僕、侵入する。
日曜追加投稿分。
PV、ユニーク、評価がじりじり上がってきてテンション上げてきてます。興味がなくなるまで、終わるまでじりじり付き合って頂けるとうれしいです。
僕たちは村をでて森に向かう。
「随分安請け合いしたようですけど算段はありますの?」
鶸が訪ねてくる。
「いや、全くのノープランだけど。端っこからヴェノムバイパーを駆逐していってヒドラかなと思ってるくらい。」
僕の軽い答えに鶸がため息をつく。鶸はなにやら考えながら走りはじめる。鶸にはもしかしたら何か懸念事項があるのかもしれないが考え始めたならたぶんなんとかなるだろう。そう雑に考えながら森に入る。萌黄の前調査でヴァイパーの縄張りの片面は大体判明している。縄張りに踏み込むとわらわらとヴェノムヴァイパーが現れる。
「僕、萌黄、桔梗で正面を広範囲に潰していく。菫はフォローを頼む。鶸は後ろに下がって状況確認と怪我対策で。」
おのおのがうなずいて作業を始める。実際の所ヴァイパーの能力を考えたらほぼほぼ作業なのだ。ヴァイパーの死体が山積みになり肉壁になったりするので前線を動かして回収しながら追加を駆除していく。しかしかなりのハイペースで三十分戦ってもヴァイパーの波が増えこそすれ減りはしない。幻影でもなく死体回収も出来ているので決して偽物であるわけでもない。所持品を見る限りでは一部通常の蛇も混じってはいるがほとんどがヴェノムヴァイパーでダミーがあるわけでもない。
「どんだけ繁殖してたんだ。というか餌はどうしてんだ。」
僕は飽きがくるほど淡々と処理をしているがあまりの多さに辟易してきていた。鶸は作業が少ない割には途中からうなるように考え始めている。
「予想に過ぎませんがヴァイパーの知能を加味するとかなりおかしいですわね。巣の主の指示なのでしょうが死を盲従するにしてもここまで従うのは珍しいというか不可思議な気がいたしますわ。」
振ってくるヴァイパーを障壁で前方に受け流しながら報告する。
「そろそろ鞄がいっぱいになりそう~。」
萌黄は萌黄で大変なようだ。銃使いの悲しいところで所持限界の三分の一から半分は銃弾や予備武器で埋められている為、こういった大量の荷物を持つにはあまり向いていない。僕も正直予想外すぎるのではあるのだが。
「まだ指示が止まないところを見ると今で四千匹くらいですか・・・万単位でいるのかもしれませんわ。」
「弾も不安だけど桔梗がそこまで持たないか・・・」
潤沢にあると思っている桔梗のMPもそろそろ半分になろうかとしている。
「一旦下がってから『総攻撃』しようかね。」
僕は指示をだして後退を始める。出てきているヴァイパーはしつこく追ってきたが追加は早い段階で来なくなった。萌黄から聞いた話からすると思ったよりしつこくない。相手も無駄だと気がついているのだろう。そう考えると監視能力と知能は馬鹿にならない。無意味な波状攻撃も『人間』相手なら疲労で潰れるくらいのつもりでいたのかもしれない。想定以上に駒は失ったとは思うが。僕は荷物であるヴァイパーを後方警戒に当てていた斥候兵に預けて銃兵から弾を補充する。
「魔術師も連れてくればよかったな。思った以上に多かったわ。」
僕はぶつぶつ愚痴る。正直千程度なら僕と萌黄でどうにでもなると思っていたが完全に想定外の数だった。
「ヴァイパーの掃討は一旦諦める。後日準備をしてからじっくり行おう。桔梗と萌黄を前面に出してヒドラまで突貫。全員で追従して横撃からの対処だ。」
菫たちの了承の声とミーバ達の気合いの入った声が聞こえる中、鶸だけが思案顔である。
「障壁は私が行います。桔梗は温存してくださいまし。」
鶸が静かにそう告げる。
「私の考え過ぎならそれでもよし。ただ恐らくヒドラ戦には桔梗の力が十全に必要になりますわ。」
鶸が考えながらそう言葉を締める。
「それはここで聞いていたほうがいいんじゃないのか?」
僕は懸念事項があるならと鶸に確認をとる。
「そうですわね。蛇の巣の主は恐らくポイズンヒドラですわ。ヒドラと基本的な性質は同じですが火ではなく毒を使います。血液毒、麻痺毒、腐食毒と三本から十二本ある首ごとに様々な毒を使い分けてきます。一部のヒドラのように首は再生しますが増える個体はほとんどいないようです。正直そこは力押しでなんとかなるところなんですど、やっかいなのが危機に陥ったと判断すると使用する【腐食の結界】が貴方と相性が恐ろしく悪いですの。」
鶸の見解に菫があーと納得したようにうなずく。本を開けばいいのだがわかるやつがいるなら聞いた方が早いと鶸を見る。
「体の周囲三mから五mに発生する腐食性の霧、煙のようなものを纏い始めますわ。劣化する手段のあるあらゆるものを恐ろしい速度で分解する恐ろしい特性がありますわ。肉や金属、木も石も自然性であろうと魔法がかかっていようと地面すらも脆い砂のようなものになってしまいますの。」
鶸がその特性を告げる。それはえげつないと僕が考えていると一つの結論に至る。
「事実上の物理攻撃無効。銃弾は効かないし、近接攻撃もほぼ不可能か。」
「ほぼ・・・ではなく不可能ですわね。幸い神涙滴は変化性にとぼしいので一太刀浴びせることは可能でしょうが・・・」
「体が持たないと。」
ちらっと僕を見る鶸に僕は結論を出す。
「それでいてポイズンヒドラが問題になりすぎないのは再生力が他種に比べるとそれほど高くない事。最もそれでも他の生物に比べると不死身と思えるくらいはあるのですけど。【腐食の結界】自体がこの世界ではそれほど万能ではないからですわ。」
鶸が気楽に言う。
「私たちには非常に相性が悪いですが、正直神谷さんならものの数ではありませんのよ。」
鶸がもったいぶって話を長くし僕の顔を見る。
「つまり腐食しないものには何の対策もない。実態のない魔法なら何の問題も無く効果があるということか。」
「そういうことですわ。」
鶸の語りが最後の結論に達する。確かにそんな特性があればこっちの攻撃の大半は通らなくなる。
「現地についてポイズンヒドラだったら攻撃役は貴方と桔梗ですわ。それ以外でしたら・・・可能性は薄いでしょうからいつも通り飽和攻撃で問題ありませんわ。」
鶸が僕をびしっと指さし言う。若干不安なことを言ったような気もするが薄いなら大丈夫なんだろう。
「じゃあ、全面は僕と萌黄で周辺フォローは変わらず任せる。ただ障壁は全面的に鶸に任せる。これでいいね?」
僕は鶸に確認し、鶸も首を縦に振って答える。
「じゃあ、第二戦いくぞっ。」
僕はそう宣言して皆で走り出す。縄張りに踏み込んだ瞬間現れたのは上から茂みから飛びかかってくるヴァイパーの山。まさに蛇の壁と言うべき群れであった。
「通り道に穴をっ。後は私がこじ開けますわっ。桔梗も一撃だけ。」
鶸の指示に僕らはうなずきショットガンを撃ち込み蛇を吹き飛ばす。桔梗が無力化した蛇を巻き込んで暴風の魔法を使い風と死体を利用し蛇をさらに押しのける。鶸がすかさず障壁を重ねて蛇の侵入を防ぐ。障壁に沿って蛇が回り込む前にその隙間を駆け抜ける。僕らが通り抜け終わると障壁は崩れ落ち大量の蛇が折り重なって山となる。斥候兵がそこに向かって爆弾を投げ込み山を吹き飛ばし妨害を行う。強引に突破するとは考えていなかったのか、それとも抜かれるつもりは無かったのか蛇の壁を越えてからはそれほど蛇の数は多くない。今までに比べれば、でしかないが。壁の蛇もごく一部しか倒していないので後ろから大量の蛇が追いかけてきているだろう。斥候兵が折を見ていろんな所に爆弾をばらまいて足止めを行っている。希に死ぬ個体がいるかもしれないが吹き飛ばしが目的でヴァイパーレベルの敵を爆弾だけで倒すのはめんどくさいというよりはコストに見合わない。
「鶸は大丈夫か?」
「大丈夫ではありますけど正直微妙な気持ちでいっぱいですわ。」
足が遅い銃兵は僕、菫、萌黄、桔梗に張り付いている。そして張り付きが出来ない鶸は斥候兵三体に持ち上げられて輸送されている。駆け抜ける為に仕方が無い措置とはいえ鶸はなんともいえない複雑な顔をしている。小話をしている内に正面から液状の塊が飛来してきてそれを鶸が的確に受け流す。木や地面に落ちても濡れたようになるだけで水弾なのかと思わせる。
「毒、ですわね。接触麻痺か吸引即死か。どちらにせよ直接触れると問題があるでしょうから全部流しますわよ。」
鶸が次々飛んでくる毒と思われる塊を障壁で受け流す。時折蛇に当たっても何も起こらないところを見ると呼気や飲み込むと異常がでるタイプのようだ。ただ毒のチョイスに何か違和感を感じる。鶸がなんとも憂鬱な顔で対処をしているのも少し気になる。ちらちら鶸を見ていると鶸と目が合う。鶸が軽いため息をつく。
「一つの可能性ではあったのですが・・・巣の主は随分慈悲深い魔獣のようですね・・・」
そう静かにつぶやいた。その言葉を少し考え始めた頃目の前の森が開けてヒドラが姿を現す。こちらの姿を確認すると八本の首をこちらに向けて大きな威嚇音を合唱する。体高七mほどだろうか鎌首を持ち上げ巨大な胴と尻尾を鳴らし僕らを威圧する。恐ろしい姿ではあるがそういうものだと思えばそれほど怖いとも思わない。目的地に着いたことで斥候兵散開し後方に備える。鶸と医療術士を中央に、菫が突撃し、僕、萌黄、銃兵達が狙いを定める。
「予定通りポイズンヒドラですわ。八首で老齢期になる前くらいですからかなり頑丈ですわよ。」
鶸が所見情報を伝える。
「放てっ。」
ヒドラが威嚇で始まり毒を吹く前に僕は容赦なく弾幕を浴びせる。十二本の銃から放たれる弾幕はたやすくヒドラの鱗を貫き肉片をまき散らす。ヒドラは身をよじり前に出て僕らを蹴散らすべく首を振るう。穴の開いた体は即座に肉が盛り上がり塞がり流れた血が乾く間も無く美しい鱗が蘇る。これで再生力が低めとか信じられないくらいの再生力である。二つの首が濃い煙をこちらに向かって吐き出し僕らは一旦それを避けるべく飛び退く。飛び退いた場所の枯れ葉や地面が嫌な音ともに煙を上げて形を崩す。こいつらは強酸首か。後続の蛇は斥候兵が対処しているが何分数が多いのですべては難しい。時折僕と萌黄がショットガンをつかって対処するもヒドラも相手に中々大変な作業だ。それでも僕らは有利に立ち回り時折皮膚を毒に冒されはしたものの即座に治療され戦闘の推移はさほど問題はなかった。
「毒は触れてしまうと防御とかは関係ないんだな。」
少し余裕が出てきた僕は答えを求めるでも無くつぶやく。
「魔法で毒を吹き付ける場合はその過程では魔法防御が影響しますが、当てるだけが目的の場合はVITの効果は薄くなりますね。当たった後はVIT勝負になるので取捨選択は難しいところですが。」
飛び込んで首を切り刻んで戻ってきた菫が何気なく答える。
「回避できない環境で毒を当て込むっていうのもありかなぁ。」
噛みついてくる首を両ショットガンで吹き飛ばし、それでも突撃してくる首を回避する。首を持ち上げ定位置に戻る頃にはすでにピンク色の頭部が再生されており時期につややかな緑の鱗が蘇る。冗談みたいな再生速度に辟易する。鶸の話では行動と再生には疲労を伴い生物である限りはいずれ限界が来ると言っていたがいつになることやら。最初に比べれば多少は動きが鈍くなって見えるが、こちらの戦いにも対応してきて効率化されてもいるため疲労の増え方も鈍化していると見れる。
「菫。斥候兵と一緒に一旦動きを押さえろ。斉射で押し込む。」
菫がうなずき目配せすることもなく斥候兵六体が連携に参加する。菫がヒドラの首をいなし、落とし、蹴り飛ばす。斥候兵達も撹乱し、首を吹き飛ばし思うように動けないように首の狙いを分散させる。僕と萌黄は銃兵を連れて少し下がる。狙撃銃を構えて狙いを定める。
「鶸、後ろは一旦任せる。」
「任されましてよ。」
鶸が気合いを入れて答え、医療術士と共に後方に広く障壁を張る。桔梗がもどかしげにしているが仕事はもう少し後だ。
「三、二、一、放てっ。」
菫に伝わるようにカウントダウンし、意図を察した菫は手早く首を吹き飛ばして射線から外れるように動く。斥候兵達も同じように身を動かし蜘蛛の子散らすように後方に引く。最初のように勢いも無く硬直させられた状態でヒドラはもろに銃弾を浴び続けた。再生する肉片より飛び散る肉片のほうが多くもう数秒斉射が続けばヒドラも挽肉になるであろう。ヒドラもそれを理解しついに切り札を切る。ヒドラの鱗が開くように毛羽立ちガスを吹き出す。薄緑のその気体は広がりきることもなくヒドラの周りを滞留し周囲の草木を分解し粉に変える。浴びせた銃弾も速やかに崩れ去り小さな火の粉をあげて消えた。
「打ち方やめ。萌黄と銃兵は結界が解けるまでは後方警戒にまわれ。あとヒドラの動きにも注意しろ。結界に巻き込まれるなよ。」
この状態では結界ごと突撃されるのが最も単純で破壊力が高い。ヒドラもそれが分かっており移動してくるがその動きは攻撃ほど素早くなく鈍い。最初の移動速度から考えたらもっと早く動けてもいいはずなのだが。萌黄がヒドラにショットガンを撃ち込むが結界をほとんど進むこと無く火の粉に変わる。あの結界を物理で抜こうと思ったらもっと大きな質量が必要だろう。萌黄の手持ちの中でそれが出来そうなものはない。萌黄は悔しそうにその場を離れ後方援護に回る。
「桔梗、あとは頼んだからねー。」
萌黄が桔梗に叫ぶ。桔梗はこぶしを握って気合いをいれてそれに答える。
【光槍】
桔梗が左手を振って光線九本を展開し一気にヒドラへ撃ち込む。ヒドラはそれを回避できずに全弾直撃を受ける。ヒドラから激痛を思わせる叫び声があがる。身は焦げ煙を上げ若干再生を阻害している。地獄弾が効いてないかと思ったが熱量が足りなかったのか。スラッグ弾のほうが有効だったかもな。と次回の参考にしつつ僕も魔法攻撃に切り替え【暴風旋】を重ねる。ただ切れるだけだと再生していしまうが動きを阻害することと再生させることが目的なので問題ない。ヒドラの動きが鈍くなった反面、周りの蛇たちの動きが活性し僕ら自体も動くのが難しくなってきた。足場の死体が増え何かと移動の邪魔になる。ヒドラが桔梗に向かって突撃を始める。僕は桔梗を抱き留め自分に暴風をぶち当てて無理矢理軌道上から退避する。ヒドラの通り道の枯れ葉も木々もヴァイパーの死体も等しく分解され粉のようになる。ヒドラの甲高い叫び声が響きヴァイパーの動きも更に活性化する。
「乱打で足止めする。桔梗は一気にたたみかけてくれ。」
僕は桔梗を少し後方に優しく投げ、桔梗はもたつきながらも着地し振り返って準備する。僕は全力で火矢を展開しヒドラに見せつける。
「初級魔術だが・・・この数にどこまで耐えられるかなぁ?」
僕は一度に十二本の火矢を浮かべ放ち、更に十二本、即座に十二本ヒドラに当てながらもあえて避けやすい部分を作ってヒドラの動きを誘導する。ヒドラもそれを分かってはいるがむやみに弾幕の厚い方を通り抜けるわけにもいかず毒を吹きかけて牽制しながら動き続ける。後ろでは桔梗が光線を準備し待機しておりヒドラもそちらが気になるようで動きに精細がない。僕と桔梗とヒドラが三角形の位置になる頃、ヒドラが意を決して火矢につっこみ光線を構える桔梗に向かって毒を飛ばしながら突撃を行う。少ない首で僕の方にも毒を飛ばしてきて初動を遅らせるのも忘れない。僕は舌打ちして軽く毒を浴びながら桔梗の元に走るが結界を回り込みながらではどうやっても間に合わない。火矢を本体にぶち当てるも止まる気配はない。桔梗もため込んだ光線をヒドラにぶつけようとするも横から飛び出てきたヴァイパーの壁に光線の一部を阻まれる。数の減った光線ではヒドラを止めることも出来ず、桔梗は障壁を前面に展開し動きを阻もうにもほとんど動きを鈍らせられずに障壁を割られ続ける。間に合わないと悔やんだその時にヒドラの動きが少しよれる。進行方向を斜めにずらされているように動かされている。
「正面に重ねるだけが能じゃありませんわよ。」
鶸が障壁をずらして展開し正面経路からずれるようにヒドラを誘導しているようだ。ただそれでも障壁が割られ続けていることには変わらずヒドラの動きを止めるものではない。だがそのわずかな時間で菫が桔梗を抱えてヒドラの突撃軌道から桔梗を連れ去る。それでも菫の顔には苦悶の表情が見てとれ、左肩から背中にかけて大きく焼けただれている。僕は無事だったことにほっとしつつも、菫たちが傷ついたことと自分のふがいなさに怒りを感じ火矢と暴風旋を織り交ぜてヒドラの動きを阻害する。
「桔梗。少し頑張りませんと貴方のご主人様が倒れてしまいますわよ。」
鶸が妖しく笑いながら桔梗をせき立てる。桔梗ははっとして構え直し自分に振り向こうとしているヒドラに向かって集中する。ヒドラが吠える。
「貴方の想いに共感しなくもないですが、ご主人様を傷つけたことは許しません。私たちが、私たちの為に進ませて頂きます。」
桔梗は何やら事情を知ってか、それとも僕のためにか珍しく啖呵を切って光線を束ねる。ヒドラは毒を吹き、それを僕が障壁ではじく。準備が完了し桔梗が冷たい目線をヒドラに向けて光線を発射する。光線はヒドラを焼き、ヒドラから悲痛の叫びがあがる。光線は多数の小さな光に分散しヒドラを貫き焼き続ける。緑の煙に包まれたヒドラはぐらりとよろけ煙を噴き上げて砂地のようになった大地に身を埋め、霧が晴れたようにその巨体を晒す。ヴァイパー達が悟ったかのようにその巨体を見つめ鎌首をもたげて天を見上げる。追悼の儀式にも見えたそれは蛇たちにとって確かに別れの儀式だったのかもしれない。声小さき蛇たちであったがその大量の数は確かに大きな悲しみの声としてヒドラの周りに響いた。
「な、なんなんだこれは・・・」
僕は急に戦意を失って去り始める蛇を見て訳も分からず声をあげた。
「ヒドラは・・・蛇たちの主でありながら食料だったのですわ。」
鶸がそっとよってきてそう言った。僕ははっと驚いて鶸を見る。
「その無限とも思える再生力をもって・・・己の肉を蛇たちに与えたのでしょうよ。いつから始まったのかはわかりませんが、縄張りの広さに対して明らかに過剰な数、それなのに周囲には数多くの生物が生息したまま・・・何から何まで蛇たちが生き残っているにはおかしい要素ばかりです。」
鶸が少し寂しそうな顔でヒドラを見る。
「ヴァイパーにとってヒドラは主であり救いの神であったでしょう。ヒドラを害する者、その疑いのある者には命を賭して戦う。ヒドラなくしてヴァイパーの繁栄はなく、たとえ命を失っても生き残りとヒドラさえいれば一族の繁栄は約束されたもの。歪な共生関係がここにはありましたわ。」
鶸がヴァイパーの死体を持ち上げる。
「ヒドラも戦いながらヴァイパーを気にしていたようでした。毒を選んで飛ばしていたのも、結界に踏み切らなかったのも、突撃に勢いがなかったのもすべて己を与えて育てた蛇が愛おしかったのでしょうね。」
鶸はヴァイパーを収納してそう締めた。
「それだけ聞くと僕がすごい悪者みたいだ。」
僕がなんとも言えない感情でつぶやく。
「人間にとっては正しく英雄であり、蛇たちにとっては憎らしき悪でしょうよ。善だの悪だのはある視点からの主観でしかありませんわ。戦いはお互いの正義のぶつかり合い。貴方が人間であるならこの所業は間違いなく正義であり良きことであるでしょう。」
鶸がオーバーアクションで僕を褒め称えるが、その言葉の裏は誰かの正義によって僕が害されることも意味している。ただ僕は目的の為にヒドラを倒す必要があった。この先も同じ事があるかもしれない。それが言葉の交わせる知性ある生き物だったとしても目的の為には打ち倒していくしか無いのだと改めて思わさせられた。
「ご主人様、今はお気になさらずに。戦果を持ち帰りましょう。」
菫が優しく声をかけてくる。
「もう頑張ったんだし、みんな無事だったんだから笑って帰ろ。」
萌黄はいつも楽観的だ。そして萌黄の中でそれはいつも真実だ。桔梗が僕にそっと寄り添い、僕は功労者である桔梗の頭を撫でる。
「確かに今考えすぎてもしょうがない。持つもの持って凱旋しよう。」
ミーバ達がときの声をあげ、菫たちも勝ちどきを一声。少し落ち着いてからヒドラを雑に分断し各自で持てるように調整する。ヴァイパー数千匹の死体は後回しだ。正直無くなってしまってもしょうがない。そうして多少苦戦、ひやひやしながらも無事ヒドラ討伐を終えて報告のため村へ移動する。日は傾き始め、森で夜の声がし始める。皆と軽く走りながら村とその先をどうするか僕は考え始める。
自分でやっておいてなんの解決も提示してはいませんが、こういう無限に再生するタイプの生物はどこから質量、エネルギーを調達しているんでしょうね。そういう意味では魔法って便利な言葉だと思います。実際にできるとすればはどっかの大食いグルメ家みたいに異常な質量を体にため込まないといけないでしょうから。
桔「菫、腐食の怪我は大丈夫ですか?」
菫「鶸が直してくれたし大丈夫。防具がだめになったのが申し訳ないわ。」
鶸「防具は無尽蔵にでてくるのだから、そこは体を大事にしなさいな。」
菫「資源は消費したら無くなるけど、体はほっとくか魔法で治せば無限につかえるのよ。」
鶸「あれ?確かにそうですけど、私・・・何か間違っているのかしら。」
萌「むー、菫は贅沢なのっ。」




