けじめ
こちらは12/20投稿の後日談側の二話目になります。末から選択した場合は一つお戻りください。
☆駒を動かす読み手
「停戦の流れでしたのでご指示通りに。」
黒ずくめの獣人の女性がヴィルバンに獣人の礼を取る。
「んー、あの男は流れを掴むのが本当にうまいねぇ。ありがと、キャラ下がっていいよ。通常任務に戻って。」
キャラは下がって礼を取り部屋から出る。
「あの子は本当に仕事大好きだねえ。」
「その分非番の日は貴方にべったりでしょうに。」
そうかもね、とヴィルバンはヒレンの言葉をさらっと流す。隠密、不意打ち特化型のキャラは蒼紫B型となる彼の配下の一人である。
「ああ、あの子もかわいそうに。こんな主に目をつけられるんなんて。」
ヒレンはわざとらしく悲しんで見せる。
「君が後押ししたんだろうに。最も言わなくても結果は左程変わらなかったと思うけど。」
ヴィルバンは笑いながら手の竜眼石をくるくると回す。
「もう少し希少品をもらってもよかったかなぁ。ただそうすると手放したくなくなるしなぁ。」
「私もあの骨の塔には興味が有りましたわ。あの者何か確信を持ってあの形にしていたようですし。」
二人は笑いながらどうでも良さそうな仮定を話し合う。
「あの子は勝てますでしょうか。」
「またまた。分かってて聞いてると思うけど隣都市にレイオスがいるんだ。暗殺でもしないと無理だよ。そして彼にその駒は無い。」
「もしかしてもしかしたら怪しい技術で覆すかもしれませんえ?」
これで?とヒレンの問いかけにヴィルバンは竜眼石を放り投げてヒレンが受け止める。
「だったら、それはそれで面白い。でもここじゃ困る。」
ヴィルバンは目にも止まらぬ速さでヒレンから竜眼石を抜き取る。
「楽しんでおられますねぇ。」
「今は不自由を楽しむのが楽しみだからね。出し惜しみしながら位でもちょうどよいさ。まあ彼にもいい教訓になっただろう。これを糧に彼はもっと強くなるよ。五十年だっけ?まだまだ長生きしてほしいね。」
ヴィルバンはソファーにごろ寝してここには居ない者の報告を聞く。
「最後のついでに我々と遊べるくらいにはなってくれるといいねぇ。この周期をもっと楽しめるよ。」
ヒレンが控えめに笑い、ヴィルバンはその先を夢想してほくそ笑む。
「思いの外健闘しているようだね。予想以上に被害が出ているよ。これなら四千とリャフー隊でいけそうかな。」
「おやおやそんなに頑張りましたか。もしかしてくらいはお持ちでしたようですねぇ。」
狐たちはほくそ笑みながら紙に筆走らせ都市を動かす。熟れた果実を収穫するために。
☆草原に荒れ狂う雷光の騎士
突撃してくる騎兵の中小さな少女は臆すること無く私に飛び込んでくる。話に聞いていた南門の少女と外見が一致する。相当な剣士と聞いているが話とは違って正当な戦士の装備でやってくる。盾は奥の彼に鉄弾打ち込まれて動かすのが難しい。突撃は半分諦め剣刃槍で迎え撃つ。受け止めた瞬間異常なほど衝撃を受け体がファイの背を圧迫し動きが鈍る。予想外の一撃に少し驚き槍を持つ力が鈍る。
「我が名はレイオス。国の守護と名誉のために戦う者。騙し討たれた市長と仲間の為に貴殿を討つ!」
私は奮起して正当な戦いであることを主張する。
「今は何を言っても無駄でしょうが、ご主人さまの言うべきことは書面で伝えました。全てはご主人さまの為に貴方を止めます。」
書面とはなんだと私は思うが、彼女はそれが元々聞き入れられないものだと諦めているかのように言い放つ。あの化け物の中に立つ男の為に戦うと彼女は言い切った。少女はそのまま一回転し更に押し込んでくる。跳躍の勢いは無いがその分回転で補い遜色ない一撃が来る。男との射線が切れ自由になった盾を振り上げて彼女の剣を叩き上げる。若干鈍い金属音が響き流星鉄の盾が傷つけられたのを感じる。良い腕と武器だ。見た瞬間は疑いもしたが紛れもなく良質の戦士である。彼女はこちらが動く前に盾に足をかけて私を飛び越える。判断が難しいところだが彼女を捉えるべく槍を振り回そうとすると右頭部側面に力強い衝撃を受ける。傷は負っていない。防具が破壊されれば危ないかもしれない。この身を越えてくる可能性は十分にある。槍を振る力のままに素早くファイを反転させ彼女に向き直る。彼女は突撃してくる我軍の騎士のファイに足をつけている。怒りに任せた騎士が彼女に攻撃をするべく槍を振るう。
「よせ!その間合いでは間に合わん。」
私は騎士に踏みとどまるように叫ぶが彼女は容赦なく騎士の頭を貫き即死させる。兜の僅かな隙間をきっちり剣を差し込んでいる。躊躇なく、無駄なく、高い技術を有している。彼女はファイが動きを鈍らせる前にそのまま私に向かって跳躍してくる。このまま彼女をあしらい続けるのも手間ばかりで片手間に騎士を殺されてはたまらない。
「全員私の周りから引け。無駄な命を散らすなと言う以前に彼女の足場を奪え!」
騎士達は若干躊躇しながらも指示通りに大きく距離を取る。彼女はそのまま飛んでくるが先程の動きを考えれば受け止めれば後手になる。彼女の意図と剣の動きを考えて盾で強打する。彼女は盾に剣をあわせて無理せず剣を押しやって悔しそうな顔で距離を離す。
「主人の為に戦う高潔で強き者よ。名を聞いておきたい。」
距離が離れて仕切り直しになっているところで彼女の名を聞く。彼女は騎士ではないが私は騎士として戦う。
「私は朱鷺。結果がどちらにせよ覚える必要の無い名前よ。」
私が勝っても彼女の名は手柄にならず、負ければ死ぬ身で覚える必要も無いと彼女は言う。どういうことか分かりづらいが考える間もなく彼女が走り込んでくる。ファイの下からの攻撃は対処しづらく私の攻撃も甘いが、彼女は攻めきらず無理せず戦っているように見える。明らかな時間稼ぎである。少し視線を外せば赤い敵騎兵が大きく旋回して乱戦に突撃しようとしている。意図は読めたがここから私が対処するのは難しい。現場に任せるしか無いか。私が彼女を押し込んでものらりくらり引き伸ばされるだけなのは目に見えている。それでも彼女は危険を承知であえて槍側から突っ込み切りつけ、打ち合い離れる。どちらにせよ私をここから動かす意図は無い。騎兵の突撃は完遂され男は連れ出される。首魁を逃がすのは不本意だがあちらにはまだ歩兵隊が残っている。リバレン隊長に期待しよう。彼女も明らかに彼を逃がすような指示で剣を振り私を釘付けにする。彼は逃げたが君はどうするのかな?彼が去ってすぐに周囲で爆発が起こり始める。私も騎士もファイも驚き足が止まり戦いが混乱に陥る。私が彼女から視線を外した瞬間に槍に重い衝撃が走り、彼女の脇腹から伸びる触手の延長にある何かによって槍の柄が斬られ、ファイの背、鞍、鎧を切り裂く。私は致命傷をさけるべくとっさにファイから飛び退く。
「さぁこれからが我が軍の真骨頂ですわよ。ご主人さまがいてはこうは出来ませんからね。」
彼女の脇腹から踊る二本の触手。触手は何かを握っているように見えるが柄以外の物は目視できない。爆発が響く中彼女は妖しく微笑み剣と盾と触手を構える。
「それが君の切り札か。報告に聞いていた見えない攻撃とやらの正体がそれかね。」
私は斬られた鎧の隙間を指でなぞりぞっとする。上等に鍛え上げられた流星鉄を鈍ること無く切り裂いた何かは幾度か私を切り裂けば容易に鎧を破壊せしめ、この体をやすやすと切り裂くのだろう。
「ご主人さまはこの姿を怖がるものですから、あまりお見せする機会も無かったのですが。」
急に彼女は饒舌になりゆらゆらと歩を進める。歩みに合わせて私は後退する。
「ご主人さまに頂いたこの力を持って・・・貴方を倒します。」
こちらの武器を叩き切ったせいでいはないだろうが、彼女は急に勝ち気を見せて私にむかって飛び込んでくる。迫りくる触手を大きく回避し、左手から来る剣を受け止める。彼女は楽しそうに微笑みそして逆の触手を振り抜き盾の左角を大きく切り裂く。さらに彼女は右手の盾を思いっ切り打ち下ろして私の盾にぶつける。衝撃を殺しきれず盾の角を地面に叩きつけられる。腰をひねり体を回転させながら右手の触手が振り下ろされる。
「破砕分離!」
籠手と盾を結合している部分が飛び散り盾が前方に飛び出ていく、はずだが片側が地面に埋まっていて前のめりに倒れる。私はその衝撃に身を任せ後ろに飛ぶ。彼女の触手が空を斬り盾が真っ二つに分断される。
「左手をいただくつもりでしたが・・・そんな手段もありますか。」
彼女は残念そうに構え直して攻める機会を伺う。私は彼女の動きの起点を見極めるべく動きを注視する。動きだけのフェイントが何度か繰り返される。
「まさかその姿を見られたくないが為に初めは足止めに終止していたということかい?」
私は緊張の中彼女に問いかける。
「ご想像におまかせします。」
彼女ははにかんで触手を背に隠し正面から飛び込んでくる。私は飛び込みを避けるべく左に避けようとするがその移動先に黒い短剣が飛んでくる。両触手から飛来する六本の短剣が私の移動場所を制限する。鎧を砕くほどではないが大きく傷つけられ更に後退を余儀なくされる。後ろから来る衝撃。ダメージこそ無いがよろよろと前に歩かさせられる。ちらっと後ろをみるとカニの騎兵が盾で私を押しやったようだ。いつのまに。
「この喧騒の中では分かりにくいでしょう?ですが私は騎士では有りませんのでご容赦を。」
彼女の姿が眼前にあり触手と剣が振り下ろされる。私は切り札を切るしかなくなった。
-吼えろ、雷光-
爆音と共に周囲に溢れ出る稲妻。彼女の二本の剣を受け止める黄金の剣。剣から沸き起こる電撃は彼女を焼き始める。彼女はとっさに身を翻して飛び退く。私は逃すこと無く切り伏せるつもりで剣を振るう。爆音と衝撃と共に地面を斬るが彼女までには届かない。だが共に出現した稲妻は彼女を追いかける。彼女はサイドステップで回避しようとするが稲妻は彼女を追従する。とっさに左手の剣で稲妻を切ろうとするがその形無きものは切り裂かれること無く彼女を撃つ。彼女の体が電撃によって震える。後ろから先程のカニ騎兵が迫って来るが周囲に漂う電撃に焼かれる。そして爆発。相当な衝撃を受け体がよろめく、先程傷つけられた籠手や鎧の一部が吹き飛ぶ。騎兵が自爆しているのか。彼女も爆発の衝撃を受け吹き飛ばされているが、その先でゆっくりと起き上がる。
「ここまでにしてもらえないか。お互いの結果は散々ではあろうが降伏してくれるなら私が君たちをとりなそう。」
彼女はどこかに祈りながら回復魔法を行使して傷を直している。多芸な少女だ。恭順してくれるなら上も納得できる強さだ。
「強者とはいえ家名もない貴方にそこまでできるとは思えません。あの連中のことを考えれば必ず生贄は要求してくるはず。そしてどちらが生贄になっても私達は成立し得ない。」
彼女ははっきりと拒絶する。
「そして私達にとって『死』は取引材料たり得ない。」
彼女は力強く叫び突撃してくる。痛い所を付いてくる。戦果はさほど高くなく報酬として助命を乞うにも周りが許さないかもしれない。それでも私はこの主の為だけに戦う少女を助けたくなったのだから仕方がない。私は剣を振るい稲妻で彼女を撃つ。稲妻は彼女の前の障壁によって霧散する。
「なんと。」
私が驚いている間に彼女は踏み込み斬る。斬る。空振る。斬る。私は剣でそれらを受け弾き彼女の動きを崩していく。その間も周囲の電撃は彼女を傷つけ更に追い込んでいく。ある程度体勢を崩された所で彼女は一旦飛び退く。あれ程動いて全く息を乱さない。あの触手が示す通り人ではないのだろうな。あの体格が保持しているような体力ではない。
「書面にはなんと。」
私は考えをまとめるためにも貴重な時間を使って聞いてみる。彼女は一瞬呆けたような顔になって笑い出す。大きな隙に見えるが手は出さない。
「あれを知らないと。まあ知った所で信じなければ同じことですけど。貴方のような人でしたら少しは悩んだかもしれませんね。ただそんなことで武器が勝手に動いたら頭は困りますよね。」
彼女はもったいぶるように語り私を武器と称した。頭は上層部だろうが脳は君たちが害したのだろう。
「ご主人さまは市長の望む通り名誉と引き換えに和平を結ぶつもりでした。実利があったのも事実ですしね。ただそれを覆したのは反対側で笑っている薄汚い狐ですわ。」
彼女は右手を大きく振るって盾を投げつけてくる。彼女の言う事実を聞き一時逡巡するが、即座に切り替えて盾を真っ二つに切り裂き稲妻を放つ。合わせて飛び込んでくる彼女は悠々と稲妻を回避する。彼女は訳知り顔で稲妻を横目にこちらへ駆けてくる。まさか彼女の装備はそこまで金属が使われていないのか。彼女は初動を読ませまいと触手を背に隠し左手で鋭く突いてくる。速いが対応できないほどではなくその剣を撃ち落とすべく私は剣を振り下ろす。
「だから貴方には書面を見せなかったのでしょうに。」
彼女はそっとつぶやき左手の袖口から二本の触手が飛び出てくる。体をひねりながら無理やり剣の軌道を変え触手を切り捨てようと動く。片方の触手には青白い短剣が持たれており私の剣を受け流そうと抵抗する。本命の触手が私の首に伸びてきて、私はすべての行動を放棄して軸足を中心に独楽のように地面に転がり逃げる。それでも肩先を貫通し鎧と肉を切り裂かれる。
「はー、これでもダメですか。」
彼女はそのまま駆け抜けた先で急停止し、地面が爆発するほど蹴り上げてさらに追い打ちをかけるべく飛び込んでくる。
-轟け、雷光-
転がりながら彼女に向けて三十に及ぶ稲妻を叩きつける。流石に彼女も回避出来ずにその場で撃ち落とされる。幾本かは霧散したようだが何本かは確実に彼女を貫通したはず。私は動かしづらい左手をかばいながらよろよろと立ち上がる。彼女は痙攣している体をあたかもしびれていないかのようにさっと立ち上がる。彼女の周りには遠巻きに騎兵や戦士が集まっている。私の仲間の騎士が来ないように足止めをしているようだ。一騎打ちにこだわらないはずの彼女が今になって一騎打ちにしようとしている。私は彼女に答えようと剣を構える。彼女ははぁとため息をついて剣と触手を構えて遅い突撃を、きっと今の彼女の全力の突撃を敢行してくる。左手は無くともこのぐらいなら、と左手の剣を弾き飛ばし、さらに触手から振るわれるであろう剣を確かに弾き飛ばした。そして彼女の体を剣で切ろうとするも追加で出してきた短剣に邪魔をされ、何をするかわからぬまま彼女は懐に飛び込み私に抱きつく。
「ありがとう。貴方は最後まで騎士でしたね。」
何の礼を言われたかもわからず私はこのまま素早く刺すことが背中を刺すことになることも合わせて攻撃を躊躇する。しかし体に纏う電撃はじわじわと彼女を焼く。
「本当に甘いこと。私は騎士では無いと言ったでしょうに。はぁ・・・ご主人さま、貴方の進むその先が最後の勝利に繋がることを願います。」
彼女は覚悟を決めている。武人として止めを刺すことが礼儀かと力を込めた。
-散華-
彼女は爆発した。身動きできずひねり受け流すことも出来ずに私はその爆風の直撃をうけ吹き飛ばされる。その巨大な爆発は周囲の兵を巻き込みさらなる爆発を起こす。繋がる連鎖。戦場は半分以上が爆発に巻き込まれる。どれほど気絶していたかわからないが雷光剣はすでに送還され私は破壊の跡が痛々しいえぐれた大地に倒れていた。体のあちこちが痛みかろうじて動く腕を振って魔法石を取り出し、傷を直し、出血、骨折を回復する。流石に完全には治らないが動くのに支障は少なくなる。辺りを見回すと遠目に範囲の外にいたものが生き残りの捜索に当たっていた。そちらに近づいていくと気がついた騎兵が駆けつけてくる。
「レイオス様、ご無事でしたか。」
「見ての通り無事じゃないさ。」
槍も盾も切り捨てられ、鎧もほぼ全壊。そして気難しい魔法剣すら使わされた。もうしばらくは力を貸してくれないだろう。
「今なら熊にも苦戦しそうだよ。」
私は自嘲気味に笑ってみせたが、騎士は無事な冗談だと思ったのか笑った。
「戦況は?」
周りを見て確認するほどでもないかもしれないが知っておく必要はある。
「はっ、大規模な爆発により戦場の敵は全滅。途中逃走した男とカニ騎兵と他数匹。約二十程度と推定されています。対して自軍は千百名の内軽傷で動ける者は五十三。重傷者は百十二・・・内半数は手当が間に合わないと思われます・・・。現在戦場で生き残りを捜索中です。」
騎士は苦しそうに答える。
「辛勝・・といって良いかも怪しいな。そのまま捜索を続けて一人でも多く助けてくれ。動ける者を十名ほど歩兵隊に合流して医療兵の手配を頼もう。」
騎士は了解しましたと踵を返して仲間のもとに戻る。私はのろのろとそちらに進む。途中視界の端に不自然に棒が浮いているのを見かけてそちらに歩みをすすめる。遠目にみる放射状の筋はそこが爆心地であるように見える。そこに逆らうように浮いている木片。私がその木片をつかもうと触るとからりと音を立てて落ちる。絡みついた木くずがその全貌を浮き上がらせようとし、恐る恐る空をつかみ感触がある何かを引き抜いた。若干凹凸のある冷たい透明なものはよく目を凝らしてみれば鞘であるかのように見える。
「まさか神涙滴なのか。」
魔力視を凝らしてみればその鞘は暴力的な存在を主張している。とっさにそのまま力を込めて周囲を見渡すとだいぶ離れた所に輝く存在が見える。そこには剣の形に収まらない魔力を放つ透明な剣が存在していた。
「これが彼女の武器の正体か。そして主人と崇めるあの男がこれを作り出せるというのか。」
私はその知ってしまった事実に体を震わせる。更に辺りを見回すと弱い魔力の欠片を見つけ近づいてみる。龍鱗、龍布。信じられない素材が辺りに散らばっている。
「なんて子達だ。手遅れになる前に事実を上奏せねば。」
足早に仲間の元に走ろうとする視界の端に輝く石が見える。まだ何かと思って近づくとビーズに散りばめられた傷のついた琥珀の肩飾りの一部が残っている。
「彼女の・・・ものか?」
琥珀を拾い上げるとビーズがポロポロ落ち慌てて拾い集める。収納から取り出した空いた水袋にそれらをいれ片付ける。神涙滴の剣を鞘に納め、鞘と柄を布で巻いて手に携えて仲間の元に戻る。
「ファイを貸して欲しい。あと二名ほど随伴を頼む。彼らの拠点へ向かう。」
騎士達の中から余裕のあるものを二名選び。別途ファイを借り受けて彼らの拠点へ向かう。間に合えば良いが。
☆敗者と勝者
遊一郎は街道を駆ける。追ってはないが拠点ステータスのミーバの数は恐ろしい勢いで減っていく。軽装騎兵M八体、急襲斥候兵C二体、魔術師C三体、銃兵B五体。計一八体が共に逃げている。遊一郎は時折戦場を振り返るが、朱鷺の想いに答えるために今は逃げ切ることを選ぶ。無事逃げ切ってくれると祈りながら。二時間後、拠点にたどりついた時には兵は周りにいる数だけ、残りは拠点で採掘しているY型だけとなっていた。
「全体で資源をいくつか持って更に東側に逃げる。」
遊一郎はミーバ達に指示を出し、自分用のファイを作成し、Y型の為のイワカニを次々作成し配っていく。簡単に食べられそうなパンと干し肉、水を収納に入れ弾薬を補給する。重量制限まで積み込み準備が終わろうとすること北側で鬨の声が上がる。
「南側から回って西に逃げるぞ。」
遊一郎達はぞろぞろと逃げ始める。弓が拠点内に飛来し、魔法が石壁を叩く。戯れに建てた保護結界装置が矢を弾き返すが、徐々に結界装置の光は弱まっていく。
「反対側から逃げているぞ。」
隊列が長い為か石壁が壊れなだれ込んでくる敵に門から整列して出ようとしているY型が見つかる。矢と魔法を浴びせられY型の甲高い叫び声が上がる。敵が居残りを蹂躙している間遊一郎達は全力で走り抜ける。そもそも南門から整然と出ようとしているY型を倒さなければ攻め込んできたものたちもそこから出ることができない。だがY型を倒せばその数百倍の体積の資源が辺りにばらまかれ、結果的にそこから追いかけることは出来ない。まだ拠点に侵入していいない歩兵達が拠点外から回り込もうとするが遊一郎達の足は早く追いつくことが出来ずに後続のY型を少ない遠距離攻撃で落とすだけにとどまった。歩兵隊に残っていた騎兵百騎が遊一郎達を追いかけるもY型達が追いすがったり資材を投げて足止め、抵抗し、その間に少ない銃兵達が騎兵を蹴散らした。距離が離れ被害が大きくなった所で騎兵達は撤退し遊一郎達はその場から逃げ切ることに成功する。半日走り夕方になり、歩幅を少し緩めて楽に走る。どっと疲れが出て後ろを振り返る。連れてきたY型達はわずか二十体にまで減っていた。それでも生き残ってきたものたちを褒めたたえねぎらった。
「よし、朱鷺ご飯にしようか。」
ふと言葉に出したが何も反応はなくこの場に朱鷺がいない事実がのしかかる。震えながら拠点ステータスを開き、詳細を確認するもそこには朱鷺の名前は無かった。いつからかいつの時点からか、戻っていれば助けられたのか。悩み後悔し遊一郎は泣き叫び夜空に吠えた。
翌日、眠りが浅いまま憔悴し逃走を続ける。逃げようという指示に動きが鈍い主人の為に軽装騎兵達は遊一郎を抱えあげ素直に西に進み続ける。草原を抜け、森をかすめ、川を越え、沼地を渡り、崖を登る。ミーバ達は淡々と道なき道を進み。襲いかかる障害を排除し主人の指示を忠実に守る。
翌日もその翌日も動きの鈍い主人を抱えカニの行軍は続く。
翌日、ぼろぼろになっていた遊一郎は突如怒りに目覚め貪るように食事をして明るい空に吠える。
「やってやるよ。あの腐った豚も透かした騎士も薄汚い狐も全員滅ぼしてやる。」
遊一郎は復讐を糧に歩みを進め、頭に記録される一本道の地図を眺めながら新たなる繁栄の地を探し求める。
☆勝者の敗走
遊一郎の拠点を制圧したミルグレイス軍は被害の確認と戦果の整理に追われていた。敵の魔物を倒せば木材、石材、肉、宝石で溢れかえりそこらじゅうが荒れ果てている。整理している間に騎兵が到着し状況を確認している。
「リバレン隊長。彼はどうなりましたか?」
息をあげてレイオスは地位的には上であるリバレンに問い詰めるように聞く。リバレンは少し驚いてレイオスを見て咳払いをする。
「この目で確認したわけではないが彼はそのまま逃走したと聞いている。ファイだかカニを使っていたので歩兵で追いつくのは困難だった。少数の騎兵に追跡を命じたが湧き出す障害物が多く追いつくのが困難で、逆に手痛い反撃を受けて撤退したそうだ。」
リバレンは若干ねちっこくレイオスに告げた。レイオスはその話を聞いてほうと一息ついた。敵が無事で何を安心しているのかとリバレンがつぶやくとレイオスは拾ったものを見せながら彼と彼女の有用性を説いた。ただ彼女は自爆して果ててしまったと残念そうに言った。リバレンもソレが事実ならと悩むように深く考えるが、生かすにしても完全に敵対してしまって説得材料も少ない。取り敢えず統治部門には報告するが判断はまかせるしかないとリバレンは告げた。騎士団がしばらく拠点で整理をしていると、がらがらとすごい音を立てながら何十台という馬車がやってきてよだれを垂らす勢いで興奮しているファルガスがやってくる。
「うほー、すごい量の資源ですな。あー、肉が汚れているのがもったいない。はー、なんですかこの宝石の山は。ここここれは竜眼石ですか。こんなものまでー。」
興奮が頂点に達して騒がしい商人ギルド長を騎士たちは侮蔑の視線を向けるがファルガスは気がついていないのか全く気にしない。ファルガスは連れてきた労働者に宝石から順番に順次馬車に詰め込むように指示する。それらがすべて自分のものであるかのように興奮している。実際いくつかは横領する気満々なのだが。新たなる市長が決まるまで役人が管理することになるだろうが、市長懇意の役人が一緒に殺されているため正常な機能が若干期待できないとリバレンは感じていた。
「そこの倉庫には何も入ってないのですかぁ?」
ファルガスは目ざとくそこら中にある倉庫を指差す。
「倉庫の開け方がわからずどうするか検討中であります。とある理由から破壊は避けるようにとのことですので。」
ファルガスに問い合わされた騎士は現在の状況を伝える。
「そんなもの壊して確認してからでいいでありますよ。」
ファルガスは指揮棒を振るって巨大な水の塊を倉庫にぶつける。リバレンはこの欲豚が話くらい聞けと叫ぶころ倉庫に穴が開くと辺りに莫大な木材を撒き散らす。溢れ出す木材は転がって散らばり数十人の騎士を下敷きにして無用な被害が広がる。ファルガスはあわわと慌てながら木材を魔法で吹き飛ばし更に被害を広げ、更に木材を撒き散らしリバレンに蹴り飛ばされる。騎士団は救助と整理に追われる。数が多すぎることと物資の整理が騎士の仕事ではないこともあって、拠点の資源を三分の一も回収できないまま宝石や肉を中心に全体でミルグレイス市へ戻ることになった。
翌日、ミルグレイス市に届いたのは難癖をつけたようなナーサル市からの宣戦布告だった。
『我ら獣人と懇意にし食料を供給していた商人を一方的に貶め追いやったことは非常に遺憾であり、獣人の意欲と利益を大きく損失させた。我々の怒りは収めることは出来ず、この怒りを現況である貴校らにぶつけるものである。』
統治部は混乱し軍部に問い合わせる。
「やられたな。元々どう転んでもあの狐の手のひらの上ということか。」
リバレンは苦しそうにレイオスを見る。替えの通常の騎士鎧を着込んだレイオスは静かに首を振る。
「装備も無い、怪我はともかく負荷も残っている。雷光剣もあと四日は難しいかもしれない。無理をして使ってもあれを追い返す力と時間は作り出せない。」
リバレンはため息をついた。
「しかた有りませんがラードグリスまで撤退しましょう。余力を残して再侵攻すべきです。」
レイオスは堅実に提案する。
「グラプス殿を失い、彼を逃したことがここまで響くとはな。いやここまでがあの狐の陰謀か。分かった市の軍長として速やかに撤退を指示する。商業ギルドからいくつか馬車の要請を。逃げる気のある市民は先に連れ出せ。」
レイオス以下ミルグレイス市軍隊長達は指示に従い撤退した。ヴィルバンは戦闘らしい戦闘もなく門が開放されたミルグレイス市を制圧し支配下に納めた。その中でもスパイ、不穏分子は目ざとく見つけ出し粛清した。新たな支配者に取り入ろうとした商人ギルド上層部は財産を没収された上で放逐された。内部の職員もほぼすげ替えられ、獣人達の移住が速やかに始まりミルグレイス市は完全に陥落した。
次回から新天地で新章になります。




