僕、引き継ぐ。
見知ったアークザルド王国の紋章とよく知らない家紋か都市章かをつけていたというので追手であるのはほぼ確定。動向を確認するために菫を派遣して進軍具合や騎士達の調査レベルなどを調べさせる。場合によっては逃げる算段もしなければならない。萌黄と急襲斥候兵に森のほうを調査に向かわせて逃走経路を模索しておく。生産管理を桔梗に任せて僕は別のことをする。進軍時の移動も考慮して軽装兵と重装兵に騎乗を付与して移動力をまかなえるようにしておく。逃げるときや移動する際カニ一匹で二、三体のミーバを運べるので便利だということに前回気がついたからだ。スペースを確保しカニを並べるも四百も生産すると並べるのも大変である。どうせ縦幅が薄いのだからと石材で乾燥棚のようにも見える立体駐車場を構築して面積に関してはなんとかした。カニだから駐蟹場なのだろうか。餌が気になるが選定者のシステムで作る生物っぽいものはやはり食事を必要としない。原理は不明だがどちらかいうとゴーレムよりの存在なのだろう。ちなみに目視鑑定では区別がつかない。さらっと本物を混ぜられても区別がつかない自信がある。徹底交戦の構えで要塞化する手も考えたが相手の援軍のほうが早そうなので取りやめる。あとはやり残しがないか悩みつつ訓練である。一番いいのは自分が相手の強さを上回って撃退できればそれで済むのだから。一日二日で達成出来ることではないが積み上げなけれな届きすらしないのだ。
二日後。脳筋どころか脳みそがところてんのような凶報が訪れる。
「捜索隊の騎士一人にゴブリンの攻撃部隊十二名が撃退されました。」
どうして突っ込んでしまったのか。まだ見つかったのがゴブリンだけなら救いがあるが脅威があるとみなされると面倒くさい。片手間に討伐隊が派遣されようものならこちらも見つかってしまう。
「近隣のゴブリンにしては装備が良いので若干怪しまれているようですが、踏み込んで調査して来るかまではわかりません。」
そこらの狩人でも使わない天上綿みたいな高級装備をしてれば産地があるか後ろ盾がいるか探られてしまうのも仕方がない。あれだけ原理を説明しても勝てると思ったのが不思議でならないがゴブリンは相当に頭が悪いと見える。
「菫は騎士達の動向をそのまま追ってほしい。僕はベゥガのほうを釘刺してくる。」
菫は少し不安そうな顔をするが、さすがにここいらで騎士以外に殺される要素はないと頭を撫でて送り出す。萌黄は未帰還。生産も手が抜けないので桔梗はそのままに斥候兵と魔術師を二体連れてベゥガの拠点へ行く。ベゥガの村は少しざわついている。一応相手の強さくらいは知ってもらえたわけか。村を通って拠点にいく。
「ベゥガく~ん。元気ぁなぁ~?」
なまはげチックに拠点を開けてみたが誰もいない。いないんかーい。仕方なく村に戻って聞き取りするとどうも狩りに行った模様。余裕なのか彼でないと相手にできないのか悩みながら暫く待つことにする。近づいてくる友好的なゴブリンの相手をしていると頻繁に嫌な視線が絡みつく。時折くるくる首を回していると気にしてか武闘派のゴブリンが小声で寄ってくる。
「長老派こそこそしてる。お前気に入らない。でもおいしい。もっと気に入らない。強いからもっと気に入らない。ダメなの探す。いつも見てる。」
何か戦い方を指導しながらタイミングいい時に話しかけてくる。村の貢献して人気を取られてるのが気に入らないというところか。その前に死にそうになってるのに小さい連中だ。そうこうしている内にベゥガが戻ってくる。
「待たせたかすまんな。」
ベゥガが慌ててやってくる。
「待ったかどうかはこの際どうでもいいんだけど。先日ゴブリンが騎士にやられた話を聞いてどうしたもんかと思ってね。」
ベゥガはやっぱりかというような顔をして家の影に行く。
「ちょっと若い連中で装備が良くなったもので増長してたようでな。」
ベゥガは空を見ている。
「まあなんだ。夜中に隠れて出ていってあの様ということかだ。」
ベゥガが頭を下げる。
「まあやっちゃったものはしょうがないのでこれ以上は勘弁してほしい。話によると一方的に蹂躙されただけらしいしね。そもそもの目的が僕なんだろうからベゥガ達はとばっちりなんだけど、それでも攻撃的なゴブリンが住んでるとなればついでに討伐も考えるかもしれない。そもそも装備が不自然に見られたかもしれない。片手間で将来的な脅威が払えるなら探されてもしょうがないからね。」
僕が苦言と忠告を与える。ベゥガが非常に申し訳無さそうにもぞもぞしている。
「長老派・・・今も森の中に住んでる連中だな。が、やり返すべきと息巻いていてなぁ・・・」
ここでも長老派か。切り捨てたほうが良いと思うのだが一応ゴブリン連中からすれば重要な存在なのだろう。だからといってやり返すのは推奨しないのだが。
「僕が提供したたぐいの素材を使わずに戦うのならそこらのゴブリン程度としか思われないからいくらやってくれても構わないけど。」
「さすがにそれは支援者としてはどうかとおもうが。」
ベゥガも悩んでいるようだが、戦力の差もわからない挙げ句に借り物の力がないと戦えないとか身勝手にもほどがあるぞ?
「なんにせよ不自然な技術を見られたら僕らどころか君等も危ないということを認識してほしい。もし今追い返せたとしても次は絶対にないぞ。そして次は必ず訪れるからな。」
僕は散々釘を刺して村を出る。村を出て仮拠点に向かう所で周囲の気配が増える。
「何?騎士に勝てないないけど僕ならなんとかなると思われてる?それともお供がいないと何も出来ないと思われてるのかな?」
僕は声に出して挑発する。それでがそごそ姿を見せて近寄ってくるゴブリン共もまた頭が悪いが。
「長老たちお前達来て気に入らない。お前倒してお前らから奪えばいい。お前奪って新しく来た人間も・・・」
最後まで発言するまで待たず僕はショットガンの引き金を引いた。喋っていたゴブリンの周囲にいた二匹も巻き込んで上半身が砕ける。
「度し難い馬鹿か。前に萌黄にやらせたのは君たちを生かす為だ。萌黄みたいな曲芸は出来なくても君等程度粉砕するならなんの問題も無いぞ。」
周囲のゴブリンが少し怯えて腰が引け始める。
「その調子で騎士に挑んだんだろうね。おかげでこっちはえらい迷惑だ。」
更に引き金を引き四匹のゴブリンを吹き飛ばす。残りの五匹はもう逃げ腰になっている。
「判断が遅い。挑んで散るなら君等だけでなんとかしてくれよ。」
更に四匹のゴブリンが倒れる。最後の一匹が恐慌しながら逃げる。
「まあしょうがないか。でも逃げられると思われてるのも心外だ。」
~火矢四射~ ~火矢四射~ ~火矢四射~
僕は練習がてらに攻勢魔術の火矢を並列起動で三連発動し撃ち込む。一二本の矢が合わさって轟音をあげてゴブリンの背中を襲い粉々にする。威力過剰なのは分かっていたがこんな風にもなるのかと思いつつため息をついた。
「思った以上に頭の悪い連中だな。これ以上隠れるのは難しいかな。」
僕は早めに逃げることも考えて歩き出す。ミーバ達が勝利に喜びを上げているが、騎士隊くらいならまだしも民間人レベルのゴブリン相手では僕としては喜べるような相手ではない。面倒くさいのと見せしめの意味も含めて死体はそのままに仮拠点に戻る。
一泊して翌朝本拠点に向かう途中で菫に出会う。護衛が心もとないのが気になって追いかけてきたようだ。過保護にもほどがある。ぶつぶつ言われながらも報告を聞く。どのくらいの範囲で調べているかわからないが直線距離の山は迂回してこちらに来ており途中にある山の麓の村が現在の調査拠点であるようだ。それにしてもどれだけ危険視されているやら。こんなところまで追いかけてくるなんて。割と暇なのか?
「ゴブリンはベゥガの村は友好的だけど、森の長老派とかいう連中は敵対状態だ。斥候兵を伏せておいてこちらに向かって来るものは狩っておいてくれ。」
僕の言葉に菫がうなずく。
「萌黄の調査次第ではここを引き払って更に下がるようにする。さすがにまだあの騎士レベルと戦えるとは思えない。それなら見つからないほうがいい。」
僕達は本拠点に戻り物資の確認と運び出しの算段をする。
「多少の資源は捨てていってもいいのだが施設と資源の塊が見つかると面倒くさいしな。」
「逃げると決めたら鍛錬所に投資するか坑道に隠すかですね。」
「消化が間に合えばいいが逃げる時に施設は残したくないしな。無理そうな分は坑道に保管して埋めるか。最悪掘り出せるかもしれんし。」
相談しながら丈夫な箱を用意したり準備を進める。
翌日昼頃に萌黄が戻ってくる。
「西森の先は平原になってて隠れたりするのには向いてないかも。見つかること覚悟で北にでるか、手が回ってないことを祈って南か、どっちかだね。」
どちらもリスクがあるが南のほうが隠れながら行けそうなだけまだマシそうに見える。
「行くとしたら南だな。一旦森に入って迂回しながらというところだな。」
「じゃあ、ちょっと見てくるね。」
珍しく萌黄が自主的に走っていく。なにかやってる感が嬉しいのだろうか。この日森近くの平原にまで騎士が来ているのが見受けられる。幸いゴブリンも狩りには出ていなかったようで見つかることはなかった。
翌日も森の際まで調査しにくる騎士を遠目に見ながら進退を考える。菫の話ではここまで調査しに来ている騎士は今の所三人とのこと。別の方向の調査をしているものもいて、菫が把握している調査騎士は六名いる。実際にはもっといるだろうが何人やり過ごせばいいか見当はつかない。そうやってやきもきしながら四日ほど過ごす。調査人員は入れ替わりで四人五人と増え何かしらの原因で疑われている気配もある。
「どうも近くの森ゴブリンの集落の者がわざと姿を見せて引き止めている感がありますね。」
菫が調査から戻ってきた時に言う。こちらの迷惑になることならなりふり構わなくなってきたか。しょうがないな、一旦ベゥガにお伺いをたててから殲滅する方向で進めよう。
「萌黄が戻ってきたらベゥガと話し合って集落を殲滅する。菫は引き続き両者の動向調査を頼む。」
菫は頷いて出発する。二日後に萌黄が戻ってきて南側の状況を概ね把握し逃げる算段はついたと考える。夕方前に菫が戻ってきた所で皆を集めて明日の算段を相談する。最も殆ど確定事項なので相談するようなことはあまりない。予定の通達と詰めくらいのものである。
「これ以上騎士達を挑発されても困るしな。それにしても自分たちが全滅させられると普通に考えないのかね。危機意識が薄いというか、目的まっしぐらといえば良いのか。」
「種族傾向的にも知性はあるものの比較的短絡的な傾向がありますし、その場でうまく出来てもその後どうなるかまでは考えきってないかもしれませんね。」
「ご主人様の言うことを聞かないのが気に入りません。こちらは蔑まれてでもあちらの心配をしているというのに。」
「でもその心配もしなくていいよね。」
大体の時間を決めて最後に愚痴って終わりである。
翌日明け方から出発してベゥガの拠点へ向かう。途中ちらっとみたゴブリンの集落がお祭りみたいになっていたがのんきなものだ。そのまま足速に移動する。昼頃にベゥガの拠点近くにたどり着いた所で萌黄がもぞもぞし始める。
「なんか変。」
視線も特に感じず森の切れ目近くでなにもないように見える。危機感知的なものだろうか。このまま立っているのも何なので一旦森の影に入る。
「なんだろ・・・すごいもやもやする。」
萌黄の抽象的な表現が続く。騎士が近いのか少し警戒してみるがしばらく様子を見てもなにもない。萌黄の感覚は止まらないようだ。
「いかがしますか?」
菫が確認を取ってくるが建前上ベゥガに確認と許可は得ておきたい。桔梗が周囲をキョロキョロし始める。
「なにか・・・時折不思議な香りがします。お香・・・?」
言われてかいでみるが何も感じられない。萌黄は森の匂いに似てるけど変な感じと言い、菫も多少違和感があるものの何か感じ取れるものではないようだ。村の防御的要素かもしれないがここでは何もしようがないという結論に至り村へ移動を始める。警戒して身を隠しながら進むので進行は遅くなる。萌黄の感覚は弱まること無く不安感を抱えたまま村につく。
「危ないかも。でも戻るのも変な感じがする。」
元々村方向に危機感知を感じていたが、ゆっくりしている間に本命と思われていた騎士も近づいて来たようだ。
「桔梗は仮拠点にいって施設の破壊とミーバの誘導を頼む。もし近づいてきているならあれが見られるのはまずい。」
桔梗は頷いて森に入り仮拠点へ向かう。
「僕らは一旦村に入ろう。武器はいつでも出せるように身構えておいて。」
僕も左手に盾を展開し村に踏み込む。そして僕が村に踏み込んだ瞬間に村の境界の柵から紫の煙のようなものが立ち上り境界を隔絶する。煙はかなり高くまであがり村全体を円柱状に囲んでいる。煙の噴出に弾かれ僕は村の中へ、菫と萌黄は村の外へ弾かれる。痛みはないが強制移動を強要するもののようだ。菫が剣で斬りつけても切れはするが流れる水のようにそれはなかったことになり穴にはならず、萌黄がショットガンを撃つも弾は貫通し煙そのもの破壊には至らない。僕も魔法をぶつけてみるが概ね結果は変わらず流水で遊んでいるような状態になる。
「まいったね。まさかこんな魔法があるとは。」
僕は歯がゆく思い油断していたことを反省する。萌黄は煙を駆け上がろうとするが体を近づけると大きく弾かれ足をかけることもままならない。
「ご主人様はそのままうごかれないように。私は周囲を回ってみます。」
菫が走り出す。穴か何かを探しに行ったのだろうがおそらくなにもないだろう。見た感じ綺麗に円柱になっている。問題は想像以上に高く煙があがっていることだ。結構な距離から見えるくらい怪しい色だろう。当然探しものをしている連中からもよく目立つだろう。
「どうしよう、どうしよう。なにか来るのに。」
萌黄が泣きじゃくりながら煙を攻略しようと頑張っている。萌黄の機器感知は絶好調のようだ。
「落ち着け萌黄。取り敢えず後ろから騎士が来ないか警戒しろ。騎士が来そうになったら逃げて隠れろ。この状況ならもし見つかっても僕は安全だが萌黄がやられるのは困る。」
最もそこらの騎士なら萌黄でも吹き飛ばせるだろうが。萌黄は納得しているのかよくわからないが何度も頷いている。僕は萌黄に少し脇に避けるように指示して境界の根本にショットガンを数発叩き込む。多少削れただけだが削れた先にも煙は流れ込んだ。
「安易に地面を掘っても無駄か。トンネルならいけるかもしれんが・・・」
しばらく悩んでいると菫が戻ってくる。
「隙間は有りませんでした。周囲は完全に隔離されています。」
菫が残念そうに報告する。僕はふと思いついて収納から建材を出し煙に置いてみる。
「残念、だめか。」
流れる煙ならと思って板のような物をおけば穴が開くと思ったが木材だとそのまま煙が貫通している。魔法障壁ならと思ったが障壁も何事もなく煙を通過してしまう。攻撃対象とみなされていないのか不思議な現象に感じる。
「もう穴掘ろう。わたしが爆破しちゃうから。」
萌黄が雑なことを言い始める。しかし思い直してみると萌黄が直接爆破する分には活殺の範囲内の可能性があるので身の安全は守れるかもしれない。そして穴と聞いてふと思い出す。
「そうだ。ベゥガの拠点はアリの巣の中だ。縦穴で吹き飛ばせば境界に穴を掘るよりは安定して掘りきれるかもしれない。たぶん拠点の入り口までこの魔法で封鎖してはないだろう。」
「分かりました、やってみましょう。」
境界沿いに僕と菫達は移動を始める。僕が移動を始めると村の住民がその場をうろうろしているのが目に入る。目的があるようにも見えず何が起こっているのかしているのかもわからない。物や家を避けながら境界沿いを進んでいると目の前に子供ゴブリンが虚ろな顔でいたのだが。
「グァァ」
近づくとなんとも言えない発音で掴みかかってくる。その声は子供らしく可愛らしく高い声でなんとも笑いがこみ上げてくるが、並走している菫は鬼の形相である。
「大丈夫だ菫。先に行って手頃な場所で早く作業を始めてくれ。そもそもこの村のやつなら相手にはならん。」
逡巡する菫の前で子供を綺麗に小外刈で地面に倒しうつ伏せにして背中を足で抑える。ジタバタして騒いでいるが明らかなステータス差により何も出来ない。
「早くいけ。萌黄の不安ゲージが吹き飛ぶぞ。」
なんとも言えない危機感を感じている萌黄が顔をくしゃくしゃにしている。
「無理はしないで隠れていてくださいね。」
菫は萌黄と一緒に走り出す。ちらちらと手を振って見送り視線を足元に落とす。
「さすがに正気じゃないやつを殺すのは気が引けるな。」
ゴブリンの顔の区別は付きづらいがきっと見たことがある子供であることは推察できる。周囲を見て何も来てないことを確認して子供の後ろから首を裸絞にして昏倒させる。
「悪いな。」
僕は聞こえもしないだろうに詫びを入れて家の影から外に出ようとする。そこにはわらわらと歩み寄ってくるゴブリンの村人の姿が見えた。
「ゾンビゲーか何かですかね。」
子供の声に寄せられてじわじわと集まってきているようだ。周囲をちらちら見るが流石に樽や木箱に隠れてやり過ごす気にはなれない。雰囲気に騙されたがそもそも彼ら程度に傷つけられる体でも無いことを思い出し歩いて物陰から出る。こちらを見つけるとノロノロ向かってくるようだが見える範囲はだいぶ狭いようであまりに離れた物は元いた場所に向かっている。音の感知範囲は広いが目視範囲は狭めと。そして三mまで近づくと突然凶暴になり奇声と共に襲いかかってくる。なんのこっちゃと思いながらその都度足払いで転がしたり余裕があるときは絞め落とす。そうしている内に妙に体が重くなり動きづらさを感じる始める。接触している間蓄積する呪いのたぐいだと気がつくまでややかかる。これはまずいとベゥガの拠点方向に向かう。魔法防御で呪いの進行が遅くなっているのかもしれないが、百を越えていても直接影響力を与えられるものがあることを知れたことは怪我の功名だと思っておく。拠点方向からは爆音が響いており貫通作業が行われていることがわかる。ベゥガ、侵入口増やしてすまんな。穴の入り口辺りにくるとガラガラと石が落ちるような音が奥から響いてくる。どうやら貫通には成功したようだ。気だるい体を動かしながら奥に進む。ベゥガの拠点の前で三体のゴブリンが倒れていて、扉の前にベゥガがうずくまっていてツェルナが側に立っている。
「ベゥガ!」
僕は姿を見かけて声をかけて近寄る。ベゥガはこちらに向けて手を伸ばしてくる。ツェルナがこちらに気がついたかのように体を向ける。洞窟の奥から足音が響いてくる。ベゥガが何かうめいているが何を言っているかわからない。僕は急ぎ足で近寄る。
「くるなっ。」
ベゥガの叫びと共にツェルナがこちらに飛び込んでくる。その行動に驚くが僕にとってさほど速いわけではない。落ち着いてツェルナの剣を盾で弾く。弾いたとたん僕の中にある何かとツェルナから流れ込む何かが爆発的に絡み合い僕の中で暴れる。
「申し訳ありません。こうしないとご主人様が助からないので。」
ツェルナは妙に冷めた声で僕に告げる。僕の苦しみに反してベゥガは開放されたように立ち上がる。その体は汗だくで疲れたようにしているが苦しみからは開放されたようだ。
「それじゃあ、今後の為に回答編に移ってくれると助かるんだけど。」
僕は絞り出すように声を出して腰を落とす。さすがに立っていられない。ベゥガが困ったような顔で近づいてくる。
「すまん。俺が気がついたときにはどうにもならない状況になっていた。簡単にいうとお前専用に組み込んだ呪いということらしい。詳しいことはわからんが取り敢えずお前は死んでしまうらしい。」
ベゥガが悔やむように声を出す。
「俺の魔力と連動した呪具と村で受けた呪いが合わさって成立する不可避の呪殺とだけ言われたな。ツェルナが長老連中に何を吹き込まれたかはしらんが話からすると俺の命と天秤をかけられたんだろうな。」
ベゥガがツェルナを見るとツェルナはおずおずとうなずく。僕はそれを見て実際に疲れて大きなため息をつく。
「下に下に見てた所でひっくり返されたな。やはり無知は恐ろしい。警戒の薄いところからざっくり突かれたよ。」
僕は整理するようにうずくまり大きな呼吸を繰り返す。後ろから駆けてくる足音が大きくなり菫と萌黄が走り込んでくる。
「ベゥガ、貴様ぁっ!」
菫が武器を構えて飛び出そうとする。
「まて菫。ここでベゥガを倒した所でなにもならん。」
「ですが。」
「まだ僕が死ぬまでにあの集落に行って『祭』を潰してくるほうがましだ。ベゥガは知らずに仲介させられただけだ。」
僕は息も絶え絶えに菫を止め説明する。僕はこの後の事を考えて頭を整理する。集落との距離的に僕の死はもう不可避であることは確定である。
「ベゥガ。後のことは任せていいか?あの集落は切れ。ここをしのいだとしてもこの先必ず君の障害になる。もっともしのげるかも怪しいんだが。」
「・・・わかった。」
僕の呼吸は荒くなり菫がそばに寄ってくる。萌黄が泣いているがきっと彼女には避けられない事実が見えているだろう。桔梗が少し可愛そうだがきっとなんとかなるだろう。ベゥガがつらそうに了承の返事をしたところで最後の作業に入る。一つ賭けにはなるがすぐには出来なくても、彼ならいずれ達成出来るだろう。
「『僕の所有する全施設と全ユニット、全資源をベゥガに譲渡する。』」
菫の顔に驚きが見られる。
「ご主人様どういうことですかっ。」
菫が声を上げる。萌黄もなんとも言えない顔でこちらを見る。
「どうもこうもここを切り抜けてもらうにはこうするしかない。というかどうせ取られるものなら先に与えておくさ。」
僕は動かなくなる体を感じ取りながらかろうじて喋る。
「ベゥガ。彼女らを預けるぞ。後は任せる。・・・たぶん10日後くらいだな。あっちでやることが多い。」
ベゥガは驚きの顔のままこちらを見ていたのだが何かに感づいたようにうなずく。それ見て僕は安心してうなずき返す。
「兵器については・・彼女らに。菫、後は頼む。君らが僕の希望になる。萌黄も頑張れよ。桔梗に会えなかったのが残念、だな。よろしくいっておいてくれ・・・あのこは存外あまえっこだか、らな。」
菫が僕を支えながら涙を流す。
「泣くな・・・ここをしのげば・・・ベゥガが・・・」
僕の目にはもう何も映らず、喋ってはいるつもりだが彼女らに聞こえているかもわからない。こうして仲間に囲まれながら僕は二回目の死を迎え、嘆く仲間の姿を眺めながら天上へ帰っていった。
第三章本編は終了し、後日談、それぞれの半年間の後第四章になる予定です。




