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抵抗

 紺野遊一郎は呪いに倒れ彼が世界に持つ全てはベゥガに受け継がれる。菫は毅然とした表情でベゥガを睨み、萌黄も泣きはらした顔でベゥガを見る。

 

「私達が貴方の命をすべて聞くとは思わないように。可能な限り貴方を追い詰めて見せます。」

 

 菫は呪うかのように言葉を放つ。

 

「お前らは彼の意志が分かっていなかったようだが今はいい。だがこの局面を打破するためにもお前たちの力は使うぞ。」

 

 菫の視線に臆すること無くベゥガは宣する。

 

「今ここで俺らが全滅すれば彼の思いもかなわないからな。」

 

 ベゥガは続ける。

 

「それが遊一郎様の意志に叶うと思う限り貴様に従おう。」

 

 菫はそれでも牙をむくように答える。ベゥガは菫と萌黄、ツェルナに着いてくるように促し村に出る。村の住民は酒に酔っているかのようにフラフラしたり頭を抱えている。ベゥガは彼らを気遣いながら中央広場へ向かう。村人は意識がおぼつかないながらも自分たちの主が何かをしようとしているのを嗅ぎつけてノロノロ集まる。ベゥガが彼らが集まるのを待つまでもなく大声で宣誓する。

 

「今長老たちは俺らを媒体に呪いをかけ最高の協力者であった遊一郎を害した。直接手を下したの俺のようなものだが原因を作ったのはあくまで長老たちだ。遊一郎は俺らを滅ぼすことが出来たにも関わらずそれを止め、それどころか彼の持つすべてを俺に与えた。長老たちはどうだ。俺らから搾取し、命令し、気に入らないというだけで遊一郎を廃した。ヒト族に下等と蔑まれようと俺らには恩を感じる意志はあったはずだ。」

 

 ベゥガの声に意志を取り戻した者たちは口々にそうだと叫んだ。その声に景気付けられ更に多くのものが意志を取り戻しそうだと叫んだ。

 

「長老たちは与えられた恩に答えること無く俺たちの支援者を廃した。それは正しいか。」

 

 ベゥガは叫び、村人はそれを否定する。

 

「明確な敵であるはずの俺らを情けでも蔑みでも優越感でも、結果支援してくれたあの男は悪か。」

 

 ベゥガは続けて叫び、村人はそれを否定する。広場には村人が集まりベゥガに視線を集める。村にいた長老派は意志を取り戻すもこの流れに乗りきれずに行動を決めきれずにおどおどしている。

 

「あいつは俺らに力をくれた。」

 

「あいつは俺たちに十分すぎる食い物をくれた。」

 

「あいつはヒト族でありながら俺たちと同じ言葉をつかった。」

 

「あいつは俺たちの横に立とうとしてくれた。」

 

 村のゴブリン達は次々に遊一郎への恩を叫んだ。菫と萌黄はこの流れに若干戸惑うが自分たちの創造主への尊敬を新たにしてその光景を眺めた。

 

「お前たちを指導し導いた長老達は自分たちの地位を守ろうとするためだけに俺たちの恩人を裏切った。それは許されるか。」

 

 ベゥガは村人に問う。多くのゴブリンが戸惑うなか武闘派達は許さないと叫ぶ。

 

「長老は受けた恩を無視しその恩だけを搾取し十分になれば恩人を切り捨てた。おまえたちはそれでいいのか。」

 

 ベゥガは問い、更に多くのゴブリン達が賛同した。

 

「俺達はこれ以上長老派の横暴を許さず、無用な混乱と敵を呼び込む奴らを敵として討つ。」

 

 ベゥガは力強く宣言し九割の村人は大声を上げて賛同した。こそこそ逃げ出そうとする長老派のゴブリンは捕まりリンチにあう。最後に賛同しなかった者たちは特に何も言われないものの多くの者達からの視線は冷たかった。そんな中仮拠点を崩してきた桔梗が戻ってきてその頼りにしていた方向にベゥガがいたのを見て泣き崩れた。菫は桔梗を支えこれまでの経緯を説明し今は指示に従うように説き伏せた。桔梗は納得できなさそうではあったが無表情で立ち上がり沈黙を保って菫に追従した。

 

「で、その長老派は私達にお任せいただけるのですよね?」

 

 桔梗は無表情でベゥガに問う。ベゥガは少し考えた後でまかせようと言って頭を下げた。菫、萌黄、桔梗は無言で歩き出す。元主の(かたき)を討つために。

 

 二時間後。

 森ゴブリンの集落は呪術が成功したことで浮かれに浮かれていた。長老達は褒め称えられ、儀式の実行者は英雄のように祭り上げられ労われていた。そこにいるだれもがこれからの未来が、権力が素晴らしいことになると疑わなかった。集落の入り口で見張りという損な役割を押し付けられたゴブリンは村の喧騒を聞きちらちらと集落の方を見ながらだるそうに柵に寄りかかっていた。ゴブリンが恨めしそうに集落を振り返った時、彼の頭はゆっくりと地面に向かって落ち下の草に触れる前に菫に受け止められた。ゴブリンの体はそのまま柵に寄りかかったまま静かに横たえられた。

 

「それでは桔梗。頼みましたよ。私と萌黄は外に逃げた者の駆除です。」

 

 菫が言い、萌黄と桔梗はうなずく。菫と萌黄は目を併せてからお互い反対方向に走り出す。桔梗は籠手に頬ずりをしてから大きく息を吐く。

 

~腐食濃霧、範囲拡大四、時間延長八~

 

 桔梗が指定した範囲とされた集落の外縁までが茶色の濃霧で満たされる。浮かれた声は突如悲鳴に変わり絶命の叫びとなる。

 

「あら。思ったより威力が強すぎましたか。彼らがひ弱すぎるのか・・・ご主人様の装備は苦しみを持続させるには向きませんわね。」

 

 桔梗は悲しそうに籠手を見つめる。建物がガスを吹きそして自重で倒壊していく。ミニマップで消えゆくマーカーを確認しながら桔梗も自分の担当区域の中で霧から逃げ出しそうな敵の足を魔法で止め霧から逃さない。足を止められたゴブリンはそのまま霧に焼かれマーカーを消失させていく。菫も淡々と出て来ようとするゴブリン達の足を黒曜石の短剣で撃ち抜く。なるべく苦しんでもらうように手傷は小さく痛みは大きく霧の中に残すように。萌黄は直接的に命を奪う。無言でショットガンを放ち逃げる者を肉片に変え即座に霧に消化させる。形すらこの世界に残さないように。十分後には集落には何もなくなり埋まっていた柱の基礎部分と地肌が見えるだけの周囲環境から見れば不自然な大地だけが残った。感傷に浸るように集落の後を見ていた桔梗は道の後ろから金属の音を聞き振り返る。荷車が走るために作られた道を一人の騎士が歩いてきている。警戒しながら腰の剣を握りながら桔梗を見ていたようだ。

 

「子供?」

 

 調査隊の一人である騎士は立っている小さな人影が振り返った時そうつぶやいた。彼も油断していたわけではない。先日壊滅的打撃を受けた騎士団と最後まで戦ったのは子供のような戦士とは聞いていたからだ。ただこの鬱蒼とした森に佇む人影の正体が悲しみを携えた少女であったことが騎士の意識を一瞬硬直させた。桔梗が口を開くような仕草をした瞬間甲高い金属音とともに騎士の兜が吹き飛んだ。萌黄の狙撃である。騎士は身を翻して剣を抜き威圧的な掛け声と共に容赦なく桔梗に斬りかかる。

 

「せっかちですね。ただ貴方のお役目は私を倒すことではなく私達の存在を報告することだったのでは?」

 

 桔梗が体を騎士に向けながらつぶやき、騎士の剣は桔梗の障壁により虚空で受け止められる。騎士は驚きの顔でもう一振り斬りつけるが結果は変わらず身を翻して大きく飛び退く。また甲高い金属音が響き騎士の肩鎧部分が吹き飛ぶ。騎士は軽くうめき声を上げてよろけ後退る。しかし後ろに無いはずの壁にぶつかり軽く後ろを見る。そこには石の壁が立っており騎士の逃げ道を塞いでいる。騎士は慌てて予想狙撃点の直線上に桔梗を位置取りするように壁伝いに動く。桔梗は動いた先に壁を建て騎士の動きを封じる。

 

「もっとも見つかった時点で逃がすわけにもいかないのですけどね。」

 

~劣化防御~ ~石絡み~

 

 桔梗は騎士を見つめ騎士の防御を低下させ、足に石の塊を付着させて動きを封じる。騎士は剣を持って石を叩き強引に動きを取り戻そうと身を撚る。その騎士の動きは突如止まりだらりと腰を折る。背中から血を吹き出し絶命する。壁越しに菫が剣を突き立てたのだ。騎士が絶命したのを確認して桔梗は壁を消し騎士への足止めも解除する。それと同時に騎士は地面へと倒れる。

 

「こんな時に見つかってしまうとはお互い運がありませんね。」

 

 菫が億劫そうに騎士を収納に片付ける。しばらくすると萌黄が駆けつけてくる。桔梗が萌黄にありがとねと礼を言う。萌黄は久しぶりに満面の笑みで笑い得意げな顔になる。

 

「私は報告に先に戻ります。萌黄と桔梗は本拠点からミーバ兵を連れてベゥガの村に連れて行って。」

 

 菫の指示に二人は頷いて走り、それを見て菫も走り出す。一時間後には菫は村に戻りベゥガに集落への制裁を完了したことを報告。騎士の死体を提出し見つかったので逃げられる前に倒したことを併せて報告した。

 

「騎士が戻らないことで捜索が本格化するでしょうからもう見つかるまでは長くないでしょう。先遣隊推定五百人を相手にする必要があります。」

 

 菫の報告にベゥガが唸る。

 

「萌黄達に遊一郎様のミーバ全兵を連れてくるように指示しました。先遣隊自体はどうにでもなるでしょう。」

 

 菫はベゥガに告げる。

 

「ミーバ全軍?遊一郎はどれだけの兵を持ってたんだ?」

 

 ベゥガは質問で返す。菫が軽く笑っている。

 

「今や遊一郎様が持っていた物はすべて貴方のものです。一度確認してはどうですか?」

 

 菫はくすくす笑って確認を促す。ベゥガが拠点情報を確認するとその数字の違いにただただ驚く。近くにいた兵を確認しそしてツェルナを見る。ベゥガはわなわなと震える。

 

「遊一郎様との差が分かりましたか。実験だの検証だの言っておられましたが、あの人はただただ貴方と仲良くしたかっただけなのですよ。貴方に配慮しなければあんな集落ごときに・・・」

 

 菫は少し悔しそうに話す。

 

「むしろこれでも都市相手に戦えないと思うと恐ろしくて仕方がないね。」

 

 ベゥガはつぶやく。

 

「この戦力なら十分拮抗は出来るはずです。こちらから打って出なければあちらも距離的には手間でしょうし。以前の戦力はこの半分以下でしたでしょうから。」

 

 菫は戦力状況を説明する。ベゥガは安心したように一息つく。夕方頃に三千を超えるミーバを引き連れて萌黄と桔梗が戻ってくる。村の中は完全武装のミーバであふれる。村はしばらく混乱に包まれ後日森を切り開いてスペースの確保を始めることになる。

 

 二日後。多くの騎士たちが派遣されてきた為、余計なものを見つけさせないためにもわざと発見させ誘導する。ゴブリンとミーバ兵で七百体を見せつけ捜索隊を追い散らす。先遣隊でも勝てそうなと思わせつつ全軍で対処しなければならない程の微妙な兵力で対応する。

 

 四日後。先遣隊騎士六百五十が草原に現れ陣を構築する。

 

「予定より少し多かったな。」

 

 ベゥガがつぶやく。

 

「どのくらいの範囲と人数を捜索隊に割り当てていたかはわかりませんでしたからね。」

 

 菫がつぶやきに答える。森に兵を伏せながら遠目に見る。

 

「それではいかがしますか?」

 

 菫が意地悪い顔を浮かべてベゥガに尋ねる。

 

「銃で一当てして誘い出す。森の際まで誘い出せればそれでいいんだが。」

 

 ベゥガが答える。

 

「ではお手並み拝見。」

 

「お前らにも仕事はあるんだからな。」

 

 菫の軽口にベゥガがぶっきらぼうに言い放つ。

 

 翌日。明け方と共に展開し始める騎士達に銃騎兵二百で先制射撃。一部騎士を倒すもすぐに盾や魔法で対処され効果は薄い。

 

「先の戦いから対策してきたか、それとも元々こういうことが出来るのか判断に困りますね。」

 

 菫が木の上からぼやく。C型ネットワークを使って成果と状況を伝える。騎士側の準備が済み緩やかに前進し始め徐々に速度を上げてくる。

 

「こちらに来るなら予定の地点まで牽制しながら撤退だ。」

 

 後方からベゥガが指示をする。ミーバは速やかに指示に従い射撃しながら撤退を始める。騎士達も誘われていることは承知で追撃を始める。

 

「罠なら踏み潰すということでしょうか。頭の良い指揮官ではなさそうですね。または舐められてるかですが。」

 

 菫は最前線の林の木の中腹から状況を伺う。追い払うだけならもっと少数でもよかった。ただこれはベゥガが戦えるかを示すかの戦いでもある。今の力の殆どは遊一郎の力ではあるがそれをベゥガが扱えるということをゴブリンやその周囲の生き物、そして遊一郎へ示す為である。

 

「一応は予定通りということで私は私の仕事を。」

 

 菫は斥候兵を一体残し、他八体の斥候兵を連れてひっそりと草原へ向かう。


  先遣隊の指揮官はどういう意図であろうと騎士たちは部隊長の指揮に従い目の前の恐ろしいと言われていた敵を追う。めったに見ないような巨大な蟹に張り付いた奇妙な生物達は統制の取れた動きと一糸乱れぬ動きでこちらの追撃を翻弄し決して張り付かせず、かといって引き離させないという高度な逃走術を繰り広げている。どんなに頭が悪くても誘われていることが分かる。だが部隊長は指示を変えず追うことを続ける。内心不安ではあるのだが未だに彼らの最大攻撃力である銃で傷つけられた者がいないことがまだ大丈夫、問題ないと考えさせている。周囲に森が徐々に迫ってきておりそろそろ森に囲まれてしまうであろうところまで来ている。部隊長はこのときまでは騎士の機動力を奪うためにもっと狭くなる区域まで誘い込むつもりなのだろうと考えていた。よって追撃を停止するのはもう少し先であると考えていた。正面の森はまた開け始め視界が良くなる中、前方を走る蟹は森にかすめるように右に曲がっていき姿を隠す。先頭の騎士は少しおかしいと思いつつも指示通り追撃する。後方に位置する部隊長は先頭からの異常が連絡されないため危機感を覚えつつも指示を変えない。

 

「全魔法兵は『大地振動』展開。続いて『劣化防御』。『大地振動』展開後全銃兵全力射撃。もう手加減はいらん。穿て。」

 

 ベゥガの指示と共に大地は大きく振動し幻影の魔法が乱れたことで偽りの森が消える。騎士隊の左手には先程まではなかったはずの城壁の一部を取り出してきたような建造物が立っている。騎士隊を襲う地震。激しい揺れは生物としての冷静さを奪い動きを鈍らせ混沌へといざなう。騎士が罠にはまったと思うが、誘われたことは承知の上であった為動揺はそれほどではなく各自馬を落ち着かせるために行動を起こし始める。合わせるように側面から放たれる数々の銃弾。先程放たれた攻撃とは違う重い弾丸が鎧を大きく破損させる。体勢が大きく崩され落馬したものはそこで即死しなかったという意味では運が良かったといえる。衝撃を受けたことに動揺したものは二発三発と銃弾を受け、防具を吹き飛ばされて体を四散させた。立ち直りが早かった者は盾を構えて銃弾を受け止める。盾にかかる衝撃は大きくそれほど長くは持たないように考えていたが、僅かな時間さえ稼げば立て直せると騎士達はいつもの戦いから学んでいた。部隊長からすぐに信号による指示が入る。

 

『魔法隊は射線に障壁五十。先頭は迂回して敵右翼へ突撃旋回時間を稼げ。中央隊はそれまでに術範囲外に出て立て直せ。』

 

 直進性の遠距離に対しては直接守るよりも射線を切る為の障壁。始めから術の外にいた先頭隊は囮としての牽制。守られている間に動けない者達が立て直しを図る。敵攻撃力を高めに評価した標準的な立て直し指示。しかし騎士隊想定していた攻撃力を銃とその使い手のスキルは大きく上回るものだった。

 

「銃兵隊は一斉射を障破に切り替え。」

 

 ただ一言で張られた障壁は薄氷のように砕かれた。そして稀にうける体に受ける突き刺さるような魔法。ステータス的に物理防御力を低下させる魔法であることは体感的にわかる。先頭隊五十名が城壁に向かっているが銃弾はそれらに構わず撃ち続けられる。鎧は銃弾を防ぐこと無く騎士と馬の体を穿ち立て直しを図っていた中央隊の九割は大地に霧散しごく一部の防御技能の高いものだけがなんとか生き残っている。罠にはまってわずか一分の間に騎士全体六百のうち三百八十が失われた。部隊長は慌てたがそこは抑えながら指示を撤退に変更する。

 

『先頭隊は攻撃を中止し撤退。中央、後方隊は防御陣を貼りつつ撤退準備。先頭隊を受け入れ次第撤退する。』

 

 指揮官が舐めきっていたのもあるが部隊長もそれほど強い相手ではないと、種がわかっていれば余裕がある相手であると高をくくっていた。壊滅させたはずの敵が一ヶ月そこらでこれほど力をつけていると、むしろ上回るほど力をつけているとどうして思っただろうか。単独で趣味で来ていた他国のぼんぼんと言われて追撃してきたが、やはり後方支援はあったのだと思わせる。

 

「敵は撤退するようですね。ここまでは合格点ですよ。残りはどうしますか?」

 

 ベゥガの傍らにいた桔梗は査定するように問う。

 

「向かって来ていた騎兵にはこちらも騎兵を当てる。泥濘で移動力さえ奪えば問題ないだろう。ただ先にあちらを乱しておかないとな。」

 

 ベゥガは追加の指示を出し後方騎士隊にむけて森から重装兵とツェルナを出す。重装兵は撤退する騎士を足止めする役目で敵を倒すのはツェルナの仕事である。遊一郎からすべての譲渡を受け取った時点でベゥガと遊一郎のミーバの能力は統合された。遊一郎側のミーバにはさほど影響はなかったがベゥガ側は統合された値まで引き上げられた為ステータス的には五倍近い上昇となる。それはツェルナに対しても同じである。紅朱であるツェルナはM型としての攻撃的な要素が純粋に高まったタイプである。筋力を大幅にあげ、体力で耐える。完全な重戦士としての成長を遂げる。方陣を組み耐えきろうとしている騎士隊の前に小柄なコボルトが現れる。白いコートをまとってはいるが大きさと雰囲気がなんとも無力な子犬を思わせる。だがすでに壊滅的打撃を受けた状況と、少女が英雄レイオスを追い詰めたという話が現実味を帯びてきたことから騎士達に強い警戒感が走る。重装兵が逃げ道を塞ぐように展開する中そのツェルナだけがゆっくりと前に出てくる。歩き、ステップを踏み、前傾になり突撃してくる。部隊長は攻撃の意思を感じ取り迎撃の指示を出す。騎士隊は盾を構えて防御を固め、魔術師は一人に与えるレベルではない石弾を集中させる。ツェルナは大きな盾を収納から取り出し前面に構え、衝撃など意にも介さず石弾を弾きながらそのまま突撃する。一部の魔術師は時間を稼ぐためとっさに泥沼を張る。ツェルナは泥沼にはまること無くその表面を軽やかに走る。泥も水も跳ねること無くあたかもそこは何も変わらない地面であるように。

 

「踏破持ちか。足止めは間に合わん。騎士隊構え。」

 

 踏破持ち。一部の生物やスキル『踏破』に代表される走行時の移動障害を軽減、無視する能力である。無視する地形の種類や軽減の幅から多くの種類があることから世界的に『踏破』と代表されることが多い。ツェルナが所持するのはそのどれでもなく『空闊歩』という地面ではなく空を大地として扱うスキルである。騎士隊の二m前でツェルナが強く踏み込み虚空から漆黒の大剣を取り出し大きく振り回し吠える。威圧を含めたその声は空気を震わせ騎士の体をこわばらせる。袈裟斬り。遠心力と剣の重さだけで振り回された大ぶりの一撃は騎士三名の盾と体をたやすく切り裂き吹き飛ばした。『突貫』という防具を破壊したならその時の攻撃力低下を軽減するスキルである。これによりただただ大きな攻撃力だけで防具や肉、骨に止められることなく振り抜く。騎士達はこの世界では起こり得ない現象に目を丸くして吹き飛ぶ同僚を見る。ツェルナの大剣は止まること無く振り回され、踏み込んだ空の大地に併せて斜めに、空に、死を呼ぶ独楽が駆け巡る。壁で止められず、踏み込んで独楽の軸を止めることも、死を覚悟して仲間の為に剣に埋まることも本来この独楽を止めるべくすべての手段を騎士達は奪われていた。部隊長は仕方なく散開する指示を出し独楽にまとめて斬られないようにとまた時間稼ぎを行う。いずれ疲れて止まることを期待していた。がその独楽はそんな気配も見せずに騎士を蹂躙する。ミーバは疲労しない。相手がそんな存在であることは知らない部隊長は適切な指示を行えない。魔術師が錯乱して魔法をぶつけるも剣に弾かれ体に刺さっても止まらず斬り裂かれる。指示もなく混乱している為、相手の防御力を下げるか押し止めるかという手順が抜けている。全体が百名を割った頃、部隊長はこれ以上踏みとどまるのは無理と判断して各自撤退の指示を出す。蜘蛛の子散らすように逃げる騎士にツェルナでは追いつかない。ツェルナは重装兵に足止めされている騎士を個別に倒す。本陣から銃撃の支援も始まる。先頭隊は五倍の騎兵に囲まれ蹂躙されておりこちらはまったく逃げ道はない。

 

「二十くらい逃げたかな?減点だね。」

 

 ベゥガの側にいた萌黄が軽く言い、ベゥガが唸る。

 

「全滅させるのはやはり難しいか。」

 

 追いつかないわけではないがベゥガは追撃指示を止めこの場での戦闘を終了させ最後の指示を出す。最終的な損害は先頭隊との当たりで出た軽装騎兵四体だけとなる。正直先頭隊も銃撃で蹴散らしておけばよかったとベゥガは思った。自分の世界でもこれほどの武器はあっただろうかと知っているものと似て非なる武器を眺めてベゥガは震える。必要な敵は逃した。多少多いと揶揄はされたが後は彼らがどう報告してどう出てくるかを眺めるしかない。その時間の間に自分たちがそれを超える力を持たなければならないだけだ。

 

 草原の騎士隊本陣を眺めながら伏せている菫に戦闘の結果が来る。

 

「まあそんなものでしょう。」

 

 菫は斥候隊に指示を出して撤退させる。菫はゆっくりと立ち上がり音もなく走り始める。本陣で余裕たっぷりで待っていた指揮官も突撃した騎士隊が戻ってくるのが遅くてやきもきしている。すでに交信距離は越えており続報もない。待っていることにイライラしながら机の周辺図を指で叩く。そしてそのまま見えない刃で首を落とされ静かに生涯を閉じた。菫は静かに後ろから一人また一人と本陣の騎士と随伴兵を切り伏せる。死者が半数を超えた頃見張りの交代や定期作業が滞りようやく死者が発見され陣内が騒然とし始める。指揮官に報告に向かえば指揮官はすでに死んでおり、場は更に混乱に包まれる。次官も補佐官も指示が出せそうなものはすでにおらず、見えない敵を探して右往左往している内にそれぞれ暗殺され、残ったものは恐怖で震え怯え隣の戦友が躯になるのをただ眺めることしか出来なかった。

 

「おめでとう。あなたが最後ですよ。」

 

 菫から見て最も地位と価値が低いとされた随伴兵の若者。恐怖で食料庫で震えていたその男は死神の声を聞きながら絞め落とされた。その男が騎士に起こされたのはどれだけたった後かはわからない。そしてなぜ生かされたかもわからないまま騎士の質問に答えただただ次に自分が殺されないか震えていただけだったと自らの罪を弁護した。騎士達もこの惨劇の中では仕方がないと同情した。自分たちもなんとなく『生かされた』という気がしていただけに。部隊長以下一八名と本陣生き残り一名を伴って、最低限の物資を持ち本陣を焼き払って先遣隊は速やかに撤退した。

 

『新たな少女兵と遭遇。コボルト種と推定されるが詳細は不明。追跡対象の少年は発見出来ず。報告された戦力よりも更に多くの戦力を保持。同一の兵装を運用することから同一軍と推定。単独ではなく国の支援がある可能性があり試験運用部隊であると考えられる。安易な干渉は困難と思われる。』

 

 部隊長は王国に報告し、指揮官死亡ということから敵情報と報告と併せて責任は免れ他部隊に編入された。

 

「私も敵の力を報告の中の戯言と信じきれなかったのは問題があった。部隊長として安易に失ってしまった同胞たちに詫びたい。策は稚拙ではあったがそれ以上に恐ろしい戦力であった。おそらく正面から戦っても大敗は免れなかっただろう。出来るならもう関わりたいとは思わない。北方に飛ばされたほうがまだマシと思えるほどの死地だったよ。」

 

 部隊長は審問官との質疑応答の最後にそう締めた。ただ一方的に狩られ、そう獣を追い詰めるような狩りをされただけだったのだ。まだ戦って生き残るかも知れない激戦区のほうが希望があると彼は語った。アークザルド王国は隣接しているクラファル王国の進軍と対応に追われこれ以上少年貴族の追撃は断念する。レイオスは最後まで食い下がったが目の前の問題を解決しないまま未来の問題に対処することはできないとされ、少なくとも旧都市群を取り戻すまでは追撃案は凍結されることとなった。

 

「五年どころか三年以内に彼を見つけることが出来なければ、もう彼を止めることは我が国では出来ないだろう。」

 

 レイオスは会議の最後にそう語り不敬罪反逆罪に問われかけたがこれまでの彼への擁護が多かったこともあり不問にされた。レイオスは一旦戦地を変更されしばらく該当の問題から隔離されることとなった。彼自信も仕方のない措置であると認識し、来たるべき日の為に自らを更に鍛え上げるべく邁進するのだった。

 

 

 一週間後。

 お祭り騒ぎだったベゥガの村も概ね静かになり日常に戻りつつあった。桔梗の指導の元ベゥガとツェルナに本拠点の構造と生産構造を説明。萌黄からは周辺生物と地形の説明が行われた。ベゥガは村と本拠点の領旗塔による連結を行い中間に駐屯所として砦を建ててそちらに兵を集め広範囲に対応することとした。自らの下級拠点の中にツェルナ、菫、萌黄、桔梗を集める。

 

「今回の戦いに関して協力してくれて礼をいう。遊一郎との約束を果たすために集まってもらった。」

 

 菫と萌黄はともかく桔梗は表向きにもベゥガを毛嫌いしており棘のある気配を出したままである。が遊一郎の話を出されると取り敢えずはおとなしくなる。

 

「意図的にわからなくなっているのかはよくわからないが、あの状況で遊一郎がしてほしかったことと俺が思ったことをやっておく。君らにとってそれが実行できるかはわからないしどれだけかかるかもわからない。」

 

 ベゥガは重々しく告げる。

 

「それで一体どうしたいのですか。」

 

 菫は若干イライラしたように言う。

 

「この状況で俺に危害を加えないで欲しいというのは中々難しいのだが、これとこれからの事に免じて許してほしい。」

 

 ベゥガは菫に羊皮紙の束を渡す。

 

「だから一体・・」

 

 菫が声を荒げたのを止めるかのようにベゥガが告げる。

 

「『菫、萌黄、桔梗を紺野遊一郎に譲渡する。』」

 

 ベゥガはそう宣誓する。菫がハッとして体を見る。萌黄も手を握り開きしながらベゥガに拳を突き出したりしている。桔梗は無言でベゥガ近寄り。

 

「礼は言いませんわよ。」

 

 ベゥガを思いっ切り平手打ちして萌黄の横に戻る。ベゥガはキョトンとした後ひとしきり笑ってからツェルナの肩を握って暴れるのを止めようとする。

 

「どうやら予定通り彼はこの世界に戻っているようだ。出来なかったらどうしようかと思ったけどな。その羊皮紙には彼に伝えるべき話が書いてある。無事たどり着いたら渡してくれ。彼は下手なものよりそういうもののほうが好きだろう。あとこの距離でも譲渡が成立するという情報も彼にとっては美味しい話だろう。あと蟹を三体ほど準備してある。元々は彼のものだが使ってくれ。まあ資源だのなんだの持たせてもいいんだが出会う頃にはくさるほど持ってるだろうし、一応現金として財貨5000を用意した。道中あったほうが便利だと思ってな。」

 

 ベゥガは宝石や金塊、古銭の入った袋を四つほどだす。菫は萌黄と桔梗に一袋ずつ渡し、残りの二つをしまう。

 

「じゃあ、遊一郎によろしくな。次は敵としてかもしれんが。」

 

「ふーんだ。ご主人さまのほうがずっと強いもん。気にしなくていいわよ。」

 

 萌黄は舌をだしてベゥガに言い返す。

 

「こちらは頂いていいきますね。・・・礼は言いませんわよ?」

 

 菫は立ち去りながらこちらを見ているベゥガにいう。洞窟を出ると村人であるゴブリン達が彼女らを迎える。

 

「ありがとな。」

 

「遊一郎によろしくな。」

 

「また遊んでくれる?」

 

「頑張ってこいよ。」

 

 無節操に誰彼構わず彼女らにお礼や激励を述べる。それらの声に囲まれながら彼女らは無言で村の道を進む。そのまま彼女らは村を出る。村の堀を越えて萌黄だけが振り返り。

 

「ありがとー。みんな元気でねー。」

 

 笑顔を振りまき手を振って別れを告げる。村から歓声があがりもんは閉じられる。菫と桔梗はくすくすと笑い出す。

 

「なによ。おかしいの?」

 

 萌黄はそんな二人を見て少しふくれる。

 

「いや、確かに彼らには罪も何もなかったなと思ってね。」

 

 菫は笑いながら答えた。桔梗もそれにうなずく。

 

「意固地になってて少し意地悪だったかもしれないな。」

 

 菫は少しだけ集落を振り返る。櫓の上からまだ手を振っている見張りの者がいる。

 

「馬鹿で弱い奴らだったはずだった。でも私達は負けたんだ。」

 

 菫が前を向いて走り出す。

 

「でもいい人たちだったじゃない。仲をどうにかしたのはご主人さまだけど。」

 

 萌黄が蟹に飛び乗る。

 

「私達は意外と『役目』に固執し過ぎなのかもしれませんね。」

 

 桔梗が蟹の上に移動して静かに言う。

 

「整理する時間と考える時間ははいくらかある。今は進もうじゃないか。」

 

 菫が加速する。併せて蟹が走り出す。どのくらいあるかわからないが確かに主人の方向だけは感じる。主の元へと向かうために三体はただまっすぐ進み始めた。

遊一郎死亡その後です。次は死亡その後2である天上でのお話の予定です。

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