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僕、商売させる。

本日は菫の小話の前編と本編の二話になります。こちらは本編の後半部。

 この商会自体は次の布石であるけど効果が出る、認められるまでには結構時間がかかる。そういう意味では早く始めるに越したことは無いので、ドーナントに感心しつつも商品を準備し町への出発準備を進める。グラハ村に残る者達はしばらく日常作業を行ってもらう。足りない人手はミーバで補うが、そもそも食料はこちらから提供できるのでむしろ余暇の過ごし方として技術を学んだり訓練したりといった事をするものが多くなる。留守番は改めて連れてきた鈴と桔梗である。桔梗は少し残念そうだが通信出来る者がいないと困るので無線技術が整うまでは連絡員としていてもらうことになる。鶸と研究所の面々には伝送技術の向上を優先的に進めてもらう。電気を作るのが早いか、電気の代わりとしての魔力消費を抑えるのが早いか、鶸の悩みは僕には理解できなかったが維持に困難なエネルギー問題さえ解決すればあとはなんとかなりそうというのが鶸の考えのようだ。僕は僕で膝に斥候兵を抱えながら準備の指示を進めている。何かと潜入調査となると菫に頼ることが多くなってしまい負担を減らすため調査用の進化体が欲しくなり育成に至る。ただ増えたら増えたで調査先が増えるだけの気もするけど意図的に進化できるかという実験も含めてやっている。萌黄にさせていた森の調査と平行して抱えた斥候兵にも見つからないことを主題に生息の少ない動植物を探させたりしている。能力に方向性をつける実験である。そうやって試しながら日々を過ごす。

 

 六日後。

 

 準備も整いいざ出発しようかというところで菫が戻ってくる。

 

「ご主人様、ただいま戻りました。」

 

 うれしそうに戻ってくる菫を快く迎えて報告を聞く。実に商人らしい商人でそれほど悪意をもって村に接していた訳ではなさそうだ。人道だけでやっていける世界ではないだろうし、渋っていたとはいえ村が暮らせる程度には支払ってもいたわけだし。そういう意味でもコントロールがうまいと感心させられる。菫には手間をかけさせたがそのまま町に行くのに護衛をするように指示する。少し作業が止まってしまったが改めて出発を指示し馬車四台が動き出す。若干特殊な生まれの蜥蜴ではあるが能力は一級品である。馬車も揺れを押さえて乗り心地も良く、商品にも優しい。商品は四台に乗っているが満載というわけではない。あちらに商会を立てることはほぼ確定であちらでの活動用も含んでいる。

 

「アトモスは足が遅いと思っていましたがドーナントよりずっと早いですね。」

 

 菫が馬車に乗り込んできて言う。

 

「あっちの馬車の事情だろうけどあまり速く走ると揺れがひどくて人も商品もやってられないだろう。」

 

 実際に飛び跳ねる馬車に乗り続けていた僕は早すぎる弊害が身にしみている。この馬車を使って全力で引いたらあの時ほどでは無いだろうけどまだ飛び跳ねるだろう。

 

「あの時は随分ひどかったですわね。」

 

 鶸がしみじみと言う。菫がキッと鶸を睨む。

 

「あれは急ぎだったからね。正直繰り返したいとは思わない。早いとこ移動手段は安定させたい。魔法でこう瞬間移動とか出来ればいいんだけどね。」

 

 菫をたしなめながら僕はそう言って空を見る。

 

「移動系は事前準備か消費の問題がありますわね。大規模移動になればそれこそ天文学的な魔力が・・・」

 

 鶸が呆れ気味に言う。ただその言葉にちょっとだけ引っかかりを覚える。

 

「魔力さえあれば実現できるのかな。」

 

「技術的なこともあるとは思いますけど・・・理論上は可能ですわ。」

 

 鶸がまた何の悪巧みをという目で僕を見る。確かに悪巧みなのだろう。僕は久しぶりに本を使って構築を試みる。

 

 ○広域転送:強化術Ⅸ 消費:34000~ 詠唱:3600~

 指定した百m四方の空間にあるものを、十km以内の別の百m四方の空間に移動させる。移動元が術者自身によって動かせないものであったり、移動先に移動元が動かせない物質があった場合は広域転送自体が失敗し霧散する。移動元の空間環境は即座に修復される。消費と詠唱を増幅することで空間か距離を増幅する。

 

 中々愉快な魔法である。土を掘り返したりするのは難しそうだが、液体や毒ガスとか悪さできそうな要素もある。目的にはかなっているので構築は進める。ただし完成は半年後である。緊急に魔法が作りたいときは困るが仕方ない。これも一つの実験である。菫はニコニコしているが、鶸が冷めた目で見ている。菫の全面的信頼も、鶸の呆れ加減も心苦しいが割り切っておく。夕方まで馬車を進め、人間組を集めて相談する。

 

「皆、馬車で寝られそう?」

 

「あの揺れならそれほど問題ない気もしますが。」

 

 スレウィン他ついてきた四名が顔を見合わせて相談する。僕は笑みを浮かべて収納から厚手の布団を出して各自に渡す。皆は微妙な顔になって僕を見返してくる。

 

「ここでしっかり食事をとったらそのまま遅めに進むことにする。うまくいけば明日の晩には着くだろう。」

 

「まじですか?」

 

 ついてきた一人が正気を疑ってくるような声を上げる。

 

「街道にはそれほど脅威もなく、そもそも過剰なほど護衛がいる。アトモスにもミーバにも睡眠や疲労はなく、寝なきゃいけないのは正直僕らだけなんだ。」

 

 僕の説明にぞっとしてまったりとしているアトモスをみる人達。似た姿をした別物と考えた方が良いぞ。システムの産物に現理論をぶつけるのは無駄だ。なにやら怪しいと思っているようだが反論がないので実行することにする。使ったことのないような柔らかい布団に包まれ別の意味で眠りづらい者はいたものの大多数は概ね問題なく移動する馬車の中で夜を過ごした。

 

 翌日。久々に睡眠をとったせいかなんとなくだるい。

 

「大丈夫ですか?ご主人様。」

 

 菫が微妙な顔を心配してかのぞき込むようにして聞いてくる。

 

「いや、問題ない、と思う。最近鍛錬所で睡眠消化してた分睡眠のぶれで気分が落ちてるだけだと思う。昨晩問題は?」

 

 僕は無理矢理気味に笑いながら菫に答える。多少心配そうだが長いこと見ているのでそこまでではないと思ったのだろう。

 

「それならば良かったです。昨晩は特に問題視することもなく、昼食にでもと少し肉を調達してきたくらいで。」

 

 斥候の過程で見つけたのかは分からないけど何か狩ってきたようだ。襲われた訳では無いので確かに問題なさそうだ。馬車を止めて朝食をとりつつまた馬車を進める。

 

「起きたら風景が変わっているっていうのもなんとも言えない感覚ですね。」

 

「誘拐されてる気分ですわ。」

 

「やっぱり移動馬車いけますって。」

 

「布団がふわふわしすぎて落ち着かなかった・・・」

 

 朝食をとりながら新体験を話していた彼らは夢心地で馬車に揺られるのだった。道中特にヤマもなく概ね平穏に夕方日が沈みそうになる頃に町までつく。

 

「ほんとについちまいましたね。」

 

「半ば冗談かと思っておりましたが・・・」

 

 彼らは賞賛の目僕を見て、菫が何故だか自慢げにしている。スレウィンに代表として門番とのやりとりをしてもらう。さすがに僕が出るといろんな意味でこじれそうだったからだ。僕個人も若いが世界的に身長が低すぎて更に若く見られる。この世界ではだいたい十歳くらいの大きさなんだそうだ。なにかと生物が大きくて困る。

 

「商会所属でなくても商業目的の場合はあちらの門を使ってくれとのことでしたね。」

 

 スレウィンが馬車に戻ってきて報告する。菫の聞いた話でドーナントが使っていた方か。門を分けるのは作業の円滑化か流通の把握のためか。だいたい後者のほうだったようでグラハ村から来たということを言っても怪しまれて長々と馬車も商品も検品された。乗っている者達もじっくり見られた。

 

「この子供は奴隷かなにかのつもりか?」

 

「いえ、めっそうもない。こちらは・・・商売を仕込むつもりで庇護している子供達です。こちらで商会を構えようとも思っていますので。」

 

 門番の嫌みったらしい視線にスレウィンは慌てて答える。門番はスレウィンと僕たちを交互に見つめていぶかしんで見つめている。そこそこの間じろじろ見られていたが納得したのか解放してくれた。スレウィンのほっとした顔が印象的だった。

 

「商業を始めるなら中央管理所で商業権得てから始めるように。許可無く始めた場合は売り上げの八割が税になるので注意するように。」

 

 門番が品も馬車も問題なく怪しい物も隠していないと確認してやっと解放してもらえた。最も馬車に関しては大分首をかしげていたが。

 

「すみません中の宿とか紹介頂ければと思うのですが。」

 

 スレウィンが門番に宿の場所を聞いている。

 

「宿自体はあるがそんな馬車を保護できるところはないな。」

 

「それは困りましたね。」

 

 スレウィンが悩んでいるので僕はメッセージを送って指示する。

 

「見張りを立てますので馬車だけこちらの外に置いておいてもよろしいでしょうかね。」

 

 スレウィンが提案して門番が微妙な顔をする。

 

「構わんが品物について責任は負わんぞ。あと今日ほど長くは無いが検品はもう一度行う。」

 

「かしこまりました。それでお願いします。」

 

 スレウィンが礼をして馬車に戻ってくる。

 

「助かりました。見張りはどうしますか?」

 

「正直ミーバに丸投げしたいところだけどそちらの一人にババを引いてもらうしか無いな。」

 

 そう言って僕はスレウィン以外の四人を見る。四人とも何を言われているのかいまいち分かっていないようだ。ババを引くという表現が通じていないようだった。それでもスレウィンは意図を組んだようにその中の一人を指名して見張り役にした。

 

「まあ見張り自体はミーバがするから、君はずっと寝ててもらっていいよ。」

 

 そういって小銭と村の酒を渡して見張り役をやってもらうことにする。斥候兵二十という過剰な見張りを伏せさせておいて僕らは町に入った。

 

「結局宿については紹介してもらえなかったな。」

 

 僕は周りを見ながらぼやく。最も紹介されるまでもなく菫の調査で施設くらいは把握できる。

 

「近場で見た目がまともそうなアレにしておくか。」

 

 僕はこの時は何も考えず指示した。

 

「八名だと部屋二つで大銀貨十六枚になるけど大丈夫かい?」

 

 高級宿だった。田舎者をお馬鹿にするような男の顔も若干かんに障るが、その額にスレウィン他三名の体が一瞬硬直する。僕自身も銀貨五十枚もかからないだろうと思っていただけに相当な額に驚いたが、正直金事態は余ってるので何の問題も無いとめんどくさがってこのままでいいと思ってしまった。だが、よくよく考えたら交渉役のスレウィンに金をそこまで持たせてないことに気がつき、後ろ手に金貨を一枚呼び出し菫の顔を見て足でスレウィンのほうを軽くタップする。菫と目があったあ後、菫がゆらりと動いて金貨を受け取り希薄化した気配をゆるりと動かしスレウィンのポケットに強めに金貨を入れ込んで元の位置に戻る。硬直してどうするか考えもできなかったスレウィンだったがその重さで我に返って僕の方をちらっと見る。僕は良いからやれという顔でカウンターの男を見る。スレウィンは無造作にポケットに手を突っ込んでカウンターの上に金貨を置く。手を引いてから金貨が見えて男もびっくりしている。男は金貨を取り上げ少し眺めて申し訳なさそうな顔でカウンターの後ろからおつりを出してくる。

 

「ちょっと重くなりますが・・・大銀貨八十四枚のお返しになります。今別の者に案内させますので。」

 

 ぽっとでの田舎者っぽかったので男も冷やかしか何かと思っていたのだろうか無造作に出された金貨を見て態度を改めた。すぐに案内の女性が来て食事などの説明をされて部屋に案内される。現代基準の僕からすると普通の部屋だと思ったがスレウィン達の基準からすると大分立派な部屋だったようだ。

 

「いやはや、まさかこんな所に泊まることになるとは。中々焦りましたね。」

 

 集まった部屋でスレウィンは冷や汗をかいている。

 

「僕も見た目より高くてちょっとびっくりしたよ。」

 

 軽く笑いながら答える。周りの男達の羨望の目がちょっと熱い。とくに予定は変わらないので明日の朝まで好きなようにと解散する。

 

「遊一郎様方はこちらでよろしかったですか?我々はあちらの部屋で。」

 

 部屋割りが決まりぞろぞろと移動する。拠点のベッド基準で考えると良いわけでもないがここのベッドも柔らかさを感じられるだけ世界的には高級なのだろうと納得しておくことにした。

 

「貴方基準で考えるとそうでしょうね。」

 

 鶸が考えを読み取ったのかそうつっこんでくる。

 

「文明度合いがご主人様のところのほうがずっと高いもんねー。」

 

 ベッドの上でごろごろしながら珍しく萌黄がこの手の話題に入り込んでくる。

 

「ナーサルとかミルグレイスだったらちょい高くらいだったじゃん。」

 

 僕は記憶を掘りおこして反論する。

 

「あちらは前線でしたが強固な大都市でしたからね。こちらは防備は高めとはいえ世界的に見ても田舎の部類かと思います。それでもこういった高級宿がある所をみるとそれなりに人と物の動きがあるようですが。」

 

 菫がなんとなく申し訳なさそうに注釈を入れる。菫にまではしごを外されてはどうしようもない。僕は考えを改めて記憶にとどめる。この後食事をとって寝た。

 

 夜が明けて皆で集まって食事を取ってからまた門番に言って馬車をとりにいく。見張りの男は馬車の前で軽く体を動かしていた。

 

「おはようございます。特に何もありませんでした。」

 

 まあ夜通し見張りをしていない男目線からすればそうだろう。僕は斥候兵を三体呼び出して状況を確認する。ミャーミャー騒ぎながら看板を立ててくる。


『汚い男来た。追い払った。』

『ひげ面の男襲ってきた。埋めた。』

『黒い女来た。追い払った。』

 

 思ったより興味を引いたのか結構な数がいたようだ。一部バイオレンスなことになっているが。

 

「ま、馬車は問題ないと言うことで。」

 

 僕はその辺はさらっと流して馬車をつれて門へ移動する。検品が始まるが昨日と荷も何も動いていなかったので手早く終わった。馬車を引き入れて中央管理所に向かう。そこそこの広い施設のようだが馬車を止めるような場所はない。邪魔にならないように止めておいて男達を待機させて対応と見張りをお願いする。スレウィンだけに任せるつもりだったが請われて僕もついて行くことにする。ぞろぞろいくのも何なので判断が早そうな鶸だけつれていく。さすがに公的機関の中で突然襲われる・・・というのは考えたくない。ちょっと自信がなさそうなスレウィンと一緒に管理所に向かう。受付で商会立ち上げと商業権の付与を申し込む。受付されて取扱商品について記載するように求められる。限定するつもりもないのでなんでもと今回持ってきたものを適当に書いておいた。受付の女性もなにか苦笑いを浮かべてやりとりをしている。書類のやりとりをしながらだんだん面倒くさくなってきている僕とどう対処していいか悩むスレウィン。こいつらやる気あるのかと思うような目で見てくる受付。少し雰囲気が悪くなってきたところでニコニコ顔の優男が近づいてきて後ろからやりとりや書類を見ている。女性は後ろの男が気になってしょうがないのかチラチラ気配を確認している。上司かお偉いさんか。僕は書類とか町のルールや税の話を面倒くさいと思いながら聞いていた。

 

「面白いな。どうせ上の承認もいるだろうし後は私が引き継ごう。」

 

 僕は正直面倒なのに目をつけられたと思ってしまった。受付もかなり驚いているようだ。

 

「グラハム様がお出になるような案件では無いと思いますが。」

 

「どうだろうね。表の馬車の連中なのだろう?たぶん関係してくるさ。」

 

 受付は困り顔だがグラハムという男はスレウィンと僕と鶸をさっと見て書類をまとめている。もう引き継ぐ気満々である。僕としても処理が早く終わるのはいいのだが、この男に目をつけられるのが良いか悪いか判断に困る。

 

「貴方のお名前を伺ってもよろしいかしら。」

 

 急に鶸が声をあげる。

 

「おっとお嬢さん。これは失礼した。この管理所で副所長をしているアードランド=グラハムという。流通関係と土木関係を管理させてもらってる。」

 

 受付は微妙な顔になりながら書類をグラハムに渡す。

 

「よし、では案内するよ。」

 

 グラハムに先導され僕らは一室に案内される。一応スレウィンが代表ということでソファーに座らせて僕らは脇に控える。

 

「君らも座りたまえ。そもそも個室に案内したのはそういう体裁をなくすためでもある。」

 

 グラハムはそういって僕を見る。

 

「君が彼の主人なのだろう?」

 

 スレウィンの挙動は確かに堂々としたものではないけど僕も目立たないように何もしていないつもりだったが彼の目にはそうは映らなかったようだ。

 

「彼は君の顔色をうかがっている。お嬢さんは君に控えている。君の動きも中々隠しきれていないのもあるけど、周りの動きが君を主人だと言っているよ。」

 

 僕は仕方なく前に進み出て礼をとる。

 

「彼らの村を支援することになったので主人といえなくもないけど、僕的には手助け程度のつもりなんですけどね。僕は遊一郎。今日はよろしくお願いします。」

 

 僕はそう言ってため息をつきソファーに乱暴に座る。グラハムはその様子を見て声を上げて笑う。

 

「なかなか楽しそうな子だ。最も審査に手を抜くつもりもないけどね。」

 

「いくらぐらい積んだら手を抜いてくれるんですかね。」

 

「おっといきなり積むつもりかい?それはもうちょっと後の手段だろう。」

 

「いや、もう結構疲れてるんで・・・」

 

 僕とやりとりしてまたグラハムが笑う。ひとしきり笑った後書類をぱらぱらとめくって一枚を出す。

 

「彼が取り扱える商品を把握できていないのは分かるのだけど、実際にはどこまで扱えるんだい?」

 

 グラハムが取り扱い商品の書類を出して軽く指で叩きながら聞いてくる。

 

「正直なところ何を売って良いか判断できていないので無難にまとめてるだけですよ。用意できるなら何でもですね。」

 

「何でも・・・かね。ここはともかくこの先中々そうは言ってられないと思うよ。」

 

 僕の答えにグラハムは楽しそうにそう言って見つめてくる。

 

「そうですね。芸術品の類いは難しいですね。ただ基礎素材から汎用商品なら何でも・・・といえるかな。」

 

 グラハムはほぅと言って興味深そうに見てくる。

 

「大きな商会ともなれば得意な物以外にも請われれば探すこともある。が、立ち上げの段階でそう大きく言える所は無い。君は珍しい類いの人ではあるがそこまでコネがあるとは思えないけど。」

 

「僕らなりに秘密があるということです。そこまで晒すつもりはありません。」

 

「それは残念だ。もっともあの馬車だけでも相当なのは分かるのだけどね。」

 

 グラハムは別の切り口からこちらを把握しようとしてくる。僕も正直どこまで巻き込むか明かすか悩ましくなってくる。

 

「『ご主人様』。彼には何か目的、または欲しい物があるようです。」

 

 鶸の突然のご主人様呼びに驚いて振り返る。グラハムは鶸を見て顔を少し険しくする。

 

「先ほどもそうだったけど見た目の割に食えないお嬢さんだ。」

 

 グラハムもまたどこまで明かそうか悩み始めたようだ。なんとも言えない沈黙の時間が流れる。話の外に放り出されたスレウィンだけがお茶を飲んで平和な顔をしている。現実逃避しているとも言う。僕もグラハムもどこまでと考えながらお互いの顔を見たり目線を動かしたりする。ただお互いの手札が分からない状況で折れるしかないのは欲している側である。

 

「そうだな。世界にはどんな病気や毒に効く万能薬があるという。それを準備できるかな?」

 

 グラハムが伏せ札を少しだけ開く。

 

「万能薬があるというのなら準備できるかもしれませんが・・・それが効くという保証はありませんね。呪いという可能性もありますし。」

 

 僕は少しだけチップを積む。

 

「魔力の流れに異常はない。呪いではないことは確定している。苦しい昏睡が続いている。」

 

 グラハムが別の札を開く。

 

「魔法・・・ならなんとかなるのでは?」

 

 僕はちらっと鶸を見る。鶸は確証がないということで首を振る。グラハムもその様子を伺っている。

 

「私もそれなりの地位にいるので手配してみたが、その優秀と言われる術士では無理だったな。」

 

 僕もその術士の腕はわからないのでなんとも言えないが試す手はあると。また二人でソファーにもたれてにらみ合う。そして鶸がキレる。

 

「貴族かなんだか知りませんがまどろっこしすぎますわっ。さっさと性別と症状をおっしゃいなさいっ。」

 

 僕とグラハムがぽかんとして鶸を見る。スレウィンは見なかったことにしている。そしてグラハムが笑い出す。

 

「確かに貴族でもない相手にこういう対応では難しいか。いやいや癖になっているとはいえ申し訳ない。」

 

「話せない相手の可能性もあったので仕方が無いかと。」

 

「我々的には弱みと取られると後々厳しくなるものでね。」

 

 鶸のおかげでさっと話が進みそうなのは助かる。だいたい予想は出来ていたがグラハムが貴族であることも明かされた。

 

「さて細かい話はいらないとは思うのでどこから話したものかな。問題のお嬢さんは別の貴族の家族でな、派閥が違うやつなんだが恩を売って云々というのはこちらの事情だな。一年前に突然昏睡して目を覚まさなくなったのだ。それだけでなくかなりの頻度でうなされているようでな。」

 

 グラハムはぽつぽつと相手の症状を語り始めた。鶸が珍しく思案しながら話を聞いて時折質問をしている。こうして僕はスレウィンと一緒に蚊帳の外になり一緒にお茶を飲む仲間になった。

 

「やはり病気と言っても良いかもしれませんが、広義で見れば呪いですわね。」

 

「し、しかし呪いならかけられた魔力の痕跡が出るはずだ。」

 

「普通に外から呪いをかければそうなりますわね。」

 

 鶸とグラハムの話が結論に至りそうなので僕はちらりとそちらを見る。

 

「夢魔が同化している可能性もあるでしょうが・・・恐らくは寄生種ですわね。」

 

 鶸が僕の方をちらっと見る。

 

「何が知りたいんだ?」

 

 鶸の視線を受けて僕が答えると。グラハムがこちらをぎょっとした顔で見る。

 

「寄生種全般にすると絞りきれませんので・・・期間が二年以上と昏睡、苦痛、幻視あたりを条件にお願いしますわ。」

 

 鶸がこちらのカードを勝手にめくってくれる。まったくこれを当てにされると後々もっと面倒くさくなるぞ。ただ、鶸にはこの先が見えているからこそなのかもしれないが。

 

「270か。5分弱待ってくれ。」

 

 僕はもうどうにでもなれとお茶をするる。やりとりが全く分からないグラハムは驚き固まっている。この男の醜態が見れただけでも少しは良かったかとは思ってしまう。

 

「スペクターワーム・・・ですか。またえげつない生態ですわね。」

 

 時間になって鶸が閲覧を始めたので僕も確認してみる。一定以上の知性生命体に侵入し神経中枢に寄生する細長いミミズのような所謂寄生虫のような魔物らしい。寄生した後宿主から養分をかすめ取りある程度育つと宿主の神経系に干渉し昏倒させる。そのまま衰弱させながら魔力を奪い苦痛や恐怖からなる精神エネルギーを吸収しその恐怖を映した幽鬼の生成を始める。その幽鬼が宿主を維持しそして本体の成長を促す。宿主が昏倒しても生きていける環境の場合は幽鬼がでないこともあるようだ。そして本体が十分に成長すると宿主の中枢を食い殺して体を乗っ取るのだそうだ。そして近くの類似生命体に種をばらまくと。僕は悪寒に体を震わせる。放っておくと都市がまるっとゴーストタウンになってしまうなこれは。種が植えられてから昏倒まで約半年、成長期間が二年前後。昏倒して一年なので結構危ない所まできていそうだ。

 

「だ、大問題じゃないか。」

 

 グラハムが症状の原因に驚いている。正直僕もそう思う。そもそも種を移された元も気になるくらいにはやばい魔物だと思う。

 

「ただ聞いただけの予測ですから確定とは言えませんわよ。今の話の中であればこれが一番しっくりきますわ。」

 

 鶸がそう自信満々に言ってグラハムがうなる。

 

「ともあれ私たちにはそもそも関係ない話になりますのでそちらの書類にサインをお願いいたしますわ。」

 

 鶸が悪い顔をしてグラハムに言う。君も僕のこと言えた義理じゃないくらい悪い顔するよね。

 

「く、わかった。ただ、あとでそのワームの話と対処法も教えてもらうぞ。」

 

 グラハムが取り乱し焦るように言って書類を書く。まあ、まだ期間があるとはいえ正直ほっときたい話でもなく即座に手を打たなければならない。

 

「む、商会名が書いてないな。屋号はどうするんだ。」

 

 グラハムの手が止まりこちらを見上げる。あー、どうしよう。スレウィンと鶸がこちらを見てくる。やっぱり僕が決めなきゃいけないんですね。

 

「んーーー、じゃあ『越後屋』で。」

 

 こうして諸悪の根源たる商会が立ち上がった。

商売させると題しておきながら商会を立ち上げるだけになりましたが、商売がメインの話ではないのでご勘弁を。


萌「真夜中にやることがないって以外と暇だね。」

菫「ご主人様の顔を眺めていればよいのです。」

鶸「悪くない提案ですが、それだけなのもどうかと思いますわ。」

萌「悪くないと思ってる鶸もどうかと思うし、それ以外を考えてるのもどうかと思うの。」

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