得して割り切ってもらうのも手ではあるが、僕らを平民でみている貴族からしたら説得など出来る可能性はまったくないだろう。

 

「やっぱり針でちくちくするしかなくない?」

 

 萌黄が雰囲気を読んでか小声で提案する。

 

「手術が出来ないのならそれが一番妥当だとは思いますが。一応別の案も検討しましょう。」

 

 菫がぼそぼそと妥当性自体は保証してくれる。

 

「魔物ってことは魔石持ちってことだよね。そこを狙うのはどうだろう。」

 

「狙えるならそもそも脳幹など重要器官を狙う方がよいのですが、あと魔石を砕いても即死はしません。」

 

 うろ覚えの情報で判断するのは良くないという典型でした。逆にワームだからということで複雑な器官がないかとおもえば魔法も使い、相手の意思を操作しているとなると脳に類する思考器官は必ずあるという。そしてだらだら決定できないことで起きてはいけないことが起きてしまった。

 

「う・・・ここは・・・?」

 

 カースブルツ嬢が目を覚ましてしまったのだ。あり得ないはずの事が起きて戸惑う僕らを前に施術が成功したと思ったカースブルツ卿は娘に飛びつき抱擁をして安堵している。失敗した。寄生種は周りの状況を正確に把握して今は生き延びることを優先に令嬢の意思拘束を手放したのだ。

 

「カースブルツ卿。まだ原因の駆除は出来ておりません。今しばらくお待ちください。」

 

「娘は目覚めた。これ以上お前等のような汚らしい物達に触らせるいわれは無い。」

 

 予想通りの展開だったが駆除しなければ周囲が危うくなる。食い下がろうとする僕の袖を菫が首を振りながら引っ張る。彼女らが死んでしまうリスクはあるにしろ僕がそれ以上のリスクを負うことは無い。菫はそう諭すように僕を見つめる。分かっている悲劇を見過ごすのは心が痛むがここは一旦引くことにした。

 

「分かりました。私たちは一旦戻ることに致します。ただご令嬢の昏睡の原因は駆除できていないことだけは強く忠告させて頂きます。」

 

 僕の言葉をカースブルツ卿は意に介さないように娘が目覚めたことを喜んでいる。令嬢は何が起こっているか未だに把握出来ていないようだ。僕らは仕方なく執事と共に女中さんに案内されて外に出る。

 

「駆除は成功していないというのは?」

 

 馬車に乗り込んでからしばらくして執事から質問される。

 

「言葉の通りです。魔物である故かそれなりの知性をもったワームのようです。何らかの形で周囲の状況を把握しており僕らが手を出して自分を滅せられる前に令嬢の意識拘束を解除したと思われます。ワームは未だ彼女の首筋にとどまったままです。カースブルツ卿が誤解・・・勘違いしているだけです。完全体になるのは遅れるでしょうが遠からず未来にはシスティナ嬢はワームに殺されるでしょう。下手をするとカースブルツ卿は殺されたことすら気がつかない可能性もあります。」

 

 質問に対して僕は包み隠さず答える。執事は難しい顔で考える。

 

「現状をグラハム様に報告して、今後どうするか考えましょう。感染元の都市すら危ういというのに近所の都市まで憂慮を抱えるわけにはいきません。」

 

 僕と執事はお互い頷いて帰路についた。

 

 翌々日にグラハム邸へ到着し事態を報告する。

 

「見た目は成功しているのでカースブルツ卿の協力は得られるかもしれません。が、根本的には失敗しています。いずれ彼女のワームには対処する必要があります。通常なら残り一年程度ですが、これからどう成長するか分かりませんが三年までは延びないと思います。」

 

 一日中吸い取っている物が睡眠中だけ、起きている間も微量でも吸い取れるものなら睡眠時間次第では三年より短くなると言うのが僕の見解であり予想である。

 

「そうか。現状協力が取り付けられるなら今は成功したと思っておこう。即座に昏睡状況に持ち込まれなければ猶予は一年以上あると判断する。ならばそれまでに解決する方針としよう。」

 

 グラハムは少し悩んだ末にそう結論をだした。

 

「褒美を金銭でだしてもよいが・・・もうしばらく君には生き残ってもらう必要がありそうだ。君と商会には陰ながら支援を約束しよう。」

 

「ありがとうございます。」

 

 金銭を出し渋っている訳では無いと思うが、どちらにせよ僕としては報酬が金銭だけで片付けられるより関係性が保たれるほうがうれしい。

 

「カースブルツ子爵より娘の昏睡前の移動経路を確認しておくのでそちらの調査もお願いしたい。そこで起こる多少の被害・・・男爵未満の者達については私の裁量範囲で片がつけられる。積極的に頼むよ。」

 

 グラハムはさらっと平民なら躊躇無く殺しても良いと太鼓判を押す。僕としては奴隷だとしても殺すのはご遠慮したい。

 

「経路が判明次第連絡お願いします。準備ができ次第私も出発します。」

 

 しかし断るわけもいかずようは殺さないようにすればよいだけだと断ることの出来ない依頼を受ける。グラハムは浅く頷き執事に指示を飛ばす。僕らも礼をしてから屋敷を出る。

 

「感染源周辺で色々試してワームの弱点を探りたいところだね。」

 

 僕は今後の展開を考えつつもカースブルツ嬢を助ける為の方法を模索する。

 

「目的は大半達成されております。かの令嬢にこだわる必要は無いと思いますが。」

 

 菫が僕が没頭する前に注意を促す。確かに彼女にこだわる意味はあまりない気はする。

 

「目の前で助けられなかったのを後で後悔するのはちょっと嫌かな。」

 

 助けられたはずのものを後日訃報を聞くのは正直あまり良い気分では無い。

 

「ご主人様がそうおっしゃるなら・・・」

 

 菫は不服そうながらもそれ以上は追求してこない。菫は鶸と違って将来性を見るよりも今の感情を優先する傾向にある。僕としては気分が悪くはなりづらいが最終的にそれが利益につながるとは限らない。菫の忠告を心に留めながらどうするかを悩む。そうこう考えているうちに越後屋にたどり着いたので五日ほどの状況報告を受ける。

 

「名前売りは順調ですわ。庶民層にも私たちの名前は認知されつつあります。そろそろ価格を一旦通常価格に戻し他の商会と競争状態にしても良いかと思いますが。」

 

 鶸が売り上げの報告書を見せながら解説する。

 

「発生しそうな問題についてはどうなったの?」

 

「問題が発生すると分かっているなら発生する前に潰すだけですわ。今回はそれができましたからね。」

 

 鶸は軽く高笑いをしながら対処済みであると報告する。確かに問題が起こらないに越したことは無い。

 

「こっちはうまいこと逃げられた感じかな。ご令嬢への被害を気にしすぎて施術が遅れてしまった。」

 

 僕はカースブルツ別邸での出来事をかいつまんで報告する。

 

「事前に準備しても良かったかもしれませんが、真皮自体の再生もどうにか出来ますから思い切って切り取ったほうが良かったかもしれませんね。今後調査過程でサンプルが手に入ればもっと楽な方法も見つかるでしょう。」

 

 鶸は対応方法を予測しつつより有効な治療方法を模索する方針のようだ。

 

「グラハムも大きな力を持っているようですがカースブルツは別の分野で役に立つはずですわ。いざというとき助けられるように準備しておくのは悪い手では無いと思いますわ。」

 

 鶸はグラハムだけではなくカースブルツとも繋がりを持つ方がよいと考えているようだ。当然支援が得られるなら複数からのほうが良いだろうけど束縛も強くなりそうなのが懸念材料か。

 

「貴方の心配もごもっともですけど権力で身動きが取れなくなりそうになる前に圧倒的な武力を保持すれば良いだけですわ。貴方にはそれが出来ますからね。神の依頼の件もありますし元拠点に十体ずつY型を派遣して建築の複雑化を進めていますわ。こちらの戦力を増やしつつそれ以上に周辺の改良を巣進めています。」

 

 鶸はすでに僕の手法の一つに予測を立てて拠点の価値を高めているようだ。 

 

「後十ヶ月ほど限界まで引っ張りまして最終作業を試してみれば良いかと、あの小娘にも協力をお願いすれば余裕で届きますわ。」

 

 鶸はチェイス神の依頼を達成できるように裏で進めていることが理解出来る。

 

「そこから越後屋を本格起動して周辺地域を制圧していく感じですわね。下準備と根回しをする時間は比較的たくさんありますわ。最も近くに他の敵対選定者がいないことが前提ですけど。」

 

 いつも通り軽装騎兵と斥候兵による調査は行っているが定期的に帰ってくる者達からはまだそれらしい報告は無い。

 

「そこまで分かってるならそっちは鶸にまかせるよ。しばらくは商会の地盤固め。調査依頼が来たら調査。あとは装備か。」

 

 僕はけだるくソファーに寄りかかって開発済みの装備に思いをはせる。

 

「商会はこちらで回しますので貴方は気になったものを見て知識を構築すれば良いですわ。そうすれば自ずとたどり着くはずですわ。」

 

 鶸がそう言うが鶸には一つのルートが見えているように感じられる。僕は強い目線で鶸を見る。

 

「すでに片足を突っ込んではいますが戦争をどうにかするだけならそれこそ近代化を推し進めたらそれでおしまいですわ。民衆と土地を人質にすべての国は降伏するでしょう。最も人口の六割はいなくなるでしょうけど。こちらには非人道兵器なんて論理はありませんし、その観点から考えたら非人道魔法なんてものも結構な数がありますわ。」

 

 鶸は視線に負けるようにため息をついて話し始める。

 

「貴方のゴールはここに定める必要がありませんから、世界を焦土にして勝つというのも一つの手段ですのよ。もっとも貴方はそこまでしないのでしょうけど。あえて言うなら兵器はここまでにしておきなさいませ。カノン砲ですら過剰でしたわ。私が設計していおいてなんですけども。少しこの世界の戦い方と英雄を知ってから装備を進めても良いと思いますわ。」

 

 鶸は微妙な苦しそうな嫌悪ともつかないような顔で話を閉めた。微妙な沈黙が流れる。

 

「効率すぎると良くないという感じかね。」

 

 僕はそうつぶやいて立ち上がる。

 

「外を見てくる。おいで、萌黄。」

 

 僕はそう言って元気な萌黄と商会を離れる。

 

「いってらっしゃいませ。七百年前くらいからの戦史を見ておきなさいませ。」

 

 扉を閉じる前に鶸の静かな声が聞こえた。この小さな町で戦史とは・・・グラハム便りかな。扉を閉めて離れると菫が何か言っているようだが今は気にしない方がよいと思い耳に入れずに外に出る。

 

「菫は良かったの?」

 

 萌黄が不思議そうに聞いてくる。

 

「鶸の後だと甘えてしまいそうだからね。」

 

 僕は斥候兵を抱えて萌黄と歩く。萌黄は納得したかしないような声で返事をして周囲をきょろきょろする。

 

「何かあるかい?」

 

「特に。みんな楽しそうだから何が楽しいのかなって見てる。」

 

 萌黄は子供のように興味が尽きないようだ。よくよく考えたら萌黄も本の知識に接続できるにもかかわらず菫達のように積極的に見ていないように思える。明らかに周りとの知識にずれがあるからだ。単純に考えが幼いと思っていたのだが萌黄なりの楽しみ方なのかもしれない。と、学習を怠っている萌黄を評価する。最低限仕事をしてもらえればいいですけどね。だらだらと町中を見回しながら歩き再びグラハム邸へたどり着く。

 

「これは遊一郎様。何用でございましょうか。あいにくグラハム様は外に出ておりまして。」

 

 老執事が出迎えてくれる。

 

「いや、この町に歴史、戦史・・・法、教養とか知識全般で本とかあるところがあればと聞きたいのですが。」

 

 僕は目的を老執事に伝える。執事はこちらを見てふと考えているようだがすぐに僕らを誘導するように邸内を案内する。

 

「本や巻物は保存性に欠け容積が多いと言うことで昔より一時的な事を記録するものだけにとどまっております。」

 

 老執事は廊下を歩きながらぽつぽつと語り始める。

 

「書籍と言う言葉自体は時間が進んでも残っておりまして、風習的な意味もありまして記録するものもそのように形状化されております。」

 

 老執事は扉の前で止まり鍵を探している。

 

「昔の方々も名残惜しいのかそういうイメージがつきまとうのかより便利に出来るにもかかわらずなぜかそうなったと聞いております。」

 

 老執事は鍵を開け扉を開ける。

 

「グラハム家の書籍の一部ではございますがこちらに保管されております。ご自由に閲覧してください。後ほど書庫に詳しいものを派遣いたしますので。」

 

 扉開けた部屋の中には壁と空間に整理された本棚と書籍の背表紙が見える。ただ見知ったハードカバーのような膨らんだ作りでは無く、平べったい金属の背表紙が印象的である。正面にある『シュレス地域の植生』という本を手に取る。金属らしいひんやりとした感触に違和感を感じながら片手に持つ。枠は金属だが本体は何かの石であるように見える。表紙にも背表紙と同じタイトルが書かれており材質以外は本当に紙の本のような作りになっている。執事の言葉を思いだし本を開くような動作をすると表紙が開き文字が映し出される。めくれた表紙に触ろうとすると感触がなく幻影であることが分かる。次のページをめくると紙がすれるような音が鳴る。僕は思わず吹き出した。この世界の昔の人は本を保存する目的でこの魔法道具を作ったのだろうが、本を読んでいる気分になるような仕掛けまで施されているのだ。確かに無駄だしよくわからないと言われても仕方が無いだろう。ただその本を読んでいるという雰囲気を残したかったという意図だけはよく見て取れれる。背後の扉が開く音がして僕は反射的に後ろを振り返り本を閉じる。パタンという勢いよく閉じてしまった時の音を聞いてちょっとおかしくなる。扉からは女中の一人がおずおずと入ってくる。

 

「カーペンツ様に言われてきだんですけども・・・」

 

 僕より大分大きな女性がきょろきょろしている。世界的に体が大きいのが普通だから仕方が無いのだがなんとも調子が狂う。

 

「僕が書庫を見たいと言ってここに来たんだ。執事から誰かよこすとは聞いてたけど。」

 

「あんれ、こんなこんまいこがけ。ようげんきょうすんねやなぁ。」

 

 驚いたのか正直何を言ってるのか分かりづらい。僕がしかめっ面で見上げていると女中さんははっとなって姿勢を正す。

 

「ぐぅらはむ家使用人メイリィでいうま。ここのこたらなんさ聞ぃてくれ。あるなしどこにあるかさっどわかるでよ。」

 

 自信満々に自己紹介するメイリィに僕は不安を覚えるばかりであった。

話の展開があまり進まなかったことをお詫びします。もう少し展開を新しくしたかったのですが。



鈴「桔梗ちゃん暇じゃない?」

桔「え?そうでもないですけど。」

鈴「ご主人様に会いたくない?」

桔「それはそうですけど、指示がありますし。」

鈴「真面目だねえ。生産指示と監視と管理だけ。もー、暇。」

桔「鈴は存在してることが仕事だからってご主人様が。」

鈴「痛い!なんか心が痛い!」

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