僕、説得(物理)する。
「さて、問題はいかに彼女に僕らを仲間だと認識してもらうかだが。」
僕はそう言って周りを見る。
「成功するかは分かりませんが彼女に意思を伝えることは出来ますわ。」
鶸が自信満々に言う。菫は何を偉そうにと目を細めているが仲良くして欲しいものだ。
「成功するかわからないというのが何だけど、現時点じゃ情報が少ないか。」
「彼女は大分かたくなそうですからね。」
鶸の計算上ではそうなっているのだろうと言うことだけはなんとなく分かった僕は相づちをうっておく。
「彼女の防御網は彼女の仲間を守るためにあるのでしょうから仲間には効果がないでしょう。」
ふんふんとうなずいておくが鶸にしてはもったいつける。
「それならば鈴のスキルで封殺出来ます。鈴に親書を持たせていけば確実に彼女の元に届けられるでしょう。」
鶸が菫をみてふんと鼻を鳴らす。案が出たのはいいのだが自分が出来るわけじゃないのだからそこまでマウントとらなくてもと思うのだが。この二人どこでこうなった。
「他人まかせなのが気に入りませんが本筋としては問題ないと思います。」
菫がなにか嫌そうにして口に出す。僕は苦笑いをしたあと鈴を見るが明らかにやる気がなさそうだ。
「というわけで頼むよ鈴。」
「しょうがない主様ですのう。」
鈴は相変わらずの棒読みで答える。
「安全のために装備を職をつけてあげないとね。」
「できるかな?」
僕の言に鈴が初めて感情を出すかのようににやりと口を動かした。ただ表情筋も何も動いてないところをみると鈴なりの演出ではないかと思う。
「まず装備!基本服飾以外を身につけると著しく防御が低下しますぞ!」
鈴はびしっと前屈みに姿勢を下げて鋭く右手を挙げてポーズをとる。どっかの忍者か。
「そして職業!私一部の職業を除き適正がありませぬ!」
鈴はなんか一時のオタ芸を思わせるアクションをとりながら高らかに宣言する。無能か。
「で、一部の職業ってなんだ?」
「それは秘密です。」
僕の問いに鈴が指を振りながら答える。僕はいらっとして炎の矢を一本打ち込むが鈴はそれをすかさずつかみ取る。
「ひどいですわ、主様。私はお留守番してればよろしいのでしょう?」
なかなかすごい一芸を披露しつつ、しなを作って淡々としゃべる鈴。見た目と言動がいまいち一致しなくてくらくらする。
「わかった。現状どうにもできないなら後回しにする。正直素の能力だけでもよっぽどのことが無い限り死にそうに無いしな。」
僕は諦めて鈴に追加能力を付与することを諦める。
「取りあえず説得用の手紙とお土産でも持たせるか。そういえば鈴に何か意思を伝えたいときはどうするんだ?」
僕はふと鈴に訪ねる。
「同じく神託スキルを使うか、【メッセージ】でおねがいしますっ。」
鈴がくるっと無意味に一回転して答える。僕ははい?と思わず聞き返す。
「神託は所持者があらゆる障害を無視して言葉を届け受け取る能力ですので、一方的に届けるのは簡単ですが受け取るのは何かしらの方法で発信いただく必要がありますっ。」
双方向かと思ったら一方通行スキルだった。ただ鈴の言い訳を聞く限りではどんな方法でも通常の方法で届くならその障害も無視して受け取れるとの事だった。つまり鈴に届けるメッセージは必ず届くという能力であると。
「ちなみにお手紙も私が手紙から逃げない限り必ず届きますよっ。」
鈴曰く届けるというシステムにのった瞬間スキルは成立し、届けるシステムの規定速度で届くのだそうだ。聞くと面白いスキルなのだが有用性に悩む。迎合と併せて無敵の中立リポーターになれそうではある。迎合の敵対という基準も結構曖昧なのだが。十分ほど白紙とにらめっこして若干の賭けではあるがチェイス神の名前を出して説得の材料にし仲間であることを伝える文書を作って鈴に持たせる。
「じゃあまかせたぞ。拠点に入る前と彼女に合う前に連絡してほしい。」
「はい。ではいってくるでありますっ」
鈴はびしっと敬礼して走り出し、僕らはそれを見送る。
「いまいち不安が拭えないヤツだな。」
僕は苦笑いしてつぶやく。
「鈴はいろいろ歪ですからね。私もどう対応してよいか考えています。」
菫がそっと言う。森の方から何も音がしない所をみると鈴はうまく防御網をすり抜けているようだ。
「菫は最初から疑っていた感があったけど、気になったことは何?」
僕は話を振ってみる。
「鈴は元C型ですので藍を冠したのはよいのですが追加色に無は無いのですよ。」
菫がそう言うと桔梗と鶸がそう言えばと驚いている。
「追加色はその個体を補佐する二色までが選ばれてついてくるのですが、鈴はそれが無だった上にステータス自体も不定だったようですし、私たちを構成するシステムに乗っていないのです。」
「なるほどね。なんとなく分かった。原因には心当たりがあるけど君たちには今は明かせないかな。チェイス様の話だと君たちはシステムに直結してる存在みたいだからね。色々問題がありそうだ。」
僕はそういって一人で納得した。菫は若干不満そうだがそれ以上は聞いては来なかった。話の中心にいなかったので追求はしてこなかったが鶸はかなり不満そうだ。チェイス様にいじられてああなったとはちょっと言えない。神のルール上他勢力への干渉は許されていないだろうけど、恐らく見ることはさほど難しくないように思える。ペナルティさえ恐れなければシステムに対する干渉は可能だからだ。実際にチェイス様が僕に情報を与えるために菫に知識を加えていたのだから。僕本体に干渉するのは大分まずいだろうけどミーバならそこまでひどいペナルティではないと僕は考えている。この盤面を楽しむためにも余計な干渉を増やしてはいけない。菫たちは納得いかないかもしれないけど秘密を知られる経路は少なくしておくことに越したことは無い。
「あっちの拠点どうしようかね。さすがに距離があるから領土にするのも大変なのだけど。」
僕は話題をさらっとぶった切って次の議題を上げる。
「今の資源数なら時間はかかりますがつなげておいてよいと思いますわ。もう少し増やせば次の段階に進むでしょうし。」
鶸がそう答える。やっぱり次があるのか。
「じゃあ、桔梗と鶸で協力してA拠点側からB拠点まで領土をつなげるように指示をお願い。」
僕はそう指示し、二人ははいと答える。
「私はどうするの?」
萌黄が何かやりたそうに訪ねてくる。
「そうだな。あっちの反対側のほうがどうなってるか調査してもらおうかな。斥候兵を十体ほど連れて行って。危険生物は可能なら駆除、それと文明圏の捜索だね。取りあえずは近場だけでいいよ。」
僕は彼女の拠点と反対側のほうを指さして萌黄に指示する。萌黄はC型ネットワークを使って斥候兵を集めて走って行った。僕は暇つぶしに訓練でもするかな。菫がニコニコしながらついてくる。菫は基本離れたがらないので菫しか出来ない仕事で無ければ護衛にしておけばいい。僕と二人だけになって喜んでいるのかもしれないが、じきに桔梗と鶸がくるからね。あまり期待しないように。そうやって指示している内に鈴から連絡が入る。
〈拠点前につきました。迷子っぽく中に入りまーす。〉
そんな迷子がいるか。と思いつつ鈴からのメッセージを受け取る。というか早いな。始まりかけた訓練の手を止めて鈴のメッセージを待つ。
〈予定通り教会前にて目標を発見。すでに護衛の変化体には補足されています。接触します。〉
壁を越えてきた不審者を敵と見なさないとはなんとも恐ろしいスキルだ。そう思って吉報を待つ。最も八割方こじれるとは思っているが。
〈お手紙を読んで差し上げるも怪しまれて攻撃されました。帰還します。お手紙とお土産は置いてきました。〉
ご苦労さん、と思いながらも鈴が淡々と手紙を読み上げる姿を思い浮かべるとそりゃしょうがないと思ってしまう。あの違和感は怪しむに値する。あちらでの作業が概ね終わった頃に桔梗と鶸が戻ってくる。
「指示された作業は終わりましたわ。騎兵を入れ替えながら運びまして概ね四日で作業が終わるかと思いますわ。」
鶸がふんっと髪をかき上げて報告する。鶸も上から目線じゃ無いとしゃべられないのかね。ほら、菫がイラッとしてるぞ。四日で終わらせるってことは結構な数を動員したんだな。
「さっき鈴から連絡があったけど予想通り決裂した。一応彼女を取り込むかどうか再検討しよう。」
「彼女は友軍ではありませんの?」
僕の発言を受けて鶸が疑問を返してくる。
「彼女は友軍だから協力関係を敷いてもいいけど僕としては必須じゃないんだ。取り込んだ方がコントロールはしやすくなると思うけど、馬鹿みたいに努力して彼女を取り込もうとは思わないよ。このままほっといて邪魔になるなら排除しても問題ないとも思っている。カノン砲はもういけるんでょ?」
僕はさらっと答え、鶸が言葉を濁してうなずく。鶸は友軍なら取り込みたいと思ってる口か。ただ今のところ意義を唱えるのは事実上鶸しかいないのでありがたいことだ。こういった議論に関しては菫も桔梗も意思を前に出さないからね。途中から鈴が帰って来たのを労い、三十分ほど結論の決まった議論を続ける。
「では、特にあちらから何か無い限りは放置で。危険距離まで勢力を伸ばしてくるようなら一旦警告してという流れかな。」
僕はそうして議論を締める。鶸だけがなにか納得いかなそうだが決定には従うようだ。残念ながら僕はすべてを救えるほど大層な人間ではないんだ。差し伸べた手を握ってくれない相手を助ける方法は知らないよ。僕は意識をさっと切り替え、桔梗と鈴には拠点発展、鶸は研究、菫は訓練の相手をお願いする。日が暮れてそろそろ休むかと食事をとっている頃に菫が外に反応を示す。
「どうしたの?」
僕が訪ねても菫は少しの間じっと壁に顔を向け見えない外を見つめる。
「敵・・・いや使者でしょうか。彼女の変化体の一体が来ていますね。ご主人様に面会を求めていますが。」
菫の報告に少し驚く。鈴の話だと結構なレベルで錯乱していたように思えるので彼女の指示では無いだろう。そうするとミーバの意思でこちらに来たと言うことになるが。指示を仰がず主人の下を離れてまでこちらに来る必要があったということか。それでいて本人が裏切りで無いと思っているなら概ね用事は理解出来る。
「会おうか。戦闘能力的には?」
「武器は持っていないようで、防具は魔獣かなにかの革鎧かと思われます。」
「んじゃ問題ないかな。」
「あまり油断なさいませんように。気軽に近寄るとベゥガの村のようなことになりかねません。」
「気をつけるよ。」
僕は菫と会話を終えて唐揚げを頬張って外に出る。菫にやめてくださいと怒られた。菫に案内されて外門の前につく。すでに桔梗と鶸が待ち構えている。秘匿の意味もあるし総出でお迎えはあまりしたくないのだけど、と思いながら面々を見つめる。
「鶸だけついてきて。あとは扉の裏で控えているように。」
僕の指示に菫がショックを受けている。奇襲から身を守るなら鶸だけでいいし、ここは我慢してほしい。鶸もどや顔はやめるように。僕は外門を開けさせて外に出る。外を見ると膝をつかされて斥候兵に囲まれている少年がいる。ぱっとみ罪悪感を感じなくもないが彼女の横にいた進化体の一体に違いない。
「昼間も伝えたと思うけど一応ここの管理をしている遊一郎だ。彼女は手を払ったと思っていたけど何用かな?」
僕はどうでもよさそうに進化体に話しかける。進化体はその素っ気なさに驚いたようだが頭を振って話を切り出した。
「僕は柑橙A型のトウです。手を振り払ったのはこちらで身勝手なのは重々承知で頼みたい。今のご主人様は正気じゃ無い。ご主人様の体が、心が潰れる前に助けてほしい。貴方が本当に神を同じくする友軍というのならご主人様を助けてくれ。」
僕はトウの切なる願いを聞いた。きっとここに来るまで随分と葛藤があったろう。A型ならではと言えなくもないが、彼女のそばにいるよりもここに来ればきっと彼女を救えると信じて。
「君がそう言うなら助けなくもないけど・・・方法が手間でね。僕はそこまでリスクを負ってまで彼女を引き込みたいと思ってるわけじゃないんだ。」
僕はちょっとだけ冷たく言い放つ。隣の鶸がもぞもぞしてるがもうちょっと我慢しろと思念を送っておく。
「それを押して!なんとか頼む!」
トウはそのまま土下座するように頼み込む。
「最も君がここに来てくれたおかげでリスクは概ね回避できそうでね。何、悪いようにはしないさ。君が半日ほど簀巻きにされて彼女が死ぬほど痛い目にあうだけだ。」
「貴方が何を悪巧みしたか分からなくもないのですけど、トウがものすごく不安そうですわよ。」
斥候兵にトウを拘束させた僕の顔は心底悪そうな顔をしていたそうだ。
「菫。鈴に連絡して萌黄を呼び戻させといて。」
僕は門の向こう側の菫に声をかけ、菫の返事が聞こえる。トウが恐ろしいものを見るような目で僕をみている。
「君はおとなしく寝てくれていたら良いよ。おっとミーバだから眠らないんだな。しばらく暇だろうけどゴロゴロしていてくれたまえ。僕は朝まで寝るよ。」
トウがもがもが言っているのを無視してトウを鶸に預け僕は拠点に戻った。
翌朝、日が昇った頃に目が覚めてもぞもぞ起きる。菫は特に気にせず朝食を用意し準備を整える。食事を終えて外に出ると鈴以外が控えている。今回も鈴が必要だから呼んでもらえるかな。すぐに鈴はやってくる。
「さて本日の予定ですが。昨晩懇願にきたトウくんを餌にして彼女にこちらに来てもらおうかと思います。彼女の性格なら必ず来るでしょう。さすがに拠点直はアレなので森の外の原っぱに呼び出しますが。まずは鈴に彼女にトウを預かったので指定の場所に来いと呼び出してもらいます。彼女がこちらにくればあとはどうとでもなるとは思うけど、基本的に相手をしてもらうのは萌黄で。いつも通り無傷仕様で心を折りに行こうかなと思います。菫は近くに岩でも持ってきて待機。今回護衛は鶸にしてもらって、桔梗には非常時の防御、拘束をお願いする。以上です。」
皆に説明したところで移動を始める。準備が整いそうな頃に鈴に神託を入れてもらう。
「とびっきり悪く伝えておいたよっ。」
鈴がいつも通りの顔でぐっと親指を立ててくる。余計なことをしてくれたと思いつつも伝わったなら彼女は来るだろう。一分もしないうちに彼女が飛来してくる。ぼさぼさの髪、ぼろぼろの服、憔悴した顔。彼女はどれだけの時間をあの拠点に費やしたのだろうか。彼女はどれだけの絶望を背負ってしまったのだろうか。僕はそう思いながら空の彼女を見上げる。そうか飛んだかー。
「トウくん、どうして外に出てしまったの。こんなことになってしまって。さあ私は来たわ。私に何を望むの。」
彼女は悲鳴に近い声で叫び問う。
「先日手紙を差し上げたと思いますがまずは話し合いを。」
僕は彼女のそう告げた。
「ああ、トウくんどうなってしまったの。はやく、その子を、返してぇぇ。」
彼女は正しく錯乱していた。簀巻きのトウに気がつかないのかそのまま光線を放つ。ため息をついて防壁を展開し光線を受け止める。彼女もトウも驚いているようだが正直なところ僕は守勢魔術を持っている中では一番の下っ端だぞ。彼女は更に魔法を追加してくる。受け止めるのは難しくないが続けていては不毛なので。
「鶸、落とせ。」
鶸に意思とともに指示を出す。守勢魔術がランク六に届いたので楽にどうにか出来る魔法がある。鶸は僕の意思にそって【魔術解体】を彼女に公使する。対象魔術のランクで解体率も変わってくるが何も防御手段が無ければ物をいうのはMatkと投入MPである。剣の特性はベゥガから聞いている。杖は細部は違えど剣と同じと考える。ならばまだそれほど杖自体のMatkは高くないはず。結果。
「え?きゃぁぁぁぁ。」
彼女は叫びながら落ちる。さすがにそのまま落ちると問題があるので僕は【落下制御】の魔法をかけて彼女の落下速度を落とす。彼女は無事に地面に降りたことで若干正気に戻って見えたがこちらを見るとまた錯乱したように杖を振り上げる。おっとトウが簀巻きのままか。しょうがないので予定通りにするか。
「萌黄、いっといで。」
「はーい、いっきまーす。」
僕の指示を聞き萌黄が軽快に飛び出してショットガンを構える。彼女はそれが何か分かっているかのようにびくっとして身構える。萌黄は決して速いわけではないが彼女からしたら相当な速さだろう。
「ちょーっと我慢してね。」
萌黄は正面から一発撃ち込む。彼女は反射的に防壁を張るがちょっと薄いな。数十発ではあるが防壁を貫き彼女に当たる。
「ーーーーーー。」
彼女の声にならない叫びがあがる。トウがもがもが抗議しているが我慢してもらえるかな?彼女は涙目で当たった箇所を見ているが痛みだけが残り傷も何も無いことに目を白黒させている。
「ふーん。ご主人様の言うとおり戦闘慣れはしてないんだね。我慢できなくなったらいってね。」
後ろに回り込んだ萌黄はそう言って二発放つ。彼女は思わず振り返って防壁を厚く張るがそれを無視するかのように百近い弾が彼女に当たり悶え転がる。最初と違って今度は障破込みだしな。先ほどより一発は痛くないだろうが数が多いし随分と痛そうだ。彼女は転がった先で萌黄を止めようと杖を構えるが視線の先に萌黄はいない。
「こっちでーす。」
萌黄は楽しそうに彼女を飛び越えながら二射する。彼女は声のする方に防壁を張る。かなり厚めに張ったのか十数発だけが貫通し彼女を痛めつける。彼女は痛みをぐっとこらえて周囲を爆破させる。
「【爆風波】あたりでしょうか、近づいてほしくなさそうですしね。どちらにせよ悪手ですわね。」
萌黄はかなりの距離を吹き飛ばされたがあまり気にせず銃を変えて少しだけ距離を詰める。鶸はゆったりとした姿勢で戦いを眺めている。そう、正直なところこの戦いにおいて彼女が勝つ可能性など微塵もない。なにせ防壁など使わなくても彼女の攻撃はダメージにならないのだ。萌黄相手でさえ防具を破壊されるまでに勝負はつけられる。僕らは彼女が倒れるまで痛めつけるだけだ。
「まあMPがどのくらいあるか知らないけどあれだけ打ち込んだら【心労】も貯まるだろうしそろそろかなと思いたいけど。」
僕は足下で暴れるトウを足で押さえながらぼやく。また萌黄が打ち込み防壁を張られているが射出数が増えてきていて防壁の数が膨大になっている。防壁は簡単に張れるし重ねられるが正直決して消費が軽い魔術ではない。これに頼りすぎると一気に負荷が貯まってしまう。今回はそれが狙いなのだけど。なかなか頑張るな。彼女もかなりふらふらし始めて足下がおぼつかない。ただ彼女は一瞬歯を食いしばり杖を掲げる。その足は震えていない。
「ち、【血操魔】か。仕方ない。萌黄0まで落とせ。」
彼女が自傷を始めてしまえばうっかり死にかねないことになる。萌黄が指示の元撃ち込む。彼女はそれを過剰な防壁で防ぎきる。思いのほか頑張るな。
「これでおしまいです。」
彼女が満身創痍の姿で杖を振るう。周囲を削り取るように空間が爆発する。随分とえげつない魔法を使ってきたな。トウが巻き込まれたらどうするつもりなのやら。魔法が届くまでの数秒の間にトウをつかみあげて彼女に向かって走る。鶸もそれに追従する。近くにいた萌黄は回避が難しいだろうが渦を巻くように外に広がるこの魔法当たる前に術の中心に行くと回避できると見た。魔法の速度が速く鶸が逃げ遅れて巻き込まれる。まあ防壁ごと食われてしまったが恐らく大丈夫だろう。僕はそのまま衝撃が通り過ぎた区域に入り杖を構えた彼女の後ろに立つ。
「まだがんばるかい?」
僕はトウの簀巻きを肩に抱えて訪ねる。彼女はゆっくりと振り返り杖を支えに僕の顔を見る。
「トウを・・・返し・・・。」
彼女は肩のトウに手を伸ばしてそう懇願した。
「ま、その話はあとでしよう。」
僕がそういうと、後ろから飛び込んできた萌黄の回し蹴りが綺麗に彼女の頭に吸い込まれて意識を刈り取った。
「任務達成ですー。」
倒れた彼女の後ろに立ち獲物を捧げる猫のように誇る。あ、お疲れ様です。僕は労うように萌黄の頭をくしゃくしゃ撫でる。
「ふう、最初から気絶方向で進めればよかった・・・。」
「そこはしょうがないですわね。」
ちょっとだけ服がぼろっとなった鶸が歩いてくる。僕はトウの簀巻きを解きながら、鶸が彼女を簀巻きにする。
「ご主人様、大丈夫ですか。」
簀巻きから解放されるなりトウは彼女に駆け寄る。代わりに簀巻きにされているがあまり大丈夫では無い。鶸に治療させてもHPの半分くらいは回復しない。出血火傷の異常状態もないし死にはしなさそうなので当面はそのままにするしか無い。
「トウ、取りあえず彼女を運んでもらえるか?あともう一人の相方の名前を教えてもらえるかな。」
「あ、はい。ただいま。失礼しますっと。もう一人の戦士はユウです。」
「ほい、ありがと。鈴、ユウに連絡を頼む。」
僕はけだるそうにしている鈴に連絡をお願いしておく。鈴は片手を上げてそれに答えるがだらだらしていて作業をしているかは全く分からない。
「それじゃ撤収ー。」
仕事の無かった菫がなにかしょぼくれている気がするがそもそも過剰な戦力だったので仕事がないほうが当たり前なんだからな。拠点に戻り隅っこに旅館を建てて彼女とトウをそこで休ませる。ただし彼女は簀巻きのままだ。杖さえ無ければさほど強力な力は使えないと思われるので杖だけ預かって放置しておく。目が覚めるまでいつも通り過ごす。昼頃に拠点の門に相方のユウがやってくる。桔梗を送って旅館に案内させておく。日が地平線にかかる頃彼女が目覚めたと連絡が来る。小腹が空いたなと思いつつ皆で旅館に移動する。旅館の一室に入るとトウとユウが不安そうな顔でこちらを見る。ベッドの上ではうーうー言っている彼女がいる。早く解いてほしいのだろうが話が終わってからだ。
「さて、覚えているか分からないけど僕は紺野遊一郎。ちょっとは冷静になったかな?当時は正気じゃなかっただろうからこの際どうでもいいんだけど友軍として手を取り合えたら良いとは思ってる。手を取らなくても邪魔しなければ何もしないし、協力してくれるなら全力で支援してあげるよ。」
彼女はジタバタするのをやめてじっとこちらを見ている。
「これから拘束を解くけど抵抗はしても無駄だから諦めてね。この世界の都合上君がどうあがいてもここにいる誰にも勝てないからね。」
僕はそう言って菫に拘束を解かせる。そのまま連れてきたので服がぼろぼろのままだった。彼女の肌がちらちら見えるが汚れがひどくて色っぽいとか全く思わず、逆にかわいそうになる。彼女はそれでも恥ずかしいのか顔を赤くして手で隠す。逆にそういうことをされると意識して困るわけだが。
「鶸、魔術師の装備一式持ってきてもらえる?」
「どうして私が・・・」
鶸がぶつぶついいながら外に出る。
「すぐ持ってこれると思うけど取りあえず名前くらい教えてほしいかな?」
僕は軽めに聞いてみる。
「神谷・・桐絵です。大学生・・です。」
それを聞いて僕は思わず吹き出す。大学生と思うには随分小さかったからだ。確かに色々立派ではあるが。
「し、失礼。年上とは思えず、いや、思わず。」
「ーーー。な、慣れてるから・・・いいです。」
僕はしどろもどろに弁解するが、彼女はまた顔を赤くして縮こまる。
「持ってきましたわ・・・ってなんか微妙な空気ですわね。」
鶸が勢いよく駆け込んできたが気が抜けたように言う。
「ああ、ありがとう。僕は出てるので着替えだけ済ませてもらえるかな。」
僕は部屋の外に出て反対側の壁によりかかってだれる。
「めんどくさそうな気配がする・・・」
僕は大きくため息をついて脱力する。五分ほどして菫が扉を開けて入室を促す。白いローブ姿でベッドの脇に彼女は立っていた。ボサボサだった髪は少しだけ整えられいるだけだが、その凜としたたたずまいはその部屋の雰囲気を一変させていた。僕はなんと言って良いかわからず少しぼうっとしてその姿を見ていた。
「聞いたところによると随分お助けいただいたようでありがとうございます。」
彼女は深いお辞儀をする。
「いやそこはお気になさらずに。トウからの頼みでしたし、渡りに船みたいな所もありましたので。」
僕ははっとなっておもわず敬語で返す。
「お前がご主人様をめちゃくちゃにしや・・・」
ユウがかみつくように騒ぎ出すが菫が冷石剣突き立てて黙らせる。
「命があるだけでもましに思っていただきたいのですが・・・こちらはいくらか費用を払ってそちらを無傷で押さえて歓待すらしているのですよ。」
菫の目がすわっている。怖い怖い。ユウも驚いて萎縮しているじゃないか。
「菫も押さえろ。すまないね。普段はいいんだけど僕が絡むとどうしても過激になりがちなんでね。」
僕は菫をたしなめて神谷さんに告げる。
「いえ、大丈夫です。皆無事のまま助けていただいて重ね重ねありがとうございましゅ。」
慌ててしどろもどろにしゃべっていたせいか盛大に噛んで痛そうな顔で首を下げている。
「正気には戻ったみたいなので色々聞かせてもらえるとありがたいけど、とりあえずお腹もすいたのでご飯でもどうですか?」
神谷さんははっと顔を上げてお腹に手をあててぐぅーと腹の音で答えた。可愛らしく顔を真っ赤にして慌てる彼女を見て一安心するとともに、この先生きていけるのだろうかと思う気持ちも沸いてくるのだった。
長々頑張らせようかとも思いましたがステ差も激しいのであっさり目に。




