僕、売る。
「名前を入れないというのは珍しいが・・・まあ区別がつけばいいからいいんじゃないかな。」
当時のグラハムの微妙な表情と切れの悪い言葉は忘れられない。今は場所を移してグラハム家の一室である。スレウィン一党には商会に使う土地か建物の物色を任せている。グラハムの手もあってスムーズに進みそうではある。僕らはその一室でグラハムと若い執事と一緒に向き合っている。
「若干手狭ではあるが慣れると意外に使い勝手がいい。」
本邸は王都のほうにあるらしくこの町にあるのは別邸ということらしい。元の世界に比べれば大きめの豪華な屋敷といった感じなのだが、これを手狭という貴族は普段部屋を何に使っているのかと思ってしまう。
「事を広く広めるわけにはいかないので一応こっちに来てもらったわけだけど、例のヤツについて詳しく教えてもらえるかな。」
僕は引っ張ってきた知識の範囲内で生態を詳しく説明する。僕は最初から分かっていたがグラハムは期待していたところがあったのだろう。
「それで駆除方法はどうなんだ?」
僕は手を上げて首を振る。そのグラハムの絶望感たるや。原因を知っていたら駆除方法も分かるなんてそんな都合のいい話はない。僕は条件に該当する生物の知識を呼び出したに過ぎない。最も駆除方法についても調べようとすればできるかもしれないが、寄生元の安全はとてもじゃないが保証できない。グラハムは再び悩み始める。人助けしてやりたいのはやまやまなのだが。そして僕らが出来る最も簡単な方法を思いついたが、見た目が過激過ぎて拘束されかねない案件である。僕が悩み始めたのにグラハムが反応する。
「何か方法が見つかったのかね?」
グラハムの言葉に現実に戻される。
「いや・・・まあ一応・・・最終手段にしたいと思いますが。」
グラハムの勢いに僕は言葉を濁して答える。
「本人に非常に激痛を伴いますが、それ以外肉体的には何も無い・・・体が弱いとさすがに死ぬかもしれませんが。」
僕は歯切れ悪く続ける。正直絵面はあまりよろしくない。萌黄に寄生元と一緒に寄生魔物を貫くだけなのだから。端から見たらただの殺人現場である。中枢に寄生しているので中枢を大きく傷つければ萌黄の【活殺】でも戻せなくなる可能性もある。菫と鶸はぴんときて納得しているようであるが当の本人は暇そうに立っている。
「見て頂いたほうが早いのですが・・・はぁ。」
「そんなに気が進まないのかね?」
「それなりに実験はしましたけど、悲劇もありましたからね。」
陰のある言い方をする僕にグラハムも少しうなる。
「そこの執事さんをお借りしましょうか。」
僕は意を決してグラハムに提案する。グラハムも手段が気になって仕方が無いので後ろの執事を呼び寄せる。執事は何が起こるのか緊張しまくりである。ごめんな、あわれな犠牲者さん。僕は収納から石材を取り出し一言断って床に置く。さらに肉塊と冷石剣を取り出し肉塊を石材の上に置く。
「ここに取り出したるはよく切れる剣。こんな肉の塊もすらりと切れます。」
僕は肉塊の端をつまみながら長めに塊をそぐ。
「どうぞご確認ください。」
僕はグラハムに冷石剣を渡す。グラハムは冷石でできた剣であることにかなり興味をもっていたが今ここで重要なのは仕掛けの無い刃物ということだけだ。一般的でない素材なので疑う要素が多すぎかもしれないが。
「はい、執事さん上着を脱いでもらって両裾をまくってもらって良いですか?」
執事はビクビクしながら指示に従う。
「それではこの肉を両手で挟んでもらえますか?」
先ほどそいだ肉を執事に持たせる。
「萌黄。執事さんごと肉を切れ。さっとな。執事さんは元に戻しといてな。」
僕は萌黄に指示を出しながら剣を渡す。突然物騒なことを言い始める僕にグラハムが驚き執事が悲鳴を上げる。
「はーい。もぅ、動くとあーぶないよっと。」
律儀に肉を挟んだままその場から逃げだそうとする執事に回り込み萌黄は指示通りに両手ごと肉を一閃する。執事の激痛の叫び声が響き渡り手を押さえて転がり回る。グラハムも僕と執事を見ながらかなり戸惑っているようだ。すぐに傷は無かったことになるので激痛は継続はしない。執事が涙ながらにはっとして両手を見て手を握りながら存在を確認している。
「とまぁ先に説明すれば良かったんですが説明してもあまり変わらないと思ったので先にみてもらいました。」
僕は切られた肉を拾い上げてグラハムに見せる。グラハムから見ても確かに執事の手は切られたはずなのだ。グラハムは執事を呼び寄せて手を確認している。傷跡も何も無いはずだ。切れたのに直すというより切れてないことにするというちょっとおかしなスキルだからね。どういうことだと説明を要求する目でグラハムが見てくる。
「萌黄が持っているスキルに生物のダメージに干渉するスキルがありまして、萌黄が傷つけた対象の傷を結構な範囲でコントロールできるんですよ。今みたいに両手ごと肉を切っても切れているのは肉だけ。最も肉はスキルの対象外なので切ることしかできませんが、間に人の体があっても同じです。切ったものなかで好きなように切る切らない、ちょっとだけ切るっていうのを選べます。ただ、執事さんを見て分かるように傷には干渉できますが切った痛みは残るんですよね。つまりは思いついた方法というのは寄生元の激痛覚悟で寄生魔物ごと貫いてもらう、ということです。」
僕は種を明かして萌黄から剣を回収して石、肉と一緒に収納する。グラハムは悩んでいるが効果は高そうだと認識しているようだ。
「貴族のお嬢さん相手にこちらで引きこもってやるわけにも行きませんし、お嬢さんが叫ぼうものなら僕らの身も危ない。効果はあってもちょっとやりづらい方法ではありますね。」
僕は想定される状況を説明してソファーに戻る。しばらく無言の時間が流れる。執事さんは服を着替え直して後ろに控えているが、痛くもない手が気になってさすっているのがなんともいえず申し訳ない気持ちになる。
「立ち会いはうちからも参加してなんとかしよう。少なくともその貴族の身内だけは助けたい。」
グラハムが熟考の末口を開く。実際今から生態を研究し駆除薬、魔法を開発するのは時間も何も足りないと言うことだろう。
「成否にかかわらず僕らに被害が及ばないなら構いませんよ。」
恩を売る意味もあって承諾した。この先全く権力の支援無しに行くのも現実的ではないと思っていたのでもらえそうなコネはもらっておきたい。グラハムは即座に承諾したことを少しいぶかしんだが背負えるリスクの内で対処できると判断したのか僕に握手を求めてくる。
「よろしく頼むよ。四、五日以内には動けるようにするので居場所が決まったら連絡してくれたまえ。」
僕が握手したところで食い気味に言葉を発しすぐに身を翻して執事に指示をだしていく。僕は鶸をちらっとみる。鶸は頷いているのでだいたい予定通りなのだろう。
「さて、スレウィンに合流するかな。」
僕らはグラハムに一言挨拶して退席した。その後スレウィン達と一緒にだらだらと建物を見て回り大きめの物件に当たりをつけ購入に至る。およそ価値観など分からないが大金貨四十五枚をあっさり払ったことについてスレウィンにも売主にも驚かれた。馬車を引き入れ、掃除もそこそこに外にいた斥候兵とC型を呼び寄せ工事にかかる。外側はそのままに張りぼて皮にし中身をまるまる作り替えていく。とりあえず寝られそうな所だけ確保し僕らは就寝する。起きる頃にはできあがっているだろう。そしてスレウィン達は何が起こったのかわからず驚くしかないのだ。
翌日、部屋の仕様など細かい要望などはスレウィン達にまかせて僕らは外に出る。必須の用事はグラハム邸に手紙を渡して居場所を連絡するだけである。空いた時間を市場調査にあてる。市価の調査というよりはむしろ商会の力関係の調査に重きを置いている。商業に関する法律は違法品をうらないだの、税金がどうだのたいしたものではない。商会の自治に任されているようにも見える。だが実際にはほとんどの町で一強の商会が幅をきかせてルールを作っているのが実情のようだ。国に目をつけられない程度にやり放題しているというべきか。この町でトップに立っているのは先日村に来たドーナントも所属しているフレッド商会である。八割方の店舗に干渉しており商品や流通を大きく持っているのでぽっとでの小さな所では対抗ができない。生き残っているのは元々町にあった小さなところか、地元で必要なローカル需要を満たしているところぐらいである。飲食店もフレッド商会に材料のほとんどを押さえられており言い値で買っているようなものである。ただ地域の価格から考えればそれほどぼったくっているわけでもなくまあ高いだろうなと思わせるくらいで収まっているのはフレッド商会自体がそこまであくどく商売しているわけでもないのだろう。まあ悪くは無いのだが、運が悪かったと思って諦めてもらおう。
「鶸はどう見る?」
市場で商品を見ながら僕は鶸に聞く。
「どうと言われましても、どう潰すかの話でしかないのでしょう?懐柔するか安価にするか・・・これから続けていくなら懐柔のほうがよろしいでしょうけど。」
鶸が隠す気も無く堂々と言ってのける。声が聞こえた通りすがりの人はぎょっとした顔で振り返るが相手が子供とみてほっとしてスルーしている。
「まあフレッド商会を押さえるのが一番だろうけど、金だとあまり意味が無いだろう?」
「その金で新しい対抗馬ができるだけですわね。気になるなら地道に値下げ商法でよろしいのではなくて?以前のようにやり過ぎなければ大丈夫でしょうよ。」
「まあ商人に目をつけられるくらいなら死ぬわけでもないしね。国はきついけど。」
「普通は死ぬと思いますけどね・・・」
僕と鶸、菫はだらだらと話しながら市場を歩く。市場でちょっとくすぶってそうな商人と結託して革命を起こすのも面白いかもしれないけど敵ばっか増やしてもしょうがないので今回は穏便に行こうかな。そう思いながら市場を出て越後屋に帰ろうと歩いているところにおばあちゃんが三人のチンピラに因縁をつけられているのが見える。僕は鶸を見るが濡れ衣を着せるなと言わんばかりの顔で首を振る。菫はチンピラに関しては知らないようだがおばあちゃんには心当たりがあるようだ。
「年配の方は昔からこの町で細々と地場料理を売っているお店の方ですね。・・・野性味あふれる食品が多数ございます。古くからいる関係で町の人の利用はそれなりにあります。場所がいいので不定期にああやって絡まれているようですね。」
不定期とはいえあるといことは助ける必要もないのだろうけど目の前でイベント立ててくれたなら拾ってやるのがゲーマーというものだろう。近づくと非常にどうでもいい内容でクレームをつけているチンピラ。おばあちゃんはちょっと困り顔だがのらりくらりとかわしているようだ。こういう時は手を出したら負けなんだろうが、おばあちゃんが先に手を出すとは思えないのでやはり我慢できなくなったのはチンピラのようだ。
「さすがにそれはどうかと思うよ。」
僕はさっと駆け込みチンピラの手をつかむ。おばあちゃんはおやおやという顔でチンピラと僕を見ている。思ったより余裕そうだな。
「幼児が何の用だよ。俺等はそこのババアと話してんだよ。」
チンピラが手を払おうとして手を振り回すと僕の体が宙に浮く。チンピラごときと思っていたけどめっちゃくちゃ力あるな。僕は手を振り切ったところで手を離して地面に下りる。
「やれやれ、この町ではもういないと思うとったけどよそからよく呼んでくるものじゃねぇ。」
僕を振り払った手で振りかぶった手をもう一度おばあちゃんに叩きつけるべく勢いに任せて殴りかかるチンピラ。僕の意図はどこへやら歩いてやってくる菫達。おばあちゃんにその拳が当たると思ったその時おばあちゃんの素早い手が拳を受け流し手を添え軽い調子で通路のほうに投げ飛ばした。ものすごい勢いで転がっていくチンピラを見て驚愕する僕とチンピラ達。えぇー、僕いらない子でしたか。
「坊ちゃんもありがとねぇ。近所の子はみんな知っとるから助けられることも無く新鮮じゃったよ。」
笑いながら僕を見るおばあちゃん。
「そこの馬鹿どももアレを連れてとっととお帰り。この私の体が動く限りはこの店を動かすつもりは無いよ。そこの坊ちゃんに免じてここはこれで納めてあげるよ。」
おばあちゃんはチンピラにそう告げる。いかにも僕が来なければ更に惨劇になると言わんばかりである。チンピラは口をあんぐりさせながらおばあちゃんを見ている。そして急に我に返って手早く短剣を僕につきつけてくる。
「くそ、このガキを傷つけられたくぁぁ。」
完全に悪手である僕に武器を突きつけておばあちゃんを脅すという行為に出たチンピラは突風のように飛んできた菫に腕を落とされる。そうそう何をされても傷つかないとはいえ菫は僕に対する敵対行為には容赦が無い。口上を言い切る前に事態が解決してしまう。転げ回るチンピラが血をまき散らすので汚れるのを嫌って状態異常治癒の魔法で出血だけ止めてしまう。
「ご主人様大丈夫ですか?」
菫が確認をとってくるが大丈夫なのはわかりきっているだろう。さすがに魔法も乗ってない武器で傷つけられるとは思っていない。
「おやおや随分ひどい目にあって・・・相手を見ずに喧嘩を売るからだよ。相手を見ないならせめてそこの坊ちゃんくらいには腕を磨いてから来るんだね。」
カラカラと笑うおばあさん。遠回しに僕が相手を見れないヤツと言われている気がする。菫達の動きを見れば実際そうなのだろうけど。チンピラ達は腕と転げ回っている男を連れて走り去っていった。
「さぁて、そちらの坊ちゃんには何をしてあげようかね。」
チンピラを見送ったおばあちゃんがくるりと怖い動きでこちらに顔を向ける。
「そ、そうですね。おばあさんのお店でも見せてもらおうかな。」
僕はちょっとした恐怖感から遠慮がちにそう言った。
「おや、随分無欲な子だね。そこらのごうつくばりに聞かせてやりたいわ。好きなようにみとってくれ。気に入ったならお土産に包んであげよう。」
おばあちゃんはまた高らかに笑いながら店に入っていく。僕らもそれに着いていくように移動する。なんとも言えない独特の匂いが鼻をくすぐる。発酵臭と言えば良いのか醤油とも年代物のタレとも言えないツンとした濃い匂いがする。平たく言うと臭い。店の中に入って慣れると麻痺するかのように匂いは感じづらくなるが決して匂わないわけでは無い。菫はともかく萌黄も鶸も鼻を押さえて微妙な顔をしている。
「若い子にはまだ辛い匂いかねぇ。」
定位置とも思えるような小上がりにおばあちゃんが座っており声をかけてくる。外の光のせいか気持ち薄暗く感じる店内で怪しい雰囲気を放っている。
「まぁ・・きついですね。品目を見ても何かさっぱりわかりませんね。」
僕はたまに入れ物を開けたりして中を確認しているが、開けるたびに周囲にすごい匂いをまき散らすものだから萌黄が袖を引っ張ってぷるぷるしている。木の実や蛇、よく分からない細長い物、肉っぽい塊、何かも判別つかない物が何かよく分からないタレに漬け込まれている。
「ここらで昔から伝わってた滋養強壮の食べ物さね。体が悪くなったとき、これから頑張りたいとき、力をつけたいときとかに食べるのさね。」
ケッケッケと笑うおばあちゃんを見ると完全に魔女かなんかだと思ってしまうくらいはまっている。そんな中異臭に混じって異臭。甘いなんとも爽やかな香りが鼻に届く。すぐにいつもの匂いに戻り臭さを増幅し、逆に罠かと思うくらいの香りであった。僕はちょっとだけ気になって苦しみながら清涼剤であろうその匂いの元にたどり着く。
「ほう、苦しみに耐えてそこにたどり着いたかね。」
おばあちゃんも狙っているのか一際匂いのきつい商品の間にその香りを出す入れ物はあった。蓋を開けるとなんとも幸せになりそうな匂いが広がる。
「いつも匂いに慣れてるヤツからしたら邪道とか言われてるけど効果は一級品だよ。お値段もそれなりだけどね。」
なんだか分からない液の中には村の果実カクカダが沈んでいた。
「おばあちゃん、これは?」
「私が生まれる頃にたまたま手に入ってやってみたものなんだと。当時はともかく今はとんでもない値段がついているからねぇ。うちでも一かけ金貨二枚とかいう高級珍味さね。昔からここぞというときは愛用していたのもいたけど、今は金持ちの餌かね。」
おばあちゃんは少しだけ寂しそうに語った。
「この果物うちの商品なんだけど・・・昔はそんなに安かったの?」
おばあちゃんは一瞬だけきつい目でこちらを見る。
「おんしあの商会関係者の息子かなんかかい?」
おばあちゃんは若干だけ怒気がこもった声で語りかけてくる。周囲の温度が相当冷え込んで感じる。
「フレッド商会の事を言ってるなら違うかな。ここで新しく商会を開きに来た田舎者だよ。」
僕はその空気に負けないように堂々と言葉を返す。
「そうかい、そりゃ悪かったね。」
おばあちゃんの姿勢は元に戻り周囲の空気も元に戻る。なかなか怖いおばあちゃんだ。負ける気はしないけど面倒くさいと言わざるを得ないくらいの能力は持っていそうだ。
「そうだね。昔みたいに安くだせるならいろんな人が助かるだろうねぇ。あれはちょっとした病気なら吹き飛ばせるくらいのちょっとした万能薬だからねぇ。」
薬効云々もあるかもしれないが、本人が丈夫になって軽い病気なら直せるくらいの勢いのようだ。
「銀貨とは言わずとも、大銀貨くらいで手に入るならうちらの界隈は大助かりだよ。」
おばあちゃんはしみじみと感慨深くそう言った。元々小さな市場であるあの果実で無茶をしたところで困るやつはそうそういまい。困るのは価値を無用に上げていたフレッド商会だけだ。
「すぐには持ってこれないけど希望に添えるようにはするよ。楽しみにしてて。」
僕はカクカダの漬物の入れ物をつかんで大金貨をおばあちゃんに渡した。
「おや、随分と大きな口を叩く坊ちゃんだね。期待せずに待ってるよ。」
おばあちゃんはカクカダと別の何かを一緒に包んで僕に渡した。ほんのり異臭を放つそれはおばあちゃんからの攻撃なのかちょっとだけ僕らを不安にさせた。中身は何かの肉だったようだがスレウィン達には懐かしさと共に受け入れられた。
「久々にみるとめっちゃ匂いきついっすね。でもこれがうめーんすわ。」
「少し前くらいまではちょくちょく定期便にも乗っていたのですがね。そう言えば最近みませんでしたね。」
「酒、酒もってきてー。」
無駄に好評なそのアイテムに僕らは戸惑いながらおばあちゃんの話をし、果実をつかった一計を講じることを皆に伝えるのだった。
「いやー、やっぱ鬼っすわ。」
「目玉商品であったとは思うのですが・・・まあ商品は他にもありますけどね。」
「かわいそうなおばあちゃん・・・ああ、うめぇ。」
僕のやることに意義を唱えないのもどうかとは思うが今回に限っては気にせず実行することにする。メッセージをつかって鈴に連絡をとる。
「村から町まで領地引いといて。」
カクカダの希少価値を落とす方向で大量に持ち込む算段を始める。流す過程でフレッド商会が食いつけばそのままカタにはめる。そうでなければ値段が下がってみんな喜ぶだけだ。困るのは在庫を抱えたヤツだけだ。こうして第一弾からしてフレッド商会と真っ向からぶつかることを前提に商品展開を始めるのだった。商会に併設して拠点と同様の倉庫を建て資源を投げ込む。ここからカクカダを流し初めてもいいのだが、カクカダの食料価値がそこそこ高いので暴落までするには足りなすぎる。よって生産拠点から直接もってこれるように領地化して取り出せるようにする。最初はおとなしく割安な価格で食料や日用品を流し始める。少し珍しい食材もおいて興味度なども測る。
翌日、予定通りに市場で場所をとり宣伝もかねて個別販売を始める。安いので普通に売れる。昼を過ぎた頃には予定数を売り切り一旦閉める。時間いっぱいまで売り切ってもいいのだけど、やり過ぎもよくないので周りがそこそこ困る程度の範囲で売りさばく。二日目からも商品の一部を変えて商売を続ける。三日目からはカクカダも流し始める。安く感じるが一般人では手が出ないところである。正直なところ売り切るつもりの商品には全く影響なくカクカダについては同業っぽいのがちらほら買っていくくらいである。本物かどうか確かめるためだろう。四日目も変わらず商売する。売り切り商品については結構なお客さんが殺到し早めに売り切れるようになる。周りの業者も売れ行きが悪く困り始めた頃である。カクカダについては買い付けが増え始めた。食料品に関して問い合わせが増え、飲食店からの卸依頼も来始める。そして五日目を迎え販売しているところへ少し裕福そうな男がやってくる。
「お前が持ってるそこの果実の在庫をすべて引き取りたいのだが。」
食いついたかどうか分からないがそれっぽいのがやってきた。
「はあ、すべてと言われますと結構な量になりますがよろしいのですか?」
僕は少しとぼけて答えておく。
「構わん。量があるというのならすべてここに持ってこい。」
男は布きれに持ち運び場所を記載してくる。
「お値段はいかがしますか?」
「気にすることもあるまい。そこの安売りではない正規料金でかってやるわ。」
何がこの男をそこまで強気にしているのか全く理解出来ないが僕は淡々と処理していく。菫に所在をみせたが頷いているのでフレッド商会の関係であることはほぼ確定だろう。鶸にさらっと契約書を作らせて男に見せる。
「それでは当商会越後屋の現在庫のすべてを一個あたり金貨一枚で貴方が買い取って頂けるということでよろしいですね。」
と僕はしれっと契約書を出してサインを求める。男はちょっとだけ驚いて身を引いたが契約書で保証されるならとサインをした。オールランドね。おつかれさん。ちょっとおかしなやりとりをしているせいか周りが騒がしくなってきたので男は契約書の複写を受け取って足早に去って行った。周りでひそひそと小話がされている。菫の耳がピクピク動いているのがちょっと楽しい。その日は早々にすべての在庫がなくなったので早めに引き上げる。
翌日その現場を見るためか少し人手がいるように見受けられる。連れてきた馬車は三台。取引の中身を聞いていたものからはひそひそと怪訝な声が上がる。僕は現場にいた微妙な顔をしているオールランドを前に契約書を取り出して告げる。
「越後屋の在庫すべてを一個当たり金貨一枚でオーランド氏に売却する。」
僕はそう宣誓して荷箱を運ばせる。三台の馬車からどんどん運び込まれる箱。軽々と運ぶ菫達に対してスレウィン達はちょっと大変そうである。そして積み上がる箱。
「一箱当たり約170個全部で三十箱5100個ございます。もちろん全数検品していただいて結構です。数が足りなければ差額はお返しいたしましょう。数が多くても追加で請求はいたしません。掛け値なし即刻支払いお願いしますよ。金貨五千百枚相当の現金に近い物でお願いいたします。」
うなだれるオールランドを見て僕はため息をつく。正直なところ加工さえできればカクカダの値段についてはまだ安いと言える。なにせ乾燥するだけで七倍前後価値が上がるのだ。ただオールランドにもここにいる商人達にも分かってしまっただろう。本来稀少であったはずのカクカダが突然五千もでてきたのだ。しかも果実として消費期限が長めとはいえ腐敗する可能性のある高級品がだ。この果実はこれから無数に出てくるのではないかという不安がある。これからこの果実で荒稼ぎは出来ないであろうという直感。この場にいて在庫を少しでも抱える商人達はものすごい勢いでこの場を離れた。そうでないものもこの光景をみておいそれと高値で買おうとも思うまい。事実上この町でカクカダに手を出す商人はいなくなるだろう。うなだれるオールランドに僕は静かに近づく。
「オールランドさん。価格については一切まけませんが貴方が条件を飲んでくれるなら貴方のその果実の加工が終わるであろう五日間の間は追加の販売を見合わせてあげましょう。何、この町以外での需要を考えれば大量とはいえ少なくとも損を出さない程度には売りさばけるでしょう?」
オールランドがばっと顔を上げて僕の顔を見る。
「これから越後屋が進出してくることについて反対してくれなければいいだけです。特に追加で請求するとかはありません。若干貴方の立場は悪くなるかもしれませんが、今破滅の申告をされるよりはましでしょう?」
オールランドはそんなことでいいのかととぼけた顔をしている。
「分かった条件を飲む。五日だな?五日待ってくれるんだな?」
必死のオールランドの言葉に僕はしっかりと頷く。オールランドは大金貨五一枚入った袋を持ってきて僕に投げるように渡す。彼の動きは見た目の割に素早かった。この死にそうな在庫を死なせないために必死になって作業を始める。
「貴方にしてはぬるめの手でしたわね。」
「いつも僕がひどいことしてるみたいじゃないですか。」
「ご主人様は町自体を壊すつもりはないからでしょう。」
鶸がつっこみ、僕がボケる。菫がフォローする。
「さて遊一郎様次はいかがなさいますか。」
スレウィンが少し疲れた顔で訪ねてくる。
「しばらくは安売りで顔を売ってフレッド商会一強の切り崩しかな。また早々に手を出してくればその都度対処だね。」
金はともかく売り物はいくらでもある。買い切れるなら買い切ってみなってね。僕らは早々にフレッド商会に喧嘩を売り商圏の一部に食い込み、そして高利益商品を叩き潰した。相手は確実に警戒し反撃に出てくるだろう。その反撃の手段がどうなるかが次の懸念事項でもあった。
年間150位の商品を35年分くらい一度に流したら価値はそれなりに。ただその価値が下がることが流布される前に売り抜けろと時間を与えられたわけです。実のところ町の外でも研究中の商品であり実のところそこまで需要があるわけではないのですが、試作の段階で効果が高く期待が高い商品といったところです。やり方次第ではありますがこれだけの量でも多少利益が出るくらいには持って行けるでしょう。ちなみに遊一郎側でのコストは一つ食料180で生産されますので食料としては高い価値を持っていますが、食料の生産ペースからすると微々たる量といえるレベルです。
萌「すーぱーどくたー萌黄!」
菫「外傷も骨折も治せないのよね。」
鶸「実の所魔法で直せないのは生物が常駐することによる疾患だけなのよね。」
桔「寄生虫専門医?」
萌「・・・響きが嫌。」
鈴「アニサキスに噛まれ続けるか、腹をえぐられるか選ぶと良いわ。」
萌「ご主人様、麻酔を構築してくださいぃぃ。」




